タウンサインの研究0068

2016年02月24日
 まだ飛騨ネタが終わってなかったんですが…。
 今回の取材では何年かぶりに高山に宿泊することになりまして、夜、暇つぶしに市街地を徘徊し、飲み屋街の「一番街」に足を向けてみました。鍛冶橋西詰の北西になります。

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 派手なデザインのアーチが町の入口三ヶ所にあり、なんとも旅情を掻き立てます。
 ここは五年前にもネタにしてますが(→●□)、前回出していなかったタウンサインを。

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 ゴルフクラブのカバーのようなものがあしらわれた、軽い感じの電光サインが通りの真ん中にいくつか吊り下げられております。夜に見ると宙に浮いている感じ。こういうタイプも珍しいのではなかろうか。
で翌日、飛騨萩原での取材の前に市街地をふらふらしていたら、こちらにも一番街を発見。

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 飛騨街道の東側の通りになります。高山の一番街とは比ぶべくもないですが、いちおうスナックもあり、昔は萩原の飲み屋街だったのかも。
 銀座や広小路など名のある繁華街は、本家にあやかろうとする他地域で借用されたのが常ですが、飛騨においては「一番街」が象徴的ストリート名称なのかもしれません。
(まさ)

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0212僕がイスラム戦士になってシリアで戦ったわけ(鵜澤佳史)→●□
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カンバンの手帖ブログ版0330

2016年02月21日
 その飛騨古川市街で見つけたカンバンをいくつか。

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 古川小学校の校章入り通学分団集合場所を示すカンバン。こうのような味わい深いデザインの集合場所カンバンにはあまりお目にかかった記憶がない。

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 商店の軒先に吊り下げられている商品券発売所のカンバン。なぜこの花をあしらったのか?と思ってよく考えてみると、瀬戸川沿いの散策路に飾られる花菖蒲なのでしょう。

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 この季節の瀬戸川沿いには、さすがに何もありませんが。街灯の向こうに揺れる赤提灯がシブい。

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 そして赤提灯の向かいにある小さな中華料理屋には黄色のカンバンにあかりが灯り、街並みをよりシブく見せているのでした。ラーメンとギョウザをドットで繋いでいるので、ドメインにするとrahmen.gyouza(それがどうした)。
(まさ)
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とにかく明るい感じの古川

2016年02月19日
 まだ引っ張る飛騨ばなし。
 今回の飛騨取材では久々に飛騨古川にも行きました。午後遅くから3軒立て続けに店取材をしたあと、日が落ちる頃に市街地を徘徊したのですが、まともに散策するのはたぶん10年ぶり。
 飛騨古川の景観というと、パブリックイメージはこのあたりではないでしょうか。

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 瀬戸川と白壁土蔵群。この蔵は「蓬莱」の渡辺酒造店。

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 あるいは酒蔵のある古い町並。こちらは「白真弓」の蒲酒造場。

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 しかし古川で特筆すべきは、商店の残存率がけっこう高く、ひとむかし前の地方商店街の風情をよく残していることではなかろうか。このような営業している「町の百貨店」なんて久しぶりに見たような気がする。

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 もうひとつ見逃せない、というか聞き逃せないポイントは、この通り街灯のスピーカーからイージーリスニング調の曲が流れていること。薄暗く人通りが少ないこの時間、あまりに切なく、あまりに味わい深い!それが逆にクールジャパンってな風情で、増加する外国人観光客の皆様方にも「日本の商店街のスタンダード」をぜひ体感してほしいものです。というか、外国のストリートではこういうBGMってあるのだろうか?
 商店街のイージーリスニングは高山の安川通りや本町通りでも流れており、上三之町の人波に疲れたとき耳にすると癒し効果バツグンです(一部マニアに限る)。
(まさ)
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明るい小坂

2016年02月18日
 その飛騨小坂の市街地は5年ぶり。前回はこちら→●□

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 旧益田郡では下呂、萩原、金山に次いで「4番手」の感のある市街地規模と思われますが、深い山あいの地に町場の要素を凝縮したような感じで雰囲気がよく、なかなか好感の持てる町並景観です。写真からは分かりにくいけど、どこか町がアッパーな風情なのはなぜだろう?と思ったら、街灯に派手な飾りがあるからだった。

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 季節外れの商店街大売り出しなのか?それとも歳末大売り出しの名残りか?「金百万両」の札はなんなんだ?なんだかよくわからないけど活気があるように感じられて(実態は知らんが)、悪くないぞ!
 こういう飾りがいつでもはためいているイメージの町といえば、一宮市の萩原があります。萩原もどことなくアッパー気質で好きな町のひとつ。地方の商店街はこういうものを年中飾っとくのも意外に手かもしれません。
 そんな小坂の町角で、このような逸品を発見。

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 不動明王の石像だ!

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 面構えの味わい深さがハンパないのでアップ。「下呂ナビ」という地元サイトによると大正13年頃の建立とか。こういうものこそ真の「岐阜の宝もの」と言えましょう。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0329

2016年02月17日
 その飛騨小坂ではこのようなカンバンに遭遇。

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 「岐阜の宝もの第一号認定」をアピールする小坂の瀑布群のカンバンだ。
 岐阜の宝ものとは何ぞやというと、県が平成19年に制定した「みんなでつくろう観光王国飛騨・美濃条例」に基づき、岐阜県じゅうから飛躍が期待される観光資源を「宝もの」に認定してPRを図っていこうというもの。その花火の一発目として小坂の瀑布群が選ばれたので「第一号認定」を謳っているわけです。
 小坂の瀑布群はなかなか見事なもので、第一級の観光資源であることは間違いありません。しかし、たかだか県レベルの制度で一番早く認定されたからといって、何の売りになるというのだろうか。

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 カンバンが建っている落合地区。この手前を進んだところに巌立峡と小坂瀑布群があります。
 この事業、県の狙いどころがまったく見えず、最初からどうにもピンとこなかったのですが、今ネットで県のHPを見ても大々的に事業を継続している感じではなく、どうやら尻すぼみでのようです。ホントわが故郷はしょうがねえなァどうも。

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 飛騨小坂駅前の歓迎アーチにも「岐阜の宝もの」と謳っています。観光客が見ても「なにそれ?」ではないかと…。
(まさ)
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木の国の木造駅舎群

2016年02月16日
 小学生の時、なにかの折に覚えた「岐阜県民の歌」に、♪ぎぃ~ふ~はきのォくに、やァまァのォくゥに~、という一節がありました。わが県が林業県であることを謳っているわけですが、木の国の核ともいえる飛騨にはやはり古い木造駅舎が似合いますネ!飛騨でなくても木造駅舎はいいものですが。
 ということでこの日チェックした高山本線の木造駅舎の生き残りを。あと何年もつかな?

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 飛騨一ノ宮駅。玄関の千木が極渋。

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 上呂駅。これぞ木造駅舎の基本形。

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 飛騨萩原駅。旧益田郡の中心地だけあってここは有人駅。正面に桜と杉が聳えていますが、桜が咲いているときに一度も来たことがない。開駅の記念に植樹されたものでしょうか。
 近年、下呂市は桜で売り出しているけど(苗代桜や岩太郎しだれ桜など)、この駅前桜をネタにしてるとは聞きません。ぜひここも由緒を掘り下げて、渋い木造駅舎とセットでPRしてほしいところ。

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 そして杉丸太が外壁に施された飛騨小坂駅。ここはもう登録文化財級です。仮に地元から要望があっても登録文化財にはさせないでしょうが。

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 無人化されていますが、地元に保全活動グループがあるようで駅舎内はきれいに保たれており、この駅の価値を紹介するパンフレットも置かれています。しかしこの貼り紙が、文化財級の駅に対する鉄道会社のスタンスを物語る。すなわち、駅はけっして公共財産ではなく、一企業の「私物」にすぎないと。
(まさ)
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その橋上駅が観光都市の顔たりうるか

2016年02月15日
 先日、とある取材で一年ちょっとぶりに高山へ行ったところ、高山駅の橋上化工事の真っ最中で、唖然。

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 これまでは昭和9年の開業以来使われてきた名駅舎でした。

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(2006.12.16)

 防塵壁に掲示された完成予想図を見ると、実にどうでもいい駅舎になる模様。

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 町並み保存の先進都市であることが(→●□)高山のアイデンティティかと思っていたけれど、それを捨てるかのような愚行ではないのか。それとも高山クラスの町になると、昭和初期築程度じゃ新参建築の部類というだろうのか。
 真偽は不明だけど、今、高山の観光客は8割くらいが外国人という説を聞きましたが、日本情緒を求めて鉄道でやって来た外国人観光客が新しい高山駅に降り立ったとき「ハァ?」と思って高山の評価が下がるんじゃないかと、他人事ながら心配になります。外国人に限らず、はるばるやって来た旅の目的地が高架駅だとテンション半減するのが、旅人ってもんでしょう(書いておきながら自説にあまり自信はないけど)。
 保全やリノベが注目されるこの時代、あえて維持してうまいことアピールすれば「オゥ、サスガ高山デスネ!」「ワガ国モ見習ウベキダヨネ!」と言われただろうに。
 高山駅を見て心配になったので、このあと高山から下呂へ南下しがてらいくつか駅チェックしたところ、久々野駅が建て替えられていました。

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 以前はこういう駅舎でした。

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(2007.06.01)

 あ~あ…。
(まさ)
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THE 暗渠

2016年02月13日
 先日、とある取材のリサーチで岡崎市西端の宇頭町界隈へ。

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 目的は、矢作川支流の鹿乗川および矢作川から分水する北野用水の流路を確認することです(なんの取材だ?)。写真はその鹿乗川橋梁を通過するパノラマスーパー。宇頭-矢作橋間でわずかに家並が途切れ、田んぼがほんの一瞬だけ車窓に広がるところです。
 このすぐ東で鹿乗川と北野用水が交差するのですが、用水は川の下をくぐっています。北野用水はこのあたりの区間は蓋をされているので水の流れは見えません。

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 名鉄は、ごく短いガーダー橋で北野用水を渡っています。で、この橋の銘を見て驚いた。

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 橋梁名が「新堀川 開渠」となっているのである!
 地元の人によると新堀川は北野用水の通称で、下流の岡崎市新堀町が由来とかなんとか。また、昔は蓋もされていなかったそうで、「開渠」の表記はその証明というわけです。
 えー、マニアックだけどそう驚くほどのことでもないですね。

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 新堀川開渠橋梁を通過する急行列車。暗渠化された新堀川に貼られたサビサビのプレートには「北野幹線水路 宇頭分水口2号」と表記されております。
(まさ)
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上がれてナンボ

2016年02月12日
 先日、とある取材のリサーチで常滑市坂井にある小脇公園へ。

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 耕地整理された海辺の高台にボスンと建つ展望台が目印の公園です。平成8年(1996)の建造で、奇しくも今年が開設20周年になります。
 目的はこの展望台に上がって展望範囲を確認することだったのですが(なんの取材だ?)、行ってびっくり。

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 なんと閉鎖されているではないか。しかも二年前の4月に!
 実は二年前の3月に当時2歳児とここに来ており、その時は「強風のため登るの禁止」となっておりました。うーむ、こんなことならすぐ再訪すればよかった。「閉鎖期間未定」と言い訳めいて書いてあるけど、復活することはなさそう。
 考えてみればしじゅう潮風に吹きさらされているこんな場所に、鉄骨だけで建てたこんなヤワそうな展望台を建てれば、そりゃ老朽化も早かろう。

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 展望台のヤブの隙間から空港や常滑市街がよく見えるので、そもそもこんなもの建てるまでもなかったような…。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0328

2016年02月11日
 その朝倉駅に立っている観光案内板。

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 知多市章入りで手描きという、なかなか味わい深い逸品。下のほうに「2001年2月」と記されているけれど、21世紀に入ってからこのような手描き案内板を作ったというのであれば、なかなか凄いのではないか。80年代製としても違和感ない風情です。あるいは記載情報の最終更新が2001年2月ということかも。

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 絵がこんな感じで、また味わい深いのであります。朝倉梯子獅子についてはこちら(→●□●□)。

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 あと朝倉でもうひとつ。駅北から朝倉団地へ続く道路に「あさくらロマン通り」という愛称標識を見つけたけど、この由来はナニ?知っている人がいたら教えてください。 

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SP朝倉

2016年02月09日
 刈谷市駅のサンリバーと同じような名鉄の商業施設といえば、先日知多市内で取材があったついでに立ち寄った常滑線の朝倉駅に「ステーションプラザ」というのがありました。近くはしょっちゅう通るのにこの駅を利用した記憶はなく、初めて知った。

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 高架下店舗です。駅名と同じくらい大きい昭和な書体の施設愛称がなかなかのパンチ力。

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 けれど残念ながらヤマザキYショップを除いてシャッターが下りていたのであった。右奥にカンバンの見える中華料理店はやっているのだろうか。営業しているなら一度食べに行きたいものだが。

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 この朝倉駅と刈谷市駅、規模の差はあるものの構造が少し似ています。共通項は高架駅、商業施設、ロータリーの植え込み、蘇鉄、そしてロータリークラブが建てたモニュメント。ロータリークラブという団体はなぜ駅前にモニュメントを建てたがるのだろうか?
(まさ)

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さらばサンリバー

2016年02月08日
 先日、名鉄の刈谷市駅前を通りかかると、駅隣接の店舗ビル「サンリバー」が取り壊されててさっぱりしていた。

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 以前はこのような建物がありました(日中の写真を探し出すのが面倒なので夜景です)。

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(2011.10.24)

 移入者であるわたくしはこの建物で買い物をしたことはなく、特に思い入れもありませんが…。サンリバーと刈谷市駅前通りはかつては中心市街地の一角を占める繁華街だったのでしょうが、その全盛期を知らないので、今の閑散とした風景からはどれほど賑わったのか想像がつきません。

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(2011.10.24)

 この時点ですでに、営業している店は一階には皆無。なのに電気が煌々と灯っているというシュール空間でありました。 
 しかしサンリバーってネーミングの由来はなんなのだろうか。まさか三河線の三河?

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 オマケ。東陽町の名店街ビル跡地(→●□)の一部にはマンションが建設中です。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

近代四日市の遺品2題

2016年02月06日
 4歳児とさまよう公園シリーズ。
 あすなろう鉄道と一番街商店が幼児の心をいまひとつ掴まないままでは申し訳ないので、身体を動かしていただくべく、アーケードの近くにある諏訪公園に行ってみました。するとここにもマニアックなものを発見。

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 おお、見事な記念碑だ。しかも登れるようになっている。4歳児も思わず駆け出して登り始めた!

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 なんの碑かと思って刻まれた文字を見て驚いた。昭和9年に建立された「五箇条の御誓文」だったのである。かつて同じものを半田の乙川白山公園で見つけてたまげたことがありましたが(→●□)、あれとほぼ同じ形状なので二重の驚きです。
 五箇条の御誓文は「明治天皇が宣布した明治新政の五個条の基本的国是」(広辞苑第一版第十八刷)で、以下が細長い五角柱に刻まれています。

広く会議を興し万機公論に決すべし
上下心を一にして盛に経綸を行なうべし
智識を世界に求め大に皇基を振基すべし
宣武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まさらしめんことを要す
旧来の陋智を破り天地の公道に基くべし


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 菊の御紋の下には勾玉で囲った「弥栄」「あな明けおけ」「あな面白」「あな手伸し」「天晴」の文字も。乙川の御誓文碑は一部が劣化していましたが、こちらは状態が素晴らしい。これが岡崎製だったら原稿ネタ一本確保!というところだけど、製造者銘は見当たらず。

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 園内には「すわ交流館」という見事な近代建築のもと図書館もありました。テラコッタに覆われた建物じたいもさることながら、正面上部にあしらわれたレリーフが目を引いた。

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 なんだかソ連ぽいのである。2588はなにかと思えば、起工年の皇紀2588年(昭和3年)とのこと。
 またもやマニア物件チェックに夢中になり4歳児には申し訳ない限りですが、遊具で遊んで芝生で父とおすもうをとって隣接の諏訪神社でおみくじを引いたら彼も満足したようで、あとはおとなしく帰ったのでした。 
(まさ)
三重雑 | Comments(2) | Trackback(0)

恋のアーケード0036/タウンサインの研究0067

2016年02月03日
 そんなわけで駄々こね4歳児をなだめすかし、昼食を求めて近鉄四日市駅前のアーケード商店街へ。四日市はけっこう疎くて(四日市競輪場にはよく行ったが…)、アーケードの中に突入するのは初めて。
 ここのアーケード街は一本道ではなく、メインストリートの「一番街」を軸に縦横に張り巡らされており、なかなか規模がデカくて面白い。

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 入口で出迎えてくれるのは四日市のキャラ「こにゅうどうくん」だ!

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 アーケードにもこにゅうどうくんがズラリ!これだけ並ぶとなかなか凄いが、4歳児は別に興をそそられないらしい。着ぐるみがウロウロしていれば子供の心もつかむのだろうけど。
 こにゅうどうくんは市制100周年の1997年に登場した市のキャラです。当時はまだローカルキャラブームが訪れておらず、四日市競輪でもらったパンフレットかグッズにあしらわれているのを見て「へぇ~」と思った覚えがあります。一過性のものかと思いきや意外にも成長し、今や商店街を賑やかすまでになるとは感慨深い。

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 一番街に交わるスワマエ商店街には、こにゅうどうくんと独自キャラのエビスさんが共存しておりました。

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 一番街と並走し、やや閑散としている三番街商店街はこにゅどうくんではなく「イチ・ニノ・3」というフラッグが吊り下げられており、落語家の立川三四楼を思い出した。
 もうすこし時間をかけて全ての通りを巡りたかったのですが、4歳児の忍耐が限界に達したのでサヨウナラ。
(まさ)

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0207駅の社会史(原田勝正)→●□
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明日は檜になれるやら

2016年02月01日
 1月半ば、近鉄特急に乗りたがる4歳児の希望をかなえるため、四日市に行ってみました。ただ四日市まで往復するだけではアホらしいので、行ったついでにナローゲージの内部線も乗ることに。22年ぶりです。

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 行ってびっくり、近鉄から分離されて「四日市あすなろう鉄道」になっているではないか。いったいいつの間に?と思ったら去年の4月からという。いやーちっとも知らなかった。
 ちょっと引っ掛かりを覚える社名と駅名ではありますが、このご時世に生き残っただけでもよしとせねばなるまい。

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 狭い車内に遅い速度の路線はとても2016年とは思えない昭和さで、鉄道好きならずとも楽しめる路線と思うのですが、意外にも4歳児にはそれほど面白くなかったようです。幼児は新幹線やパノラマスーパーや近鉄特急など速い列車がお好みのようで…。
 終点の内部で折り返し待ちが20分あったのもテンションを下げさせたらしく、四日市に戻ったとたん「特急に乗ってもう帰る~!」と改札の外で漫画みたいにひっくり返って足をばたばたさせやがった。当初は八王子線にも乗るつもりだったのに、こうなってはどうしようもない。とりあえず駅前の一番街商店街までなんとか引っ張っていき、昼飯を食わせて落ち着かせたのでした。
 しかし内部線ごときでこんな調子では、距離の長い北勢線は無理だろう…。

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 終点の内部駅では、近所に住んでてよく電車を見に来るという母子連れに遭遇。よく利用するのか聞くと「ほとんど乗らないですヨ~。鉄道マニアが乗ってるのはよく見ますけどね~、ハハハハ」。
 そんなわけでコソコソと内部を後にしたのだった。
(まさ)
三重雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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