タウンサインの研究0060

2015年01月31日
 先日の夕方、用事があって祖父江に行ったら、イチョウの街灯が点灯していた。

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 旧祖父江町時代の遺産です。祖父江は仕事の関係で年に何回か行くのだが、考えてみると日が落ちる時間帯にいたことはなく、街灯がともっているところは初めて見た。二つあるのは気が付いていたけど、まさか葉の色づきぐあいが異なるとは。

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 もっとも、こうやって見るとあまり変わらないけれど…。撮影場所はかつての祖父江の繁華街で、善光寺祖父江別院の北側の通り。時間帯のせいでシブいというか寂しい雰囲気にしか撮れず、地元の方どうもスイマセン。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

元標まがいの道路標石

2015年01月26日
 信楽高原鉄道沿線の続き。
 信楽駅からまっすぐ歩いてゆくと突き当たりに新宮神社があります。「信楽郷の一之宮」だそうです。



 鳥居の先の方に見えるのが信楽駅。門前は変則六差路になっており、商店街と窯場エリアの入り口にあたるので、いかにも道路元標が置かれそうな雰囲気だな、と思い交差点の一角を見ると、それっぽい石が!



 しかし、よく観察してみると「県道大鳥居信楽線終点」と刻まれており、道路元標ではなく県道標石なのでした。紛らわしいわ。
 岐阜には県道の起終点に小さなコンクリート製の標柱がよく置かれているけど(→●□)、ここまで立派な県道関係表示物は珍しいのではなかろうか。ガードレールにシールが主流という三重県のような例もあるが…。



 写真の右のほう、電信柱の下にに見えるのが終点標石。左にならぶカラフルタヌキに目が行くのが普通でしょうが、マニアの悲しい性というか…。



 まっすぐ進むと商店街。シブい、シブすぎる!



 やきものの町ということで、オマケ。新宮神社の陶製狛犬。瀬戸、常滑、高浜、備前の神社でも見たことがあり、窯業地の定番です。ここには2対が寄進されていた。



 もうひとつオマケ。宗陶苑という大きなメーカーに行ったら、おびただしいタヌキに混じって何体かの二宮金次郎像が!需要あるのか…。
(まさ)
西日本 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0290

2015年01月24日
 玉桂寺前駅付近からもう一枚。駅の近くの田んぼに立っていた、自動車で玉桂寺へ行く参拝者を誘導する小坊主。



 イノシシ除け柵の内側に立ち、害獣防除の役割も果たしている…かどうかは不明である。



 そしてなぜか水色のゴム草履を履いているのであった。



 こういう小坊主は知多四国の寺でよく遭遇します。こちらのほうがカワイイが…。
 写真は美浜町北方の26番弥勒寺。日本霊場合掌友の会なる団体が寄進?したもので、島根県の出雲八十八か所霊場でも見たことがあるので、全国に普及していると思われます。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0289

2015年01月23日
 その玉桂寺前駅では、ホームの柵にこのようなカンバンがくくり付けられているのを発見。

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 いたずら子ダヌキの仕業でしょうか、真っ二つに割れちゃったのを補修した跡が見えます。ブラックジャックの顔の手術痕か。

150123-6.jpg 「ボクたちやってません!」

 かすれた文字を解読すると「平成元年・二年度 第三期山村振興事業(緑地等利用整備事業) この歩道橋は建設にあたって郵便局の簡易保険から融資をうけました 信楽町・信楽郵便局」と書かれており、駅と対岸を結ぶ吊り橋「保良の宮橋」の橋長と、山頂への散策路「保良の辺の小径」の延長が記されています。
 国鉄信楽線が信楽高原鐡道に転換したのが昭和62年で、玉桂寺前駅もその際に設置されています、駅の開業から少し遅れて橋と散策路を作ったということのようです。
 ん?てことは、駅の開業から橋が架かるまで、どうやって対岸に行っていたんだ!?

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 ホームの脇から吊り橋に通じる小道が山際に伸びていますが、タヌキよけ…じゃないイノシシよけの柵が!雲井からここにかけて一帯の田んぼにはイノシシよけの鉄製柵が延々と張り巡らされており、なかなか壮観です。

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 登ったら鉄製の吊り橋が。頑丈なうえ低いので、あまり怖くはない。
 なお「有吉・マツコの怒り新党」において、大井川鉄道塩郷駅付近の保木脇橋、おなじく大鉄千頭駅付近の両国吊り橋とともに、「新・日本三大線路をまたぐ吊り橋」のひとつとして認定されたそうです(ウソ)。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

狸に見送られて

2015年01月22日
 2週間ほど前、信楽高原鐡道沿線の見どころを回るという企画の取材で、滋賀県の信楽へ。2012年夏の集中豪雨で、起点の貴生川駅を出てすぐのところの橋が流されため1年半近くの運休を余儀なくされ、昨年11月末にようやく復旧したばかりです。
 カメラマンYさんと早朝から沿線をウロウロし、まだ夜が明けきらない時間に雲井駅へ。国鉄の匂いが残っておりました。

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 シブい、シブすぎる!駅舎の倍ほどの高さに成長した二本の木もいい!開業記念に植樹されたのだろうか。

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 ところが、普段はあまり利用客もいなさそうな駅なのに、発車時間が近づくとなぜか人が続々と集まり、ホームはプチラッシュ状態に。田舎なのでたかが知れているけれど、それでもこれだけの乗客が途中駅で乗り込む光景には驚いた。いったい何事!?と思って聞いてみると、地元の人が伊勢神宮へ団体参拝に出掛けるところなのでした。
 鉄道利用促進のため貴生川まで列車で行き、貴生川からはバスで伊勢神宮まで行くとのこと。鉄道存続のための地元の応援に心打たれます。苦難の多い鉄道だし、お伊勢さんの御利益があることを願うばかり。

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 雲井だけでなく信楽町内から多数が参加したため、ラッシュ対応で列車は三両編成になってた。これは貴重!眺めのいい玉桂寺前駅で待ち構えて折り返してきた列車の写真を撮ったけれど、よく考えたら旅行雑誌のローカル線企画なので、そんなレアな写真は使えないのであった…。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0059

2015年01月20日
 先日、取材が終わった夕方に岐南町内をウロウロしていたら、名鉄岐南駅前の駐輪場で闇の中に浮かび上がる星座を発見した。

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 何座だ!?

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 なにかと思ったら、ねぎっちょ座なのでした。要は街灯カンバンの部分を地元キャラにしたというわけですね。駅前のほか体育館の駐車場にもありました。
 わたくし、星の数ほどある地元キャラの中では岐南町のねぎっちょが最高峰と思っているので(ちなみに、最もどうかと思うのはトヨッキーと家康君)このアイテムは好もしいのですが、もう少し縁取りの電球を増やした方がよかったのでは…。

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 ねぎっちょは、岐南町唯一の名産品、徳田ネギがモチーフである。シブい名産だ。これしかないので、町もガンガン押しております(→●□)。

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 これが「飛騨・美濃伝統野菜」に指定されている岐南町唯一の名産品、徳田ネギである。ただのネギにしか見えませんが、緑の部分も白い部分も柔らかくて全部食べられるのが特徴で、ただのネギではないというのが公式見解である。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

恋のアーケード0031

2015年01月19日
 その北野天神社付近から江南駅東口にかけては商店街になっています。

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 その名も「江南駅東商店街」。そのまんま。天神前商店街などとせず、飾り気のない名称に好感が持てます。僕だけか。入り口にはアーチがありますが、町並を記録しているこちらの素晴らしいサイトによると、2010年に建て替えられたものとのこと。

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 狭い歩道の両側が断続的なアーケードになっており、このビニール屋根が、ひとむかし前の風情のカラーリングでなかなか味わい深い。
 しかし、どこかで見たことある配色だなあと思ったら、京都の錦市場のアーケードと同じなのだった(→●□)。購買意欲をそそる配色なんでしょうか。離れた場所で二つの事例があるということは、きっと他のアーケードにもあるに違いなく、これは探し出して研究せねば(なんの研究?)。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

筆&HINOMI

2015年01月18日
 先日、とある取材で名鉄犬山線江南駅の東にある、北野天神社に行ってきた。合格祈願&文字上達祈願の神社としてけっこう有名らしいが、尾北・尾西方面の取材を7年くらいやっていながら(年に2~3回だけど)行くのは初めて
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 入口に立つ宣伝塔(?)を横目に境内へ。これと同じようなものが江南駅東口にもあります。

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 太鼓橋&蕃塀(ばんぺい)という、このあたりの神社の必須セットの先に、狛犬ならぬ狛筆…じゃない、モニュメントともちょっと違う…、えー、なんというのかよく分からないけど筆の石像が二つ、デンと据えられていた!なぜ右は立てられ、左は斜めに置かれているのかは不明。

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 両方ともに巨大な硯と本物の筆が添えられており、硯には墨ではなく水が張られています。
 たまたまいた奉賛会の人に聞くと、右は合格祈願、左は文字上達祈願用という。祈願者は筆に水を付けて願いをこの石像に書き、そのあと牛の頭をなでるんだそうな。このあと、大学の受験生を控えた子とその家族が合格祈願にやって来て、「祈・バカ田大学(仮名)合格」と書いて家族みんなで牛をさわっていた。受かるといいですネ!
 考えてみると、自分はそういうこと何もしなかったなあ…。というか、合格を神仏に祈ろうという発想が当時なかった。ウチの3歳児が受験するときに再訪しようと思います。
 そして、境内には筆と牛だけでなく、例によってHINOMIが!

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 あと、どういうわけか二宮金次郎像も境内に置かれていました。最近製造されたと思われる味わいの薄い像だったので、画像は省略。
 なお、本日(18日)ここで「筆まつり」が執り行われます。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

天へ

2015年01月14日
 先日、一宮に某ローカル媒体の取材に行きまして、尾張一宮駅南の高架脇にある「織姫像」を、使うかどうかわからないけれど撮ってきました。

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 銘板によると、昭和34年に駅近くの銀座のロータリーに設置され、平成11年にロータリークラブ創立50周年に移設されたとのこと。なぜこんな中途半端な場所に移したのか疑問だが、余所者にはうかがい知れない深い事情があるのだろう。
 この像、下から仰ぎ見ると、なんというか輝かしい一宮の未来に姫が歓喜し、傍らの羊も「メェ、メェ~」と喜びに満ち溢れているように見えるのだが。

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 離れてみると、通過したタクシーに「ちょっと待ってちょーヨ」と叫んでいる地元のオバサンにしか見えないのであった。彫刻というのは難しいものである。

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 ちなみに「いちみん」が両手を挙げているのは、この織姫像のオマージュとのことである(ウソ)。
 今年は未年ですが、羊毛(毛織物)産地の一宮が盛り上がっているという感じは特にないですね。当たり前か。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

24年後に会いましょう

2015年01月11日
 12/20から開かれていた大野谷虫供養の石瀬道場が昨日、終了しました。前回の小倉道場は地元媒体の取材もあって22日間中10日も行きましたが、今回は昼に2回しか行けなかった。

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 大野谷虫供養は、常滑北部と知多市南部の12地区が毎年持ち回りで「道場」を開き、地域の人が参集して念仏を唱える行事です(詳しくは下のリンクから)。 
 虫供養に参加している地区は12年に一度、当番に当たって道場を開くのですが、うち2地区、知多市新舞子の松原区と上松原区、常滑市金山の宮山区と石瀬区は交互当番になっています。つまりこれらの区は24年に一度しか道場が回ってきません。

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 今回の石瀬区は、常滑市立青海中学校前の石瀬公会堂を道場にしました。聞けば、24年ぶりとあって当人(トウニン=虫供養を仕切る区の役員)を経験した人がほとんどいないうえ、虫供養開催区では最少戸数なので、何かと大変だったとのこと。
 次回、石瀬に道場が開かれるのは2038年。そんときゃわたしゃ67歳か。次回を見られる可能性は五分五分だな…。

150111-3.jpg ※クリックで拡大します

 なお、22日間の虫供養で何が行われるのかを、知多半島南部限定のローカル媒体の最新号に細かく書きました。常滑駅構内ギャラリーセラ、常滑市役所ロビー、常滑・武豊以南のJAなどで無料配布しているので(1/20頃ぐらいまで)、興味のある人はもらいに行ってくださいませ。
(まさ)

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◎虫供養関係記事
大興寺道場(09年度)→●□
大興寺おためし→●□
西之口入仏式(10年度)→●□
西之口善の綱→●□
南粕谷道場(12年度)→●□
小倉入仏式(13年度)→●□
小倉道場→●□
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

日間賀島VS篠島、墓対決

2015年01月07日
 そんなわけで正月早々、二日連続で日間賀島に行ったわけですが、実は年末には篠島にも行っておりました。この2島、目と鼻の先にあるのに文化や気質や特産品などかなり異なっており、比較するとなかなか面白い。
 たとえば、墓地の様相も対照的です。

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 日間賀島の墓地は、低い丘陵地のてっぺん近くの斜面に広がっており、なかなか眺めがいい。死んだらこういうところに葬られたいものだねェ。写真は東里の墓地ですが、西里の墓地も同じように高いところにあります。

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 いっぽう篠島の墓地はこんな感じ。すごいのは、墓地の真ん中を生活道路が貫いていること。写真は正法禅寺(知多四国38番)の墓地で、この道が西方寺(知多四国番外札所)に通じているので、知多四国の巡拝者は墓の中を通ってゆくことになります。味わい深すぎる。

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 墓そのものに注目してみますと、日間賀島は特に変わったところはない。

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 ところが篠島では、花を供えるのではなく、蓋つきの湯飲み茶わんを供えるのである!なぜ?飲用水が少ない土地だったので、御先祖様が飢え渇かないように…ということなのだろうか。いや、水が貴重なのは日間賀島も一緒か。
 こうなると佐久島も気になってくるので、近いうち墓だけ見に渡ろうかと思います。ちなみに、日間賀島の人も篠島の人も、佐久島については交流も関心もない模様。

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 あとオマケ。篠島某所にて、戦前まで篠島で造られていた酒「帝乃井」の陶器瓶を発見!超貴重!まさかこの酒の遺品が残っているとは思わなかった。
 この銘柄は、西方寺から医徳院(知多四国39番)に行く途上にある文化財「帝井」のことで、南北朝時代に漂着した親王のために掘られたという。蔵元は帝井のすぐ下にあり、今も蔵が残っています。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

新春の甘酒

2015年01月04日
 本年もよろしくお願いいたします。

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(日間賀神社前から渥美半島を望む)

 今年は去年と同じく、1月2日の日間賀島から始動しました。日間賀神社で行われる「甘酒祭り」という神事の取材です(いつどのように扱うかは考え中)。わたくし商売柄、さまざまな祭礼や民間行事を見てきましたが、おそらくこれが今まで見てきた中でもっとも知られていない行事でしょう。

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 どういうものかといいますと、神事のあと、宮司、6人の頭人(トウニン=神の世話役。禱人とも書く)、氏子である東区の人たち総勢30人ほどで甘酒を飲むというもの。見て楽しむという類の祭りではないため、取材者はおろか地元の見物人すらおりません。たぶん島の若者はほとんど知らないと思われ、執り行う側も、外部から見に来る人がいるとは考えてもいないようです。
 聞けば、むかしは神社の外に建てた仮宮に神様を迎え、参道に並ぶ「座主」らに小学生が甘酒を持って行こうとするのを、青年たちが邪魔して酒を取り上げ、見物人にふるまう…という賑やかな行事だったらしいが、簡略化されて現在は社務所内で執り行っているとのこと。

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 社務所の上座に宮司が座り、左右に頭人と氏子らがずらっと並びます。甘酒を注ぐのはオオツカイ(大使)。式次第は以下のとおり。
1、上座から順に甘酒を注ぐ。
2、上座に戻って二杯目の甘酒を注ぐ。
3、上座から順にシラスを回す。
4、下座から三杯目の甘酒を注ぐ。
5、上座から御神酒もしくは甘酒、好みの方を注ぐ
 以上です。所要時間は拝殿での神事を含めて約30分。驚くほどあっさり。実にシブい!
 
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 この祭で供されるのは、日間賀島名物のタコではなく、シラス。なお、タコは翌3日に行われる「蛸祭り」に登場します。
 その蛸祭りについては昨年の記事(→●□)にざっくりと、また、現在配布中の知多半島の無料雑誌「Step」1月号の担当コーナー「知多遺産」にやや詳しく書いたので、興味のある方はご覧くださいませ。
 ちなみに二年連続で、3日の蛸祭りにも行きました(別の媒体用に再撮影)。この祭、地元の郷土研究雑誌「みなみ」を除いて大きく取り上げた媒体はウチしかないはず。今年もそういう路線を狙います。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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