恋のアーケード0030

2014年11月28日
 奥飛騨・福地で温泉とHINOMIを堪能した翌日は、高山に出て一件取材をこなし、昼前にはフリーになったので久しぶりに市街地を散策、というかチェックしてみました。前に高山&飛騨のガイドブック制作に何年か関わっており、こっちへ来るとついつい新規物件やリニューアル店舗、あるいは閉店などないか確認に回ってしまうのです。こんなこと言うとアレですが、観光客でごった返す重伝建地区の「上三之町」に、県外資本と思われるしょうもない店舗がまたも数軒出現していた。にんともかんとも…。
 ところで、高山は雪国とあって東海地方屈指のアーケードシティです。市街中心部の鍛冶橋から四方向に、歩道アーケードが伸びています。

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 鍛冶橋を挟んで東方面の安川通り。上三之町や宮川朝市と接しているので観光客向け店舗がほとんどで、一般的なイメージの商店街とはいささか様相を異にしています。
 この通り、いまどき街頭放送(主に店のCM)を日中延々流しており、なかなかシュール。煩く感じる人もたぶん多いでしょうが、なかなか田舎っぽくて僕は嫌いではない。

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 西へ伸びる国分寺通り。高山駅と観光エリアを結ぶ道で、安川通り同様、観光色が強い通り。ただ、アーケードが古く歩道が狭いので、地方都市らしい古びた商店街の味わいをとどめています。

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 北へ伸びるのは本町1・2丁目。この通りが高山の本来の中心商店街。地元色と観光色は7:3といったところ。フラッグや柱の飾りも明るく、なかなか活気を感じます。

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 そして南へ伸びるのは本町3・4丁目。完全地元仕様である。

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 でもって上三之町は、平日というのにすごい人。震災後は観光客が激減したと聞いていましたが、ここだけ見ると元に戻ったように感じる。
 しかし、外国人観光客の皆さんに訴えたいのは、リアル日本はここではなく本町界隈ということであります!
(まさ)
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温泉&HINOMI

2014年11月27日
 10日ほど前、3年ぶりに奥飛騨の取材があり、福地温泉というところに宿泊しました。奥飛騨温泉郷に5つある温泉地のひとつで、比較的小規模でハイグレードな和風旅館が多く「奥飛騨でいちばん秘湯感のある温泉」と言われております。

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 取材日の前日に雪が積もったそうで、さすが奥飛騨。行った日もたいそう寒かったです。
 で、取材の合間に宿泊先のあたりをうろちょろしていたら、例によってHINOMIが!

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 うーん、何度も来ているのにちっとも気が付かなかった。枯れ木のシーズンなので発見できました。
 場所は「福地温泉朝市」が開かれる店の裏の広場の隅。夏休み期間中は火の見櫓の下で(というか広場で)毎晩「へんべとり」という獅子舞が披露されるそうで、いずれ夏に行って「獅子舞&HINOMI」の写真を撮らねばならん。
 ところが、福地の火の見櫓はこれだけではなかった。ここからわずか20mほどの場所にも、例によってHINOMIが!

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 しかも木製!すごい!なんでまた!?
 と思って宿の方に聞いたら、30年くらい前に観光施設「昔ばなしの里」ができたときに建てられたものだそうな。よく見ると施設のカンバンが取り付けられている。う~ん、そりゃそうか。
 でも、本当に30年前のものだとしたら、木製火の見櫓(レプリカだけど)の耐用年数としてはかなり長いのではないか?いつまで持ちこたえるのか、鉄製ともども生き長らえてほしいものです。
(まさ)
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国鉄時代の跨線橋のブルース

2014年11月26日
 その「集楽あり」のカンバンのすぐ先には、本巣駅の広い構内を跨ぐ人道跨線橋が残っています。

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 シブい、シブすぎる!国鉄の香りがする見事な鉄道遺産。線路で分断された両側を結ぶ跨線橋って、味わい深さの割に注目度が低い気がします。豊橋駅の二川寄り(みゆきステーションホテルの脇)にある跨線橋の改修前の状態とか、よかったよなあ。
 これは子どもの頃から気になっていたのですが、あまりに地元すぎてスルーしてきたので、初めて渡ってみた。

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 セメント板の不安定感、向こうが見えるスカスカ感が、たいへん好もしいのである。

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 狭い、狭すぎる!

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 せっかく渡ったので、西村京太郎が奇書「ミステリー列車が消えた」で気の毒な人質の監禁場所として取り上げた給水塔の内部も覗いてみました。作家もこうやって覗きこんで「おっ、使えるやんけ!」と思ったのだろうか…。

141126-5.jpg ※クリックで拡大します

 この記事でちょうど「岐阜中部・西濃雑」のカテゴリが100になったので、どうでもいいですが補足を。当ブログにおける岐阜県の地域区分は、このようになっております。「岐阜中部」という呼称、自分で使っててしっくりこないのですが、他に適当な言い方がないのでやむなく…。
 生活圏的には西濃と岐阜中部はボーダーレスな感じですが、90年代前半ぐらいまでは地元民の実感として両地区には厳然たる隔たりがありました。揖斐郡出身である僕には正直なところ、今でも旧本巣郡にはあまりシンパシーを覚えません。
 境界が曖昧になったのは、モレラ岐阜、カラフルタウン、潰れたリバーサイドモールなど、揖斐川・根尾川の向こうに大型ショッピングモールがボコボコできたためと思われます。もっとも、これは西濃からの視点ですので、岐阜・本巣・羽島サイドの人にとってはいまだに西濃への親近感は薄いと思いますが。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0286

2014年11月25日
 実家にいた今日の午後、用事があって本巣市のモレラ岐阜にちょろっと行ってきまして、その帰途、樽見鉄道の本巣駅のまわりをうろうろしていて発見した注意勧告カンバン。



 言われなくても、集落があることは見りゃわかるわい.。それ以前に、こんな農道を通る車なんて軽トラぐらいのものだと思うが…。あ、逆に地元道路に慣れきった軽トラのほうが危ない存在ということか。



 線路の向こうには樽鉄の歴史遺産、給水塔がそびえております。西村京太郎の珍作「ミステリー列車が消えた」で、人質になった乗客がぶち込まれ監禁されたのが確かこの中でした。中学生の時に読んだけど、子供心に「そんなアホな!」と思ったのを覚えている。この小説、新垂井駅も舞台だった(→●□)。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

駅跡に展望台

2014年11月23日
 木曜日はとある取材で十数年ぶりに静岡の清水へ。雨だったけれど仕事先へ行くまでけっこう時間があったので、これまた久しぶりに旧国鉄清水港線の三保駅跡に行ってみました。
 清水港線というと、晩年は旅客列車が一日一往復しか走っていなかったことでも有名でした。確か30年くらい前の「旅と鉄道」の別冊だったかと思うが、国鉄全線乗りつぶしをした人の座談会かなにかで出席者の一人が「全行程を列車利用する」ことにこだわった人で、その方が「朝の下り列車で三保まで行ったあと夕方の上り列車まで時間が空きすぎてヒマだったので、ホームで洗濯させてもらっちゃいましたよ、ハッハッハ」という発言をしておられ、子供心に「ハァ?」と思ったことを覚えています。
 一度は乗りたい路線だったけど、廃止時にまだ小学生だったので間に合わず、悔しかったなあ。特定地方交通線の1次廃止線で乗れたのは地元の樽見線と明知線ぐらいだった。



 そんなことはどうでもよくて、その三保駅跡はホームを残した公園になっております。あー、こんなんだったけか…。あまりに久しぶりすぎて当時のことはまるで覚えておらず、ほぼ初めてみたいなもんです。



 しかし、当時は間違いなくなかった武骨な構造物が、構内跡地に出現していて驚いた。こんなところに展望台を作ったのか!?清水港や富士山の眺めを楽しめと?



 そんななわけはなく、津波発生時の避難タワーだったのでした。とはいえ眺めはなかなかシブく、三保造船の巨大クレーンや日軽金などの工場風景が楽しめます。
 クレーンが水色に塗られていますが、取材先で聞いた話では、景観保全の取り組みとのこと。20年くらい前から東海大学の教授の指導で、クレーンや煙突などの大型構造物を水色に塗っているんだそうな。ほう。



 敷地内には小型機関車と日軽金が寄贈したタンク車が静態保存されていました。シブいなあ…。
(まさ)
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)

菊&HINOMI

2014年11月22日
 先週末、揖斐川町の実家に帰る途上、銀杏で有名な祖父江の長岡地区(馬飼大橋のあたり)へ菊の栽培風景を見物に行ってきました。



 先日も羽島の美濃菊展に行ってきたばかりで(→●□)、どんだけ菊が好きなんだと思われる向きもありましょうが、某媒体の「このあたりの市の花、町の花を撮る」という仕事です、いちおう…。
 菊は稲沢市の市の花で、JA愛知西のサイトによると千代田と長岡で生産されている特産品のひとつとのこと。ただ、その辺を歩いていた婆さんに聞くと、10月でだいたい収穫(?)は終わりだそうで、すでにパラパラとしか残ってなかった。まあ、アップが一枚撮れればいいので問題はない。
 そんなわけで、伊吹おろしに吹かれながらこの渋い風景を堪能し、ふと振り返ると例によってHINOMIが!



 遠くてわかりにくいですが…。



 さらにあたりを徘徊したら、切り残し?の菊畑?に遭遇。こうなると山野草のようで、また違った趣きがあります。
 で、この近くにも例によってHINOMIが!



 祖父江名物のイチョウと、旧祖父江町特有の小型火の見櫓の取り合わせ。これぞ祖父江である。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

恋のアーケード0029

2014年11月21日
 二週間前、伊勢のおかげ横丁で開催された「日本太鼓祭」の見物に行きまして、その帰途、宇治山田駅で30分ほど電車待ち時間があったので駅前の「明倫商店街」を見てきました。十数年前に昼間の状態は見たことがありますが、うろ覚え。

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 地味な小ビルの間でひっそりと口をあけております。

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 奥に進むと天の川が! 

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 そして薄暗い中にポツンと、沢村栄治の有名な写真のパネルが!あまりのシュールさに言葉もない。さすが神の国である。
 えー、以上です。

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 宇治山田駅は、今や東海地方の駅舎の最高峰ですね。JR東海や名鉄の駅はもはや手の施しようがなく、鉄道文化財の保全は近鉄の独壇場。小駅にもいいのが多いし、この調子で頑張っていただきたいところ。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

たぶん旧土岐郡曽木村役場

2014年11月20日
 先の東濃取材では土岐市山間部の方にも取材先があり、待ち合わせまでの間に土岐市の南東端に位置する曽木を少し徘徊してみました。

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 曽木といえば、日帰り温泉の「バーデンパークSOGI」や紅葉ライトアップで知られる曽木公園がありますが、旧村の中心部は観光地の香りは皆無で、まあ、美濃三河国境地域の典型的景観ともいえるような風情です。
 そんな曽木地区の中心部で、むかしの村役場と思われる建物を発見(違ってたらスイマセン)。

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 シブい、シブすぎる!
 正面の壁と柱、玄関の張り出し部分前面にタイルが貼られています。タイル産地の笠原が近いので、それらを用いたものか?玄関庇に見られる温泉だか花だかよくわからないマークもタイルで作られております。これは土岐市の市章。合併後に取り付けたものか(違ってたらスイマセン)。

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 側面に回ってみると、母家の背後に増築部分(?)が見えた。その形状から、地元では「曽木のホワイトベース」と呼ばれているらしい。

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 あともうひとつ、農協支所の旧庁舎。こういう40年代チックの建物もだんだん減ってきました。

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 よく見ると、1階と2階のつなぎめ部分に謎の象形文字のレリーフが!現代日本語に訳すと「貯金は農協へ」「家の光」等の言葉が並んでいるそうである。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンサインの研究0058

2014年11月19日
 瑞浪に行ったついでに、久しぶりに瑞浪駅前も歩いてみました。小さい町ですが、駅を基準に東方向が「駅前」、西方向が「本町」、南方向が「浪花」通りと、駅前界隈は3つの商店街組織に分かれています。

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 そのうち、中央線に並走する「駅前」と「本町」は一体化したふうに見えるのですが、駅前は歩道アーケードがあり、いっぽう本町はアーケードがないので、境目が一目瞭然。

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 かたや駅前商店街はアーケードの屋根から吊り下げたフラッグでアピール。どこかの国旗を思わせるデザインですが、ネットで調べたところ、この配色の国旗は見当たらず。独創的なのである。

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 こなた本町商店街は、街灯と一体化した統一カンバンで対抗だ。高級感を醸し出すデザインと味わい深い店名があいまって、誠にいい塩梅である。

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 そして駅前からまっすぐ伸びる浪花通り。田舎の商店街に銀座はよくあるけど、浪花を持ってくるとはヒネリがきいています。気になったので図書館で少し郷土史を漁ってみたのですが「昔は極楽通りと呼ばれていた」という記述を見つけたくらいで、この通りに関する詳細な資料はナシ(それどころか旧瑞浪町・旧土岐町に関するいい資料すらなかった)。由来を知っている人がいたら教えてください。

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 商店街入り口の街灯はどういうわけかウェイトレスで、捧げ持つマークは土岐氏の家紋の桔梗紋。そして向こうの駅前広場には、瑞浪超深地層研究所に関係するものか妙ちきりんなデザインの風向矢が。実にシュールな町である…。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(3) | Trackback(0)

タウンサインの研究0057

2014年11月16日
 先週半ば、数年ぶりに取材で瑞浪に行ったら、インター裏手の公共施設にPRの垂れ幕が吊り下げられていた。



 ゴルフの町!?



 インター下りたらこんな築山?まであった。確かに瑞浪には異様にゴルフ場が多いが、こうやって町おこし的な売り出しは意表を突きます。
 バブルまでは各地にどかどかゴルフ場が開発され、環境破壊だ!と個人的には苦々しく感じていたものでした。しかしイケイケの時代はとうにすぎ、今では協調してPRでもしていかないと田舎の場は生き残っていけないということか?そうだとすると、ちょっと同情も覚えたりしますが…。
 でも、潰れたゴルフ場ってのは聞いたことないし、実際はどうなっておるのかよくわからん。



 垂れ幕を見たついでで、ゴルフ場が多い瑞浪市北部の日吉地区の中心部の本郷集落に、10数年ぶりに意味もなく行ってみました。



 ちょっとした町場が形成されております。東濃では、東濃信用金庫の支店の有無が集落規模を判別する目安である。



 でもって家並の中には、例によってHINOMIが!
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

1200年

2014年11月14日
 先の日曜日、美浜町野間の大御堂寺で「弘法大師知多御巡錫1200年記念法要 結縁大護摩祈祷」が行われたので、取材半分で見に行ってみました。
 今年は弘法大師が知多半島を布教に巡ってちょうど1200年という記念の年で、知多四国霊場会の主催で、弘法大師も訪れたという真言宗の古刹として名高い大御堂寺において護摩祈祷を修法するもの。長い行事名を訳すとだいたいこういうところか。真言宗を中心に知多四国札所寺院の主だった僧侶のオールスターキャストです。

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 護摩に先立って、独特の法衣に身を包んだ真言僧らが始まりの儀式を行ったのですが、芝居じみててかなり面白かった。「護摩とは何か!」「何々である!」などと10分近く続く問答に始まり、斧や剣で何かを切ったり、矢を四方に放ったりとアクションが派手。僧侶の皆さんは声もいいので聞きごたえもあります。

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 前振り的な一幕に30分ほど要した後、ようやく点火。すると、もうもうと煙る護摩壇を10数名の僧侶が囲んで、大般若経の転読が行われた。長い経典をバラバラーっとめくって一巻を読んだとみなす儀式で、前に見たことはあるけれど人数が多いから壮観です。煙の中から黄色い鳥が飛び出るような感じ。

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 最後は、山と積まれた護摩木を僧侶が火の中にどんどん投じていきます。さすがに量が多く、全てを投じるのに15分もかかった。

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 大好きな太鼓も鳴り響き、けっこう楽しんで見ていた3歳児でしたが、一時間をゆうに超える長丁場に最後はさすがに飽きてきたようで、終わるころには碑文読解というマニアックな行為に及んでいたのであった。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0285

2014年11月09日
 レイルウェイ・ライター種村直樹さんの訃報には驚いた。一般的にどれくらい知られていたかはよくわかりませんが、鉄道好きでその名を知らぬ人はいないだろうという存在でした(→●□)。
 種村直樹の名を初めて知ったのは、小学校高学年のときに購入した「旅と鉄道」誌に載っていた何本かの記事。鉄道マニアといえば「車両系」が主流だった時代に、駅と路線と地理が興味の対象だった僕は、鉄道旅行をテーマとする種村さんの著作にずいぶん影響を受けたものです。郵便局めぐりはその最たるところで、中学生の時に始めていまだに続いている始末。
 大学生の頃まで熱心に読んでいたけれど、交通系以外のネタ、歴史・風土・民俗・地域問題などの薄さに物足りなさを感じるようになり、そのうちまったく読まなくなってしまった。しかし、ライターという職業が存在することを僕に知らしめてくれたのは種村さんであり、同好の友人が一人もいなかった少年時代の心の師みたいなものでありました。謹んでご冥福をお祈りするとともに、明日あたりセンセイを偲んでどこかの郵便局で500円貯金でもしてこようかと思っております。

 話は変わって前回の続き。恵當大弘法の岡川寺のそばで、富貴小学校の通学分団の集合場所カンバンを発見。

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 実に味わい深い一品。通学分団のカンバンは田舎でたまに見かけますが、さすがに撮ろうと思う気になるものは滅多にありません。これは武豊町役場の「作品」でしょうか。町内各所を回って探してみたい気もするけど、不審者として通報されかねないのでやりません。

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 その関連…というわけではないけれど、武豊町内には「防犯モデル道路」のカンバンも見られます。ネットで調べたところ、愛知県警により80年代初頭に作られたものらしい。デザインの意味がよくわからないし、この道のどこがどうモデルなのかもよくわからない。撮影場所は衣浦小のやや南、合併道路(→●□)の旧日本油脂専用線踏切跡。

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 あとオマケ。富貴駅前の売店が取り壊された。
(まさ)
知多雑 | Comments(4) | Trackback(0)

ビッグ弘法

2014年11月08日
 数日前、取材の帰りに武豊町冨貴を走っていた途上、ふと思い立って岡川寺(こうせんじ)という寺に寄ってみました。

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 国道247号沿いに「日本一大きい木造大弘法」とかなんとか記されたこの寺のカンバンがあるので以前から気になっていたのですが、ほとんど通ったことのない冨貴地区西端の市原集落にあることや、知多四国や直伝弘法等の札所でないことから、なかなか足が向きませんでした。この日はたまたま時間にゆとりがあったので。
 件の日本一の像は、写真左の弘法堂内におられました。

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 デーン!と大弘法である。高さは3.6m。わたくしの写真がイマイチなので大きく見えないかもしれないけれど、扉を開けて対峙した瞬間はぶったまげた。大変な迫力です。
 寺の方によると、昭和初期の発願、建立。正式な名前は「恵當(えと)大弘法大師」で、守護神として十二支を祀っており、干支に恵當の字を当てたのが由来。半島の弘法大師霊場ではかなり後発だったので、アピールすべく大きい像にしたとのこと。老朽化したため、昭和50年代に補強とお色直しをしたそうな。

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 市原集落である。いわく言いがたい風情をたたえております。ここに限らず知多半島南部の内陸集落では、だいたい同じような感想を抱いてしまう。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

シブいぞ岐阜羽島

2014年11月05日
 先週半ば、某媒体用の資料収集のため羽島市役所に寄ったら、ロビーでシブいパネル展が開催されていました。

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 岐阜羽島駅開業50周年記念の新旧写真展だ!展示方法も展示場所もなかなかシブい。庁舎じたいも激シブなので、もし遠方から行こうと思われる奇特な方はこちらも要チェック(→●□)。
 岐阜羽島駅といえば「日本の代表的政治駅」みたいにいわれ、開業当時は周囲に何もなかったことで有名ですが、その何もなかった当時の写真も掲示されてました。そして先の中日新聞には「新幹線の駅前開発で失敗した数少ない事例」と駅前繊維団地の閑散っぷりがレポートされる始末。まあしかし、昔から変わらないあのだらーっとした雰囲気がガツガツしない県民気質と妙にマッチし、岐阜出身の人間としては好もしくも感じるのである(テキトー)。

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 実に好もしい雰囲気をたたえる岐阜羽島駅である。他の新幹線駅前と違って背後に高層建築がないので、市制50周年記念円空モニュメントのみが天をつんざいております。いかにも昭和っぽい歓迎塔もシブい。
 このほか駅前広場の片隅に、駅を持ってきた大野伴睦先生(県民にとっては永遠の先生)の銅像があります。こちらは煙草を指に挟んでいるという銅像にはかなり珍しい姿で、マニア必見。

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 駅だけでなく、オバケのような街路樹が中央分離帯にずらりと並ぶ駅前通りのシブさも際立っております。これは市の木に指定されているカイヅカイブキなのだが、説明板等もないし、来県者に与えるインパクトは未知数なのである。
 なお、この道は大野伴睦を顕彰し「睦通」の名が付いています(→●□)。しかし、おそらく今は誰もそう呼んでいない。

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 パネル展を見た数日後の連休中日には、羽島市文化会館で開催されていた「羽島美濃菊展」をいちおう取材で見てきました。シブい、シブすぎる!美濃菊は大正時代、羽島に自生していた菊を品種改良したもので、地元に愛好家が多くこの日も意外に大盛況。同行の3歳児&父母も、まあ楽しんでござった。
 でもって翌日の中日新聞に、ちょうどこの日のこの時間にやっていた岐阜羽島駅でのドクターイエロー停車公開の記事が載っていた。あー、痛恨!
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

小坂井の森の中

2014年11月02日
 先週半ば所要で豊橋に行ったついでに、久々に前芝から伊奈界隈を徘徊していたところ、前芝小の北あたりの田んぼ(豊川市伊奈町・市場地区)の中に、小さい森を発見。

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 こんなところに神社なんかあったっけ?と思って近づいてみると…。

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 薄暗い木立の中に墓が四つあったのでした。夕暮れ時だったこともあって、なかなか薄気味悪い雰囲気。何の変哲もないのどかな田園地帯に一服のミステリーという感じで、近所の子供の肝試しスポットとして親しまれている…かどうかは知らん。
 入口の案内板によると、ここは「お松見(オショウケン)」と呼ばれ、伊奈城主本多家の墓所とのこと。いわくありげな名前だが、この案内板にも「豊川の歴史散歩」にも名前についての説明はない。由来等を知っている人がいたら教えてください。

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 ついでなのですぐ近くにある伊奈城跡にも寄っておこうと思ったのだが、こんなシブい場所で逢引しているふうの若い男女が見え、邪魔しちゃいかんと思って行くのをやめた。仕方ないので、城跡付近を通過する新幹線を撮ってみたりしました。宝飯郡南部の田園風景っていいよね!そう思ってるの僕だけ?
 本宮山と新幹線、味わい深い取り合わせだが、観光ポスターや媒体等で見たことがない。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)
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