天白区の山の中

2014年10月30日
 3歳児とさまよう公園シリーズ。もう一発、名古屋の外れのほうの公園から。
 今日、原に用事があったついでに、3歳児対策として天白公園に連れていってみました。大根池とその三方を取り囲む山を整備および保全した公園です。天白区から緑区にかけての丘陵地を崩しまくって住宅地を造成した際、行政とディベロッパーが「これぐらいは残しといてやるか」てな感じで切り開かれなかったものと思われます。

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 たいへん広くて、遊具がひととおり揃ってて、どういうわけかデイキャンプ施設があって(しかも平日の真昼間にここを活用している若い女の子グループがいた。近くにある東海学園大の女子大生か?)、そしてドングリが無数に落ちており、なかなか遊びでがあります。とはいえ、先の新海池公園と同じで、まあ知立からわざわざ遊びに来るほどのもんではない。
 遊具や砂場で一時間ほど遊び、飽きたので(僕が)、写真右手に見える山の中へと3歳児を誘導。



 ドングリに導かれてトトロに出会うメイのごとく、山の上へと続く遊歩道を登ってゆく3歳児。



 薄暗い木立をくぐってやがて山頂に辿りつくと、そこには神社が!トトロか!
 この神社は中山神社といい、由緒書きによれば恵那市串原の中山神社から分祀したものという。串原の中山神社といえば、踊り狂いながらかわるがわる太鼓を打ち続ける東濃屈指の奇祭、中山神社大祭を見物しに行ったではないか。2年前には、このボウズも「中山太鼓」を打っている(→●□●□)。トトロではなく、太鼓の神のお導きであったか。



 社の前には、なぜかドングリが神饌のように奉納されているのであった、どこの子がやったか知らないが粋なもんですネ!

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 このあと3歳児は、ドングリの皮をひたすら剥き続けたり、赤城山高校の木下のように左右交互にドングリを投げて木にぶつける等の遊びを満喫して、山を下りたのでした。
 なお、ここの公園は駐車料金を取られるので(30分無料、以後30分毎100円)、お出掛けの際には注意が必要です。天白区のくせに生意気な(のび太のくせに生意気な的な)。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0284

2014年10月29日
 その新海池の柵に掲示されていた、イラストも書体も実に味わい深いカンバン。

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 この警告を思いっきり無視して柵を乗り越え遊んでいた小学生の女の子たちがおりまして、そのうちの一人が足を滑らせて池にはまり、あわやこの絵のようになるところだった。その光景を見て思わず3歳児と一緒に「どんぐりころころ」を唄ったのである…とか言ってる場合ではなく、危ないぞガキども!ずぶ濡れになった言い訳に窮して親御さんにたっぷり怒られるがいい。

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 あとどうでもいいですが、公園の北にあるアピタ鳴海店に寄ったところ、鳴海製陶の工場敷地を一部造成して建てた関係か鳴海製陶のアウトレットフェアをやっており、周辺住宅地の御婦人方が多数押しかけておりました。地場産品に目がない我々も500円のマグカップを購入。プチ「産業観光」で締めくくったのでした。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

恋のセンチメンタルシティ0013

2014年10月26日
 3歳児とさまよう公園シリーズ。
 先日、うちの3歳児を遊ばせるため、前から行ってみたかった緑区の新海池公園に行ってみました。鳴海駅の北約1.5km、丘陵地に開かれた住宅地にあり、新海池(にいのみいけ)というため池のほとりに整備された公園です。

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 そこそこ広く、ため池と雑木林があって景観的に好もしいのですが、施設的にはこれといって特徴はなく、まあ、知立からわざわざ30分も車を走らせて行くほど大した公園ではない。そんなところになぜ行きたかったかというと、何年か前に写真集「叙情都市名古屋」(木村一成/歴遊舎→●□)の取材同行で来たことがあり、なんとなくいい感じだったのでいつか遊ばせにこようと。ただし、その本にここの写真は一枚も使われなかったが…。
 子連れで来てみてわかったことは、ここが火伏せの神に見守られた公園だということである。そんなわけで、公園の片隅には例によってHINOMIが!

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 正確には隣接する長根台コミュニティセンターの敷地の隅に、紅白に塗られた長根台消防団の火の見櫓が立っております。

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 脚元には秋葉社があり、3歳児もしっかり参拝したのである。これはやらせではなくガチです。日頃の教育(神社仏閣では手を合わせて礼拝せよと)の成果。



 でもって夕暮れまで粘ったら、なかなか叙情都市な風景が拝めたのであった。
(まさ)

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111129-1.jpg ←クリックで拡大します
叙情都市名古屋 木村一成写真集
A5判変形・100ページ・オールカラー/2,480円
写真 木村一成
発行 歴遊舎
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カンバンの手帖ブログ版0284

2014年10月24日
 紀伊長島と尾鷲に続きまして、今ごろになって整理している今年上半期の画像の出し漏れシリーズ、今度は3月に行った京都から。
 そのときは「そう43号」の取材でJR丹波口駅前の京都中央卸売市場に行きまして、取材の後、卸売市場のチョイ北にある壬生界隈を散策。新撰組ゆかりの地として有名だそうですが、行くまで全然知らなかった。時折雪の舞う平日の寒い日でしたが、壬生寺には歴女と思しき観光客もおりました。
 で、壬生寺近くの壬生商店街で見つけた蕎麦屋のカンバン。

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 シブい、シブすぎる!こういうのが方々にゴロゴロしていて、さすが京都である。
 引っかかったのが「江戸前天婦ら一式」の文字。京都で江戸前を名乗るってどうゆう事?なんだか、大阪在住なのに巨人ファンみたいな感じではないか。
 そのときは疑問符を浮かべたままスルーしたのだが、最近読んだ「江戸前の素顔 遊んだ・食べた・釣りをした」(藤井克彦著/文春文庫)のおかげで疑問が氷解した。衣をつけて揚げるてんぷらは、そもそも江戸発祥の食べ物であり、江戸前(狭義では江戸沿岸のごく狭い範囲の海。またはそこで取れた海産物)の食文化の代表選手というのである。
 これに対し、西日本で天ぷらと呼ばれる食べ物は、魚のすり身の揚げ物。関東でいうところの「薩摩揚げ」です。また、海から遠い京都では、魚ではなく野菜に衣をつけてあげるてんぷらが主流だったともいいます。つまりこの店は。薩摩揚げでも野菜てんぷらでもない東京風の魚のてんぷらを出す店なのでしょう。たぶん。
 もしかしたらてんぷらの地域差って有名な話なのかもしれないが、食に対してとくに興味のないまま40年以上生きてきたので、へぇ~と思った次第です。

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 壬生の商店街。シブい、シブすぎる!カンバンに店名が見える、辻の角にある喫茶店「KADO」もシブい。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

TOBACCO陳列棚のフェイク

2014年10月23日
 昨日に引き続き、5月の東紀州取材で出し忘れのネタ。このときは、紀伊長島に続いて尾鷲も数時間歩き(→●□)、その極渋さに感動したのですが、町の中でこのような逸品を発見。

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 おお、見事なタバコ陳列棚。台座部分がタイルではなく石というのは初めて見た。タイルの一世代前のブツなのだろうか?しかし上部の擦り硝子が「TOBACCO」ではなく「APOTHEKE」ってなんだ?

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 と思ったら「クスリ」でした。ドイツ語で読みはアポテーケ、意味はずばり薬局。こりゃ珍品だ。ていうか、一体ここにどんな薬を陳列したのだろうか。
 なお、もと薬局のこの建物は現在、町おこし系の何かに使われているらしい。

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 この界隈は尾鷲のメインストリートにして、THE 熊野古道である。この雰囲気こそが遺産!また行きたいなあ。←昨日と同じ感想
(まさ)

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◎タバコ陳列棚のいろいろ
尾張旭&鳳来小島→●□
東栄町の2点→●□
知多半島の3点→●□
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0283

2014年10月22日
 5月に取材で行った紀伊長島(→●□)の写真を今ごろになって整理していたら、出しそびれていた写真に気が付いたのでまとめて出しておきます。

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 ボンド遊び禁止令発動中!脱法ハーブが主流の現在から見ると、かなりツウ好みのプレイである。

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 ショッピングセンターのことをわたくしの地元の岐阜県西濃地方では「ショッピ」と略すのが常だが(揖斐ショッピ、池田ショッピ、河間ショッピ等)、東紀州では語尾を伸ばすらしい。なお、この店は移転して営業を続けており、今も屋号は「ナガシマショッピー」でした。

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 いろいろ突っ込みどころの多いゴミ集積場である。

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 この味わい深い町の中に、こうした逸品がゴロゴロ転がっているのである。また行きたいなあ。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

田口に千客万来

2014年10月20日
 だんつくの後は、嫁を家に置いてそのまま設楽町田口の「田口祭」へ。奥三河には有名な祭礼がいくつもありますが、これについては何かで紹介されているのを見た記憶がありません。どんな祭礼なのか皆目見当がつかないままとりあえず出掛け、夕暮れ時に田口に到着。ちょうど市街地を山車が巡行しているところでした。

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 山車の背面に取り付けられた電光掲示板から、白山神社の祭礼であることがわかった。大学時代以来、頻繁に田口に来ているけど、迂闊にも白山神社の存在を知りませんでした。まったくもって東三河フリークの名折れである。

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 巡行にくっついて行くと、自動的に白山神社へ連れていかれました。場所はNTTの裏。拝殿前に、ゲートボール等に使われると思われるけっこう広いグラウンドがあり、3歳児をはじめ子どもたちは皆よろこんで走り回る。こういうロケーションの神社祭礼も珍しいような。

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 日が落ちると、デコトラのように山車の電飾がピカピカと!しかも正面には「千客万来」って、なぜ?田口は奥三河の商業の中心だったからか?

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 そのうち、境内というかグラウンドの隅のほうで「火祭り」という神事が始まった。花祭りのような鬼が、盛大に燃え上がる火のまわりで舞うというもの。じっくり鑑賞したかったのだけれど、3歳児が火に怯えたため遠巻きにしか見られず…。 
 このあと、特設ステージで名古屋からやって来た若者チームによるダンスショーがあり、祭礼のラストは豪華景品付き餅まきに田口じゅうの老若男女が大盛り上がり。しかしなんでまた暗い中で餅まきを?あと、アナウンスでは「本日のメインイベント!」と叫んでいたが、火祭りがメインではないの?
 余所者にはいくつも疑問符が浮かんだけれど、普段田口で感じるようなまったり感に終始包まれ、なんだかよくわからないけど惹かれるものがあった祭りではありました。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ダン・ツク

2014年10月17日
 先週の日曜日は、いちおう取材で東浦町の藤江神社祭礼を見に行ってきた。

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 この祭礼は「だんつく」と呼ばれる獅子舞が呼び物。知多半島で獅子舞系の神事というと梯子獅子がメジャーですが(→朝倉●□●□/大脇●□)、こちらはあんなアクロバチックなことはせず、拝殿前に設えられた舞台で3つの演目を舞います。

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 目に留まったのが太鼓。雌雄の獅子とも太鼓を首からぶら下げているのだが、前掛けを身に着けているので、激しく動いて前掛けがめくれない限り太鼓が見えない。そして前掛けの上から太鼓を叩くので、近くで耳をそばだてないと叩いている音が聞こえない。このような太鼓の特性を生かさない叩き方は、見たことがありません。
 ただし、拝殿の中で笛と太鼓のお囃子隊がしっかり演奏しています。

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 そして、最後に舞われた「隠獅子」では、アナウンスで「6人の幼児が獅子に扮して登場します」と言っていたのでさぞにぎやかなのだろうと思いきや、ちびっこ獅子は登場するなり舞台中央にうずくまり、雌獅子に守られるようにして最後まで動かなかった。これはシブい!

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 一時間ほどで終わると舞台がそそくさと撤去され、餅まき、そして「おまんと」が行われたのでした。3歳児を連れて行ったのだが、去年行った森岡の村木神社では柵の近くで見ていたのに、今年は怯えて柵に近づかなかった。ある意味、成長?
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0282

2014年10月15日
 先日、資料収集のため久しぶりに東海市役所へ行ったついでに、庁舎の北側にある庭、というか広々とした芝生広場を散策してみました。



 大池公園と市役所用地が繋がっており、最初から災害時の緩衝地帯としてきっちり都市計画されたもの…だったと思います、確か。違ってたらスイマセン。
 鉄の町ってことで、こういう鉄オブジェを競作させたのでしょう。一応、地域性はある。ただ、わたくし、このような錆た鉄のアートのよさが全くわかりません。



 忠魂碑群を借景?にしたシュールな一品も。
 で、これらを眺めながらコーヒーや軽食が楽しめる市役所別棟の喫茶コーナーがあり、そこの行灯カンバンが渋かった。



 鉄オブジェよりもこういうものに惹かれる、アートを解さないマニアなのであった。
 どうでもいいけど、公共施設の地味シブ食堂めぐりの企画なんてどうかな?
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンサインの研究0053

2014年10月13日
 前回の続き。愛栄通と垂直に交わる新町通りも久しぶりに歩いてみました。新町通りは名草線の旧道にあたる古い街道筋にあり、本町通りと連結しています。

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 やめてしまった店も何軒かあるようですが、まだ「現役」感があります。この幅員で昔ながらの商店街風情を保っているのは、名古屋近郊の中小都市では少ないのではなかろうか(他には竹鼻や萩原あたり)。ちなみに10年前はこうでした。

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(2005.02.06撮影)

 ちょうど大売り出しの期間中だったので、すごいハデになってますが。そしてよく見ると、街灯に取り付けられた統一の商店街名称カンバンが変わっている!

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 今はシンプルに「新町通商店街」なのに、かつては「新町通りユアタウン」というキャッチーな愛称つき!あなたのまちはどこへ行っちゃったんだ?なお、5年前の写真ではすでに現在のものになっています。
 そういえば新町通と愛栄通の分岐点には、以前シブい衣料品店がありました。

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(2005.02.06撮影)

 10年前は現役でしたが、このあと営業をやめられ、5年前はこのように活用されていました。

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(2009.10.15撮影)

 この激シブ商店街でジャニーズタレントの主演映画「黄色い涙」のロケが行われ、この建物はロケ資料(主にスナップ写真)の展示館になっていたのでした。

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(2009.10.15撮影)

 ランドマーク的な名建築の有効活用事例として、いずれローカル媒体で取材する機会もあるだろうと思っていたのだが、近頃取り壊されてしまい今は下の写真のような状態に。

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 高層マンションかあ…。まあ、こういう古建築を個人で維持してゆくのは難しいだろうから、残念だけど仕方がない。ちなみに壁面に書かれたコピーは「江南のランドマークとして、未来を見渡す存在感」。日本語としていささか残念。僕なんぞに言われたくないか。
(まさ)
尾張雑 | Comments(4) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0045

2014年10月12日
 昨日と同様、夏場のローカル媒体取材の写真の救済ネタ。
 江南へ行った際、久しぶりに古知野を散策し、中心商店街の一角を占める愛栄通商店街のタウンアーチを久しぶりに撮ってみました。商店街成立の経緯等は調べていないのでわからないけど、古地図から推測すると、名草線(→●□)の新道開通(年代は知らない)に伴って整備された新町筋~名草線新道との連結道路沿いに発展した…と思う。違ってたらスイマセン。

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 すごい賑わってるふうでもない商店街なのですが、なぜか平成に設置されたアーチが三つもあります。東入口と中ほどのアーチはこのタイプ。平成7年製。

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 そして西入口(バローの脇)にはこのアーチ。町のキャッチフレーズは「江南のカラフルタウン」(ウソ)。
 久々に歩いて気が付いたこと、この商店街は「栄」の付く店が多い!

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 鍼灸院も。

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 地元高校生に人気のありそうなヤキソバ屋も。

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 そして銭湯。まだやっているのだろうか?
 話はこれ以上広がりませんが、それにしてもLOVE栄という感じで好もしいのであった。

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(2005.02.06撮影)

 オマケ、10年ほど前の愛栄通。変わっていないように見えて、何軒かは廃業、更地に…。

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(2009.10.15)

 さらにオマケ、5年前の西入口のアーチ。これもそんなに古くはなさそうなのに取り換えるとは(しかも「カラフル」の基本コンセプトはそのままに)、商店街のやる気を感じます。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

尾西石モノ二題

2014年10月11日
 夏場に行った一宮周辺のローカル媒体の取材写真を今ごろ整理していて見つけた、出しそびれをいくつか。そんなに話が広がらない地味なネタですが(いつもか)。
 旧尾西市の小信中島で発見した、建物は小さいくせにやけに立派な標柱。

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 尾西小信局のすぐ近くにある二ツ屋公会堂です。昭和3年に大阪の人の寄付によるもの。むかしはこの標柱に見合う立派な建築だったのだろうか。

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 この公会堂がある交差点から西へ少し入ると、建物に見合った小さな標柱の建つ弘善寺に遭遇。ほぼ民家。すぐ脇の街灯に「弘法堂毛織」という工場のカンバンが掲げられており、これが弘法堂なのか?あまりじっくり見ていると不審者に間違われかねないので、そこはさらっとスルーです。

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 お堂の玄関(?)脇に見える石仏の一体がなかなか味わい深い。観音さんの足に子供が足にしがみついている図?どういう種類の仏像か知っている人がいたら教えてください。

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 でもって、弘善寺のあたりから南へ少し行くと、例によってHINOMIが!この筋が小信中島のメインストリートらしい。
(まさ)
尾張雑 | Comments(5) | Trackback(0)

国指定重要港湾に架ける橋

2014年10月10日
 先日、田原方面からの帰りに明海と神野埠頭を結ぶ港大橋を通ったところ、橋に歩道が付設されていることに気が付いた。どちら側にも人は住んでおらず、いったい誰が歩くんだ!?で、東三河フリークとしては捨ておけず、車を明海側に置いて渡ってみました。

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 登り口は明海町北端(船渡町対岸)の飯場の脇にあり、ボーボーの草を掻き分けないと橋まで上がることができません。

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 荒れた雰囲気の坂を登り切ると、こんがらがった海上ジャンクションが!三河港振興会のHPを見ると、平成4年に「三河港インターチェンジ全線完成(臨港道路神野大山線)」とのこと。

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 そして橋の上からは三河港のいささか地味な夕景が眺められたのでした。悪くはないが人にすすめるほどのもんでもないという…。
 いつか明海と田原を結ぶ「三河港大橋」も歩いて渡ってみたい…と前から思っちゃいるけれど、まあ、たぶん実行しないだろう。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

今年最後のカキ氷

2014年10月09日
 ひさびさに知多四国の話題。
 先日、取材で久しぶりに美浜町野間の大御堂寺(知多四国50番)に行ったら、境内に店がオープンしていて驚いた。その日は休業日だったので後日、3歳児を連れて再訪してみました。

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 店名は「おやすみ処 まどか」。オープンは今春。春の巡拝シーズンなどに期間限定の出店が開かれる札所寺院はいくつかありますが、常設の飲食店は現在ここが唯一です。知多四国の巡拝者だけでなく一般の観光客(歴女等)も多く参拝する名所ならでは。

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 手打ちそばがイチオシということなのだが、すでに昼食を終えていた3歳児はカキ氷を強くご所望されたのであった。ことし実家や観光地やイベント会場などでさんざんカキ氷を食いまくってきた3歳児も、さすがにこれが食べ納め…だと思う。あと、せっかく本堂が眺められるんだから、そっちを向いて食べてほしかったぞ。
 なお、そろそろ肌寒くなってきたので、メニューはそのうちカキ氷からぜんざいに変わるとのこと。1000~1530営業の火曜休。

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 ところで、大御堂寺の大門の脇に立派な標柱が建っているのだが、銘をチェックしたところ「為病気全快報恩謝徳」とあった。大正15年に野間北部の若松の人によるもので、病気が治っただけでこのような立派なものを寄進するとは、なんと信心深く豪儀なことか…。

141010-5.jpg ※クリックで拡大します

 11/9には大御堂寺で弘法大師御巡錫千二百年記念の護摩祈祷が行われるので、こちらも親子で行くつもり。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

愛知の地場産業のアレか

2014年10月07日
 三歳児とさまよう公園シリーズ。
 少し前になりますが9/20、万博跡地公園で開催された「東海ECOフェスタ」に行ってみました。およそ一年半ぶり(→●□)。駐車場から観覧車下の会場まで行く途中「こどもひろば」で遊んだのだが、そこで愛知県らしいものを発見。

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 味噌の醸造樽だ!

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 これですね。写真は、少し前に取材させてもらった桝塚味噌の蔵。こちらの「とろみそ」は絶品!
 この蔵チックな構造物は「愛知」万博だけあって愛知の特産品をPRすべく、木製樽をイメージして作られたもの…かどうかは知らん。もし本当にそうだったら万博の意義を再評価するところですが(オオゲサ)、特に何の説明もないのでたぶん違うだろう。なお中には、当たり前だが味噌とは何の関係もなく、音が出る遊具があります。
 そういえば以前、廃業した碧南の味噌蔵の解体現場で、住居なみにデカい樽が並んでいるのを見たことがあったが(→●□)、こういところで活用すればよかったのに。

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 エコフェスタ会場を徘徊し、ヤキソバ、カキ氷等を存分に堪能したのち、3歳児の強い希望でまた観覧車に乗った。

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 そして園内のあちこちでやっていた大道芸も堪能したのであった。
 ここに写っているのは「バルーンパフォーマー哲」という方なのだが、なぜか親子二人でイベントに行くとよく遭遇し、拝見するのは今年3回目。この方と、「笑点」の春風亭昇太、「おかあさんといっしょ」の体操のおにいさんの小林よしひさが、いま3歳児の三大フェイバリット芸人です(それがどうした)。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

FTユナイテッド橋

2014年10月05日
 本日は武豊町制施行60周年記念日です。旧武豊町と冨貴村が合併して「新生」武豊町が発足したのが、ちょうど60年前の昭和29年10月5日。来週には記念事業の一環として、町内すべての山車が集結する「第5回武豊ふれあい山車まつり」が開催されますが、いやー、今日が開催日じゃなくて本当によかった。来週晴れてほしいもんです。
 で、僕も知多半島南部限定のローカル媒体で「合併した当時はどんな町だったか」という企画をやりました(ただし、フライング気味に5月号で…。常滑市の合併60周年企画と2号連続でやりたかったので)。その取材では、合併当時の職員でのちに町長を務められた方に話を伺ったのだが、合併を記念して建設した道路があると聞いて驚いた。

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 その名も「合併道路」。武豊役場南交差点から富貴小南交差点まで約2.5km、名鉄河和線の西を並走しています。丘を越え、田んぼを突っ切るルートは、まさに「新しく開かれた道」の風情。今でも古い人には合併道路で通用するそうな。本誌では話を伺ったもと町長さんに、「合併記念町勢要覧」を手に合併道路に立っていただいて撮影するという、マニアックな演出もしてみました。誰にも気づかれなかったかもしれないけど…。
 よく通るのだけれど、取材に際して改めて通ってみると、こんな橋を発見。

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 衣浦小南西の堀川に架かる「合併橋」だ!旧町村境ではないが、合併の二文字をどこかに残したいと考えた行政マンの、ナイスな仕事であろう(まさか公募ではないと思うが)。

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 ちなみに、合併橋の少し南を日本油脂専用線の廃線跡が横切っており、現在も踏切前後にレールと架線柱が残っています。

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(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0281

2014年10月04日
 またまた春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」44号連動ネタ。伝馬シリーズの最後に岡崎を。

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 三遠南信四伝馬のなかで、栄えた雰囲気をもっとも留めているのが岡崎です。「あわ雪」で有名な備前屋を筆頭に、仏壇屋、肉屋、傘屋、銭湯など老舗が軒を連ねるだけでなく、岡崎の他の町に先駆けて歩道にタウンフラッグを掲げるなど意識も高い。人通りも他の伝馬に比べると断然多いようです。
 伝馬町一丁目交差点角では、このようなものを発見。

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 本陣・脇本陣跡の案内板と馬に乗った武士の石像…よりも、注目したいのは「映画グランド」のプレート。ここにはむかし、映画館があったのでした。そのグランドが写った写真をたまたま持っているので、ご紹介しましょう(スマホのテキトー接写ですんで若干ボケてます)。



 いや~、懐かしい…というほどのものでもないか。そもそも僕は、ここに映画館があった時代を知らないし。
 撮影は1989年4月30日。僕が撮ったのではなく、かつて先輩編集者から「好きに使ってくれ」と託された、20年以上前の某企画のボツ写真群の一枚です。
 左端に見えるのがグランド、壁には「カクテル」「オルゴール」のカンバンが見えます。信号の交差点名板は「伝馬通」ですが、現在は「伝馬通一丁目」に変更されています。

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 跡地は現在、ミニストップになっちゃった。コンビニ程度の敷地に映画館があったというのが、今ではとても信じられない。
 なお、これ以外にも80年代末の岡崎や豊田の写真をごっそり譲り受けたのだが、まだ懐かしさを喚起するにはビミョーな感じなので、もう20年くらい寝かせておくつもり。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0280

2014年10月03日
 先日たまたま通った豊田市の千足町(豊田ICのすぐ西)で、意外な人がイメージキャラクターのカンバンを発見。

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 サンダー杉山だ!僕が小学生のころ(30年前)の人で、名前しか覚えていないけど…。それにしてもステキな笑顔ですネ!

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 ちなみに千足町はこんなところ。画面中央にぴょこんと、例によってHINOMIが!
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

デデンデ伝馬

2014年10月02日
 またまた春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」44号連動ネタに戻りまして、豊橋の伝馬のことなど。
 毎号やっている「地名探訪」のコーナーでは、基本的に「僕がそそるところ」を取り上げているのですが、馬がキーワードの今号は編集部から「三遠南信主要四市に共通の伝馬地名で書け&撮れ」というお題が出されまして、正直なところ、豊橋で困った。豊橋には上伝馬町、伝馬町、向山町伝馬の三つがあるものの、在住者には申し訳ないけれどいずれも景観的にそそらないのだなあ。

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 特に、国道一号沿いの伝馬町(向山大池の東方向)はつかみどころがなさすぎて、いったいどこをどのように撮ればいいのかと。どう撮ります?とプロカメラマンに聞きたいところ。て言うか、そもそもこの町を撮ろうという気持ちになるプロカメラマンはいないだろう。

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 仕方ないので、満月の晩に撮ってみました(狙ったわけではなく、たまたまこの夜に豊橋にいた)。面倒くさいので滅多に使わない三脚までひっぱり出してきて。まあ、結局たいした写真は撮れなかったが…。
 本誌巻末の「街頭録音」に書きましたが、写真に小さく写っているここの交差点表示板、ローマ字表記で「Tenmacho」となっています。正確には「Denmacho」と濁るのだが、国交省の担当者がミスったらしい。いつもなら「お役所が何をやっとんじゃ」と厳しく突っ込むところですが、本来「伝馬」は濁らないのが正しく、ワードでも「てんま」では変換されますが「でんま」だと変換されません。つまり、そもそもは豊橋の伝馬がおかしいのである!
 どうしてこうなったのかは資料も伝承もないので永遠の謎ですが、僕は次のように推測します。ここは昭和15年に瓦町字伝馬から単独で伝馬町に「昇格」しており、公示にあたって読みを付すことになったのだが、吉田宿には江戸時代以来の地名「上伝馬(Kami-Denma)」があり(頭に上や大などの語がつくと濁るのが通例)、それに引っ張られた無知な役人が間違えて「Denma」にしちゃった…のではないかと。

141002-3.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」
(父に付き合って上伝馬を歩く3歳児)

 う~ん、どうでもいい。
(まさ)

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さらば丸久旅館

2014年10月01日
 昨日は野間のあと常滑に行ったところ、常滑駅前にあった木造三階建ての「丸久旅館」が取り壊されて更地になっていた。

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(2014.07.02撮影)

 この旅館(といっても晩年は宴会のみの営業)は去年の春、知多半島南部限定のローカル媒体で取り上げさせてもらいました(→●□)。こちらに初めて伺ったのは3年ほど前、樹林舎の「知多半島の昭和」の取材でしたが、そのときから「いずれ…」という話だったので、取り壊される前にじっくり取材させてもらうことにした次第。

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(2013.04.02撮影、以下同じ)

 旅館は大正時代の創業。その時から昭和30年ごろまで増築を繰り返したため4棟の建物が連なっており、迷路みたいな構造になっていました。特徴的な正面の3階建て(昭和11年築)および続く2階建て(大正築)は、エーさんと呼ばれた榎戸の大工とのこと。

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 便所には、かつて古場にあった蔵元の銘柄「玉の輿」と「鳳翔」のロゴが入った得意先向けノベルティの鏡が!

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 中庭には、駅前にあった鈴村建陶社から買ったか贈られたらしい(女将談)小便小僧が!建物も凄いけど、常滑の歴史を語る名品が揃っていたのでした。

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 そういえば、この媒体で取りあげたネタでは、半田の「みどり牛乳」が今年の春に廃業しちゃったなあ…。
(まさ)
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