カンバンの手帖ブログ版0276

2014年07月30日
 江南団地ネタの最後に、団地内で見つけた「ペット飼育禁止」を伝えるカンバン。住宅・都市整備公団(UR都市機構の前身)になっているので、90年代初頭の作か。公団団地ってネコも飼っちゃいけないんですね。

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 犬と猫の切ないまなざしが、胸に迫るのである。そうでもないか。

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 どうでもいいけどもう一品、1955~81年に存在していた日本住宅公団の遺品も見つけた。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

壁画鑑賞の手引0004

2014年07月29日
 江南団地の奥へ進むと運動会や夏祭り、集会、デモ等に使われると思われる広場があり、その中央ステージにまたもタイルによる壁画を発見。

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 シブい、シブすぎる!右の*(アステリスク)は、太陽?青い三本のラインは、KONANのK?

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 近づいてよく見ると「丸モザイクタイル」ではないか。古い建造物の壁面、風呂、トイレなどでよく見られるものです。逸品というほかない。

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 アパートの建物自体では、一棟にだけ壁画を発見。見事すぎて言葉もない。それにしてもなぜここだけに?

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 あと、壁画ではないですが、団地内の小公園にはほぼアートと言って差し支えない滑り台が!チューリップ?今度ウチの3歳児を連れてきて、滑らせてみたいものです。

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 団地内サファリにはセメント像、いやセメント象まで!この団地は本当にレベルが高い。面白がって見ているだけではもったいなく、しかるべき大学の先生あたりが建築学、デザイン学、地域社会学など様々な観点から詳細に調査研究すべきだ、と本気で思います。
(まさ)
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壁画鑑賞の手引0003

2014年07月28日
 前回の続きで、そそくさと次の取材先の江南に向かったはいいものの、予定よりだいぶ早く着いてしまったので、未訪の江南団地を見物に行ってきました。
 昭和42~47年に建設された公団団地で、住所は「藤ヶ丘」。ダラっとした平地なのに丘とは解せないが、おそらく「団地=丘」の大雑把なイメージで命名したのでしょう。同じ公団団地でも、知立団地の住所は「昭和」で、時間が経ってみるとネーミングのシブさでは知立に軍配が上がりましたね。
 そんなことはどうでもよくて、この団地、森やささやかな商店街もあり、なかなか散策が楽しめるところでした。散策ついでに団地の南東端にある江南藤丘郵便局に立ち寄ったところ、局舎にモザイクタイルの壁画があったので驚いた。

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 郵便局マニアのわたくしはこれまで3500超の郵便局に行っておりますが(愚行!)、これほど立派な壁画のある局舎はみたことがありません。もっとも、テナントなので局のものではなく旧公団所有ということになるのでしょうが。

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 商店街区画の真ん中には、干上がったプールのようなスペースが。当時の公園デザインの最先端…なのか?柱が印象的な平屋のテナント棟と相まって、実に味わい深い。

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 いやもう、団地の中ほどにそびえ立つ給水塔と相まって、実に味わい深いのである。それにしてもこの空間、なんなんだ?

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 テナント棟とその周辺でレベルの高さを感じていたら、1970年の「中部建築賞」のプレートを発見。なるほど、住宅公団の自信作であったか。
(まさ)

◎「THE 壁画」のシリーズをタイトル変更しました
0001清水屋犬山店→●□
0002県営戸田北住宅→●□
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岐南におけるストリート名称の件

2014年07月26日
 またまたローカル媒体の取材で久々に岐南町へ行ったとき、町の中東部にある「おんさい広場はぐり店」(JA岐阜の産直)前の道でこのような路線名標識を発見。

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 酎ハイ通りだ!もとい、中排通りだ!羽島用水の排水路に沿っていることが由来と思われますが、実にシブいネーミングだ。

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 よく見ると、ポールに「町制30周年」のシールが貼られています。それは昭和61年。地味な道ばかりなので記念の年に名前を付けることになったけど、シンボリックなものが少ないゆえ命名に苦心した結果、このようなマニアックなストリート名称になったのでしょう。
 もしかしたらほかにも珍ストリートがあるんじゃないか?と、取材のあと町内をぐるぐる回りかけたのですが、そんなどうでもいいことをやっている場合じゃないことに気が付いてそそくさと次の取材先の江南に向かった次第。
(まさ)
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現役市庁舎の名建築

2014年07月25日
 一宮市役所旧本庁舎は惜しくも取り壊しの運命ですが、対岸の羽島市にはまだ昭和の名庁舎建築が健在です。

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 こちらは昭和34年の築で、「高度成長期の最先端現代建築」といった風情です。一宮なきあと、愛知と岐阜の現役自治体庁舎では最高峰ではないでしょうか(三重県の自治体庁舎はあまり見ていないので、東海三県とは断言できない…)。
 鉄筋コンクリートとレンガの大胆な組み合わせ、4階建てなのにわざわざ2階を玄関にしたため取り付けられたスロープ、ヨーロッパのお城の見張り台のような望楼、屋上の何だかよく変わらない蒲鉾&弓状のモノ。凝りに凝ったデザインは、おそらく当時の最先端建築として注目を集めたことでしょう。写真では見えませんが、城の堀のような池が三方にめぐらされているのもポイント高い。

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 玄関の銘板がまた味わい深い書体である。

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 設計者の坂倉準三は竹鼻出身で、wikiにも項目がある有名建築家。ル・コルビジュエに師事し、国内外で活躍した凄い人らしい。これは地元の意地にかけても壊せなかろう。ここ10年ほど、東海地方で役所の建て替えラッシュだから心配だけど、移転予定とかないよね?壊さないでネ!
(まあ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0019

2014年07月24日
 でもって、本町アーケードのすぐ南にある一宮市役所へ一年ぶりに行ってみたら、いつのまにか11階建ての高層庁舎がどどーんと完成していて驚いた。

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 どどーんとそびえる新庁舎である。旧庁舎の東隣にあった公園と駐車場を潰して建設し、今年のゴールデンウィーク明けから稼働開始とのこと。ん?てことは、旧庁舎は…。

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 なんと撤去工事中であった。手前の足場が組まれた建物がもとの旧本庁舎、後ろに見える、低層棟の上に追加で建物をぽいと乗っけたようなやつが旧新庁舎で、いずれどちらも駐車場になるらしい。うーん。
 旧本庁舎はこのような素晴らしい建物でした。

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(2009.01.14撮影)

 昭和5年に建てられた、県下の市庁舎で初の鉄筋コンクリート建築。これぞまさしく昭和の名建築だ。行政としては壊さなきゃしょうがないのだろうけれど、本町一丁目のアーケードより文化財的価値は高いし、実に惜しい。競輪事業さえガンガン儲かってりゃ保存経費とかも捻出できたろうになあ…。
 あ、役所建築マニアのわたくしとしては、旧新庁舎もけっこう好き。簡素だけどけっこうランドマーク感を漂わせているところが。
 それはさておき新庁舎ですが、展望フロアはないものの9階に大食堂、もといカフェレストラン「イチミン」がオープンし、コーヒーや食事をいただきながら一宮市街と濃尾平野の眺望が楽しめます。

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 名古屋方面を望む。

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 一宮JCTと養老山脈の縁方面を望む。いやー、なかなか味わい深い。まあ、景観にメリハリのない一宮なんでね…。
 一宮といえば「モーニング発祥地」を標榜する町ってことで、11時までは日替わりモーニングも提供されるので、今後も仕事の折々にまた寄りたいところです。なお、モーニングは豊橋発祥説もありますが、一宮サイドの掲げる根拠のほうが地域特性が色濃いので、個人的には一宮説を支持します。
(まさ)
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恋のアーケード0001-0002

2014年07月23日
 先週と今週は某ローカル媒体の取材の関係で、尾張一宮近郊ウィークとなっております。今日も一宮市街へ行ったところ、明日から七夕まつり(→●□)ってんで町じゅうに七夕飾りがはためいておりました。

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 今日は観光客はいなかったけど、近所の通行人やデイサービスの人たちが眺めていました。全覆型のアーケードというのは、猛暑の折にはホントありがたい。安城の七夕まつりは暑さで眩暈するから…(→●□)。
 このアーケードは真清田神社門前から伝馬通りまで400mもあったのですが、先週も市役所に行ったついでに歩いてみたら、真清田神社側の100m(本町一丁目)が撤去されていて唖然。

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 うーむ、サッパリ。以前はこんな感じでした。

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(2007.05.04撮影)

 二~三丁目に比べるとずいぶん古びてはいたけれど、まさか消滅とは…。ネットで拾った情報によると、昨年5月から7月にかけて撤去された模様。

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 北側の撤去により露わになった二丁目の入口。こんな形をしていたのか。道幅が広いこともあって、なかなかダイナミックな構造物である。どうせならここに、旧入口の「本町商店街」のサインを取り付ければよかったのに…。

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 あとどうでもいいですが、七夕飾りの間に賑やかしのアーチがいくつか設置されており、そのうちのひとつが「ゆるキャラ、地元キャラ大集合」。3月限りで廃止となった一宮競輪のキャラ「きらりん」(→●□)の姿がどこにもないのは、実に悲しい。そのいっぽうで、もとは常滑競艇のキャラだったのが市制60周年の今年度から常滑市公式キャラに昇格した「トコタン」が、なぜか一宮市の「いちみん」を押しのけてセンターに!うーむ、釈然とせん…。
(まさ)
尾張雑 | Comments(4) | Trackback(0)

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2014年07月22日
 八日市場市街をうろついたあと、匝瑳市内の九十九里浜の「野手浜」へ行ってみました。15年ほど前、匝瑳から20kmほど南の九十九里町に行ったことはあるが、そのときは九十九里鉄道の廃線跡が目的で(東海方面から何をわざわざ…)海は無視したので、眺めるのは初めて。

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 おお、さすがに長い海岸線である。
 そういえば東三河には、長さは及ばないけれど「片浜十三里」というのがありますね。表浜の別名です。

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(赤羽根海岸。2005.05.14撮影)

 あとそういえば、初夏に行った紀州には「七里御浜」というのもあります。熊野市から新宮までの海岸線です。

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(鬼ヶ城から望む。2014.05.09撮影)

 いずれも太平洋に面した浜ですが、地形にメリハリのない九十九里は目の取っ掛かりどころがないので浜が延々と続くように錯覚し、なるほど99里(=388km)もないけれど、そう命名したくなる気持ちも分からないでもない。

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 九十九里にはサメかなにかの死骸の干物がいくつも転がっていて驚いた。
 このあたり、地図には「野手浜海水浴場」となっているけれど泳ぎも浜遊びもイマイチ適していない風情で、北隣の旭市にある「矢指浦」というあたりで遊んでみたのでした。なお、匝瑳、旭の九十九里沿岸の田園集落には独特の果て感があってものすごく惹かれたのだけど(大雑把にいうと中東遠沿海部から家をずいぶん間引いた感じ)、時間がなかったのでまたいずれ~。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0052

2014年07月19日
 今月アタマの千葉滞在中、ちょっと足を伸ばして九十九里浜に行きまして、その途上、八日市場というこれまた東海地方の人間にとっては「どこそれ?」というような町に立ち寄ってみました。
 以前は「八日市場市」という長ったらしい市名だったのが、合併で「匝瑳市」という超難読市名になっています。匝瑳は「そうさ」と読みます。匝瑳は旧郡名。平成の大合併で誕生したもっともいい自治体名のひとつではないだろうか。わが県には「海部市」と表記すべきところを「あま市」としてしまった安易な例もあるしね…。

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 商店街駐車場に車を停めて匝瑳市の中心市街地にあたる八日市場本町を徘徊したところ、なかなかのシブい町並で驚いた。俳優の地位武雄の出身地だそうで、商店街の中には「地位武雄ふれあい記念館」もあった。ちい散歩にふさわしい味わい深い町並ですネ!その番組見たことなかったけど。

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 シブい、シブすぎる!いやー、市名といい、町並といい、好感度グングン上がりますネ!写真は老舗の菓子屋「坂本総本店」で、ここで買った落花煎餅は豆好きの嫁が絶賛しておりました。

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 本町通りと駅前通りの分岐点では、商店街のマークを掲げるタワーを発見。気合の入った商店街だなと思ってよく見たら、消防ホースの乾燥塔の最上部にマークのカンバンを取り付けているのだった。こんな有効活用されるホース乾燥塔なんて見たことがないぞ。実にレベルが高い。

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 ただ、そのマークはかなり抽象的なのであった。

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 そして街灯にはためく商店街フラッグは、なぜかフランスなのであった。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

千葉方面HINOMI STYLE

2014年07月18日
 八千代で山田うどんを食べた帰り、例によって火の見櫓をいくつかチェックしましたので、HINOMISTの皆さん向けに紹介します。

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 八千代市保品にて遭遇したHINOMI。木製電柱を転用した梯子型で、かつ墓地の敷地内に建つというレアっぷり。この一品だけで八千代市の評価がグンとあがりますネ!

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 こちらは、川向こうの印西市吉田にて発見したスタンダードな形状のHINOMI。脚は内股状に開いているのに、アタマはやけに小さい。正月に同じ印西市の瀬戸で見かけたのも(→●□)こんなような形状だった。ちょっとバランスが悪いなあ。
 千葉のマニアには申し訳ないが、火の見櫓のデザインに関しては三河、遠州の業者のほうがセンスがいいぞ。

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 この火の見櫓の半鐘は、北遠でよく見られる双盤タイプでした。まさか千葉にもあるとは。寺由来か、それとも地元住民の寄贈モノか?登って銘を確認したい衝動に駆られますが、地元の三遠ならまだしも千葉なんぞでそんな異常行動はできません。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

関東のローカルチェーン

2014年07月17日
 春日部中心部で老舗書店に入り、埼玉の面白い郷土本でもないかと物色したところ、河出書房新社から二年前に発刊された「愛の山田うどん」なる本を発見。

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 埼玉県所沢市に本社があり、埼玉を中心とした関東一円に店舗を展開する「山田うどん」というチェーン店のことを、著名ライター二人が書いた本です。関東にはなじみが薄いわたくし、山田うどんなんて初めて知った。
 本書によると、このチェーンの特徴は「安い」「量が多い」「メニューが豊富」「どんな定食にもうどんが付く」「郊外風景に欠かせない存在」等。埼玉県のソウルフードとまで言われているらしい。東海地方でいったら寿がきやかコメダで一冊作るようなもんでしょうか。
 HPで店舗検索したところ千葉県内にも何店かあり、滞在先の義父母宅から車で30分くらいのところに店を見つけたので、ある日の朝、一人で行ってみました。

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 やって来たのは八千代市にある「八千代島田台店」。ってどこ?八千代なんて春日部以上にマイナーで、車で走っていてもどこがどこやらサッパリ。大雑把にいうと、船橋市の北東です。
 山田うどんは日本で初めて回転カンバンを取り入れたチェーン店だそうで、それがシンボルにもなっているらしいが、完全に見落として店舗の外観しか撮ってこなかった…。

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 納豆定食を(400円)を注文したところ、そこそこ量の多いご飯に、けっこう量の多い納豆に、丼のうどんが出てきた。つまり、味噌汁がわりにうどんを食えと。中年にはけっこうなボリュームで、朝から胃がもたれたのであった。味は、まあフツーに美味い。
 著者らのような「愛」をこの店に感じるには首都圏ネイティブでないと無理でしょうが、まあ、安いし、子連れでもOKな雰囲気だし、カレーなんかも食べてみたいし、見かけたらまた入ると思います。

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 オマケ。店の近所で睦村道路元標を発見。この写真だけ見ると、岡崎の六ツ美っぽくもある。
(まさ)

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(2014.09.09追記)
 9/2に八千代島田台店へ妻子および祖母を連れて再訪したところ、見落としてではなくこの店には回転カンバンがないことが判明。その数日後、車で移動中に偶然見つけた松戸高塚店で、ようやく回転カンバンを目にすることができた。感動!というほどのもんではないが、見られてスッキリ。

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千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0051

2014年07月15日
 昨日の続き。レンタサイクルで春日部市内をウロチョロしていたところ、市域の東部でこのようなバス停を発見。

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 文化住宅入口バス停です。文化住宅ってなんだ?文化シャッターの仲間か?
 辞書サイトで検索したところ「大正末期~昭和初期に流行した洋風の要素を取り入れた民家」とある。そんな早くに、そんな家々が軒を連ねる建売分譲地が春日部にあったのだろうか。

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 近くには「藤ヶ丘文化村」なるサインを発見。東急文化村、あるいは伊勢・安土桃山文化村(→●□)的な何かなのか?

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 そんなわけで興味津々で界隈に入り込んだのだが、どこらへんが文化住宅で文化村なのか傍目にはぜんぜんわからない、普通の住宅地であった…。
 でも、こんなところで三河屋さんに遭遇。いずれ「日本三河屋紀行」をやってみたいと思っているので少し話を聞きたいところですが、我ながら意図不明のこの企画の趣旨をうまく説明できる自信がないので、今回はスルーした次第。いずれ春日部に再訪…することは、まあ、ないな。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

ベベンベ春日部

2014年07月14日
 今回の千葉滞在中、ちょいと足を伸ばして埼玉県の春日部に行ってみました。東海地方の人間にとっては「どこそれ?」ってな感じのマイナーシティではないでしょうか。大雑把にいうと、埼玉県東部に位置する中堅住宅都市といったところ。浅草から東武伊勢崎線の速い列車に乗ると30分位で着きます。

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 日光街道の粕壁宿が町の中心部になるようです。宿場町界隈で歴史を感じさせるものはほとんどなく、いっぽう都会らしいゴチャゴチャ感も全然なく、なんというか、実にどうも掴みどころのない町である。
 クレヨンしんちゃんの舞台らしいけど、街中では思ったほどキャラクターは見かけなかったのは意外でした。むかし、子供に見せたくないテレビ番組1位の座を獲得したこともあるし、いろいろな配慮が働いているのか。あるいは著作権の問題等か…。

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 ところで何しに春日部なんぞに行ったかというと、かつて春日部には関東屈指の修験道場があり、美濃国出身の円空が逗留して多くの仏像を残したという話を聞きまして、どういうところか見たかったのでした。
 その修験道場「不動院」は今はなく、円空仏を所蔵するのは小渕観音院になります(ただし円空仏は県の博物館などに寄託されており、通常は寺での拝観はできない)。想像以上に小さい寺だったけれど、巨大な鰐口や関東特有の大きな雨水桝(天水桶)があり、実にどうもシブいもんで。

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 この日はレンタサイクルで回ったので、町から随分離れた田園地帯も眺めてきました。いやー、掴みどころがない。だだっ広い関東平野のど真ん中にあって山影がぜんぜん見えないことが、掴みどころのなさに拍車をかけているのでありましょう。
 名前が似ていることもあるし「埼玉の春日井」かと最初は思っていたけど、この感じは「埼玉の江南」といったほうがしっくりくる…かもしれない。どちらにとっても不本意か。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

東京吃驚サイト

2014年07月11日
 先週、またまた義父母が移住した千葉県へ一週間ほど行ってきました。昨年末から数えて早くも四回目、だいぶ土地勘も身につき、千葉への愛着も湧いてきた。できれば3か月くらい滞在して、千葉県&首都圏東部を攻めまくりたいものですが…。
 今回は、臨海埋立地の東京ビッグサイトで開催されている「東京国際ブックフェア」「東京クリエイターズEXPO」の見物が目的のひとつ。

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 ブックフェアは、出版社と出版関連企業がブースを出して、新刊・在庫・関連商品を2割引きで販売するのがメインで、本好きにはたまらないイベント。大手、マイナー、児童書系、宗教団体系のごった煮状態は、まさにカオス!テンションが上がりすぎて、夫婦二人で1万円以上も買い込んでしまった。いっぽうクリエイターズEXPOのほうは、さすが東京にはいろんな人がおるもんだなあ、と…。
 会場の東京ビッグサイトは、非常に珍奇な建物です。

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 前から一度見たかったのだが、現物を見るとあまりの珍奇さに「ほへぇ~」という田舎者っぽい感想しか出てこないのであった。

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 テラスで東京湾岸エリアの夕景を楽しむ3歳児。なんというか、東京が似合わない親子である…。
(まさ)
東京雑 | Comments(2) | Trackback(0)

恋のアーケード0026

2014年07月10日
 10日ほど前、取材で久しぶりに若狭小浜へ。今月20日に若狭舞鶴道が全線開通するので、名古屋方面からはずいぶん行きやすくなりますが、開通前なのでまだまだ遠い。

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 往路は、18年ぶりに熊川宿を通ってみました。薄オレンジの道路が目に眩しい!家並は見事だけど、この舗装はもうちょっとなんとかならんもんかいな。行政にとって舗装のカラーリングは難しい課題とは思いますが…。
 小浜では、編集担当から「道路に埋められた『鯖街道起点』のプレートの写真がほしい」とリクエストされたので探したところ、件のブツは全覆型アーケード商店街の中にあることが判明。なんと、小浜にアーケード商店街があったのか!何回か来ているけどぜんぜん気が付かなかった。もっとも、最近は記憶が飛ぶこと著しいので、見たことがあるのに忘れている可能性もあります。

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 鯖街道プレートのあるアーケード商店街は「いずみ町」。古い商家が点在するシブい町の中に、突然入口が現れて驚いた。鯖なので、イメージカラーが青なのでしょう。よく見ると、アーケード上部に鯖の模様らしきデザインがあしらわれている。ビニールテント地の日除け(風除け?)の縦縞も鯖っぽくしているのだろうか。芸が細かいぞ。

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 ちなみに鯖である。取材先の水産物加工メーカーで撮らせてもらった「へしこ」(鯖の粕漬)です。
 どうでもいいけど、鯖といえば「焼き鯖」も若狭名物ですが、これが保存食だということを取材先で初めて知りました。焼きたてをその場でムシャムシャ食うものかと思ってた。

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 商店街は激シブ。平日午後の中途半端な時間だったので客は一人も歩いていませんでしたが、鮮魚店や干物店が何軒か営業しており、鯖街道資料館なんかもあって、曜日や時間によってはそれなりに賑わいそう。
 なお、小浜には歩道アーケードの商店街もありました。
(まさ)
北信越 | Comments(6) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0275

2014年07月04日
 藤前だの尾張温泉だの南陽だのを子連れで徘徊した途上、弥富市竹田で発見した絵の消えかかったカンバン。

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 十四山農協による、プロパンガスの使い方を書いたもの。この種類のものは他で見た記憶がありません。かなり退色しているけど、どんな絵が描いてあったのだろうか。
 
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 ドラえもんのひみつ道具「つけかえ手ぶくろ」で取り外されたしずかちゃんの目のようである。
 ところで、この道具が出てきた回のタイトル「手足七本目が三つ」は、ドラえもん史上屈指のポップなタイトルではないか。道具の名前は検索したけど、このタイトルは覚えていた。

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 なお、このカンバンは火の見櫓併設の消防車庫に掲示されていました。火災予防モノだったのでしょうか。
 どうでもいいけど、十四山村っていつの間にか合併で消えてたのか。ぜんぜん気がつかなかった。愛知県の盲点ですネ!
(まさ)
尾張雑 | Comments(3) | Trackback(0)

恋のアーケード0025

2014年07月02日
 先日、3歳児とのレジャーに藤前干潟&蟹江の尾張温泉にいきまして(どういうマッチング)、その帰り港区の南陽あたりを徘徊していたところ、秋葉一丁目の団地の一角で「南陽公設市場」に遭遇。

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 4年ほど前、「叙情都市名古屋」の取材で守山区本地が丘の団地内にある旧公設市場へ行き、「団地が高齢化しているのになくなって困る」という話を住民に聞いたことがあります(→●□)。ここも同じく団地内公設市場ですが、キーテナント?のスーパーは営業していました。
 建物は南北2棟で、屋根でつないでアーケードになっていたのにはちょっと驚いた。

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 薄暗いアーケードが多いのに、ここはやけに明るくて天窓から陽光が降り注いでいいる!さすが「南陽」。これでシャッター街でなければいうことはないが…。

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 アーケードの最奥には休憩所まであり、どことなく昭和50年代の香りがします。賑わっていた時代を見てみたかったなあ。

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 そしてこのよううな黒板も。主婦には便利!だったのかな?
 この団地のすぐ南には、行った直後の6/27にイオンモール名古屋茶屋がオープンしました。南陽公設市場の今後が気になるところだけど、イオンはデカい駐車場は混むしで、日常使いにはチョイ不向き。なので多分大丈夫…であることを願いたい。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(0) | Trackback(0)

廃バス停の群れ

2014年07月01日
 豊鉄バスの古写真を載せると「拍手」の数がやたらと増えるけど、豊鉄バスってそんなに人気なのか?ならばもう一発、豊鉄バスがらみの古写真を。かつて「沈黙の艦隊」で、やまと事件を独自のスタンスで報道するACN社長のセシル・デミルがイギリスBBC会長のウィンストン・サローに対して「あの貴族は私の行動についてこられるか!?」と言ったが、マニアックすぎる今回の写真についてこられるか!?ついてこなくてもいいです。
 豊鉄バスはかつて、国府駅前~西金野に「金野線」を運行していました。廃止になったのは昭和末期ですが(現役時代は知らない)、なぜか廃止後も10年近く、沿線にバス停のポールが点々と残っていました。

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 熊野神社門前にあった西金野バス停。

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 どこにあったか忘れた東金野バス停。いやー、マニアック。それにしても、トヨテツがなぜ廃止後何年も放置しておいたのか謎です。廃止に反対した地元住民が「いつか復活するときのために残しておけ」とでも言った…わけはないか。

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 現在は豊川市がコミュニティバスを運行しており、こういうバス停板になっています。この「旧農協Aコープ前」バス停は名前のとおり、かつて背後の空地に農協経営の雑貨屋がありました。初めて金野に行った平成4年ごろ、まだ現役だったその建物を見ているのだが、さすがにそんなもんまでは撮っていません。あの頃デジカメがあったらなあ…。

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 あとオマケ、県道沿いに残る極渋の西公民館。よく取り壊されずに残っているものです。この写真は去年の撮影ですが、廃バス停写真を収めたアルバムの中に写真が一枚あった。20年前すでに公民館マニアだったので…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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