ミカパレ西劇

2014年03月31日
 金曜日、2歳児と一緒にかなり久しぶりに西尾駅前界隈へ行ってみたら、すべてが一掃状態で驚いた。

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 東口にあったショッピングセンター「ミカ」の跡地には、1週間ほど前に「ヴェルサウォーク西尾」がオープン。ミカの由来も意味不明だけど「ヴェルサ」の意味もよくわからない。ユニーの「なんとかウォーク」シリーズは、これまで割とわかりやすい名称が多かったですが、いよいよネタ切れでしょうか。

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 パレマルシェの入っていた西口駅ビルもぶっ壊し中。特にどうということもない無個性な建物だったけど、なくなったらなくなったでサッパリしすぎてどうかな、というところ。

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 壊したビルの向こうを見たら、西三河のS級文化遺産、西尾劇場も取り壊されていた。あららら。
 ここ7、8年で西尾は一気にやりよったねー。2006年に「西三河今昔写真」を作った時が、昭和な西尾をまとめて記録する最後のタイミングだったか。
(まさ)
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門のある役場の一例

2014年03月30日
 前々回、常滑町役場の正門が市内の寺院に残っていると書きましたが、以前、現役の「役場門」に遭遇したことを思い出したので載せておきます。それは島根県津和野町役場。
 津和野といえば全国的に知名度のある超有名観光地、だけど何県にあるか知らない人はかなり多いと思われ、高速・新幹線・空港いずれからも遠くて行きづらいという辺境です。僕は20~30代に通算3年も島根県の仕事をしており、津和野へは何回も行ってますが、とにかく遠くて大変だった。

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(2005.07.19撮影。以下同じ)

 役場があるのはこの通り。「殿町」と呼ばれる旧武家屋敷街の一角になります。通りの右が名所のひとつ「藩校養老館」、左が役場の敷地。

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 これが、かつて津和野藩家老の屋敷門だったという、津和野町役場の正門。奉行所か!入るのが怖いぞ!長屋門ふうの常滑の方が若干立派な感じがしますが、雰囲気はこんな感じだったのでしょう。
 門の左に見える掲示板もまた凄い代物だ。

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 庁舎自体も見事すぎる!古い写真で見た常滑町役場もこんな感じの建物でした。中は2、3回入った覚えがありますが、これぞ昔ながらの役所という驚くべき風情だった覚えがあります。
 現在は、隣の日原町と合併して新「津和野町」になり本庁舎が旧日原町役場に置かれたため、こちらは支所になっているようです。が、現役の公共施設であることは変わりない。行かれる人はぜひチェックすることをお勧めします。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0266

2014年03月29日
 少し前、南知多町の片名という海辺の集落を2歳児と徘徊していたとき、村の中でなかなか味わい深い橋を発見。

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 見事な石橋です。簡易舗装されているけど横部分と橋脚が石。平成も四半世紀が過ぎたというのに、まだこういうものが残っているとは。サイドに刻まれた銘によると、名前は「みなみばし」で大正13年の架橋。

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 橋のたもとに「車両通行ご遠慮ください」のカンバンが。石橋を叩いても渡らないほうがいいらしい。

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 ちなみにこの川沿いの道にはガードレールがなく、橋以前に怖いぞ!
 父が石橋観察に没頭している間、2歳児は地べたに正座して見えない聴衆に向かって一席ご機嫌をうかがうのであった。親子で奇行である。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

旧知多郡常滑町役場正門

2014年03月28日
 4月1日に常滑市が市制施行60周年を迎えます。そこでローカル媒体で特集することになり、当時職員だった方に話を聞いたのだが、取材の中で「旧役場の遺物がまだある」という情報を得て、さっそく見に行ってみました。
 旧常滑町役場→昭和44年までの常滑市役所があったのは、本町の宝全寺の裏あたり。その時代の正門が、常滑西小の東にある宝樹院の山門として現存という。

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 ジャーン!って、ほとんどの人は「は?」という感じでしょうが、古い公共建築マニアとしては興奮せずにいられませんぜ。
 寺で聞いた話によると、江戸時代初期に常滑領主の屋敷門として建てられ、貞享5年(1688)に宝樹院に移設。さらに大正元年に役場へ移設されて正門となり、昭和57年に宝樹院へ再び戻り改修されたとのこと。それにしても、役場の正面にこんないかめしい門が建ってたらビビりそうだ。

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 鬼瓦には、旧常滑町の町章と思われるデザインが!インベーダーのようである。

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 宝樹院の山号が「常光山」なのでそっちかとも思ったけど、この写真の寺紋とは違うのでたぶん町章かと。この寺紋もかわいくて、いい。

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 なお、旧役場→旧市役所跡地には、今も一時期の市庁舎が残っています。シブいというには若干微妙な風情。競艇場前の現在地に市役所を建てるまでの「つなぎ」として、低予算で建てたような気がします。ただ、これがいつ建てられたのかさんざん調べたけれど分からなかった。誰か知ってる人がいたら教えてください。
(まさ)

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◎旧××郡××村建造物シリーズ
旧渥美郡杉山村天津公民館→●□
旧西加茂郡小原村役場→●□
旧渥美郡福江町役場→●□
旧額田郡宮崎村役場→●□
旧知多郡三和村小倉公会堂&旭村金沢公民館→●□
旧知多郡鬼崎村役場→●□
旧知多郡鬼崎村多屋公民館→●□
旧安倍郡井川村公民館→●□
旧額田郡本宿村役場→●□
旧愛知郡長久手村長湫公民館→●□
旧碧海郡高岡村中田農協倉庫→●□
旧碧海郡高岡村若林公会堂→●□
旧碧海郡高岡村吉原区民館→●□
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奥三河で最近消えたいろいろ

2014年03月25日
 川向集落の家屋(→●□)や設楽町役場のほかにもここ最近、東三河山間部でいろいろ変化が見られましたので、まとめて出しておきます。

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(2009.08.26撮影)

 まずはデカいところで、旧鳳来町の旧山吉田小学校。

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 昨年の晩秋、取り壊しが始まった頃にも遭遇し、3か月ぶりに行ったらきれいさっぱりなくなっていた。
 山吉田小は昨年4月に黄柳野小学校と統合し「黄柳川小学校」になりました。校地は旧山吉田中学校跡地で、4年ほど前にこちらの取り壊し工事も偶然目撃しています(→●□)。新しい黄柳川小の校舎は先日見物させてもらったけど、地元産材がふんだんに使われて実に美しく、快適な学校生活が送れそうでうらやましい。

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(2010.12.04撮影)

 続いて、設楽ダムによる水没予定地の設楽町八橋。

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 火の見櫓の撤去はまだですが、道路左側の廃商店「静岡屋」と、何軒かの家が取り壊されています。ちょっと前の中日新聞東三河版に、静岡屋撤去のニュースが載ってました。なんでも店内に何枚かの琺瑯看板が残ってて、元経営者が取り壊しを見届けに来た人にあげたとかなんとか。

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(2007.12.08撮影)

 個人的には横に掲げられていた「サンビシ味噌たまり」が気になっていたのですが…。

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(2011.05.12撮影)

 あと、全貌を捉えていないけど設楽町西納庫の「湯谷老人憩いの家」&HINOMI(→●□)。

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 建て替えるほど古びた建物にも見えなかったが、なぜ?その煽りを食ってHINOMIまで!う~ん。
 ほかにも火の見櫓、商店、バスの待合所など、様々なものがここ数年でどんどん消滅しています。まあ、なんでも残りゃいいってもんでもないが、わたくしは地元民ではないし、もはや淡々と記録するぐらいしかないです。
(まさ)
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新旧役場の競演

2014年03月24日
 先日、久々に設楽町中心部の田口へ行ったら、役場が移転していて驚いた。新庁舎は今年頭から使われているとのこと。うーむ、ちっとも知らなかった…って、町民でもないのに知っている方がおかしいか。

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 所在地は、むかし田口小学校があった場所になります。この火の見櫓→●□の前です。何年か前に行ったときは教育委員会の事務所とショボイ図書館がありました。
 新庁舎はさっぱりした外観の平屋建てで、木材産地らしく地元産材がふんだんに使われているようです。あと、子育て支援センターも併設されているらしいので、いずれ2歳児を連れて再訪せねばならん。そもそも行った日は閉庁日だったので、まだ庁舎内も見物していませんが。

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 こちらはR257沿いにそびえる昭和33年築の旧庁舎。市町村役場建築としては僕の知る限りあまり例のない、明るい茶色の外壁が印象的でした。まあでも、取り壊されても微妙に惜しくはない風情ではある。
 しかし改めて眺めると、なんともヤワそうな建物だなあ。耐震にかける費用ももったいなかろうし、やはり撤去でしょうか。

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 田口小学校のある高台からは、まだ新旧庁舎が一度に眺められます。
(まさ)
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タウンアーチの先へ0044/カンバンの手帖ブログ版0265

2014年03月22日
 先日、久しぶりに蒲郡の西浦へ行ったら、温泉街入口の歓迎アーチがいまだ健在で驚いた。

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 ずいぶん年季が入っております。もはや三河最古のアーチではなかろうか?
 その奥に見える名鉄バスの待合所もまだ残っており、中には路線図も昔のまま掲示されていた。

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 バスではなく名鉄の路線図なのがポイント。蒲郡管内のバス路線も記されていますが、あくまで名鉄全体の観光案内が主目的。

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 おお、わが地元の揖斐線と谷汲線が!美濃町線も描いてやればいいのに…。上のほうには「リトルワールド(S58.3月オープン)」とあり、カンバンの設置年がそれ以前であることがわかります。

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 おお、三ヶ根山の山頂に回転展望台が!そして三河湾には高速船とうさぎ島と猿ヶ島が!三河湾国定公園が輝いていた時代ですなあ…。
 今年は国立公園の第一号が指定されて80年という記事が少し前の新聞に載っていたけど、国定公園って存在感ないよなあ。私の実家は「揖斐関ヶ原養老国定公園」の範囲内にあるのだけれど、生まれてこの方その存在がクローズアップされた記憶がない。
(まさ)
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ヒ牟呂ック

2014年03月21日
 ただいま名古屋競輪場で日本選手権競輪が一部で絶賛開催中ですが、有力選手の選手会脱退騒ぎとか、一宮競輪の廃止とか、今日で大垣の帝王・山田裕仁選手が引退とか競輪業界に残念な話題が続いており、長年のファンとしてはいささかテンションが上がって来ない感じです。とかいいつつ昨日、ウチのボウズに好きな色を3つ選ばせその車番で2車単ボックスを買ってみたところ、なんと2万円の配当がズバリ的中で、いやもう笑いが止まんねえ~。業界の憂える現状なんざ儲けの前には吹き飛んでしまうのである。愚かしいねどうも。

 そんなことはどうでもよくて、昨日に続いて春夏秋冬叢書「そう42号」の連動ネタ。
 牟呂のうち、まだ区画整理事業が進行中である柳生川南の松島地区は、いまこんな状態です。場所は昨日の記事に貼った地図でご確認ください。

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 県道386号(平井牟呂大岩線)の新線になると思われる道が地内をどかーんとぶち抜いておりますが、前後がまだ連結しておりません。
 松島は、数年前まではこんな感じでした。

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(2007.12.13撮影。以下同じ)

 松島公民館の敷地内にあった火の見櫓(の残骸)。道の狭さや民家の塀の感じがいかにも豊橋郊外っぽい。いや、なんとなくです。

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 見事に古びた松島公民館もありました。公民館建築にしては中途半端な大きさなので、軍施設の払い下げではないでしょうか(他の例→●□とか●□とか)。
 まあでも、撤去されても微妙に惜しくないという風情ではありました。
(まさ)

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

公文い苦悶

2014年03月20日
 毎度おなじみ、豊橋の春夏秋冬叢書が発行する三遠南信エリアの季刊誌「そう42号」が発売になっております。

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 今回のキーワードは「文」ってことで、嫁(まり)は飯田の特産品である「文七元結」と、蒲郡の橘右太治さんに取材した「寄席文字」を担当。わたくしはいつものように地名と、シソ巻調査(→●□)の続編をやっております。
 文の付く地名ということで、今回取り上げたのは豊橋の牟呂公文町。



 牟呂は古い港町ですが、近年大規模な区画整理事業を行ったため景観が一変しました。牟呂の中心地は柳生川に面した現牟呂市場町。大学生だった20年ほど前には古い銭湯跡も残っててなかなかシブいところだった記憶がうっすらとあります。
 公文は、牟呂の真ん中らへんを占める地域。区画整理前にはたぶん足を踏み入れていません。地内を走る豊鉄バス牟呂循環線には乗った覚えがあるのだが…。

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(公文公民館前に健在のHINOMI→●□

 かつては全域が「牟呂町字××」でしたが、区画整理に伴って町名も整理され、事業が完了したエリアは旧字を踏襲して牟呂公文町・牟呂市場町・牟呂外神町・牟呂大西町・牟呂中村町・牟呂水神町になりました。安易に「牟呂×丁目」としなかったのは、住民の見識の高さゆえかと思います。まだ事業進行中の松島地区や坂津地区も、いずれ旧字名を活かした新町名になるでしょう。なるよね?なってネ!

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 地名は良いのですが、区画整理地帯ゆえ景観的にはなかなか微妙で、写真をどうするかちょっと悩まされました(結果的に火の見櫓を絡めた写真がメインに採用された)。ところどころにこうした畑はあります。

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 史跡もこのような有様。JA牟呂支店の横にある豪族の居館の土塁跡で、「鵜殿兵庫之城跡」と刻まれた小さな石碑が敷地内に建てられています。神社ではないのになぜ立派な鳥居があるのかは不明。

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 階段を登り、鳥居をくぐると、区画整理地帯とは思えない雰囲気(狭いけど)。シブい、シブすぎる!
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

HINOMI in the 水没予定集落0002

2014年03月17日
 土曜日、2年ぶりくらいにR257で設楽町川向を通ったら、家がぜんぶなくなってて唖然。

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 設楽ダムによる水没予定地で、もう住民の移住および建物の取り壊しは完了したようです。地元民じゃないので今さらどうこう言えませんが、にんともかんとも…。
 近くにある大名倉集落(→●□)も気になるところで、見ておくべきという気もするけど、家の跡地が広がる光景は悲しく、あんまり気が進まない。もっともこの日は先を急がねばならなかったので、大名倉はパス。

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 とりあえずHINOMI(→●□)はまだ生き残ってました。ただし半鐘は取り外されております。大名倉の大きな火の見櫓はまだあるだろうか。

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 というような感じで不審者のようにウロウロしていたら、カモシカに見られていたのであった…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0046

2014年03月16日
 今日、明石公園に行くべく久々に碧南の新川を通ったら、ここだけクリスマスだった。

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 メリークリスマスである。

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 これが碧南のクリスマスストリートこと大浜街道である。何か撤去できない事情があるのか!?
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0264

2014年03月14日
 飯田市立動物園のつづき。

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(早くゴーカートに乗せろとアピールする2歳児)

 ここでは、園内の片隅にある「のりものランド」がゲーセン並みに充実!1回50円で乗れる固定式乗り物が9種類もあるのである!どれに乗ろうか2歳児も迷っちゃうぜ。
 9種類もあるのに、トーマスやアンパンマンがないのが好感が持てますね。これからも置かないでいただきたい。と言うか、あれらは200円くらいするところもあるから、50円均一のここではありえないか。

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 ということでウチのぼっちゃんは、多彩な乗り物の中から「むかしの名鉄岐阜市内線のように横揺れが激しいチンチン電車」「小学生ぐらいでないと楽しめないゲーム付きの新幹線」「途上国で走ってそうな窓と天井がない路線バス」をチョイス(計150円)。ぜんぶ公共交通かい。
 そんな楽しい「のりものランド」のロゴがこちら。

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 手の形と足で「イイ」を、腹の十字で「田」、すなわち飯田を表現しているのである!いや、知らんけど。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

動物園と2歳児

2014年03月13日
 日曜日、2歳児連れで飯田方面に取材に行ったついでに、前から気になっていた飯田市立動物園に寄ってみました。飯田市役所前にあるミニミニ動物園で、もちろん入場は無料、乗り物は基本50円。先の竹島水族館同様なかなかシブい規模ではありますが、飯田市内各地からヒマを持て余した家族が続々来園し、けっこう賑わってました。

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 目玉はサル山。なかなかの絶景でちょっと驚いた。まあ、背後に見える山の方に行けば猿にはちょくちょく遭遇できますが…。

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 ちょうど猿のエサやりタイムで、普段そんなに生き物には興味を示さない2歳児が、飯田特産のリンゴをむさぼり食う猿たち(動物の地産地消)に目が釘付けで柵から離れようとしないのは意外だった。
 しかしどうやら2歳児は猿よりもリンゴに目が行っていたようで、帰りに阿南町新野の道の駅でリンゴを一袋買ってやったら大喜び。2歳なんてサル並みである。

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 もう一つの目玉?屋外のペンギンプール。なんかシュールだが、飯田の冬の寒さはペンギンには合っているかもしれません。あとほかにもコンドル、フラミンゴ、ビーバー等がおりますが、いずれも2歳児は特に興味を示さず。もう少し大きくなってから再訪するかな。

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 そもそもお目当ては動物ではなく、園内を走るトーマス(蒸気機関車)なのでした。2回も乗りやがったが、面白いかねぼっちゃん?乗りながら並走するゴーカートをうらやましそうに眺め、降りたら今度はゴーカートに3回も乗ったのであった。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

観光之蒲郡

2014年03月11日
 先週前半、2歳児と二人でラグーナ蒲郡→竹島水族館のコースで図らずも蒲郡を観光してきました。
 ラグーナというと最近、赤字につきエイチ・アイ・エスに経営権を譲渡するってんで話題になりましたね。これに関して「ラグーナ蒲郡の今後について」で検索すると、愛知県のHPの説明がヒットします。そこには「ラグーナ蒲郡のもう一つの事業である分譲事業については、リーマンショックや東日本大震災などの外部要因の影響により、開発計画が進んでおりませんでした」とあるけど、震災は別に関係なかろう。

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 ラグーナでは10年ぶりくらいにここの観覧車に乗ってみました。2歳児は観覧車好きなのだが、乗ってしまうとあとは一周して地上に戻るまで、ゴンドラ内でそんなに楽しそうにも見えない。なのになぜ乗りたがるのか、謎だ。

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 観覧車からは、十年以上も放置されたまんまで草ボウボウの東側一帯が一望!ある意味、絶景である。

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 いっぽう竹島水族館は初めて。規模的にはなかなかシブいですが、子どもに目が行き届くのでぜんぜんOK。ラグーナみたいにだだっ広いと、見失ったらエライことになる。
 写真の場所は「生き物にさわってみよう!」コーナーなのだが、2歳児は見向きもせず、足をタカアシガニのように広げて踏み台を伝え歩きしているのであった。

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 それでは水族館の人に申し訳ないんで、巨大なダンゴムシみたいな気色悪い生き物を持たせてみました。

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 2歳児が館内を勝手に走り回っている間、父はウツボに魅入っておりました。ああ、私はウツボになりたい。ウツボになってしまいたい。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

東京HINOMI STYLE

2014年03月08日
 間が空いてしまいましたが2月中旬の東京話の続き。
 門前仲町駅から近い深川不動堂、富岡八幡宮を観光した後は、北の方へ少し歩いて清澄白河駅付近をうろうろ。深川の目抜き通りのひとつと思しき商店街通りがあったので歩いてみたら、そこは名古屋だった。

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 これを瑞穂区の写真と言っても誰も疑問に思わないであろう。深川の名はよく聞くので、もっとこう、グッとくる町だと想像していたのに…。唯一、深川らしいなあと思ったのは、名物の深川めしを看板メニューに掲げる飲食店を見つけたこと。食べてないけど。

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 三河屋もあった。美川屋かもしれませんが。
 そんな味わい深い深川には、例によってHINOMIが!

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 この通り沿いにある「江戸深川資料館」の建物内に、見事な実物大の再現町並みがあったのでした。こればかりは「さすが東京!」と唸らざるを得ない。名古屋城の天守閣内に復元町並みがあるけど、正直、比較になりません。
(まさ)
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)

梵字obi

2014年03月02日
 東京駅から銀座を経由して築地の場外市場まで歩いたあとは、まだ一度も行ったことのない江東区の深川へ。地下鉄に乗って門前仲町で下りたら、そこは名古屋だった。

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 いや、道の広さやビルの高さなんかが、なんとなく名古屋っぽいなーと思ったんですけどね。江戸っ子に聞かれたらボコボコにされそうですが。

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 目的地はとりあえず深川不動堂。嫁情報によるとここは成田山の別院で「2時間おきに行われる護摩(火を焚いての御祈祷)が凄いらしいよ」という。しかしその前に、本堂の凄さに驚いた。正面の伝統的建築物が本堂かと誰もが思うでしょうが、これは「旧本堂」。新本堂はその左に、圧倒的な姿で参拝客を待ち構えていた!

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 この写真では何なのかよく分からないのでアップにしてみると…

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 って、アップにしてもよく分からないけど、壁が一面おおびただしい数の梵字で埋め尽くされている!目が、目が…。HPによると、不動明王の真言とのこと。
 拝観自由の護摩はこの新本堂内で行われるのだが、これも予想以上の荘厳さで凄かった。真言宗に付きものの太鼓がなんと4つも鳴らされるうえ、そのうち一人はあきらかに熟達した和太鼓奏者で、聞きごたえじゅうぶん。なんと言うか、さすが東京である(こればっか)。
(まさ)
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0263

2014年03月01日
先月中ごろ、婆さんの卒寿祝いに千葉へ行きまして、そのついでに久しぶりに東京を単身徘徊してみました。大した目的もなく地図も持たず、とりあえず東京駅から築地まで徒歩で行ってみたのだけれど、銀座って東京駅と築地の間にあったんですね~。

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 とかいいつつ銀座のメインストリートは歩かず、裏通りをウロチョロして、銀座三郵便局に寄ってみました。さすが東京、猫の額の見本のような局である。郵便窓口は1階、貯金窓口は2階になってるのも東京らしい。

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 その案内板が、ふた昔くらい前のピクトグラム&書体という感じでいい味出していました。さすが東京、古くてもいいモノは残しておこうという姿勢のようである(そうか?)。

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 郵便局の横では、これまた猫の額ほどの土地にお稲荷さんを発見。案内板によると、1615年に幸田深溝の領主板倉重昌の屋敷内に家内安全・火防の神として祀られたものが起源らしい。銀座に三河由来の史跡があるとは、さすが東京!って、もともと三河人(家康)が作った町だし、別に不思議じゃないか。
 どうでもいいですが、いつか東京三河屋紀行か日本銀座紀行をやってみたいものです。
(まさ) 
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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