遊具史の貴重資料

2014年02月26日
 旧龍山村を徘徊した後は、佐久間を経て東栄町へ。二宮金次郎像の所在の有無を聞こうと東栄小学校に行ってみたら(理由あって調査中)、学校全体がもぬけの殻。一瞬キョトーンとしてしまったが、2学期から旧本郷高校跡地に建設された新校舎に移転したとのこと。ちっとも知らんかった(町民でもないのに知ってる方がおかしいか)。
 仕方ないので、とりあえず2歳児を車から下ろして動かすべくガランとした旧校地の運動場を散策したところ、遊具が見事すぎて唸った。

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 こちらはブランコと滑り台のハイブリッド。しかもブランコは8席、滑り台は2つというすごい代物で「双頭のヤマタノオロチ」と勝手に命名。

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 ほぼアートと言って差し支えない飛行機型ジャングルジム。昭和40年ごろの古写真で見たことがあるけど、実物を見るのは初めて。感動である。しかも後ろには脱出口にしか見えない滑り台が!

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 そして土管&滑り台。横の土管と垂直の土管が連結しており、潜って登って滑るという趣向。この狭い土管を潜れと!?
 この跡地が今後どうなるのかわかりませんが、このような「記録されないであろう文化遺産」はぜひとも保存してほしいところです。
(まさ)
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東三河雑 | Comments(5) | Trackback(0)

こども茶れんじ

2014年02月25日
 10日ほど前、取材3割遊び7割で北遠(浜松市天竜区)方面へ行ってきました。遠州は昨年3回しか行ってないし、北遠じたいも1年ちょっとぶり。今年はもう少し行きたいもんですが…。
 目的地は高所に小集落が点在する旧龍山村。とりあえず天竜川河畔の国道152号を外れて山をぐいぐい登り、絶景を満喫することがこの地区の醍醐味です。

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 おお、爽快!ビバ北遠!日頃の辛いこと、泣きたいこと、忌々しいこと、呪わしいことがすべて吹き飛びますネ!って、別にそんなに悪いこと連発の毎日ではない。場所は大庭という集落。下の方に見える水面は天竜川で、赤いのは瀬尻橋になります。
 2歳児と一緒に風景を堪能しながら持参のおにぎりを食べていたら、対岸にオバQの弟のO次郎がいて驚いた。

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 「これ、なににみえるかな?」などと問いかけることによって、お子様の考える力を養い、豊かな想像力が育まれます。

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 さまざまな形を用意しており、お子様も飽きることなく楽しめることでしょう。

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 こうしてウチのお子様も豊かな想像力が育まれ、この後は側溝のフタを線路に見立てた電車ごっこ、茶の実投げ大会、廃小学校跡地でのかけっこ等、創造性の高い遊びに興じた次第である。

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 オマケ。北遠最大級HINOMIのひとつ、瀬尻の火の見櫓は健在。旧天竜市では壊滅一歩手前ですが(R152沿いは完全消滅だったのでもしかしたらもう壊滅かも)、龍山、佐久間ではまだまだ大丈夫みたい。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

安城ホエールズ

2014年02月23日
 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 先週、前から行きたかった安城市総合運動公園に行ってみました。運動公園の野球場や競技場に行ったわけではもちろんなく、公園内の遊具エリアが目当て。以前車窓から見た、惰眠をむさぼる巨大クジラ(→●□)がどうしても気になって。
 間近で見る実物大クジラ(ていうか実物より大きい?)は、やはりインパクトがハンパねえ。

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 エサとしてクジラに飲み込まれようとする2歳児。

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 そしてこちらは巨大タコの足に絡み取られようとする2歳児。おお、前に浜松で見たヤツと同じ型(→●□)。
 このタコ、知立駅南東の堀切1号公園にもあって三河線の車内からよく見ていたのだが、少し前に区画整理事業か高架化工事の関係で公園じたいが潰されてしまいタコも消滅。地団駄踏んでいたところだったので、遊ばせられてうれしい。

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 さらに公園の奥へと進むと、マンションからの非常脱出路があり、防災訓練が楽しめました。
 ほかにもさまざまな遊具だけでなく保存SLまで置いてあり、さらに敷地内の公民館内には子育て支援センター的な部屋も設けられてて、たいへん使い勝手がいいです。ただ、2歳児はいまひとつテンションが上がらず、写真を見返しても表情が冴えない。なので、暖かくなったら子どもの要望とは関係なく、もう一回行く所存です。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

壁画鑑賞の手引0002

2014年02月22日
 今月アタマ、ちょっと時間が空いたので中川区の戸田界隈を少しうろついてきました。なぜ戸田かというと、隣接する蟹江の酒蔵へ「酔泉正宗(スイセンマサムネ)」という超ローカル銘柄を買いに行ったついでです。
 戸田の古い町は何度か行ったことがあるので、関西線の北側に広がる団地エリアに行ってみました。

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 市営戸田荘と、市バスの戸田荘停留所。なんというか「名古屋の一番外れ」らしい味わいが漂っております。

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 敷地の北側は名古屋市ではなく、あま市(旧七宝町)。小さな水路ひとつで、明確に名古屋と非名古屋が分けられている。市営団地というのはやはり名古屋的なのだなあと、改めて感じる次第です。
 戸田の団地には市営と県営の建物がありまして、市営の方は上の写真のとおりですが、隣接する県営戸田北住宅にはレリーフが掲げられておりました。

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 謎のデザイン。

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 何を表現しているのか、まったくもって謎である。上は一瞬、JF全漁連(漁協の全国組織)のロゴかと思った。
 いかにも昭和50年代な風情で、もう30年くらいたつと価値が…出るかな?団地をめぐってチェックして回ろう…かどうか、ちょっと踏み切りにくい微妙なテーマ。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(0) | Trackback(0)

道標地蔵たち0004

2014年02月21日
 前回の記事で知立駅を出したので、ついでの話。高架化工事が始まりそうでなかなか本格的に始まらない知立駅、現状はこうなっております。

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 名古屋側から望む。この状態からどうやって高架にまで持ってゆくのか、素人にはまったくわからない。推移を見守る所存です。
 この界隈を「JRよりも名鉄好き」な2歳児ともにウロウロしていたところ、更地と現状維持地の境界に小さな御堂を発見しました。かつては建物と建物の間のどん詰まりに置かれていたと思われますが、ほとんど通らない道だし、このあたりが以前どんな風景だったかよく覚えておりません。

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 案内板によると「刈谷道地蔵」というらしい。今から二百数十年前(いつ基準なのかは不明)刈谷道と一ツ木道の分岐点に誰かが安置し、特に名前はなかったけれど新たに「刈谷道地蔵」と名付けたので(いつなのかは不明)、みんなで敬い守っていきましょう…と。

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 前掛けをめくらせていただくと、読みにくいけれど、左かりや、右ひとつぎ、と思しき文字が刻まれておりました。
 とりあえずこの場所にとどまるのかな?
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

三河線が100周年

2014年02月18日
 今年はなんと、三河線開通100周年の記念イヤーだそうです。ときどきヘッドマーク付きの車両がやって来て、刈谷駅では記念写真展が開催れております。3/5までで、碧南駅でもやっているらしい。

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 会場は名鉄改札内のエレベーター連絡通路。何年か前まで使われていた行き先表示板も展示され、なかなかいい感じです。

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 なかなかいい感じである…って、なんというか、実にこう、三河線らしいですネ!
 空間の関係上スカスカに見えますが、展示してある古写真じたいはなかなか質がよく、地元民ならば見応えがあるんじゃないでしょうか。特に、移転間もないころの知立駅周辺の空撮は見もの。田んぼばっかりで驚きます。
 そういえば、かつて勤務していたK出版社で、先輩編集者が「三河を走って85年」という好著を作り、たまたま手が空いていた僕も少し手伝いで沿線の写真を撮りに行ったなあ。あれからもう15年もたつとは。なんだか100年よりも驚いてしまう。

140216-3.jpg(2004.09.03撮影。以下同じ)

 オマケ。かつて知立駅の三河線ホームには、行き先表示板入れがありました。

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 さらにオマケ。10年前の一時期、こんな復刻カラーリング車両が走ってました。今考えると開通90周年記念だったのね。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

デカいぞダンプトラック

2014年02月17日
 石川県に行っている間、小松市にある「こまつの杜」というところに行ってみました。建設機メーカーのコマツがJR小松駅東の工場跡地に開設した産業観光系施設です。昨夏来たときに存在を知り、こりゃ幼児を遊ばせるにはうってつけだわ、と。
 まずは巨大なダンプトラックがお出迎え。

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 デカい、デカすぎる!この写真だといまいちデカさが伝わらないけど、ほとんどロボットアニメ級の異常さ。外国の鉱山で使うらしいです。
 試乗したかったのだけれど、午前と午後2回30分しかない公開時間のタイミングに合わず、残念ながら乗れず。2歳児抜きでもまた来ねばならん。

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 そのかわり、ミニショベルに試乗できました。恐ろしく真剣な表情でショベルカーを動かす2歳児。この集中力を食事のときに見せてみんかい!と言いたい。

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 そして女性取材記者も、子供を押しのけて屋内展示の乗り物にフェード・イン(引用元:勇者ライディーン)。機械の動力技術を理解させるための展示ですが、何かを理解したふうには見えないのである。
 屋内展示施設「わくわくコマツ館」では子供向けの理科実験をいろいろやっていて、コマツの定年退職者であるインストラクターの皆さんと遊び、2歳児は大変満足してお帰りになられました。

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 あと、館内の一角にはコマツの機械で掘られたトンネルを走る北陸新幹線の模型もあった。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0249-0002

2014年02月15日
 話は前後しますが、今月アタマに所用で行ってきた石川県方面の話。

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 昨夏の記事(→●□)で、白山市ではこのようなカンバンをやたらと見かけると書きましたが、実現の暁には白山駅が設置されると思われる北陸本線加賀笠間駅がどんな駅なのか、空いた時間にちょいと見に行ってみました。

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 シブい、シブすぎる!
 北陸特有の黒い屋根瓦がいい味出しております。駅舎の前には金魚が泳ぐ「生きた」庭園もある。この駅が白山駅開設とともになくなるのは惜しいので、反対!…とまでは言わないけど、掛川駅北口駅舎のように残してほしいものだ。これが新幹線の駅だったら、白山市の名前が上がるってもんですヨ!

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 加賀笠間駅-松任駅間の田園地帯では、新幹線の車両基地が建設中。これが完成しないと北陸新幹線が走れない。

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 線路脇には完成予想図が。いささかテキトーな絵である。


「なかなか来ないねえ、おとうさん」

 松任駅前のホテルの窓辺に陣取り、新幹線がやってくるのを待つ2歳児。来るのは来年だし、しかもここは当分のあいだ基地への回送列車しか通らないのだよ…。
(まさ)
北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

菜の花と2歳児

2014年02月13日
 作手に雪を見に行った2日後の11日、今度は渥美半島へ菜の花を見に行ってみました。厳冬と早春をいっぺんに味わえるとは、おそるべし東三河。わずか一日おいて行く方も行く方だが。伊良湖まで行くのは2011年11月以来、2年ちょっとぶりになります。
 師崎から名鉄海上フェリーで伊良湖入りし、とりあえずガーデンホテルの東にある、R259沿いの菜の花畑へ。

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 あれ、チョー閑散?
 たしか以前はここが主会場のひとつだったけど、出店等はいつの間にかフラワーパーク跡地会場に全面移転したらしい。そういえばガーデンホテルも「シーパーク&スパ ル・パラディ」なんて名前に変わってるし。

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 でもって旧フラワーパークに来てみたら、やはり盛況でございました。FP名残の椰子や松で、相変わらずシュールな雰囲気をたたえております。ちなみに3年前はこちら→●□
 2歳児は飲食ブースでフライドポテト一袋、アサリ汁2杯分のアサリの実(汁は父担当)、さらに菜の花天ぷらの衣を剥がした茎部分を1本だけ食べた後(「菜の花食べたい」と言うから買ったのに…)、会場の中央部分に広がる菜の花迷路に突入。

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 大興奮で菜の花の中を30分以上走り回っておりました。ほかにもハイテンションで迷路を駆け回る元気なお子様がけっこういらっしゃって、渥美半島観光ビューローのナイスな企画に感謝した親御さんは多かったであろう。

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 おかげでその後は夕方まで車中でぐっすり眠ってくれ、取材2割趣味8割のローカルネタ調査ができました。写真は亀山地区のキャベツ畑。ただいま収穫真っ盛り。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

雪中寒2歳児

2014年02月10日
 土曜日は碧海、知多もかろうじて雪に覆われまして、気持ちよかったですね~。で、あくる日曜日、スタッドレスタイヤを活用しないままシーズンを終えるのがイヤだったので、雪があるだろうと作手に行ってみました。

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 昨年三月末限りで閉校になった旧菅守小学校で、雪の心地よい感触を味わう2歳児。早朝だったらスケートリンク状態だったかもしれない。

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 黒瀬地区にて雪原の風情を味わう2歳児。積雪量はそんなに大したことはないけど、風の冷たさに「さすが作手!」と唸らざるをえません。どれくらい寒いかというと、マンガ「沈黙の艦隊」でNY入港目前の海江田四郎がやまとの艦橋で深町洋に言ったセリフ「ああ、凍るように寒いね」というくらいに寒いのである。
 2歳児もそれなりに雪を楽しんだのだが、そこそこ遊んだ後「ねえ、アピタで遊ぼうよう~」と言い放ったのには愕然とした。ううむ、早くも育て方を間違えたか。実家からプラ製のソリでも持ってきて、乗せて走り回ってやりゃよかったぜ。

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 でもって山を下りて新城、一宮に来たら一塊たりとも雪がなかった。ううむ。まあでも、ここ25年で東三河平野部に雪が積もったのを目撃したのは2回ぐらいしかないので、こんなもんか。
 写真は「大和の大いちょう」がある一宮豊津の大和小学校跡公園(→●□)。2歳児が眺めているのは残念ながらHINOMIではなく(興味ゼロ)、お月ちゃんです。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

SAKE-DG-HINOMI

2014年02月08日
 今日はさすがの西三河も雪が積もってました。午後遅くには雨でほぼ溶けちゃいましたが。ウチのそばでは、一昨日くらいから開花しはじめた梅が雪の中で咲いておりました。

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 雪の中の梅といえば、先日、犬山の外れに鎮座する大縣神社に行った際、境内でこんなものを見つけた。

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 「雪中寒梅」という酒の奉納菰樽です。蔵元は八百津にあった古田酒造。一昨年の秋、ネットで廃業(2012.09.11)の記事を見つけたときは驚いた。コンビニにでも2合瓶を売っているほどの蔵だったのに…。3年くらい前には、蔵の前まで行きながら外観だけ確認して買わずに帰っており、痛恨の極み。

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 その樽は、このように置かれておりました。さすが旧国幣中社という格の高い神社だけあり、奉納されている酒の数が多くて壮観です。

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 その大縣神社の入口。写真がなんか中途半端なアングルに見えますが、右下に見える「楽田村道路元標」を入れて撮りたかったからです。
 そして鳥居をくぐったところで振り返ると、名鉄楽田駅方向に例によってHINOMIが!

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 以上、特に内容はないけど僕の好きなものが一か所に揃っていたので出してみました。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

鬼や桃太郎たち0002

2014年02月07日
 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 その犬山では、一部好事家のみならず最近は一般にも浸透してきた感のある、桃太郎神社&桃太郎公園に、子連れ取材を敢行しました。

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 ここですね。浅野祥雲という人が造ったセメント像がたくさん置いてあることで知られております(神社の方に聞くと、全部が浅野祥雲作ではないとのこと)。最近では、名古屋の著名ライター氏が像の保全活動(ペンキ塗り)を行っているそうで、像がたいへん美しくなっている。

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 やさしい鬼です、背中へどうぞと言われて恐る恐る鬼に乗る2歳児。桃太郎というか、熊にまたがる金太郎という感じである。
 写真では喜んでおりますが最初は拒絶し、女性取材記者が一緒にまたがったりしてようやく乗っかった。正直なところこのセメント像の群れ、あまり幼児の興をそそるものではないらしい。ツーショットとかいっぱい撮りたかったんだけど反応はイマイチ。気味悪いんでしょうなあ…。

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 正式な取材ってことで神社の方に話をうかがい、由来がはじめてわかった。
 もとを辿ると昭和5年、旧名鉄の招きで犬山に滞留していた有名な鳥瞰図絵師・吉田初三郎が、地元の栗栖区長らとともに開いた桃太郎神社が始まり。周辺に桃山やお婆さんの洗濯板や伝承地が点在していることを知り、日本ラインとともに観光地として売り出しを図ろうとしたらしい。
 初三郎の作品には、近代ネタを取材しているとあちこちで出会います(部分だけどこれとか→●□)。作品と言っても大量印刷された観光パンフレットですが、描かれた内容の細かさ、美しさは地図マニアにはたまらない。一時期犬山にいたのも、名鉄社長がパトロンとなって初三郎を抱えこみ、宣伝用に沿線の鳥瞰図をどんどん描かせるためとかなんとか。
 今回いちばん驚いたのは拝殿脇の標柱。なんと初三郎の揮毫!って、興奮するのはわたくしのようなマニアだけか。

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 境内には、初三郎とともに神社を開き、初代禰宜に就任した川治蘇山のセメント像も。銅像風にしたかったのだろうか、黒一色っつーのはなかなか…。

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 でもって、セメント像や遊具を置くなどして「桃太郎公園」にしたのは昭和30年代。参道階段にはこのような滑り台も作られました。しかし長さも傾斜もスゴい。まさしくソチのジャンプ台。
 下のほうで2歳児に滑らせてみようと思ったのだが、かたくなに拒否されました。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

壁画鑑賞の手引0001

2014年02月06日
 丹羽郡ネタが続きますが、扶桑の取材とは別の日に隣りの犬山にも行きました。その際、ちょっと立ち寄った清水屋犬山店。

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 中規模の町なら昔はどこにでもあった「百貨店」が、犬山には健在です。外観といい、屋上の巨大サインといい、実に味わい深い。この堂々たる構えは、犬山城、成田山名古屋別院とならぶ「犬山三大ランドマーク」に挙げて異論はないでしょう(あるかも)。

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 この壁画も、時を経ていい味が出てきております。古い百貨店のほか、県営住宅や名古屋の市営住宅なんかにもよく見られますね。いかにも昭和40年代なデザインだけど、人間をこのようなフォルムで表現するのってこの時期の流行なんだろうか?だれかアートに詳しい人がいたら教えてください。
 見かけたらこういう40年代建築の壁画もちょくちょく撮っているのだが、今のところ、まとめてみたところで特に何かが見えてくるという感じでもない。

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 犬山三大ランドマークってことで、オマケ。成田山から見た犬山城&伊吹山。ただ今、外装修復中です。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

扶桑の弘法

2014年02月05日
 全聾の作曲家のゴースト問題が一部マスコミをにぎわせていますが、何が驚いたかって、毎日新聞のネットニュースに「『交響曲第1番HIROSHIMA』は社会現象を起こしただけに…」と書いてあるのに、このニュースが出るまでそんな曲が存在したことをまるで知らなかった自分に驚いた。いつ社会現象になってたんだ!?だいたい「佐村河内守さん」の名前が出てきたとき、「徳島県の佐那河内村でなにか事件があったのか」と思ったくらい。
 佐那河内村は徳島市の郊外に位置し、一回行ったことがあるけどなかなか味わい深い山村で、世間の耳目を集める事件なんて起きそうにありませんなどという話はどうでもよくて、もう一回、扶桑のマイナー史跡の話題。
 ローカル媒体の取材で扶桑町で文化財指定されている史跡を片っ端から巡ったところ、町のパブリックイメージと同じく、実にこう、味わい深い物件ばかりだったのですが、中に一件、これはというものに遭遇。

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 扶桑駅から名鉄と並走する道を柏森方面に300メートルほどのところにある、恵心庵というお堂です。見た目はどうということはないが、由来がなかなか。江戸時代初期に処刑された近隣のキリスト教徒が埋められた場所がここで、慰霊のために祀った地蔵尊がこの庵の起源とのこと。へえ~。東海地方で近世のキリスト教関係史跡というのは、あまり聞いたことがない気がする。僕が知らないだけか。
 右の石柱は昭和12年建立の「扶桑三弘法第三番札所」標柱。キリスト教徒を慰霊しつつ弘法さんも祀るとは、扶桑の人も懐が深いというかなんというか…。あとの2つはどこやねん、と思って地元の郷土史家に聞いてみると、1番は扶桑駅東の民家の一角にあり、2番は扶桑駅北の宮島公民館にあるという。とりあえず今回の取材にはなんの関係もないので、次の機会に回ろうと思います(次の機会があるかどうかは不明)。

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 続いて、扶桑駅北西2.5kmほどのところに位置する「悟渓屋敷(悟渓寺)」へ行ってみると、こちらには昭和6年に建立された「扶桑二十一大師第五番札所」の標柱が。狭い町内で3弘法に21大師とは。郷土史家の方によると、さらに「丹羽郡八十八ヶ所」もあるらしい。そのうちいくつかは柏森の個人宅で管理されており、4/21にはお参りに回る人もおり、子供にはお菓子をふるまう風習があるらしい。うーむ、これはちょっと見に行きたいぞ。

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 あと、柏森駅北にある専修院に行ったら、ここには「当郡(丹羽郡)円光大師二十五霊場第一番」と「法然上人尾張二十五霊場第二十三番札所」の標柱があり(円光大師=法然。浄土宗の開祖)、さらに扶桑二十一大師の標柱もあった。狭いエリアにいろんな霊場が錯綜して、わけがわからん。詳しく知りたい人は「愛知札所巡り」という素晴らしいサイトをご覧ください。

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 あまりにシブい絵ばかりなので、最後は扶桑らしい写真でも…。江南市との境にある畑にて、小学生の体験学習で掘られた守口大根。僕も小学生に混じって抜いてみたら、スルスルっと抜けて実に気持ちよかった。ストレス解消に守口大根の収穫はいいかもしれない(誰がやらせてくれるんだ)。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0262

2014年02月03日
 今日、大須演芸場の終焉を見届けに行こうと思っていたのだが、昨日2歳児に風邪を移されて体調最悪だったので、やめといた。それほど大須演芸場に行っていたわけでもないしまあいいかと。
 最後は1/15の雷門獅篭の独演会。獅篭の「名古屋心中」がすごくよかった。演芸場の閉鎖は残念ですが「名古屋を語る」獅篭さんが名古屋の演芸を引っ張って行ってくれるでしょう。まあ、晩年の定席に出ていた芸人さんの半分くらいはちょっとアレでしたが…。快楽亭ブラック師が出ていなかったら、なかなか行こうとは思えなかった。
 それはさておき、先日とあるローカル媒体の取材で扶桑町のマイナー史跡を片っ端から巡っていたところ、扶桑駅南東の住宅地の中に忽然と現れる古墳に遭遇。

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 船塚古墳といいます。パッと見は古墳だかなんだかよくわからない。この反対側(奥の車の見える方)に小さな祠があり、地元の聖地(?)っぽいといえばそう思えなくもないですが。
 この茂みの中に、往年の全貌を紹介したカンバンがあった。

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 なんと昔は前方後円墳だったとは!こんなところに!?、
 現在残っているのは「後円」部分で、地元の詳しい人によると私有地だったので切り崩して畑にしたそうな。しかしこんなところに前方後円墳とは、唐突過ぎて笑える。隣りの犬山市には青塚古墳という大きな前方後円墳もあるけど(→●□)。

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 古墳跡地の畑には、木曽川中流域特有の、平たく丸い川石を用いた低い土留めが見られます。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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