新幹線見物名所

2014年01月31日
 火野正平が自転車で日本中を回るNHK-BSの「にっぽん縦断 こころ旅」を、朝よく見ています。寄せられたおたよりに記された、その人の思い出の風景的なところを目指すという趣旨なのだが、昨日放送の目的地はなんと知立。しかもわが町、上重原!思わず口をついて出た言葉は「よりによって!?」。
 
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(2013.05.14撮影。下も)

 テレビに登場したのはまさにこの場所です。パティオ池鯉鮒のすぐ西、R23バイパスの高架橋と新幹線に挟まれた丘の上から、疾走する新幹線を眺める火野正平…じゃない、2歳児。
 ちょうど碧海台地の浅い谷間を新幹線の築堤が貫いており、高架や防音壁で遮られることなく、新幹線の全景が見渡せます。知る人ぞ知る(主に地元民)、東海道新幹線の最高のビュースポットじゃないかと思っていたけれど、天下のNHKに取り上げられるとは。ここを推薦したのは知立の方でしたが、ナイスおたより!である。

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 猿渡川の堤防を整備する重機と、デカすぎる土地改良記念碑と、一瞬で走り去る新幹線の素敵な取り合わせ。「THE碧海」な感じである。

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 築堤の反対側、サークルK知立上重原店前から眺める風景ものびやかで美しいのである。地味だけどネ!なお、この写真はたまたま今週の火曜日に撮りました。
 しかしなんでまたこんな場所が採用されたのかと思ったら、今週はずっとテンションが低い火野正平が番組中にいわく「愛知県はおたよりが4通しか届かなかった」。もう2、3通来ていたら、ここでロケが行われることはおそらくなかったであろう。
(まさ)
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タイル張り郵便局舎の蹉跌

2014年01月30日
 我ながら呆れ返るばかりのしつこさですが、またまたタイルばなし。なお、タイトル末尾にネガティブな単語が続いておりますが、例によって特に意味はありません。まあ、仕事が溜まっているせいもある。
 知多半島のローカル媒体の取材でINAXの学芸員さんに話を聞いてからというもの、タイル張りの建造物ばかりに目が行くようになってしまったわけですが、かつて観察した建物もじっくり見直すといい仕事が施されてたりして、改めて驚嘆することもしばしばです。
 その一例、東栄町の南入口に所在する旧長岡郵便局舎。

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 東栄駅の近く、国道151号沿いに残る登録文化財級の名局舎です。このレベルの局舎が状態よく残っているのは、僕の知る限り愛知県内ではこれが唯一(ほかにもあったらすいません。思い出せないだけである気がしてきた)。世紀が変わる前までは、このような名建築の郵便局もちょくちょく見かけたもんですが…。
 10年前に作った「国道151号。151話。」(→●□)の自分の原稿によりますと、昭和13年の建築で、平成13年まで使われていたとのこと。僕は現役時代の平成3年に初めて行きました。当時は集配局で(平成7年まで)、板張りの集配事務スペースや什器なども味わい深く、感動したのを覚えています。
 で、昨年11月末に通りがかったので久しぶりに立ち止まって観察してみた。

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 なんとタイルの見本市状態!すごいねどうも。PCだと左下、スマホだと3枚目の写真のタイルは、表面がエンボス加工のように浮き出ている。スクラッチタイルとはまた違う風合いで公的機関らしい堅牢感と高級感を演出しています。
 あーシブ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

スクラッチタイルの煩悶

2014年01月29日
 しつこくタイルの話題。
 タイルの一種に「スクラッチタイル」というのがあります。表面にタテの溝が入った、シブい風合いのものです。

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 こういうの。
 明治時代、フランク・ロイド・ライトが帝国ホテルを建築するにあたって(明治村に移設されているヤツ)、常滑の陶器会社に開発・製造させた「スダレ煉瓦」のデザインをもとに作られたもので、大正末期から昭和初期にかけて流行したといいます。写真は、映画「20世紀少年」のロケ地になった東窯工業という老舗メーカーの入り口にあるもの。INAXライブミュージアムの向かいです。
 このスクラッチタイルを使った名品が、美浜町布土にありました。

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 大正15年製の標語入り時計台だ!場所は国道247号の旧道沿いの旧農協前。初めて見たのは4年前だけど、これまでタイルにさほど興味はなく、スクラッチタイルが使われていることは目に留まっていなかった。なお、2歳児がなぜ「シ」を指しているのかは不明です。
 あと、武豊ではスダレ煉瓦の名品も発見しました。

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 武豊小学校の校門だ!正月2日に武豊の武雄神社に参拝した時、武豊小学校が臨時駐車場になっていたので車を停めにいったところ遭遇した次第。

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 校門に取り付けられていた校章がまた凄い。錨を二つ組み合わせたデザインで、明治時代に開かれた武豊港が国際貿易港だったことに由来するのだろうが、楷書体の「武」の字が効きすぎてて海軍のマークみたいだ。
 あーシブ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タイル張りの防火用水の苦悩

2014年01月28日
 タイルといえば、ローカル媒体用に「いい絵」を求めて常滑市街を徘徊していたところ、全面タイル張りの防火用水桝(正式名称知らん)を発見しました。
 防火用水桝というと、一般的にはこういうシンプルで安手なものが多いと思いますが、

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(犬山市街にて)

 常滑市街の路地裏には、このような逸品が!

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 おお、さすがタイルの町である。田舎の民家の軒先や墓地には、タイル張りのシンク(でいいのかこの場合?)をよく見かけますが、ここまで凝った防火用水はあまり見た記憶がないです。

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 内側も美しいねえ。気泡のような大小のモザイクタイルは、古い便所や古い飲食店の玄関先あたりでよく見かける気がします。
 近所のおばちゃんによると、あまりの見事さに持っていこうとした人がいたけど(コレクター向けのバイヤーか?)、地面にしっかりくっついてて取れなかったらしい。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

TOBACCO陳列棚の憂鬱

2014年01月26日
 煙草陳列棚ばなしの続き。
 知多半島のローカル媒体の取材でINAXの学芸員さんに聞いたところでは、商店の煙草陳列棚は戦前からあるそうな。南知多町内のとある商店では「昭和15年に店兼家を新築したとき、たばこ陳列棚と店内のショーケースを一緒に新調した」という話も聞きました。良好な状態で残っているものは、もはや文化財指定してもいいのではないだろうか。

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(2011.09.29撮影)

 いい状態で残っている一例。大府市中心部にて。

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 この陳列棚のタイル、まるで煙草の煙のような白色が混じっています。学芸員さんによるとこれは「マーブルタイル」と呼ばれ、煙草陳列棚に多用されたそうです。昭和7年に春日井の廣正商店が売り出し、普及したとのこと。

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 南知多町大井には、戦前製と思われる廃商店の煙草陳列棚が残存。

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 一見するとありきたりのタイルですが(小口平=こぐちひら、と呼ばれる)、表面に梅と唐草を組み合わせたような模様が!

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 最後に珍しい事例を。美浜町奥田の廃商店では、なんと消防ホース格納箱の台座として再利用!うまいことはまったもんだね。
 あーシブ。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

TOBACCO陳列棚の製造元

2014年01月25日
 昨年終盤に、知多半島のローカル媒体で常滑のタイル史について詳しく取材する機会がありまして、それ以来、タイルの貼られた「煙草陳列棚」を細かくチェックするようになってしまった。これまでもちょくちょく載せてますが、こういヤツです。

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(東栄町中設楽にて。2013.11.29撮影)

 古びた商店のサイドによく見られるヤツですね。

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 古いものだと、台座部分にモザイクタイルが貼られております。これなんか、地味ながらいちおう「デザイン」が施されている。シブすぎるにもほどがありますね。

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(東栄町奈根にて。2013.11.29撮影)

 こちらのタイルもシンプルながら、いちおう「デザイン」されています。店内のショーケースも同じデザイン。店内外ワンセットで設えられたようで、他でもちょいちょい見かけるし、どうやらそういう例が多かったらしい。
 で、この棚の中を見ると製造元の銘板が!

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 大須の「たばこ陳列製造元 栗本洋家具店」製。この店、まだあるのだろうか?製造元が見つかって話が聞けそうだったら、いずれ知多半島のローカル媒体で原稿を1本、と思っていますが、さて。
 ただ、三河山間部ではけっこう頻繁に見かける気がするのに、いざ知多半島で探してみると状態のいいものは5、6個(この場合の数え方は何だろう?)くらいしか発見できず。うーむ、何が書けるというのか…。
(まさ)

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(2014.03.18追記)
 いちばん上の写真の廃商店、3月8日に通りかかったら取り壊されて更地になってた。
東三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)

リトル虫供養

2014年01月24日
 1/3は、虫供養小倉道場を覗いたあと、昼前には知多市日長の大龍寺で催されていた「小供養(こくよう)」もチラっと見に行ってみました。大野谷から派生して始まっためこの名前が付いたとかなんとか。噂には聞いていたが見るのは初。いろんな行事があるもんでうす飛騨位山(意味ナシ)。
 これは大野谷の北に位置する岡田、日長、新舞子の7地区持ち回りによる虫供養で、1/1~3の開催。7地区持ち回りと言っても地区ごとにさらに小地区に細分化されているので、7年に一度定期的に開かれるわけでもないらしく、表を見せてもらったが複雑すぎてさっぱり理解できなかった。うむむむ。

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 国道155号の近くには、開催を告げる大幟が立っております。

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 道場の大龍寺に行ってみると、ちょうど岡田の人たちがぞろぞろとお参りにやって来た。各地区が順々におまいりに来るのは“本”虫供養と同じ。南無阿弥陀仏の軸を中心に何種類もの軸を並べそれに向かって念仏を唱える形態も同じ。
 残念ながら時間がなく(2時までに日間賀島へ行かねばならなかったので)念仏は聞けなかった。来年また見に来るか…。

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 目を引いたのはお供え物。六角柱に丸い煎餅を貼り付けたものがずらっと!なんだこりゃ?聞くと「餅花みたいなもんじゃないか?」とのことだが…。これについて知っている人がいたら教えてください。
 年頭の知多半島の行事シリーズはいちおうこれでオシマイ。やれやれ。と言いつつ、日曜には師崎の左義長へいちおう取材で行きます。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

日々の虫供養

2014年01月22日
 1月前半は、いちおう取材ってことで「大野谷の虫供養」に通い詰めてました。
 虫供養とは、大雑把にいうと農作業で殺した虫を供養して五穀豊穣などを祈願する行事。知多半島では、大野谷(知多市南部と常滑市北部にまたがる地域)、阿久比、東浦で行われており、阿久比と東浦は米の収穫期に1日だけの実施ですが、大野谷では年末年始の22日間の開催となります。13地区の持ち回りで、ことしの当番は常滑市小倉。道場(会場)は「お江」ゆかりの古刹、蓮台寺。
 虫供養スタートの入仏式(→●□)に行った後、年内は行けなかったのだが、年明けからは10日間中、6日も行った。

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 1/2。知多四国の取材を始めた2008年から知多半島の寺へ行きまくっていますが、考えてみると三が日に行くのは初めて。見事な門松である。

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 1/3。年末年始にかけて当番でない地区が順番に当年の道場へ参詣するのだが、そのうち、大野権現地区に遭遇。「念仏は、全部の地区で少しずつ節回しや速さが違う」というので注意深く聞いたところ、確かに小倉とは違う!うーむ、全部聴き比べたいぞ。って、マニアックすぎるわ。

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 1/7。夜の通常のおつとめ(毎朝晩、念仏が唱えられる)が終わった後の余興で、常滑市北端地区の雄姿による「矢田万歳」披露。めでたいのう。なんでも矢田集落は、昔から芸達者や造形職人を輩出する土地だそうな。

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 1/8。百万遍(ひゃくまんべん)念仏。長い数珠をみんなで持って、念仏を唱えながらぐるぐる回すというもの。虫供養の役は男性のみだが、これだけは女性のみで行われます。

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 1/9。粥占いの「おためし」。農作物、海産物、鶏卵などが、今年はどれくらいの収穫量かを占うもの。詳しくは4年前のこちらを→●□

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 でもって1/10、最終日。みなさん22日間、お疲れ様でした。わたくしもちゃっかりお供えのおさがりをいただいて帰りました。ありがとうございます。
 しかし我ながら仕事熱心だなと思うが、この行事、僕の心を捉えて離さないのです。取材関係なしに本当は毎日でも行きたかったくらい。前にも書いたけど、この行事こそ知多半島の神髄だと思います。
(まさ)
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ぐるっと大井5、6キロ

2014年01月20日
 1/12はいちおう取材で、南知多町大井で行われた「二十八社めぐり」に参加してきました。去年の秋から大井づいております。
 これは、大井に祀られている28の神様をみんなで巡るという行事。江戸時代末期に始まり、いつのまにか廃れてしまったものを、34年前に地元有志らが復活させたとのこと。告知等に「ハイキング」と銘打って地元の子供たちも取り込み、今回は主催者発表で出発時350人にも参加があって驚いた。中高年だけのささやかな行事かと思っていたが、地元に定着した人気行事のようです。
 大井は、東側は海、他の三方は山に囲まれており、神様はそのほとんどが普段は人が行かない山の中に祀られています。そんなに大きい集落でもないので歩く範囲はたかが知れてるし、山もそんなに高くないから楽勝!朝が早くさえなければウチの2歳児も連れてきたかったなー、とか思っていたら甘かった。

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 メチャクチャ険しいやんけ!
 もちろんこんな道ばかりではないが、登っては下り、下っては登りの繰り返し。距離にしたら10kmにも達していないと思うけど、あまりの登り下りのハードさにめげそうになった。9時に集落の真ん中にある豊受神社をスタートし、漁港の北側ゴールしたのは15時過ぎ。くたびれ果てました。中には、午前だけ参加、午後だけ参加、昼食のふるまいだけ参加という人も多かった。

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 昼は大井地内の公園で1時間の大休止。長い休憩だなと開始前は思っていたけど、確かにこれくらい休まないと私のような運動不足の老体は回復しない。
 写真は、地元の厄年の皆さんによる豚汁のふるまい。使っている味噌は大井の蔵元、徳吉醸造の味噌か?めちゃくちゃ美味かった。この蔵の商品は、僕の中では豊田の枡塚味噌、碧南の加藤醸造場と並ぶ愛知県のベスト3味噌です。

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 途中には、漁師町らしくタコのブツ切りのふるまいも。こいつも美味かった。

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 今回の僕にとっての最大の見どころは、南知多道路の西側にある仏山。大井の町の中にある医王寺(知多四国30番札所)が最初あった場所で、1200年前に空海が知多半島に上陸した際も仏山の医王寺で護摩修養を行ったとされています。どんなところかと前から気になっていたのだが、こういところでした。昭和30年前後に建立されたと思しき標柱が建っているだけですが、けっこうな山の中でなかなか雰囲気はいい。

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 そして木々の間からは絶景が!
 ちなみに、二十八社の大半はこのような標柱が建っているだけで、祠のようなものは数か所しかありません。参加者は写真のように、標柱の上に賽銭を置き、拝んでから、次へと向かいます。
 この二十八社めぐりでは、番外として村域北端の高台にある幕末の史跡「のろし台」にも立ち寄ります。よくわからないのは、のろし台にも賽銭をあげ、皆がのろし台の遺構に向かって手を合わせること。ナゼ?
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

秘技!歩き打ち

2014年01月18日
 1/5はいちおう取材で、南知多町大井で行われた「恵比寿・大黒祈願祭」を4年ぶりに見に行ってきました(前回→●□)。大井は弘法大師が1200年前に上陸した地として知られる漁師町で、町外れに別々に祀られている恵比寿さんと大黒さんをめぐり、御祈祷するもの。先の日間賀島のたこ祭り同様、観光客が見に来る類の行事ではありません。

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 祭礼には、サイドに恵比寿さんと大黒さんの絵が掲げられた簡素な山車(?)が登場します。山車を中心とした祭礼行列は、町の中にある宝乗院を8時半すぎにスタートし、まずは港に面した山の上にある恵比寿さんへ。御祈祷の後、餅まきをし、続いて山手のほうにある大黒さんへ。ここでも同じように御祈祷ののち、大井小学校の校庭で餅まき。それから集落の中をぞろぞろ歩いて宝乗院に戻り、11時過ぎに終了。

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 山車が動いている間は、カセットテープで「伊勢音頭」を流し、それに合わせて太鼓を叩き続けてにぎやかします。山車の太鼓といえば、山車に人が乗り込んで締太鼓を打つのが一般的かと思いますが、この祭礼の場合は最後尾に積んだ御祈祷用の平太鼓を、打ち手が中腰で歩きながら打つというもの。これはかなり大変なことですよ。しかも打ち手は77歳!最後までパワーは落ちずリズムも乱れず、世に知られてはいないけどまさしく太鼓の名手です。

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 ちなみに大黒さんはけっこう古そうな石像。なかなかカワイイ。魚が2匹、供えられているのが漁師町らしい。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0261

2014年01月14日
 日間賀島の主目的は、1/3に日間賀神社で行われた通称「たこ祭り」です。日間賀島の代名詞はタコだし、名前からして見物客が詰めかけそうな感じがするけれど、特に宣伝などはしていない模様。情報があまりに少ないので、前日の1/2に段取りを確認に行ったわけです。
 流れはだいたい以下のとおり。

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 1/3の朝、村人たちが神社に集まって、干しダコを蒸して、ブツ切りにし、日本酒をまぶして揉み、束にして神饌を作ります。午後、神前にそれを供えて神事を執り行います。そのあと浜に出て、神職たちが弓を引いての吉兆占い。

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 それから社務所に戻り、神饌のタコを皆で食べて(作法があるが細かいので省略)、おしまい。
 人気の高い祭礼のような「ヤマ場」などは特になく、地元の東地区の人だけでささやかに行う正月行事で、実に味わい深かったです。的当て神事のときだけ、たまたま浜辺を散策していた観光客がギャラリーに加わった程度。
 なお、神饌を作り終えてから神事が始まるまでに4時間もあったので、いったん本土に戻って2か所で他の行事の取材をこなしてきました。我ながら正月早々頑張るねえ。

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 このタコを食べさせてもらったのだが、とても美味。まさに酒の肴。帰りしなにどっさりいただいたので、天気もいいことだし酒でも買ってタコをクチャクチャ食べながら最終便までのんべんだらりんと過ごした…いところだったけど、仕事があったので16時前の便で帰ったのであった。嗚呼。
 で、船待ちの間に東港の待合室で見つけた観光案内カンバン。

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 内海フォレストパーク、伊良湖フラワーパーク、旧蔵王山展望台、三ヶ根山回転展望台など、航路や鉄道も含めてなくなったものがいろいろ描かれている珍品です。ファンシーなロゴがいかにも昭和末期っぽい。あと、中日の2軍がむかし本拠地にしていた「阿久比スポーツ村」が大きく描かれているのもポイント高い…かな?2軍を独立採算制にして「阿久比ドラゴンズ」にすればよかったのに。なんか弱そうだけど。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

郡ロード

2014年01月13日
 今年は、2日から昨日まで知多半島の行事取材ラッシュで、11日中8日も知多半島のシブい行事を見ておりました。その一環で、昨年は一度も渡らなかった日間賀島へも今年は2日・3日と連発で行ってきた。
 漁港では正月ということで、ド派手な大漁旗が強風にバサバサ揺れておりました。日間賀島、篠島、師崎は漁船も多く、なかなか壮観です。

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 そして浜には、タコ漁の仕掛けがドカドカ積まれておりました。

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 まあ、正月でなくても見ることができますが。
 そんな正月気分に包まれた(?)日間賀島をウロウロしていたところ、中学校の前でこのような石碑を発見。

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 大正12年に建立された「郡制記念道」の石碑です。
 今では町・村の住所を書くときしか使いませんが、かつて「郡」は県と町村の間にある歴とした行政組織なのでした。しかし、郡制が廃止されたのは大正12年。ということはこの碑は、郡制施行記念ではなく郡制廃止記念ということになる。廃止記念に道を開いたとも考えにくいが、どういうことだろうか?

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 これが郡制記念道。要は、日間賀島の東の集落と西の集落を結ぶ道です。学校や支所はこの道沿いの、ちょうど中間に位置しています。

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 このへんからは、松の木ごしに篠島や渥美半島が見えます。ああ、美しい…けれど、正月早々いちおう仕事で来ているんだよなあ。微妙な正月気分でありました。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0260

2014年01月12日
 今日は南知多町大井で開催された「二十八社めぐり」という民間信仰とハイキングをミックスしたイベントに同行取材してきまして、山を何度も登り下りして約5時間、2万4千歩も歩いてくたびれ果てた。のですが、その話は後日にしまして、とりあえず千葉県各所で見つけたカンバンなど…。

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 松戸にて。いま「町づくり」という言葉に「たばこ」をのっけたら大騒ぎになりそうだ。

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 JR成田線の安食駅前にて、町のキャラが描かれ、ホームページアドレスまで記載してあるような新しめのカンバンなのに、文字が手書きというのは珍しい。やる気に町の予算が追いついていないというところでしょうか。

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 印西市の松虫寺という古刹にて。観光案内カンバンに、紙媒体のような人物切り抜き写真を配するのは珍しい。しかも男は外人?どういうシチュエーションを想定?成田空港が近いからって外国人観光客が来そうな町ではない。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

新交通システムと2歳児

2014年01月11日
 千葉より戻ってきてからちょっと忙しく(連日の知多半島の祭礼・行事取材や細かい仕事等)間が空いてしまいましたが、千葉ネタ。
 31日、ヒマつぶしに2歳児を連れて、前から乗ってみたかった「山万ユーカリが丘線」に行ってみました。佐倉市の新興住宅地を一周する鉄道で、いわゆる「新交通システム」です。東海地方でいえば何年か前に廃止された桃花台線と同じですね。宅地開発会社の山万が団地造成と同時に敷設した路線としてマニアには有名…というか、もう開業から30年もたってるんですねえ。
 そんなわけでバスと電車を乗り継いで、やってきましたユーカリが丘駅。15分ほど待つと入線してきたのは、その名もびっくり「こあら号」だ!

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 遊園地か!

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 ホームには顔出し記念撮影ボードまで!完全に遊園地である。

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 すごいペインティングである。どこへ連れて行かれるのか?モンキーパーク?いや、サルじゃなくてコアラか。思うに桃花台線の敗北は、ユーカリが丘線のように子供ウケを考えなかったからではないだろうか(そういう問題ではない)。
 一周乗ってみましたが、傍から眺める分には普通の団地にしか思えず、車体のコピーのようにどこに未来が見えるのかわかりません。けど、車内の広告掲示スペースにはユーカリが丘事業の紹介広告がバンバン貼られており、それによると「順調発展、前途洋洋」だそうです。

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 途中下車した「中学校前駅」近くにあるフツーの公園で、午後のひとときを楽しむ2歳児。どこだかよくわからない異郷の団地で地元民ヅラして遊ぶというのは、なんともいえずシュールですな…。
 どうでもいいけど「ユーカリ」の由来はなんなんだ?
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

謹賀新年2014

2014年01月03日
 あけましておめでとうございます。

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千葉県北総方面の神社にて

 今年は1月2日から知多半島で取材が入っていたのと越年仕事がたまっていたため、妻子を千葉に残してひとり元日の夜に帰ってきました。今年もなんとなく厳しい滑り出しであります。
 すでに現地からいくつか投稿しましたが、滞在中は義父母の車を借りたり電車に乗るなどして、あっちこっち動き回っておりました。

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 ドジョウを眺めたり。成田近辺の名産らしい。

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 鋸山に登ったり。ノリノリのハハを冷ややかに見つめる2歳児である。

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 そして富士山に登ったり。これは「京成佐倉駅前富士」と呼ばれる千葉県きっての名峰である。

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 あとHINOMIもいくつか見かけました。割と残ってそうな雰囲気が千葉にはあるぞ。
 千葉県は、風景の広がり具合や町の構造が根本的に東海地方のそれとは違う感じで、実に興味深い。今後はちょくちょく行くことになると思うので、千葉のマイナーな部分を攻めきる所存です。って、地元ネタもただでさえマイナーなものばかりなのに、ますます読む人がいなくなるわ。
 そんなこんなで今年もよろしくお願いいたします。
(まさ&まり)
千葉雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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