入口に蛇口

2013年12月31日
 昨日の松戸競輪場へは、諸般の事情でまたまた成田山に参拝したのち、成田からJR成田線→常磐線経由で行きました。成田線は、成田から我孫子まで千葉県の北端を走る路線。松戸もさることながらこの線も東海地方の人間にとってはまったく馴染みがないことでしょう。
 乗ってみたらけっこう味わいのあるローカル線でよかった。特に東半分は田園風景の向こうに印旛沼がちらちら見え、なかなか雄大。この感じは東海地方ではあまりないです。あえてたとえるなら…尾西線?
 駅舎もレベル高いのがいくつかあったので、今朝車を借りて回ってみました。



 下総松崎駅。シブい、シブすぎる!



 駅舎入口にはこれまたシブいタイルの手洗い場が。



 安食駅。駅頭の石段とセメント瓦でシブさ倍増だ!



 ここにも入口に手洗い場が。今まであまり気にしたことなかったけど、この場所にあるものだっけ?ホームではよく見るが…。関東流だろうか。



 小林駅。前の2駅に比べると若干格落ちかな。



 しかしホームを覗くと古い琺瑯製の行き先表示板が!シブい。
 てな感じで今年も地味なところで終わってみました。今年は二回の東北行きをはじめかなり動き回ったわりにぱっとしない一年だったので、来年はこう、ぱっと、ぱっとサイデリア。古いねどうも。
(まさ)
 
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パインドア

2013年12月30日
 本日のケイリングランプリは、豊橋の金子貴志が弟子の深谷知広に乗って優勝という、実に素晴らしい結果で幕を閉じました。深谷は残れなかったけど、2着はラインの浅井康太。仲間の絆、師弟愛、地域の結束等、現代日本に必要とされるものをレースで表現したかのようです。豊橋コンビ万歳。豊鉄市内線で花電車を走らせるべきだ!
 ここまで絶賛するのは、おかげで千葉までの往復二人分の旅費を取り返したからである。はっはっは。



 そんなわけで、今年は千葉県の北西端に位置する松戸競輪場での観戦となりました。JR常磐線の沿線です。
 東海地方の人間にとっては全く馴染みのないこの町、僕も競輪場がなければ生涯来ることはなかったと思います。
 で、勝利の余韻に浸りながら、暮れなずむ市街地を散策してみました。



 特にどうということもない橋上駅である。



 西口が「本町」らしい。



 首都圏らしい駅前の狭苦しさが活気を醸し出しているというか、まあ、負けてたらいい町には到底思えなかったでしょう。勝手なもんである。



 ところが東口に行くと、品揃えのたいへん素晴らしい良文堂という書店があり、これだけで町の評価が一変しました。文芸書・文庫フロアには高野秀行、宮田珠己、内澤旬子ら「本の雑誌」系作家の著作を集めたコーナーがあるし、レジには作家たちのサイン色紙が飾られているし、有名書店に違いない。ここらへんはさすが東京近郊です。
 豊橋には「精文館、競輪場、市電」があり、松戸には「良文堂、競輪場、流山鉄道」がある。いい町には共通点があるということである。
(まさ)
千葉雑 | Comments(0) | Trackback(0)

玉ガッキー0003

2013年12月29日
 義父母が千葉県に引っ越したので、今年は千葉で年越しです。昨日、新幹線で東京まで来たのだが、2歳児が車内でギャーギャー喚いたり、駅のホームでマンガみたいにひっくり返って駄々こねたり、まあ参った。
 で、着いてさっそく成田山へ参詣(嫁の用事があったので)。当然ですが犬山の別院ではなく、成田市の本山のほうです。



 去年の秋に来て以来です。初詣準備を整えて、あとは正月を待つばかり状態。新年前なのにけっこう参拝客がおり、さすが全国区の観光地といったところ。



 ここの面白いところは、なんと言っても奉納玉垣でしょう。さすが東京に近いだけあり、独特の江戸文字がわんさか。東海地方では見た記憶がない(気に留まってないだけかもしれんが)。



 江戸の火消しの信仰も集めていたらしく、め組、ろ組等の玉垣に加えて、火消しの奉納モニュメントもありました。
(まさ)
千葉雑 | Comments(2) | Trackback(0)

大葉のゆくえ

2013年12月28日
 また間に挟まりましたが、もういっちょ「そう41号」の連動ネタ。
 創刊号から10年間「わが町の小学校」という企画を受け持ってきましたが(→●□)、前号で区切りということにしまして、今号から新しい企画を始めました。「三遠南信の特産品や三遠南信発祥のモノが、他の地域でどう扱われているか?」というのがテーマです。分かりにくい?
 1回目は「シソ巻き」を取り上げました。これです。

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 味を整えた味噌を大葉(青シソ)で巻いて揚げた、惣菜です。
 これを特産としている地域が全国に2か所あります。それは、浜松と東北中部。愛知県でも総菜コーナーに何食わぬ顔で置いてあるスーパーがあるので、どこかの特産とはたぶん認識されていないのではないでしょうか。
 なぜ、かけ離れた二つの地域の特産になっているのか。そして、東三河を代表する農作物である大葉を使っている東北のメーカーはあるのか。この二つを探るべく、浜松、山形、宮城をめぐる旅に出たのであった!このブログで9月にとつぜん東北旅行の話を書いたのは(→●□)、シソ巻きの調査が目的だったのです。
 このネタは、現在発売中の41号と3月上旬発売の42号の2回続きモノになっていますので、興味のある方は買って読んでくださいませ。

 いろいろ調べたところ、山形県最上町にある「三和食品」というメーカーが、主に山形県内のスーパー向けにシソ巻き用として、東三河産大葉を通年仕入れていることが判明。そんなわけで夜行バスで仙台まで行き、レンタカーを借りて車を走らせること2時間、やって来ました最上町。

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 のどかな盆地の中にたたずむ三和食品。山形では惣菜メーカーの大手です。

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 荷物の発着スペースに行くと、大葉がどっさり入った東三河温室農協の箱が!大葉もわたくしも、よくもまあはるばる山形まで来たもんだ。ただし、東北の全てのシソ巻きメーカーが東三河産を使っているわけではありません。

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 手作業で巻いて、揚げる。
 浜松と東北の違いは、味噌の中につなぎにとして小麦粉を混ぜること。そして、東北の方が一回り大ぶりであること(小ぶりなものを作るメーカーもある)。また、浜松のものはご飯とセットにするのがベストですが、こちらでは単独で食べたほうがいい。大葉のパリパリ感と味噌タネの弾力が素晴らしく、やみつきになりますよこれは。
 山形の最上地方からから宮城の南三陸まで回って調査したところ、浜松よりも東北中部のほうがポピュラーなようです。新庄のスーパーでは、最上エリアの小さいメーカ、個人商店、農協婦人部的なグループが手掛けたシソ巻だけでワンコーナー儲けられていたほど。地元では、買うものではなく自宅で作るものという感覚の人も多いようです。南三陸の復興商店街の店の人は「ウチで自宅用に作るのは平ぺったいよ」と言っていた。何それ!?
 シソ巻き調査は今後も継続…したいなあ。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

イルミネーションと2歳児

2013年12月25日
 今晩は嫁がお茶の稽古に出かけたので、ヒマつぶしに2歳児と二人で夜の碧南を徘徊してきました。たしか芸術文化ホールのあたりで毎年イルミネーションをやってたような…とうろ覚えだったのだが、行ってみたらやってた。

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 おお、なかなかのもんではないか。
 並木のイルミネーションは芸術文化ホールから南へ数百メートル続いており(三河線の東を並走する道で)、その先は新川の橋のあたりまで、何かの像や民家や商店の外壁イルミネーションが途切れ途切れに現れる。車で走ってゆくと「おお!」→「あれ?」→「ほう」→「あら?」って感じでした。

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 終点は、新川の橋を渡ったところにあるセブンイレブン碧南福清水店の向い。2歳児は「コレはすごいネ!」と大喜びであった。なお写真は、三脚立ててセルフタイマーで撮っております。夜に親子で何をやっておるのか…。
 ちなみにこのイルミネーションのカーテンの向こう側は稲安醸造という味噌・溜の蔵元。今も自社醸造しているかどうかは不明。知っている人がいたら教えてください。
 碧南のイルミネーションといえば以前、棚尾の火の見櫓にイルミネーション装飾が施されていましたが(→●□)、このあと見に行ったらやってませんでした。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

美しい三角形のブルース

2013年12月24日
 今日も「そう41号」の連動ネタ。というかボツネタ。
 地名探訪のコーナーでは、キーワードが「衣」に決まった段階から新城市乗本の栗衣を取り上げるつもりでおりましたが、話題の少ない集落であることはわかっていたので、万が一の押さえとして田原の衣笠山も撮っておくことにしました。で、結局使わなかったのだが。
 衣笠山は田原市街の北西にそびえ、標高278.4mの渥美半島では二番目に高い山。隣りの蔵王山に比べるとけっこうマイナーですが、ハングライダーをやる人には知られていると思います。8年前、「そう10号」の取材でウチの嫁が衣笠山の山頂から飛んでおります。

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(2005.11.28撮影)

 わが嫁ながらたいしたもんである。僕もどうかと言われましたが、丁重にお断りして撮影に専念した次第。ちなみに嫁は石川県のタウン誌勤務時代にも白山近くで飛んでいるそうな。
 そんな話はどうでもよくて、衣笠山で原稿を書くとしてもどういう展開になるかまったくわからないので、とりあえずいろんな方向から撮ってみました。

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(2013.02.14撮影。以下同じ)

 東側、田原市消防署あたりから見た衣笠山。

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 南東側、衣笠小学校付近から見た衣笠山。

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 西側、仁崎海岸から見た衣笠山。シブい、以上!って感じで、特に話は広がりそうにないのであった。そもそもわたしゃ山にはそんなに興味ないしね…。

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 ちなみにこの日は単に写真を撮るだけだったので、1歳児(当時)を連れて回ったのだった。たった10か月前なのに、今と比べるとずいぶん小さく見えるなあ。
(まさ)

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東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

眺めのいい墓地のブルース

2013年12月22日
 間に虫供養が挟まりましたが、前々日に続いて「そう41号」の連動ネタで栗衣の話の続き。
 栗衣集落の墓地は村はずれの巨木の下にあるのですが、ここからの眺めが実に素晴らしい。北側は集落で前々日に載せた写真のとおり。南側は折り重なる南設楽の山並みが広がっております。

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 なんという爽快な風景の墓地であろうか。
 栗衣よりもう少し奥にある大平集落は、民家が高所に散らばっておりどこも眺めがいいのですが、墓地はそんな集落でも最高所にあって素晴らしい絶景です。

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 最初にこの村を開いた人が「俺が死んだら見晴らしのいいここに埋めてくれ」なんて言ったのだろう、たぶん。
 奥に横たわる雁峰山の中腹に見える高架橋は、建設中の新東名。設楽原古戦場を横切り、飯田線と豊川を一気に跨いで、栗衣集落の真下をトンネルで抜けています。集落手前ではトンネルの工事現場が見下ろせました。

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 地元の人によるとトンネルは民家の直下50mにぶち抜かれており、掘削工事中は地響きがけっこうすごかったらしい。
(まさ)

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

虫供養の入仏式0002

2013年12月21日
 今年も「大野谷の虫供養」のシーズンがやって来ました。知多半島の大野谷(知多市南部~常滑市北部の通称)で年末年始の22日間、田畑で殺した虫を供養し、五穀豊穣を祈る行事です。13地区が持ち回りで「道場」と呼ぶ小屋を1ヶ月間設け、その中に各種掛け軸を並べ、毎日村人が集まって念仏を唱えます。詳しくはこちら→●□
 今年の当番は常滑市小倉で、道場はお江ゆかりの寺として知られる蓮台寺。20日の午前中、開会儀式「入仏式」へ3年ぶりに行ってきました。来年、半島南部のローカル媒体に載せる予定。

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 過去見に行った3回は、大興寺地区(→●□)と西之口地区が仮設のプレハブ小屋、南粕谷地区(→●□)が公民館で、今回は境内か駐車場に仮設小屋でも建てるんかいなと思ったら、本堂じたいが道場だったので驚いた。
 ちなみに数年前、小倉地内の知多四国67番札所三光院が老朽化したため、こちらの境内に弘法堂を新設して札所を移転するという「珍事」がありました。

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 いつもと雰囲気が違い、写真だけ見ると普通の法要のようです。しかしこの行事は地区が主導なので、導師は地区の人が務め、住職らは後方に座っている点がポイント。なお小倉の場合、前々回の24年前はここ蓮台寺、前回の12年前は近くの蓮生寺と寺を道場にするのが通例とのこと。

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 入仏式に先立って行われた、虫供養の道具の運搬行列にも随伴してみた。リヤカーに神輿みたいなものを載せてこの中に軸を入れ、鉦を鳴らしながら村の入り口(大野との境の勅使橋)から道場まで運びます。役員の中には地元の会社の若き社長さんもいて、雄姿(?)を見ようと従業員の皆さんが沿道で待っていたのは実に微笑ましい光景でありました。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

マロンコート

2013年12月20日
 毎度おなじみ、春夏秋冬叢書の季刊誌「そう41号」が少し前に発売されております。

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 今号よりサイズがA4からB5に変更になっております。雑誌のリニューアルで小型化というのはあまり聞いたことがなく、さすがウチの編集長は大胆です。12/10には創刊10周年イヤーのトリを飾るべく「10周年記念出版『山本宏務写真集 晴れの日と常の日と』発刊記念パーティー」が穂の国とよはし芸術劇場プラットで開催されました。
 雑誌はリニューアルしたけれど、創刊号からずっと受け持っている「その号のキーワードが付く地名探訪」は引き続きやっております。今回のキーワードは「衣」ってことで、新城(旧鳳来町)の乗本にある小集落、栗衣を取り上げてみました。「くりぎぬ」と読みます。
 過去40冊で取り上げた中でも、まあ3、4番目くらいにマイナーな地名でしょう。どこかというと、2か月ほど前にも少し触れたのですが(→●□)、このへんです。


大きな地図で見る

 記事を書くにあたって、歴史や祭りの面白いネタがなんかないかと文献を漁り、地元の人に聞き回ったけれど、とくにこれといった話題がなくて弱った。でも書いた。なぜかというと、あまりにいい集落なのでどうしても紙媒体に載せたかったからです。「自分が書かなくてどうするか!」ってなもんで。三河人でもないくせに我ながらたいした気概である。
 写真を撮ろうと集落を不審者のように徘徊していたら、むかし集落の幹線道路だったと思われる古道を発見しました。かつて「島根県の歴史街道」(樹林舎/2006年)なんて本を作ったくらいなので古道にはウルサイわたくしですが、この道は県指定史跡級のハイレベルで驚いた。

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 斜面に開かれた道は、一人がかろうじて歩ける幅しかない!

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 この道を歩いてゆくとやがて村が見えてくる!

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 村境には巨木と墓地が!

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 そして墓地の眼下に広がるステキな雰囲気の村!って、いちいちビックリマークをつけることはない。
 残存古道の距離は短いですが、前後を探ればもっと痕跡が発見されるかもしれません。この年末年始、ヒマで何もやることがない人はぜひ行ってみてください。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

運転、運転、また運転

2013年12月13日
 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 これまで県内のさまざまな公園をさまよってきましたが、うちの近所にある「刈谷市児童交通遊園」は最強の公園のひとつでしょう。狭い敷地に有料乗り物がわんさかある遊園地なのですが、カブリツキ状態で楽しめるものが多いので子供も満足、料金はすべて50円(動かないSLや市電はもちろんタダ)なので大人も満足。子供が生まれる前からずっと気になってて、満を持して2歳になってから3回ほど行っております。行政のいい仕事の見本です。刈谷市バンザイ。

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 空飛ぶ動物を操縦する2歳児。微妙な絶景が楽しめます。

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 計器を真剣に見つめる2歳児。これはゲーセンにもありますが。

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 メカニカルなD51の運転席は大人もアガるが、2歳児には思ったほど面白くなかったようで、すぐ下りた。

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 そして名古屋市電。運転席の背後にはなぜか昭和46年の運転系統図が貼られているという芸の細かさ!寄贈(購入か?)されたとき、こんなものまでオマケで付いてきたのだろうか。2歳児に運転ごっこをさせておいてじっくり見てしまう地図マニアの父であった
 ここで子供と遊べたらもう西三河に未練はないとか思っていたけど、3歳未満乗車不可のジェットコースターとグレートポセイドンに乗るまでは、まだ西三河から去るわけにはいかないのである。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0259

2013年12月10日
 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 先週アタマ、未訪の公園で遊んでみようってんで、安城市街にほど近い秋葉公園というところに行ってみました。県道岡崎刈谷線に標識(白地に青枠のパブリックな感じのやつ)が出ており、前から気になっていたので。
 そこそこ広い敷地に、丘あり、林あり、池ありという、昭和40~50年代に整備されたと思しきしっかりした公園でしたが、その片隅では住むところのないオジサンが気だるそうに寝転がっていて驚いた。

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 やる気ゼロ!こういう大人になっていけませんよ、という子供へのメッセージなのか!?足の裏に滑り台が付いていたので滑らせてみたけれど、滑りも悪くてイマイチ盛り上がりに欠け、1回で終了。

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 オバケキノコから逃げ出す2歳児。そういえば北安城には巨大クジラが惰眠をむさぼる公園もあったし(→●□)、メルヘンの町づくりを推進しようと目論んで失敗したものと思われます。ただ、傘の部分は見事なモザイクタイルが貼られており、仕事自体は悪くない。
 そんな珍奇な秋葉公園で遭遇したカンバン。

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 味わいのある書体とともに、豊橋発祥の530運動のキャラ、美化子ちゃん(勝手に命名)が!ヌートリアのようだ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

初めてのチンチンでんでん

2013年12月09日
 富岡から豊橋方面へと南下しはじめたところで2歳児が目覚めたので、趣味の廃校探訪は打ち止めにしまして、豊橋で遊ばせることに。「ここにことちんちんでんでん、どっちがいい?」と聞くと、迷うことなく「ちんちんでんでん!」と答えた。「ここにこ」は豊橋の子育て支援センターの中核的施設で、屋内遊び場がけっこう広くて快適、自分の一休みにも最適かと思っていたのだが、やはり電車にはかないません。
 そんなわけで、松葉公園地下駐車場に車を停めまして、旧東海道を少し歩いて札木電停へ。何回か見ているけど(これとか→●□)、実際に乗るのは初めてです。「まえ、のったよね!」「乗っとらへんて!(岐阜弁)」。何を勘違いしているんだ。

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 おっと、ハナからテンションがあがってまいりました。「おとうさん、じてんしゃ!」。でんしゃ、ではなく?

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 何かと思えば豊橋競輪のラッピング号なのでした。お前ってヤツは…。そりゃまあ、レース映像をちょくちょくいっしょに見てますけど、遠くからでも車体正面にあしらわれた競輪のロゴを見てわかってしまうのだから、末恐ろしい。
 やって来た運動公園前行きに乗り込み、車に揉まれる国1区間や東田の坂を存分に満喫したあと(僕が)、テキトーに井原で下車してみました。

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 狭い、狭すぎる!こりゃ怖い。2歳児をホールドしながらムリヤリ撮ったので、写真が傾いております。
 なお。競輪場前や東田も怖いので、子連れのマニアの方は終点まで乗ることをおすすめします。

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「次は競輪場前」のアナウンスに反応し「おりる~」と言いましたが、当然無視してそのまま札木まで戻りました。最後、降車ボタンを押させることも忘れません。
 帰りは、札木電停最寄りのサンヨネ本店で買い物して帰りましたとさ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(7) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0258

2013年12月08日
 奥三河ではないですが、新城の南東部に位置する富岡にも、奥三河周遊の途上で一年ぶりに通りがかりました。
 この地区の真ん中に、富岡小学校跡(八名小学校の前身)の広大な広場があります。まったくなんということもないんだけれど、出雲地方における宍道湖のようなというか、知多半島におけるりんくう常滑のようなというか、なんとも心がぞわぞわさせられる奇妙に空虚な空間が、通りかかるたび僕の心を捉えます。ヘンタイか。

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 敷地の奥には立派な公民館が。

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 そして敷地の片隅には、いかにも学校にありそうな巨木がぽつんと生えています。ぞわぞわしません?しませんね、ハイ。
 この木の下に来歴紹介のカンバンが立てられており、なかなかポエムな感じで面白い。

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 すいりゅうひば 「ひのき科」
今、この老木の前に立つとき、
元富岡小学校の中庭に深い緑のかげを湛え、
その頑丈な幹と枝の張りは、たくましさの象徴として、
かつて少年少女の心に刻まれてきた。
はるかな年月を乗り越えて様変わる世の移ろいを、
どんな思いで眺めていることだろう。
この老木が旧八名高の校庭から移された木であることを思うとき、
どうか一日でも長生きすることを願ってやまない。

(原文ママ。,改行引用者。旧八名高=八名高等小学校のこと)

 書き手の気持ちはわからんでもないが、どんな木なのかはわかりにくい…。こういうカンバンの設置予算の出どころはどこなんだ?
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0257

2013年12月07日
 先週末の「3日続けて奥三河」周遊では、東栄町振草と同じく久々になる旧鳳来町北西部の愛郷というところにも行ってみました。国道257号からちょっと山へ入ったところ…というか、この国道の旧鳳来町区間を走る人もあまりいないでしょうが。


大きな地図で見る

 このあたりです。
 この地区にある旧愛郷小学校も久々にチェック(上の地図のピンは旧愛郷小の位置ではありませんので念のため)。校庭に銀杏の葉が敷き詰められるように散っており、見事。

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 この廃校は、二宮金次郎像の珍品があることで一部マニアにはよく知られております。ふつう二宮金次郎像といえば薪を背負って歩きながら読書するという姿ですが、ここはなぜかレリーフ状で、しかも年を取ってからの姿。「学ぶ」面よりも「偉人」面が強調されている感じ。

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 初めてこれを見たのは20年ほど前。三遠南信マニアの友人と二人、海老から愛郷経由で布里まで廃校やマイナー集落をチェックしながら歩いた途中に寄ったのでした。なんというか、我ながらやってることにまったく進歩がないのである。
 校庭の片隅では、20年前に見落としていたカンバンを発見。愛郷公民館が設置した村の史跡案内です。同好の士であるSさんが既にブログに書かれていますが、面白いネタなので後追いします。

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 よく読むと史跡案内ではなく、とんでもない事件が記されている。

時は万治3年4月22日春もなかばすぎ
平和な恩原村に突如一大事件が起こった。
恩原村豆栃に住む七郎右エ門親子が
家内の者を皆殺しにし
又、い合わせた近くの長兵エに嫁いでいた娘
男女2人の孫まで殺害し
死体全部を軒下に埋め
夜に及んで自分の家に火を放ち
なお近くの家8軒を焼き払い
翌23日の夜またも村の上方にあった5軒を焼き
倅の喜兵太と共に作手小夫田へ逃げ
そこでも2人を打ち殺した。
喜兵太は鉄砲で自殺したが
七郎エ門は24日ひそかに村に帰り
組頭の小佐エ門方へ立ち寄って村のようすを聞き
自分の死後の死体の後始末について小佐エ門を通じ
竜頭山正眼寺(明治6年廃寺)の住職に頼み
自分はスドチ洞に登り無残な我が家敷に黙想し
未だ各所の焼跡から立ちのぼる煙に
全心の笑みを浮かべながら
指を切ってその血でさらしに意趣を書き残し
切腹して果てた。
恩原村字峯の俗にいう腹切畑である
 愛郷公民館

(原文ママ。改行引用者。万治3年は1660年)

 400年も前のこととはいえ平和な村にこんな凄惨な事件があったとは…とか言ってる場合ではなく、なんでこんなものを小学校に設置したんだ?しかも後半の表現力が豊かすぎ!
 廃校後に立てたのかもしれないけど、今ではカンバンにできるネタではないです(昔もか?)。鷹揚な時代だったのでしょう。

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 近くの道路わきにはこういうのもあった。こちらは普通に史跡案内。ぞんざいに置かれているけど、よく朽ちずに残っているものです。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

東栄HINOMI巡礼

2013年12月06日
 HINOMISTの読者様向けに、この日確認した東栄町の火の見櫓の現況を。
 旧鳳来町は、2007年に新城市の担当者に取材した際「いずれすべて撤去の方向」と話していたとおり撤去が進み、もはや絶滅一歩手前という状況ですが、東栄町はあまり変化はないようで一安心。

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 市場。相変わらず見捨てられた感をまとっている。

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 足込。相変わらずの好ロケーション。

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 御園。相変わらず斜面でずり落ちそうになりながら踏ん張っている。

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 下粟代。相変わらず登録文化財級の消防倉庫が2棟とも健在。
 本(火の見櫓暮情)を作るために精出して探し回ったのが2007年。あのときは原稿にする必要があったので、観察というか「考察」しながら、ものすごい集中力でもってHIMOMIと対峙していた記憶があります(オオゲサ)。
 あれから5年がたち、気の抜けた精神状態で生き残りの錆びついたHINOMIを眺めると、40を越えてあちこちガタがきている自分とダブり、なにかこう、立ち姿により哀愁を感じる。そして、集中して一冊の本を作っていた頃の幸福を思いつつ、奥三河の寒風にさらされながらタバコをふかして我が身の不安な行く末に思いを巡らすのである。

131206-6.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」
(小林小学校跡にて、2歳児with金坊)

 いや、タバコなんざ一度も吸ったことないんですけどね…。
 今もわりと好きに自分のやりたいことをやらせてもらっている仕事もあって、とくに不幸でもないですが、でも、また本作りをしたいものだ。
(まさ)

----------------------------
◎改訂したいと思いながら手つかずのうちのHPより
三河遠州火の見櫓集成●□
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

フリフリ草草

2013年12月05日
 先週末、久しぶりに少しスケジュールが空いたので、取材半分遊び半分で奥三河を徘徊しました。3日連続、しかも2歳児連れで。今年は不本意ながらあまり奥三河に行けなかったので、彼の地の空気をたっぷり吸って、飢餓状態がようやく収まった感じです。どんな飢餓だ。
 で、火の見櫓調査以来5年ぶりくらいに東栄町の上粟代へも行ってみたところ、地区のランドマーク建造物が消えていて愕然。

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 以前、ここには下のような建物がありました。

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(2003.08.20撮影)

 旧北設楽郡振草村役場です。登録文化財になってもおかしくない、二階建ての見事な役所建築だったのに、惜しい。昭和の大合併以前の役場庁舎は、東三河では残すところ旧段嶺村、旧七郷村、旧福江町役場くらいになってしまいました(もし他にもあったらぜひお知らせください)。

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 平成19年3月に閉校になった旧粟代小の校舎は丸ごと残ってました。

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 さすがに運動場はちょと荒れた感じ。ここへ至るまで2時間ほど熟睡していた2歳児を遊ばせようと思ったのだが、いささか淋しい雰囲気を嫌ったのか「イヤ、遊ばない」と言ったのでやむなく撤収し、そのあと旧月小学校と旧神田小学校で遊ばせた次第。って、子連れで廃校めぐってなにをやっておるのか(そもそも取材の要素がどこに)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0256

2013年12月04日
 福井での仕事の帰り、福井市の南西郊外に位置する旧清水町大森というプチ町場を通りかかったところ、このようなカンバンを発見。

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 隣接する鯖江市の眼鏡工場の社員募集看板です。鯖江といえばメガネっ子の町、じゃないメガネの町(しょうもない萌えキャラなんか作らないでネ!)。今でこそ外国産に押されてなかなか厳しい状況らしいですが、かつての活況をうかがわせる一品です。東三河でいえば「大葉摘み取りのパートさん募集」のカンバンみたいなもんですね。
 少し前に鯖江の「鯖」の字について考察しましたが(→●□)、この看板には旧字が使用されています。他の鯖江のカンバンも軒並み旧字を使用しており、かつては鯖江にとってこの字がスタンダードだったことを物語っております。
 このカンバンのすぐ近所では、こんな石像も発見。

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 内田久右衛門さんという地元の名士らしい。隣りに顕彰碑もあって事績が細かく書かれていました。かいつまんでいうと、立派な人だそうです。

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 眼鏡産地の近所らしく、御尊顔には立派な眼鏡がかけられておりました…。あと、額の皺の再現も見事!
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0255

2013年12月03日
 一乗谷を後に福井市街方面へ戻ろうとしたところ、なかなかそそる畳大の看板を発見。

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 おお、薬酒だろうか。「蘭麝酒(らんじゃしゅ)」とは字体も語感もいい。おそらく地元ではけっこう知られているけど全国的知名度は低いと思われます。カンバンにひかれて、ここにもついでに立ち寄ってみることにしました。

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 行ってたまげた。なかなかのところで作っているじゃございませんか。「創業四百年」のキャッチフレーズは伊達ではない。もらったパンフレットによると、朝倉氏の居館が落城して間もない頃、当主が助けた行き倒れ寸前の老僧が、朝倉家の囲医から教えられた薬酒の製造法を伝授して死んだそうな。

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 高いのしか売っていないと困るけど(買ってもたぶん飲み切れないので)、幸いにもこちらでは栄養ドリンクサイズのもの約500円が販売されていた。家に帰って飲んでみたら、やはりクスリなので飲みにくいが、確かに疲れに効きそうではあります。
 薬酒といえばつい先日も駒ヶ根の養命酒に行ったばかり。春先には犬山で小島醸造の「忍冬酒」も買ってみた。養命酒は超メジャーだけど、この蘭麝酒や忍冬酒などほかにも知られざるローカル薬酒はありそうだ。これに内海の「橋本七度煎(→●□)」や下呂の下呂膏などのローカル薬なんかも加えて「薬酒と薬の旅」なんて企画はどうかな(誰へのアピール?)。鳳来や大垣にも自家製薬を製造販売している薬屋があるし、けっこうネタが集まりそうな気がするが。ただ、薬系は取材を許可してくれなさそうなところもありそうだが。
 しかし薬の企画を思いつくなんて、年齢のせいでしょうか…。

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 そのあと近くの町場の東郷も通ってみた(越美北線の越前東郷駅周辺)。ここはノーマークだったけど、雰囲気いいし酒蔵が二軒もあるし、なかなかの味わい。町の中を用水が流れており、滋賀の醒ヶ井宿を少し地味にした感じ。
(まさ)
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一乗谷にて

2013年12月02日
 先日の競輪祭の決勝戦では、金子貴志-深谷知広の豊橋師弟コンビが7月の寛仁親王牌に続いてまさかの二度目のGⅠワンツーを決めました。2匹目のドジョウとはすごいぞ!というか、どうなってんだ豊橋勢?何かが起こる前触れなのか?問題は暮れのケイリングランプリで「二度あることは三度ある」になるか否かに絞られてきました。これは悩む。
 ちなみに昨日の夕方はたまたま豊橋におり、あわや豊橋競輪場の場外発売に車券を買いに行くところでしたが、2歳児連れだったので気が咎めてやめました。行ってたらたぶん裏目か抜け目を買っていたはずで、2歳児に感謝である。

 そんな話はどうでもよくて、先週、仕事で福井に行きまして、すこし時間があったので一乗谷朝倉氏遺跡を見物してきました。福井市街から南東へ10kmほどの山あいにある中世の城下町跡。少し前にソフトバンクのCMロケ地となり脚光を浴びたところです。実際、観光客も急増したそうで、ロケ地MAPも配布されて笑った。

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 どーん、と遺跡である。

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 ざーん、と復元町並みである。お父さん(ソフトバンク犬)とお母さん(樋口可南子)が雪の中を歩いていたところですね。
 わたくし、中世以前の遺跡や復元施設には今まであんまり興をそそられたことがないのだが、ここはなぜか、いい。なんというか、空気感がいいです。地形のせいでしょうか。CMの舞台にしたくなるのも分かる気がする。

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 あえて惜しい点を挙げると、復元町並に安置…じゃない設置された人形がいささかスタイリッシュ(?)なこと。まあ、さすが国指定史跡のA級観光地といったところ。

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 遺跡の手前と奥にはたいへんそそる小集落もあります。福井県の山あいの集落は僕の心にフィットするところが多いぞ!
 写真は浄教寺という集落で、朝倉氏遺跡から1キロほど谷の奥。ソフトバンクのお父さんの実家がここという設定らしい。

131201-5.jpg「おかえり、おとうさん!」
(一乗谷の安全ぼうや)

081206-2.jpg「お前も変わりないな」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 この安全ぼうや人形(正式名称知らん)、40年くらい前からいるんじゃないだろうか…。
(まさ)
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古き良き児童遊園

2013年12月01日
 2歳児とさまよう公園シリーズ。
 先週の日曜日、知多半島の東側を2歳児連れで取材リサーチに回りまして、その途上、一度遊ばせてみたかった「河和児童遊園」へ寄ってみました。場所は美浜町河和。国道247号沿いの河和天神社北側(河和町道路元標の建つ細い道)から少し山側へ入ったところにあります。

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 シブい、シブすぎる!こんなの最近見かけないぞ。
 最近の遊具はプラスチック製が主流になっており、知立市でも従来の鉄製からプラ製にどんどん取り換えられている状況ですが、ここの遊具は鉄製のみ。おまけに草ぼうぼうで、これまた味わい深い。近頃の公園が気取りすぎに思えてくる。

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 超絶にシブい人力メリーゴーランドも!うちの2歳児が公園の遊具でこれほど狂喜することがかつてあっただろうか(あったかも)。とにくかく大喜びで、座る場所を変えては「もう一回!」と何度もせがみ、くたびれるっちゅうねん。

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 この公園は、かつて河和町役場があった場所に整備されたもので、石組の土台もしっかり残っております。また、公園のそばにはマニアが卒倒しそうな激シブ駄菓子屋もあります。

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 日本の将来を担う子どもたちがここで遊ぶのである。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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