祝!2歳

2013年04月27日
 早いもので、先日陽太郎が2歳になりました。世間でよくいわれるイヤイヤ期に突入したわけですが、まぁかわいくてかわいくて仕方ない(親バカ)。男の子のわりによく喋るねぇといわれるボウズは、1歳11ヶ月くらいから「これなぁに」が始まった。絵本の世界、身の回りのもの、車窓から見えるもの、なんでも聞いてくる。そして、ボウズにはボウズなりのルールがあるようで、最初に教えた通りに答えないと納得しない。たとえば、絵本に登場するお母さんの服装。こっちはすっかり忘れているんだけど、どうやら最初に「スカート」と伝えてしまったらしく、「ワンピース」というと納得しないのだ。子どもの記憶力はすごいねぇ。
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 ダンナから魚河岸シャツのプレゼント。カッコイイじゃん!と言ったら、クルクル回って喜びを表現していた。うれしいねぇ。

 さて、1歳半の頃は長方形の乗り物はすべて「バス」だったのに、今ではしっかり見分けが付くようになった。一番好きなのは「きかんしゃトーマス」。ただ、絵本でのなかではゴードンやらパーシーやら呼び分けているのに、他の乗り物絵本に登場する蒸気機関車、蒸気機関車の形に似ているものも「トーマス」と呼ぶ。この前、自家焙煎珈琲を出している喫茶店に入った時、入り口にある焙煎機を指差して「トーマス!」と言ったときは驚いた。よく見れば蒸気機関車の形に見えなくもないけど、子どもの想像力はすごいねぇ。
 
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 博物館明治村で「トーマス、トーマス!」と大興奮。周囲を行ったり来たりと離れない。(2013年3月 木村一成氏撮影) 

 まぁ、そんな豊かな想像力を持ってくれているおかげで、誕生日祝いに作った手作りケーキももちろん「トーマス」と呼んでくれた。うれしいねぇ。生クリームが嫌いなボウズは一口も食べてくれなかったけど、まぁいい。喜んでくれただけで、ハハは満足!

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 トーマスクッキー。アンパンマンとトーマスが合体しているといわれたが、まぁいい。一番下のクッキーはダンナに何となく似ているので、「とうちゃん」と命名。
 

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 トーマスクッキーを使ってトーマスケーキを作る。

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 中身はイチゴジャム入りロールケーキ。ジャムは実家の母手製で、1.5瓶使った。タイヤはオレオ。ネットを参考にした。
 
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 反対側はイチゴとマーブルチョコで顔を作ってみた。ちょっと怖いね。


 いっぱい喋って、いっぱい遊んで、大きくなぁれ!
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そのほか | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0242

2013年04月26日
 本日昼過ぎに秋田から帰ってきました。
 23、24日は現地から書いたとおり広範囲を移動して目的地(ぜんぶ寺)を回るのみで、名所・名物等とは無縁の旅だったのですが、昨日25日は男鹿市内だけだったので、半分は観光気分で楽しめました。
 男鹿はほぼ初めての土地。市街地の閑散っぷりはなかなかのもので、北海道の某夕なんたら市を思い出すほど。いっぽう男鹿半島の海岸沿いは絶景と好集落が点在し、これまたなかなかのもの。今日は取り急ぎ、男鹿の風景とカンバンをいくつか。

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 道幅が広すぎる男鹿市のメインストリート。いろいろな意味で厳しそうな風情である。左の幌付きトラックは石焼き芋屋さん…って、4月下旬に!?さすが北国。ちなみに、秋田はまだ桜が咲いていなかった。

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 さいはて感あふれる門前集落。正面に見える山の中腹にある「赤神神社五社堂」が今回の目的地のひとつでした。
 そんな男鹿市内でたびたび見かけたカンバン。

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 催眠商法ってなんなんだ!?秋田限定の犯罪か。
 あと、男鹿駅にあった「ようこそ秋田へ」のカンバン。県キャラ・スギッチが「おしい!広島県」級のセリフを吐いている。

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 飽キタ!?
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

秋田の春田

2013年04月25日

※クリックで拡大します

 一昨日から一人で秋田県に来ております。何しにかというと、形になるかならないかわからないある企画のために、ある先生と地元のかたと一緒に、秋田中北部の寺を回っているのです。観光や町歩きはいまのところナシ、名物も比内地鶏ラーメンを口にしたくらい。ストイックな秋田の旅です。ちなみに二日で行ったのは、秋田市→由利本荘市→大仙市→秋田市→大館市→能代市→秋田市。うーむ、動きすぎ…。
 写真は大仙市(大曲の花火で有名な町)のはずれの散居村エリア、旧太田町というところ。シブい、シブすぎる!
 えー、とりあえず以上です。
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)

KOBOヶ丘

2013年04月22日
 大きい仏といえば昨日、瀬戸の図書館で資料漁りをしていたら、尾張旭駅の近くにでっかい弘法像があると書かれた本があったので、夕方見に行ってみました。場所は尾張旭駅から北へ徒歩5分、退養寺脇の小山の上。嫁の実家への通り道近くで月に3~4回は通るというのに、ちっとも知らなかった。

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 これはまたきれいなお姿で…。昭和6年に瀬戸電が観光客誘致のため建立した厄除大師で、別名「新居の弘法さん」。近年は参拝者も少なかったので何年前かに「奉賛会」を設立し、老朽化していたため塗装しなおしたそうな。
 作ったのは、マニアにはお馴染みの浅野祥雲。犬山の桃太郎神社(→●□)や日進の五色園(→●□)で有名な方ですね。ここは台座部分にしっかり製作者の銘板がはめ込まれております。

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 コンクリートを吹き付けた台座のくぼみには、なぜか超ミニ大師も安置されている。孫悟空か。
 弘法さんはさておき(正直、僕の中では祥雲の評価は微妙)、ここからの眺めがなかなかよかった。建立当時は木もそんなに生えてなかったはずで、きっと展望スポットとしても人気だったことでしょう。

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 金色の仏像の向こうに広がる尾張旭の町並み。仏に見守られる衛星都市なのである。

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 丘をびっしり埋め尽くす民家はなかなか圧巻である。こういう景観を見ると、開発前はどんな風景だったのだろうか、開発されてなかったらこの町はどうなっていただろうか、などといつも思います。高度成長期以降は観光客誘致なんぞしなくても宅地開発のおかげで瀬戸電に客は乗るようになったわけで、これは弘法さんの御利益ではなかろうか。尾張旭市民はこの聖地をもっと大事にすべきだと思う次第である。

130421-6.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」

 ところで尾張旭は「おいしい紅茶日本一の町」という町おこしをやってますが、市民以外で知ってる人います?ちょっとマニアックというか由来が分かりづらいので、イマイチ浸透していない気がして…。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ある大仏の故郷

2013年04月21日
 寄進された大きなモノといえば、年頭にとあるローカル媒体の取材で犬山の新生大仏というのを見てきました。成田山にあります。

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 江南の布袋大仏(→●□)、羽島の佐吉大仏(→●□)と並ぶ「木曽川中流域三大仏」…とは言われておりません。先の二仏はけっこうメジャーですが、こちらはあまり知られていないと思います。僕も企画の打ち合わせで聞くまで知らなかった。
 安置場所が本堂裏の駐車場の片隅なので、大仏と言いながらもあまり目立ちません。先に布袋と羽島を見ちゃうと、正直インパクトも弱い。大きさ的には佐吉大仏と変わらないらしいんだけど…。
 ところがいわくがけっこう面白い。もとは戦前に一宮の鋳物工場の経営者が、病死した息子の供養のため一宮市街近くの九品寺(くほんじ)公園に建立したもの。戦時中の金属回収令のため供出されてしまったのだが、戦後、鶴舞公園で頭部が発見されたので、胴体を造り直して昭和30年に戦没者供養の「新生大仏」として復活。
 大仏さんの頭部だけを残したのは、溶かして武器にするにはバチがあたる…と関係も思ったのだろう、たぶん。意外なところにある戦争遺産、成田山に参拝の際はこちらも拝まれることをオススメします。

 で、新生大仏がもとあった一宮の九品地公園へ、先週所用で一宮に行った際に立ち寄ってみました。一宮競輪近くの幹線道路沿いにあります。

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 現在は公園というか競技場になっているのだが、これがまたなかなか味わい深くて驚いた。ホームとバック側は古いコンクリート製の階段式スタンド、コーナー部分は石の土台に芝生(ただの雑草?)席。昭和20年代の競輪場か競馬場かといった趣きじゃないか、と思ったら、昭和25年の国体に際して造られたのこと。古びているわけです。

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 バック側の裏には小公園が設けられていた。その名も「機能回復訓練公園 希望の丘」。何かと思えば、よく公園の隅のほうにとんがった石の上を歩いたりストレッチ用具が設置されている、あれと同じですね。△の頂点やデコボコの通路を歩き、階段を上り下りせよ、と。標柱によると昭和51年に寄贈…って、けっこう古い!
 公園のこういうのを真面目に使っている人って実際に見たことないけど、活用されてるのか?ご覧のように、1歳児や自転車に乗ったお子様たちの遊び場と化しております。
(まさ)
尾張雑 | Comments(3) | Trackback(0)

大二宮

2013年04月19日
 昨日の続き。平戸橋駅まで行ったさらについでに、前から気になっていた越戸の灰寶神社に行ってみました。国道153号沿いにある神社で、ここにはなぜか二宮金次郎像が建っています。

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 おお、うちの1歳児が縮んでしまった…のではなく、ニノキン像が巨大なのである!高さはなんと2メートル強。デカイ、デカすぎる!
 HINOMIST仲間で、当ブログに時々コメントをいただくSさんの二宮金次郎研究サイトによると、これを寄贈したのは大正~戦前期に土建業で巨万の富を築いた、越戸ゆかりの前田榮次郎なる人物。境内にはこの方の銅像が建っています。

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 ニノキンの背よりも高い台座の上で椅子に座っているという、なかなか珍しいタイプ。クイズ・タイムショック?これに加えて前田氏顕彰碑がふたつもあり、郷土の英雄として尊敬を集めていたことがうかがえます。
 しかし、通常は小学校に建てられ、背も1メートル程度のものなのに、なんでまた神社にこんな巨大な像を建てたのか。

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 境内には、戦前の農村振興運動のスローガン「自力更生」と刻まれた昭和8年建立の石碑が建っております(これも前田榮次郎の寄進)。つまり、勤勉で慎ましく生活した金次郎を見習って貧しさから脱しようじゃないか、というような意味ではないかと思うのだが、こんなに大きくてはニノキンの慎ましさが損なわれている気が…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

史跡的HINOMI

2013年04月18日
 旭・小原方面から国道419号を下りてきて、猿投で旧道に入ったところ、四郷町の中ほどで火の見櫓に遭遇したので久しぶりに撮影。昨年PCを変えたら、バージョンが古いせいかHP作成ソフトが使えなくなってしまたったのでサイトもほったらかしですが(→●□)、まだHINOMIチェックはやってます。

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 三脚・屋根円錐・見張台円形で、風向矢に東西南北が付いたいわゆる「岡崎型」のHINOMIです。サビ止め塗装が施されてて素晴らしいぞ、と思って脚元へ行くと、さらに素晴らしいモノが。

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 住民グループ「井郷まちづくりの会」で作成した案内板だ!秋葉山常夜灯と同じ場所に建てた先人のセンスだけでも称賛に値するのに、今の住民がふたつとも「史跡」として価値を見出しているとは。意識の高さに脱帽。
 解説文を一部抜粋すると「昭和30年に地元有志16名により建設された。(※銘板あり)以来、天道(※地区名)の火の見櫓として区民の安全を見守っている。平成21年に診断、塗装を実施し、井郷地区唯一の火の見櫓として保存されている」。いやもう、素晴らしい地区ですね。HINOMIのあるすべての町は井郷地区に続け!

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 あとオマケ。猿投まで来たついでに7年ぶりに平戸橋駅へ行ってみたら、旧タイプの駅舎がまだ残っててひと安心。

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 平戸橋駅の見どころは、なんといっても玄関先のタイル張りの階段です。シブい、シブすぎる!
 以前INAXライブミュージアムで聞いた話では、昭和30年代に伊奈製陶が需要拡大のため建築用モザイクタイルを開発・提案し、広く普及させたとのこと。駅で取り入れているところはあまり見ない気がするので(あったかもしれないけど、名鉄もJR東海も古い駅舎はことごとく改築しているから…)、井郷とは地区が違うけどこちらにも史跡案内看板を設置してほしいところ。

 ところで、4/4の朝日新聞名古屋本社版夕刊に火の見櫓の記事が載っています。拙著「火の見櫓暮情」を見た記者の方から連絡をいただき情報提供しました。興味のある方は図書館にでも行って探してみてくださいませ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(5) | Trackback(0)

ライジングサン-リトルフィールド

2013年04月17日
 前に取材で世話になった豊田市の旭観光協会の方から「上中のしだれ桃が盛りだよ」という連絡を先週末にもらったので、昨日、1歳児と二人で旧旭町に行ってみました。ところが、先日テレビや新聞で紹介されたとかで、旧役場近くの小渡(おど)あたりから大渋滞!平日なのに!?どんだけヒマ人が多いんじゃ!って、自分が一番ヒマじゃないかという話だが。
 仕方ないので予定を変更して、旧旭町内の名所をめぐってみました。

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 小渡にある風鈴寺こと増福寺で、春風にそよぐ大量の風鈴の音を堪能する1歳児。本当に「音、キレイ」に近いことを言ってました。

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 旭高原元気村で、絶景のロング滑り台を堪能する1歳児。一緒に5回くらい滑ったけど(よく飽きないね)、コロで滑ってゆくタイプなので尻が痛い。
 で、元気村から下山して裏ルートから再度しだれ桃のある上中集落を目指したのだが、2時すぎでもまだ駐車場に入れないうえ、1歳児が寝てしまったので、しだれ桃見物は取りやめ。またらいね~ん。
 仕方ないので、旧旭、旧小原のシブい集落をいくつか回ってみました。

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 旧旭の上切集落。棚田である。

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 旧小原の苅萱集落。弘法堂脇の石仏群である。
 「上中のしだれ桃」へは、小原方面から入るか、あるいは小渡から2キロちょいの距離を歩いていくのがいいと思います。あの道は絶対に歩いたほうが楽しい。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

漁港の形態

2013年04月16日
 昨日書いた桑名へは何の取材だったかというと、旬のハマグリでした。ハマグリが水揚げされるのは市街東部の赤須賀漁港(法律上は桑名港)。ここが一風変わった景観で、三遠や知多の漁港を見慣れている身にはなかなか新鮮でした。

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 川。

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 川である。一瞬、東京の江戸川競艇を思い出した(→●□)。
 海の漁港だと、防波堤で区切られた水面にコの字型に船が並んでいるのが一般的ですが、ここは一列。岸に見える小屋掛けは、水揚げされた貝を大きさ別に仕分けるところ。

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 ちなみにこの時期の赤須賀はハマグリとシジミ。どちらかというとどっさりのシジミに驚いた。三河のシジミ漁だと「腰マンガ」という漁具を使って人力で掘るのだが、赤須賀は漁船で大きいカゴみたいな道具を引っ張る漁法とのこと。採れる量が違うわけだ。
 漁協で聞いたら100艘ほどの漁船があり、ハマグリとシジミは3:7ぐらい。漁師はどちらでも採貝できる権利を持っており、道具と漁場が違うので同時にはできず、人数や規模などを勘案してどちらかに決めてやっているとのこと。
 うーむ、シジミ汁が食べたくなってきた。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0241

2013年04月15日
 先日、取材で2年半ぶりに桑名へ。知立から伊勢湾岸に乗れば30分で行けてしまうという近さ。1時間かけて知多半島南部や豊橋へ頻繁に行っている意味がよくわからなくなります。
 で、行ったついでに桑名駅前を意味もなく徘徊し、前から気になっていた駅前の「桑栄メイト」というビルに意味もなく入ってみました。

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 橋上駅の桑名駅出入口と直結する、住商複合ビルです。できたときは最新鋭施設だったのだろうけど(いつオープンかは知らない)、今や外も内もすっかりいい味を出しています。
 中の商店フロアはたまたま休業日の店が多かったものの、東岡崎駅の「岡ビル」と違ってまだまだ生きている感じ。そしてビルの両端にある階段には見事な誘導電飾カンバンが取り付けられており、驚愕。

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UP!

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 DOWN!
 名駅前の広小路にある「キャバレー花園」のカンバンようだ。次回はここでメシを食うぞ!
 どうでもいいけど桑名って、昭和の駅前整備でちょっとミスった感が漂ってて損してる気がする。本来の駅前通りの突き当りに駅舎がないし、桑栄ビル前の駅前広場は町の規模の割にだだっ広くて閑散とした感じだし、せっかくの中原中也の碑は(桑名駅を書いた詩がある)ぜんぜん目立たないし、町の顔としては物足りないので下車してもいまいちテンションが上がらない。観光ネタ豊富なのに惜しい…って大きなお世話か。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

恋のガーデン0002

2013年04月13日
 先ほどヤフーのトップニュースに「村上春樹氏の新作に鉄道オタクが大喜び その理由は…」という記事が掲載されていた(配信元はスポニチ)。昨日発売になった「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」の主人公が鉄道マニア、とりわけ駅マニアだというので鉄道マニアの著名人も歓迎しているという、実にどうでもいい記事です。
 その中に「鉄道ファンの中でも、駅が好きな“駅鉄”は多く」という一文があるが、本当にそうなんかい!?
 僕なんぞは、小学校3年生のときに地元の好文堂書店(旧本揖斐駅前にある)でコロタン文庫の「国鉄駅名全百科」に出会って以来の駅マニアですが、普通の人からは車両好きの連中と一緒くたに鉄道オタクとして蔑視され、逆に王道の鉄道マニアからは「奇特な人種」と一線を引かれ、ずーっと孤独なマニア人生だったぞ。
 というわけで、今日も誰にも気に留めらることなくマニアックな駅ネタを孤独に紹介するわけですが、先月、知多半島での取材帰りに武豊駅を利用したところ、ホームの片隅にこんなものを発見した。

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 昭和55年に造られた「ホームガーデン」だ!池が馬の蹄鉄のようなみょうちきりんな形をしており、何かと思ったら知多半島の形だった。凝ってるねえ~。豊浜のあたりには噴水のパイプ跡と思しき筒もあります。水を噴き上げているところを見てみたかったぞ。

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 あと、駅入り口の階段脇には、荷車用と思われるスロープもあったりします。貨物輸送が盛んな時代の名残でしょう。むかしは武豊駅前の広場で定期市が開かれていたそうなので、露天商もよく使ったのかもしれません。
(まさ)

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三河八橋駅(高架前)のホームガーデン→●□
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0240

2013年04月12日
 西春といえば、旧町域を南北に県道63号(名古屋江南線)が貫いております。西春に限らず江南でも岩倉でもひたすらロードサイド店が続くたいへん味気ない道。とかいいつ、その日の取材先はロードサイドのとある店だったんで、味気ないなんて書いたら怒られそうだ。でも味気ない。

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 どこまで通用する話か分かりませんが、この道は沿線では「名草線」と呼ばれています。メイソウ線です。迷走線ではありません。
 名が名古屋というのはすぐわかる。草は、江南市北端に位置する木曽川河畔の草井集落、あるいは旧丹羽郡草井村のこと。岩倉街道のバイパスとして建設されこの名が付いたらしいが、大都市とマイナーな村をくっつけたというのが、なんというか、ちょとイイ話である(そうか?)。
 で、その名草線をきっちりと記したカンバンが布袋にあるんで、道路マニアは要チェックだ!

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(2007.10.19撮影)

 「星盛」の蔵元、山星酒造(→●□)のあたりにあります。
 そういえば、引山から尾張旭南部を経て瀬戸に至る国道363号を、地元では「瀬港線」と呼んでいます。セコウ線です。未開通区間は施工せんではありません。ルートがよく分からんけど瀬戸と名古屋港を結ぶという意味らしい。
 こういう地元だけで通用する道路の通称って、探せばもっとありそう。他に知ってる人がいたら番組までどしどしおたよりをお寄せくださいネ!
(まさ)

(2014.10.13追記)
 この名称、県道17号沿いに立つオフィシャルな標識にも使われていた。江南市の南のほうにて撮影。

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尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0239

2013年04月11日
 先月下旬の話ですが、生まれて初めて西春で取材があったので、ついでに少し徘徊してみました。

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 西春の中心部あたりは車でも電車でもぜんぜん通らないし、町内にこれといって興味を引くようなものもないし、地面に足を付けた記憶が過去にほとんどありません。郵便局に2局行ったのと、セントレアができる前に名古屋空港へのアクセスバスに乗るため西春駅で降りたのと、そんなくらいじゃないだろうか。隣の師勝は、昭和をテーマにしたマニアックな歴史民俗資料館や「四君子」の蔵元があったが(なくなったけど→●□)。
 合併して北名古屋市になったのも「いつの間に!?」という感じ。それにしても旧町名は「春日井の西」、新市名は「名古屋の北」と、なかなかこう、なんというか、グッときますな。
 ついでに書くと、この市は住所表記が釈然としない。本来なら「北名古屋市△△字〇〇」と書くのが一般的だが、正式な表記として「字」を取ることにしたため、どこも「北名古屋市九之坪南城屋敷」「北名古屋市鍛冶ヶ一色鍛冶前」のように、ダラダラ。なぜこんなふうにしたんだろうか?まあ、この市あてに郵便物を出すこともないので別にいいんだけど。

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 そんな西春でちょっと気を引いたのがこの通り。西春駅の西口で、名鉄犬山線と並走する岩倉街道の旧道。ちょっとした町場になっております…って、古い地図を見てみたら旧師勝町だった。境界も釈然としないのである。
 あと、西春郵便局前の街灯に、こんなカンバンを発見。

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 西尾の三河新報や豊田の矢作新報みたいな超ローカル新聞がこの町にもあったのか!と思って検索してみたら、新聞折り込み型フリーペーパーの会社でした。そういう会社が街灯カンバンを出しているのも珍しい気が。
(まさ)
尾張雑 | Comments(5) | Trackback(0)

さらばヤマヤの醸造蔵

2013年04月09日
 先日、ヒマつぶしに1歳児を連れて久々に高浜の「鬼みち」へ行ってみたところ、この道の最大の見どころが消滅してて唖然。

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 以前ここにはこのような建物がありました。

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(2008.01.11撮影)

 味噌・たまりの蔵元「森弥商店」の醸造蔵です。屋号はヤマヤ。以前、馬籠でここのホーローカンバンを発見して驚いたことがありました(→●□)。
 いつからいつまでやっていたのか、どれだけ地元で浸透していたのか、調べていないので全然分かりませんが、景観的にいささか地味な「鬼みち」にあってシブさを醸し出す貴重な建物だっただけに、実に惜しい。

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(2008.01.11撮影)

 こちらは県道側から見た蔵。扉にでっかく書かれた屋号が印象的だったのに…。

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(2005.02.04撮影)

 鬼みちの起点で、蔵の最寄である高浜港駅に設置されている「特産品陳列棚」にも、かつてはヤマヤの一升瓶が置かれていたのだが、これはすでに何年か前に消えています。

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 拡大してよく見てみると、たまりと並んで白醤油も置いてあるではないか。うーん、ラベルだけでも欲しかった。ときどきマニアックな企画展を開催するかわら美術館が収蔵してないかな?してるわけないか…。

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 嘆く父をよそに、1歳児は鬼みちに置かれていた鬼瓦風のイスや高浜港駅前の「チンチンカン(新幹線)」に盛り上がっていたのだった。何度も来ているのに、この陶製新幹線はまったく目に入っていなかった。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

知碧海峡

2013年04月07日
 展望台ばなしが続きますが、半田にもうひとつ未訪の展望台があったので先日行ってみました。半田緑地公園にあるヤツです。どこかというと、衣浦海底トンネルの真上あたり。海底トンネルは半年に1回くらい通るけど(有料なのでよっぽどじゃないと使わない。早く無料化しろ)、緑地公園は市街地から遠く離れた殺風景な港湾地帯の一角にあるので、今まで行こうとも思わなかった。
 で、特に期待もせず行ってみたら、人のいない公園の端にこんな立派な展望台がそびえ立っていました。
 
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 うーむ、ロボットの顔か!建造は昭和61年、明らかにガンダムの影響を受けたデザイン。金が余ってた時代に、建築士が趣味丸出しで好きなように建てたという感じですね。
 さっそく登ろうとしてみたのだが、展望フロアから声が聞こえてくる。こんな天気のよくない日にこんなところへ物好きな高校生が、まさか不純異性交遊?それ系の穴場!?と色めきたったがそうではなく、よく聞いたらダンスの掛け声のような感じ。怖いので少し下から様子をうかがうと、どうやらダンス講師らしき人がレクチャー用ビデオを撮影しているところだった。なぜここで?
 まあ、なんにせよ穴場です。

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 仕方ないので踊り場から外を眺めたところ、実に地味きわまりない衣浦湾の風景が楽しめました。ちなみに事業主体は愛知県。なぜ建てる。
(まさ)

◎展望台のある知多半島の中堅公園シリーズ
大府市・桃山公園→●□
東海市・大池公園→●□
半田市・雁宿公園→●□
半田市・乙川白山公園→●□
知多市・大草城址→●□
常滑市・大野城址→●□
美浜町・時志観音白山公園→●□
南知多町・羽豆岬→●□●□
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0238

2013年04月05日
 昨日の記事中に出てきたコンクリート製の旧「羽豆岬展望台」、2階に残るもと喫茶店スペースをのぞいたら、ここから見える風景の案内イラストが残っていた。

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 よくまあ撤去されずに残っていたものだ。かといって文化財(町指定)クラスというほどすごい作品でもないのが微妙なところ。

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 ただ、昭和の終わりに完成した篠島・小磯島・中手島の埋め立てが描かれておらず、貴重といえば貴重。

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 あと師崎の廃墟といえば、羽豆岬の豊浜側直下にある師崎小の廃プールも見に行ってみました。確か平成の始めごろまで使われてたんだったと思います。リゾートホテルのような絶景プール!
 常滑競艇場と同じく、海水を引き入れていたようです。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

師崎に新展望台がオープン

2013年04月04日
 一昨日、師崎の羽豆岬に完成した3代目の展望台のオープニングイベントがあったので見物に行ってきました。いちおう取材です。

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 老朽化した昭和58年建築の先代を撤去して、新たに造り直したもの。当時より技術も進んでいるだろうし、先代みたいにそう簡単には登れなくならない…と思います。
 名称は「師崎展望台」で、先週見に来たとき看板にもそう記されていたのだが、何があったのか看板には「羽豆岬展望台」の紙が貼られていた。ナゼ?配布された資料にも「羽豆岬展望台竣工祭」とあったので、今後はこの名で行くらしい。

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 本来は、羽豆神社の門前にあるこの建物が「羽豆岬展望台」のはずなのだが…。ややこしい!でも、混沌として面白いのでアリですね。
 廃墟っぽいけどいちおう生きており(2階部分にはむかし喫茶店が入っていた)、いつぞやここでSなんたら48がプロモーションビデオのロケをやったとのこと。

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 登ってみたら港と町並み方面の眺めが意外によかった。1歳児はケーブルテレビCCNCのカメラマンに撮影されてました。映るといいネ!知立じゃ見られないけど。
 そのうち、下からなにやらにぎやかな太鼓の音が聞こえてきて、1歳児は「タイコ、ドンドン」と連呼して音の方に行きたがる。で、国指定天然記念物のウバメガシの中を駆け下り駐車場へ行くと、地元の和太鼓チーム「こころ会」が祝賀演奏をしておりました。

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 高いところに登り、太鼓を聴き、この後は餅まきの餅を自力で1個掴み取り、大変満足した1歳児でした…ってどこが取材なんだ。
(まさ)
知多雑 | Comments(4) | Trackback(0)

花の子ルンルンルン

2013年04月01日
 乙川白山公園のあと立ち寄ったのは、阿久比川と半田運河に挟まれた堤防沿いの通称「東雲桜」。けっこう昔からの桜の名所だということを何かの郷土資料で読んだことがあるけど、突っ込んで調べていません。さいきん歩道を整備したという話だけど、この件も突っ込んで調べていない。もしかしたら来年、ローカル媒体に書くかもしれないので、そのとき突っ込んで調べてみようと思います(突っ込むどころか書かないかもしれませんが)。

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 おお、桜と菜の花の取り合わせがまさか豊川の佐奈川以外でも見られるとは。意外と見に来ている人が少なくて、ここも穴場的な風情。

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 いっぽう川の方に目をやると、人がいた。なんで!?シジミでも採ってるのかな?こんな場所で採貝風景が見られるとも思っていなかった。

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 でもって1歳児は、菜の花をむしって少女のように佇むのであった…。
 ただ、特に花が好きというわけではなく、地面から生えていものならなんでもむしったりちぎったりするのが好きらしい。今日は上重原公民館の裏で、つくしの頭の部分だけちぎって食べようとしていた。
(まさ)

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(2013.11.08追記)
 この堤防道路の愛称、公募によって「東雲ふんばり街道」になったらしい。すごいねどうも。
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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