春のいやさかマウンテン

2013年03月31日
 絶好の花見日和となった土曜日は、取材2割遊び8割で半田方面へ行きまして、乙川白山公園→阿久比川堤防→雁宿公園→知多四国第20番龍台院と回遊してきました。なかでも乙川白山公園の桜は素晴らしかった。地元以外ではあまり知られていない穴場だと思います。

130331-1.jpg

 ここは以前にも書きましたが(→●□)、明治天皇の聖跡で、戦前から整備されている由緒ある公園。桜の植樹密度が高いうえ、草むした地面がいかにも「昔の公園」といった風情で、大変に味わい深い。
 半田市内だと知多半田駅の裏山にある雁宿公園のほうが知名度は高いけれど、桜が若いし、地面の状態のせいでなんか埃っぽい。乙川のうほうが通好みですな。ただ、乙川は駐車場がほとんどなく、出店もないけど。

130331-4.jpg

 園内にある低い展望台からは、桜ごしに半田市街が眺められるのである。

130331-2.jpg

 半島随一のマニアック記念碑「五箇条の御誓文碑」も桜に包まれているのである。桜はともかく、これを見るだけでもここに行く価値はあります(誰にとって?)。
(まさ)
スポンサーサイト
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

亀城公園の夜桜

2013年03月29日
 今年は桜が早いですなあ。見ごろが3月中だとどうも調子が狂う。今日は仕事等であちこち動き回り尾張旭城山公園→天白区植田本町→美浜町冨具崎公園→半田市江川堤防などを通りましたが、いずれも満開にはあと少しといったところ。
 でもって、夜には碧海随一の桜の名所、刈谷の亀城公園に行ってみました。ウチから車で10分という近所のメジャー級公園ながら、花見シーズン以外にはほとんど行ったことがありません。一回だけ夏に行ったことがあるけど、なんというか、春以外はまあ別にどうということもない。
 桜はほぼマックス状態で、サラリーマン、家族連れ、女子大生らが飲めや歌えの大騒ぎ。

130327-2.jpg

 去年来たときはまだ歩けなかったウチの坊主も、今年は賑やかな雰囲気に刺激され、親をの手を振りほどいてキャッキャと狂ったように走り回り、追いかけて疲れた。目を離すと池に落ちそうで怖い。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

重原駅ホームの桜

2013年03月27日
 先週は飯田線の駅前桜のネタを当ブログに連投しておりましたが、駅前桜といえば、ウチの最寄りの三河線重原駅にはホームに桜があります。まだ咲き始め。

130327-1.jpg

 ホームの法面に植樹されております。すこし貧弱で、根元も雑草や枯草であまり見栄えはよくないですが、現存の三河線では唯一じゃないかな?なお、由来等はまったくわかりません。木の成長具合からいってもそんなに古くないとは思いますが。
 これが満開の時に写真を撮った記憶がないので、今年は狙ってみようかなと思ったけれど、後ろに見える萬福寺のデカい本堂がただいま改築工事中でシートを被っているので、イマイチ味がない。来年かな…。
(まさ)

-------------------------------
(2013.03.31追記)
 土曜日に撮ってみました。

130331-3.jpg
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ザ・インターナショナル・シティ

2013年03月24日
 でもって昨日は、知立団地商店街と知立東小学校で開催された「もやいこフェスティバル」というイベントに行ってきました。

130324-1.jpg

 サブタイトルが「知立市多文化共生イベント」ということで、ブラジル人をはじめとする在住外国人の方たちと交流するというのが目的だそうです。今年でもう5回目なのにちっとも知らなかった。
 ブラジル料理を買い食いしたり、移住して20年になるという方からポルトガル語のレクチャーを受けたりと、それなりに楽しめたのだが、思っていたより外国人と交流する場が少ない印象。というか、わらわら集まってきた日本人と外国人がうまいこと交じりあっていない風情で、「もやいこ」というより「もやもや」な感じが…。正直、もっと面白いイベントにできる余地がありそうだなあ。

130324-2.jpg

 初めて目の当たりにするちんどん屋に興味津々の1歳児。ハーメルンの笛吹きのように後ろをついて行ったのだった。

130324-3.jpg

 チビっ子警察官として不審者に目を光らせる1歳児。しかし、いちばん挙動不審なのは父(わたくし)だということを、いずれ理解するであろう…。
 ともあれ、せっかく知立に住んでいるんだから、1歳児にはブラジル人の同年代の子と仲良くなってほしいものです。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

KOBO THE MARKET

2013年03月23日
 先週の日曜日、知立の「弘法さん」こと遍照院で「軽トラ&手作り市」という催しがあったので行ってみました。というか、ここに出店した友達に嫁が手伝いを頼まれたのですが。

130316-3.jpg
店番をする女性取材記者と1歳児(本日は取材ではありません)

 この日の境内はなかなかの盛況っぷり。スピーカーからきゃりーぱみゅぱみゅがエンドレスで流れるという異常事態の中(しかも2曲きりを延々と)、知立じゅうの善男善女、乳幼児、小学生がわらわらと集まって、買う、食べる、はしゃぐの大にぎわいでございました。

130316-1_20130323214634.jpg

 境内には新城からやって来た店もあり、なぜかと思ったら新城の軽トラ市と提携かなにかしているらしい(先輩の新城にいろいろアドバイスをもらったという話)。三河の端と端がつながっているわけである。
 なお、次回開催は4/21(日)です。

130316-4.jpg

 あとオマケ。名古屋の奇人・伊藤萬蔵(→●□●□)か寄進した石の花入れに、花が生けられているのを目撃。こうやって使われるのか…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

切らーカーン

2013年03月22日
 「そう」38号の連動ネタ。まだまだ続く飯田線ばなし。
 飯田線の駅前桜で本数がもっとも多いのは平岡駅。ホームを挟んで両側に8本も木があります。

130322-1.jpg

 川側(駅舎側)の桜。

130322-2.jpg

 山側の法面の桜。この時は運悪く曇天になってしまったので、来春(つまり今年)は天気のいい日を狙って再撮影せねば、と考えつつこの日は次の駅へ移動。
 ところが!4か月後に平岡駅を再訪すると、山側の木がことごとくなくなっていて愕然とした。おお、なぜそんなもったいないことを!

130324-4.jpg

 あとで天龍村役場に聞いてみたら、春に桜が散った後、JRによって伐採されたとのこと。てことは、平岡駅が無人化されたため(→●□)万一のときに迅速な対処ができないから、というのが理由か。うーむ、無人化の余波がこんなところに…。

130322-3.jpg

 そんなことなら他の仕事をキャンセルしてでももう一回行っておけばよかったぜ。
 ところで、上の写真の左の方、錆びたレールが置いてあるあたりにむかし、115系か何かの廃車体を転用した食堂があったのだが、いつ廃業して撤去されたのか知ってる人います?20年くらい前、偶然知り合った会った地元の人にそこでメシをおごってもらったことがあった。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(2) | Trackback(0)

斬られて候

2013年03月21日
 話はまたまた「そう」38号の連動ネタで、駅前桜ばなしに戻ります。
 昨春の駅前桜の有無チェックでは、キングオブ秘境の小和田駅にも行きました。このときです→●□

130319-3.jpg

 考えてみると桜のシーズンに三遠信の国境エリアを回ったことがないので、小和田の桜の印象もまったくない。あったかな?と思いつつ降り立つと、駅舎の下の廃屋の周囲に桜が咲いていました。

130319-4.jpg

 うーむ、さすが小和田、シブすぎる。駅前桜といえば駅前桜だけど…。ただ、今回の企画で自分に課した「桜とともに駅構内施設が写り込む」という条件をクリアしなかったので、本誌には載せませんでした。
 この日は滞在30分で撤収したのだが、夏に再訪した際、ホームに桜の切株があることに気が付きました。

130319-5.jpg

 うーむ、何度も来ているのにちっとも印象にないぞ。老化?この木が生えていた時の写真が撮ってないもんかと思って実家の倉庫を漁ったところ、一枚出てきたんでご紹介します。

130319-7.jpg (1992.05.23撮影)

 これは素晴らしい巨木だ!咲いているところを見たかったよ…。
 どうでもいいけど、下りホームに待合室があったことをこの写真見て思い出した。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

東京の三河人0002

2013年03月20日
 先週の金土は、いろいろ用事があってカメラマン氏と東京方面に行ってきました。金曜日は国立博物館で開催中の「飛騨の円空展」を見物し、夜は平塚で打ち合わせ兼飲み会。土曜日は、午前中に横須賀の戦艦三笠を見物したあと、東京・神奈川の境を東急に乗ってウロチョロ。東京都内の滞在時間は二日間トータルでわずか3時間ほどで、せっかく都会に行ったってのにわれながら慌ただしい。
 土曜の午後は、東急を乗り回してこれを見物してきました。

130319-1.jpg

 沿線の東急ストア4店舗で開催された豊橋産農産物のフェアだ!JA豊橋が手掛けた企画です。水曜日、とある取材で野依のJA豊橋本所に行った際に情報を仕入れたので、せっかく東京に行くのならと見に行ってみた次第。
 この車内吊りは大井町線。「どうまい」の言葉の意味がこっちの人に通じているのかはさておき、まさか東京の鉄道で豊橋のポスターを見ようとは…。そして二子玉川と中央林間の東急ストアでは、JA職員、JA豊橋のキャラ、生産者らの呼び込みも功を奏し、多くの人が豊橋産品に見入り、購入していました。競争の激しい首都圏で豊橋の野菜が売れる現場に遭遇でき、東三河フリークとしてもなんだか気分がいいです(豊橋の人間でもないのに)。

130319-2.jpg

 東京の端に位置する二子玉川駅である。
 京急、東急、小田急と久しぶりに首都圏の私鉄を乗り回しましたが、どの鉄道も駅構内売店の充実っぷりに感嘆した。やはり首都は違うね。それに比べて名古屋圏域の駅構内の楽しくなさ具合といったら…。利用客数の差異ではなく、あきらかに理念の差異。ホント、JもMもつまらん鉄道会社よね。
(まさ)
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)

駅前桜と駅前柿

2013年03月18日
 また前回の続きで、「そう」38号の連動ネタ。。
 昨日書いた新城市の川田は旧一宮町と境界を接しており、最寄駅は東上になります。その東上にもなかなか立派な駅前桜があります。

130317-1.jpg

 ぶわーっと枝を広げる、豊橋方の桜。

130317-2.jpg

 どばーっとホームに覆いかぶさるような、新城方の桜。この計3本が東上の駅前桜。これで駅舎が木造のままだったらいうことはないが、6年ぐらい前にコンクリ駅舎に建て替えられてしまい残念至極。
 ネタ拾いのため晩秋に再訪したところ、今度は柿が生っていたので驚いた。

130317-3.jpg

 もちろん桜の木にではなく、柿の木にですが。って、駅前に生えている柿の木も珍しい。春に来たときは桜に気を取られてちっとも気が付かなかったぞ。寄り添う巨木はヤマモモ。常緑なので、こちらは以前から印象深かったが。
 たまたま近くに住む元東上駅員と出会ったので話を聞いたところ、柿とヤマモモは戦前からあり、桜は戦後に植樹されたとのこと。最盛期には東上なんぞに8人も駅員がおり日通の営業所まであったそうで、たぶん国鉄職員が植えたのでしょう。

130317-4.jpg

 あと飯田線の南部でネタが拾えたのが小坂井駅前桜。枝振りが面白くて、左は∧、右は∨と好対照。まるで狛犬か山門の仁王像のようだ。
 一説では、植樹した人の名前から「善五郎桜」と呼ばれるとかなんとか。平成14年に駅舎が改築された際、樹勢が衰えつつあるこの桜を伐採するかどうか区長が住民に諮ったところ、伐採反対の意見が多数を占めたため生き残ったんだそうな。

130314-1.jpg

 これらの小ネタはいずれも「そう」には載ってませんので念のため。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

開設記念HINOMIレポート

2013年03月17日
 前回の続き。
 新城駅前桜の植樹に関する記事が載ってないもんかと、新城市役所に行って昭和30年代の広報バックナンバーを見せてもらっていたら、桜の記事はなかったけど代わりに火の見櫓の記事を発見しました。拙著「火の見櫓暮情」のあとがきにも書いたけど、火の見櫓のことが書かれた資料はなかなか見つからず、たいへん貴重です。
 新城は広報の縮刷版を作っておらず(鳳来と作手はあるのに…)容易に閲覧できない資料ですので、全文を記載しておきます。

------------------------------
火の見ヤグラ贈る 豊橋の県さん

 新城市川田地区は、立派な火の見ヤグラの寄附を受け喜びにわいている。
 川田地区には今まで火の見は一基しかなく部落全体は半鐘が聞こえなく非常の場合、不安の的となっておったが、豊橋市花田町、鉄工業、県甲子二郎さんの寄附でこの不安も解消された。
 県さんの経営する鉄工所へ川田から従業員が出ており川田地区に火の見が不足して困っていること聞いた県さんは、それでは私が寄附しましょうと資材全部(時価約十二万円)を寄付した。これを聞いた地元民は喜こんでこの建設奉仕を行い立派に完成したものです。
 竣工式は八月十二日、小野田市長、県さんら関係者多数が出席して行なわれ、県さんには市長から感謝状がおくられた。
 なお県さんは、三十五年に新城市稲木地区へも同じような火の見ヤグラを寄附されている。

------------------------------
(広報しんしろ 昭和37年9月号。原文ママ)

 不鮮明な写真も載ってまして、形状は四脚で下方が末広がり、方形屋根、見張台四角、梯子は脚の一面、筋交はリングブレースではなくただの交差。豊橋の牟呂公文(→●□)のような感じかな?牟呂町公文は花田町に隣接しているので、県さんの鉄工所製でもおかしくない。
 設置場所は不明ですが、「今まで1基しかなく、それでは全域に半鐘が聞こえない」という記述から考えると、高台の川田平地区(トンボ鉛筆や西日本電線の工場があるエリア)ではないかと思われます。また、95年ごろに宝飯、南設のHINOMIをたくさん撮影しておられるSさん(火の見櫓暮情の取材協力者)もこれは撮られてないので、かなり早くに撤去されたのでしょう。

130316-2.jpg

 オマケ。川田の国道151号の大掘割(飯田線をまたぐところ)。道の上が川田平地区になります。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

新城駅前桜礼賛

2013年03月15日
 春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」38号の連動ネタ。

130314-1.jpg

 前号から4回にわたって「季節ごとの飯田線の旅(マニアックな)」という切り口で記事を書いております(→●□)。「春旅」と題した今回は、駅前に植樹されている桜を全部押さえようという企画。これ、ありそうで誰もやってないんじゃないかな?
 飯田線には「駅前桜」がけっこう多くあり、駅構内施設を入れて撮影できることを条件にすると、94駅中約35駅にあることを確認しており、今回はそれを全部撮って載せております。どの駅に桜があるのか知りたい方は、本誌をご覧ください。
 この企画を思いついたのは、僕の好きな新城駅の駅前桜をなんとかして取り上げたかったから。

130315-5.jpg

 見事な駅舎と、ちょいと樹勢が衰えている感があるもののまだ元気な桜の競演。大量の自転車もなんだか活気を感じさせ、実にいい。「後世に残したい東三河の風景100選」で10位くらいに選びたくなる風景ですね。
 こんな目立つところにある桜なんだから、いつ植えたとか、なぜ植えたとか、地元の人なら誰でも知ってそうな気がするのだが、意外にも来歴がなかなかわかりませんでした。探偵のように地元の人に聞きまり、いろいろな証言を総合してようやくだいたいのところがわかったので、本誌を買って読んでネ!
 駅前のお店では、この桜がまだ若木だったころの写真を見せてもらいました。

130315-1.jpg

 背景と同化しちゃってわかりにくいけど、2台の車の後ろに写っているのが桜です。なぜか棕櫚らしき木が5、6本一緒に植えられております。なんで?
 ちなみに、桜が植樹される前の写真が、僕も少しだけ手伝った樹林舎の「豊川・蒲郡・新城・北設の昭和」P210に載っておりまして、円形の花壇の中になんかよく分からない小さな木がモシャモシャと生えており、街灯と広告塔みたいなものが設置されています。興味のある人はこちらもご参照を(こんなマニアックな話に興味のある人がいるのか)。

130315-3.jpg

 円形の花壇は健在です。なぜ木が円の中心にないのか不思議だったのだが、空いたところに棕櫚が植えられていたわけね。

130315-4.jpg

 葉が色づいた秋もよいのである。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

春日なるHINOMI

2013年03月13日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」38号が発売中です。

130314-1.jpg

 創刊10周年イヤー第2弾の今回のキーワードは「春」。わたくし(まさ)はいつもと同じ地名探訪&小学校連載に加え、春の飯田線の旅というテーマで1本。嫁(まり)は「春の体験」ということで天竜区熊でのたけのこ掘り体験を担当しました。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売されていますんで、お買い求めください。
 ちなみに表紙はこの時のものです(→●□)。

 今回の地名探訪は三遠を代表する春地名、春野です。昨年11月下旬に撮りに行った、春埜山から見た雲海の写真(→●□)は見事にボツとなりました。嗚呼。
 春野以外で「春」がつく地名というと、豊橋と浜松にそれぞれ春日町があります。どちらも比較的新しい町。春日神社が由来のように思えますがなんの関係もなく、春の好イメージから命名されたらしい。
 両春日とも本編ではなく脚注で「その他の春地名」と題して150文字くらいで紹介しています。話が広がれば大きく取り上げたいところだけど、どちらも面積は狭いし、歴史的にも1000文字で書くほどの面白いネタはない。
 締め切り間際、とりあえず写真を撮りに豊橋の春日町に行ってみました。

130314-2.jpg

 豊橋三ノ輪郵便局のすぐ北にある、春日公園あたり。うーむ、豊橋っぽい風情のところだねえ。どこが豊橋っぽいのかと聞かれると困るが。平成18年に発行された「校区のあゆみ 豊」によると、春日町一帯はかつて「向郷」と呼ばれ、痩せた畑地やただの荒地が広がっていたのだが、昭和30年代に区画整理を行って住宅地になったとのこと。
 この公園の中に、春日町の成立を記念して建造されたブツがあった。

130314-3.jpg

 昭和39年に建造されたミニステージだ!なんじゃそりゃ!とツッコミを入れたくなるところですが、正面には「向郷土地区画整理事業完工記念」と刻まれたプレート、サイドには組合員の名前を刻んだプレートが取り付けられており、立派にモニュメントの役割も果たしております。

130314-5.jpg

 背面には、竿を立てるためのものと思われる鉄のリングが。紅白の緞帳でも張って、ステージで演芸会でも行ったんでしょうか…。
 これ以外に撮るもんねえなあと思ってこの日は去ったのですが、後日、上記の「校区のあゆみ 豊」を読んでたら、学校校舎を転用した木造公民館と半鐘があるとの記述を発見。これは不覚だった。
 そこで今日、豊橋に行ったついでに春日町を再訪してきました。春日公園よりちょい北の道を少し入ると、そこには登録文化財級の公民館と、例によってHINOMIが!

130314-4.jpg

 昭和36年に小沢小学校(豊橋南部の国道42号沿いにある、ナシの皮むき大会で知られる学校)の校舎を移設したものだそうで、瓦に「學」の文字が見えます。半鐘台も同時期の建造でしょう。しかし、これだけ回って東三河に見落としていたHINOMIがあるとは、まだまだ甘い…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)

恋のアーケード0020/タウンサインの研究0042

2013年03月12日
 叡電で出町柳駅まで出て、鴨川対岸にある市営駐車場に戻ったところ、駐車場の向かいにアーケードの「出町桝形商店街」があったので、土産物色を兼ねて散策してみました。

130312-1.jpg

 河原町通りに面した入り口から商店街の中へ。

130312-2.jpg

 ほんの200メートルほどしかありませんが、そのぶん、去年行った「錦市場」や「寺町通り」(→●□)に比べると庶民度が高い。名古屋にたとえれば大須に対する円頓寺といったところでしょうか。しかし、ここの商店街キャラは大須系だった!
 
130312-3.jpg

 おお、まあ、なんというか…。活性化して地元に金が落ちるならなんでもいいんじゃないか、という考え方もありましょうが、景観デザインの観点から誰かそれなりの人がムニャムニャ…。地元じゃないからいいんですけどね。
 この人は「加茂川マコト」というらしい。商店街に出ていたお知らせボードによると「このたび、一定の定着を見たことから、当商店街の専属キャラクターとしての契約を本年度限りで終了することといたしました」だって。なんだそりゃ。
 まあ、なんというか、市民権を得ているとは考えづらいのに新キャラが増殖し続けている某半島の某娘よりはいいか。 
(まさ)
西日本 | Comments(3) | Trackback(0)

くらくらマニアック

2013年03月11日
 土曜日は取材で、京都の山奥にある貴船神社で行われた雨乞祭へ。取材というか、嫁の取材に父子もくっついて観光してきました。

130311-4.jpg

 鴨川のほとりの市営駐車場に車を停め、叡山電鉄に乗って貴船口駅まで行き、そこから2キロほど天竜の阿多古川流域あたりとなんら変わりない杉林の中の道を歩いて貴船神社へ。ここは縁結びの神様として知られているらしく、一人旅らしき女の子がいっぱいて、まあ、なんというか、目にいいね!
 雨乞祭じたいは30分くらいで終わってしまい、あたりを徘徊して昼食をとったのち、午後は近くにある鞍馬寺へ行ってみました。チョー有名な寺ですが、マニア的にここの目玉はなんといっても寺営のケーブルカー。前にも書いたけど、あらゆる乗り物で僕が一番好きなのはケーブルカー。ムリヤリ登ってゆくあの感じも最高だし、駅で待っている間に聞こえてくる、「しゅるしゅる」いうケーブルを巻き上げる音もたまらん。
 鞍馬寺ケーブル山門駅と多宝塔駅を結ぶ200mの路線で、運賃は100円。あっという間に到着してしまうのだが、父子そろってテンションがあがる!

130311-1.jpg

 鞍馬寺の信者(?)の女性が運転する牛若号である。思っていたより小ぶりな車体。行きは乗客が多くて乗り切れず、次の便まで待つことに。
 
130311-2.jpg

 多宝塔駅の待合室。あまりのシブさに父も1歳児も興奮である。嫁は呆れて、帰路は一人で山道を歩いて下りてゆき、父子だけ乗ったのだった。

 130311-3.jpg

 思い思いに鞍馬の風情を楽しむ母子。キョロキョロしすぎだ!やはりマニアな将来が待っているのでしょうか…。
 1歳児は帰りの叡電も興奮状態で、あまりにはしゃぎすぎたか出町柳駅についてベビーカーに乗せたら爆睡しちゃった。
(まさ)
西日本 | Comments(2) | Trackback(0)

カナダからの手紙

2013年03月09日
 1歳児とさまよう公園シリーズ。
 先日、家から近いのに一度も行ったことのなかった刈谷は半城土にある「ミササガパーク」へ行ってみました。猿渡川の向かいに豊田病院があるあたりです。

130309-1.jpg

 愛知万博のカナダ館に展示されていたメイプルリーフのモニュメントがあることで、地元ではそこそこ知られている公園ですね。ミササガはカナダにある市の名前で、刈谷と姉妹都市提携を結んでいるとのこと。
 市のHPによると「草原の広場や、針葉常緑樹・広葉常緑樹等を中心とした植栽、ログハウス調のトイレや休憩所を園内に設置することによって、ミササガ市をイメージできるような公園になっており…」と紹介されている。刈谷なんぞでカナダをイメージできるかどうかは各個人の想像力が試されるところですが、公園じたいは広くて美しく、しっかりした遊具もあって、1歳児は存分に楽しんでござった。
 その遊具の屋根が面白かった。

130309-2.jpg

 屋根部分に刈谷市章が3つも!なんか顔っぽいぞ。ウルトラセブンに出てくるミササガ星人の来襲のイメージらしい(そんな星人はいません)。

130309-3.jpg

 もう一面にはミササガ市章も描かれていました。
 ところで、なぜこの町と姉妹都市提携を結んでいるのかかねてから疑問だったのだが(といって深く追及するほどのことでもないのでほっておいたのだが)、市のHPにはこんなことが書いてあった。
----------------------
1981年、ミササガ市の市長から「姉妹都市提携を希望する」メッセージが届き、友好使節団の調査などを経て、同年7月姉妹都市提携が調印されました。
----------------------
 向こうから来たの!?てっきり刈谷から交際を申し込んだと思ってたわ。しかし、なんでまた刈谷のようなとりたてて特徴のない地味な地方都市に目を付けたのか?先方の狙いはなんなのだ?
 ついでにwikiを見てみたら「刈谷は慎重だったが、ミササガ市側がフライング気味に姉妹都市提携を宣言」「アメリカのフリント市も姉妹都市提携を申し入れてきたが、刈谷市長は明確な回答を避ける」とある。なんか知らんがモテモテじゃないか!惚れた相手じゃないとわからない魅力があるんだろうか。しかももう一人を袖にして。

 ちなみにわが知立の姉妹都市はオーストラリアのウインダム市らしい。これまた市のHPによると「ヴィクトリア州の中で最も魅力的な市、第2位に輝き」などとある。そんなステキな町(ってなんの調査で2位なのかよくわからんが)と知立がナゼ?これも向こうからの告白なのか?
 ついでなので、ブラジルのどこかの町とも姉妹都市提携して二股かけてもいいじゃないかと思います。名古屋市は五股かけてるしね。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0041

2013年03月07日
 土曜日、背中を痛めた嫁を安城の花の木商店街にある鍼灸院に連れて行ったついでに、久しぶりに安城市街を散策。すると、日新堂書店のある通りにこんなフラッグがはためいておりました。

130306-1.jpg

 きーぼー?なんじゃそれは。ヒロシの連れ合いか?(←古すぎ)
 商店街キャラかと思って今ネットで調べてみたら、安城七夕祭りのキャラだった。しかも2009年から使われているって?いくら西三河での取材をここ数年ほとんどしていないからって、地元ネタを知らな過ぎるにもほどがありますね。碧海郡民として恥ずかしい…というほどのことでもないが、たまには地元で何か仕事したいもんです。もはや取材じゃなくてもいい。
 きーぼーを見かけたのは日新堂の通りだけで、花の木通り(碧信本店から斜めに伸びる通り)や末広通り(碧信本店前の大きい通り)には、別のフラッグがはためていた。

130306-2.jpg

 安城オリジナルかと思ったら、グランパスの旗でした。安城以外の町でも見かけたことがあるが、掲揚されている町はグランパスとなんの関係があるんだろうか。知っている人がいたら教えてください。

130306-3.jpg

 オマケ。安城町道路元標と1歳児。一度撮ってみたかったのよ…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(8) | Trackback(0)

知多市唯一のトンネル

2013年03月06日
 わたくしが制作に関わった歴遊舎刊「知多四国巡礼 決定版地図ガイド」(知多四国霊場会監修・1600円)の連動ネタ。

130302-1.jpg

 豊明の1番曹源寺から大高の87番長寿寺まで、98寺200kmに及ぶ知多四国の巡礼ルート「弘法道」。知多半島なので平坦かと思いきや、南部の方に行くとけっこう山越えルートがあって面白かったりします。●□とか●□とか。これ以外にも面白い山越え道が何か所かありますんで、興味のある人は本を買って地図を見てネ!
 まともな山なんぞありそうもない半島北部にも、一か所だけ山越えの弘法道があります。それは知多市八幡の80番栖光院の裏側。

130305-1.jpg

 八幡に山なんかなさそうに思いますが、栖光院の背後には小さな山がぽこんとあります。山というか、丘の端っこが朝倉の宅地開発を免れて残ったという感じ。
 上の写真だと巨大なクスノキばかり目立ってよくわかりませんが、地図で見るとわかりやすい。


大きな地図で見る

 寺の南西に描かれている等高線が山です(+ボタンで拡大してみてネ)。弘法道は、名鉄常滑線の踏切の手前から国道155号をそれ、100mほど山道を歩いて裏側から境内に入るというルート。かつて栖光院の南側一帯には道も家もまったくなく、軽い山越えが最短の道筋だったわけです。
 今は完全に廃道と化しており、登り口も民家に阻まれているので歩けません。しかし09年の春に取材した際、大師堂の脇にある階段を登れば弘法道の跡が見られると聞き、登ってみることに。

130305-2.jpg

 おお、怪しい雰囲気!知多市にもこんな場所が残っていたとは。
 写真の真ん中に石碑が建っているのが見えます。近づいて見てみると上部に「隧道」と大書され、その下には数十人の人の名前が刻まれている。建立は明治35年。
 隧道ってなんやねんと思いつつ、石碑の奥をひょいと覗いてみると、なんとそこには廃隧道が口を開けていた!

130305-3.jpg

 ただの洞穴っぽいけど、まごうことなき隧道です。短いとはいえ弘法道で唯一のトンネル、崩れてなければくぐってみたいぞ!
 住職の話によれば、これは明治末期に檀家たちが掘ったとのこと。隧道で稼げる距離はたった数十メートルほどなのに、少しでも便利がいいようにと檀家の力を結集して貫通させたらしい。実にマニアックな…いや、徳の高い行いである。
 この隧道は、伊勢湾台風で崩れるまで通学路としても使われたそうな。

130305-4.jpg

 でもって隧道の向こう側はこんな感じで道が続いており、丁石も残っています。
 この春、知多四国を回ろうと思っている方であまり急がない人は、ぜひチェックしてみてくださいませ。←前の文章をコピペ
(まさ)
知多雑 | Comments(1) | Trackback(0)

読めども読めども

2013年03月04日
 知人のHPの日記の「去年は一年間で100冊読んだ」という記事に刺激されて、僕もどれくらい読めるもんか、いつもより読書ペースをあげて、かつ読んだ本の記録(読了日とタイトル)を取ることにしてみました。
 で、2か月たって振り返ると、1月1日から今日までに読んだ本は15冊。うーん、こりゃ100冊なんてどうやってもムリだ。
 ちなみに読んだ本とその感想は以下のとおり。なお僕の場合、2~3冊を同時進行で読む場合もあるので、日付と期間は一致しません。

1/3 有頂天家族(森登美彦・幻冬舎文庫)
 ・おもしろい
1/9 談志が死んだ(立川談四楼・新潮社)
 ・そうだったのか
1/17 四次元温泉日記(宮田珠己・ちくま書房)
 ・マニアネタが哲学に昇華した
1/19 数学的にありえない/上下(ファウラー・文春文庫)
 ・過去に読んでいたのに知らずにまた読んでしまう→●□
1/21 アメリカ人の半分はニューヨークの場所を知らない(町山正浩・文春文庫)
 ・アメリカ人じゃなくてよかった
1/22 日本の選択 あなたはどちらを選びますか(池上彰・角川ONEテーマ)
 ・僕やっぱり、政治にあまり興味ないんだナ←開高健のカンジで
1/27 実録神戸芸能社(山平重樹・双葉文庫)
 ・おもしろい
1/29 エデン(近藤史恵・新潮文庫)
 ・おもしろい
2/2 コミュニティデザインの時代(山崎亮・中公新書)
 ・言わんとすることはわかるが、なんか違和感…
2/7 晴天の迷いクジラ(窪美澄・新潮社)
 ・おもしろい
2/13 自白/上下(グリシャム・新潮文庫)
 ・おもしろい
2/19 解錠師(ハミルトン・ハヤカワ文庫)
 ・おもしろい
2/23 謎の独立国家ソマリランド(高野秀行・本の雑誌社)
 ・じっくり読もうと思っていたのに面白くて一気に読んでしまった
2/26 おどろきの中国(橋爪、大澤、宮台・講談社現代新書)
 ・むずかしい
3/3 日本の文字(石川九揚・ちくま新書)
 ・なるほど

 今までの経験からいうと、読書量が増えても1、2年たてばほとんど忘れてしまうのであろう…。
 さて、いちばん最近読了した「日本の文字」に、目から鱗の記述がありました。作者曰く「野球チームの記章マークは、アルファベットを漢字的に配したものである」。巨人のYGマークや、阪神のTHマークとかね。なるほど、確かに漢字的である。
 ヤクルトの帽子のマークが今シーズンから昔に戻ったけど、あれなんかまさしくYが偏、Sが旁(つくり)です。

130304-1.jpg

 ううむ、実に美しい組み合わせ方。僕はヤクルトファンではないけれど、このマークは日本のプロ野球史上で五指に入るデザインだと思っているので、旧に復してうれしい限り(ちなみに五指のうちあとの4つは、南海のNH、ロッテのLO☆、阪急のB∂、西鉄のNL)。
 前のヤツは、プロ野球史上屈指のダサいデザインだったもんなあ。

130304-2.jpg

 これって、ただ単にユニフォームのホーム・ビジター各胸マークの頭文字を並べただけ。漢字のような美しさのカケラもありゃしない。
 いっぽう中日は昨シーズンから帽子のマークとユニフォームがが変更になりました。ホームのユニフォームは現行デザインのほうが全然いいが、帽子のマークのCDの組み合わせは落合時代の方がぜったいにいい。なぜ今のがよくないかというと、今のは漢字的な配し方ではないからだ。

130304-3.jpg

 う~ん、どうでもいい。
 どうでもいいついでにもうひとつどうでもいいことを書くと、電気グルーヴの出たばかりのアルバムに入っている「P」という曲の歌詞が、人口水増し問題で前副町長が逮捕された東浦町のことを歌っているみたいで笑った。

大分やましい/残念憂さ晴らし/大分台無し/不完全はまだマシ
細部あやしい/3000も水増し(500人くらいらしいけど)
(Words by Takkyu Ishino&Pierre Taki)

 市制施行を推進していた前町長が「自分のあずかり知らぬことで遺憾」というようなコメントをどこかの新聞に出していたけど、なぜ「自分の施策がプレッシャーをかけたようなもので、職員の皆さんには申し訳ないことをしちゃってゴメン」ぐらいの潔いことが言えないのだろうか。
 現職の神谷町長には「責任を取って自分の在職中には5万人を超えても市制施行はしません」宣言とかしてほしいもんです。
(まさ)
そのほか | Comments(5) | Trackback(0)

はじめての大病

2013年03月03日
 バレンタインデーを過ぎた2月半ば、陽太郎が流行りの胃腸風邪にかかった。明け方にガバッと起きて、乳でも欲しいのか?と抱き抱えたら、こちらに向かって嘔吐。ウワッと思ったのは私だけで、ボウズはスッキリしちゃったのか再び熟睡。午前中は元気よく遊んでいたので大丈夫そうだなと思っていたら、昼食後に再び嘔吐。それでもケロッとしていたので様子を見ていたら、数時間後に再び嘔吐。熱もなく、元気そうだったけれど、さすがに異変を感じたので休日診療している病院へ連れていくと、胃腸風邪と診断された。
 その日の夜から徐々に熱が出始め、初めて38度を超える。いつもなら外遊びをねだるボウズが顔を真っ赤にして寝ている。下痢も始まり、どんどん胃腸風邪らしい症状が出てくる。食欲はなし。ゼリーと寒天を作ったら食べてくれたけど、薬を混ぜて飲ませたら、ゼリー=薬とインプットしたのか、食べなくなった。
 水分補給はしっかりねと先生からいわれていたので、水やお茶を飲ませるが、口がまずいからか受けつけない。代わりに母乳が大活躍した。でも、乳首をびよーんと引っ張りながら吸うから、痛くてたまらない。あまりに痛いから、「ちょっと待って~」と間をあけようとすると、今度は大泣き。乳は痛いし、胃腸風邪がうつって熱は出るし、互いに調子悪いのにケンカするし。しんどい一週間でした。

 130303-1.jpg

 その1週間後、背中に激痛が走る。授乳の姿勢が悪かったのか、原因はよくわからないけれど、呼吸するだけで痛い。鍼灸院へ行って帰宅すると、針の効果か体がけだるく、座ってられない。横になっていると、ボウズが様子を見にやってきた。背中が痛くて振り返ることができず、目をつむって寝た振りをしたら、大泣き。この泣き顔がまたかわいくて仕方ない。カアチャンカアチャン(最近、言うようになった)と、すり寄って甘えてくれる時期は、あとどれくらいかなぁ。
 
 130303-2.jpg
そのほか | Comments(4) | Trackback(0)

寄ってけ弘法

2013年03月02日
 3月に入り知多四国の巡拝シーズンに突入しましたんで、久しぶりに知多四国のネタ。
 まずはお知らせ。歴遊舎から2010年版として出ていた知多四国のビジュアル系手引書「知多四国巡礼」(→●□)が、リニューアルして「知多四国巡礼 決定版地図ガイド」(知多四国霊場会監修・1600円)として発売されております。

130302-1.jpg

 わたくしは例によって、取材・執筆・撮影・地図ディレクションとして関わっております。いくつか出ている知多四国本の中ではいちばん詳しくて分かりやすいので、興味のある人はぜひお買い求めください。
 あと、知多半島内のみで配布されている無料情報誌Step3月号の歴史・文化・マニアック系コーナー「知多遺産」で、知多四国の巡拝路「弘法道」について書いておりますんで、こちらもどうぞ。知多半島内の飲食店やサークルKなんかに置いてあります。

 本誌の核となっている「弘法道」については、以前にこのブログでも書きましたんで、こちら(→●□)をご覧ください。で、ここでは知多四国巡礼にもStepにも書かなかったネタを。
 徒歩で巡拝するしかなかったそのむかし、弘法道ユーザーにはひとつの慣例があったと言われています。それは、知多四国の札所寺院でなくても沿道に弘法大師を祀る寺があれば、そこにも立ち寄るということ。知多四国には88寺以外にも「番外」の札所がいくつかありますが、ある寺は立ち寄りスポットから番外札所に「昇格」したとも言われています。
 さて、南知多町の内海駅のすぐ南に、妙音寺というお寺があります。南知多三十三観音の32番札所で知多四国の札所ではありませんが、弘法大師も祀られています。

130302-5.jpg

 この寺の脇入口に、大正15年に瀬戸の加藤庄七という人が寄進した標柱が建っているのですが、その下部に刻まれた文字が「弘法道沿道の立ち寄りスポット」であることを証明している、実に貴重な一品。

130302-4.jpg
「當山へさんけいして 四十八番へ とをりぬけ」

 この寺はちょうど47番持宝院から48番良参寺への道沿いにあり、巡拝者はここにもお参りしていってネ!という案内になっているのです。いや~、マニアックにもほどがありますネ!
 この春、知多四国を回ろうと思っている方であまり急がない人は、ぜひチェックしてみてくださいませ。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

22年の時を経て0002

2013年03月01日
 その同和鉱業片上鉄道ですが、実はちょうど22年前、廃止直前の平成3年3月に乗ったことがあります。たしか大学のサークルの旅行で広島方面に行った帰り、芸備線から姫新線と乗り継いで津山に泊まり、翌朝バスで柵原へ出て片鉄に乗ったのだった。乗ったのだけれど沿線風景はあんまり覚えてなくて、いま回ってみても懐かしさはほとんど感じない始末。
 当時も、枚数は少ないながら写真は撮っておりまして、自分の写真だけで「今昔対比」ができてしまいます。いやー我ながら年を取ったもんだ。
 終点の柵原駅はこんな具合に。
130228-2.jpg
(1991.03.13撮影。以下古写真同じ)
   
130228-4.jpg

 旧赤磐郡吉井町の中心部、周匝(すさい)駅はこんな具合に。
130227-1.jpg
   
130228-5.jpg

 旧和気郡佐伯町の中心部、備前矢田駅はこんな具合に。
130228-1.jpg
   
130228-6.jpg

 備前矢田駅跡は、下りホームは残っているものの、上りホームと駅舎用地には新しい住宅が建っちゃいました。
 昔は、いわゆる「旅行貯金」のために訪問した郵便局の記録をマメにつけておりまして、その記録を読み返してみるとこういうことが書いてある。

------------------------
佐伯 Saiki
岡山県和気郡佐伯町佐伯301-6
津山から霧の中を柵原へ。おっさんマニアが数人いる。ボロDCで備前矢田。いい駅舎だ。春の日射しが降る大きな吉井川を渡り対岸の集落に入り郵便局に行く。矢田駅で降りた同じようなヤツが入ってきた。…
------------------------
周匝 Susai
岡山県赤磐郡吉井町周匝799-2
…見るようなところもないので町の中をブラブラする。中規模の神社を通り、本堂から読経が聞こえる寺を見て、駅に戻る。妻とまだ小さい子供を連れたマニアを見かけた。…
------------------------
備前 Bizen
岡山県備前市西片上1278-2
片上駅はマニアばかり残り面白くないので、さっさとホームから出て外をウロウロ。例の家族連れは郵便局に入って行ったので、少し時間をずらしてから行く。メジャーなところでは誰しも行動パターンが同じなので嫌だ。…
------------------------

 廃止を間近に控えて、多くのマニアが片鉄を訪れていたことがうかがえます、ということではなく、自分もマニアのくせに同業者を意識しまくりで、実に嫌な感じですね。さすがに年を取った今はもうちょい自分を知ってるというか、おおらかな気持ちでございます。
 しかし、ローカル線に乗って途中駅で降りまくって旅行貯金に精を出す「種村直樹フォロワー」って、今ではもう絶滅寸前なのでしょうか。そもそもオタネムラ先生は今どこで何を書いておいでなのか(もうバリリバリ書ける年齢じゃないか)。先生のバッシングサイトを見たりすると、郷愁は残っているので少し胸が痛む。

130228-3.jpg

 あとオマケ。かつて周匝駅にあった何もかもテキトーな感じの駅名標。いい時代だった…。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)
 | HOME |