廃岬

2013年01月31日
 師崎の左義長は師崎5地区で開催されます。昨日アップしたのは的場という地区で、巨大のぼりを作って燃やすのは、5地区のうち東西両端の的場地区と荒井地区。その間にある鳥西・鳥東・栄村ではいわゆる「どんど焼き」と餅まきのみ。昔は全部の地区でのぼりを作っていたが、若者が減ったのでやめたとのこと。
 的場で13時に始まった左義長は、一地区が終わると次の地区に移動して点火を繰り返し、最後の荒井は14時半に点火されます。

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 会場は、卸売市場があって一般向けの朝市も開催される、師崎東端の埋め立て地。昭和40年代に造成されました(土地区画整理事業の完成は昭和51年)。古い地形図には、このあたりに「林崎」という岬の名前が載っており、埋め立て地自体の字名も「林崎」。埋め立てによって岬が消えてしまったわけです。
 ところが、この消えた岬の遺構というか往時の形状を、今でも見ることができます。こんなマニアックな地形もそうないのではなかろうか。

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 これが旧林崎。コンクリートを吹き付けた地味な崖にしか見えないけど、正面から見るともっとわかりやすい。

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 おお、完全に岬だ!昔はここに波打ち寄せていたと思うとなかなか感慨深い…って当時の風景は古写真でしか知らないけど。景観保全というよりたまたま小高い丘だったので残っちゃったというところか。

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 旧林崎は児童公園になっています。この下から愛知用水の送水管が島に向かって伸びており、工事で亡くなった関係者の慰霊のため(たぶん)先端に観音さんが祀られております。
 長時間の祭り見物はさすがに飽きた1歳児、林崎の丘に目が留まると「ア、アー!」と興奮しながら一人で駆け出して公園への階段を登り、観音さんを発見したら親が何も言わないのに自ら参拝。息子よ、お前の目にはいったい何が映っているんだ。
(まさ)

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◎知多半島の岬めぐりシリーズ
羽豆岬→●□
海田鼻→●□
鳶ヶ崎と長谷崎→●□
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知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

師崎の左義長

2013年01月30日
 日曜日は昼から南知多町師崎の左義長を6年ぶりに見物。1年後に某誌に載せるための取材です。

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 左義長というと一般的にはお札や書初めを燃やすものですが、師崎の場合はそれだけでなく、巨大な手作りのぼりを厄年の若者が引き倒してぼろぼろにして燃やすという激しいアトラクションが加わります。さすが漁師町、荒っぽい。

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 見物客にはアルミホイルを巻いた餅と竹竿が配布され、左義長の火で焼いてその場で食べます。これを食べるとこの一年は無病息災だそうな。1歳児は指を加えて焼き上がりを待ち、焼けたらうまそうにムシャムシャ食べた。これで今年も元気だネ!←なぜこの語尾

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 その元気な坊ちゃんはアマチュアカメラマンたちの格好の被写体になっておりました。職業柄カタいことは言わないし、リクエストがあれば「どーぞどーぞ撮ってやってください」と差し出すけど、見ず知らずのガキの写真なんぞ後で見返して面白いのだろうか?癒し?どうせなら、ウチのボウズを撮った写真がコンクール等で入賞するぐらいのものをお願いしたいところ。
 あと地元ケーブルテレビのCCNCさんにも、餅まきでゲットした餅を手に大はしゃぎする1歳児を撮ってもらいました。放映されるといいなー。地元民じゃないので視聴できないけど…。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

MENTAI、雅楽、1歳児

2013年01月29日
 土曜日は、出版社勤務時代の同僚が所属する雅楽グループがセントレアの「空港音楽祭」に出演するというので見物に。その前に時間つぶしで、昨年末りんくうにオープンした「めんたいパーク」へ行ってみました。とりあえずできたばかりということもあって大混雑。

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 多くの人が疑問に感じていると思いますが、知多半島になぜ明太子?そりゃまあ、ぜんぜん企業が来てくれないりんくうエリア、土地はいくらでも余ってるけどさー。
 地場産業でない外来種の進出に「どないやねん」となぜか大阪弁で考えながら家族で中に突入。すると館内には物販スペースだけでなく「めんたいミュージアム」なる部屋が。ますますわからない。

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 ところが!このミュージアムがまた子供のハートをギュッと鷲掴みするアトラクションぞろい。ウチの1歳児もよそのお子様方もキャッキャキャッキャと大はしゃぎ!
 ガラス越しに製造工程を見せる「産業観光ゾーン」の食いつきもよく、さらにはできたて明太子、明太パン、明太軍艦巻きと試食も充実。子供が喜んでくれたのならもうなんでもオッケー。当初の懐疑的な態度はどこへやら、「けっこうよかばい」と九州弁で感嘆しつつ施設を後にしたのでした。

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 とりあえず今回は商品の購入は見送らせていただきまして(急遽立ち寄ったので保冷バックを持っていかなかった)、電車に乗って本来の目的地であるセントレアへ。親は目当ての雅楽グループ「幻奏舎」の演奏を堪能。1歳児は「ドーン!」と太鼓にだけ興味を示し、あとはポールのまわりをグルグル回って遊んでいました。
 外国人利用者が多いんだし、館内BGMに雅楽を流しておくといいのではないだろうか。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0235

2013年01月28日
 先日、東三河山間部の某所を徘徊していたら、地区の小さな児童公園でこんなカンバンを発見した。

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 赤い羽根共同募金によって建設された公園…なの?
 文字は味わい深く、赤い羽根も効いているのに、星に玉をぶっ刺した人型がちょいテキトー感あって、全体的に微妙なデザインです。
 ホーローじゃないと思うけど、素材的にこういうカンバンはどう呼ぶのか、知ってる人いたら教えてください。
 まさかこんなものまで持っていっちゃうバイヤーやマニアはいないと思うが、念のため場所は内緒。このへんです。

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 この感じだけで見当が付く人いたらすごい。当たった人にはステキなプレゼントを差し上げますので、ジャンジャン解答を送ってネ!AMラジオか。
(まさ)
東三河雑 | Comments(7) | Trackback(0)

ザ・ツートン

2013年01月27日
 ウチの1歳児は年齢にふさわしく電車、バス、車、サイレンのついた乗り物が大好き。見かけるるたびに「オゥ、デンデン」「バッチュウ」「ピーポ」「チョウボウシャ」「チンチンカン(新幹線)」等と指差し確認をするのが常なのだが、先日豊橋市街を徘徊していたところ、1歳児を困惑させる市電に遭遇した。

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 いやいやいや、このラッピングはにんともかんとも。なんという“のんほい”なセンス!

130127-2.jpg 「・・・・・・。」

 デンデンなのかピーポなのか判断がつかず、固まってしまった1歳児であった。ていうか悲しそうだぞ。他のラッピング市電には普通に興奮していたというのに…。

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 豊橋はマンホールの蓋にも市電が描かれていて、いちいち下を見て指差しては「デンデン!」と叫ぶ。前見て歩いてくれよ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

鉄筋コンクリートの大仏殿

2013年01月26日
 前々回記事の大仏と前回の収蔵庫に絡んだネタ。
 羽島市中心部の竹鼻に「佐吉仏」呼ばれる大仏さんがあります。寛延3年(1750)、永田佐吉という郷土の偉人が建立したものです。
 この佐吉仏が安置されている御堂が、マニア的見地からはいい味が出てきている鉄筋コンクリート製。

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 建造は昭和37年。築50年を迎え、先の浜松市立博物館収蔵庫のようなナイスな風合いに。格子風の窓は和風ですが、社会主義国のアパートの四角い小窓みたいないくつもの穴は、きっと当時の先端デザインだったのでしょう。いやよく知らんけど。小窓が梁から吊り下げられたHINOMI半鐘…じゃなくて小型の梵鐘も面白い。
 こういう建築物はあとどれくらいたったら文化財になるんでしょうかね。

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 で、この昭和30年代のポップ建築に、佐吉仏がよく馴染んでいる。おそらく建築当時は馴染んでなかったと思われるが、50年かけてじっくり馴染んでいったのである。いや、よくわからんけど。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

縄文遺跡と1歳児

2013年01月24日
 今年最初の遠州行きは、18日の浜松でした。嫁が取材の事前調査で浜松市博物館の企画展「注染ぞめ」を見に行くというので、僕と1歳児も同行した次第。
 この博物館は市街地から3キロほど北西に離れた蜆塚という場所にあります。中途半端な立地ですが、ここにあるのは国指定史跡である縄文遺跡「蜆塚遺跡」と一体化しているから。20年くらい前に一度だけ来たような覚えがあるけど、もはや自分の記憶は信用できん。まあ、ほとんど初めてのようなもんです。

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 エントランスではキャラクターがお出迎え。発掘されたシジミ、発掘されたナウマンゾウの化石、いずれも出土品がモチーフというレアさ。ナウミンのほうがなぜ和服で、手にボクシングローブのようなものをはめているかは謎。出土品だけに解明されていない部分が多いのである。いやよく知らんけど。
 1歳児はナウマンゾウの骨格標本に見入ったり、小学生の団体の間をウロチョロしてみたり、なぜか置いてあったけん玉を引きずり回したりして楽しんでいたのだが、母は展示を時間をかけてじっくり観覧しており、次第に飽きて外に出たがる。なので2人で館外に出て、蜆塚遺跡を中心とした屋外展示ゾーンへ。

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 遠州の冷たい空っ風が吹き荒れてクソ寒い中、喜々として走り回る1歳児。
 しかし縄文遺跡とか復元竪穴式住居というものは、一見ではテンションが上がるけど、近くで見たり中に入ったりしてもそんなに面白いもんではない。1歳児はキャッキャ行って住居の中に突入したものの、すぐに半泣き状態で外に飛び出して「コチ、コッチ!(訳:早くこっちに出てきようおとうさん)」。

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 その後、花壇の周囲をぐるぐる回るという奇行を見せたのであった。
 どうでもいいけど、後ろにある高床式倉庫みたいな収蔵庫って各地で見かけますが、もうそうろそろ耐用年数的に不安というか、マニア的見地からはいい味出てきてますね。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

布袋のランドマーク健在

2013年01月22日
 ランドマークといえば少し前、江南市布袋の「布袋大仏」を見物に行ってきました。一部マニアには有名なこの大仏、江南にはけっこう頻繁に行くのに見るのは初めて。

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 この異形感!メジャーな物件ですので今更いうことはありません。
 いちおう某紙の取材だったので、大仏に付設している鍼灸院の先生にも話を聞きました。大仏の背中に二階建ての建物がくっついてて、そこが鍼灸院になっているという不思議な構造です。仏教系かと思っていたら、もともと建造者が御嶽教の信者で、大仏も「御嶽薬師尊」というらしい。背中の建物ももとは教会だったものの、今は教会としては機能していないとのこと。
 ちなみに作ったのは先生の父君で、先生は高校生の頃に大仏建設を手伝ったというのには驚いた。

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 大仏と名鉄と1歳児。ホトケ好きの1歳児ながらいまいち布袋大仏に興味は示さず、「オゥ、デンデ~ン(電車の意)」と叫びながら行き交う名鉄電車を眺めておった。
 ところで、僕が好きな宮田珠己という作家の「日本全国津々うりゃうりゃ」(廣済堂出版・2012年)という本に、この布袋大仏が紹介されており「素晴らしい!素晴らしすぎるぞ、布袋大仏。」と絶賛されています。
 それは別にいいのだが、地元民として筆者に「ちょっと待たんかい」と言いたいのは、布袋大仏が登場するのが「名古屋」という章で、「わたしに名古屋行きを決心させた2大スポットのひとつ」と書かれていること。江南は名古屋じゃない!決して!
 名古屋の章にはほかに、日進の五色園(→●□)、リニモ、高蔵寺などが登場するが、すべて名古屋ではない。唯一の純名古屋物件は本山の桃厳寺のみ。いったい東京の人というのは名古屋をなんだと思っているのか。そりゃあ名古屋は印象が薄く名所も少ないけど、あんまりではないか。
 と書くだけ書いてはみたものの、僕自身が名古屋も江南も地元ではないので、別に周辺部が名古屋といっしょくたにされても「まあそんなもんだよね」というか特に憤りはないです。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

伏見のランドマーク消える

2013年01月20日
 また名古屋ネタ。
 先日、久しぶりに納屋橋を歩いたところ、いつも見えていた昭和遺産がなくなっててびっくり。

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 以前はこのような風景でした。

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(2009.06.28撮影)

 「ナゴヤパレス」がなくなっている!伏見の編プロに過去通算3年ほど勤めたことがあり、納屋橋は通勤ルート。毎日のように見ていた建物だったのだが…。
 樹林社刊「名古屋情熱時代」(名古屋タイムスの写真集)によると、昭和28年に「名古屋アイスパレス」としてオープンし、昭和33年に1階が温泉、2階がダンスホールとしてリニューアルしたのが「ナゴヤパレス」だったとか。いつ営業をやめたのかはこの本には書いてないですが、長らく伏見の廃ランドマークとして、一部マニアに親しまれてきたのでした。
 ちなみに納屋橋東詰(この写真の正面)には、かつて「ピンクビル」というのがありました。確か2000年ごろまではあって、末期は名前のとおり風俗ビルだったと思います。前にも書いたけど、90年代には納屋橋東詰に「納屋橋劇場」というポルノ映画館もあったし(→●□)、堀川の名駅側のラブホ街にはロシア人の客引きがいたし、このへんは猥雑な地域だったなあ。
 たまーに伏見に行くと、見知った風景と変化がありすぎてキョトーンとしてしまう。老化の一環ですか。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(6) | Trackback(0)

HEY、GO!

2013年01月19日
 先日、A・ファウラーの「数学的にありえない」(文春文庫)の上巻を買って読み始めたところ、途中で特徴的な登場人物が出てきて「これは以前に読んだことがあるのではないか?」と気が付いた。ところがストーリーを全く覚えていないのでずんずん読み進め、上巻が終わったところで実家の本棚を確認したところ、案の定上下巻とも揃っていた。どうやら2年ほど前に読了していたらしい。おお!
 で、下巻をさっき読み終わったのだが、結局最後までストーリーを思い出すことはなく、初めてのような感覚で読み終えたのだった。わたしゃ大丈夫かね…。
 ちなみに同じことが前にも一度だけあって、そちらの方はオチに辿りついて初めて既読だったことに気が付いた。たしか伊坂幸太郎だったと思う…って、二度読んだ本の著者すらうろ覚え。

 わたくしの場合、町歩きでも同様の現象が見られます。
 先日、名古屋に用事があって出たついでに、JR熱田駅から桜通線の桜山駅まで1時間ほど散策しました。その際、名古屋平郷郵便局に初めてのつもりで寄ったのだが(いわゆる「旅行貯金」です)、家に帰って記録を見てみると、なんと11年前に一度行っていることが判明。おお!
 気になるので名古屋市内の他局の訪問状況も調べてみたところ、昨年11月に行った名古屋大喜局(→このとき●□)も同じく11年前に訪問済みだった。う~ん。
 
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 平郷(へいごう)局付近の4~5丁目界隈。ちっとも覚えていない。瑞穂区の西部は昭和初期の区画整理で開かれた地域でどこも同じような雰囲気だから、まあ覚えていなくてもしょうがないといえばしょうがない。
 それにしても手前左の喫茶店の名前がポイント高いね(なんのポイント?)。

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 名古屋高速に近い1~2丁目界隈。昭和初期からの建物でしょうか、時間帯によっては叙情的と言えるかもしれない家並です。なおこのあたりは「叙情都市名古屋」(→●□)の取材でも訪れておりません。近くの雁道には行ったけど写真は全部ボツになったし。

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 平郷5丁目から北に入った船原6~7丁目あたり。ここはさすがに歩いていないと思うが、もはや自分で自分が信じられません。古くからの集落だったらしく、シブいけど、叙情っつーかなんつうか。
 本でも散策でも、時間がたてば二度目だとしても新鮮に楽しめるのである…じゃなくて、老化というのは恐ろしいという話でした。
(まさ)

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追記
コメントいただいたカンバンはこれです。

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名古屋雑 | Comments(5) | Trackback(0)

観光地&HINOMI

2013年01月17日
 北信の旅の続き。
 1歳児に町並み徘徊ばっかりさせてシブい子供になってしまっては不本意であるので、ちょっとしたアトラクションとして湯田中から信州中野まで長野電鉄に乗せてみました。単に親(わたくし)が乗りたかっただけという説もあります。

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 車窓に釘づけ(10分ほど)の1歳児。リンゴ畑ばかりで大人もなかなかすごいと思える景色でございました。
 信州中野駅で待っていた嫁と合流し、ほどなくすると1歳児は寝てしまった。しかたないので、ベビーカーに乗せて小布施を散策することに。1回か2回通過した記憶があるものの、ほとんど初めてのようなもんです。
 栗菓子と美術館で有名な小布施は言わずと知れたS級観光地。だけど町並み保存で売っているわけではないので、市街中心部の景観は意外と地味。見た目は伊那谷の飯島や伊那松島あたりと大差ない感じが。

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 景観的には微妙ながら、老舗酒蔵や老舗栗菓子店など個々の店構えがそれぞれ洒落ており、それが市街地に密集しているので独特の雰囲気をたたえています。言ってみれば住宅展示場の「オシャレ店舗」版ですな。
 で、われわれは美術館には見向きもせず、和菓子屋、ケーキ屋、酒蔵を転々として土産を物色したのでした。そして、ベビーカーを押しながらふらふら歩いていたところ、北斎館と枡一市村酒造と風味堂に囲まれた駐車場の一角に例によってHINOMIが!

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 味わい深いような中途半端なような、何とも言えないロケーション。そもそも公共用地なのか私有地なのか?信州の火の見櫓は奥が深い…。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

渋、寒、熱

2013年01月16日
 長野市街を徘徊したあとは、特にどこにも寄らずに宿泊先の渋温泉へ。長野電鉄湯田中駅から2キロほど奥にあります。

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 石畳の細い道、入り組んだ細い道、密集する旅館、9つもある外湯、点在する土産物屋に飲食店に遊技場、山から下りてきた猿などなど、温泉街情緒に満ち満ちた「ザ・温泉街」。素晴らしい。「できるだけたくさん外湯に入りたい!」という嫁の希望もあり、16時から翌日の昼前まで長時間(我々にしては)滞在しました、。
 ただ、湯がアホほど熱い!外湯のいくつくはあまりに熱すぎて、服脱いだのに湯船に入らずに出てきたほど。どこにも「水で埋めてください」との断り書きがあるけど、この熱さを埋めるのにどれだけ時間がかかるんだ。

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「まだ~!?」

 外湯のひとつ「綿の湯」。他の人と一緒に入るのが嫌なのか、1歳児は外湯を泣き叫んで拒絶。仕方ないので外で母が出てくるのを待っていたものの、なかなか出てこないもんで扉の前でまたも大泣き。旅館の風呂は楽しんでいたが…。

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「助けて~!」

 足湯もこんな具合に、必死で抵抗したのだった。何がそんなにイヤなんだ。
 けど、温泉街散策は1歳児にも楽しかったようで、ずんずん歩いて行ってしまう。

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 ずんずん歩く1歳児。徘徊好きは親の血なのである。

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 温泉まんじゅうを手に大喜びの1歳児。温泉まんじゅうを製造販売する饅頭屋兼土産物屋が何軒もあったのには驚いた。製餡所もあったし。写真のお店は松本製菓という店で「胡麻そばまんじゅう」がうまかった。

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 温泉まんじゅうではなくパンを味わう1歳児。散策すると腹が減るのである。

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 ちなみに1歳児が食べているのは、小古井菓子店の「うずまきパン」のできたて。温泉まんじゅうの店だがパンも作っており、このパンは渋温泉の名物のひとつらしい。中はマーガリンたっぷりで、なかなかの味でございました。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

恋のアーケード0019

2013年01月14日
 善光寺参拝のあと長野市の中心部を徘徊し、その途中で長野権堂郵便局に寄って風景印を押してもらったところ、図柄がアーケードだったので驚いた。

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 アーケード商店街なんぞが風景印のデザインに使われている局がほかにあるだろうか!あるかもしれません。ていうか、たぶんあるでしょう。珍しいとは思いますが…。
 その権堂アーケードはこんなところ。

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 長野駅前から善光寺参道のにぎわいやオシャレ度に比べると、かなり庶民的というか、典型的な地方都市のアーケード街の趣です。もっともこの日は100mくらいしか歩いていないので、実態はぜんぜんわかりません。
 翌朝、宿で信濃毎日新聞を読んでいたら「利益につながる催し 課題/長野・権堂まちづくり協議会アンケート」という記事があり、昨秋「10月、権堂、昭和のまち。」というイベントを開催したところ通行量は激増したのに各店舗の売り上げ的には大した効果がなかったという。まあ、いずこも同じで厳しいわな…。

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 オマケ。長野権堂局の近くではこういう通りも発見。アーケード飲み屋街の遺構か?
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

善光寺と1歳児&HINOMI

2013年01月13日
 金土と突発的に北信方面へ旅行してきました。取材ではなく完全な遊びです。なぜ北信かというと1・ウチの取材対象エリア外、2・寒いところ、3・情緒ある温泉街、ということで。宿泊は山ノ内町(志賀高原のある町)の渋温泉で、水曜日に予約しました。まったくもって万事が突発的なわが家である。
 北信といえば善光寺ってんで、とりあえず善光寺に参拝。

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お菓子をねだる1歳児と土産を物色する女性取材記者

 寺好きの1歳児は、賽銭を投げて合掌し、本堂に置かれていた太鼓に執着し、偶然行われていた「御印文頂戴」で頭に御印文を押し当ててもらい、鳩とたわむれ、おやきをパクつき、門前の老舗「八幡屋磯五郎」で長野電鉄のイラストが描かれた七味唐辛子を買い…といった具合に初めての善光寺に終始ゴキゲンであった。
 そんなこんなで普通に楽しんだ善光寺の仁王門の脇に、例によってHINOMIが!

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 さすがHINOMI大国信州だけあって、ロケーションのよさが半端ではない。しかも避雷針の形が独特。善光寺山門の本尊である文殊菩薩が持つ剣を模している…のかな?
 当然ながら、参拝者の誰ひとり火の見櫓に目を留める者はありませんでしたが。

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 あとオマケ。境内で「三州碧海郡」の文字が刻まれた常夜燈を発見。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

ザ・オープン

2013年01月11日
 本日、取材で久々に尾張一宮の市街地に行ったら、駅ビルがどーんと出現していて驚いた。正式には「尾張一宮駅前ビル」といいます。

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 なかなか迫力ある外観ではないか。パンフレットによると「縦糸と横糸が規則的に織りなす織物の美しさをイメージ」とありますが、織物そのものというより、織る機械のほうに見える。
 建物じたい11月1日から使われており、今日はたまたま5~7F部の一宮市立図書館のオープン初日でした。ビル内には子育て支援センター(子供を遊ばせられる施設)もあるのでチョー便利。一宮の格が一気に上がったような感じだ。

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 3階の一部分は広々としたテラスになってて、西を向くと東海道線のホームが。

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 東を向くとシブい一宮の市街地が見えます。上階の図書館からだともっと眺めがいいので、ヒマな人は充実した繊維関係の蔵書をチェックしつつ眺望を楽しまれるのがよいでしょう。

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 ちなみにこちらは「豊島図書館」と名乗っていた旧図書館の建物。9月に閉館したもののまだ残っています。何度か利用したけど、「3むかし前」という風情でなかなか味わい深い建物でした。旧岡崎市立図書館と似たような雰囲気というか。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

揖斐郡の冬を味わう

2013年01月09日
 冬はカラッカラの碧海地方に長いこと住んでいると、雪が無性に見たくなることがあります。実家に帰省していた大晦日の午後、揖斐川町ではいい具合に雪が舞っていたので、ちょいと春日地区に行ってみました。実家のすぐ先がもう春日なのですが用事がまったくない地域なので、足を踏み入れるのは3年ぶりくらいか。はるか遠くの奥三河や北遠にはしょっちゅう行ってるのに…。
 同じ揖斐川町でも、旧揖斐川町はギリギリ濃尾平野に含まれ、実家のある旧揖斐川町瑞岩寺集落は平野部と山間部の境目になり、旧町村境を越えて春日に入るといきなり山奥という感じ。

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 六合。寒いよォ~。

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 川合。いや寒いねどうも。同じ町内とは思えない。
 春日には子供の頃から秘境感を感じてて、すぐ近くなのにえらい遠くに来たような気になります。

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 小宮神や川合は水利がよくないのか、集落内に共用水汲み場がいくつか設けられています。たった数キロ川下に位置するウチの近辺でこういうのはありません。
 探ると面白そうなネタがどんどん出てきそうな地域なのですが、僕が春日のことを突っ込んで調べたのは小学4年生の夏休み自由研究が最後なのであった。我ながらガキの頃からマニアックだね。なかなか地元を掘り下げる機会もないまま後厄を迎え、地元探求は老後の楽しみとなってしまうのか。なんせ昔から紙媒体未発達エリアなもんで…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

歌って踊る虫供養

2013年01月08日
 日曜日「大野谷の虫供養」を見に今回の道場である知多市南粕谷に行ってきました。大野谷の虫供養がなんなのかは、過去の記事をご覧ください。

2010.10.07→●□ 大興寺道場
2010.01.22→●□ おためし
2010.12.16→●□ 西之口道場入仏式
2011.05.09→●□ 善の綱

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 前々回の西之口、前々々回の大興寺はプレハブ小屋での開催でしたが、今回の南粕谷は公会堂での開催となっております。なお、前回までは12/15から1/15まで丸一か月間行われていたのが、今回から諸事情により10日間短縮され、12/20~1/10になっております。
 中に入ると、地元の皆さんによる演芸大会の真っ最中でした。

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 ズン、ズンズン、ズンドコ!って、背景(仏画の掛け軸)と音楽のミスマッチがすごすぎ!
 演芸会はどの道場でも期間中に何日か催されます。虫供養じたいは県指定文化財なのに、こういうのほほんイベントも組み込まれているところが虫供養の奥深いところ。世話人の方に話を聞くと、昔(40年くらい前まで)は虫供養での演芸といえば尾張万歳の披露が多かったそうで、時代によって出し物が変わっていくらしい。僕らが年寄りになる頃だと、いったい何が行われるのだろうか…。
 なお、明日(9日)の夜には「おためし(粥占い)」が行われます。面白いので、興味のあるかたはぜひ。
(まさ)
知多雑 | Comments(4) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0234

2013年01月05日
 とりあえず今年も地味なところから始めます。僕の言う「地味」は誉め言葉ですんで念のため。
 嫁の実家の尾張旭に滞在していた3日の午後遅く、ヒマつぶしに車で15分ほど走って、春日井の北東外れの坂下から内津あたりを「下街道」に沿って徘徊してみました。先日、犬山の「上街道」を通ったので(→●□)、こちらはどんなもんかいなと思って。下街道は国道19号の旧道にあたる県道508号をほぼ踏襲しており、旧東春日井郡坂下町を縦貫しています。
 坂下は年に一度通るか通らないかで、たいへん馴染みが薄い地区。地元の人には失礼ながら「高蔵寺ニュータウンの裏」という程度の印象です。そりゃ失礼だ。
 国道19号に接した坂下神社に参拝して交通安全お守りをいただいたのち、初めて坂下中心部の町並みを歩いてみたところ、意外にも街道風情をよく残したシブい町並みで驚いた。

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 うーむ、新年早々じつに味わい深い。春日井にもこういう風情のところがあろうとは。考えてみれば名古屋と東濃・木曽を結ぶ往年の大幹線道路。どっちかといえば高蔵寺村のほうが「坂下の裏」と言ってもいいわけで。
 そんな町並みの中に、このようなカンバンを掲げた商店を発見。

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 ローカルパン「カスガイパン」だ!初めて聞いた。まだやっているんでしょうか。
 そういえば先月、勝川駅前から北に伸びる道を走っていたところ如意申町のあたりでおしゃれベーカリーっぽい店を発見したので入ってみると、下の写真のようなシブいパンばかりが並んでてマニア的には逆にラッキーということがあった。これは「七福製パン」という地元製品で、購入したチョコクリームサンドの食感は給食のパンでした↓。

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 醸造業社や製麺業社などと違い、ローカル製パン業者は地元民でないとなかなか実態を把握できない部分があります。情報求む。

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 そのあと下街道沿いに点在する、面白いいわくがありそうでなさそうな地味な史跡や社寺をいくつかチェックしつつ北上し、県境手前の内々神社に参拝して帰りました。
 2013年もこんな感じです。
(まさ)
尾張雑 | Comments(5) | Trackback(0)

謹賀新年2013

2013年01月04日
 あけましておめでとうございます。

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谷汲さんの参道にて

 今年は29日から1週近くも双方の実家に帰っておりまして、久しぶりにのんべんだらりんと過ごしました。大晦日なんぞは、夫婦して1歳児を寝かしつけようとしているうちに三人とも眠ってしまい、あわや除夜の鐘を撞かないまま年を越すところだった。0時10分前に飛び起きて、あわててすぐそばの瑞巌寺に走りゴンゴンゴ~ンと3連打。

130104-2.jpg 三枡屋のういろうを手にご満悦の1歳児

 1歳児も無事に二度目の正月を迎えまして、毎年恒例の谷汲参りも、昨年は母に抱かれて行ったのに今年は自分の足で歩いて行きました。いやはや、一年が過ぎるのは早いもんだ。

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名阪近鉄バスに興奮気味の1歳児

 そんなわけで今年もよろしくお願いします。
(まさ&まり)
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