職人技 on the 屋根0021/カンバンの手帖ブログ版0233

2012年12月31日
 今年も地味なところで締めます。
 先週ヒマつぶしに、嫁の実家から車で10分ほどのところに位置する瀬戸市水野を特に目的もなく徘徊してみました。瀬戸市西北部の大団地エリアになり、丘陵地の開発地帯には植物から採られた町名が連なっているのが目につく程度で、特にこれといった見どころはない…と思います。
 旧東春日井郡水野村の村域には瀬戸電水野駅と愛環中水野駅がありますが、いずれももとの村中心部からけっこう離れている。小・公・農が集まる本来の水野の中心部はこういう雰囲気のところです。

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 シブい、シブすぎる!
 右に見える酒屋さんは居酒屋(立ち飲み屋?)で、外から様子を伺うと日曜午後遅くだというのに常連の爺さんたちでにぎわってて驚いた。
 中心部だけでは物足りなかったので、水野川右岸の丘の上にある八幡神社にも行ってみました。そしたら、ここの社殿の屋根飾りが絶品。

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 美しい釉薬瓦の波を泳ぐ瀬戸焼(たぶん)の見事な竜が二匹!そういえば今年は辰年だったなあ、と最後の最後になって思い出した。12年後の辰年に年賀状の素材に困ったら、これを撮影して使われることをおすすめします。

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 あとオマケ。水野のはずれにあるもと酒販店で珍品を発見。JR武豊駅近くにあるユタカフーズの前身「ユタカしょうゆ」です。この銘柄のカンバンを見るのは初めて。
 ユタカフーズはもともと武豊港のそばで製材業としてスタートし、戦後にみそ・しょうゆの醸造をはじめ、やがてカップラーメンの「マルちゃん」や調味料を作るようになったという、珍しい歴史を持つ会社です。たまたま出会った元店主によると、3~40年ほど前にユタカしょうゆが経営する武豊のボーリング場に行ったことがあるとのこと。なんだそれは!来年はその跡地を探すことから知多半島の仕事をはじめようと思う…って、どうやったらこんなネタで仕事用の原稿が書けるっちゅうねん。

 そんなわけで、来年も仕事にならないネタを追いかける所存です。
(まさ)
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尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

中島郡名所の矢合観音

2012年12月30日
 本日、激しい雨のなか華々しく開催された「ケイリングランプリ2012」は僕がノーマークの村上が優勝し、ヘビの夢(→●□)なんぞ金運とはなんの関係もないということを見事に証明して、幕を閉じました。僕が競輪を初めて見てから今日が丸20年目というメモリアルな日だったのですが、豊橋の星・深谷知広(桜丘高出身・96期)の2年連続逃げ潰れにほとほと愛想が尽きたので、もう今日を限りに競輪から足を洗おうと思います…って、そんなこと言ってやめたヤツなどいない。

 そんなことはどうでもよくて、前回の記事で「切干大根発祥地は稲沢の矢合(やわせ)」と書きましたが、そういえば今年のアタマに某媒体の取材で矢合の名所、矢合観音に行ったことを思い出した。
 矢合は名鉄国府宮駅から南西へ車で10分チョイのところに位置する、濃尾平野の典型的なザ・農村です。今も切干を生産しているという話は聞いたことがなく、周囲で目立つ産業は植木と苗木の栽培圃場。
 矢合観音はそんな集落の真ん中に位置しており、国府宮駅からも名鉄バスの路線が出ているほどの「おまいり名所」です。中島郡・葉栗郡エリアには国府宮神社、真清田神社、祖父江善光寺などのメジャーな参拝スポットがあるのでイマイチ影が薄い感もありますが、爺婆を中心にけっこう参拝客が多いようです。

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(2012.01.20撮影)

 県道121号沿いにあるバスターミナルから伸びる狭い参道には花屋、土産屋、飲食店などが連なり、小規模ながらも門前町の様相を呈しています。

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 でもってこちらが矢合観音…って、寺っぽくないけどどういうこと?と思って話を聞いたら、ここは橋本家が代々個人で観音像を奉祀しているとのこと。もらったパンフによると、「確かなことはわからないが江戸時代中期頃に国分寺の住職から法会協力の感謝のしるしに十一面観音を贈られたのではないか。植木・苗木の販路が広まるにつれ、矢合観音の名声が広く口伝された」という。
 ここの観音さんはとりわけハレモノに効き、境内の井戸水も霊験があるので持ち帰る人が多いらしい。毎月18日が縁日になので、にぎわいを味わいたい方はその日を狙っていくのがよいでしょう。

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0歳児(当時)をかかえて取材に挑む女性取材記者(ただの参拝客)

 マニア的には、ここの手水鉢はタイルといいフォルムといい絶品なので、行ったら要チェックだ。

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0歳児(当時)に乳を与えながら取材に挑む女性取材記者(ただの昼食)

 帰りには参道入り口にある小玉屋食堂で、シンプルだが実にうまいどて煮、おでん、ラーメンを食べて帰りました。門前町にはこういう店がよく似合う。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

大根はブルースっぽい

2012年12月29日
 もう一発、大根ネタ。我ながら大根だけでよくこれだけ引っ張れるね。
 白須賀と同じくまだやっているかどうかわかりませんが、豊橋南部の老津でも、かなり大量の切り干し作りが行われているところに遭遇したことがあります。自分でもどういうわけかやたらと大根に執着するようになったのは、老津がきっかけだったような気がする。

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(2005.01.30撮影)

 防波堤に切り干しがズラーッ!すごいねどうも。右に見える小型バンの中にはまだまだ大根満載で、お爺さんとお婆さんがダイコンカッターでさらにせっせと千切りを生産中だった。
 左手にちらっと見えている繁みは明海町の埋立地で、つまりここはむかし海辺だった場所です。

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 なので小型漁船もあります。たぶんアサリ用。
 僕が愛読している資料に、昭和17年発行の「愛知縣特殊産業の由来」という市町村史みたいな分厚い本がありまして、それによると愛知県の切り干し大根の発祥地は稲沢の矢合(やわせ=矢合観音のあるところ)。享保年間(1716~1735)に始まったとする説が有力で、江戸時代から名声を博していたらしい。「尾張切干大根」の項目にはこのようなホットな一文が。
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 現在大根干の産地は中島郡及び一宮市附近を第一とし、知多郡・愛知郡・丹羽郡・海部郡・碧海郡・西加茂郡・渥美郡等尾張のみならず三河地方にも及び、事實上愛知縣の大根切干となり(中略)、延いては宮崎・長野・千葉等の諸縣にも傳播發達せしめ、多額の算出を見るに至つたのであるが、之等の盛況も其の淵源する所すべて尾張大根切干に在るのである。
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 スーパーではよく宮崎産の切干大根を見かけますが、そのルーツはどうやら尾張らしい。つまり、僕が愛知県のダイコンを追っているのは、日本におけるダイコン文化、野菜加工文化の根源に迫ろうという崇高な目的あってのことであり、まったくもってただのマニアではないのである。

121229-3.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」

 どうでもいいけど、大根ってブルースっぽくないですか?人参はジャズ、牛蒡は演歌だな(意味不明)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

白須賀大根のブルース

2012年12月28日
 渥美の大根ハザ掛けの写真を探して古いファイルをめくっていたら、湖西市白須賀のハザ掛けの写真も出てきたのでついでに載せておきます。最近ちっとも白須賀方面に行っていないので、昨日と同じくまだやっているかどうか不明。

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(2006.01.22撮影)

 どどーん、って、まあ同じだが。もしかしたら違うところもあるかもしれません。昨日の写真と見比べて、違いに気づいた人がいたら教えてネ!
 白須賀ではこんなところにも干されていました。そりゃまあ、どこに干したって乾けばいいわけで。

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 無造作である。

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 ギャグのつもりでしょうか。
 そういえばたまに、ガードレールに刈り取った稲をひっかけて干されているのを見掛けます。今まで見た中では、旧音羽町赤坂あたりで国道1号の歩道の柵に稲の束が引っ掛けてあったのには一番驚いた。なんというか、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなあ~。
 白須賀では、ハザ掛けのほかに切り干し大根も作ってました。刈谷市内でも田んぼで切り干しを造っているのにちょくちょく遭遇するが、たいていタタミ一畳分くらいの量。しかし、白須賀では量がすごい。

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 これを熊手でならしておられました。
 そういえば、今年はついに湖西市内へ一度も足を踏み入れなかった(電車と車で通過しただけ)。遠州フリークとしてこんなことではいけない。来年こそは…ってしつこいねどうも。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

渥美沢庵のブルース

2012年12月27日
 先日、神社の境内かどこかのグラウンドに無数のヘビがうねうねうごめいていて、その間を「ひーっ」とか言いながら自転車で駆け抜けていくという夢を見た。気持ち悪くて目が覚めたんだけど、これってもしかして金運アップの吉兆か!?
 そういうことなら、年末ジャンボは買わなかったので、30日のケイリングランプリはドカ~ンといくぜ。浅井-深谷のウラオモテ3連単流しでドカ~ンと大儲け!その金で家族旅行だ!
 と思ったその朝、うちの1歳児が器にどっさり入ったちりめんじゃこを床に盛大にぶちまけて、その様がまるで夢で見た無数のヘビと同じだった。こっちかよ…。

 そんなことはどうでもよくて、昨日の記事で「吉田から長草にかけては冬になると沢庵用ダイコンのハザ掛け風景が…」と書きましたが、ダイコンのハザ掛けとはこういうものです。

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(2006.02.17撮影)

 田原市大草町の国道42号沿いで撮影。知多半島では廃れてしまいましたが、沢庵の産地である渥美半島ではやっています…って、ここ何年かは冬に表浜に行っていないのでまだやっているかどうかわからないのだが。

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 支柱はかなり太い。組み立ても大変そうだわ。
 先に出た春夏秋冬叢書の「そう」37号に、別の人が書いた六連~東神戸界隈でのハザ掛けについての記事が載っております。それによると六連でハザ掛けをやっていた農家が、今年を最後にやめてキャベツに転業とのこと。うむむ。あと、湖西市の白須賀でも6~7年前に見たけど、どうなったか…。

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 掛ける前に数本が束ねられた状態で畑に置かれているところ。薪のようだ。
 そういえば、今年はついに田原市街より先の方へは一度も行かなかった(船で伊良湖まで行きながら上陸せずに帰ったことはあった→●□)。東三河フリークとしてこんなことではいけない。来年こそは…また行かなさそうな予感が。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

吉田大根のブルース

2012年12月26日
 昨日、扶桑産の根菜類の写真をアップしましたが、根菜類といえば2週間ほど前、大府のダイコン畑の取材に行ってきました。
 今でこそ大府におけるダイコン生産量は少ないですが、明治から昭和40年代までは一大産地として名を馳せ、大府駅から関西・関東に向けて貨車にダイコンを満載した「ダイコン列車」が走ったとか、市域西部の吉田から長草にかけては冬になると沢庵用ダイコンのハザ掛け風景が広がっていたとか、大府町あての郵便物は「知多郡大根町」との誤記が異様に多かった等々の歴史があります(最後のはウソ)。
 もし当時自治体キャラがあれば、間違いなくダイコンがモチーフになっていたことでしょう。もし当時「知多娘。」がいれば、大府キャラの名前は間違いなく「大府デエ子」になっていたことでしょう。なお「知多娘。」に関してはノーコメントです。

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 げんきの郷の西に位置する吉田町にて。この地区がかつてのダイコンの主産地で、吉田大根とも呼ばれていたとか。収穫しているのは青首ダイコンではなく、首の部分まで白い漬物用のダイコン。このあと、塩漬けしてから漬物メーカーに卸されます。

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 吉田から東海市方面を望む。知多半島の丘陵地では大府市域の眺望がいちばん爽快である。
 そういえば大府駅から徒歩3分くらいのところにある大府市歴史民俗資料館で、1/13まで大根の企画展が開催されています。シブいね。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

葱とか牛蒡とか人参とか

2012年12月25日
 前回の記事で扶桑の文字がちらっと出てきたので扶桑町の話。ブログにはほとんど書いてないものの、実は扶桑町にはけっこう頻繁に出かけております。扶桑町を含む木曽川中流域の某媒体を、6年前からやっているので。
 いろいろな意味で派手さはあまりない町ですが、取材自体はスマッシュヒットが多くてけっこう面白い。そのなかでとりわけ面白かったのが、山名で行われている日曜朝市の取材。

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(2009.01.25撮影)

 名前のとおり毎週日曜日に開かれ、地元の農家の人たちが生産物を持ち寄ります。9~4月は8時、5~8月は7時スタート。上の写真は開始15分くらい前の状態で、早くも客が目当ての商品の前で待ち構えております。開始直前にはほぼ全部の商品の前に人が立つほどの混雑ぶり。
 で、時間になると担当の方が炊飯器の釜みたいな手作りの鐘をカンカン鳴らし、客たちは目の前の商品にワッと飛びつく。競輪ならぬ競買だ!見る見るうちに品物が捌けて、30分もすれば終了。三河や知多のまったりした定期市を見慣れている身には、このデパートの大売り出しチックな雰囲気と打鐘(ジャン)は面白かった。運営サイドは爺さん・婆さんが多いんですけどね。

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 扶桑といえば2メートルくらいにもなる守口大根の産地として有名ですが、軟らかい砂質のためか、他の野菜もこんな具合にやたらと長く育つそうな。特にニンジンの長さは驚異的。
 ネットで「扶桑日曜朝市」と検索をかけても最近の情報が出てこないけど、まだやっているのかな?また行きたいけれど、さすがに早朝から扶桑あたりをウロウロしていることはないし…。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

桃とか桑

2012年12月24日
 クリスマスイブですなあ。ウチの1歳児は一昨日の晩、ジジババからパン男バスを、義弟夫婦からSLのおもちゃをプレゼントにもらい、期待した通りの反応を見せてくれて面白かった。

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 マニアへの第一歩でしょうか…。
 それはさておき、HINOMI話で脱線しましたが、3回前に書いた犬山の木曽街道に話が戻りまして、名鉄小牧線楽田駅の北東に位置する「楽田原」という地味な地区を徘徊していたら、シブい建造物が点在していて意外に楽しめました。

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 こちらは正面の大きな両開きの引き戸が味わい深い「楽田原集荷場」。このような集荷場は田舎だとけっこう頻繁に見かけますが、楽田原のものは少し小さい気がします。このあたりの特産品の桃用だろうか?犬山の桃の歴史は調べたことがないので詳しくはわからん。

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 こちらは「桑栄社」の表札を掲げた古い建物。かつての蚕小屋か?近隣の扶桑町の名が示す通り、このあたりは桑の産地だったようですが、その歴史も調べたことがないので詳しくはわからん。そのうち調べます、たぶん…。

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 いや、このあたりの風景もシブいねどうも。奥に見えるのは本宮山だと思います、たぶん…。
 犬山市内の木曽街道は、シブすぎて上級者(マニア)向きという感じだけど、山麓の桃や五条川の桜が咲く季節ならけっこう気持ちいいかも。春にぜひ再訪を…と言って再訪することは滅多にない。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

HINOMI FUMIKIRI

2012年12月23日
 しつこく火の見櫓ネタですいません。飯田線の小坂井-牛久保間にこういう名前の踏切があります。

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(2011.03.08撮影)

 場所は豊川市(旧小坂井町)の篠束で、サンビシのすぐ近く。これで火の見櫓が残ってりゃいうことないが、残念ながら小坂井型のホース乾燥塔(→●□)になっちゃってます。

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 無限ループのHINOMI旅、こんなところまで攻めてるとキリがねえなあ~。
 どうでもいいですが、この写真は「飯田線沿いを全区間徒歩で辿ってどこにも載せる当てはないけど原稿を書こう」と思いついて歩き始め、とりあえず全部の踏切名称をチェックしていたときに撮影したものです。豊橋から東上まで2回に分けて歩いた結果、こりゃ不毛だと気付いてやめた次第。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

HINOMI STOP

2012年12月22日
 昨日の記事にいただいたコメントで瀬戸の「品野火の見下バス停」のことが出てきたので、磐田市匂坂にあるバス停を紹介します。

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(2006.09.05撮影)

 その名もズバリ「火ノ見」バス停!しかも後ろには例によってHINOMIが!マニア感涙の超絶ロケーション。素晴らしすぎる。
 しかし、まったくもって残念ながら「中東遠型」の美しいドームを持つこの火の見櫓は撤去されてしまいました。拙著「火の見櫓暮情」は、エリアを東三河・西三河のうち東三河と境界を接している自治体・西遠州(新浜松市+湖西・新居)としたので、この櫓については存在を知っていながら触れずじまい…。

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 銘板にはご丁寧にも来歴が記されていました。
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火の見櫓の説明
當って昭和拾壱年 左記三氏の御寄付に
依り竣工せしも
仝拾九年 大東亜戦争に供出
仝参拾年七月 村と区の協力に依り
その土台の上に之を建立す

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 その三氏を記した戦前の銘板も取り付けられており、火の見史学上ひじょうに貴重な一基でございました。
 昔は中東遠にも頻繁に行ってたのだが、最近まったく行っていないなあ。磐田といえばそろそろ名産の干し芋づくりの季節か…。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

HINOMI SHOP

2012年12月20日
 先日、嫁が「阿川佐和子の新刊の『菊池から』が読みたい」というので、サワコの朝(TBS系の人気番組)の人って熊本県の菊池温泉とゆかりがあるんだなあと思ったら、正しくは『聞く力』だった。完全に聞く力が衰えている厄年であります。
 そんなことはどうでもよくて、一昨日とある取材で犬山市の東の外れをウロウロしていたところ、木曽街道(上街道)沿いの前原という集落でこんな素敵な名前の店を発見。

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 その名も「火の見屋」!店は営業をやめ、火の見櫓もホース乾燥塔に替わっちゃってるのが残念。誰か現役時代の写真を撮ってませんかね。

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 前原の南に位置する安戸という集落では、公民館の前に火の見櫓の台座だけが残されていました。犬山は、HINOMI的には惜しい町のようで…。
 こんなどうでもでいいHINOMIネタだけではなんなので、この近所で見られるシブいブツをもうひとつ。

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 新郷瀬川に架かる木造の名もなき橋。桜の咲く頃なんかよさそうだなあ。春にぜひ再訪を…と言って再訪することは滅多にない。
(まさ)
尾張雑 | Comments(3) | Trackback(0)

平岡における伊那酒VS木曽酒

2012年12月19日
 昨日の続き。
 飯田の地酒「喜久水」のワンカップは、飯田駅のキヨスクと平岡駅の売店で販売されています。平岡駅の売店は駅に併設された温泉宿泊施設「龍泉閣」の施設の一部で、キヨスクではありません。3月の平岡駅無人化後も営業しています。
 酒は、フロントの横にてこのような状態で絶賛販売中。

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 自販機で売られているのは瓶のワンカップ、右のガラスケースには紙のワンカップ。龍泉閣のフロントのおばちゃんがむかし平岡駅にあったキヨスクに勤めてらっしゃった方で、話を聞くと「昔はウォーマーでワンカップを温めて販売していた」という。そんな時代に酒が飲めていればなあ…。

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 ガラスケースのほうをよく見ると、喜久水の下に「七笑」という銘柄も見えます。「ななわらい」と読むこれは木曽福島の地酒。国道19号を走ると大きなロードサイドカンバンを頻繁に見かける蔵元です。平成13年に龍泉閣がオープンして以降、入荷するようになったそうな。
 しかし、わざわざ中央アルプスを越えてやって来るとは営業熱心な蔵元だ。地元の人は定番の喜久水を選びそうだし、観光客狙いだろうか?いや、木曽福島のほうが観光客は断然多いか…。伊那谷びいきで喜久水をプッシュしたいところだけど、日本酒業界全体のためにどっちも頑張ってほしいところ。

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 ちなみに喜久水酒造は昭和19年に下伊那郡の37蔵が統合して創設された会社で、平岡にあるこの酒屋さんはその母体のひとつ。下伊那郡をうろついていると時々、ここのように「いかにも元酒蔵」な雰囲気の喜久水系酒販店に出くわします。いつか全部回ってみたい…って、どんどんマニアックな方向に流れてゆく酒に弱いわたくし。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

熱燗専用/カンバンの手帖ブログ版0232

2012年12月18日
 今日もまた春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」37号連動ネタ。

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 今号では「冬旅」というタイトルで、飯田線の冬の旅についても書いております。次号は春の飯田線、次々号は夏の飯田線、次々々号は秋の飯田線について書く予定。
 冬の列車旅というと、なんとなく駅売りのワンカップを連想してしまうのは年のせいでしょうか。新酒のシーズンだしね。そんなわけで、現在、飯田線の駅売店で購入できる沿線唯一の地酒、飯田の「喜久水」を取り上げてみました。というか、喜久水を取材したいがためにこの企画を提案したようなもの。
 飯田線沿線のキヨスクが壊滅状態の現在、駅で「喜久水」のワンカップが購入できるのは平岡と飯田だけですが、下伊那地区一円や、県境を越えて旧富山村、旧水窪町でも頻繁にカンバンを見かけ、三遠南信フリークかつ酒の銘柄フリークの私にとっては非常に馴染みが深い存在です。
 そんなわけでやって来ました喜久水酒造。

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 飯田のひとつ手前の切石駅から徒歩3分、国道153号切石交差点のすぐそばにあります。国道から見ると工場っぽくてそんなにそそる感じはありませんが、奥に進むと古い蔵があり、小売りと資料展示をしている「翠嶂館」という施設もあります。
 その翠嶂館には昔の瓶が展示してあって、もうマニアは目が釘づけ!

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 シブい、シブすぎる!
 蔵の人の説明を聞くと、この中で左端に見える300mlの細い瓶がとりわけ面白いブツだった。

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 何かというと、かつての駅売り専用の瓶なのでした。つまりワンカップの前身。昔はキヨスクでこのまま湯にかけ燗をして販売していたらしい。そんな古き良き時代の飯田線に載ってみたかったよ…。

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 ちなみに「喜久水」の特約店用行灯カンバンには2種類ありまして、左が旧バージョン、右が新バージョン。平成4年に級別制が廃止(1級酒・2級酒の区別がなくなった)されたタイミングでリニューアルしたとのこと。前から気になっていたので疑問が解けてスッキリした~。飯田線に乗ったら要チェックだ!HINOMIよりもマニア度が高いですが…。

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 ホーローカンバンもごくたまに見かけます。剥がして持ってっちゃうヤツがいるので場所は内緒。
(まさ)

◎ウチのHPより、酒カンバンの手帖●□
この夏にPCを変えたところ、ホームページビルダーのバージョンのせいかなにかわからないけど更新できなくなってしまった。年が明けたらHP自体をいじる予定です。
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

他地域の冬

2012年12月16日
 今日もまた春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」37号連動ネタ。

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 今号では「冬」の付く地名ということで、三遠南信唯一である旧津具村の冬ヶ洞を取り上げたわけですが、冬地名がいかに少ないかという話を書くために、地図サイト(マピオン、いつもNAVI、MapFan)で検索かけたら出てくるものを脚注でずらっと並べてみました。
 サイトによってばらつきはありますが、数はだいたい50弱といったところ。自治体名クラスはゼロ、メジャーな集落も皆無。いくつか挙げてみると、冬室、冬住、冬居、冬原…って、全部寒そうだわ。ブルブル。僕がかろうじて知っていたのは、「北の無人駅から」(渡辺一史著・北海道新聞社)というノンフィクションの単行本にもレポートされていた北海道増毛町の雄冬だけ。
 能登半島の付け根に位置する宝達志水町に「冬野」といういかにも寒そうな集落があります。原稿締め切り後の10月上旬、某誌の取材で和倉温泉に行く機会がありまして、そのついでに寄ってみました。JR七尾線免田駅の東側にあります。

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 人家は10数戸ぐらいか。ここもネタ拾いに難儀しそうな感じだ。

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 家並を外れると、いかにも能登南部らしいダラーっとした田園地帯が広がっております。
 えー、以上です。

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 連続して地味な写真ばかりだったので(いつもか)、最後にオマケ。宝達志水町内で発見した、今はなき蔵元の地酒のブリキカンバン。酒の名前に友白髪とはなかなかすごい。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

冬ヶ洞周辺の見どころ

2012年12月15日
 昨日に続いて春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」37号連動ネタ。

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 「地名探訪」で取り上げた旧津具村の冬ヶ洞へは今年の1月に現地踏査を敢行したのだが、あまりの地味っぷりに呆れ果て、仕方ないのですぐ近くにある津具八幡宮に行ってみました。旧上津具小学校(→●□)の近くにあります。

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 行こうと思ったら、参道がこんな状態で面倒くさいのでやめたのだった…。
 で、8月に補足取材で津具を再訪した際、改めて参拝。

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 鳥居の前には油戸川が流れており、このようなちょっと面白い橋を渡って境内に突入します。境内は山の麓に広がっており、急斜面を背に鬱蒼とした森に包まれた、なかなか味わい深い神社。
 その境内の片隅には、なかなかシブい「忠魂庭」が築造されておりました。しかし僕も「味わい深い」と「シブい」以外の形容詞を知らんのかね。

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 日が当たらないせいか岩が苔むし、どこかの寺の庭園的な風情を醸し出しております。いくつも忠魂庭を見ているけどこういうのも珍しい。なお、中央に見えるデカイ「忠魂碑」は日露戦争、その右の小さい正方形は「満州事変・支那事変・大東亜戦争」のもの、左の標柱は昭和の御大典記念碑。

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 オマケ。参道付近から眺める爽やかな夏景色の上津具。

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 同じく参道付近から眺める寒々とした冬景色の上津具。シブく味わい深い廃車体である…。
 考えてみると、僕は春に津具に行った記憶がないなあ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

2012年12月14日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」37号が発売中です。

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 今号からは「創刊10周年イヤー」ってことで、キーワードは「冬」。次号から「春」「夏」「秋」と続きます。
 わたくし(まさ)はいつもと同じ地名探訪&小学校連載に加え、冬の飯田線の旅というテーマで1本。嫁(まり)は「冬の体験」ということで小原の手漉き和紙のカンゾカシキ体験を担当しました。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売されていますんで、お買い求めください。

 さて、今回の「地名探訪」は書くのが本当にきつかった。「そう」を10年近くやってきて、こんなに原稿作りに難儀したのは初めて。
 そもそも冬の付く地名なんて三遠南信にあるのか、という話だが、探してみたらひとつだけありました。それは津具の小字「冬ヶ洞」。マニアのわたくしが聞いたこともないとは一体どこにあるんだ?と思ったら、ここでした。


大きな地図で見る

 人口ゼロ。まともな道路ナシ。村史や地名辞典にも登場せず。
 仮にそういうところでも、行くのに大変な困難を要する秘境のようなところだったら面白いけれど、実際に行ってみたら、県道426号(津具大嵐停車場線)から未舗装の林業用作業道路を数分歩けば到達できてしまうという、まったくもって中途半端な場所。

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 う~ん…。
 あまりの何もなさに悩みに悩んだ挙句、下のような原稿を書いて編集部に送りました。冬ヶ洞はさておき、本誌がどうやって作られているのかが分かるレポートになっております。

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 本誌創刊以来、中断することなく続けてきたこの「地名探訪」が、最大の難関を迎えた。今号から「そう」十周年イヤー突入ということで、キーワード特集は出版社名に合わせて冬、春、夏、秋と続くのだが、冬の付く地名が三遠南信には一つきり、それも人家がまったくない山の中の、狭い範囲の小字である。冬地名は全国的に見てもきわめて少なく、自治体名や観光地など有名なものは皆無。この地域に一つでもあるのは奇跡ともいえるが、そこに話題が見出せなければ意味がない。

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 そもそも本誌のキーワード特集に合致するような「冬」の付く言葉じたいが多くないのである。本誌の企画は、月に一度開催の「編集会議」で検討される。そこでは、編集部が作成した「キーワードの付く単語、固有名詞リスト」に列挙されたものを、三遠南信に関係するかどうか、本誌の記事になりそうかどうか、参加した「編集委員」全員で仔細にチェックする。
 趣味嗜好や専門の異なる人間が二十人近くも集まると、談論風発、百家争鳴となって実に楽しい。さまざまな情報や意外な発想が次々に提示され、これまで企画に困ったことはほとんどない。しかし今回の「冬」だけは難航した。いつもは喧しい会議の場なのに、珍しく沈黙に包まれる時間が長い。つまり、それだけ「冬」の付く言葉が少ないのだ。筆者は創刊時からほぼ欠かさず会議に参加しているが、こんな状況は五年前の「鳥」の号ぐらいしか覚えがない。


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 地名に関しても、毎号特に調べなくてもいくつかはすぐに挙げられるのだが、地理マニアの筆者も今回ばかりは全く思い浮かばない。仕方なく地図サイト「マピオン」で冬と入力して検索してみると、表示されるのは全国でたった四十九件。この中にようやく「津具冬ヶ洞」の名を見つけたのだった。
(以下略)
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 この原稿はボツとなり、書き直しを命じられたのであった。そりゃそうだろうな。
 なお、この号の最初の会議は座が固まってしまいましたが、最終的には様々なネタが集まり、話題豊富な内容になっておりますので念のため。
(まさ)
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結婚式に出席

2012年12月13日
 先週の日曜日はイトコの結婚式に出席してきました。めでたい行事であることは何となく分かるようで、陽太郎は会場に到着するなり大興奮。
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 178円のシャツがネクタイを付けただけで格好良く見える。水玉ベストは母のお手製。

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 待合室に飾られた大きなツリーに感動! 「ピカピカ!」と言いながらボールをつつき、引きちぎる。

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 ウェルカムドリンクを味わう。

 神前式では篳篥の音色に心を打たれ、新郎新婦ではなく演奏者に釘づけ。指輪交換の儀では拍手喝采!そこまでは順調だったのに、三々九度の儀では杯を思い切り放り投げ、冷や汗が出る。杯が割れなくてほんと、良かった。
 披露宴会場では陽太郎の席も用意され、しばらく大人しく座っていたが、ほかほかのプチパンと唐揚げを平らげると満足しちゃたのか、あとは式場内をお散歩。せっかくの料理を残してはいかんと私は食べることに専念し、母が付き合ってくれた。
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 私と10も年が離れているイトコは少し荒れていた時期があった。両親への感謝の手紙のなかで、「中学生から二十歳になるまで反抗期が続き、お父さんと大きな溝ができました。後悔してます・・・」なんて涙ながらに語るもんだから、(私もそんな時あったわ~)ともらい泣き。大人になった彼女は気配り上手な女性になり、お盆や正月にたまに会うとさすがだなぁと思うことがよくある。ダンナさんを立てるいい奥さんになりそうだ。お幸せに!!
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0231

2012年12月12日
 日曜日、所用で岐阜に行ったついでにふと思い立ち、岐阜市北西部の黒野という町に行ってみました。大雑把にいうと岐阜大学の西側。ちょっとした町場が形成されており、旧黒野村、旧方県村、旧西郷村の中心地…的なポジションだと思います。詳しくは知らない。

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 実家の揖斐川町からそう遠くはないのだが、幹線ルートから外れていることもあってほとんど来たことがありません。市街地の中に入り込むのはおそらく20年以上ぶり。あんまり記憶にないなあ…。派手さはないけどそこそこシブい町並み。
 ここは江戸時代初期に黒野城というマイナーな城があったようで、城下町だそうな。町のあちこちに、地元の歴史愛好家が作ったと思われる味わい深いカンバンが点在してます。

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 ルビが違う。

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 城跡と接骨院、どちらを示しているのか。
 手つかず感があって取材意欲をそそる町ではありますが、いかんせん、岐阜には載せるべき媒体がないのである…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0230

2012年12月11日
 先日所用で岡崎市街に行き、1歳児とともに裏通りをウロウロしていたところ、元能見公設市場に「8月末で閉店」の貼り紙があってびっくり。

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 と言ってもこの界隈は疎く、ここの現役時代を知らないのでたいして感慨もないですが…。店構えを見ると名古屋の公設市場(→●□)と同じような雰囲気で、きっと味があったんだろうなあ。行っておきたかった。

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 いかにも昭和50年代チックな書体のカンバンの上部には、元能見公設市場のマークと思しきイラストが!ゆるキャラ化されていないカンガルーが実にシブい。
(まさ)

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(2013.04.10追記)
今日、たまたま現地を通ったところ、この建物は撤去されていました。
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愛知県三大横須賀のうちのひとつ

2012年12月10日
 先日、所用があってかなり久しぶりに旧吉良町内に足を踏み入れました。西尾市に合併してから行くのはたぶん初めて。旧幡豆郡3町は最近とんと御無沙汰で、さびしいもんです。さびしい?たまにゃ西三河の仕事もしたいのだけど、媒体がなあ…。
 でもって、たぶん5年ぶりくらいの上横須賀。

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 特に変わったことはないようで…。
 もともと旧吉良町は、海寄りの吉田村と内陸の横須賀村が合併してできた町で、それぞれの中心地区にはそこそこの規模の町場が形成されています。上横須賀は、大正5年に駅ができてから大発展したようです。
 そういえば、2006年に「西三河今昔写真集」(樹林舎)を作ったとき、この界隈の昭和初期の絵葉書が出てきて、写真に見える薬局と呉服店に取材に行きました。薬局は江戸時代、呉服店は明治時代創業の老舗です。
 そのとき薬局で聞いた話では、店の前に「横須賀村道路元標」があったのだが(たしか元標が写っている写真も持っておられた)、2000年前後ごろにトラックか何かがぶつかって折れてしまい、撤去された元標はどこへ行ったか知らない…とのことでした。移設保存されたとすれば、学校か、あるいは旧役場か荻原にある資料館か…。誰か探してみてくださいませ。

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 味わい深かった上横須賀駅の駅舎と、旧上横須賀郵便局の裏に立ってたHINOMI(→●□)は撤去されてましたが、市街地にある旧旧上横須賀郵便局舎は健在でした。柵飾りが出色!
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0229

2012年12月09日
 わくぐり神社に参拝した後、久しぶりに新城市南東部の富岡(→●□)に行ったら、国道301号と県道81号が交わる富岡交差点の角に、こんなカンバンが立っていた。

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 県境の宇利峠を越えて三ケ日の遠鉄ストアに誘導するカンバンだ!集客効果のほどはともかく、遠鉄の攻めの姿勢には驚いた。さすが「やらまいか精神」の土地だね。
 ちなみにここからいちばん近い食料品店は数百メートルのところにあるAコープ八名店。遠鉄ストアに匹敵するスーパーだと、バロー新城店が5.6km、ピアゴ新城店が7.4kmになります。浜松系の遠鉄、東濃系のバロー、名古屋系のピアゴ、三遠国境地帯を制するのはどこだ!

121209-2.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」

 地元民でもないのにどうでもいいことを…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

三河一宮と1歳児

2012年12月08日
 昨日は旧一宮町内を親子3人でウロウロしておりました。
 まずは東上にある「わくぐり神社」へ。地元では安産祈願で知られている神社です(→●□)。産まれてすでに1歳半、ようやくお礼参りに来ることができた。遅い、遅すぎる!神様、どうもすいません。

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 前に来たときはまだこのボウズがいなかったかと思うと、実に感慨深い。今やこのように、危険をものともせず急傾斜の階段をずんずん下りようとするまでに成長しました。
 続いて、豊津にある「大和の大いちょう」を5年ぶりに見に行ってみた。

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 ちなみに、葉が落ちていないとこんな姿です。

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(2007.12.01撮影)

 僕がこの木の存在を知ったのは「火の見櫓暮情」の取材をしていた5年前。一宮町大和地区のHINOMI(→●□)を撮りに行った際、傍らに凄いイチョウがあるのを見て驚愕したのが最初でした。
 たしかその頃はそんなにも有名ではなく、教育委員会の人に話を聞きにいっても「あのイチョウの来歴?さあ…」って反応だったのだが、翌年、中日新聞に掲載されてから急に名所と化したのでした。その後、国道151号や周辺の県道沿いにカンバンも建てられたりするし。中日新聞といえば20年くらい前にも、鳳来町川売の梅林の記事を載せたところ、それまで名所でもなんでもなかったのに急に観光地になったということがあった。新聞の影響力はすごいね。それに比べてわたくしなんぞはどれほど新ネタを発掘してもほとんど反響はなく…いや、別にいいです。
 反響といえばここ数日、このブログのアクセス数が急増している。なぜ?前にも一度そういうことがあったが、増加っぷりが異常で気持ち悪いぞ。

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 1歳児はイチョウにもHINOMIにもまったく興味を示さず、ひたすらブランコをせがむのであった。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

白一色0002

2012年12月05日
 JRのオレンジカードがいよいよ発売終了だそうで、登場した頃を知っている身としては感慨深いものがあります。集めていたわけではないけれど、悲しきマニアの性で使用済みのものをほとんど取ってあって、名刺ホルダーに入れて実家の倉庫のどこかに放り込んであります。20年後ぐらいに発掘して楽しむ予定。
 そういえば、とっくに販売終了した遠鉄のプリペイドカード「ETカード」(考えてみるとファンタジーな名称だね)がまだ4千円分を残したまま、書類棚に残っている。現在はバスのみで使用可能みたいだけど、今さら乗らないしなあ…。

 月曜日の午前中は篠島へ。今年は篠島の当たり年でもう7回目です。何回渡っても心が躍る。
 取材が終わって取材先の方に軽トラで港まで送ってもらう途中、シラスの水揚げ&天日干し風景を見物に連れて行ってもらいました。篠島はシラスの漁獲量が日本一で、いつか取材したいと思いながら間が悪くて一度も見たことがない。シラスのシーズンは例年ならとっくに終わっているのだが、今年はまだ漁に出ているとのことで、絶好の機会。
 で、漁港に着くと、ちょうど最後の船が入ってきたところでした。

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 ドーン!。

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 ドカーン!

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 ドサーッ!いや、すごいねどうも。シラス最高。
 漁協の方に勧められるまま生シラスを少しつまませてもらうと、漁船によって味がちょっと違う気がする。聞けば遠州灘、伊勢湾内、伊良湖水道と漁場によって色や味が違ってくるとのこと。「色は遠州灘よりチョイ落ちるけど、海水にミネラル分が豊富な湾内ものがオススメ」って、なかなかマニアックな話だ。来年はどこかで一発、ちゃんと取材せねば。
 しかし白一色と書くと、大学時代、先輩に緑一色を振り込んだことを思い出す。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

知多半島に紅葉名所

2012年12月04日
 きょう三洋堂知立店に行ったら、僕がいま定期的に購入している唯一の雑誌「ナショナル・ジオグラフィック日本版」が、いつもは2冊ぐらいしか置いていないのに今月号はなぜか8冊も入荷されていて驚いた。そんなにバカスカ売れる雑誌でもないのに、知立に突発的なナショジオブームが到来か!?…なわけはないし、単なる入荷ミスだろうか。しかも、いつも僕はここで買うのに、今月に限って別の書店ですでに買っちゃってるし。この一か月は三洋堂知立店の雑誌コーナーから目が離せない。

 今日は寒かった。冬の到来ですね。しかし温暖な知多半島では、まだ紅葉が間に合います。知多半島は杉の植林がほとんどないこともあって意外と紅葉がいい、ということに気が付いている人はあまりいないのでは(もっとも竹林も多いですが)。南知多道路を走ると、標高の低い里山のシブい紅葉が楽しめるのでオススメ。
 そんな知多半島に「紅葉谷」というのがあります。場所は知多市日長の日長神社。たとえば香嵐渓と比べると規模も知名度も1:1000ぐらいの差でしょうが、知多市商工振興課のHPでも紹介されており、地元ではちょっとした名所のようです。
 名前は知っていたが行ったことがなかったので、少し時間が空いたきのう、どんなもんかちょっと行ってみました。

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 シブい、シブすぎる!
 小高い丘のてっぺんにある日長神社の、社殿裏の斜面をモミジが覆っています。いちおう「谷」っぽい地形ですが、北向きの斜面なので日当たりが悪い。そのことが景観により深い味わいを与えております。神社の真下には名鉄常滑線が走っており、ときおり電車の通過音が響いてこれが実にいいアクセント。通向きですな。
 ネットで拾った情報によると、大正初期に100本ほどモミジを植えたのが起源だそうな。谷というより庭園という感じでしょうか。

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 日長神社じたいは、社殿が新しいので門が見どころ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ストレート

2012年12月02日
 昨日の続き。豊橋競輪に行く前は久しぶりに神野新田のあたりにおりました。国道23号豊橋バイパスの豊川橋の南側一帯になります。
 豊橋の西の郊外はドバーッと農地が広がってスカーッと爽快な風景が楽しめるので、町や暮らしに息苦しさを感じた時はちょちょく訪れます…というわけはなく、田原方面に行くときの通り道でしかありません。
 この神野新田は広い町域に集落が散在しているのですが、集落形態が干拓地らしくてなかなか面白い。

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 神野新田町北端の五号地区。

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 中部ガスのガスタンクにほど近いサノ割地区。
 ズドーンとまっすぐな道沿いに家が建ち並んでおり、すさんだ時などシュパアーッと晴れやかな気持ちになりますね。なりませんかね。

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 いまひとつ共感を得られないようですので、サワーッとした吉前海岸の風景でも…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

柿&HINOMI

2012年12月01日
 今週半ば、軽い取材と調査のために豊橋へ行きまして、昼ごろちょっと時間が開いたのでフラフラと久々に豊橋競輪場へ。僕にしては非常に珍しく2レース続けてポンポンと取ったもんですから、浮いた分をもう1Rに突っ込んだんです。そのレースの軸は、僕が競輪に手を染めたころにデビューした、僕と同年齢の岐阜の選手。彼はそこそこ強くて選手としていい線まで行きながらもうひとつ壁が破れなくて、現在は中堅中の中堅といったポジション。同郷同年同境遇(失礼)というシンパシーを少し抱き、まあこの程度のメンバーなら大丈夫だろう頑張れよと自信を持って購入したところ、なんと若手にイン粘りされてあっさり飛んで残り1周でもう車券が紙クズという、おいおいなにをやっとんじゃオッサンよ!
 「競輪は人生の縮図みたいなもの」と阿佐田哲也か佐藤正午か馳星周が書いてましたが(違う人かも)、冴えない縮図を見せつけられた豊橋の昼下がりであった。

 というようなことはどうでもよくて、そのあと石巻を通って新城に向かったのだが、石巻萩平の火の見櫓(→●□)のあたりでふと思い立って県道81号を外れ、石巻平野町というところに行ってみました。
 実はここは完全に初めて。三河遠州の集落は9割がた足を踏み入れたと豪語する私ですが、豊橋市内で行ってないところがあるとは迂闊にもほどがあります。「9割」ってのも本当かね…。

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 三方を山に囲まれた、田んぼと柿畑の集落です。集落にある大歳神社や無住の菩提寺にも行ってみたが、これといって特に書くことも見つけられず。

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 それだけではなんなのでオマケ。石巻萩平の火の見櫓はまだ健在です。柿の産地なのに柿とセットで撮ったのは初めてだ。
 すいません、今日は冴えない感じざんす(いつもか)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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