2012年9月末現在のCHITAにおけるHINOMI

2012年10月31日
 無署名記事なんでほとんど告知していませんが、知多半島の無料月刊情報誌Stepの連載ローカルネタコーナー「知多遺産」の企画・執筆をここ2年ほどやっておりまして、現在配布中の11月号の当欄において「火の見櫓」のタイトルで記事を書きましたんで、HINOMISTの皆様にお知らせいたします。
 この雑誌は、知多半島内のサークルK、主な観光施設、公共施設、飲食店などに置いてありますので、機会があったらご一読ください。遠隔地にお住まいで入手しづらい方は、Steplusで検索して「今月のStep」をクリックすると見られます。

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東浦町生路のHINOMI。線路脇に立つ珍しい例

 4年前に春夏秋冬叢書から出た拙著「火の見櫓暮情」のダイジェスト的な内容なので、コアなマニアの方には申し訳ないんですが…。
 いろいろ調べてて面白かったのが、本文でも取り上げた美浜町矢梨(大字豊丘うちの国道沿いの地区)の火の見櫓。なんだか新しそうなのでツテをたどって探ってみたところ、道路拡張に伴って撤去された旧櫓に代わって、平成13年に新設されたものだということが判明。櫓のすぐそばにある鉄工所さんが、役場が持ってきた図面にそって建てたんだそうです。

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 「火の見櫓暮情」では、水窪町長尾(→●□)のものを「日本で最も新しい火の見櫓ではないか」とかなんとか書いたのだけれど、矢梨のコイツは地元で火の見櫓として認知されているようだし(数名が「火の見櫓」と明言していた)、「日本最新HINOMI」の名誉ある称号はこちらに差し上げます!そんな称号いらないか。
 しかしなぜ、従来型の火の見櫓を踏襲したデザインにしたのか。役場の担当部署に聞いてみたところ、当時の資料も担当者も見当たらないとのことで経緯はよくわからず。河和や野間細目のホース乾燥塔も、ぱっと見ると一瞬「火の見櫓か!?」と思ってしまうので、なんにしても意識の高い職員がいたんでしょうなあ。いいぞ美浜町。防災意識も高く(というか消防熱が高い)、消防団上野間分団は操法で県下屈指の強豪だそうな。

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        ↑このへんに矢梨のHINOMIが見える

 知多半島の現存する火の見櫓はほとんどが4脚、3脚の背の高いものばかり。唯一、1本足の「半鐘台」があるのが、常滑市最南部に位置する広目集落。直伝弘法61番廣目寺の境内にあります。

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 最初、図版に使おうと思ったんですが、誌面に映えないのでボツにしました。やはり半鐘台は三河遠州に限る。サンマは目黒に限る。

121031-1.jpg ※クリックで拡大します

 あとブログ読者にオマケ、本誌に載せた分布図に地名を書き加えたものです(平成24年9月末日現在)。無限ループのHINOMI旅にご活用ください。あと、万が一洩れがあったらお知らせくださいませ。
 なお「河和南」は校正洩れで本誌ではプロットされておりません。どうもすいません。
(まさ)

◎更新が止まっていますが…
三河遠州火の見櫓集成●□
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知多雑 | Comments(9) | Trackback(0)

井戸に秘められた碧知の裏面史

2012年10月30日
 さらに春日神社境内を1歳児とともに徘徊すると、見事な形状の手水舎を発見。

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 かなり豪壮な、T字型の建物です。超有名社寺ならともかく、ここまで立派な手水舎ってのもそんなにはないんじゃなかろうか。
 なぜT字型なのかと思ったら、参道に面した「―」の部分に手水鉢があり、背後の「|」の部分は井戸なのでした。で、この井戸を観察したら、またなかなかのシロモノ。

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 大きな陶製の円筒に鹿とモミジ、それに日章旗と旭日旗があしらわれております。

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 背後に回り込むと寄付者と製造者の名前が。

寄付人 当町 森千代吉 明治34年8月吉日
製造人 常滑町北條 早川寺安


 窯業地だから地元産かと思いきや、常滑で作られたものとは。高浜も土管の産地だったのに、なぜわざわざ常滑に発注を?当時はまだ高浜で土管が作られていなかったのか、それとも早川寺安という方が衣浦湾を超えて名をとどろかせていた腕利きだったのか。
 今、僕は碧海エリアに居住しながら仕事の多くを知多半島でやっているんで、碧海も知多も観察しているのですが、この両者の関係が深いのか浅いのか、いまひとつ見えてきていません。この井戸はもしかしたら、両者の見えざる関係性を解き明かすヒントなのではないか?国境を越えた連携の秘められた歴史を語る重要なブツなのか!

121030-5.jpg 「どうでもいいですよ、おとうさん」
このあと水びたしになる1歳児

 いや、まあ、碧海と知多の関係性なんざどうでもいいんですけどね…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

のぎやん0008

2012年10月29日
 久々に近所の話題。
 先週末、ウチの1歳児を連れて高浜の春日神社&大山公園へ5年ぶりくらいに行ってみました。神社の一角が公園になっているところで、高浜市民の心の拠り所的な場所です。

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 さすが窯業の町、高浜。陶製の筒を積み上げた巨大なゲートに1歳児もびっくりだ!子育て支援センターなんかに置いてある巨大積み木っぽいぞ!
 園内を親子で徘徊していたところ(子連れだと不審者に見えないのはいいよね)、社叢の中にのぎやんを発見した。

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 こちらも、窯業地らしく陶製の像になっております。なお、台座の銘板に書かれた文字は「尽忠報国」。

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 ところが裏に取り付けられた銘板を見ると「名古屋市橘町 浅野銅器店謹製」と記されている。ということは、もとは銅像だったのが戦時中の金属供出で持っていかれ、戦後に陶器で再建したということか?経緯を知っている人がいたら教えてください。

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 園内には実にこう、昭和的な鳥舎もあったりなんかして、こんな地味なところに連れてこられて鳥もいい迷惑だろうけど、1歳児はそれないにテンションを上げておりました。そのうち、フラミンゴかクジャクかそっち系の鳥に「キャヒーッ」と鳴かれて、とてもビビってたけど…。
(まさ)

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◎のぎやんシリーズ 
0001豊田市林添町→●□
0002豊田市(旧旭町)杉本→●□
0003東栄町中設楽→●□
0004蒲郡市三谷→●□
0005名古屋市中村区名駅5→●□
0006常滑市古場→●□
0007安城市高棚→●□
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

過去の雑誌

2012年10月28日
 前回少し触れた僕の中高時代の愛読誌「FMステーション」とは、こういう雑誌です。

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 FMラジオの番組表がついた音楽雑誌で、番組表に番組名と放送予定曲がきめ細かく書かれており、それを毎回読み込んでは「サンヨーおしゃれなテレコWU4」でFM放送を聴きまくり、好きな曲やライブ番組を録音しまくっていたのでした。70年代生まれまでの人には懐かしい「エアチェック」というやつですね。
 確か中1の冬、同級生に教えてもらって、先のニューズウィークと同じく地元の好文堂書店で買い始めました。以後、大学に入るまでの約6年間、欠かさず買い続けたのでした。当時FM雑誌には「ステーション」「レコパル」「ファン」の3誌があり、いちばん若い世代向けの内容で、いちばん誌面が綺麗だったのがFMステーション。この鈴木英人の表紙イラスト、今見ても美しいねぇ。
 金曜日、実家の倉庫の奥のほうから発掘して、それこそ10数年ぶりに読んでみたのだけれど、全頁にわたって文字のサイズが今の紙媒体では考えられないほど小さいことに驚いた。マイクロソフトの「ワード」でいったら7ぐらいか。それがA4変形の誌面にびっしり!僕の年齢ではもうそろそろ読めなくなるんじゃないかというほど。
 しかしこの文字量、情報量、印刷で長らく220円(途中から250円)だったというのは恐ろしい。いい時代でしたね…。
 あまりに懐かしすぎて全頁スキャンしてお見せたいところですが、それは無理なので一部を。

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 湯谷温泉ゆかりのミュージシャン、忌野清志郎のインタビュー記事。若い、若すぎる!

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 今では考えられない人をビデオテープの広告に起用!とんでもないスタンダードだね、どうも。
 この雑誌に「ズバリひと言」という読者コーナーがあり、僕はここの常連でした。自分の名前が初めて活字になったのもここ。たとえば、昭和63年5月30日号(高2のとき)に載った僕の投稿はこんなのでした。

●この春、青函連絡船が散った。根元要の「ジョイフル・ポップ」が散った。NHK岐阜「ゆうべのひととき」の大島アナが散った。そして斎藤晴彦の連載「クラシック音楽をあなたに」が散った。春は悲しい季節でもあるのですね…。

 うーん…。
(まさ)
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雑誌の未来

2012年10月25日
 少し前、アメリカの報道雑誌で日本版も出ている「ニューズウィーク」が、紙版を廃止してweb版のみにするというニュースがありました。世界を代表するジャーナリズム雑誌が「雑誌」でなくなるとは、いやはや紙媒体の衰退もここまできたか。

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ザッカーバーグと1歳児

 ニューズウィーク日本版はたしか僕が中2の時に創刊されました。地元の好文堂書店(旧本揖斐駅の近くにある)でその告知チラシを手にし、当時、スパイとか国際謀略とかホームズとか海外小説ばかり読んでいた僕は「これは読まねば!」と興奮し、創刊号から毎週買ったものです。国際情勢を勉強するぜ!というのは建前で、まあ、中学生的な気取りですな。今の版元は阪急コミュニケーションズですが、当初はTBSブリタニカという百科事典の出版社から出ていました。
 大学1年ぐらいまでずっと買っていたのだけれど、原語のせいか訳者のせいかしらんが独特の文体がなかなか読みづらく、いまいち馴染めないまま離れてしまいました。大学行ったら地域社会系のことのほうが面白くなり、国際政治への関心がなくなってしまったということもあります。
 こうして、グローバルな方向性を目指していたはずの中学生は、今や超ローカル嗜好の中年になっていたのでした。嗚呼。
 ちなみに僕が中高生の時に欠かさず読んでいたのは、ニューズウィーク日本版のほかに「FMステーション」と「旅と鉄道」で、どちらも読者投稿欄の常連だった。しかし、前者はとっくに廃刊になり、後者は版元が鉄道ジャーナル社から朝日新聞出版に代わって全然違う雑誌になってしまいましたとさ。
(まさ)
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

中山太鼓と1歳児

2012年10月24日
 日曜日は、恵那市串原にある中山神社の大祭、通称「中山太鼓」を3年ぶりに見物に行ってきました。杉の木立に囲まれた狭い境内で、大勢の人がもみくちゃになりながら代わる代わる太鼓を打ちまくるという、超アッパーな祭りです。概要はこちら→●□

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 前日のライブは微妙なノリだった1歳児でしたが、やはり「神社+太鼓」の取り合わせは子供の心をもゆさぶるのだろうか、最初から最後までテンションが高いまま。帰る間際ごろなんて針が振り切れてどうにかなっちゃったのか、嬌声をあげながら境内をどたどた狂ったように走り回り、追いかけまわして疲れた。

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 曲が途切れたわずかの間に太鼓を叩かせてもらい、ご満悦の1歳児であった。もう3、4年もすれば、間違いなく打ち手の輪に入っていることでしょう。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ヘボと1歳児

2012年10月23日
 日曜日の午前中は、旧作手村(現新城市)の南部に位置する協和小学校で開催された「ふる里の秋を味わう会」へ。季刊誌「そう」の来年春号(2013年3月発刊)の取材ですが、地域住民も参加するオープンな催しだったので、1歳児も連れて行きました。
 作手で味わう秋のものとは、アマゴ、自然薯、そしてヘボ(蜂の子)です。

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 これですね。

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 この催しではさまざまな料理がふるまわれ、その主食はヘボの炊き込みご飯。女性取材記者は敬遠したのだが、1歳児は親が驚くほどモリモリ食べました。

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「オイチー、オイチー」(はっきりとは喋ってないが)

 揖斐川町の山の民のDNAがヘボ太郎にもしっかり受け継がれているのである…。
 ちなみに僕は、地元の方の勧めでヘボ飯に天然自然薯のとろろをかけていただいた。これがむちゃくちゃ美味かった。あと、赤蜂の子のカラアゲも、見た目はキツイがたいへんサクサクで香ばしく、じつに美味。ビールほしい~、って小学校ではいけません。

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 協和小学校は今年度限りで閉校になり、来年度からは旧村4校が統合されて「作手小学校」となります。統合後もなんらかの形で続くといいですが…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ロックと1歳児

2012年10月20日
 本日は、午前中が旧作手村の協和小学校の行事、午後が蒲郡で開催中のイベント「森、道、市場2012」と、1歳児連れでハードな動きをしてしまいました。
 とりあえず「森、道、市場」のほう。これは大雑把にいうと、形原温泉街の近く(あじさいまつり会場の上あたり)にクラフト作家・雑貨屋・カフェ等の出店がどーんと100店ぐらい出ている中で、野外ライブが行われるというもの。オルタナ系の音楽が好きなヤングたちと、いわゆる「森ガール」的な風情の人たちがたくさん来ており、私なんぞはアウェー感丸出しですよ。
 だけど一番の目的は、向井秀徳です。

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 でもって1歳児は、ヒカシューでは困惑一杯の表情でステージを凝視し、向井秀徳では途中からスヤスヤ寝ておりました。

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 このイベントには、友人らが「fratto編集部」として出店しておりますので、日曜日に行かれる方はぜひ覗いてみてください。

 ところで、公式サイトに「三ヶ根山ロープウェイ山麓駅跡周辺にて開催」とマニアックなことが書いてありますが、三ヶ根山ロープウェイの写真は当方が制作した「東三河今昔写真集」「西三河今昔写真集」(樹林舎)に載ってますんで、興味のある方は(このイベントの来場者にそんな人はいないと思うが)図書館にでも行って探してみてください。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0223

2012年10月19日
 その「UFOの町」羽咋市街で発見した、古びた歯医者さんのカンバン。

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 いかにも高度成長期チックな明朝系書体が実に味わい深い一品。医院名の上に記された「約束診療制」という聞き馴れない言い回しにも時代を感じます。だけど名前は「シカト」歯科医院って…。

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 オマケ。円盤からの怪光線によって、やけに平ぺったくなってしまった羽咋駅。昔は何とも思わなかったけど、このようなどうにも愛想のない国鉄駅舎にも味わいを感じる時代になってきました。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

UFOシティ

2012年10月17日
 和倉温泉の取材のアポは午後からだったので、少し早めに石川入りして、前から行ってみたかった羽咋市の「コスモアイル羽咋」というミュージアムに行ってみました。
 羽咋は、大雑把にいうと能登半島の付け根の西側にある地味な町です(前にも書いたけど地味はホメ言葉)。砂浜を観光道路化した「なぎさドライブウェイ」、能登一の宮こと「気多大社」、北陸鉄道能登線廃線跡サイクリングロードなどの見どころがあります。
 それらの名所群の中で異彩を放っているのが「宇宙科学博物館・コスモアイル羽咋」。どういう施設かというと、宇宙船とUFOがテーマなのです。UFOで町おこし?税金を投入した一発ギャグか、はたまた矢追純一ゆかりの地か!?
 そんなわけでやってきましたコスモアイル。

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 おお、長浜ドームか、はたまたサンドーム福井か!?って、そんな北陸本線沿線のマニアック物件を挙げてどうする。UFOのつもりでしょうが、バブル期に建設された地方の大型屋内施設によくある外観ではあります。

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 館内はアメリカや旧ソ連から集めたというホンモノの宇宙探索機材がわんさかあって、マニアにはたまりません。むかし、学研の学習雑誌あたりで見たようなものばかりなので、マニアでなくてもけっこうアガります。

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 ただ、UFO関連の展示はそんなに多くはなく、いささか肩透かしの感も。「UFOの町」を謳うんだからもっとガンガン笑わせてほしかったけど、さすがに公共施設じゃ気が咎めたのかしら…。

 なぜ羽咋なんぞにこんな施設があるかというと、羽咋の昔話や神社の縁起ににUFOと思われる謎の物体が登場するものがあるから…というのは話のマクラで、実際は「カリスマ行政マン」の手腕によるものだそうです。この方は地元出身で、もと東京のテレビ構成作家、科学ジャーナリスト、Uターンして市職員になったという高野誠鮮という方。最近では講談社から「ローマ法王に米を食べさせた男」という本も出版されてます。
 こんな行政マンが各自治体に一人いればなあ…という凄い方のようなのだが、まあ、なんというか、自分の地元が「UFOの町」で売り出したらちょっと微妙な気分だ。

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 町の真ん中には、UFOを呼ぶ巨大電波塔もそびえております。かなりデカくて、かなり遠くからでもよく見えた。こういうものがランドマークになる町も、そうはない。

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 ちなみにこちらが羽咋の駅前通り。シブい、シブすぎる!
(まさ)
北信越 | Comments(4) | Trackback(0)

黒一色

2012年10月16日
 先週末はとある取材で、1年ぶりに石川県七尾市の和倉温泉へ。意外にスンナリ終わって時間が余ったので、夕方、和倉に隣接する石崎という漁村に行ってみた。

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 なんてことのない漁港ですが、最近は知多の海しか見ていないもんでなかなか新鮮。日本海側だけど、七尾湾内なので波は穏やか。
 集落の全貌を見ようと思って高台にある寺に登ってみたところ、眼下にはなかなか見事な光景が広がっておりました。

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 北陸特有の黒い屋根が夕日に照らされ、なかなか重厚な景観。じつに北陸らしい。黒い瓦だと重そうなイメージで、家もデーンって感じだ。
 北陸はなぜ黒瓦かというと…って、ここで薀蓄が書ければ地方ライターの面目躍如なのだが、以前、松任駅前の図書館で歴史などをいろいろ調べたんだけれど、けっきょく原稿に起こさなかったので忘れたわい。
 しかし黒一色と書くと、大学時代、先輩に緑一色を振り込んだことを思い出す。
(まさ)

◎一色シリーズ
2008.10.01紅一色→●□
2010.10.08白一色→●□
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

本家に参詣

2012年10月15日
 首都圏在住の義弟夫婦に子供が産まれたというので、先週、1泊2日でまたまた関東方面に行ってきました。関東は今年5回目。今年は東の当たり年です(だからと言ってどうということはないが)。
 せっかく行ったのだから一か所ぐらいは観光しようと、一度も行ったことのない成田山に行ってみました。成田山といえば我々名古屋近郊の人間にとっては犬山ですが、今回行ったのは本家本元、千葉県成田市にある成田山新勝寺。犬山の成田山はこの新勝寺の「名古屋別院」になります。

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 さすが本家本元だけのことはあり、門前町のレベルの高さが半端じゃなかった。急傾斜かつぐねぐねの坂道に沿って、古い建物の飲食店や土産物屋が軒を連ねております。比較してもしょうがないけど、豊川稲荷門前に古い建物がもう少し残ってりゃあね…。
 ちなみに印旛沼などが近くにあるためか、ドジョウが名物のようです。

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 山門のドでかい提灯に圧倒される女性取材記者と1歳児。比較してもしょうがないけど、豊川稲荷のほうがデカい!かな?

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 寺が大好きな1歳児は、献灯し、合掌し、広い境内を徘徊し、玉石を拾い、それを口にしたりして、成田山を満喫したのであった。
 でもって、境内風景を味わう1歳児の視線の向こうに、例によってHINOMIが!

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 今度は房総半島の先端のほうに行ってみたいものです。
(まさ)
千葉雑 | Comments(2) | Trackback(0)

タニのグミグミ

2012年10月14日
 子供の遊び場ネタ連発で恐縮ですが、土曜日は揖斐川町の実家に帰り、ウチの1歳児を「道の駅 夢さんさん谷汲」(←地元ながらスゴい名称だねどうも)に隣接する大きい公園へ遊ばせに連れて行きました。

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 正式には「谷汲緑地公園キャンプ場」といい、林に包まれた広大な芝生広場の周囲に、遊具やステージなんかが置かれています。合併で同じ町になったものの、谷汲へは正月の初もうで以外で行くことがほとんどないので、こういう施設があることなど全然知らなかった。
 この遊具はなかなかデカい代物で、滑り台直結の螺旋階段には「ウルグアイ・ラウンド関連補助整備事業、事業費45,000,000円」とかなんとか、いかにも役所仕事らしいアピールのカンバンが掲げられたりしています。

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 ちなみにステージはこんな感じ。なんか見覚えのあるデザインだなあと思ってよく考えると、旧谷汲村章なのでした。旧村章はこちら
 また連れてこようと思います。わが町内には他にこういう公園ないし。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0222

2012年10月11日
 スカイワードあさひの下には遊具広場があり、その片隅にはこんなカンバンが立ってた。

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 長い間、子供たちに親しまれてきた機関車は、森林鉄道復元のため岐阜県下呂市小坂町の「がんだて公園」付近へ里帰りしました…という文言に「えっ、なくなっちゃったの!?」と呆然とする1歳児。いや、あったことすら知りませんでしたが。
 検索したら、こちらの記事に経緯が載ってた。元は木曽って、ぜんぜん「里帰り」じゃないじゃん。まあ、尾張旭に置いておくより意味はあるか。
 ちなみに「がんだて公園」のある飛騨小坂の巌立峡には、2008年の今ごろ取材で行ったことがあります。すごい絶壁と美しい滝が連なる、なかなかよいところでした。

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(2008.10.09撮影)

 紅葉の時期に再訪したいと思いつつ早5年。どうやら鉄道好きに育ちそうな1歳児が、4歳くらいになったら連れて行ってやろうと考えています。森林鉄道の機関車なんて子供にウケるかどうかわからんが…。
 でもって、かつて機関車が置かれていた城山公園の西には、例によってHINOMIが!

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 どことなく遊具的です。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0017

2012年10月10日
 日曜日、嫁の実家の近所にある尾張旭の城山公園へ1歳児を遊ばせに連れて行きまして、拙著「鉄道で行く絶景の旅」(→●□)の取材以来、3年ぶりに「スカイワードあさひ」に登ってみました。尾張旭駅から近いうえに無料ですので、鉄道マニア、展望マニア、子連れにはオススメ。

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 ベッドタウンのシブい絶景を堪能する1歳児と女性取材記者。鉄道もさることながら、1歳児の視線は眼下の田んぼにも注がれております。

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 何を見ているかといえば、尾張旭の自治体キャラ「あさぴー」の田んぼアートなのでした。田んぼアートはこの時期、方々で見られますが、僕は実際に目にするのは初めてかも。
 このあさぴー、以前から他の自治体キャラとなんとなく雰囲気が違うように思っていたのだが、こうして田んぼアートになったものを見て、違和感が何なのか分かった気がした。平面的というか紙媒体的というか、立体感に乏しいのだな、と。着ぐるみ状態が想像しづらい。
 線が太めで、いかにも幼児雑誌にありそうなキャラではありますが、子育て世代も多い(と思う)ベッドタウンなので、こういうのもアリかと。子供ができると考え方も変わるね…。

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 西のほうには叙情都市名古屋が広がっているのであった。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

すごい数

2012年10月07日
 昨日は5年に一度開催されている「半田山車まつり」を見物。いや~、とんでもない人出でした。

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 通称「バカ通り」を行く山車の群れ。戦時中、半田駅と東洋紡の工場を結ぶべく住宅密集地を強制移住して開いた道で「こんなに広い道をつくってどうする!」という市民のツッコミが通称の由来らしい。普段はがらんとしている広い道が、人で埋まっております。

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 会場には半田市内の山車が全車終結して壮観ですが、人の海も壮観。
 山車を一箇所に集めるのも、これだけの人を捌くのも大変そうなのに、来賓の大村知事センセイは祝辞で「5年に一度といわず毎年やったらどうですかねえ!」と言ってござった。テキトーな発言である。
 どうでもいいけど、このイベントのPR大使に徳島県出身の板東英二が起用される意味がまったくわかりません。起用理由を知っている方、ぜひ教えてください。

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 喧騒にテンションがあがる1歳児と、暑いもんでストールを頭にかぶりイスラム圏の人のようになっている女性取材記者。

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 そして1歳児は父親に似て、やたらと細かい部分が気になるのであった…。

 このイベントには武豊線で行ったのですが、久しぶりに半田駅を利用したら、なんと9月下旬でキヨスクが閉店されていた。おお、残念ナリ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カウント板

2012年10月06日
 水・木の2日間、とある調査で知多四国の全札所を一巡してきました。8月にも数日かけて知多四国の全寺を回っており、ここのところ久々に知多四国にどっぷり浸かった。南無南無。
 東海市の荒尾町にある86番観音寺では、鐘撞堂にこんなものを発見。

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 五箇山民謡こきりこ節で使われる「ささら」的なものに見えます。

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 よく観察すると板には数字が書いてあり、最後は「百八」となっています。つまり、除夜の鐘をいくつ撞いたか数える道具だったのでした。神社の百度石にカウント用の板が付いているのをたまに見かけるけど、寺で同様のものは初めて見た。
 知多四国の寺はすべて10回以上は行ってるのに、こういうそそるブツの見落としがあるとは。まだまだ甘いのう。

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 オマケ。観音寺の参道から見た新日鉄。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0221

2012年10月04日
 NHKの朝の連ドラ「純と愛」を見ていたら、就職試験の面接中に面接官が携帯電話を鳴らしたりくしゃみしたりで主人公がキレる、というシーンがあり、僕が大卒時に受けた某地元新聞社の面接でも、面接官の一人が居眠りしてやがったことを思い出した。
 ドラマでは「私たちの人生が懸かっているんですよ!」と主人公が激高するのだが、僕の場合はそんな気持ちにならず「採る気がないと相手方も気が抜けるもんだなあ」と妙に感心。で、面接ではこちらもすっかり気が抜けて、大学時代の野宿旅のエピソードを面白おかしくテキトーにしゃべったりして一部の面接官のウケをとり、終わったのだった。
 ほかに印象深かったのが、20代半ばに受けた名古屋の紙媒体系編プロ(たぶん今はない)の入社試験。当時はライター・編集志望者も多くて、ペーパー試験に30人ぐらい集まったのだが、始まる前に30代くらいのやり手っぽい女性社長が「ウチは初任給は10万円、1年くらいは勉強のつもりで来ていただきます」と、自社媒体も持ってないのになかなか凄いことをおっしゃった。それで呆れて、名前も回答も書かずにすぐ出てきたのだった。同じように呆れたのか、僕のあとに続いたのが二人いた。
 かようにしみじみと若いころを思い出させてくれるNHK連ドラであります。何年か前にやってた徳島のタウン誌編集部が舞台の「ウェルかめ」は、新卒で石川県のタウン誌発行元に入社した嫁がやけに見入ってたり。

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「梅ちゃん先生」の最終回に見入る1歳児
オープニングの最後で梅子こと堀北真希が振り返るとニコニコ顔になった…。
 
 そんな話とは全く関係なくて、知多市内のシブいクリーニング屋の入り口に貼ってあったカンバン…じゃなくて貼り紙。

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 目が開くこと以外で「パッチリ」を使う事例を初めて見ました。
 でも、近所に住んでいたら出してみたいなあ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

だんじり男はカッコええ

2012年10月02日
 先日行った、岸和田のだんじり祭のことを。ボウズは危ないのでダンナの実家でお留守番。なので、揖斐線、東海道本線、東海道新幹線、地下鉄御堂筋線、南海電鉄を乗り換え、岸和田駅に到着したのは9時過ぎ。ホームページに「当日は大変混雑するため和泉大宮、蛸地蔵駅(岸和田駅の一駅前)の御利用をおすすめします」と書いてあったけど、朝なら大丈夫だろうと岸和田駅へ。人は多いが、人混みで歩けないほどではなかった。

 今年の岸和田だんじり祭りは9月15日と16日の2日間。15日は午前6時~7時半の曳き出し、9時半~11時半の曳行(えいこう)、午後1時~5時の曳行、7時~10時の灯入れ曳行というスケジュールで、地元の人の話では午前6時からの曳き出しと翌日9時からの宮入り(だんじりが岸城神社へ集結)が盛り上がるという。といっても、朝の曳き出しはもう終わっているし、宮入りの様子が見られる通りはすでに場所取りされ、地元の人でもなかなか見ることができないらしい。少し残念だったが、そりゃそりゃと掛け声が聞こえてくると、血が騒いだ。

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 岸和田駅前を通るだんじり。駅の出入り口に桟敷席が設けられていたが入れるわけがなく、見やすい場所はブルーシートで場所取りされ、立ち見客が前をふさぐ

 だんじりは曲がる時が一つの見せ場だ。車でも自転車でもカーブを曲がる時は速度を緩めるが、だんじりは違う。笛が鳴ると、まずは綱をピンと張って力をためる。その後、そりゃそりゃと掛け声をあげながらダッシュ。「おいこら、もっと走らんかい!」と威勢を付けるように大太鼓が鳴り響き、その勢いを保ったままカーブを曲がり、遠心力で吹っ飛ばされないよう懸命に綱にしがみつきながら、何とか態勢を整え、直進していく。スピードに乗りながら上手く曲がれた時には拍手喝采! いやほんと、見ているこちらも拍手したくなるのだ。
 このカーブを曲がる時の一連の流れを「やりまわし」といい、だんじりの花形「大工方(だいくがた)」は、だんじりの上で軽々と身をひるがえし、歌舞伎役者のように格好を付ける。NHKの朝ドラ「カーネーション」では、泰蔵兄ちゃんが大工方を演じてましたねぇ。
 この大工方をカメラで捉えようと近づくが、岸和田駅前の道路はロープが張られ、警察官が厳重にガード。ならば、岸和田駅前商店街で撮影しようと立ち止まると、「店の前で立たない!」と怒鳴られた。ひぇ~! 
 
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 慌てて撮った一枚。岸和田駅方面へ向かうだんじり。

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 岸和田駅前商店街をだんじりが通過する。大工方の頭がアーケードに付きそう。

 現地に行って分かったことは、だんじりは非常に地元意識の強い祭りだということだ。22町のだんじりが町中を曳行しているので、町を歩いていればどこかでだんじりを見ることはできる。だが、先ほどの「やりまわし」を披露する見せ場には容易に近付けない。でも、法被や揃いのシャツを着ている地元の人もしくは祭礼関係者は顔パスで、だんじりが曳行する後を堂々と歩いていた。
 その日、私はお昼に取材でお世話になる方と合流することになっていたが、待ち合わせ場所のだんじり会館に行くまでにどれだけ迂回したか。だんじりが曳行する狭い道は通行止めで通れないのだ。地元の人ならとっさの判断で逃げ切ることができるだろうが、素人の見物人はそうはいかない。危ないとわかっていながらも、体が前へ出てしまうかもしれない。パンフレットにも、“だんじり見物の心得”が書いてあった。
 だんじりを熟知している方と合流してからは、だんじりに比較的近い場所で撮影することができた。それがこちらの写真。
 
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 岸和田駅から塩見橋方面へ向かうだんじり。
 
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 だんじりの上で華麗に舞う大工方。バランス感覚が絶妙!

 大工方、カッコええ~!! 聞けば、大工方はだんじりを熟知した30代、40代の男性が多いという。でも、皆一様に引き締まっており、オシリなんてキュッと上がっている。ギャラリーの女性陣もその姿に釘づけ。祭りに狂っていた学生時代、結婚するなら祭り男がええわと夢見ていたことを思い出した。
 大工方だけでなく、だんじりを曳く人たちもカッコいい。100人、人数の多いところでは200人くらいの集団が一斉にダッシュ。子どもたちから順に綱を持ち、だんじりに近い場所は腕力のある青年たちが支え、だんじりの後ろには小さな子どもの手を引きながらママさんたちが続く。60代、70代のおっちゃんも途中休憩しながら走っていた。私も一緒に走りたかった!

 ヘアスタイルも気合が入っていた。女の子たちはほぼ全員といっていいくらい編み込みヘア。花柄模様になっていたり、リボンが巻き込んであったり、凝りに凝っている。これ、美容院でやってもらうのかなぁ。それとも、おかあさん方がせっせと編み込んでいるんだろうか。
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 だんじり会館で得た情報によると、だんじりの重さは約4トン。そこに太鼓や笛の鳴り物担当、大工方(2人体制のよう)など、20人ほどの大人の男性が乗るので総重量は5トン近くになるという。こんなのが体当たりしてきたら頑丈な家でも壊れるはず。現に、「やりまわし」の難所と呼ばれる交差点では角の商店に突っ込んでた。ベランダも壊されてたなぁ。

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 交差点の角にある旧南大阪信用銀行の屋上から撮影。やりまわしの難所「小門・貝源」をだんじりが駆け抜ける。通りを埋め尽くす人の波にも圧倒される。

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 上から見ると、こんな感じ。

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 曲がりきれず、ベランダに突撃。あらら~。

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 あの三姉妹もいらしてた。コシノ三姉妹の実家は岸和田駅前商店街内にあって、今も看板は残っているみたい。後で知ったんだけど、鶴瓶も来てたんだってねぇ~。鶴瓶、見たかったな。

 夜は提灯を付けた「灯入れ曳行」の予定だったけど、午後の曳行が終わったとたん、どしゃ降りで中止。だんじりの祭礼日は雨がよく降るらしく、足元が濡れないようゲタを履いたことから別名「ゲタ祭り」とも呼ばれているそう。灯入れ曳行は子どもたちが主役だから、残念だったろうな。
 私はといえば、朝からずっとだんじりを見続けていたから疲労困憊。夜も見ていたら帰れなかったかも。岸和田名物の「かしみん焼き」と「氷くるみ」も食べたし、泉州なすの漬物も買ったし、大満足。今度は前日から泊まって、早朝から見たいものです。
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