初!運動会

2012年09月30日
 昨日は保育園の運動会でした。陽太郎はまだ保育園に入ってませんが、未就学児でも参加できる種目があるので、いつものように張り切ってお出かけ。運動場には国旗のアーチがかかり、応援席には人がたくさん。ウキウキした雰囲気に包まれていて、陽太郎もいつにもまして落ち着きなく、出番が来るまで園内を駆け回ってました。

 参加した種目はかけっこ競争。未就学児なので1歳から3歳くらいまで年齢はバラバラ。ゴール地点には保育園のお兄ちゃんお姉ちゃんたちが立っていて、ご褒美にお菓子をくれます。
 
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 スタート地点までハハと手をつないで歩く。やる気満々の陽太郎。

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 かけっこは4人ずつ走る。右隣の男の子は確か2歳5ケ月とか言ってたなぁ。

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 よ~いどん! 前へ進まなければならないのに赤旗が気になってしかたない。

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 後ろのギャラリーが気になるのか、完全に試合放棄。

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 何とかなだめて前へ進む。
 
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 しかし、ゴール地点でお菓子を受け取らなければならないのに通過。お兄ちゃんお姉ちゃんたちも、いいの?!とびっくり。

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 あらら~と様子をうかがっていたら、先生に抱っこされ、連れ戻される。

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 マミイ(小学館の幼児学習雑誌2009年3月で休刊)の付録で作ったアンパンマンメダルとおにぎりせんべいをもらってレース終了。当然ながら、4人中最下位。

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 今ごろになってアンパンマンメダルをしみじみと眺める陽太郎。メダルの中にはビスコが一つ入ってました。


 う~ん。この前のはいはいレースの時もそうだったが、競争に関心がないというか、こやつは気が多いなぁ。ほんと、チチハハに似ています。

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ザ・レッドカーペット0002

2012年09月30日
 一昨日は伊那谷へ取材。ホント今年は伊那谷イヤーでございます。
 目的地は中川村の伊那田島駅前で開催されている「赤そばまつり」と、七久保~伊那本郷間で見られる普通のそば畑等with飯田線の写真を撮ることで、来年秋発刊の「そう」掲載用です。3年前にずいぶん撮ったので、それを使いまわしたいところですが、いかんせん今春に飯田線の車両がガラッと置き換わってしまったので、撮り直さざるをえない。
 8時前に現地に着いたら、前回(→●□)よりも色濃い赤そば「高嶺ルピー」の花がどばーっと広がっていた。

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 圧倒される1歳児であった。驚くあまり花をむしり始めたので、あわてて止めた。いや、別に驚いて花をむしったわけではないですが。
 どうでもいいけどこの1歳児、生まれて1年半で伊那谷はもう5回目である。

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 あと、七久保と伊那本郷の間ではコスモス畑も発見。飯島町は「花の町」を標榜しており(小学校のフラワーブラボーコンクール的なアレではなく、花卉栽培が盛んという意味)、こういう風景も当地ならでは。飯田線とセットで撮ることができれば言うことないが、そんなに都合よくはいかない。
 でもって、さすが日本屈指の「HINOMI県」長野、秋らしい風景に溶け込んで、例によってHINOMIが!

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 七久保駅の北東あたりになります。
(まさ)
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ザ・プレイルーム0002

2012年09月29日
 前回取り上げた旧作手村見代の製茶工場跡の横にはもうひとつ、激シブの木造建築があります。

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 入母屋造りでセメント瓦の見代公民館だ!
 まだPCが一般的でなかった20代前半のころ、こういう公民館建築を撮りまくって「三河・遠州の公民館」というオールコピー本を作ろうと考えたことがありました。が、その前に「三河・遠州の商店」を作って大変だったので(あと不毛な気がして)、企画だけで終わったのだった。
 なぜか玄関が開いていたので、ちらっと中をのぞかせてもらうことに。

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 意外にも中は「土間」で、なぜか窓辺に卓球台がポツン。味わい深いにもほどがある!地元の人が対戦しにくるのだろうか?
 「ウチの村はゲートボールじゃなくてピンポンだでのん」と昨日のBARSANは言ってなかった。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0220

2012年09月28日
 昨日の午後は久々に作手へ取材(というか事前の取材依頼)。作手で仕事が絡むのは2年ぶりか。近くて遠いのう。
 昨日訪れたのは旧役場や道の駅や巴川の分水点(→●□)などがある高原エリアではなく、南部の「豊川水系巴川」流域の山の中。こういう雰囲気のところです。

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 といっても、作手も鳳来も額田もこういう雰囲気のところばかっりで見分けはつきませんが…。撮影地は、県道435号・作手保永海老線沿いの見代(けんだい)という集落です。
 目的地の協和小学校から帰る途中、上の写真の真ん中にそびえるイチョウの木が気になったので立ち止まってみたところ、新城市教委によるこのイチョウの案内板が立っており、全国で3例しか確認されていない「オハツキイチョウ」の雄株のひとつなんだとか。へぇー!って、何それ?植物には詳しくないからすごいのかなんなのよくわからない。
 このイチョウがあるのは旧旭小学校(ここから1キロほど下流にある協和小学校の前身。ちなみに協和小は今年度限りで閉校)の校庭になります。別の角度からも眺めてみようと校庭跡に入ったら、野良仕事にいそしむBARSANがおられた。

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 BARSANによれば、このイチョウは今90代のG-SANが小学生だったときに植えられたとのこと。へぇー!今度は本当に感心。よく育ったもんだ。
 上の写真には茶畑が見えますが、BARSANいわく昭和30年代には見代はけっこう名が知れた茶産地で、その名も「見代茶(けんだいちゃ)」として名を轟かせていたそうな。「ナントカ大臣賞を貰ったこともあるでのん」「今は新城茶が有名だけど、昔は断然、見代茶がメジャーだったのん」。へぇー!って、80過ぎのBARSANがメジャーなんて言葉は使いません。そういうニュアンスのことを言ってた。
 しかし、今ではまったく出荷してないそうです。
 
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 近くには、木造瓦屋根の製茶工場も残存。シブい、シブすぎる!三遠に製茶工場はたくさんあるけど、現役はたいてい鉄骨造りでしょう。

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 見代は茶産地ではなくなってしまったけれど、同じ協和校区で国道301号沿いにある和田集落では、田んぼが広がる小盆地の一隅で、今も茶が作られております。BARSANによると、先に始めたのは見代で、和田は後発らしい(地元の人が作ったサイトには、昭和29年に見代で茶作りがはじまる、とあります)。
 でもって国道沿いには、このような大きなカンバンが。

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 その名も「作手茶」。しかしJA愛知東のHPを見ても「しんしろ茶」の紹介しかなく、そもそも作手村はもうないし、ブランド名としてはもう使われていないのかも。ただ、作手産の茶は道の駅で売っているようです。
 以上、どこかに発表するあてもない貴重なBARSAN話を記録しておくため、カンバンまで話を引っ張ってみました。
 どうでもいいけど、このような誰の興味も引かないようなマイナー話を書いていると、中高時代に好きだったエコーズの名曲「ONEWAY RADIO」を思い出します。それもマイナーか…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

新東名と彼岸花

2012年09月27日
 きのう車を車検に出しに行ったところ、愛知トヨタの担当の人に「3年で10万キロですか!ここまで乗ってる車、久しぶりに見ました」と言われた。いやー、そうっすか?褒められてるわけはなくて、呆れられているんだろうが…。
 K出版社に勤務していた30歳前後のころは、年の3分の2は遠隔地出張取材に出かけており、社用車だったけど1年間で10万キロ乗ったこともあるもんですから、当時に比べりゃさほど乗っている感じはしません。ただ、毎年2月末に確定申告のためガソリンのレシートを計算すると1年間でウン十万にもなり、毎年のように唖然とします。う~ん。

 でもって車検から車が帰ってきて早々の今日は、もろもろの取材等で豊橋南部→豊橋市東田町某所(昼休憩)→新城→作手と、ガンガン乗って東三河をぐるぐる徘徊。新城の千郷校区(飯田線野田城駅周辺)では、そこらじゅうに彼岸花が咲き乱れ、見ごろを迎えておりました。同じ新城市内の市川みたいに(→●□)彼岸花の名所というわけでもないと思うのだが、アマチュアカメラマンの姿もあって驚いた。

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 豊栄・下臼子にて。国道301号の旧道にあたる道筋です。うしろはガンガン工事中の新東名。近辺では工事のトラックがガンガン走り回っておりますんで、彼岸花を撮りに行こうという方はご注意ください。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0219

2012年09月26日
 某ローカル媒体の記事にしようと思って、ここ2日ほど知多半島の火の見櫓を撮りまわっております。本格的に知多半島に入り始めた2008年以降にだいたい撮っているのですが、最新の残存状況を誌面に載せたいので、ひととおり再撮影することに。三遠と同様けっこう減っているので、HINOMISTの皆さんは要チェックだ。

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 国道366号(旧道)沿い東浦町藤江のHINOMI。背後は、低い丘陵地の緩い斜面にだらだらと家並が広がっております。実に東浦町らしい風景である。
 この火の見櫓、登り口の脇になぜか古びた数珠が掛けてあります。近くに知多四国11番安徳寺があるので巡礼者の落し物か?知多っぽいのぉ~(もしかしたら全然違ってて、慰霊的ななにかだったりして)。
 で、このHINOMIと国道挟んだ向かい側に、このようなカンバンを発見。

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 女子専用サウナ!?マジ!?って、珍しいのかなんなのかよくわかりませんが…。店名は「サウナ衣浦」。どっち岸にあったのか。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

下りずに戻る

2012年09月24日
 先日、とある知多半島の媒体の取材で師崎‐伊良湖を結ぶ名鉄海上観光のフェリーに20数年ぶりに乗ったのだが、船自体の取材だったもんで、伊良湖に着いても下りずにそのまま引き返してくるという、東三河フリークとしてはありえない行為に及んだ!

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 このとき乗った便というのが、伊良湖に着いて客を下ろし終えたらすぐにまた師崎行の客を乗せ、あっという間に引き返すというダイヤ。おお、もう1年半ぐらい伊良湖に行っていないというのに~、って別に惜しくもなんともないですけどね。
 しかしなんというか、地元が東三河から知多半島に変わったような感覚というか、長年の恋人が離れて行ったようなそんな感覚…というくだらないことは以前にも書いた気がするが…。そもそもわたくしは、東三河も知多半島も地元ではないのである。
 そういうところで仕事をしているわが身の不思議さよ。まあ、どちらの地元民でも味わえないような新鮮な感覚でした。(そうか?)

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 手前、篠島沖にある野島。奥、渥美半島の西の浜にある火力発電所。目と鼻の先だが、その間には国境が存在するのである。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

アート的な何か

2012年09月23日
 1週間前、1泊2日で栃木県の益子へ2年ぶりに行ってきました。9/16~30の日程で開催されている「土祭」が目的です。愛知県民だとどうしても「どまつり」と読んでしまいますが、正しくは「ひじさい」です。ヨサコイ的なアレは決して出てきませんので…。(2年の前の益子紀行→●□●□●□

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(2年前にかき氷を食ったヒジノワ)

 東海地方の住民には馴染みの薄い益子は、陶器(益子焼)産業が盛んな栃木県の外れの田舎町です。そのいっぽう、浜田庄司が住んでいたという歴史もあって作家がっけこう多く、業界では有名なデザインプロデューサーの馬場浩史という方がstarnetというオーガニック系ショップを作ったりしたことも影響して、割とアート寄りの町でもあります。たぶん東京では、一部の人には一種の聖地的な捉え方をされているのではないでしょうか。
 このイベントは、「農村部の窯場」という歴史的土壌のあるなカントリー空間に、東京の視点で現代アートを集結させるというもの。益子焼がメインというわけではないようです。もちろん地域活性化にも貢献しており、やきものの店は賑わってました。

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(陶器店が集中する城内坂エリア)

 で、このイベントに美術家で春夏秋冬叢書の編集長でもある味岡伸太郎さんが出品されており、叢書周辺の人たちと連れだって行った次第。同行者がアートに詳しい人、というかアート業界の関係者ばかりだったので、アート方面にまったく詳しくない僕は大変勉強になりました。常滑のイベントを見るときの参考になる。

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 境内に作品が置かれている綱神社。社殿が茅葺屋根という国重文指定の素晴らしい物件である。

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 内部に作品が置かれている大谷石(栃木の特産品)づくりの蔵。繊細な石の質感がたまらなく美しいのである。

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 そして、建物を作品の一部として活用している二階建て倉庫の向こうには、例によってHINOMIが!って、作品のほうはどうなっとるんじゃいと思われる向きもありましょうが、僕はアート方面にまったく詳しくないので、特に語ることはないのである…。
 なお、味岡さんの作品は、展示場である建物も凄ければ作品も凄い。

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 会場は、けっこう大きい昔の米倉庫。こういう建物の中に入れるということが、倉庫マニア(なんだそのジャンル)としてはまず感激である。

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 その中には、益子の土を採取して地層順にドローイングしたという大きな作品が!これぞ土祭(ひじさい)という感じである…なんてことを、アート文脈を分かっていない僕が書くと怒られるかもしれません。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

津具の柿

2012年09月22日
 津具といえば昨年の晩秋、春夏秋冬叢書「そう」36号の取材で県道10号沿線を徘徊したとき、津具の南入口にあたる大桑集落で妙な柿を発見した。

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 一見ごく普通の渋柿の木のようですが、よく見るといくつか妙な柿が。

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 柿に塗装!誰が?なぜ?アート的な何か?これをやった人、意図を教えてくれ!
 関係ないけど、小学生のころ図工の時間に絵の具を全種類使う勢いで絵を描いていた級友に向かって、先生が「こういうのはイロキチ、色キチガイというんだ」と全否定していたのを思い出した。子供心に「センセイ、そりゃ言いすぎやて」って思いましたが…。

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 あとオマケ、この珍妙な柿の近くの廃商店に残るタバコのショーケース。サイドの絵、アート的な何か?こういうものをデザインした往年の職人に話を聞いてみたい。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

道路元標の迷宮の迷宮

2012年09月21日
 県道10号沿いの「離山の大ナラ」を撮った日の目的地は津具の図書館。ここは僕が今まで行った中ではもっとも居心地がいい図書館でして、施設は新しく、夏休みの終わり近くなのに利用者はほとんどなく、窓際の席からは津具高原のさわやかな田園風景が眺められ、実に快適。ここを仕事場にしたいぞ。

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 津具の夏、ニッポンの夏てな感じで。図書館の窓から見た風景ではないですが、だいたいこんなもんです。図書館マニアは行くべし!ちなみに設楽町の中心部(田口)にまともな図書館はありません。
 津具へ行ったついでに、県道10号からちょいと入ったところにある旧上津具小学校をチェック。県道津具大嵐停車場線(426号)沿いです。奥三河の最奥部を横断するこの県道もまたマニアックなんですが、これに関してはまたいずれ。

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 たしか昭和40年代の後半に、下津具小学校と統合して廃校になったんだったと思います(違ったらスイマセン)。旧講堂だけが残っております。
 で、この建物の前にあやしい石標を発見。

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 おお、未発見の上津具村道路元標…か?
 道路元標にしてはずいぶん細身のようだけど、何かの記念碑や国旗掲揚塔というわけでもない感じ。文字が刻まれていた形跡があるものの、風化しすぎてて何が書いてあるのかぜんぜんわからない。
 どなたか拓本のできる道路元標マニアの方、お願いします(違ったらスイマセン。そしてたぶん違うだろう)。
(まさ)

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◎道路元標の迷宮シリーズ
0001南設楽郡山吉田村→●□
0002北設楽郡下川村→●□
0003浜名郡中ノ町村→●□
0004西加茂郡保見村→●□
0005南設楽郡東郷村→●□
0006知多郡西浦町→●□

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(2014.02.18追記)
 先日再訪したところ両脇の木が剪定?されてて、サイドの文字が見えるようになっていた。正体は紀元2600年記念に建立された国旗掲揚塔でした。そりゃそうだよなー。

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東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0218

2012年09月20日
 今日も春夏秋冬叢書「そう」36号連動ネタ。今号のキーワード「十」にちなんで書いた、愛知・長野両県をまたぐ県道10号がらみの話。

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 愛知県側から走ると、県境を越えてすぐの道端に「離山の大ナラ」という樹齢250年の巨木がそびえており、目を奪われます。
 この記事の取材に行ったのは昨年の晩秋で、葉っぱがすべて落ちて寂しい状態になっていたのだが、先月末、8か月ぶりに県道10号を通ったところ、青々とした葉が生い茂り、実に見事なもんでした。

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 晩秋バージョン。

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 夏バージョン。って、この写真では迫力がまったく伝わりませんが…。もし、県道10号を趣味で通ってみようという奇特な人がおられましたら、ぜひ注目してくださいませ。
 その話は実はどうでもよくて、この巨木の下に、なかなか味わい深い標識風カンバンがあります。

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 根羽村へのウェルカムカンバンだ!一見、公団フォントと見まごうようなナイスな書体に、キャッチコピーは名所や名物などではなく「生活改善推進の村」。シブい、シブすぎる。
 生活改善とは、昭和20~30年代に全国的に推進された行政主導による貧村の立て直しプロジェクト「生活改善運動」のこと。JICAのサイトによると「1940年代後半から1950年代を中心に」と書いてありますが、各地で資料を見ていると1970年代もけっこうやっていたようです。
 この標識風カンバンはおそらく昭和50年代前半の設置と思われますが、この時点でもまだ生活改善運動を引きずっていたことを示すものと言えましょう。または、根羽村に売り出すモノがなかった(売る気がまだなかった)時代の遺物とも言えます。国道153号沿いにある観光施設「ネバーランド」はけっこう最近のものなので。

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                   例によってHINOMIが!↑
 生活改善の村の中心部。国境の“町”です。信州とも三河ともいえない独特の風情が実にいい。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

太郎たち

2012年09月19日
 昨日の未明、益子から帰ってきました。その益子の話は先延ばしにしまして、春夏秋冬叢書「そう」36号連動ネタ。

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 毎回やってる「地名探訪」、今回は十の付く地名ってことで、田原市は蔵王山の北側にある吉胡町の小字「権十」を取り上げてみました。耕地整理された5ブロックの土地で、畑と温室しかなく、誰も住んでいません。ていうか、たぶん地権者と周辺住民以外、名前すら知らないでしょう。なぜこんな場所を選んだかというと、編集部のリクエストです。
 いろいろ調べてみたところ、権十はおそらく人の名前だとが分かったので、ついでに(行数を埋めるために)東三河の人名由来と思われる小字をゼンリンの住宅地図で片っ端からリストアップ。すると、けっこう面白い地名がたくさん採集されたので、東三河に行ったついでにいくつか回ってみることにしました。

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 豊橋市杉山町太郎。田んぼがあった。

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 田原市高松町尺太郎。畑があった。

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 田原市若見町亀太郎。温室があった。
 太郎地名はもっとあったのだけれど、渥美半島の三か所に行ったところであほらしくなってやめたのである…。

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「動きが無駄ですよ、おとうさん」

 揖斐川町陽太郎01歳、ってオトすつもりで写真を撮りまわったのに、意外とオチも冴えないのであった。
 しかも発刊後、たまたま知り合った田原出身者としゃべっていたら、田原では「権十」という言葉に意味があることが判明し、地名の由来にも別の説が浮上。う~ん。
 もう少し調べるつもりなので続報をお待ちください(こんなマイナーなネタを誰が待つというんだ)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

驚くべき海外土産

2012年09月16日

 本日は栃木県益子町に来ております。土祭というアートイベントが目的です。どまつり、ではありません。ひじさい、と呼びます。
 この件は追々書くとしまして、まったく関係ないネタを。先日、両親が農協ツアーでカナダに行ったのだが、なぜか僕への土産はカナダのものではなく、成田で買った銚子電鉄の濡れ煎餅。いや、まあ、うまいですけどね。
 揖斐線もあられでも売りゃいいんだけど、地元の大企業、日東あられは少し前に潰れてしまったのだった。
(まさ)
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虹と揖斐駅

2012年09月15日
 昨晩は揖斐川町の実家に戻りまして、早朝、電車で大阪取材に出かける嫁を揖斐駅まで送って行ったところ、西のほうに巨大な虹が出ておりました。

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 どーん。
 嫁は、虹が見られるとテンションがあがるので、機嫌よく大阪へ出かけて行ったのだった。

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 改札に朝日が差し込み、美しいのである。
 揖斐線(むかしは近鉄養老線、今は養老鉄道ですが、地元の誰もがこう呼ぶ)で通学・通勤していた高校時代の3年間と社会人の1年間、揖斐駅の朝日は何度となく拝んだもので、柄にもなく懐かしさがこみ上げるのであった。

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 なんとか健在の駅舎。

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 板張りの出札口ともと小荷物窓口も健在。切符を購入しているのはいつもの女性取材記者(虹のおかげでテンション高め)。僕の高校時代はたしか揖斐‐大垣が260円だったのだが、今は400円。

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 かつての降車口も健在。かすかな記憶では、僕が小学校低学年だったころは、電車を降りたらここから外へ出ていました。

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 女性取材記者は、ローカル線の雰囲気を存分に味わっているようであった。ちなみに取材先は、岸和田のだんじり祭りなのでした。屋久島にだんじりと、最近おいしい取材が連発で、うらやましい。
 ウチの地元(揖斐川町も岐阜県も)に関しては近頃ロクな話が聞こえてこず、もはや緩慢に衰退してゆくのみかと暗くなっていたので、写真で気を紛らわせてみました。
 しかし揖斐駅も養老鉄道も媒体にちっとも出ないよね。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

お遍路坊ちゃん

2012年09月14日
 陽太郎ボウズは大きくなりました。今、1歳4ケ月を過ぎたところ。今日、刈谷の南部支援センターで体重を測ったら、服を着た状態で11、2キロ。重いはずです。
 階段も登れるようになったし、滑り台も自力で滑れるようになったし、何にも教えなくても勝手に習得していきます。砂利でも構わず歩くので、膝は傷だらけ。帽子もかぶせているんだけど嫌がり、日焼け止めも塗ったり塗らなかったりのため、肌は小麦色。気になるけど仕方ない。
 好きなものは環境と親の趣味が影響するようで、寺、砂利、新幹線、名鉄電車、太鼓、寒天、海苔、水が大好き。いったい、どんな子どもになるやら…。
 小さく産まれましたが、今のところ大した病気にもかからず、元気いっぱい。幸せなことです。
 
 上着にぶら下げている小袋は、虫よけサシュ。効果のほどはさておき、お遍路さんが提げている白いバッグに見えてしかたない。ダンナに連れられて、知多半島のお寺をいくつ回ったんだろう。
 120915-1.jpg 84番玄猶寺(東海市)
 
 寺、お地蔵さま、仏壇などを見ると手を合わせる信心深いボウズ。将来はお坊さんか?!
120915-3.jpg 86番観音寺(東海市)
120915-6.jpg 85番清水寺(東海市)

 お盆前、豊橋総合動植物公園でハスの葉に乗るというイベントに参加(いちおう仕事)。大泣きはしなかったけど、ものすごい嫌がった。その帰り、ミストシャワーのある通りを歩いたら、大はしゃぎ。来年夏の「そう」に掲載します。
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 大府市のげんきの郷すくすくヶ丘で。噴水遊びに夢中。はじめは遠くから様子を見ていたんだけど、周りのお兄ちゃんお姉ちゃんの楽しそうな声を聞いて安心したのか、噴射する水に自ら飛び込んでいき、びしょ濡れ。 
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(まり)
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

THE ボーダー

2012年09月14日
 前回に続いて春夏秋冬叢書「そう」36号連動ネタ。

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 今回のキーワードは「十」ってことで、愛知・長野両県をまたぐ県道10号の記事も書いてみました。

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(上津具にて)

 路線名は「県道設楽根羽線」、設楽町R257の設楽ダム水没予定地から、津具を経て、根羽村R153まで通じるマイナールートです。
 番号も名前も同じとはいえ、管理者は愛知県新城設楽建設事務所、長野県飯田建設事務所と異なっています。県境に行くと、その違いが一目瞭然で、笑った。

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 お見事!ちなみに、ビフォアーが愛知県、アフターが長野県です。行政区界を示す標識は逆に、ビフォアーが長野県、アフターが愛知県になっております。

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 唐突に県境が現れるように見えますが、実際は細い谷が両県の境になっています。といっても水があるのかないのかわからないような谷で、暗渠化して道路がまたぐという状態。その箇所の名前は「国界橋」。三河と信濃の境という意味。なかなかスケールの小さい国境である。
 国をまたぐ「国界橋」、郡をまたぐ「郡界橋」は、とりあえず愛知県ではそこらじゅうにあって、もう少しスケールの大きい国界橋ならR257の愛知・岐阜県境(稲武と上矢作の境)にありますので、国境マニアの方やこの三連休ヒマで何もすることがないという方は、見に行ってみてはいかがでしょう。

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 県道10号の県境には旧道があります。ガードレールのところは、銘板はないけど旧「国界橋」。サビサビの標識がまたいかにも長野県っぽい。愛知県はこういうものを、割と放置しておかないので。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

瘋癲の神々

2012年09月13日
 前回に続いて春夏秋冬叢書「そう」36号連動ネタ。

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 窓口のおばちゃんに聞いてみると、そもそも大秘殿は、足助の山奥の大蔵地区にある「風天洞」こと岩戸山観世音寺の住職が作ったとのこと。「風天洞」も、大秘殿と並び称される三河の代表的珍スポットとして、一部マニアにはお馴染みです。
 前から存在は知っていましたが行ったことはありません。住職にインタビューしたついでに、こちらも見学させてもらうことにしました。

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 県道脇の駐車場から山の中腹にある本堂まで登って行くのですが、その途上で早くもいい香りを漂わせております。
 大秘殿は人工洞窟でしたが、こちらはホンモノの洞窟。ちょっとした探検気分で岩の裂け目から穴の中に入ってゆくと、闇の中に浮かび上がる神仏が!

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 こういう感じだとけっこうありがたい雰囲気で、見方によっては佐久島のアート作品みたいに見えなくもない(もっとも、佐久島で見られる神仏っぽいアート作品、僕はちょっと腑に落ちないんだけど…)。

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 しかし基本はめくるめく神仏ワールド。いや~、もう言うことはない。すごいねどうも。

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 洞窟を出ても終わりではなく、通路の先にある小屋を通らないと帰れない。その中にはなんと、歴代天皇の肖像画と、無数の聖徳太子の陶像が!YMOの増殖か!
 ほかにも、好きな人にとっては楽しい(そうでない人には困惑の)アトラクションが目白押し。入場料は大秘殿と同じく1000円、行くべき!

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 住職とじっくり話し込み、帰り際にはお土産に「風天洞讃歌」というオリジナルソングが収録されたレコードをいただきました(いちおう販売品)。ああ、聴きたい!けどプレーヤーがないってば。
(まさ)
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人工洞窟シークレット・ギグ

2012年09月10日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」36号が発売中です。

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 今号は「プレ・創刊10周年イヤー」号ってことで、キーワードは「十」。なぜ10周年イヤーに「十」でないのかというと、10周年イヤーは社名に合わせて「春」「夏」「秋」「冬」がキーワードになるから。
 で、わたくし(まさ)はいつもと同じ地名探訪&小学校連載に加え、愛知・長野県道10号と「十界」を、嫁(まり)は「天龍峡十勝」を担当しました。ぜぎお買い求めください。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売されています。

 さて、今号の取材で面白かったのは、なんといっても「十界」です。
 十界は仏教用語。説明すると長くなるので興味のある人はネット等で検索していただくとして、蒲郡に「十界めぐり」のできる施設があるってんで、取材に行ってみました。その寺とは、こちら。

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 三谷温泉の「乃木山」にある大秘殿だ!
 一部のマニアには有名なこの施設、正式には「延命山大聖寺大秘殿」といいます。日蓮宗の寺です。東三河の珍スポットの代表みたいに言われてるとおり、中は確かにぶったまげる。

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 人工地下洞窟の中に、あらゆる神仏がこれでもかこれでもかと現れる!そこから抜け出しても、料理神の超巨大壁画、歴代首相の肖像画、変コレクション等々が続々と!もう、唖然っすよ唖然。

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 ここで一番の見どころ、というか聴きどころは、施設内に設置された年代物のスピーカーから流れてくるオリジナルソング&オープン当初に紹介されたラジオ番組の録音テープ。この下に十数分も立ち止まって、ずーっと聴いてしまった。
 楽しめる人には楽しくて仕方ないでしょうが、楽しめない人は激しい拒絶反応を見せること必至。僕もむかしはこういう理解しがたい施設はちょっと敬遠していたのだが、知多四国の取材をするようになってから「仏教はなんでもアリでOK」という考え方に変わったので、なかなか楽しめました(といっても知多四国の札所寺院にここまでぶっ飛んだ寺はない)。拝観料は1000円、行くべき!
 なお、なぜこの場所にこのような寺があるのかというと…本誌を買って読んでください。

 ところで大秘殿は、昭和33~55年に運行されていた三谷温泉ロープウェー(→●□)の「乃木山駅」跡にあります。以前、外から撮影した遺構を載せましたが(→●□)、今回は取材ということで、内部から撮影できました。人工洞窟を抜けたところにある「本堂」から見ることができます。

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 格好のテラスである。

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 向こうには、木立さえなければ蒲郡の町並みが一望。う~ん、乗ってみたかった~。
 そしてあともうひとつ、料理神のところで地酒マニアにとってのみの大発見が。あまりにも細かすぎる話なんで、三河の酒のマニアでない人は無視してください(いつもか)。

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 かつて豊橋で作られていた「雪月花」の酒樽が!銘柄の横には「三陽酒造」の名前も見えます。
 以前、とある蔵元で見せてもらった「昭和40年代の愛知県酒造組合連合会のパンフ」によると、三陽酒造は豊橋の小池町にあった蔵のようです。
 ただ、三陽酒造と同じ住所には「市川酒造」という蔵の名前も記されており、ここの代表銘柄も「雪月花」になっている。が、前に商工名鑑か何かで、市川酒造の酒に「勢盛」というラベルがあったのを見たこともある。
 さらにこのパンフには、三谷にある(あった?)「養神」の蔵元、竹内酒造の銘柄が「雪月花」になっているけど、前に取材に行ったとき(→●□)蔵の人からそんな話は出なかった。
 どういう事?知っている人がいたら教えてください…って、こういうこと書いて反応があったことは一度もないですが…。
(まさ)
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最近行った集落~上伊那編

2012年09月07日
 8月に二度も行った上伊那郡の、特に書くこともない場所の写真をいくつか。どうでもいい写真の蔵出しシリーズの様相を呈してきましたが、このあたりで終わりにします。
 同じ伊那谷でも、下伊那郡のほうはまだ興味があるけれど、上伊那郡のほうは遠くて馴染み薄いもんで、いまひとつ熱心に攻めようという気になりません。西三河在住の人間に攻められても、上伊那の人も困るだろうが(何しに来たのアンタ?ってなもんで)。

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 箕輪町の木下地区(飯田線木ノ下駅のあたり)。巨木、HINOMI、そして街灯の「中一」である。なんじゃそりゃ。

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 南箕輪村の田畑駅。名前のごとく後ろは田んぼ、前は畑である。しかしこの駅、飯田線でもっとも地味な駅と違うか?他の候補は下島、下平、下市田、下山村あたりですが(下ばっか)、田畑に1票!
 この田畑駅の近くに、そのむかし死にかけた長者が飲んだら復活した、という伝説のある「不死清水(しんずらしみず)」なる水があります。

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 地元では「名水」とされているのに、暗渠からにょきっと飛び出した塩ビのパイプから水がどぼどぼ出ているという、なかなかの味わい深さ。7年ほどの同じ時期に前に見たときは、ここにスイカが冷やしてあったりしたのだが…。

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 同じく南箕輪村の標高が高いほうに位置する、大泉集落である。例によってHINOMIが!あるけれども伊那谷には火の見櫓が多いし、割と似た形状のものばかりだし、もう面倒くさいので見かけても撮らないこともあるのである。まあ、撮らないのは2~3割ですけど。
 えー、以上です。
(まさ)
 
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最近行った集落~下伊那編

2012年09月06日
 昨日の続きで、今度は8月末の午前中に回った、これといってわざわざ書くネタがない下伊那郡南部の集落を。
 昨日書いた北遠の集落を夕方ちょろっと回ったあと、「ヒョー越」を越えて南信へ。その夜に、本来の目的である飯田線沿線の取材を敢行して、夜中のうちに自宅へ帰るつもりだったのですが、書くのが恥ずかしくなるようなしょうもないミスを犯したため戻るに戻れなくなり、「道の駅遠山郷」の駐車場で車中泊するハメに。で、すぐに帰るのがもったいなくなったので、翌朝、下伊那郡南部の集落をちょろっと回った次第です。その、しょうもない顛末はそのうち書きます。

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 遠山郷の中心部、旧南信濃村和田の町並み。秋葉街道の宿場町である。

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(画像の右端にHINOMIが!)
 飯田線鶯巣駅から西へ20分ほど車を走らせたところにある、天龍村の向方集落。山上に開けた、不思議な雰囲気の集落である。
 三遠南信国境エリアにある小集落の形態にはいくつかのパターンに分けることができます。
1、急傾斜地
2、川沿いのわずかな平地
3、高原状の盆地
4、山上
 大きく分類するとだいたいこんなところで、向方の場合は4になります。これに類似するのは設楽町の田峯や東栄町の御園あたりで、信州というよりむしろ三河っぽく、興味深いのである。

120906-5.jpg 例によって1歳児
「どうでもいいですよ、おとうさん」
 おっしゃるとおり、分類したところでなんの意義もありませんが…。

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 国道151号沿い、三河国境に近い阿南町新野の町並み。山奥に忽然と現れる高原の盆地である。

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 新野の西隣に位置する山奥の超小村、売木村の中心部。「平成の大合併」ブームを乗り切って単独村政を維持したことは驚きである。
 以上である。どうもすいませんでした。別に謝ることはないが。
(まさ)
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最近行った集落~遠州編

2012年09月05日
 このブログで書いている以外にも、取材だったり遊びだったり取材のつもりが単なる遊びになったりでチョコチョコあちこちへ行っているのですが、これといってわざわざ書くネタがないような場所も少なくありません。
 そんな集落のいくつかを。いずれも浜松市天竜区、旧龍山村の天竜川右岸側で、8月末の夕方に回りました。

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                  このへんにHINOMIが↑
 岩明(がんめい)。高所・傾斜地・茶畑の集落である。

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 夏秋(なつあき)。高所・傾斜地・茶畑の集落である。

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        秋葉ダム↑
 大峯。高所・傾斜地・茶畑の集落である。以上!どうもすいませんでした。別に謝ることはないが。

120905-4.jpg 夏秋のHINOMI

 これだけではなんなので、例によって火の見櫓情報でも。旧天竜市では撤去がえらい勢いで進んでおり、残存率はかなり低下しております。いっぽう旧龍山村、旧佐久間町、旧水窪町は、今のところ目につく限りは無事の様子。同じ区でこの差は何?しかし、妙なところで旧行政区域ごとの思惑が浮かび上がり面白い、というか残してくれ~。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

プロジェクトSHIGA

2012年09月04日
 土曜日、とある取材が滋賀県の東近江市というところでありまして、普通なら車で行くところを、調べたら目的の場所が近江鉄道の桜川駅から徒歩10分ほどのところだったもんですから、近江鉄道に乗って行ってみました。
 滋賀県東部を走るこのローカル私鉄に乗るのはたぶん15年ぶりぐらい。相変わらずの味わい深さ、スピードの遅さで、完全に旅気分ですがな。でもって下りた桜川駅がまた激シブ。

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 駅裏は田園風景。

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 木造駅舎に枕木の柵。感涙である。乗って残そう近江鉄道。ぜひ残してください。帰りの電車が、八日市と彦根で各10分も停車したのにはまいったけど…。
 そんな近江鉄道に、いくつか気になるブツを発見。

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 ひとつは車内広告の「びわこ京阪奈線」。近江鉄道を延伸して、なんとJR片町線の京田辺までつなげようという珍構想!しかも信楽高原鉄道の区間には新ルート建設!いやはやどうも、本気か!?誰発案?これに比べたら、頓挫した新幹線南びわこ駅のほうがまだ地域振興になるような気がするぞ。

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 そしてもうひとつは、今となってはお笑い草の「びわこ空港」PRベンチ。いやはやどうも、こんな計画で盛り上がった「地方の時代」とやらが今では懐かしい。貴重な遺産として、末永く使っていただきたいものです。
(まさ)
西日本 | Comments(2) | Trackback(0)

さらば赤レンガ倉庫

2012年09月03日
 金曜日の午前中、暇だったのでウチの1歳児を碧南海浜水族館に連れて行ってやろうと思ったら、車に乗せてわずか数分で寝てしまった。仕切り直して午後になってからもう一回出かけたら、またまたすぐに寝てしまい、水族館の駐車場に着いても起きてくれない。う~ん、魚を見せたかった…いや、僕が魚を見たかったのに。
 仕方ないので、碧南中央駅の近くにある「大浜製餡所」へ行って久しぶりにアイスぜんざいを食べ(→●□)、大浜の三河新四国(→●□)の札所を久しぶりにいくつか回り、それでもまだ1歳児は目覚めないので大浜漁港にも久しぶりに行ってみたら、以前と少し様相が変わっていた。

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 なんだか微妙な風情の小公園?広場?ですが、以前はこんな建物がありました。

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(2006.12.03撮影)

 案内板によると、この赤レンガの建物は昭和初期の建築。漁協→日本食料工業→日本水産→日本冷蔵(現ニチレイ)と所有者が変遷したのち平成6年から漁協に戻り、平成13年まで現役で使われて一昨年に解体。「漁業ふれあい広場」として整備したそうな。
 そういう名称がついている以上、イベント等で使われることがあるのかな?見た感じ、まだ整備途上のような風情も漂っているが…。余計なお世話だけど、碧南市は建築系・景観系の「歴史遺産」を上手に活用できないイメージがあるんだよなあ。なんて、知立市民に言われたくないか。

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 まあでも、そういうもどかしいところも碧南の魅力のひとつと言えましょうか。頑張れ碧南!いや余計なお世話ですが(ホントはかなり好きな町なんですよ)。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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