のぎやん0007

2012年05月31日
 昨日の続き。
 知立から碧南市西端への道すがら、安城市高棚の集落はずれにある神明神社にも寄ってみました(「ららくるにしばたに行ったついで」とか昨日書いたけど、どれが本当の目的地でどれがついでだかわかりゃしねえ)。特に目的もなく時間つぶしです。高棚に初めて行ったのは20年近く前、まだ依佐美の鉄塔があった頃だけど、その頃から「男の中の男」ならぬ「碧海の中の碧海」的な雰囲気を感じて、なんか好きなんだよなあ。

120531-4.jpg

 周囲を古木が覆い、広い境内を持つなかなか立派な神社です。同じ旧碧海郡依佐美村の野田八幡宮(→●□)といい勝負です。
 1歳児を抱えながら境内をウロウロしていると、顔なじみのあの人の石像が!

120531-1.jpg

 以前の記事のコメントで、軍人像には乃木希典と東郷平八郎がいるというご指摘をいただき勉強になりましたが、この像は台座を見るとどっちがどっちかよくわかります。

120531-2.jpg 120531-3.jpg

 左は東郷平八郎。下に「宏動無彊」と意味のよくわからない四文字熟語。文章は本人直筆の「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」の有名なフレーズ。
 右は乃木希典。下に「至誠有終」とこれまたよくわからない四文字熟語。文章は同じく本人直筆で「爾霊山嶮豈難攀 男子功名期克艱 鐵血覆山形改 萬人齊仰霊山」?爾霊山でGOOGLE検索すると関西吟詩文化協会のサイトがトップに出てきて、そこに意味が書かれていますので興味のある方は見てくださいませ。
 このほか、拝殿脇の国旗掲揚塔もなかなかの逸品。

120531-5.jpg

 右には国歌、左には明治天皇の和歌「くもりなき 朝日の旗に あまてらす 神のみいつを あおげ国民」が刻まれています。いや~、大(以下自粛)。

120531-8.jpg 120531-7.jpg

 ほかにも、元は鉄製で戦時中に供出され再建されたと思われる神馬像、「碧海郡依佐美村」の文字が刻まれた標柱、東京で成功した地元出身者が寄進したと思われる狛犬、大正時代の道標、記念碑などなど、マニアックな石モノがわんさかあって、マニアにはこたえられない神社でした。これで依佐美村道路元標があればパーフェクトだったが、さすがにそれはなかった。

120531-6.jpg

 今日は鼠色と緑色ばっかりだったので、最後にオレンジ色に染まる高棚の麦畑でも…。
(まさ)

----------------------------------------------
◎のぎやんシリーズ 
0001豊田市林添町→●□
0002豊田市(旧旭町)杉本→●□
0003東栄町中設楽→●□
0004蒲郡市三谷→●□
0005名古屋市中村区名駅5→●□
0006常滑市古場→●□
スポンサーサイト
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

オイルヶ淵

2012年05月30日
 月曜日の午後遅く、1歳児を連れて碧南市西端にある「碧南市こどもプラザ ららくるにしばた」というところへ行き(広いキッズスペースのあるナイスな施設です)、そのついでに西端の名所、油ヶ淵にも寄ってみました。油ヶ淵というと、愛知県どころか“日本でも有数の汚ない湖”という残念な肩書きで昔は有名でしたが、今はどうなんでしょうか。
 とりあえず県道沿いに立ち並ぶ「しょうぶまつり」の幟につられて、池のほとりの花しょうぶ園を見物。

120530-1.jpg

 どうやらまだ早いようで…。どうでもいいけど、奥に見える明和3年建立の「油淵碑」、形が道路元標そっくりだ。
 油ヶ淵の近くはしょっちゅう通るのだけれど、じっくり湖を眺めることはほとんどありません。記憶を辿ると、湖周道路を歩いたのは大学時代が最初で最後。せっかくなので湖面も拝んでいくことに。

120530-2.jpg

 おお~、競艇場!?そういえば油ヶ淵には、日本モーターボート競走会の訓練所があったんだった。競艇場で見るものより薄っぺらいけど、大時計まで置いてある(→●□)。湖畔の施設内にはファンにはおなじみの、笹川良一が母を背負った「孝子の像」もありました。

120530-3_20120530221444.jpg

 湖面にぽつんと浮かぶターンマーク。シュールである。
 ここで訓練をやる日はいつなんだろうか。ぜひ一度見てみたいものです。
 トレセンを本物の競馬場にしてしまった北海道の門別競馬場の例もあることだし、なんならちゃんとした「油ヶ淵競艇場」にしてしまってもいいですね。狭いのでレースはオール進入固定。周年記念はもちろん「しょうぶ杯争奪戦」(むかし豊橋競輪のS級シリーズにあったな)。スタンドは江戸川競艇みたいに土手の斜面(→●□)。対岸の碧南市民病院からも観戦&購入可能にし、長期入院患者の格好の暇つぶしとして喜ばれるも、入院費不払い患者が続出!水神祭(初1着をとった新人選手が水に放り込まれる儀式)では汚い湖へボチャン!そして主催者は財政豊かな刈谷市を除く碧海4市による「油ヶ淵競艇企業団」だ!名前が実に安っぽい…。

120530-4.jpg「どうでもいいですよ、おとうさん」

 父の妄想に呆れ返った坊ちゃんは、着いてからずーっと寝てました。愚か者の父を許してくれ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ナラワ恋しぐれ

2012年05月28日
 久しぶりに樹林舎刊「知多半島の昭和」(→●□)プロモーションシリーズ。昨日の駅の話題つながりで、知多半島の駅のネタ。
 本書では、吉田初三郎が作った鳥瞰図をどーんと4枚もカラーで載せております(横須賀、半田、常滑、南知多)。初三郎の知多半島の作品はけっこう多いのだけれど、ひとところにまとめて紹介されたことがほとんどないので、地図マニア、初三郎マニアはぜひ本書をご覧いただきたいところです。
 で、そのうちのひとつ、昭和13年に発行された「半田市鳥瞰図」を仔細に眺めていたら、あることに気が付きました。

120528-1.jpg

 あれ、東成岩駅の位置が違う!現在は、列車が描かれているところあたりにあるのだが、どうやらこの地図ができたあと、移転したらしい。
 4年前に地元で発行された「武豊線物語」という好著によると、武豊線にガソリンカーが導入された昭和8年に開業したのだけれど、町外れに位置しているため利用客がちっとも増えず、昭和17年にいったん廃止。しかし2年後、地図の「成岩浜」が埋め立てられて国策で川崎重工が建設されると、その正門前に東成岩駅が移転復活した、とのこと。
 なるほど。この駅がなぜ「東」成岩なのか長らく疑問に思っていましたが、これで腑に落ちた。もとは名前のとおり、成岩市街の東玄関に位置していたのね。

120528-3.jpg

 旧東成岩駅があったのはここ。所在地は「半田市成岩東町」で、踏切の向こうは日本ガイシの正門になります。旧駅の写真が本書に掲載できれば完璧だったが、残念ながら探し当てられず。

120528-5.jpg

 こちらは現東成岩駅。立地からいえば「南東」成岩。駅舎は昭和19年、移転オープン時に建設されたものです。中途半端に安普請っぽいのは、戦時中だったからでしょうか。

120528-2.jpg
             例によってHINOMIが!↑

 ついでに書いておくと、この鳥瞰図では南成岩駅(青山駅の旧名)も今とは場所が違ってて、神戸川の北に描かれています(これは「知多巡礼紀行」を作ったとき、どこかの住職に聞いて知っていた)。たぶん、知多半島屈指の名刹で知多四国第21番札所・常楽寺への下車駅という性格も強かったのではないかと。
 これがいつ神戸川南に移転したのかが不明で、名鉄100年史を調べてもなぜか載っていません。

120528-4.jpg

 旧南成岩駅があったのはこのへん。高架化工事ももうすぐ完成します。
 東成岩駅は腑に落ちたけど、この青山駅に関しては腑に落ちない。もともと青山駅付近は「馬場」という地名だったのが、のちに「有楽町」になり、さらに駅西の新興地域「青山町」を駅名にして、今では一帯がすっかり青山のイメージに。この東京志向丸出しのプロセス!にんともかんとも。
(まさ)

-------------------------------------
◎知多半島の廃駅シリーズ
浦島駅→●□
「新」布土駅→●□
時志駅→●□●□
小野浦(仮称)駅→●□
四海波駅→●□
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0205

2012年05月27日
 金曜日の午前、家の近くを走っていたら、パティオ池鯉鮒北側のサークルK斜め向いに新しいコインランドリーがオープンしていたので、天気の悪かったこともあってさっそく利用してみました。最近あちこちで見かけるようになったチェーンで、本社の所在地は豊橋です。
 重原に住んでから8年の間に近所で新規開店したコインランドリーはこれで3軒目。自宅から車で5分圏内になんと5軒も!こんなにあってどうすんだと思うけれど、畳と女房は新し…いや、畳とコインランドリーは新しい方がいいという格言もあるように、オープンのたびに乗り換えている私であります。

 それはさておき豊田でもうひとネタ。逢妻交流館に行った翌日、他の交流館はどんなもんかいなと思って、1歳児とともに市域南部の若林交流館へ行ってみました(普通にキレイな建物だった)。その途上、三河線の三河八橋駅と若林駅のあいだに位置する中根町を通ったら、線路の近くにこんなカンバンを発見。いつから立っているのだろうか。

120526-1.jpg

 若林まで0.6km、三河八橋まで1.5km。う~ん、微妙な距離だけど、近くに団地もあることだし駅ができてもいいんでないの。造ってあげなヨ!(←完全に他人事)
 そういえば名鉄って、廃止するばかりで新しい駅をぜんぜん造りませんね(もともと駅間距離が短いので無理か)。JR東海はバンバン新駅を開業させているのに。あとどうでもいいけど、二川-豊橋間に昔からウワサされている新駅はいつできるのか。
(まさ)
西三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)

現代建築と赤ちゃん

2012年05月26日
 先日ウチの1歳児を連れて、豊田市西部の田町(小清水小学校の校区)にある「逢妻交流館」というところに行ってきました。何かの交流会等に参加したとかではなく、今をときめく有名建築家がデザインしたというこの建物を、一度見てみたかったからです。
 1年半ほど前の「カーサブルータス」の記事によると、逢妻交流館の設計者は妹島和世という方。代表作は、西沢立衛という方と共同の「SANAA」名義による金沢21世紀美術館。ほかにも国内外でカッコいい建物をバンバン建てておられるらしい。さすがハイレベルの美術館を持っている豊田市、すごい人を引っ張ってきますね。
 ちなみに豊田市の“交流館”とは、市のHPによると「貸し部屋や講座の実施、図書の貸出をはじめとして、学習・交流・活動・行政情報の提供など、みなさんの生涯学習の支援を行っています」とのこと。支所や公民館とは性格を異にするよりカルチャー色の高い施設のようで、中学校区単位で27もあるそうな。さすが金持ってる豊田市、ハコモノの発想が違いますね。
 そんなわけでやって来ました逢妻交流館。

120525-1.jpg

 おお、こりゃまたアートな感じの公共施設ではないか。見た瞬間に思い浮かんだ言葉は「鄙には稀な」。市街中心部でも新興地域でもない、従来型農村をベースとする地味な住宅地にこの建物とは、なんと思い切ったことか。
 地域の中でここだけ明らかに異質なんだけれど、建物が洗練されているので気持ち悪い景観に陥っていないところは、さすが世界的建築家の仕事というべきでしょうか。
 まあ、でも、豊田市の行政がこれまで景観について何かを考えてきたとは思えないし、単に建築家の趣味全開(あるいは試作?)なだけ、と思えなくも…。
 
120525-2.jpg

 3階に登ってみたら展望台のようだった。このフォルムに丘陵と田園の風景。なんかよくわからないけどすごい。この風景を大きく見せようと思ってのデザインだったら素晴らしい。あとは宅地開発がこれ以上進まなければよいけれど。

120525-4.jpg

 3Fからだと柵越しになってしまうので、駐車場から田園を撮影。シブい、シブすぎる!次回は天気がいいときに再訪して、田園から交流館を眺めてみようと思います。
 

120525-3.jpg

 当然ながら1歳児は建築物にはまったく興味がなく、1Fの乳幼児スペースで楽しそうに遊ぶのみであった。建物に合わせて棚もカーブしています(これも建築家のデザインか?)。スクエアなところよりもほわっとして雰囲気はいいんだけど、かなり狭いので、男親としては子連れ奥さんとのバッティングは避けたいところ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0204

2012年05月25日
 鳳来寺山&湯谷温泉取材の帰りは大野から県境地帯の山に分け入って、久々に県道505~298号(渋川鳳来線)を通ってみました。愛知・静岡県境越えのマイナールートで、道は悪いし交通量もさほど多くありません。

120524-1.jpg

 名もなき峠。大学生のころ友人と歩いて越えたことがあります。それ以来まったく何も変わっていません。画面中ほどに見える「すべりやすい」の標識の前に立つ、この貴重なブツも健在です。

120524-2.jpg

 国鉄バスの「ブレーキテスト」の指示板だ!
 この道は昭和末期まで二俣線宮口駅~飯田線三河大野駅を結んでいた国鉄バス遠三線のルートでした。その証拠と言える遺物がこれ。この先、渋川の手前まで小刻みカーブの下り坂がダラダラ続くので、運転手はここで一回ブレーキをチェックせよ、という意味です(愛知県側にも同様のカンバンがあるものの文字が判読不能)。国鉄バスの峠越え路線にはよく設置されていたようで、全国あちこちで見かけました。
 さすがにこの路線には乗ってませんが、路線バスのブレーキテストは一度だけ経験したことがあります。17、8年前に乗った三重県熊野市と和歌山県北山村(飛び地で有名)を結ぶ三重交通バス。長いトンネルを抜けたところで一旦停止すると、運転手が「ブレーキテストを行います」とアナウンスし、クイックイッと二回、ブレーキを踏んだのでした。あれには感動した。まだやってるんでしょうか。
 三遠の国鉄/JRバスの遺構もどんどん消滅していますが、これは道路改修でもされない限り大丈夫でしょう。そして三遠南信道が開通した今となっては、改修されることもないでしょうなあ。

 あとオマケ。旧七郷村のHINOMI情報。

120524-3.jpg

 巣山の火の見櫓(→●□)が撤去!数年前、拙著「火の見櫓暮情」の取材の際、市役所に「撤去を完遂した旧新城市と同様、合併した旧鳳来町の火の見櫓も基本的に順次撤去の方針」と聞きました。着実に実行されてどんどんなくなってます。
 ついでに、この近くにあったアカマルみそ(→●□)のホーローカンバンも消えてた。う~ん…。

120524-4.jpg 120524-5.jpg

 旧七郷一色小のある六本松集落では、電柱転用の半鐘台を新発見(左)。以前、そばを通ったのに完全に見落としていた。
 六本松の奥の六田沢集落にもあった(右)。こちらはコンクリ製。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0203

2012年05月23日
 月曜日、とある取材で鳳来寺山に行きました。東三河で数少ない超メジャー観光地だというのに、行くのは大学生のとき以来なんと20年ぶり。若かった20年前は正攻法で、門谷の門前町から階段を延々登って行きましたが、今回は車でサッと行って、1時間ばかりウロチョロしたのみ。それでもさすが鳳来寺山、霊気に満ちて気持ちがいい。
 鳳来寺山が紹介されるときによく見るカットを、僕も撮ってみました。

120523-2.jpg

 ダーン!(段)

120523-1.jpg

 バーン!(盤)って、このところ安易に擬音語を使いすぎております。
 で、鳳来寺山とはあんまり関係ないけど、パークウェイ終点の駐車場でこのようなカンバンを発見。

120523-3.jpg

 ドーン!(鈍)と、まだあったのか530運動の啓発カンバンが。
 僕が愛知大学に入学して豊橋にやって来た22年前、豊橋で何がウケたかって「530運動発祥の地」というキャッチコピー。また妙なものを誇りにする町だなあ、と。当時の豊橋郵便局の風景印もこれにちなんだデザインで、ほかに描くものないんかい、と。
 豊橋のゴミ事情がどうなっているのか知らないけど(というか考えたことない)、いっこうになくならない道路脇のポイ捨て、行楽地のゴミの山を見ると、530運動って結局は敗北した運動ですね。
 どうでもいいけど、カンバンに描かれているキャラ「美子ちゃん」が履いているのは、スカートなのかブルマなのか他の何かなのか。
(まさ)

追伸
キャラの名前はウソです。
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

知多那波里下

2012年05月22日
 昨日の続き。
 南知多町大井の湾には、北に鳶ヶ崎、南に長谷崎というのが飛び出しています。大井にはしょっちゅう行くのだけれど、これらにも足を伸ばしたことがありません。
 まずは北の鳶ヶ崎。昔は大井の町から鳶ヶ崎までの道は、ちょっとした景勝地として地元ではそれなりに認識されていたらしいですが、今はこんな感じ。

120522-1.jpg

 えー、暇でしょうがない人や、どうしても一人きりになりたい人は行ってみてもいいんじゃないでしょうか。
 かたや長谷崎。この名前自体は超マイナーですが、この崎の上にはこいつが建っているので、だいたいどのあたりかお分かりいただけるかと思います。

120522-2.jpg

 たぶん知多半島最高層建造物、チッタ・ナポリだ!
 イタリアの彼の地はどんな風景かぜんぜん知らないが、江戸っ子風に感想を言うと、付けやがったねどうも(否定文ではないので念のため)。どうでもいいけどナポリといえば、豊明にマルデナポリというレストランもありますね…。
 この長谷崎の先端へは、海岸から道が通じていません。上陸大師(→●□)の建つ通称「聖崎」を回り込み、師崎中学校裏の浜辺から接近してみました。

120522-3.jpg

 ここ、意外とワイルドで面白い。崖もけっこう急峻で、見上げるとなかなかの迫力です。

120522-4.jpg

 どーん!とTHE 崖である。崖下にいるのはカメラマンK氏。

120522-5.jpg

 かなり先まで行こうと思えば行けるのですが、肝心の崎まであとわずかというところで、歩行不能になってしまいました。ワタクシらは年齢的にもう無理はしませんので、誰か挑戦してみてくださいませ。

120522-6.jpg

 師崎中学校裏の浜から見た上陸大師と鳶ヶ崎。こうして見ると見慣れた弘法さんも新鮮です。例によって、暇で何もやることがない人や地形図マニアは、ぜひ行ってみてくださいませ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

鼻とゆめ

2012年05月21日
 先月、知多半島の一部エリアで配布されている某月刊広報誌の仕事で(無署名原稿なので媒体名は出しませんが)、知多半島の岬・崎・鼻めぐりをしてきました。
 知多半島の岬というと羽豆岬(→●□)にとどめを刺すわけですが、国土地理院の地形図にはこれ以外に、海田鼻、鳶ヶ崎、長谷崎の3つが記載されています。あともうひとつ、埋め立てで消滅し地形図からも削除された「林崎」というのが師崎の東にありました。
 今回は、名所でもなんでもないこれらをフラフラ見に行こうというのが趣旨。マイナー嗜好にもほどがあるというか、われながら思い切った企画です。なお、岬・崎・鼻はどれも「陸地が海に突き出たところ」を意味し、名称による格差はないらしい。

 そのひとつ、南知多町大井の海田鼻(←クリックで場所が出ます)は、河和方面から国道247号を南下し、南知多病院をすぎた先で水田の中を1キロほど一直線に進む区間のあたりにあります。眺めの素晴らしい知多半島南部の国道247号でも、爽快さでは一、二を争うところ。とりわけ、田んぼに水が張られたこの時期がベスト。

120521-3.jpg
(2008.05.27撮影)

 どーん。

120521-2.jpg
(2008.05.27撮影)

 どどーん。って、2枚も出すほどのもんじゃないか。
 たいていこの眺めだけで満足するので、田んぼの向こうにある海田鼻じたいには行ったことがない。そこで、この機会に行ってみることにしました。

120521-1.jpg

 どーん。って、どこが鼻やねん!
 昔はもっと尖ってたとか?干潮になると鼻が現れるとか?そもそもなんで地形図に載せたのか?謎である。
 さほど気分は盛り上がりませんが、暇で何もやることがない人や地形図マニアは、ぜひ行ってみてくださいませ(なぜ勧める)。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

田原市と赤ちゃん

2012年05月19日
 またまた1歳児放浪シリーズ。1週間前、いちおう取材&ネタ資料の調査で、陽太郎と二人で田原へ行ってきました。昼飯時には撮影と休憩を兼ねて蔵王山へ。町の北にそびえ、頂上に展望台のある山です。はっきりいって地味ですが、知名度の割に意外と名所の少ない渥美半島にあっては、立ち寄りスポットとして地元でそれなりに敬意を表されている…というようなポジション。
 地味ながら、公平に見て眺望のすばらしさは愛知県の展望台で随一だと思います。知多半島にも展望台がたくさんあるけど、それらが束になってもかなわない。だいたい知多半島の展望台ってのはどこも(以下自粛)。
 そんなこんなで6年ぶりにやって来ました蔵王山。

120518-5.jpg
(2006.08.12撮影。外観を撮り忘れたので古い写真で)

 この90年代前半的なシルバーメタリックの建物は、確か17、8年ほど前の建築物。ちなみに蔵王山に展望台が建設されたのは昭和39年。それ以前には山麓に温泉ホテルが作られ、一帯でガンガン観光開発をしようという気が町にあったものの、早くも40年代後半には盛り下がっていたそうな。まあ、ガンガンやってたら今頃蔵王山周辺は廃墟だらけだった可能性もあるので、よかったんでないか。

120516-2.jpg

 展望台より北を望む。爽快である。
 当然ながら1歳児は眺望なんぞに興味はなく、フロアに置かれた椅子の上を行ったり来たり1次元運動するのみ。せめて2次元運動をさせてやりたいなあ、と思いながら展望台を下りると、下のフロアに理想的な空間がありました。

120516-3.jpg

 おお、これは好都合!立ち寄り温泉施設の休憩スペースみたいな部屋で、なぜか手前のようなビニールおもちゃまで置いてある。なんと親子連れにやさしい施設か、と思ったが別にそういうわけではないようで、以前ここに入っていた飲食店が撤退して空きスペースになっているだけかいな?結果的にグッジョブ!

120518-4.jpg

 そこからの眺めを楽しむ1歳児であった。手前の緑の向こうが田原市街、奥のブルーは遠州灘です。
 たっぷり遊ばせて下山したあとは、東三河で一番キレイで居心地の良い田原市中央図書館へ行き資料浅蜊、いや資料あさり。しかしやはりというか、元気のいい1歳児がいては落ち着いて資料を読み込むことはできません。仕方ないので早々にあきらめて撤収しようかと思ったら、図書館と一体化した文化会館の中に「託児室」を発見。

120516-1.jpg

 託児室ってんで保育士でも常駐しているのかと思ったらそうではなく、開けておくので勝手に入って遊んでってねと、そういう部屋でありました。こりゃありがたい。同様の部屋が岡崎市図書館りぶらにもあります。行政のいい仕事です。おかげで今後も、田原方面に子連れで気楽に行ける。
 こういうスペースで、子連れ奥さんとバッティングすることがよくあって、どうしていいかわからず緊張してしまいます。この日は誰もいなくてよかった。
 僕の経験でいうと、子連れ奥さんの10人中8人は「なによこの男」「話しかけないで」「近づかないで」「見ないで」的なオーラを発しますね。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

生まれいずるHINOMI

2012年05月17日
 もういちど話は春野に戻りますが、町域中南部の山中に位置する砂川という集落の、茶畑と山並みを一望する地に小型の火の見櫓(筆者呼称では半鐘台)があります。昨年12月にもここに載せたものです(→●□

120518-1.jpg

 いや~、すばらしいロケーション!前も撮ったのについつい再撮影してしまうマニアの性。
 ところが、ここから数百メートルほど西へ進んだ同じ集落内で、前回気付かなかったHINOMIを発見した。

120518-2_20120518072501.jpg

 なんだかやけに新しい。おまけに半鐘がないが…。

120518-3.jpg

 ふと屋根の裏を見てみると、なんと設置されてまだ2か月!もしかすると日本で最も新しい火の見櫓か!?経緯を知りたくても周囲に人は見当たらず。マニアのみなさん、次回報告を待て!って、次にいつ春野の山奥なんぞまで行くんだ…。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

新東名と赤ちゃん

2012年05月14日
 春野への行き帰りは今もっとも旬な道路、新東名を利用しました。思ったとおり、浜松浜北ICで下りれば天竜市街まではストレスなく簡単にアクセスできて、素晴らしい。
 で、春野からの帰りには浜松SA(下り線)に寄ってみました。GW中はSAに入る車で渋滞が起きていたらしいけど、この日は平日なのですんなり。

120514-1.jpg

 初手からケチつけて申し訳ないんだけど、ちょっと微妙なモニュメントと外装だなあ…。「音楽の町」をパブリックイメージとして30年近くも押し続けている浜松ですが、こういう安易なイメージ付けはひとむかし前の行政っぽいと思うんだけど、どうか。あと、真ん中にはボタンを押したら音楽が鳴る機械が設置されているのだが、この手の音楽装置もひとむかし前っぽい。どこかの自治体みたいに野ざらし→故障→放置ということにならないだろうか。余計なお世話か。
 しかし、中に入ると切望していたスペースがあって、大感激!

120514-2.jpg

 キッズコーナーだ!1年前まではたぶん目にも入らなかったでしょうが、子連れ取材人となった今では、こういう場所があるだけでこの施設に120点を差し上げたい。外のモニュメントも子供に夢を与えてるよね~、って手の平返し。

120514-5.jpg

 さらにもうひとつ驚いたのは、SAの近所に本社があるローランドのショールームがあったこと。ピアノ、シンセ、デジタルドラムは「ご自由に試し演奏してください」ときた。さっそく僕も電気グルーヴの「弾けないギターを弾くんだぜ」ばりに、叩けないドラムを叩いてみました。子連れだとあんまり恥ずかしくないんでね。
 こんな具合に、小さい子はキッズルーム、大きい子はミュージックスポットで遊ばせられるというわけで、ここまで子連れに優しいSAがこれまであっただろうか(あったかもしれません)。
 20分ほど1歳児を遊ばせたのち、外の散策エリアへ。すると一転、こちらは首を傾げざるをえない不思議ワールド。

120514-3.jpg

 平成も20年をとうに過ぎたこの時代にヤシの木植えまくりて!好意的に解釈すると、1)近くに浜松フルーツパークがある、2)浜北は植木産業が盛ん、と地域性を見出せなくもないが、浜北の植木屋でヤシの木なんか作ってたっけ?
 この公園デザインになにか意味があるなら、関係者はPRしてほしいところです。でないと、時代遅れの珍スポットとしか見ることができないよ。

120514-4.jpg

 とはいえ、散策エリアの頂上からの眺めはなかなかよく、天気のよい日に子連れでまた寄ろうという気になりました。
 最後にもう一つケチをつけると、この大雑把にもほどがあるエリア名をなんとかしてほしかった。旧村名に則して「麁玉(あらたま)SA」とか。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

図書館と赤ちゃん

2012年05月13日
 先週、浜松市天竜区の春野町へ子連れ取材に行ってきました。取材といっても風景写真を撮るだけなので、1歳児がいてもとりあえず差し障りはない。なお、父子が春野をうろちょろしている間、母親は同じく天竜区の熊で取材。
 先に愛知の西尾、岐阜の池田と茶産地をネタにしましたが、春野も茶産地です。気田川沿いの低所から山の上の集落まで、茶畑ばかり。

120513-3.jpg

 低所の一例。旧春野町役場付近の宮川集落にて。

120513-1.jpg

 高所の一例。和泉平集落にて。春野は絶景ばかりなので、高いところが好きな煙のような方はぜひ巡っていただきたい。
 こうやってウロウロしている間、1歳児をチャイルドシートに縛り付けっぱなしというわけにはいかない。どこかのびのび動き回れるところがないかな…と考えて思い出した。春野の図書館にたしか畳敷きスペースがあったはず(町民でもないのにコアな情報を…)。
 そんなわけで、上の写真の近くにある春野図書館へ。木材をふんだんに使った、実に居心地のよい図書館です。畳敷きスペースはちょうど子供本コーナーで、堂々といられてよかった。もっともこの時、利用者は1人もおらず、館内のどこでも這い回れる状態でしたが。

120513-2.jpg
 
 1歳児はのびのびと動き回れて、ご満悦の様子であった。本を選んでるように見えますが、単に棚から引っ張り出して遊んでいるだけです。このあと、後ろに見える手づくりの飾りを、ぺりぺり剥がそうとしたのにはまいった。
 いままで子連れ者の目線で図書館を見たことがなかったけど、こういうスペースがある施設は素晴らしい。また次もこの町に連れて行こうという気になります。読めもしないのに遊ばせるためだけに来るなって言われそうですが、まあ利用者の極端に少なそうな春野ならいい、かな?
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

かきつばたと赤ちゃん

2012年05月12日
 昨日の午後遅く、陽太郎を連れて知立市内の無量寿寺に行ってきました。知立のシンボル、かきつばたで有名な寺で、この季節には「史跡八橋かきつばたまつり」が催されています。地元の名所ながら、見に行くのは6年ぶり2度目。同じ市内ながら八橋町に行くなんて、3年に1度ぐらいではないか。

120512-1.jpg

 おお、かきつばたがいっぱい。以上!

120512-4.jpg

 寺の裏に広がるかきつばた園は、敷地のすぐ裏までこのように住宅地が迫っています。渋いとなんというか、よくわからないけど碧海っぽいとしかいいようのないの味わいですね。 

120512-2.jpg またまた狛犬みたい

 当然ながら、かきつばたにはまったく興味を示さない1歳児であった。まったり親子で時間を潰して、園内に出ていた売店で両口屋という牛田の和菓子屋さんの麩饅頭を買って帰りました。
 これだけでは物足りず、刈谷と知立の市界にある密蔵院(三河三弘法の3番札所)にも寄ってみました。ここには怖い弘法さんがいたので、大きい写真でご紹介します。

120512-3.jpg

 寄進者の意図を聞きたい…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0202

2012年05月11日
 先日、西尾の茶畑の写真を載せましたが、ウチの地元の揖斐郡も茶産地でして、実家の近所の池田山麓には茶畑が広がっております。銘柄は「(美濃)いび茶」。揖斐郡では池田町の池田山麓、揖斐川町の桂地区、旧春日村が茶産地になります。地元にいるとよくわからないのだが、いび茶ってどれくらいの知名度があるんだろうか?岐阜県産では白川茶のほうが有名な気がしますが。

120509-1.jpg

 池田町段の茶畑。奥に連なる低い山並みの下あたりが、揖斐川町の中心地区になります。
 なかには、このようなすごい環境の茶畑も。
 
120509-2.jpg

 茶畑の真ん中の見えるこんもりした土盛りは、なんと古墳!ここは池田町願成寺の「願成寺古墳群」で、群というだけあって茶畑のなかに小さな円墳がぽこぽこあります。見慣れているけど、改めて考えてみるとなかなかの珍風景。小学生の時はお決まりの遠足コースで、古墳の中に入ってキャーキャー言ってました。
 その「いび茶」のカンバンがこちら。

120509-3.jpg

 物心ついた時からこのデザインを見慣れているので、もう30年以上は使われているはず。たぶん、左の山は池田山、右は小島山、中央は通称「中山」をデザインしているのではないかと思います。

120509-4.jpg

 角度がすこし悪いけど、このイメージ…かな?池田町の沓井にて。揖斐川町の小島校区内から見ると、もうすこしシンメトリックに見えますので、ヒマな人はカンバンの風景を探しに来てくださいませ。
 どうでもいいけど、正面で工場を拡張工事中の某健康食品会社が、美しい景観をものの見事に破壊してくれています。大工場の誘致が大好きな池田町、ちったあ規制しろよ…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

はじめての靴

2012年05月09日
 1歳の誕生日に赤い靴を買ってもらいました。ま~だ歩けないんだけど、これから暑くなるとアスファルトを裸足で歩かせるのはいかがなもんかと思って。こうやって靴を履かせると、赤ちゃんから子どもになった感じだなぁ。ハハとしてはまだ歩かなくていい。バタバタと音を立ててハイハイする姿を見ていたいぞ。イオン東浦でハイハイレースをやっているらしいので、ぜひ出場したい!


120510-1.jpg
何かにつかまっていれば背筋を伸ばして立っていられる。

120510-2.jpg 120510-3.jpg
↑1人ではまだふらつくのでサポート。  ↑狛犬みたい。
そのほか | Comments(1) | Trackback(0)

5月5日

2012年05月08日
 でもってゴールデンウィークの後半は僕のほうの地元の揖斐川町へ。ヒマだったので、垂井町でこのシーズン恒例の「ご家庭でご不要となりました鯉のぼりがございましたら一か所に集めて泳がせてみよう大会」を見物しに行ってきました。けっこう前からやってて、地元では有名です。

120507-1.jpg

 おお~、ご家庭でご不要となりました鯉のぼりたちがわんさかと面白そうに泳いでるがね。まさに質より量。
 下を流れるのは相川。奥に頭だけ出しているのは伊吹山です。この伊吹山から吹き降ろす「伊吹颪」は、冬にはとりわけ強く冷たい。僕の通っていた大垣南高校は田んぼの真ん中にあり、最寄りの大外羽駅から学校までの道のりでこの伊吹颪、別名「南高(なんこう)ハリケーン」をモロに受けていました。ただの山風がハリケーン?母校の偏差値が知れますね。

120507-2.jpg

 鯉のぼり見物のあいだ、まったく目を覚ますことなく眠り続けていた1歳児。なお、この大会は出店もイベントも一切ナシ!行かれる方はそれぞれの楽しみ方で時間を潰していただきたい。
 落ちてるヤツもいました。

120507-9.jpg 「助けて~」

081206-2.jpg 「自力で泳げ!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 そんなこんなでのん気なGWでした。 
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0019

2012年05月07日
 ゴールデンウィークは双方の実家に帰っておりました。去年の今頃はウチのぼっちゃんは誕生直後で、まだほとんど寝てばかりだったんだよなー。この一年は本当に早かったなー。などと数日前と同じことを書いている。
 前半は嫁のほうの地元の尾張旭へ。ヒマだったので、瀬戸の外れにある雲興寺へ親子3人+義母で行ってみました。盗難除で有名な寺だそうで、嫁の実家では毎年正月に欠かさず盗難除のお札を授かりに行っているらしいのだが、僕は行ったことがありません。
 瀬戸市街を抜け、藤岡方面へ進路をとり、赤津の里を通りすぎ、家から20分ほどかけてやって来ました雲興寺。

120507-8.jpg

 緑に包まれた荘厳な雰囲気の古刹でございます。山門の右にでーんと立つ「盗難除性空山神」の書体が実に味わい深い。
 そこそこ長い参道を歩いて境内の奥へと進むと、そこには島根県石見地方の寺院建築がでーんと構えていた。

120507-5.jpg

 赤い瓦が見事な本堂。

120507-6.jpg

 同じく赤い瓦が見事な鐘楼。これは見まごうことなき石州瓦…なわけはなく、地元産の「赤津瓦」だそうです。いやホント、石見の山奥に来たかと思った。あっちへ行くとこんな色の瓦ばかりだし、瀬戸から豊田北部にかけての地形は中国山地とちょっと似てる。マニアックな比較でスイマセン。
 こんなこと書いていると、久々に島根県に行きたくなってきた。

120507-7.jpg
                             ↑これ
 そもそもなぜ雲興寺に来たのかといえば、境内にあるという赤津村道路元標を見たかったのでした(そんなしょうもないことに妻子と義母を付き合わせる愚かなわたくし)。この存在は、有名道路元標サイトを見て知りました。
 たぶん赤津の町の中から移設したんだと思いますが、住職に聞くと「私が知る限りはずーっとここにあった」とのことで、移設したとしても50年くらい前のことでしょう。
 道路元標といえば、知多半島内で配布されている「Step」という無料情報誌の5月号に、無署名ですが道路元標の記事を書いております。「知多遺産」という歴史・文化ネタのコーナーです。マニアにとっては分かりきった内容ですが、知多半島内の飲食店やコンビニなどに25日頃まで置いてあるはずので、興味のある方は探してみてくださいませ。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0040

2012年05月05日
 その西尾、西三河ではこの10年間でもっとも市街地の風景が変化した町です。西尾駅前からのメインストリートを拡幅してキレイにしたのはいいのだが、どうにもさっぱりしすぎで面白味に欠ける。刈谷もそうなのだが「昔のように中心市街地がにぎわうような時代じゃない」と、行政があっさり見切りをつけたように見受けられます。それはそれでひとつの見識。余所者から見るとつまらないけどね。
 久しぶりに本町通りをうろうろしてみたら、何か足りないような気が…。

120504-5.jpg

 以前はこんな風景でした。

120504-4.jpg
(2006.03.01撮影)

 あ、昭和の名建築だった「大黒屋呉服店」がなくなっている!写真中央に見える、2階建て御殿風の建物です。町の人に聞いたら移転したようで、実に惜しい。
 西尾の市街地からここ何年かの間になくなったものといえば、中央通り(駅前の通り)にあった2つのタウンアーチ。

120504-3.jpg

 現在はこのようにさっぱりしちゃってますが、昔はUFJの前に「中央通商店街」のアーチが(上)、現スギ薬局の前に「駅前商店街」のアーチ(下)が設置されてました。その間わずか130メートルほど。
 
120504-1.jpg

120504-2.jpg
(2枚とも、2004.10.15撮影)

 やはり町にアーチはあったほうが、ウェルカム感があっていいですね。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

THE 黒幕

2012年05月04日
 一昨日は久しぶりに西尾へ。この季節、西尾と言えばこれですね。

120504-6.jpg

 お茶だ!西尾の特産、お茶がらみの取材でした。
 取材で西尾に行くのは何年ぶりだろうか。西尾どころか西三河での取材もご無沙汰で、いったいなんで西三河に住んでいるのかよくわからない状態になっております。

120504-7.jpg

 でもってこれまた数年ぶりに、茶畑の中にある稲荷山茶園公園へ。小高い丘からいちめんの茶畑が眺められるのだが、茶畑といっても碾茶産地の西尾では、このように茶摘みシーズンには畑が黒い幕で覆われており、いちめん黒の特異な景観が楽しめます。西尾のイメージカラーは、緑や深緑ではなく黒だと思う。

120504-8.jpg

 黒幕の中はこのように緑ですが。

120504-9.jpg

 ついでに茶園が集中する西野町地区をうろうろしていたら、有名な「あいや西条園(→●□)」の裏あたりで見事な造りの農業倉庫を見つけた。JA西三河の西ノ町支店です。現役かどうかわからないけど茶の貯蔵庫と思います(違うかも)。
 西三河は豪壮(?)な農協倉庫がけっこう残っているのだが網羅しておらず、ひさびさにチェックして回りたくなった。そういえば知多半島や東三河では、古い農協倉庫ってあんまり見ない気がするなあ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

伊勢湾岸道における公団フォントの件

2012年05月03日
 昨日の昼頃、TBSの「Nスタ」のディレクターという方からいきなり電話がありました。なんでも、ずいぶん昔に書いた「高速日和」というサイトのコラム(第6回第7回第8回)をご覧になられ「番組で標識を紹介するコーナーを作るので、ここに出ている画像を何点か借りたい」とのこと。笠松競馬場前の堤防道路で見られる「馬横断中」の標識とか。
 すごいのは、昼に電話もらって放映がなんとその日の夕方!テレビの締め切りのタイトさに唖然。たまたま地元にいたので画像を送れたからよかったけど、僕がつかまらなかったらどうしたんだろう(まあ、標識の写真なんざなんとでもなるか)。

 で、ディレクターさんから聞いた企画概要は「高速道路の識別しづらい標識を検証する」とかいうもので、その話のマクラに珍標識を使いたい…とかなんとか。見てないので、どんな番組だったかわかりませんが。
 高速道路の識別しづらい標識と聞いて東海圏内でまず思い浮かんだのが、東名下り線・豊田JCT手前にあるヤツ。ジャンクションでどの道を選択するとどこへ行けるかを図示したものなのだが、東名・名神・伊勢湾岸・東海環状・名古屋高速が複雑に絡み合い、どこがどこやらさっぱりわからないシロモノ。同じようなものを、たしか中央道下り線・小牧JCT手前でも見た記憶があります。
 高速道路の超ヘビーユーザーの僕ですら「どこ走ればいいんじゃい!」と思うくらいだから、高速走行しながらあれを見て、どう走ればいいのか一瞬で判断できるドライバーなんてまずいないんじゃないだろうか。あれを掲げたネクスコ担当者の感覚を疑わざるをえない。
 さすがにあの道を走行中に写真は撮れないのでどんなものかここに出すことができませんが、読者の方でもし走られる人がいたら、ぜひチェックして混乱に陥ってみてください。

 そんな高速道路の標識といえば、昨年春の名二環開通の少し前から、新しい書体の高速標識が登場してきました。
 従来は俗に「公団フォント」と呼ばれ、旧公団→JH→ネクスコ各社が独自に作成した書体だったのですが、これから設置・取り替えされる際には、日本語は「ヒラギノ」、英字は「Vialog」、数字は「Frutiger」という書体になったのです。
 公団フォントは、そのあまりの味わい深さが一部マニアにとってはたまらなく、僕もその一部マニアで小学生の時から大好きだったもんですから、新書体の導入は実に残念。「鳳来峡」や「浜松いなさ」を公団フォントで見たかったよ…。
 ただ、公団フォントは「手づくり」の文字なので、なんの事情かわからないけれど、たまにイレギュラーが登場したりします。下はウチの近所の国道155号で見られる標識。違いがわかるでしょうか。

120503-3.jpg (鳥居3丁目)

120503-4.jpg (宝3丁目)

 実は「湾」の字が違うのです。

120503-1.jpg 120503-2.jpg

 特に「弓」の部分の差異が一目瞭然!右は本来の公団ゴシックと呼べる書体。左は推測ですが、既存のフォントを微妙に加工したんじゃないかと思われます。「伊勢湾岸道」と文字を並べてみると違和感アリアリで気持ち悪い。違和感あるでしょ?ない?あと「岸」の字は、両方とも既存のフォントくさいぞ。
 やるなら徹底して文字を作らんかい!と言いたいところだけど、おそらくこういううるさいことを言ってくるヤツがいるもんで、ネクスコも書体変更に踏み切ったんでしょうなあ…。

120503-5.jpg

 そんなどうでもいい話ばかりではなんなので、ハイウェイオアシス刈谷の観覧車から見た風景でも(そんな風景もどうでもいいが)。豊明インター方面を見ております。蛇行が見事。

120503-6.jpg

 アンパンマンとともに空中散歩を楽しむ1歳児。初観覧車です。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
 | HOME |