1歳!

2012年04月30日
1歳になったとたん、髪の毛がワッサワッサ生えました!
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しか~し、一週間後には元の薄毛に。毎日、海苔を食べているのになかなか黒くならない。
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 話を改めまして、先月の4月26日、我が家の陽太郎さんが1歳を迎えました。陽太郎が食べられそうな蒸しパンやプリンでも作ろうかしらと考えていたけど、やっぱり大きなバースデーケーキが食べたいなぁと思い、当日の朝に長久手町のケーキ屋に電話して注文。メッセージはどうされますか?と聞かれ、そんなことお願いしたことないのでドギマギしてしまった。
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写真撮影と食べることに夢中になり、ロウソクを灯すのを忘れる。

 1歳かぁ~。今までは「いくつ?」と聞かれるたびに、(んむむ、今、何ヶ月だ?)と計算していたのに、「1歳です」で済んでしまうわけか。なんか淋しいぞ。
 まぁでも、この1年、鼻水や咳をするくらいで大した病気もせず、すくすくまるまると育ってくれました。あっちこっちへ連れ回し、どうしても断れない(断りたくない)仕事があるからごめんよ~と預けて出掛けたこともあったけど、耐えてくれました。
 人の顔を見て泣くことはほとんどないけれど、たまに臆病な性格がちらり。お風呂で遊ぼうと思って買ってきたアヒルさんやカエルくん、ジョウロのゾウさんは苦手なようで、見せると顔がこわばる。そして、先日の高遠城址では枯れた芝生に座らせたとたん大泣き。何が怖いんだろう。
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 さて、1歳の記念に初参式に参加してきた。場所は岐阜県大野町にある佛照寺。新生児と今年1年生になる子どもたちが集まってきて、本堂はいつになくざわついていた。お経読んだり、歌を唄ったり、お焼香をしたり、陽太郎にとっては初めてのことばかりで、いつになくテンションが高かった。
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袈裟と数珠をいただき、晴れて門徒となった陽太郎。
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式の後は、おときをいただく。陽太郎はおかず付きの特別バージョン。私はこういう雰囲気の中で食べるご飯が大好き。

 
 陽太郎といると時間が経つのが早い。1日なんてあっという間、1年もあっという間だった。この、かわいくて仕方ない時期を思う存分楽しむぞ。その前に、安産のお礼を伝えに、わくぐり神社に行かなくちゃ!
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SAKURA&ALPS&HINOMI

2012年04月29日
 いちおうの取材は思いのほか早く終わったので、せっかく上伊那に来ているんだからと、超メジャーな桜の名所、高遠城址公園に行ってみました。高遠は5年前、夜に立ち寄り湯に入りに来たくらいで、ほとんど未知の土地です。

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 町中はこんな感じ。老舗酒蔵「仙醸」、高遠まんじゅうを売るいくつかの和菓子屋、そしてJRバスの高遠駅が目に付き、正面にはどーんと山。

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 城址公園へと登る階段から見るとこんな感じ。地形的にはたいへん面白いのだが、なんというか、単純に「きれいな風景」と言い切れないもやもや感がある気がするのはなぜ?大通り沿いに建ち並ぶ建物群が、何かを目指した感は伝わってくるものの、若干の違和感を拭えない…というのは大きなお世話ですな。
 それはともかく、全国区だけあって桜は凄かった。

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 離れて見るとこんな感じ。高遠駅の下にある無料駐車場近くの橋から見た風景。天気も悪くてこの写真ではアレですが、車で伊那市街方面から向かうと、高遠市街に入る手前で正面にどーんと桜に包まれた山が目に飛び込んできて、なかなかのものです。

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 中に入り込むとこんな感じ。いや、テキトーな写真で高遠のよさが伝わらなくてスイマセン。公園内には旧藩校や昔の町民会館という建物、忠魂碑群、空堀なんかがあって、桜以外も見どころが豊富。

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 これなんか見どころの最たるところ(一部マニアにのみ)。長野県教育委員会が昭和35年に建立した、県指定天然記念物のコンクリート製標柱。長野の「ナ」を模したのかな?普通は柱状の標柱だろう。この壮観な桜の中に、この無粋っぷりがウケる!さすが教育県と呼ばれるだけあって、教育委員会の権威の示し方がハンパではありません。
 そんな教育県の長野は、実は全国屈指の消防県でもありまして、火の見櫓の残存率もハンパではありません。そんなわけで、高遠にも例によってHINOMIが!

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 天気が良ければ高遠城址の桜、南アルプス、HINOMIの3点セットを収めた美しい写真が撮れたんですが。たぶんもう当分高遠に行くことはないので、だれか来年チャレンジしてください。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(4) | Trackback(0)

0歳最終日の旅

2012年04月27日
 一昨日またも伊那谷へ。月に二回も行くとはさすがに行きすぎの感がありますが、いちおう取材です。
 下伊那郡と飯田市は先週月曜が桜のピークでしたが、上伊那郡は一昨日もバンバンに咲いておりました。明日もギリギリ大丈夫じゃないかな?

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 今回見たうちで、もっとも凄かったもののひとつ、辰野町は飯田線宮木駅前の桜並木。ちょうど電車もやって来た。プロカメラマンなら車がいなくなる時間帯を狙うんでしょうが、わたくしはプロではないのでこんなもんで…。

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 伊那市と駒ヶ根市の間にある、飯田線宮田駅前の桜を見物する女性取材記者と0歳児(ヤラセ)。飯田線撮影のエキスパートである豊川のカメラマンYさんが「宮田駅の桜はライトアップしてるよ」と教えてくれたので夜にも再訪してみたら…

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 シブい、シブすぎる!

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 この日はうちの坊ちゃんの誕生日前日。去年の今頃はまだ嫁の腹の中だったんだよなー。この一年は本当に早かったなー。などと感慨にふけりながら、高遠原駅のホームを這わせてみました。うーむ、無人駅の似合う子だ。駅ネデビューも近いうちに…とか言ってる場合ではない。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0201

2012年04月24日
 ちょうど一年前の今時分(夜の9時すぎ)、嫁が予定日より1ヶ月近くも早く破水して、大慌てで堀尾安城病院へ駆けつけました。「坊ちゃんが早く出たいと言ったから、4/24は破水記念日」(←こりゃひどい一首)。
 それはさておき最近あまりに岐阜をうろついていないもんで、土曜日、久々に岐阜の町の中へ行ってみました。

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 「柳ヶ瀬倉庫」をはじめいろんな店がオープンして頑張っているみたいだけど、どこかまだくすぶっている感のある柳ヶ瀬、を徘徊する女性取材記者(今回は0歳児抜き)。とりあえず、奥の横断幕に見える柳ヶ瀬のキャラ「やなな」とやらは、にんともかんとも賛否両論な感じですね…。
 そんな柳ヶ瀬は、デザインの観点から見ると、サンプル盛りだくさんでなかなか面白いことに気が付きました。もう少し調査して、そのうち何かの形でまとめてみたいと思っています。
 で、当シリーズ200回突破のメモリアルカンバンは、柳ヶ瀬で発見したこいつ。

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 パーフェクト!
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

駅前桜&HINOMI

2012年04月23日
 昨日の続き。いちおう取材(というか調査)で平岡駅から北上して飯田線の各駅の現況をチェックして回り、たぶん8年ぶりくらいに泰阜村の門島駅へ。

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 小和田駅や平岡駅と同様、ここも青春の駅で…ということは全然なくて、これまでに下車したのは2回くらい、車で立ち寄ったのも2回くらい。そのうち1回は、駅の裏の山道を登ったのだった。その道は、垂直に近いような斜面を何回もつづら折れして数百メートルの標高を登るもので、20年前に話を聞いたときには、駅前の集落から泰阜北小学校への通学路になっていました。学校通うだけで毎日登山て、伊那谷の子はモノが違うなと感心した、というか呆れかえったのを覚えています。
 門島駅とその界隈は、秘境でもなく、かといって人家が多いわけでもなく、この辺りでは比較的地味な存在。駅舎もとっくの昔にないし、殺風景な印象は否めません。ホームのまんなかにヤシ?シュロ?が植えられているのが、よりいっそう地味感を醸し出しています。ここに限らず、南国でもない土地の駅や街路、個人宅の庭なんかでよく見かけるけど、誰がどういうつもりで植えたのでしょうか。高度成長期の間違った園芸熱でしょうか。
 そんな地味な駅前には、地味な風情の桜が。

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 うーむ、駅前桜にはやはり建物や自転車なんかが取り巻いていないと寂しいねぇ。
 ところでこの桜をよーく見ると、幹に寄り添うように例によってHINOMIが!

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 ここまでぐんにゃりした半鐘台(火の見櫓のミニ版)は見たことがないぞ。成長した桜に曲げられてしまったのだろうか。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

さらば平岡駅の駅員さん

2012年04月22日
 一昨日の続き。
 10年ぶりに飯田線の小和田駅に行ったあと平岡駅に寄ったら、なんと切符売場の窓口が閉鎖され、駅員さんがいなくなってた。

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 貼り紙によると「3月31日(土)をもちまして乗車券等の発売を終了させていただきました」とのこと。2月上旬に親子3人で行った時はまだいたのに。う~んJR東海め、ロクなことをしない。
 ただ、駅構内の宿泊施設「龍泉閣」のフロントと、待合室の土産物店のおばちゃんは健在で、駅が完全に無人になったわけではありません。
 小和田と同様、平岡駅も「青春の駅」。旧駅舎時代の92年秋には、ここで駅ネ5連泊という偉業(一般的には奇行という)を成し遂げ、学生時代の友人“子ブタ”Oとも通算5~6日ぐらいは駅ネしています(駅ネはしているが、駅添いネ等の危険行為はしておりませんので念のため)。駅ネする若者にとって旧平岡駅の便利さと快適さは飯田線の駅でダントツでした。
 旧駅舎にまだキヨスクがあった頃に駅ネした時は、売れ残って回収されるため待合室のベンチに束で置かれていた「信州日報」や「南信州」(飯田のローカル新聞)を抜き取り、ヒマ潰しにじっくり読んでまた元に戻す、というようなこともやってたなあ。下伊那の地域事情に詳しくなったのは、ひとえに平岡駅のおかげです。何の話だ。

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 行った日の平岡駅の桜は満開。天気が悪いのが惜しかったけど、マニアックな貨車と桜の取り合わせが楽しめました。そういえば、桜が咲いている時期に平岡に来たのは初めて。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

いけいけ!安城市民

2012年04月21日
 最近、実家に帰るたびに、倉庫に山積みしたままの貴重資料(一般的にはゴミという)を整理しているのですが、またまたしょうもないものが発掘されました。1992年の安城市制施行40周年にばらまかれた、市の花「サルビア」の種です。こんなもん取っておいてどうしようと思っていたのか、我ながらよくわからん。

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 左上にはご丁寧に、きわどい花言葉が…。企画政策課(たぶん)のナイスな仕事ぶりに、安城市の懐の深さを見た。

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 話の筋とは特に関係ありませんが、新田町の公園に横たわるけだるい感じのクジラ。こんな疲れ気味のお父さんには、当時の市のキャッチフレーズを贈りたい。「花と緑と精力にあふれる、イキのいい町を!」。
(まさ)

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◎実家から珍品発掘シリーズ
近鉄バスの方向幕→●□
国鉄士幌線廃止のお知らせポスター→●□
竜ヶ岩洞の「天恵の泉」の缶→●□
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

資源としての秘境駅0005

2012年04月20日
 月曜日、10年ぶりくらいに飯田線最強の駅、小和田に行ってきました。いちおう取材です。朝4時半に家を出て、中央道→三遠南信道→R151→県1で天龍村の伊那小沢駅へ。駅前に車を停め、上り一番電車に乗って小和田往復という行程。これだと30分ほど小和田駅に滞在できます。

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 この駅はなんというか…青春の駅、とでも言いましょうか。大学生だった20年のちょうど今ごろに初めて下車して、そのあまりの強烈な環境に感動。同級生の“トロツキスト”N、後輩の“子ブタ”Oを誘って駅ネしたら、夜中に突然駅の電気が消えてマジびびり。その少し後には、Nが立ち上げたサークル野宿研究会の合宿を開催。そして18きっぷのシーズンのたびに来ては近隣を探索しまくったものだった。
 2003年に発刊された春夏秋冬叢書の「各駅停車飯田線」に、小和田駅と近くに住む方のレポートが載っているのを見たときは、やりたかったことを先にやられてしまったと歯噛みし、悔しくて売り込みに行きました。そこからフリー稼業が始まり、ここの編集会議で嫁とも出会い、今に至るという次第です。
 歳を重ね、いろいろなことが変わってゆくのに、小和田の変わらなさっぷりを目の当たりにすると、涙が出てきそうになる、ようなないような。

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 駅下の製茶工場跡も。

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 ミゼットも。

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 そして愛の椅子も。朽ちることが最初から分かっていたコイツを置いた水窪町役場も今は亡きもの。90年代初頭に人気を博したマンガ「BANANA FISH」にこんなセリフがあったのを思い出した。おぞましいものも懐かしいものも、ここには全てがある…。
 皇太子成婚の大フィーバーの余波で、ここで結婚式を挙げた酔狂なカップルがおり、そのときの色褪せた写真も駅舎内にまだ飾られていますが、この二人はお元気なのでしょうか。
 しんみりしながら、待合室に置かれていた古い「駅ノート」を開いてみたら、偶然にも20歳の僕と当時付き合っていた彼女と二人で書いたページだった。あ痛たた。
(まさ)
遠州雑 | Comments(3) | Trackback(0)

いけいけバンバン

2012年04月19日
 10日ほど前、いちおう取材で飯田線沿線をうろつきまわった際、国道151号沿いにある旧鳳来町の池場集落(→●□)で、久しぶりに車を止めてみました。しょっちゅう車で通るのですが、特に用事もコンビニ等もないので、ここ6~7年はもっぱら通過するばかり。

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 豊橋方面から北上すると、三河川合の先からダラダラ続く長い坂道を登りきったところが池場。ここをすぎるとすぐまた下り坂で、まさしく峠の集落です。飯田線の池場駅は写真の左奥あたりにあります。
 この日は集落を見下ろす高台に位置する、池場小学校の跡地へ行ってみました。

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 跡地は公民館兼老人憩いの家になってますが、門柱は健在。石垣と、校門に続く坂道がいかにも田舎の小さな小学校っぽくて、往時が偲ばれます。
 で、敷地に入って建物の下をひょいと見ると、驚くべきブツが!

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 なんと、池場小学校のバケツが!って、東三河の小学校マニアぐらいしか驚きゃしないか。廃校から50年くらいたっていると思うが、よくぞまあ残っていたもんだ。

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 でもって敷地の片隅には、東芝製の冷蔵庫?も。これも学校で使われていたものでしょうか。
 まあ、例によって特に話は膨らみませんが…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

4 OCEAN WAVE

2012年04月18日
 先月発刊された樹林舎「知多半島の昭和」(→●□)プロモーションシリーズ。
 当ブログでもたびたび書いていますが、知多半島の名鉄には廃止された駅がずいぶんあります。廃駅の写真なんぞというマニアックなものはなかなか見つからないのが常なのですが、今回、一つだけ遭遇し、本書に掲載しました。それは、河和線の四海波(しかいなみ)駅。
 これは、知多半島の歴史本を何冊も出されている半田のK先生が、若いころ自ら撮影されたもの。P175に大きく載せていますので、興味のある方は本書をご購入のうえご覧いただきたいのですが、今回はその別カットを、チラッとお見せします。

120417-1.jpg ジャーン!

120417-2.jpg ジャジャーン!

 効果音はいらないか。
 四海波駅は、武豊町最南端の富貴字笠松にあり、河和線開業時から昭和47年まで存在していました。今は埋立で見る影もありませんが、駅近くの海岸沿いに別荘が建ち並んでいたところ。たぶん愛電(名鉄の前身)がリゾート開発をしようと目論み、このような雄大な駅名を付けたのでしょう。三河湾ごときで「四海」とは大風呂敷な。
 名目としては、河和線複線化の前に「旧」布土駅と四海波駅を統合した「新」布土駅を設置したのにともない廃止、ということになってますが、昭和30年代の埋め立てでとっくに別荘地は消滅、もとより住んでいる人も少なく利用客がいないので、体よく厄介払いしたというのが本当のところでしょう。
 で、この四海波駅跡が今どうなっているかというと、こんな状況です。

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 ヤブ。

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 ヤブである。

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 駅前通りはいちおう残っており、新しい家が数軒建っております。奥に車が走っているのが国道247号。
 こんな具合に閑散とした地域だし、たぶん「サヨナラ四海波駅」とかのセレモニーはやらなかったと思われます。ある日ひっそり消えた、わが地元の谷汲線結城駅を思い出します(どうでもいいですが、結城駅の最後の利用者は僕でした)。

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 ちなみに旧布土駅があったのはこのあたり、と地元の人に教えてもらいました。右奥の山裾にみえるのは知多四国開山所・葦航寺。
(まさ)

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◎知多半島の廃駅シリーズ
浦島駅→●□
「新」布土駅→●□
時志駅→●□●□
小野浦(仮称)駅→●□
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0200

2012年04月16日
 前回の続きでまたまた北遠のはなし。
 水窪から東三河へ戻る際には、相月駅付近からから国道152号を離れ、相月→下日余→和泉と国道東側の山の上にある集落を経由してみました。相月では移住してきた方が1年前から始めたという土日祝限定オープンの「縁側カフェ 結」に立ち寄り(ここはオススメ)、下日余では撮り洩らしていた火の見櫓をようやく撮影。そして和泉へ。

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 急斜面に切り開かれた茶畑の中に、へばりつくようにして家が点在するという超絶集落。北遠の典型的風景ではありますが、いつ行ってもすごい。ちなみにここの特産は「ぐり茶」。なにかしらんがぐりぐりするらしい。そのうちぐりぐり取材してきます。
 こんな高所の集落にも、災害時の避難場所がちゃんと確保されています。そのカンバンがこちら。上部に描かれているのは旧佐久間町の町章。

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 避難場所はどんなところかというと…

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 茶畑かい!そしてその傍らには例によってHINOMIが!何かあったら「茶畑に集まれ~」と鐘を鳴らす…ということでしょうか。高低差がありすぎて、ここまで来るハメになったら住民も大変だ。
(まさ)
遠州雑 | Comments(4) | Trackback(0)

変わりゆく北遠

2012年04月15日
 一昨日の続き。
 下川合から北上して久しぶりに中部天竜駅へ行くと、佐久間レールパークの跡地で工事が行われていた。

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 うーむ、往時の盛況が見る影もない(ただし建物はまだ残っています)。情報通の友人によると、なにかの工場が建つということだが…。
 さらに北上して、こちらも久しぶりの水窪駅へ。以前とは何か様相が違っている。

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 以前はこうでした。

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(2007.08.31撮影)

 関所のような門がなくなっている!なぜ撤去したのか?いや、それ以前に、なぜここに関所が設置されていたのかがよくわからなかったが…。たぶん10年ちょっとはあったと思います。
 以上、北遠の地味な変化をお伝えしました…って、これだけではなんなので、オマケに城西駅の桜の写真でも。

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 一週間前の佐久間、水窪では、ここの桜(のうち2本)だけが満開でした。地元の人によると「ワセなので毎年ここだけ早く咲く」とのこと。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ハラ減った

2012年04月14日
 ハラ減った。「お腹が減って寝られないので、こんにゃく4本と卵のおでんをこれから食べて寝る」という夢を見たところで目が覚めた。気が付いたらお腹がグウグウ鳴っている。ウソじゃなく、本当に鳴っているのだから驚く。
 現在、午前3時半。大事に大事にとってあった最後の「べこ餅」を食べてしまった。べこ餅とは青森の郷土菓子で、ういろうより餅っぽい菓子だ。ワタシの両親が毎年、青森の知人と物々交換して手づくりのべこ餅をいただき、それをお裾分けしてもらう。こういう米系、餅系のお菓子が昔っから好きで、とくにこのべこ餅は旨いので、一気に食べないよう冷凍してとってあったのだ。なのに、あ~、もうなくなってしまったよ。
 夕飯もしっかり食べた。ご飯を食べた後にダンナが買ってきてくれたわらび餅を全部食べ、寝る直前に陽太郎用のせんべいをバリバリ食べて寝た。・・・のだが、まだ足りなかった。
 友達が母乳をあげている時は、白飯がものすごく食べたくなるよと言っていたけれど、その通りだ。茶碗1杯じゃ足りない。おかずが食べきれないほどあれば1杯でも足りるかもしれないが、通常のおかずでは2杯は食べないと満足できない。ご飯の時間が待ち遠しく、めし、めし、めしぃって感じなのである。
 外で食べる時も、「できればご飯多めに」と言っている。いままでそんなこと言ったことない。ダンナも驚くくらい食べているのに、体重は増えない。それどころか産む前よりも減っている。恐るべし、母乳だ。
 こうやってハラが減ったことを忘れるために書いているが、書いても書いてもお腹はいっぱいにならないなぁ。もうちょっと何か食べることにします。では。
そのほか | Comments(1) | Trackback(0)

佐久間のヒムロック

2012年04月13日
 先の日曜日に取材で北遠に行きまして、またまた佐久間町川合に立ち寄ったところ、村一番の名木が無残な姿に変わり果ててびっくり。

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                                 川合のHINOMI(→●□)↑

 この木は「佐久間の姫榁(ひむろ)」と呼ばれ、静岡県の天然記念物にも指定されていたのに。地元の人に聞くと、先週火曜日の大嵐で先端部分が折れてしまったとのこと。
 2月の初旬に行った際たまたまこの木を撮って、先の記事にも載せましたね(→●□)。知名度低いし、もしかしたらこの木の全貌を捉えた日本で最後の写真かも(オオゲサ)。

120413-6.jpg (2012.02.05撮影)

 こんな具合に、先端が折れなくてもすでにヨボヨボ状態でしたが…。
 08年発刊の著書「火の見櫓暮情」(春夏秋冬叢書)では、川合の火の見櫓のページでこの木にも触れたので残念ですが、まあ、これまでよく持ちこたえたというか、ご苦労さん、という気持ちです。以下、火の見櫓暮情に書いた文章より抜粋。

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 川合でもっとも高い建造物は火の見櫓だが、そのそばに、火の見櫓よりも高くそびえる一本の木がある。「佐久間の姫榁」と呼ばれるその木は、樹齢約二百年、高さ約三十メートル。その昔、渡場を管理していた庄屋屋敷の庭に植えられている。姫榁は椹【さわら】の園芸変種であり、せいぜい高さ五メートルまでしか育たないといわれている。それがなぜここまで育ったのかは謎だ。国道からもよく目立ち、火の見櫓とともに村の二大シンボルとなっている。
(中略)聞けば、ここ十年で樹勢が急速に衰えたという。静岡県の天然記念物に指定されているので、このようになんとか保護されている。
 村を見守ってきた大木も、その晩年は地元の人に見守られ、労【いた】わられて過ごしているようだ。
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 合掌…。
 って、これだけではなんなので、この対岸にある下川合駅前の桜でも。

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 撮った日はまだ五部咲きといったところで、たぶん今日ぐらいが見頃だったと思います。人口の多い地区ではないのに提灯が吊り下げられたりして、地元の人たちだけの花見で盛り上がったんでしょうか。
 もう一枚オマケ。同じ浦川校区の出馬駅近くにある名もなき桜の名木&HINOMI。

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出馬のHINOMI(→●□)↑

 ついでにネクスコ中日本からのお知らせ。新城市名号のサークルK前にて本日午後撮影。
 
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 新東名がいよいよ明日開通!天竜区全域と東栄町方面へのアクセスが格段によくなるので、ありがたい限りです。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0016

2012年04月11日
 天気がよかった昨日は、陽太郎を連れて大府市の桃山公園へ。来年、某媒体に使うかもしれないので、桜の写真を撮りに。

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桜についての感想は特にない0歳児

 桃山公園は大府駅から東へ歩いて10分ほどのところ、丘のてっぺんにある中堅の公園です(公園に中堅という表現もなんですが、そうとしか言いようがない)。そこそこ桜の名所であるものの、たぶん大府市民以外で行くのは、よほどのマニアかヒマな人ぐらいでしょう。つまりわたくしですな。
 桜で埋めつくされているのに「桃山」というのはその昔、この一帯で桃の栽培が行われていたことが由来です。

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 知多半島の中堅公園にはやたらと展望台がありますが、ここも例に洩れず展望台があります。背後に見えるステンレスの風車がそれ。こんなところに登ったってねえ…といいながらいちおう登ってみると、なかなかの景観で驚いた。

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 刈谷市街まで一望に!こりゃ、以前作った「鉄道でゆく絶景の旅」(→●□)に載せておいてもよかったか。

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 ちょっと向きを変えると住宅がどばーっ!この中に何軒、鷹羽家と坂野家があるのだろうか。
 このように桃山公園の周辺は一面の住宅地になっており、公園へ通じる住宅の中の道の何本かも見事な桜並木に。実は公園よりも住宅街の桜のほうがものすごく、一軒の価値はあります。

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 ちなみに桃山が宅地化される前の写真を、樹林舎「知多半島の昭和」(→●□)P139に掲載しているので、興味のある方はご覧ください。
 以前は大府といえば鷹羽姓が多いことぐらいしか印象になく、特に興味が湧かない町だったのだけれど、いろいろ取材するうちにだんだん面白い町に思えてきた。あとは図書館がもうちょい良ければね…(よけいなお世話)。
(まさ)

◎展望台のある知多半島の中堅公園シリーズ
半田市・雁宿公園→●□
常滑市・大野城址→●□
知多市・大草城址→●□
美浜町・時志観音白山公園→●□
南知多町・羽豆岬→●□
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

THE 聖地

2012年04月10日
 筑波といえば「つくば謎の研究学園都市」ってんで、いったいどんな町なのかと車で縦断。その途上、国土地理院があったので急遽寄ってみました。
 地形図を発行する国土地理院、そこは地図好きにとっての聖地。中学1年の社会の時間で5万分の1地形図に出会って以来、どの地図よりも地形図を愛用し、何百枚も持っているわたくしのような人間にとっては、一度は巡礼しなければいけないお伊勢さんのような存在である。聖地から発せられる強力な電波が、地図マニアを引き寄せるのである。

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 これが電波の発信源である…ってなんだこの巨大なBSアンテナは!殺風景な学園都市を走っていると突如出現して驚いた。しかも時々えらい速さで向きを変える(筑波山のコマ展望台の100倍速ぐらい)。
 これは「LVBIアンテナ」といい、地理に関係するいろんなことを観測しているそうです。さすが謎の研究学園都市。
 そんなわけでやって来ました国土地理院。

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 奥が事務棟、手前がビジター棟「地図と測量の科学館」。館内に入ると床にドーンと描かれた日本地図がお出迎え。

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 おお、いきなりテンションがあがるぞ!これはただの地図ではなく、赤と青のカラーフィルムを貼った色眼鏡をかけると地形が浮き上がって見えるという立体地図。北アルプスあたりは針地獄を歩いているような感覚が楽しめます。

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 二階は展示ルーム。古地図や古地球儀も展示してあるけど、館名のとおり「測量」に関する紹介がメインで、いろいろな地図を見まくって楽しむのというのではなく、子供が勉強したり遊んだりできる「科学館」であった。理系の施設ですね。

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 というわけでさっそく遊んでみる女性取材記者と0歳児。自分たちの顔が立体で見えるという機器。

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 地形図作成のための航空写真を撮影する飛行機「くにかぜⅡ」の機内モデル、に乗り込もうとする0歳児。地図にまつわるアトラクションがたくさんあってウキウキ!ということではなく、チャイルドシートに縛り付けられている時間が長すぎるので、のびのび動き回りたかったのだ。

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 でもって1階には感涙しそうなミュージアムショップが。地図グッズ、地図関連書籍、そして地図そのものがわんさか販売されてて、片っ端から購入してしまいそうになって危険だ。
 そんな気持ちをぐっと抑えて、とりあえずオリジナルグッズの詰め合わせを買ってみました。地図記号手ぬぐい、地図記号マスキングテープ、地図記号バッジ、ポストカードに、地形図を裁断したメモ帳。確かに地形図の紙はペン滑りがよくて書きやすいです。
 家に帰って封を切ると、さっそく0歳児が地図記号マスキングテープにむしゃぶりついた。ドラえもんの「アンキパン」と同じで、食べると地図記号が覚えられるそうです。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0199

2012年04月09日
 その筑波山ケーブルカーに乗っていたら、途中の線路脇にこんなカンバンが立っているのに気が付いた。

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 えっ、東京スカイツリーと同じ高さなの!?っていうか、それがどうした。だいたい形がぜんぜん違う (まあ、ローカル私鉄だし御愛嬌)。
 そして下山した後、筑波山の北西に位置する筑西市下館に行ってみたら、駅前通りにこんなフラッグがはためいていた。

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 へえ~、歩いてみると東京スカイツリーってけっこう長いんだなあ。っていうか、意味あるのこの企画?
 なんて茶化してみましたが、東海地方にいると東京スカイツリーなんて遠くの地方の盛り上がりとしか感じないけど、関東ではけっこう身近な話題なんだなと感じた次第です。
 ちなみに、行きの首都高からそびえ立つスカイツリーが見えたのだが、それまで寝ていた嫁を起こして「ほら、スカイツリーだよ!」と教えると、返ってきた感想が「はぁ、けっこう小ちゃいんだね~」。どういう目をしてんだ。

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 ところで茨城県のタワーといえば、水戸市街のど真ん中に水戸芸術館のタワーがそびえています。ホール、シアター、現代美術ギャラリーからなる、鄙には稀なアート施設(失礼)で、そのシンボルが高さ100メートルのこのタワー。
 むかし勤めていた編プロで、カーナビのイラストアイコンを作るため全国のランドマークを調査したことがあって、北関東でピックアップした数少ないタワーが、栃木の宇都宮タワーとコイツでした。15年を経てようやく現物を確認できてうれしい限り。
 このタワー、単体で見ればなかなかカッコいいのですが、いかんせん雑居ビルが多い地味な地方都市の景観には違和感があります。まあ水戸に限らず、80~90年代に建設されたこの手のアート系ランドマーク建造物が、地方都市の景観と調和せよっていうのがそもそもムリな話ですが。
 最上階は展望台になってるのでぜひ登りたかったんだけれど、この日は全国で嵐が吹き荒れた日。強風で危険につき閉鎖されていた。う~ん。って、こんな程度で閉鎖って、建造物としてヤワすぎなんでは…。
(まさ)
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つくつくバンバン

2012年04月08日
 つい2週間前に群馬に行ってきたばかりだというのに、先週またも北関東の茨城へ1泊2日で行ってきました。今回は完全に遊び。なぜ茨城かというと、いろいろです。
 初日は高速で一気に水戸まで行き、納豆を買いまくり。夕刻、大嵐のなか移動して筑波山で宿泊。「ガマの油で有名」「つくば“怪しい”研究学園都市が近い」といった程度の知識はあるものの、はっきり言って東海地方在住の人間にはまったく馴染みのない山です。これに類似の山といえば…田原の蔵王山?いや、レベル的にはその100倍くらいはあるか。

120408-5.jpg ガマガエルに及び腰の0歳児

 予備知識皆無の状態で宿に入ると、「筑波山ケーブルカー」の割引券が置いてあったので、翌朝の一番列車(一番カー?)にさっそく乗ってみました。
 宿泊した江戸屋というホテルの横にある筑波神社の境内を通り、筑波山ケーブルカーの宮脇駅へ。

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 ケーブルカーは3年ほど前に乗った高野山以来。僕は、あらゆる乗り物の中でケーブルカーが一番好きかもしれない。車輌の強引なフォルムと、ぐいぐい強引に登っていく感じが、強引さを欠く僕の性に合っているのだろう。日本の山にはもっとケーブルカーをバンバン作ってほしい。
 8分ほどの乗車で筑波山頂駅へ到着。

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 いや~、絶景…だけど、馴染み薄い土地のうえだだっ広すぎて、なんかピンとこないぞ。
 しかし、駅の隣りにでんと構えるこの建物には驚いた。

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 なんと回転展望台!しかも生きてる!
 20年ほど前、三ヶ根山の山頂にあったのを見た記憶がうすぼんやりとあるが、平成も24年を過ぎたこの時代に、こんな昭和なモノを拝めるとは。そもそも筑波山と中腹の温泉街や観光施設が実に昭和なテイストで、回転展望台があってもおかしくはない風情ではあります。
 ちなみに、正式名称か愛称かしらんが、こいつは「コマ展望台」というらしい。素晴らしいネーミング。

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 1階は土産物屋、2階はレストラン。風が吹き荒れて寒かったのでコーヒーでも飲みながら回転を楽しもうかと思ったのだが、店の人は同じケーブルカーでやって来たのか「まだ準備中で何も出せない」。
 仕方ないので屋上に行って回転っぷりを満喫。階段を登っているとき一瞬だけ気持ち悪くなったものの、回転スピードが遅いためか、屋上にいる分には正直なところ特にどうということはない。それよりも寒いわ。
 数分いただけで撤収し、特にそそる土産もなく、茶店の長屋で少し休んでわずか30分ほどで下山しました。たぶんもう一生登ることはないでしょう。

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 あとどうでもいいけど、土産物のガマガエルは近くの笠間焼ではなく、信楽焼だった。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0198

2012年04月07日
 昨日行った小坂井駅の近くで見つけた防犯カンバン。不安感を煽りすぎのような気がしなくもないが。

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 小中学生の標語ポスターコンクールの入賞作品のようなイラストは、テーマのわりにホンワカしてていいですね。

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 ちなみにこの絵の元ネタは、藤子・F・不二雄のマイナー作品「バケルくん」だそうです。いや知らんけど。
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プトレマイオス朝うしくぼ

2012年04月06日
 今日は豊橋で仕事があったので、行く前に飯田線沿線を少しウロチョロ。久しぶりに牛久保に行ったら、駅前通りの一角に空地ができており、民家に囲まれて撮影しにくかった牛久保のHINOMIが撮りやすくなっていました。

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 春の寒空にびよーんと伸びる牛久保の火の見櫓(→●□)。背が高くて立ち姿が美しいのに、惜しいことに屋根部分がない。その理由について地元の複数の人からある証言を得ているのですが、ちょっと書くのが憚られますんで、20年後もこのブログがまだ続いていたら書きたいと思います。
 これだけではあんまりなので、どうでもいい鉄道写真でも…。

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 小坂井駅前の二本桜は8分咲き。咲いている状態を見るのはいったいいつ以来か。こうやって改めて咲いているところ見ると枝ぶりがなんかヘン。
 あとどうでもいいけど、コンクリ駅舎のこの形はいったいなんのデザインなのか。

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 ホームが狭くて名鉄電車が通過する時はちょっとした恐怖体験が味わえる船町駅。あとどうでもいいけど、飯田線にこの車輌はなあ…。
 ちなみに今日の仕事先は、船町駅から徒歩5分の春夏秋冬叢書なのでした。そのおかげで時々こんなマイナー駅を利用できます。
(まさ)
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佐鳴湖とトイレ

2012年04月05日
 どうも最近、遠州ネタが多いですが…。
 最近は頻繁に浜松へ行ってまして、取材の絡みでここ1ヶ月で3回も浜松でジャズライブを観ています。ライブは楽しい。僕の浜松熱も一時期冷めていたけど、ジャズのおかげで少しずつ回復しつつある感じです。
 で、先月浜松に取材へ行った際、何年ぶりか思い出せないくらい久しぶりに佐鳴湖を見ました。浜松中心部と浜名湖の間にある地味な湖です。

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 存在は地味だけど、そこそこ美しい風景ではある。でもこの湖には、なんか昔から興をそそられないというか、なぜかあまり関心が持てないのです。
 僕が大学生だった頃は、三遠で汚れた水環境といえば浜松の佐鳴湖、田原の汐川、西三河の油ヶ淵が三巨頭でしたが、環境にうるさい今の時代はずいぶんとキレイになっているんでしょう…かね?
 この湖の南側、西区入野町のほとりに駐車場があるのだが、そこの公衆トイレがちょっとどうかと。

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 小便器に向かって立つと、ちょうど目線のところのブロックがくり抜かれていて、外にいる人と目が合うっちゅうねん。公衆トイレってこういうもんだっけ?
(まさ)
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ビ・ン・カ・ン

2012年04月02日
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 昨年9月、嫁が春夏秋冬叢書の季刊誌「そう33号」の取材で旧引佐町の竜ヶ岩洞(りゅうがしどう)へ行き、帰ってきてから興奮気味にこんな写真を見せてくれた。洞内の湧水「天恵の泉」を詰めた缶です。

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「今はペットボトルだけど、むかしはこんな缶で売ってたんだって!なんかB級感あってよくない?」
「お~、キッチュやないかい。欲しいねえ~」
「家にあったら邪魔だから捨てるけどね~」
 本来嫁はマニア体質ではないのですが、教育?洗脳?の甲斐あってか、僕が喜びそうなこういうモノ(あと火の見櫓とか)には目ざとくなってしまった。
 で、昨日実家に帰り倉庫の片付けをしていたら、大きな箱の中に無造作に入れておいた、むかし集めていた大量の空き缶が発掘された。

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 あるやないかい、「天恵の泉」の空き缶が!
 大学生だった20年ほど前、竜ヶ岩洞に行った記憶は確かにあるが、その時これを買って持ち帰っていたとは。我ながら凄い…じゃなくてアホですね。
 僕が集めていたのは、コカコーラの絵入り缶(地方博やオリンピックの記念デザインバージョン)や、JR化後に各社が売り出していたオリジナルブランドの缶飲料。「天恵の泉」の上にあるのは、いつの間にか消えてしまったJR東海の「Lini」。右に見えるのはJR東日本の「大清水」(トヨテツではありません)。いや~、懐かしい。ていうか、こんなもんとっておいてどうすんだ。
 いうまでもなく瓶の類もいっぱいあるのだが、これをどう整理していいのかさっぱり見当が付かず、そっと箱のフタを閉じた次第です。

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 こちらが竜ヶ岩洞の入口(嫁撮影)。大学生の時に一度入ったきり。その時は確か、サークルの女子2人を連れて住友セメント専用線&遠鉄奥山線の廃線跡を歩きに行き、奥山線跡沿いにあるここにも寄ったのだった。

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 これが「天恵の泉」だそうです。詳しくは「そう」を買って読んでください。

 そういえば80年代後半に、この記事と同じタイトルの曲を歌ったZIG-ZAGというバンドがいたけど、知ってる人います?
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0197

2012年04月01日
 下仁田の続き。
 翌日は前橋で取材だったので前橋で泊まるつもりだったのですが、その取材が、全国から50近い高校生以下の太鼓チームが参加するコンテストで、たぶんその影響で前橋市街の中堅以下のホテルは軒並み満室。隣り町の高崎も同様で、ようやく見つかったのが前橋から東へ電車で40分ほどの桐生という町でした。ただ、暗くなってから到着したので、残念ながらウロチョロ散策している暇はナシ。
 で翌朝は、西桐生駅と中央前橋駅を結ぶ上毛電鉄というローカル私鉄に乗って、前橋入りしました。以下、カメラが壊れたのでスマホで撮影しております。

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 JR桐生駅から徒歩5分のところにある、上毛電鉄の西桐生駅。昨日の上信電鉄は素晴らしい駅舎の連続で感涙に咽び泣いたが(オオゲサ)、JOMOもよいではないか。群馬バンザイ。
 けっこう朝早く出たので時間に余裕があり、途中にいい駅舎があったら途中下車して感涙に咽び泣こうと思ったのだけど、西桐生以外の駅舎にはまったく見るべきものがなく、そのまま前橋中央まで乗り通してしまった。う~ん、肩透かし。
 でも、赤城山麓をたらたら走るジョモデンはなかなかいい。沿線の雰囲気は全然違うけど、むかしウチの地元を走っていた名鉄揖斐線をなぜか思い出し、少し咽び泣いたのだった(オオゲサ)。
 終点の前橋中央駅では、改札の上にこんなカンバンが。

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 おお、前橋競輪!前橋といえば、日本最初のドーム競輪場「グリーンドーム前橋」があり、この20数年はほぼ毎年G1レースが行われている「競輪の町」なのです。公営競技好きにとっては決して「水と緑と詩のまち」ではない。
 僕は過去に二度、前橋に来ていますが、どちらも前橋競輪が目的。一回目は仕事、2回目は遊び。仕事と言うのは、大学卒業後から1年半だけ勤めていた競輪新聞社で、寛仁親王牌というビッグレースの取材担当として出張したのでした。
 世間も競輪もロクにわかっていない若造が、競輪記者なんぞというまさしく金の亡者…いや猛者の群れの中に一人で放り込まれ、もう何をどうしていいかわからず、隅っこでおとなしくしていたことが思い出されます。
 前件日から3泊4日の日程で、仕事の前後に前橋市街をウロウロしたはずなんだけど、前橋文学館(萩原朔太郎の展示がメイン)と煥乎堂という前橋最大の書店に行ったこと以外は、何も覚えていない。

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 このアーケード商店街も歩いたはずだけど覚えてないなあ。歩きながら「たぶん競輪新聞業界は僕には向いてないな」ということを漠然と思ったはずなのだが…。
 どうでもいいけど、前橋市街には日曜の朝に開いている喫茶店が皆無で、ヒマで困った。しかたないので時間潰しに前橋文学館を15年ぶりに再訪し、朔太郎の詩に咽び泣いたのであった(ウソ)。
(まさ)
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