11ヶ月が過ぎた

2012年03月31日
 10ヶ月過ぎた頃だったか、陽太郎は突然、絵本を見て笑うようになった。それまでも、なめる・かじる・やぶると絵本は興味の対象ではあったが、ウヒッウヒヒヒィ~と声をあげて笑うことはなかった。お気に入りの絵本は、『だるまさんが』。内容を理解しているのかどうかは分からないが、だるまの絵を指差しながら「だ・る・ま・さ・ん・がっ」と声色を変えて読んでやると、体を上下に揺らして大うけ。芸人の気持ちがわかるねぇ。ちょっとでも笑いがとれると嬉しくてたまらず、ついつい熱が入ってしまう。『だるまさんが』は出産祝いで頂いたので、『だるまさんの』『だるまさんと』も購入。この三冊を寝る前に読むようにしている。読んだからといってすぐ寝るわけじゃないんだけど、楽しい気持ちで眠れたらいいよなっと思って。
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 さてさて、各地の子育て支援センターで大活躍の、牛乳パックのイス、ガード、オモチャ。いち早く、牛乳パックの絵本立てを完成させた友達に影響され、ワタシも遅ればせながらやっと完成させました。何が大変かって、新聞を折り畳んで入れること。二つに折って、三つ折り、四つ折り・・・。
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 見よ、この面倒くさい工程を! と、えらそうなことはいえない。新聞を畳むと目が回るわっと弱音を吐いたら、母がせっせと新聞を詰めてくれた。しかも上手い。新聞詰めるのに上手い下手もあるんかと思うかもしれないが、きれいに仕上げるにはかなり重要。適当に折り曲げて入れると、高さが微妙に違ったり、傾いたり、変な膨らみができたりするのだ。

 牛乳パックが溜まりだすとやる気がグーンとアップ! 3月初めに牛乳パックイスが完成。浴衣を作った時の余った布をペタペタ貼ったら、自分で言うのもなんだが、えらくかわいく仕上がった。
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 見よ、見よ!この可愛さ。ただ、座ると左右に倒れてしまい、陽太郎は座れない。先日、4歳になる友達の子どもが遊びに来て、ちょこんと座ってくれた。かなり頑丈だから、重さには耐えられるのだ。陽太郎が3歳くらいになったら活用できるかな。しばらくはぬいぐるみ専用になりそうです。


 そして一昨日、牛乳パックガードがようやく完成。柵の間に手を入れて遊んだり、ワタシとかくれんぼしたり、オモチャにもなったのでよかった。まだ牛乳パックがあるから、もう一つガードを作ろうかなぁ。新聞を詰める作業はつまらないけど(ほとんどやってないが)、糊付けて折り紙を貼ったり、組み立てていくのは楽しい!
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喜ぶ陽太郎。
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近くで見るとかなり雑。でも、とりあえずできたから嬉しい。
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食事の支度をしている時は、キッチンガードに活用。
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下仁田ニッタニタ

2012年03月30日
 富岡製糸場を見物したあとは、再び上信電鉄に乗って終点の下仁田へ。ネギに蒟蒻というなんともそそられないものが名物の町ですが、地名の語感はS級ですね。

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 終点の下仁田駅は卒倒しそうな良い雰囲気。久しぶりに「終端駅」の風情を堪能した。昨年は終端駅といえば武豊駅や河和駅にちょいちょい降り立ったけど、あのクラスじゃね…。なお、終端駅とは行き止まりの駅のことで、小学生の時に愛読していたコロタン文庫の「国鉄駅名オール百科」で覚えた言葉です。
 でもって市街地を歩いてみると、富岡の銀座通りに続いてまたまた凄いメインストリートが。

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 この道幅で「中央通り」!さすがに富岡ほど現役商店は少ないけど、この街灯の連なりはまさしく町のセンター街。
 この通り沿いには、こんな遊技場の廃墟も。

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 電球の残骸が名古屋の「キャバレー花園」を彷彿させる、パチンコ店の「富士ホール」。

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 そしてビリヤード場。いやはや、群馬はレベルが高い。
 小一時間ほど町を歩いて、さあ、帰る前に激シブの下仁田駅でも撮りまくったるか!と思ったら、市街地を撮り歩いている途中でEОS40Dのモニターに「Err99」の表示が出て、カメラが動かなくなってしまった。う~ん…。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

狭い銀座

2012年03月29日
 このあいだ行ってきた群馬の話。
 高崎と下仁田を結ぶ上信電鉄に乗ってきたと書きましたが、最大の目的は沿線の富岡市にある「富岡製糸場」を見に行くことでした。教科書でもおなじみ、明治5年に設立された日本で最初の官営製糸工場です。
 なんでも数年前に、世界遺産登録の前段階である「世界遺産暫定リスト」に記載されたそうで、電車にもこのようなラッピングが施されていました。

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 群馬県民じゃないので世界遺産じゃなくても別にいいんですが…。
 いつも思うんですが、海外では日本みたいに、世界遺産目指して地元が大騒ぎしたりするんでだろうか。「町おこし」的な観点から海外の観光地を調査してみたいものです。
 この電車に乗って高崎から約35分の上州富岡駅で下車し、いざ、富岡製糸場へ。駅前通りや大通りの国道247号沿いの町並みはなんとなく新城チックで、なんというか、ジミシブ。僕としては好感度高いけど、これを楽しめるのはマニアぐらいのもんでしょう。

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 しかし、このカンバンにつられて入り込んだこの通りには驚いた。

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 「銀座通り」にしてこの狭さ!しかも現役の店が多い!

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 少し歩くと多少広くなりますが、それにしてもなかなかの狭さです。刈谷の銀座通りを彷彿させるけど、あちらは店がほとんどなくなってしまったので、味わい深さは比べ物になりません。

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 銀座通りから横に伸びる「二町通りネオン街」もいい。他の道筋も風情ありまくりで、製糸場の町だった往時の繁栄を偲ばせてくれます。いやはや、実にレベルが高い。世界遺産に登録されたらこの渋い町並みにも注目が集まる…かな?

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 でもって富岡製糸場。町のインパクトにやられた後だったので衝撃はなかったけれど、こちらもなかなかの建造物群で、それなりに見ごたえはありました。
 以前、岡崎にわずかの期間だけ存在した官営愛知紡績所の跡を調べに行ったことがありますが(→●□)、このような建物だったのだろうか。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0196

2012年03月28日
 先日行ってきた群馬県某所で発見した超絶カンバン。原理主義的な愛鳥団体からクレームがきそうなので、店名はナイショ。

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 クレームなんぞ知ったことかと言わんばかりの、店主の生き様が垣間見えるようなストレートさ。凄すぎる!
 原理主義的な愛鳥団体には5年ほど前に、地元での取材でバッティングしたことがありますが、ヤツらの思想、やり口はどうも…。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

重原クロッシング2号3号

2012年03月27日
 久しぶりに地元の上重原の話題。
 名鉄三河線重原駅の北にある「重原2号踏切」が、1ヶ月あまり深夜工事を続けた末、先の日曜日に拡幅されました。

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 以前は下のような状態で、朝夕のラッシュ時は常に混み合っておりました。

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(2010.04.06撮影)

 まるで徳利の首のように細くなっていたのが見事に解消され、譲り合うことなく踏切上ですれ違いが可能に。上重原町民にとって永年の悲願だったと思われますが、ウチは7年前に引っ越してきた新参者だし、混む時間帯にこの道を走るような愚は犯さないので、特に感慨はございません。
 そして、この踏切のもうひとつ北にある「重原3号踏切」は、4月2日から車の通行が禁止になるそうな。

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 狭くてスリリングだったけど、地元民のみが知る抜け道として重宝していました。まあ、通れなくなっても別に困りはしませんが…。

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 手前にはこのような味わい深い標識も設置されております。踏切マニアや暇でなにもすることがないという人は、名残の渡り納めにぜひ上重原へ!
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ぐんぐんマニアック

2012年03月24日

 とある取材のため一泊二日で群馬県に来ております。群馬県に足を踏み入れるのは廃止直前の横軽乗車&高崎競馬に来て以来15年ぶりくらいでしょうか。今日は桐生という町に宿泊です。
 仕事は明日なのだけれど、当日入りでは間に合わないので、前乗りです。前乗りするからにはどこかに寄ろうってんで、3つのコースを考えました。1、上野・鈴本演芸場。2、川口オートレース。3、上信電鉄…って、1と2は群馬ではない。
 そんなわけで高崎と下仁田を結ぶ上信電鉄に初めて乗りまして、途中下車したのが上の写真、日本一ヤクザな駅名の南蛇井。富岡製糸場の世界遺産を目指すことについて何か言おうとしているカンバンではありません。
 この駅は、子供のころ読んだコロタン文庫かケイブンシャの本におもしろ駅名として紹介されてて、30年ごしの念願かなって来ることができて感慨無量…というほど来たかったわけでもないですが、子供の頃にインプットされた情報って忘れないものですね。
 上信電鉄沿線は新城市内の飯田線と三岐鉄道を足して2で割ったような感じでございました。
(まさ)
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)

36歳になりました。

2012年03月23日
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 本日、36歳になりました。4月、5月生まれの友達はもうすぐ37歳。やっと同い年の友達に追いついたのに、また置いていかれるって感じです。子どもができて思ったのは、4月生まれと3月生まれって、えらい差があるということ。小学校に入ればさほど変わらないと思うけれど、〇歳児に限っていえば、半年以上の違いは大きい。かたやヨチヨチと歩いているのに、もう一方は寝返りができたかどうか。こりゃ、幼稚園や保育園で差ができてしまうのも分かるなぁ。
 
 さて、この一年はほんと、陽太郎一色でした。産む直前まで取材していたために、退院後すぐに仕事を開始せねばならず(さすがに体力がもたず、ダンナに手伝ってもらった)、その後もできる仕事は続けているので、完全な産休は取っていませんが、以前よりはるかにゆったりした日々を過ごしています。周りのママさんの中には保育園に預けてフルで働いている人もいて、家事して仕事して子育てして凄すぎる! 夫婦共にフリーで何の保障もないんだから、ワタシもさっさと預けて働くべきなんだろうけど、う~む。生活に危機感を感じたら考えようかしら。そんな悠長なこと言ってていいのかっ。

 そうそう、陽太郎が産まれて劇的に変わったことは、見ず知らずの人から声を掛けられることが多くなったこと。電車で隣りに座った人と話すなんて、北海道や外国旅行以来。これは楽しいです。昨日もスーパーのレジで並んでいる時、隣りのおばさまが「くつしたが脱げそうよ」と、陽太郎の靴下を履かせてくれました。抱っこしていると見えないんだよなぁ。感謝!
 そして、身体的な変化は貧乳だった頃を忘れるくらい、おっぱいがでかくなったこと。おっぱいが重たいと思ったことなんて、これまで一度もなかった。いつしぼむのか、それが気になるところです。


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ドライヤーから逃げ出そうとする陽太郎。ホッペについているのは大好物の海苔。
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競輪選手なみに足が太い陽太郎。

そのほか | Comments(3) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0039

2012年03月22日
 嫁の実家のある尾張旭市の玄関駅は名鉄瀬戸線の尾張旭駅や三郷駅ですが、実は中央線の高蔵寺駅もけっこう至近です。森林公園の間を抜けて東谷山麓を進み、庄内川を渡れば高蔵寺駅。三郷駅から高蔵寺駅までは約6キロ、車ならば10分チョイ。というわけで、ときどき高蔵寺駅も利用します。
 その高蔵寺駅南口、すなわち本来の高蔵寺市街側には、こんなタウンアーチが。

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 トンネルをくぐり抜ける蒸気機関車がモチーフ。高蔵寺が鉄道の町という印象はあまりないけれど、考えてみると愛環があるし、中央線廃トンネル群も近いから、あながち的外れではないデザイン…かな?どうでもいいけれど、こういうステンレス製のアーチって、夏は熱くなったりしないんだろうか。
 それはさておき、高蔵寺といえばニュータウン。駅の向こう側がいわゆる高蔵寺ニュータウンですが、本当の意味での高蔵寺ニュータウンは、実はこのアーチをくぐって駅前ロータリーの手前を右側に曲がったところにあります。

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 何軒かの商店が連なるこの通りこそ、高蔵寺ニュータウンなのである。

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 う~ん、どうでもいい。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

忠魂オンザヒル

2012年03月20日
 前回に引き続き「知多半島の昭和」(樹林舎)プロモーションシリーズ。

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 4年間で知多半島はずいぶんきめ細かく回ったつもりですが、それでも今回の取材で初めて足を踏み入れた場所もいくつかあります。
 常滑に住んでいらっしゃる方から「この写真は使えないだろうか」と連絡があり行って見せてもらうと、どこかの高台から撮影された常滑全景の写真でした。昭和37年に御本人が撮られたものです。

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 これがその一部分。もとは5枚をくっつけてパノラマにした写真で、本書のP102-103に全てを収録しているので、見たい人は買ってくださいませ。
 常滑にこんなふうに町を見渡せる場所があったっけ?と思って聞いてみると、連れてってくるというのでついて行きました。その場所はINAXライブミュージアムのすぐ南東、統合移転した旧常滑高校のすぐ裏側の山にある「忠魂碑」。地名は白山ですが、地元民はただ「忠魂碑」と呼んでいるそうな。

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 これがその忠魂碑。めちゃくちゃ立派な石垣と石柵が設えられ、その中央にどかーんと立派なザ・忠魂碑が!
 横には日露の忠魂碑や知多郡長殉難碑なるものも建っており、なかなか立派な「忠魂庭」です。建立・整備は昭和11年。碑に使った石を運搬している写真も出てきたので、本書のP47に載せております。
 忠魂碑から上の古写真と同じように眺めると、なかなか渋い眺望が。

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 いや~、絶景…とはいいがたいな。古写真では製陶工場からの煙がモクモクでしたが、今はさっぱりしたもんです。
 でも、こういうシンボリックな施設はこういう見晴らしのいい場所がいいというので、昔の人はここに忠魂碑を建てたのでしょう。

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 古写真で右端に見える陶製の狛犬も健在。祠もないのに狛犬が必要なのかどうかよくわかりませんが…。
 地元民でも知る人が少ないんじゃないかと思われるこの場所、忠魂碑マニアやヒマでしょうがないという人は、ぜひ一度足をお運びください。ただ、ここへ行くには旧常滑高校の敷地に入るか、南側の藪を分け入らないとならないので、簡単に行けるかどうか…。


より大きな地図で 無題 を表示

 ちなみにこの写真を見せてくれたMさんは、すごい技術を持った常滑焼の伝統工芸士だった。

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 こっちでもいつか取材させてもらいたいと思います。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

「知多半島の昭和」を読む

2012年03月18日
 前回に引き続き樹林舎「知多半島の昭和」プロモーションシリーズ。

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 このような資料集成的本は、出版社が培ってきたノウハウに基づき、ある法則にしたがって組み立てていきます。なので、知多だろうが三河だろうが、どこで作っても同じようなものになる…ということばかりでもなくて、担当者の個性や地域観がけっこう反映されるものです。もっとも、買う人はその地域にしか興味がない場合がほとんどなので、読み比べてどうこう言われることはまずありません。作り手としては、助かるような、物足らないような…。
 僕の場合は、2008年から知多半島での仕事が多くなり、4年ほど知多半島をじっくり観察してきたのですが、それを踏まえて本作では、以下のことを表現したいと思いました。

1、知多半島には一体感があまりない
2、そんな知多半島をひとつに結び付けているのは知多四国と愛知用水ぐらい
3、高度成長期の開発はやりすぎじゃないの?


 知多半島は地形的な区分が一目瞭然なので、なにかというとひとくくりにされがちですが、自治体の枠を超えての精神的な結びつきは実はほとんどないんじゃないか、というのが4年間見続けてきた感想です。

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(半田の中心部のひとつ銀座本町。このアーチは現存せず)

 知多半島の中心はいちおう半田とみなされています。半島では唯一戦前に市制施行した町だし、昔の人には中心としての自負がいまだにあり、今回掲載した写真も圧倒的に半田のものが多いのですが、半田の吸引力が半島全域に及んでいたかというと、そういう印象はあまり受けません。
 歴史的にいえば、北部は横須賀、西部は常滑がそれぞれ各エリアの中心地的存在で、そのほかにも岡田、亀崎、武豊、古くには内海、大野、緒川などなど、有力な町がいくつもありました。
 知多半島は、それらの町がそれぞれに発展して小さな商圏を作ってきた地域であり、確かに半田には一目置いているけれど、基本的には各町の吸引力は横並び、突出した「都市」は存在しません。そのため、全体でみるとどうにもバラバラな印象を抱くのです。

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(常滑の中心部のひとつ市場町)

 おそらく北部の人は半田のことにはほとんど関心がないでしょう。半田と常滑も隣り合っているとはいえ、それぞれについて「特に興味ないっす」という感じが漂っています。半島脊梁部の丘陵地は標高は低いけれど、厳然として境界を作っているような気がしてなりません。
 かといって、本のエリアを細かく分けるのも現実的(すなわち営業的)にはいささか無理があるし…。
 だいたい「知多郡」というくくりが大きすぎる!郡単位で見たとき、そこそこの規模の町がこれだけ集まっているところは、全国探してもここぐらいじゃないでしょうか。「昭和の大合併」直前に「村」だった自治体は、知多郡では三和村(常滑北部)と篠島村、日間賀島村だけだったんだから。
 そういえば知多市誌を読んでいたら、岡田、八幡、旭が合併したとき、知多町とすることにどこの自治体からも文句が出なかった、ということが書いてありましたが、象徴的な話ではあります。

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(知多四国83番弥勒寺から太田川駅を望む)

 まあそんなわけで、知多半島の面白さは実は、産業の多彩さや山車祭りの多さではなく、こうした「一体感なき」特異な土壌にこそあると思っています。そこらへんを本書で味わっていただけたら幸いです(なにかを味わう本ではないですが…)。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

昭和な本

2012年03月14日
 唐突ですが新刊のお知らせ。わたくしが取材・編集した「知多半島の昭和」(樹林舎)が、きょう発売になりました。

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 なんの本かといいますと、昭和時代に知多半島で撮影された古い写真をまとめた古写真集です。全279ページ、掲載した古写真・図版600枚強。資料性とエンタメ性が融合し、知多半島在住者や出身者には興味深く懐かしい(そうでない人にはそれなりの)一冊になっております。興味のある人はぜひ書店でお買い求めを。値段は1冊9,990円と少々お高いですが…。

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 実は知多半島をテーマにした古写真集は過去に複数の出版社から発行されています。それらとの最大の違いは以下のとおり。

1、時代を昭和に絞り、昭和60年代までの写真を大量に掲載
2、写真がキレイ
3、知多半島がどんな地域で、どう歩んできたかがわかる


 1は、もはや記憶を持っている人がほとんどいない明治、大正時代の写真は除外し、40代までの人が「懐かしいがね」と思える写真を多くすくい上げているということです。
 2は、丁寧なレタッチと向上した印刷技術の勝利!デザイナーさん、印刷屋さん、ありがとうございます。
 3は手前味噌ですが、そういう編集をしました。わかると思います、たぶん…。ちなみに、昭和の合併以前の自治体はすべて押さえてます。

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(常滑市秘書広報課所蔵の「常滑町」時代のアルバム)

 ちなみにわたくし、このような古写真集を7県で11冊も作ってきました(樹林舎とK出版社で)。実際に1冊まるまる作るのは、2006年発行の「西三河今昔写真集」(樹林舎)以来5年ぶりですが、この手の本作りはいちおう専門です。
 専門なんですが、何度作っても心身ともに非常にキツイ。精神的には、写真が集まるか、1万円という価格に見合う本になるか、というプレッシャーに苛まれたり、もっと取材したいのに締切に追われたり。肉体的には、取材してると目と腰にくる。もうホント、若いモンにお願いしたいわ…という愚痴はどうでもいい。
 しかしなぜ今、「知多半島」で「昭和」の「写真」なのか?それを書くとなると、古写真集の歴史と地方出版および書店業界の過去・現在・未来について触れねばならず、岩波ブックレット一冊分ぐらいの原稿になってしまうので、またの機会に…(ていうかそんなことに興味がある人がいるのかと)。

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(個人所蔵のアルバム)

 このような古写真集は、だいたい次の手順で作ります。

1、写真を探す
2、デジカメで複写する(もしくはスキャニング)
3、写真を並べて組み立てる
4、原稿を書く(もしくは書いてもらうよう頼む)


 なんといってもこの企画は写真探しがキモ。的確な取材先(つまり持ってそうな機関や人)にどれだけたくさんあたることができるかが勝負です。ある人は僕の仕事を見て「探偵みたいだね」と言いました。古写真探偵。ミステリーのタイトルみたいだ。
 で、3ヶ月ほど集中的に、知多半島のあっちゃこっちゃで写真やネガを見せてもらいまくり、複写しまくりの日々。見たコマ数はたぶん1万は軽く超えてるんじゃないでしょうか。ネガばっかり見ていて目はショボショボ、複写は三脚を使ってその場でやっちゃうので腰はガクガク。しかしそこまでやっても、当然ながら本の掲載に耐えうる写真はほんの一部にすぎません。
 それでもまだ、あそこもあそこも取材したかったというところは山ほどあります。それこそやろうと思えば延々と古写真収集は続けらるんですが…。実際、樹林舎の当シリーズの「岡崎・西尾」と「碧海」を担当されたオフィスげんぞうさんは、以前から独力でアーカイブ事業をやっておられます。

 そんなわけで老骨にムチ打って作ったこの本、知多半島内で見かけたらぜひ一度ご覧くださいませ。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0195

2012年03月13日
 今日も「そう」34号連動ネタ。

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 地名探訪で取り上げた三遠南信にある3つの時地名のうち、豊田市時瀬町はこんなところ。旧旭町北部の矢作川沿いに位置し、川の向こうは旧串原村(現恵那市)という「県境の集落」です。

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 昨年12月にも書きましたが(→●□)、ここの見どころは「時瀬のイチョウ」。上の写真で奥のほうにそびえているのがそれです。このときはもう既に見頃は終わってましたが、さすがに名木だけあって、わざわざ見物に来たライダーのカップルもいました。
 県道356号沿いに立っているカンバンにも、このイチョウを謳っています。

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 この町名とキャッチフレーズを書いた駅名標みたいなカンバンは、豊田市のうち旧旭・足助・稲武町のたぶん全町に設置してあるもの。デザインがちょいと面白味に欠けるのでコンプリートしようという気にはなりませんが、こういうのはいいですね。全市域に設置すれば僕の中で豊田市のポイントも上がるのだが(僕のポイントが上がったところでどうということもないけど)。
 これまで撮ったものから、いくつかピックアップしてみましょう。

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 奥矢作湖南の山奥にある田津原は「四季と水に親しむ里」。漠然としたキャッチコピーだけど、こういう名称で村おこしをやっていて、湧水や石仏など激シブのアイテムをマッピングしたカンバンも近くに立てられています。

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 左は旧旭町役場から南へ3キロほどのところにある太田で、キャッチは「自然薯と太田柿の郷」。ここ発祥の柿の原種?ネットで調べても出てきません。その激レア情報っぷり!
 右は旧足助町役場から北へ直線距離で3キロほどのところにある小手沢(こてのさわ)で、キャッチは「花の里ヒガンバナ」。文章がなんだかポエム的だけど、彼岸花の時期に来なくてはいけない気にさせられます。
 キャッチが付くとそれっぽいけど、どの集落もいったいどこにあるのか、地元民以外にはまず知られていないのが凄いですね。

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 こちらは旧稲武町の旧国道153号沿いにある御所貝津で、今は撤去されてしまった火の見櫓(→●□)とともに…。キャッチは「都会のオアシス」て!
 あげつらうのもなんですが、ここみたいにかなり苦しいカンバンもけっこうあります。行政サイドから「カンバン作るからなにかネタを出せ!」と言われて困惑した集落も多かったに違いない。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

BIG TIME&HINOMI

2012年03月12日
 前々回に続いて「そう」34号連動ネタ。

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 毎号やってる地名探訪のコーナー、今回は「時」ってんで、三遠南信で3つしかない大字クラスの時地名をまとめて1本の原稿にしました。その3つとは飯田市時又(→●□●□●□)、豊田市時瀬町(→●□)、浜松市天竜区春野町大時(旧春野町)。飯田線に駅のある時又が唯一、知名度があるといえばある…かな?
 このなかでもっともインパクトのある集落が、旧春野町の大時。どのへんかというと、このへん。


大きな地図で見る

 北遠山中に分け入って分け入って、さらに分け入った一番奥にある集落です。行ったのは12月中旬。浜名湖競艇場で取材したあと春野に向かったのだが、着いたらえらい霧だった。

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 天気悪くても絶景ですなあ~。しかしここも大政令指定都市浜松の一部とは、違和感バリバリ。二俣(天竜区の中心部)から約1時間、旧春野町役場へも30分ほどかかります。

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 家は10軒足らず。斜面を切り開いて茶畑を作り、その中に家が点在しています。北遠の典型的風景ではありますが、奥地感はかなりのもの。

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 集落をうろつくと、このような山道にも遭遇。思わず歩きたくなるこの雰囲気!で、登っていってみるとそこには、例によってHINOMIが!

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 こんな立地なのに防火水槽付きで、北遠の火の見櫓の定番「双盤」を半鐘にしたタイプ。
 天竜区(主に旧天竜市)は火の見櫓を撤去する傾向にありますが、さすがに春野の奥地にまではまだ手が回っていない模様。行くなら今のうちに。わたくし春に春野取材をする予定なので、久しぶりに撮り回ろうかと思っております。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

手づかみ食べ、はじまる

2012年03月11日
 食べっぷりが良いかと思えば、「ご飯じゃない、バナナが食べたいのっ」と駄々をこねるなど、食べムラが見られた坊ちゃんだが、数日前から「自分で食べたい!」と自己主張が強くなり、手で掴んで食べはじめた。これが、手づかみ食べってやつか。手も顔もご飯粒でベッタベタ。その手でイスやテーブルを触るもんだから、たまらない。ダンナが同じことをやったら、キイーッとなるところだが、陽太郎なら仕方ない。しかし、食事に時間がかかりすぎる。作って、食べさせて、後片付けして…とやっていると、あっという間に1時間が経過。まいるなぁ~。

 ~ある日の陽太郎~
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ご飯だ、ご飯だ!               海苔巻きご飯をつかむ。
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パクッ。                     オエッ、入れ過ぎた。
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汚してわるいか!               お腹いっぱい、ごちそうさま。

 食事に時間がかかるのはまいるが、作りがいはある。で、この前は蒸しパンを作ってみた。しかし、久しぶりに作ったため、卵を泡立てずに混ぜるというミスをして、大失敗。カッチカチのさつまいも入り蒸しパンは、陽太郎もダンナも見向きもせず、私が食べた。悔しいので再び挑戦し、今度はバナナ&きな粉を入れて作った。ふんわり膨らみ、今度は陽太郎もダンナも食べてくれる。いいぞいいぞ~と調子に乗って、ならば陽太郎の嫌いなカボチャに、きな粉&白ゴマ&粉ミルクを加えて作ったら、ペッと吐き出された。カボチャの味が分かるのか? 悔しいので、今度は陽太郎の好きなバナナに、きな粉&レーズン&ヨーグルト&白ゴマを入れて作ったら、これも顔をそむける。ちょっと具を入れすぎか? そんなこんなでほとんど私が食べており、陽太郎のためではなく、自分のおやつのために蒸しパンを作っている。

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バナナ&きな粉入り蒸しパン。
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蒸しパンを食べる陽太郎。
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三遠公営4場を取材で制覇

2012年03月10日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」34号が発売中です。

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 今号のキーワードは「時」。わたくし(まさ)は毎号と同じく地名探訪&小学校連載に「大時計」を担当。嫁(まり)は、明治時代後半のわずかの期間だけ存在した会社「豊橋時計」と、岡崎の時計職人・中條勇次郎の記事を書いております、。ぜひ書店でお買い求めください。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売しております。

 僕が担当した「大時計」とは、競艇の大時計のことです。スタートラインのところにどーんと置いてあるでっかい時計で、正式名称は「発走信号用時計」。競艇をやっている人には説明不要だけど、競艇をやってない人には「なんじゃそりゃ?」というもの。
 本誌の読者層は公営ギャンブルに馴染みが薄い人が多いみたいなので、スポニチでSG競走の時に掲載される「ピット裏ドキュメント」のように、針の動きとボートの動きを、ビギナー向けに細かく書いてみました。かくいう自分も専門は競輪ですんで、競艇にムチャクチャ詳しいというわけではないですが…。
 取材させてもらったのは浜名湖競艇場。

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 蒲郡競艇、浜松オート、豊橋競輪はすでに取材したことがあるので、これにて三河遠州にある公営レース4場を取材で制覇したことになります。いや~、もうこれで三河遠州に思い残すことはない…ということはないですが。
 競艇場は取材にたいへん協力的で、なんと競走水面に船を出して大時計を正面から撮らせてくれるという。てなわけで12月中旬の早朝、喜び勇んで浜名湖へ。

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 ピットからみた朝もやの競艇場。美しい、美しすぎる…。

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 職員の方が操船する船に乗り込んで大時計の真下へ。なかなかの迫力だ。今回初めて教えてもらって気が付きましたが、大時計ってと表と裏で少し顔が違うんですねぇ。どう違うかは本誌を買ってご確認ください。
 なお浜名湖では5~10月にペアボート試乗会を実施しているので、それに参加すればこのアングルで大時計を見ることができます。

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 ちなみに乗せてもらったのは、レース用ボートでも救助艇でもなく、補助作業用の漁船なのでした。写真を撮っているカメラマンYさんはその昔、蒲郡でスリット写真撮影の仕事をしたことがあるという経歴の持ち主。
 いや~、去年いちばんいい取材だった。
(まさ)
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ザ・ビーチランダー

2012年03月09日
 最近マニアックな話題ばかりなので(いつもか)、たまには一般ウケしそうなネタでも。
 昨日、知多限定のローカル媒体の取材で南知多ビーチランドへ行ってきました。超メジャー施設ながら1週間前に打ち合わせに行ったのが初訪問で、今回は2回目。癒しの取材で、実によかった。

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 大水槽で遊ぶスナメリちゃんと、回遊するマアジ等。癒されるぅ~。

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 大水槽で魚たちにエサをあげるダイバー。僕も魚にまとわりつかれたい~。

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 僕もこういう感じで生きていきたい~。

081206-2.jpg 「勝手にしろ!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 まあ特に話は膨らみませんが…。この夏、息子をビーチランドデビューさせる予定。楽しみ。
(まさ)
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恋のセンチメンタルシティ0011

2012年03月08日
 もういっちょ「叙情都市名古屋(→●□)」から高針のボツネタを。
 昨日の記事に載せた2つ目の坂の近くに、東古谷公民館というのがあります。

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 なかなかシブい造りの木造公民館。知多半島や三河山間部では別に珍しくもないけれど、名古屋によくまあ残っていたものだ。
 建物もさることながら、コンクリ製の門柱がまた凄いシロモノだった。

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 なんと寄贈者が朝鮮の人、しかも片方はハングル!門柱に寄贈者を刻印するのは日本だけの風習じゃなかったのね。この地味な公民館にいったいどんなドラマがあったんだろうか。非常に気になります(が、話を聞こうにも人が歩いていなかった)。

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 その東古谷公民館のすぐ北側にある古刹、蓮教寺へも参拝。ここも名古屋離れした佇まいです。まあ、愛知郡の農村部的な佇まいではありますが。この寺の墓地では、こんな石柱を発見。

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 高針の西にはいったい何があるというのだろう…。

120306-6.jpg 「ゴーゴーウェスト」
(高帝龍王神の鬼)

081206-2.jpg 「にんにきにきにきにん」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 古い…。
(まさ)

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叙情都市名古屋 木村一成写真集
A5判変形・100ページ・オールカラー/2,480円
写真 木村一成
発行 歴遊舎
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恋のセンチメンタルシティ0010

2012年03月07日
 またまた「叙情都市名古屋(→●□)」のボツネタシリーズ。
 坂のある町と言えば、名東区の高針にも坂がありました。

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     坂道よりも閑所が好物と思われる木村氏↑       (2010.11.24撮影。以下同じ)

 なんというか、その、シブい…ですかね。
 名東区の区域はほぼ旧愛知郡猪高村ですが、区内で唯一どころか市内で唯一、昔の農村集落の風情を残しているのがこの高針。逆さにいえばバリタカ(意味なし)。
 地図を見れば、高針2・4・5丁目のあたりだけ細い道がぐねぐね入り組んでいるので一目瞭然です。昭和初期の地形図では、高針どころか猪高村全体が森か原野。その中に小集落が点在しており、同じ地域とはとても思えません。母さん、僕のあの森、どうなったんでしょうね(これも意味なし)。

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 この坂あたりなんか名古屋市内とは思えない風情。ただ「叙情」ある「都市」というには微妙というかなんというか、結局、高針で撮影した写真は一枚も使いませんでした。高針のみなさん、どうもすいません。個人的には好きなんですけどね。
 高針では蓮教寺と牟山神社へ行き、さらに「高帝龍王神」なる小さい社?祠?にも参ってみました。

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 なかなか評価のしづらい雰囲気を漂わせる参道入口。庭の一部のようにも見えます。

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 鳥居をくぐって奥に進むと小さな祠が。その前で木村氏が何を撮っているかというと…

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 ケースに収められた金角銀角、じゃない金蛇銀蛇!う~む。こりゃどう考えても本には載せないだろう、というものでも、写真家木村はとにかくシャッターを切るのであった(中にはとにかく必要以上のシャッターは切らないというタイプのカメラマンもいます)。
 境内にあった石碑によると、この裏にあった黒松の巨木が枯れたあとに龍王神と子孫の蛇がたくさん住み着き、春の祭礼になるとわらわらと出てくるのを近郷近在の人が続々と見に訪れたので、祭神として祀った、とのこと。それが昭和15年!けっこう最近ではないか。
 碑文によれば「無病息災、商売繁盛、厄除け」に御利益ありってんで、とりあえず商売繁盛を祈願したしだいです。頼むぜ、ヘビやん!

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 あと、鬼もいた…。
(まさ)

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叙情都市名古屋 木村一成写真集
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恋のセンチメンタルシティ0009

2012年03月05日
 前回の坂道の関してコメント欄にレスポンスがあったので、また「叙情都市名古屋(→●□)」の取材で行った坂道の写真でも。鳴海を徘徊した時に歩いた坂道です。

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 旧東海道から少し入ったところにある坂道。し、シブい…。原稿にするには、なにか名前を付けた方がいいかな?ここは、坂の下にあるお寺の名前から「東福院坂」とでもしましょうか。
 

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 東福院前の坂道を登り、頂上から宿場町方面へと下りてゆく坂道。鳴海城址があるので「城跡坂」とでもするか。名前を付けるとそれっぽくなりますね。
 で、時間帯も悪かったし、この時に撮影した写真はボツになりました。後日、木村氏と歴遊舎岩月氏の二人で再訪し、鳴海はその写真を1枚、掲載しています。
 ところで、この二つの坂の頂上には、どどーんと富士山がそびえていました。

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 しかも溶岩流まで!?
 この富士山、名古屋市内の公園にはけっこうの数があるらしく、これマニアの方もいるそうな。

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 木村氏が叙情を探し求めているあいだ、私と岩月氏は暇潰しに登山していたのでした…。
(まさ)

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恋のセンチメンタルシティ0008

2012年03月03日
 東浦町問題に関して今日の中日新聞によると「前町長の悲願」「市になれるという声がプレッシャーだった」だって。なんというか、現場の行政マンも苦労するねェ。
 でも、東浦町の犯したミスはどの自治体でもありそうな話ですな。

 そんなことはどうでもよくて、木村一成氏の写真展から早くも1年たったことだし(→●□)、久しぶりに名古屋のネタでも。
 去年の3月というと「叙情都市名古屋(→●□)」の取材では守山区あたりをウロチョロしてました。みんなで写真を見返していたら「なんか守山が手薄だね」という話になったので。
 実はわたくし親の仕事の関係で、昭和50年以前にちょっとだけ守山区の松坂町に住んでいたことがありまして、名古屋でもっとも思い入れが強い区で…ということは特にございません(じゃあなんで書くんだ)。
 守山区を通るときにいつも思うのが、風景がどうにも「東春日井郡」な感じで、名古屋の中では異質だということ。あと、「守山」という地名から喚起されるイメージがどうにも曖昧。どうして合併しちゃったんだろうか。合併してなかったらどんなアイデンティティを持ちえただろうか。もと区民としては実に残念…ということは特にないですが。

 一年前の守山区めぐりでは、まずアピタ新守山店に行ってみました。なにしに?立体駐車場からの景色を味わいに、ですよ。大型店の立体駐車場が穴場のビュースポットであることは一部マニアの間では常識で、現在某出版社で「グレイトビューズ・フロム・パーキング」という本の企画を進行中です(ウソ←取材許可がたぶんどこからもおりないだろう)。

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(2011.03.29撮影。以下同じ)

 守山のランドマークと言えばまずコイツ、JR新守山駅南西にどーんと置かれた東邦ガスのガスタンクだ!

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 そして南を見るとナゴヤドームが!って、ドームの所在地は東区だけど。どちらも地球に下り立ったUFOのようだ…などとライターの資質を問われるような表現をしている場合ではない。
 これらをこんなふうに撮っても面白くもなんともないんで、面白く見えるところを探してみました。

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↑道路の真ん中から撮影に挑む木村一成氏

 守山区名物ガイドウェイバスの守山市民病院前駅付近から見たガスタンク。僕の写真だとこんな程度ですが、このとき木村さんは超望遠レンズを使い、もっとSFチックな写真を撮ってました。その写真のインパクトはものすごかったんだけど、叙情というか異質すぎてニセ「TOKYO異形」(東京新聞写真部)になっちゃうので、あえなくボツに。

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↑さりげなく通行人も収めようとする木村一成氏

 こちらは守山区市場(矢田川橋を渡ったあたり)から見たナゴヤドーム。ここは矢田川ほとりの高台にある古い町というか集落で、城跡があり、地名を見ても守山のルーツといえるような地域。やっぱりちょっと異形系ってんで、ここで撮ったのもボツ。

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 この守山市場から北方向へは、このような味わい深い坂道もあったりします。名古屋は意外といい坂が多くて、これが東京だったらタモリが本にしてくれるんだろうが、名古屋で坂道本を出すのは(売上的に)無理だろう。どこか果敢な出版社ないっすかね?

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 この坂道を木村さんとフラフラ下っていき、坂の下の鳥羽見へ。整然とした区画に40年代チックな民家が並ぶ、実に名古屋的な風景の町。シブくて好きなんだけど、良さを文章でも写真でも伝えにくいというところ。
 右に見える八百屋さん「フード守金」に入ってオヤツを調達したところ、店の人がなかなか感じよかったので、撮影させてもらいました。その写真は本書に掲載しています。
(まさ)

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叙情都市名古屋 木村一成写真集
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写真 木村一成
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市制バスター

2012年03月02日
 東浦町の「国勢調査で人口を水増しした可能性があるとされる問題」は、知多半島で久々にウケる話題でしたね~。実際に役場が水増ししたかどうかはさておき、行政の「市になりたい!」願望がかなり強いのは間違いないようで。そんなに「市」なんぞになりたいのかねえ?

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JTBの時刻表で「市の代表駅」になる予定が流れてしまった緒川駅

 経済的に力のある東浦町は、ほっといても人口は増えるし順調に発展していってる(と思われる)し、市にならなくったって別にいいんじゃないのか。町のサイトに市制施行のメリットとして「まちの「都市的イメージ」が大きなPR効果を生み、企業のイメージアップによる経済活動の活性化が期待でき、雇用の創出や若い世代の流入、財政基盤の向上につながると考えています」なんて書いておきながら、今回のような間の抜けた話題でマイナスイメージを振りまいてどうする。
 だいたい、平成の大合併で市の価値が著しく低下した今、むしろ「町」のまんまのほうがイメージがよいと思うんだが。
 市にしたいのは、議員、守旧派行政マン、保守派の団塊の世代以上の人たちぐらいのもんだと見ているのだけど、どうでしょうか。たぶん町民は、別に市制しようがしまいがどうでもいいと思っている人が多いんじゃないの?
 ちなみに、東浦町のホームページの「市制準備」コーナーには、市になるメリットとしてつらつらと文章が書かれており、これがまたいつの時代に書いたんだ!という一文でウケるので、ぜひご一読ください(直リンク可かどうかわからないので「東浦町 市制施行」で検索してみてください)。

081206-2.jpg「東浦町の明日はどっちだ!?」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

120302-2.jpg「あっちじゃね?」
(知多四国10番観音寺の指差し地蔵)

 その東浦町の中心地区、緒川の旧道沿いに、なかなかスケールのでかい常夜燈があります。建立は明治28年、つまり日清戦争の年。

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(2009.03.21撮影)

 ふつうは「村中安全」レベルが多いのに「帝国安全」とは!市制施行なみの大風呂敷?
 なんて茶化してみましたが、ここ3年ほどは西三河の図書館よりも東浦町立図書館を一番利用しているし、イオン東浦もしょっちゅう行ってるし、準地元みたいな町になっちゃってます。
(まさ)
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10ヶ月が過ぎた

2012年03月01日
 最近の陽太郎の食べっぷりはすごい。お腹が空くとぐずりだし、テーブルにご飯が並ぶと足をバタバタさせて催促する。最近のお気に入りはバナナ。ばあちゃんの喜寿と父の誕生日を祝った2月12日の晩、父の食べ残したバナナに突然食らいつき、以来、バナナが好きになった。独特な酸味が苦手でペッと吐き出していたのに、この変化はなんなのか。人が食べているものが美味しそうに見えたのだろうか。バナナの次に好きなのは焼き芋と干し芋。芋好きのワタシに似たんだな。
 離乳食が進んで劇的に変わったのはウンコだ。いろんな繊維が絡み合い、非常に状態のよいウンコが出る。だから、もう下着が汚れるなんてことはない。調子いい時は、出たよ~と、泣いて知らせてくれ、大助かりだ。

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 干し芋をしゃぶる陽太郎。

 つたい歩きもサマになってきた。テーブル、オモチャ、ダンボール、チチハハの足など、なんでも足場にして移動していく。足腰も鍛えられ、テーブルにも上れるようになってしまった。その成長ぶりは褒めてやりたいが、心を鬼にして「テーブルはのぼるものじゃありませんよ」と教える。が、なかなか伝わらない。手を伸ばしてモノを掴むことも覚え、ガスコンロのツマミも触るから、「危ないですよ」と教えるが、これも伝わらない。それでも同じことを繰り返し言っていれば、そのうち分かってもらえるかな。

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両足を広げて、袋をしゃぶる陽太郎(左)。  ヨタヨタしながら歩く陽太郎(右)。


~おまけの写真~
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寝る。笑う。泣く。
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