恋のセンチメンタルシティ0002

2011年11月30日
 昨日、「『叙情都市名古屋』の取材スタートは5/22の滝の水公園」と書きましたが、自分の記録を見直してみたら、実は5/13が最初でした。古い話なんでもう、どこがどこやら…。どうもすいません、って誰にも迷惑かけてないのだが。
 5/13日は、八事霊園→笠寺の見晴台公園→鳴海の千句塚公園→野並の相生山と、名古屋外縁の高台ばかり攻めております。最初は高台から名古屋を見て地形を身体に馴染ませてみよう…という話だったと思います、と昨日と同じことを書いている。


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 芝生と木立の緑がとっても目に優しい、笠寺の見晴台公園。笠寺観音のすぐ東にあって、竪穴式住居のレプリカおよび考古資料館と、戦時中に使用された高射砲の砲台跡があるという、けっこうマニアックな公園です。ただ、名前と裏腹に見晴らしはそんなによくない。

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 何かを狙う写真家木村氏。この時の写真は1枚、本書で使っています。買って探してみてネ!(←この語尾!)

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 こちらは鳴海の千句塚公園からの、まあままの眺め。旧東海道・三王山交差点のすぐ東の高台です。芭蕉が存命中に建立された句碑「千鳥塚」があることで有名。生きているのに句碑って、松井や落合の記念館的な…。芭蕉に「照れ」とかなかったのだろうか。

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 いかにも名古屋南部という風景で、それなりに味わいはある…かな?ここで撮ったものはとりあえず、不採用となりました。地元の皆さんどうもすいません、って誰にも迷惑かけてないのだが。
(まさ)

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叙情都市名古屋 木村一成写真集
A5判変形・100ページ・オールカラー/2,480円
写真 木村一成
発行 歴遊舎
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名古屋雑 | Comments(0) | Trackback(0)

恋のセンチメンタルシティ

2011年11月29日
 僕もちょこっとだけ制作に関わった「叙情都市名古屋 木村一成写真集」(歴遊舎)が、今日発売になりました。

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 これまで当ブログでも、ときどき取材や3月の写真展(→●□)などの様子をたびたびレポートしましたが、企画スタートから1年半、ようやく形になった次第。
 ひとことでいうと「美しく、あたたかく、懐かしい名古屋が満載の一冊」。名古屋をこのように撮った写真集は、おそらく今までなかったと思います。名古屋の人が見て「ウチの地元、けっこういいじゃん」と感じるんじゃないでしょうか。
 全96シーン・オールカラーで値段は2,480円。ぜひお買い求めください。

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写真選考中の写真家木村氏&歴遊舎岩月氏(2011.08.14撮影)

 ちなみに、歴遊舎代表の岩月さんは某K出版社勤務時代の僕の上司で、15年の付き合い。いっぽう写真家の木村一成さんとは出会って8年ぐらいで、ライター(もしくは編集)とカメラマンとして、ときどき雑誌の取材なんかで一緒に組んでいた間柄。
 僕が歴遊舎岩月さんから企画のアイデアを聞いたのが去年の春で、最初は「ナイトーくん、撮る?」といわれたのだが、こんな写真メインのハードな企画は荷が重過ぎる。だいたい僕の写真は、撮影対象にマニアックな背景があり、写真を出す時はテキストがあって初めて成立するもの、だと自分で思っております(火の見櫓しかり、知多四国しかり)。
 そういう企画ならうってつけのカメラマンおりますぜ、ということで、木村さんを紹介したのでした。
 で、けっきょく僕は何をしたかというと、取材についていってウロチョロと小ネタを拾っていた次第。まあ、いつか、新しい視点の名古屋の郷土本でも出せればってことで…。

 取材をスタートさせたのは去年の5月22日。一発目は、なぜか緑区の滝の水公園でした。小高い丘の公園で、隠れた眺望ポイントとして地元ではそこそこ知られているらしい。最初は高台から名古屋を見て地形を身体に馴染ませてみよう…という話だったと思います。

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(2010.05.22撮影、以下同じ)

 そんなわけでやってきました滝の水公園、おお、意外と眺めがいい…というかなんというか。
 案内板によると、ここは伊勢湾台風でできたゴミを積み上げて作った山で、写真左に見える塩ビのパイプは、ゴミから発生するガスを抜くためのものだとか。ただの都市公園かと思いきや、そんな秘められた歴史があろうとは。

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 ネタとしてはすごいが、絵的にはどうかというとチョイ微妙で、う~む、と困惑する写真家木村氏(左)と編集者岩月氏。

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 さすがデザイン都市(笑)らしく、園内には不思議なオブジェが。いや、オブジェ自体は面白いものだと思うんだけど、作者は何を思ったか、この作品のタイトルが「ネガティブ」。って、暗いわ!「ネガティブ」を鑑賞して、う~む、と困惑する写真家木村氏と編集者岩月氏。

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 また、公園の片隅にはこんなモニュメントも。これもデザイン都市系?と思ったらそうではなく、この山が築かれる前には、ここに名古屋薬学専門学校があったとのことで、その記念碑なのでした。この学校は、名市大薬学部の前身になるそうな。
 で、この半年後に名鉄堀田駅界隈をウロウロして、たまたま目に入った下坂町の薬局で話を聞いたら(→●□)、そこの老店主がこの学校の出身者だった。おお、話がつながった!

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 なお、この薬局は本書に掲載されましたが、滝の水公園は躊躇なくボツになりました。近所の皆さん、どうもすいません。
 そんなわけで「叙情都市名古屋」、よろしくお願いします。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(4) | Trackback(0)

タウンサインの研究0036

2011年11月27日


※クリックで拡大します
 
 最近、長久手の図書館通りを通ったら、こんなフラッグがはためいておりました。余計な絵やアルファベットは用いず、漢字のみで作った好図案。長久手町は以前にも平仮名のオリジナル?のフォントでタウンサインを作ってましたが、デザインに関して独自の考えを持っているようで、よいと思います。
 けど、長久手が市ねぇ・ ・・。
 そういえば東浦町は数百人足りず市制施行を見送ったそうで、まあ、別に市にならなくてもいいんでないの。
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

シテのグリグリ

2011年11月25日
 前回の続き。何しに平岡へ行ったかと言うと、平岡から為栗(してぐり)まで飯田線対岸の山の中に続いている、ウォーキングコースを歩いたのでした。
 下伊那の行政連合組織が設定した5コースのひとつ「大蛇コース」(大蛇は地名)で、立派なパンフレットと地図も発行されており、駅や役所に用意されています。

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 昔はよく、飯田線沿線のこういう道を歩き回って秘境の小集落へ行ったもので、久々に昔の感覚が蘇ってきました。あー、また何日か三遠南信の山奥に籠りてえなぁ~。感覚は蘇ったけど、体力が蘇っていないのがつらい。

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 大蛇コースのハイライト。どかーんと平岡市街と平岡ダムを望む眺望ポイント。高低差はあるけどここまでさほど急峻な道ではなく、運動不足の身でもまあなんとかなる。
 ところがここから30分ほど歩いたところで見事に道を間違えて、つまらない林道へと下ってしまった。その分岐点に案内板はなかったはず。なぜかと考えてみたら、どうやら為栗から平岡へ南下するのが公式ルートのようで、為栗から来た場合、そのポイントで迷うことはまずないので、案内板を設置しなかったのではないか…と。
 確かに地図には為栗スタート平岡ゴールと書いてあるけど、なぜ逆コースで歩く人もいるということが想定できないのか?ここは一発、天龍村役場にクレームの電話を…というのは面倒くさいのでしませんが。もし歩こうという奇特な方がいたら、気をつけてね。

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 道は間違えたものの、目的地の為栗駅には難なく辿り着いた。「秘境駅ランキング」とやらの28位に入っているそうです。が、この駅をいい感じに撮るのは非常に難しく、あんまり秘境っぽく見えません。
 僕が初めて為栗駅に下り立ったのは大学生だった20年前。その時は、ここから天竜川支流の万古川沿いに続く荒れた踏み分け道を歩き、泰阜村の最南端へ出て、最終的に温田駅へ出たのだった。その途中、車でアクセスするのは不可能な場所に一軒家があり、そこに住んでいる人が露天のの五右衛門風呂だかドラムカン風呂だかに入っているのに出くわして、びっくりした。まだ住んでいるのだろうか…。

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 後には、友人と温田駅を出発して阿南町早稲田に出て、小集落をいくつか回ったあと和知野川沿いに下りて為栗駅に出る、というルートを歩いたこともあります。そのとき友人が、為栗駅の待合室にいわゆる「旅ノート」を初めて置きました。それが、今も為栗駅にある旅ノートのルーツです。確かあともう1駅、ノートがなかった駅に置いた覚えがあるのだけど、どこだったか忘れた。
 ここ2年分くらいのしか置かれていませんが、過去の旅ノートって、誰か保管しているんだろうか?もし知っている人がいたら教えてください。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

資源としての秘境駅0004

2011年11月22日
 昨日、とある取材で伊那谷へ。飯田線の平岡駅に立ち寄ったところ、この駅にしてはありえない数の人がいて驚いた。

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 かつて平岡駅のホームにこれほどの人が一度に立ったことがあっただろうか!
 何かと思ったら、飯田線秘境駅ツアーなのでした。噂には聞いていたがこれほどの参加者があろうとは。

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 飯田線には、秘境駅ランキングとやらの上位に挙げられている駅が5だか6だかあって、選んだ人の主観にすぎないランクづけにJR東海が乗っかるのはイマイチ腑に落ちませんが…。ところで、無人駅ばかり回るこの企画、地元に金が落ちるのかしら。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(2) | Trackback(0)

まさか近所に住もうとは

2011年11月20日
 最近いささかブログ離れが進んでおりますが、それなりに何かと動き回ってはいます。ただ、ここのところやってるのは仕事用の原稿に直結する取材ばかりで、自分のものとして出せるネタが少ない(何かの媒体に載せるネタは、基本的にはここに書かないので…)。
 仕方ないので、昨日実家から漁り出してきた写真でも載せておきます。

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(1986.05.03撮影)

 「愛知の鉄道100年」で走った武豊線のSLを見物に来たとき立ち寄った、刈谷駅の写真です。ここから今はなき名鉄バスに乗って、緒川駅に向かったのだった。なぜそんなルートで武豊線にアクセスしたのか、我ながら意味がまったくわからない。
 まだ橋上化する前で、2階建ての駅舎は生きています。黄色いビニールシートのバス乗り場は、空港行き乗り場として最近まであったような気がするが、右のほうに見える時計台と市の掲示板はどこに行っちゃったんだろうか。
 しかしこの頃は、まさか刈谷駅から徒歩圏内の重原に住むことになるなんて、考えもつかなかった。そして今は、西三河での仕事なんてぜんぜんないのに、なんで重原に住んでいるのかよくわからん。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

士幌線の遺品がなぜか岐阜に

2011年11月19日


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 ただ今、揖斐川町の実家の倉庫を漁っているのだが、ゴミやら何やらわけのわからない山の中から、86年に廃止になった北海道の国鉄士幌線の士幌駅に貼ってあった、お知らせの貼り紙が出てきた。
 中学から高校にあがるときの春休みに初めて北海道を一人旅し、最終日にギリギリ間に合ったのが士幌線でした。有人駅に降りられるだけ降りておこうと思って1日乗り倒し、最終列車を迎えた士幌駅。駅員さんと喋ってたら、記念にあげるから持っていきな、と渡されたのだった。
 こりゃだれも持ってない貴重品だぜ!とその時は喜んだけど、その後10日間、これを持って旅行するのはとてもうっとおしかった…。
 岐阜で死蔵していても意味がないので、士幌町の教委か資料館関係の方でもし欲しい人がいたら差し上げますので、ご連絡ください(ないか)。
(まさ)
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2回目の船旅

2011年11月13日
 昨日は、午前が鳥羽で取材、午後が田原&豊橋で取材および資料調査というスケジュールだったため、鳥羽から伊良湖まで伊勢湾フェリーで移動しました。少し前に廃止騒動で注目を浴びた伊勢湾フェリーは、20年ぶり2回目の乗船です。
 取材には嫁と陽太郎も同行しまして、ウチのぼっちゃんは「初めての船旅」からわずか2週間で「2回目の船旅」を経験することに。なんだか海の子っぽいぞ。ルーツは岐阜の山の中なのに!

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 海などまったく恐れることもなく、航跡を興味深げに見下ろす陽太郎(6ヶ月児)。少ない髪の毛が潮風に揺れて、まるでヒジキのようです。

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 船旅を満喫する女性取材記者(ただの観光客)と陽太郎。

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 デッキでくつろぐ筆者と陽太郎。いや~、船旅はテンションがあがりますなあ。しかし乗船時間はわずか50分。島々や知多半島の眺めを楽しんでいるうちに、あっという間に伊良湖に着いてしまう。もっと乗っていたい。ただし、到着するころ陽太郎はぐっすり眠っておりました。

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 伊良湖港に入港すると、防波堤に釣り人がズラッ。そういえばウチの両親が、最近急に海釣りに目覚めたらしく、たびたび敦賀方面に行っているらしい。ぜひ三河湾にも釣りに来てもらいたいものだ…って、わたしゃ渥美半島の人間ではないのだが。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

初めての船旅

2011年11月11日
 11月はじめに日間賀島に行ってきた。目的は日間賀島小学校で行われるオーケストラ。島でオーケストラというだけで何だかウキウキするし、船に乗っていくってのもいい。ダンナは仕事、声をかけた友達は予定が入っていて、両親も都合が悪い。ダンナの父母を誘おうかとも思ったが、岐阜から来てもらうには遠いよなぁと、陽太郎と二人で向かった。
 いつものごとく、あれやこれやと用意をしていたら家を出るのが遅くなり、知立から師崎港まですっ飛ばす。陽太郎をベビーカーに座らせ、10時55分発の高速船乗り場まで走った。高速船の出入り口が思った以上に狭くて焦る。急いで陽太郎を抱きあげようとしたら、年輩の乗組員が「そのままでいいから」とベビーカーごと担いでくれ、ホッとした。席は空いていて、奥の席に座る。当の陽太郎は船内を見回し、「今日はいったい、どこに連れてくんだよ」と、不安げな面持ち。そりゃそうだよなぁ、船内は揺れてるんだから。
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日間賀島の東港に到着し、まずは記念撮影。
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 島内を散策した後、バルカという食堂でお弁当を買って、浜辺でランチ。この浜辺は陽太郎が産まれる二日前に取材に来て、砂遊びをした場所。あの時、腹の中にいた子と一緒にランチをしてるなんて!とちょっと感動するが、あまりに静かすぎて人恋しくなる。師崎港の駐車場が満車だったから、てっきりコンサートを見にくる人たちで賑わっていると思っていたが、観光客どころか地元民も見かけない。こんなに天気がいいのに、なぜ外でランチしない!!

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海風にふかれる陽太郎の髪の毛。

 コンサートは13時50分から。それまでダンナに頼まれていた仕事をしつつ、日間賀島をうろうろする。歩いて分かったことは、日間賀島で道に迷っても、ひたすら上るか下るかすればどうにかなること。ホテルの多くが見晴らしのいい高台にあるので、建物を目指して歩けば何とかなるのだ。
 浜辺から離れると地元の人たちや観光客にすれ違い、声をかけられる。今日に限ったことではないのだが、陽太郎と一緒にいると、やたら声をかけられる。見ず知らずのおばちゃんおじちゃん、そして子どもたちが寄ってくる。以前、ノリタケの森にいった時も社会見学に訪れていた小学校三年生の男の子たちに囲まれ、「今、何歳」「なんて名前?」「触っていい?」と、質問攻めにあった。

 13時半に日間賀島小学校に行くと、島の中学生と小学生が集まっていた。学校の生徒向けのコンサートだったことを、ここに来てはじめて知る。コンサートのチラシに「島にオーケストラがやってくる!!!!!」とあったから、島挙げての一大イベントだと思っていたのだ。平日の昼間のコンサートに来られる人は限られる。人でごったがえすほどのお客さんはいなかったが、オーケストラを間近で見られる機会はそうそうない。学校の先生が「もっと近寄っていいですよ~」というので、私と陽太郎はどんどん前へ出て、生徒たちの後ろにくっつくように座った。
 このコンサートには仕事で仲良くしているデザイナーさんも出演している。彼女はチェロを担当。両足で挟んで演奏する姿がかっこいい。オーケストラの前に、マリンバを使った音楽劇「音擬話 浦島太郎」もあった。オーケストラの指揮者をされていた荒川修次さんという方が(60歳くらい?)浦島太郎を演じているんだけど、玉手箱を開けて白髪になるシーンがやけにリアルで笑ってしまった。陽太郎がもう少し大きくなって内容が理解できるようになったら喜ぶだろうなぁ。
 休憩時間には小学2年生の女の子に囲まれ、陽太郎の歳を聞かれる。そして、何を思ったか「ねぇ、若い?」と私に聞いてくるので、「若いんじゃないかなぁ」と答えておいた。

 帰りは15時45分の西港に乗り、師崎港へ。師崎港にオムツ替えシートと授乳室があることに感激するも、島の二人旅で大変なのはトイレだなと、しみじみ思った一日でした。

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西港で船を待つ陽太郎。

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帰りは船にも慣れ、爆睡。
知多雑 | Comments(1) | Trackback(0)

豆の大地0002

2011年11月09日
 ここ1週間ほど、目の調子が最悪。アレルギー悪化&仕事による目の酷使で、もうにんともかんとも…。ブログなんぞ書いている場合ではないんだけど、告知したいことがあるので更新します。

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 少し前、武豊町の役場の方に、武豊北西部の丘陵地にある大豆畑に連れて行ってもらったら、これがけっこうな絶景で驚いた。武豊にこんな風景があるとは…。字壱町田(いっっちょうだ)というところです。まだ緑の葉が混じってますが、もうだいぶ黄色くなってると思います。
 西三河を走っていると大豆畑は簡単に見つかるけど、知多半島は意外と少ないようで、めったに見かけません。ヒマで何もすることがない人は、ぜひ知多半島で大豆畑をさがしてみては?(なんのために?)


 で、前にも少し触れたけど、知多半島関連で告知。
 名古屋の樹林舎という出版社から3月下旬に発刊予定の「知多半島の昭和」という本の取材を私が請け負っておりまして、今、知多半島内で撮影された古写真を収集しております。
 テーマはノンジャンル。風景・風俗・鉄道・祭り・暮らしのスナップ、貴重な秘蔵写真、ちょっと懐かしく感じる写真、なんでもOKです。ただし時代は昭和元年から64年まで。エリアは大府市・東海市以南の5市5町で、もちろん篠島・日間賀島も。
 もし持ってらっしゃる方がみえましたら、ぜひ私まで連絡を!当ブログのコメント欄か、リンクにある「まるかどめるかど」の「プロフィール」欄のメールフォームを開いて書き込んでくださいませ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0190

2011年11月06日
 前回の続き。この日はいろいろ事情があって(というほど大した事情でもないが)、鼎から時又まで久々に飯田線に乗りました。飯田市近郊区間なのでそう旅情はないけれど、たまにはいいもんですね。
 鼎駅の廃ホームには、こんなカンバンが。

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 いまどき珍しい?四角柱のカンバン。岡谷の蔵元「神渡」に、地元の呉服卸商「福澤」。下伊那の地酒というと切石駅前に蔵がある「喜久水」が有名ですが、「神渡」のカンバンもたまに目にします。

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 こちらは車内から撮影、伊那八幡駅の「天竜舟下り」のカンバン。弁天港から時又港までの舟下りです。大作、といっていいほどの絵ですね。
 ひとつ企画を思いついた。飯田線のカンバン紀行ってのはどうかな?どうでもいいですね。

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 でもって時又へ行ったら、ウェストン碑(むかし天竜川を下ったイギリス人登山家の記念碑)のそばのイチョウが黄金色に染まって見事でした。天竜川を見下ろすベンチもあって、地元の女の子がシブく佇んでいた。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0189

2011年11月04日
 本日は取材で半年ぶりに飯田へ。ひさびさに鼎のあたりを歩いてみたら、ひさびさにこのマークに遭遇。

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 JAみなみ信州・鼎支店にある農協のマークだ!CIで駆逐されたと思っていたけど、まさかまだ残っているとは…。
 JAのマークは登場した当時からなんか冴えないなあと思っていたけど(帽子にあしらうと特に)、やっぱりこれですよ、これ。「力」のうちひとつがくるっとまるまっているのが、何の意味かわからないけどいいですね。

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 オマケ、鼎駅。使われなくなったホームに植えられている木の形がすげえ。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(2) | Trackback(0)

半年が過ぎた

2011年11月02日
 産まれてから、もう半年。はやいもんだ。薄ぼんやりしていた世界がくっきり見えだし、自分が陽太郎と呼ばれていること、かわいいと言われていることも何となく分かっているようで、陽太郎の表情はどんどん豊かになってきた。寝返りなんてお手の物で、両手を伸ばして足をバタバタさせるのが大好き。お腹を軸にタッタカタッタカと旋回するのも覚え、最近はこれに腕立て伏せが加わった。見て!と言わんばかりにキャッキャと高い声を上げ、とにかく楽しそう。幸せなヤツや。 

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陽太郎お得意の飛行機ブーン。(撮影日10月8日)

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腕立て伏せもできるんだ♪

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高い高い~とハハの膝で飛行機ブーン。どちらも大好き、だと思う。
 

 半年経った記念に、重湯を食べさせてみた。病院の離乳食教室で、炊飯器に湯のみを入れて重湯が作れると教わったのでやってみたんだけど、米が少なすぎたのか、水が多すぎたのか、想像していたものと違う。擂り鉢ですってみたもののドロドロにならず、米粒を選ってあげてみたが、口をヘノ字にして、ものすごくまずそうな顔をする。後日、もう一度、重湯を作って食べさせてみたけど、口の前にスプーンを持っていっただけで、口を閉じる。ムリヤリ口に入れると食べることは食べるんだけどなぁ。かぼちゃやじゃがいも試してみたけど、これも同じ。友達の子どもは(陽太郎より二ヶ月半はやく産まれた女の子)、大人が食べている様子を見てヨダレを垂らすようになり、このタイミングで離乳食をあげたら進んで食べたそうなんで、陽太郎もそうなるまで待つかな。もう少し、陽太郎と密着できるおっぱいタイムを楽しみたいし。

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ムムムッ。これなに!!

 
 そうそう、半年の記念ではないけれど、埼玉の友達が24、25日と来てくれたので、はじめて陽太郎をベビーカーに乗せて電車に乗ってみた。重原駅から知立駅、知立駅から名古屋駅まではエレベーターがすぐ見つかり、比較的スムーズに移動できたのだけど、名古屋駅から地下鉄東山線で栄に行くまでが大変!エレベーターの場所どころか、案内板を探せない。栄駅から地上に出るのも一苦労。地下街を右往左往し、目的地に着いたときにはぐったり。友達がいたから良かったものの、一人だったら栄に行くのは諦めてたなぁ。子連れで電車を利用することがこんなに大変だとは・・・。いい経験でした。
 陽太郎がもうすこし大きくなったら、持ち運びの楽なベビーカーを買いたい。服もオモチャも、ほぼ頂きものなので、これくらい買ってあげなくちゃ。

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↑名鉄三河線に乗る陽太郎。ノリタケの森で借りたベビーカー。軽くて動かしやすかった。↑
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)
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