カンバンの手帖ブログ版0188

2011年10月30日
 刈谷市街にある老舗の呉服屋「市川呉服店」というと、知立駅の階段にズラッと掲げらた短冊状のカンバンが有名ですが(そうか?→●□)、先週、諸般の事情で名鉄の刈谷市駅をかなり久し振りに利用したところ、ここの階段にも同じ市川呉服店のカンバンがズラッ。

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 おお~、壮観。歩いて3分の超地元ですからね。やはり市川呉服店の階段カンバンは、西三河屈指の名カンバンといえましょう(そうか?)。
 ところでこの刈谷市駅には、高架下に「サンリバー」という商店街があるのだが、見事に一軒もやってなかった。

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 う~む。
 刈谷は旧市街が寂れた、というか「とくに活性化とかしなくてよい」という判断をしたように見える町なので(それはそれでひとつの見識かと…)、ある意味、刈谷的な光景ともいえます。
 かと思えば駅前にはまだ歩道アーケードや映画館があったりして、不思議な味わいではある。

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 駅員無配置になりましたが、改札横の店はやってます。
(まさ)
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携帯から試し送信

2011年10月29日

携帯をスマホに変えたのを機に、試しに携帯から送ってみます。画像は実家の小屋にほうりこんであった、近鉄バスの方向幕。高校のとき同好の友人と大垣の営業所に頼んで、廃車体からもらってきたもの。チョー貴重品なのだが、親からは20年以上も、ゴミは早く捨てろと言われ続けてきたのだった。(まさ)
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

大黒様との遭遇

2011年10月29日
 2009.06.27の記事で、郡上市の長良川鉄道相生駅前で発見した「大黒号ポンプ」のカンバンを紹介しましたが(→●□)、先日、愛知用水50周年がらみの原稿を書くために知多市佐布里にある「水の生活館」に行ったら、現物が展示してあって驚いた。

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 こ、これかあ…。「号」の字のデフォルメっぷりがいいですね。個人が館に寄贈したもののようで、ほかにも数点のポンプがありました。

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 大黒さんのマークは、よく見ると同じメーカーとは思えないほど違っているが…。

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 「水の生活館」には、愛知用水通水前の知多半島の農業風景という、ジオラママニアにはたまらない展示もあります。

 ところで今、名古屋の出版社・樹林舎が「知多半島の昭和」という本を企画しており、知多半島内で撮影された古写真を収集しております。テーマはノンジャンルで、風景・風俗・鉄道・祭り・暮らしのスナップなんでもOK。もし何か持ってらっしゃる方がいましたら、ぜひ私までご連絡を!当ブログのコメント欄か、HPの「プロフィール」欄のメールに書き込んでくださいませ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ジャズと赤ちゃん

2011年10月25日
 日曜日は浜松の「ストリートジャズフェスティバル2011」に、取材2割遊び8割で行ってきました。10/15日から開催されている「第20回ハママツ・ジャズ・ウィーク」の最終日に、市街のあちこちで無料ライブが行われるものです。取材といっても僕がジャズについて何か書けるはずもなく、来年の「そう」で浜松のことを書くときのために、触れるかどうかわからないけどとりあえず雰囲気だけ味わっておこう、というのが目的。

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 ふらふら動き回って7つか8つのジャズバンドを聴いたけど、いや~、ライブはいいもんですね。僕がジャズについて何か書けるはずもなく、この件に関しては以上です。

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 無料ということで気兼ねなく、ウチの陽太郎ぼっちゃんもジャズ初観覧。ノリノリ…という感じでもないけど、さりとて大きな音に嫌がることも全然なく、キョロキョロしてるか、寝てるかしてました。和太鼓のときと大差なし(→●□●□)。
 今のところぼっちゃんがいい反応を示すのは、うちにあるオモチャから流れてくる童謡っぽいのか、僕が叩くグロッケンシュピールの、どちらかです。

 どうでもいいけど、浜松市街に行くのはなんと今年まだ2回目。縁遠い町になってしまった…。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

おでかけ北設バスの終点へ

2011年10月24日
 終点バス停といえば、最近見た中では設楽町の奥のほうにある「天堤バス停」が、なかなかのロケーション。

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 巨木の根本のバス停ポールが、ぽつんと置かれた感じでいい按配。という前に天堤がどこなんだという話だが、田口から津具・振草へ行く極細ポッキー的県道の途上で…と言ってもわかりにくいので、地図を貼っておきます。



 路線は旧設楽町営バスの宇連長江線。いつのまにか北設楽郡3町村の共同運行で、「おでかけ北設」というどこかのガイドブックみたいな名前になっている。もとをたどれば、たしか名鉄バスで、昭和末期に町営化されたとき長江から天堤まで延長された…んだったと思います。

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 巨木のうしろには苔むした石仏が。渋い。

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 でもって集落はこんな感じ。乗る人いるのかしら…。
 そういえばこのタイトルは、宮脇俊三の名著「ローカルバスの終点へ」のパクリです。バス旅をネタにした紀行文で、今に至るまでこれを上回るものは出ていないと思う。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

トヨテツバスの終点へ

2011年10月22日
 昨日の記事のとおり火・水と奥飛騨温泉郷に行ってきたんですが、実は火曜日はなかなか移動がなかなかアクロバティックで、午前中は豊橋の石巻にいました。こっちも取材です。
 奥飛騨へはカメラマンYさんの車で行くことになっており、あとで小坂井で拾ってもらうことになっていたので、朝、電車で豊橋へ。豊橋駅から石巻へは豊鉄バス。取材で路線バスに乗るのも珍しいけど、なんせ町外れなので、バスで行くより他に方法がないのである。
 そんなわけで牛川金田線に乗り込んで30分、やって来ました金田住宅前バス停。

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 路線自体も終点の風情も、特にどうということはないですが…。後ろに見えるのは石巻山。
 大学の頃は終点のバス停にやたらと執着してて、同好の友人とともに三遠南信じゅうの終点バス停をめぐってました。その友人は、終点の先にあるバスの方向転換場にもこだわってて、こいつ目の付け所が違うなと感心したものだけど、今から考えるとアホじゃのう。
 金田住宅前バス停はご覧のようにキレイになってますが、改修前のバス停にあったポールの円盤、豊鉄の場合は赤・白・青のトリコロールのやつ、あれを某ルートから入手して、なぜか僕が所有しています。豊橋の歴史遺産(そうか?)が揖斐にあっても意味はないのだが、豊鉄に返してもミュージアムに寄附してもたぶん迷惑がられるだけだろうし、責任を持って僕が預る所存です。

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 あと、石巻といえば柿ですね。本場は石巻の北のほう(→●□)ですが、石巻山の南でもけっこう見られます。

 ちなみに石巻へ何しに行ったかというと、石巻小学校で行われる「野外劇」の練習の取材なのでした。本番は今日だったんだけれど、朝、小学校から電話があって、雨で明日に順延とのこと。おお!明日頼むから雨降らないでくれ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

燃えるような奥飛騨

2011年10月21日
 火・水はとある取材でカメラマンYさんとともに、久々の奥飛騨温泉郷へ。福地温泉に泊まって仕事して、時間が中途半端に空いたので、5年ぶりに新穂高ロープウェーに乗ってみたりしました。

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 見事に紅葉どまんなか。いや~、素晴らしい。

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 いや~、ホント素晴らしい…ってだけで、特に膨らませるようなネタはないですが…。

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(2006.10.12撮影。某編プロの某ガイドブック取材班)

 5年もたつと多少変化はあって、新穂高バスターミナルの対岸にあったこの飲泉場はうしろの建物ごと取り壊されて、更地になってた。バスターミナル横の足湯も枯れてるし。ここに写っている若い二人も、先行きの暗い紙媒体稼業から足を洗って、真っ当な人生を歩んでいるというし、なんというかこう、しみじみと時の経過を味わう奥飛騨慕情なのであった。
 でも一度は、ガイドブックでないしっかりした「飛騨本」を作ってみたい…というのは、本が売れない今や時代錯誤な願望でしょうか。
(まさ)
飛騨雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ベビー&ママ&HINOMI

2011年10月20日
 糸魚川駅で買った牛乳パン、ナイスデザイン!といいながら、どっかで見たような気がするなあと思っていたのだが、古い画像ファイルを見返したら別の場所で「牛乳パン」を撮っていた。

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(2007.02.22撮影。以下同じ)

 信州伊那谷は宮田村、飯田線宮田駅近くの「モンパルノ」という店で購入した牛乳パンだ!肩下げカバンの子供が酷似。そして袋の材質も同じ。なにか元ネタか、菓子パン業界向けのパッケージのフォーマットでもあるんだろうか。知ってるパン屋さんがいたらぜひ教えてください。

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 宮田駅のベンチで牛乳パンをほおばる女性取材記者。糸魚川のはカステラみたいに四角くて、宮田のは扁平なコッペパンみたいだったような覚えがあります。味や食感は似たような感じだったと思うが…。

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 オマケ、宮田の町並み。宮田いうと、国道沿いにある公民館の中に「向山雅重民俗資料館」というのがあります。地元の民俗学者の足跡とコレクションを展示しており、膨大な草鞋や、細かい文字でびっしり書かれたノートなど、ローカルものが好きな人にはなかなか面白い施設。宮田に行く人は、牛乳パンともに要チェック物件です。
 でもって町の中には、例によってHINOMIが!

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 伊那谷は火の見櫓の残存率が高すぎて、撮りまわっているとだんだん飽きてくる…。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(2) | Trackback(0)

柿の種&HINOMI

2011年10月17日
 一週間前、郵人いや友人O君に誘われて、唐突に糸魚川に行ってきました。北陸新幹線が開通したらヤバイんじゃないか、と言われる大糸線の南小谷-糸魚川間に乗るのが目的です。

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 糸魚川はたぶん15年ぶりで通算3回目。日本海に面した小さい町で、ヒスイと南蛮エビ(甘エビ)と電気化学工業(セメント工場)が名物。
 北陸本線もここまで来ると、町並の北国感がよりいっそう強くなる印象です。前回も今回もサラっと流して回転寿司を食った程度ですが、じっくり歩いてみたくなる味わいをたたえておりますね。

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 たたえております…かな?渋い駅前アーケード街。この突き当りに、どどーんと日本海が波打ち寄せております。
 で、そんな味わいをたたえている糸魚川にも、例によってHINOMIが!

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 左下の茅葺き屋根の隣りに、梯子型の火の見櫓が描かれている!新潟県ではこのタイプがスタンダードでして…という話ではない。糸魚川駅のキヨスクを覗いたら、銘菓のコーナーに「柿の種」がずらっと並んでいてたまげたのだが、そのパッケージを見て、さらにたまげたわけです。メーカーは長岡の浪花屋製菓。この絵柄の缶に入った1000円のもあったので、買おうかどうしようか悩んだ。いつか長岡に行ったら必ず買うことにします。

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 ついでにもう一品、市内のパン屋「いのや商店」の牛乳パンも購入。すばらしいデザイン!すごいぞ新潟県。

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 でもって肝心の糸魚川駅ですが、新幹線工事の真っ最中でした。大糸線は、久々に閑散ローカル線を堪能しようと思ったら、三連休の最終日だけあって登山客や観光客で大混雑。北陸新幹線が開通してもヤバくないんじゃないの?
(まさ)
北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

船旅

2011年10月15日
 ワタシの父母が今日から船旅に出掛けました。名古屋港から小笠原諸島へ行く4泊5日のクルーズです。雨降りだったけど、こんな機会はめったにないし、見送る人がいたほうがテンションあがるかなぁと思って、出航の様子を見に行きました。ガーデン埠頭に停泊中の船を見たら、予想以上に大きくて驚いた。シャンパンを手に、陸地で見送る家族と手を振ったり、写真を撮ったり、来週には帰ってくるっていうのに、この浮かれぶり。いやぁ、いいもんです。
 10年前、東京の晴海港からピースボートのOLVIA号に乗ったことを思い出した。たった数ヶ月の船旅なのに、出航する時、泣けて泣けて。金沢の友人がわざわざ見送りに来てくれて大泣きしていたワタシ。若かったな~。

 天気予報を見ると明日から晴れそうだし、船旅も小笠原諸島も思いきり楽しんできてほしいものです。(まり)

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そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

どっち似だ?

2011年10月14日
 産まれた直後は、会う人会う人、ダンナさんそっくりと言われていた陽太郎だが、最近は奥さんに似てきた?と言われるようになった。どっちに似たっていいさと思っていたけど、やっぱり似ているね~といわれると嬉しいもんだ。しかし、どこが似てきたんだろう。こうやって3人で写真を撮ってみたけれど、陽太郎が泣きべそかいてるので、いまいち分からない。目か?鼻か?ほうれい線か?う~む。
 話は変わるが、ここのところ恐ろしいくらい髪の毛が抜ける。シャンプーするとギョッとするほど抜けるので、洗髪は2日に1回にしたほうがいいのではと、家にこもりきりの時はそうしてみるのだけど、いやまてよ、頭皮に良くないのではと思いなおし、あまりゴシゴシしないよう気をつけて洗っている。でも、確実に薄くなった。頭を触るとすぐ頭皮にぶつかる。前はもっと頭皮までの間隔があった。厚みがないっ!
 産後5ヶ月頃から髪の毛が抜け出し、授乳をやめればまた生えてくるらしいんだけど、本当に生えてくるのか。陽太郎も毛がほとんど生えず、頭皮が丸見え。あまりに薄いので蚊にまで刺される始末。後頭部なんて摺れてハゲているし。はやく髪の毛、生えてこい~。 

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そのほか | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0187

2011年10月13日
 そんなわけで揖斐川町内を徘徊しているとき、北方の森前集落あたりでみつけたベビー洋品店のカンバン。

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 なんとも味わい深い顔立ちのリアル幼児!昔から見慣れたカンバンなのだが、なぜか子供の頃からこの絵が脳裏に焼きついています。
 揖斐川中学校のすぐ南にあった店で、たしか僕が小学生の頃(昭和50年代半ば)、このカンバンを町内のあちこちで見かけるようになったのだった。もうやってないのかなあ…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

揖斐郡揖斐川町の倉庫群

2011年10月12日
 実家に戻った翌日曜日の朝、用があって外に出たついでに、旧揖斐川町内で目に付いたものを撮ってみました。地元の写真はデジカメになってからほとんど撮っていません。執着している三河遠州で小ネタ的なブツが消失すると「あー、残念」「あー、撮っておけばよかった」と思うのに、地元ではそういうことをまったく感じない。どうしてだろうか。地元が好きではない、ということはないのだが、生まれてこのかた蓄積されてきた濃密な記憶だけでじゅうぶん、という気もします。リアルすぎて研究対象にできないというのもあるかもしれない。「撮る/記録する」という行為とは一体なんなのだろうか。
 ということはとりあえずどうでもよくて、なぜかこの日は倉庫ばかりが目に付いた。

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 馴染み深い揖斐郡の店のカンバンがテキトーな感じで貼られた、桂(大和校区)に残る農具倉庫。

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 最近は丸型よりもこっちの方が味わい深く思えるポストが設置された、森前(北方校区)に残る農具倉庫。

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 超地元で昔から見慣れた、市場(小島校区)に残る農業倉庫。いやー、よく残ってるなあ。
 いつか知立から実家に戻ることになったら、農業をやりながら地元のこういうブツの調査をしたいものです。と、昨日の文章をコピペしてみました。
 これだけではあまりにアレなので、地元のちゃんとした情報もオマケに。

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 日曜の朝、何の用があったかというと、谷汲へういろを買いに行ったのでした。土日と参拝のピーク時にしか営業していないといわれる華厳寺参道の「三桝屋」で、正月にはあっという間に売り切れてしまう人気商品。嫁の大好物で、ことあるごとに「谷汲のういろ~、谷汲のういろ~」と連呼するほど、美味い。ラベルも秀逸。谷汲さんへお参りに行ったら、並んででも買うべし!
 で、買いに行ったのだが、土日は門前の駐車場が有料なので、これを買うのに400円余分に払うハメに。う~ん。もったいないのでついでにお参りもして、さらについでに倉庫も撮りまわってきたという次第です。 
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

不破郡垂井町の公民館群

2011年10月11日
 土日に稲刈りを手伝おうと思って揖斐川町の実家に帰ったら、精米等の諸事情で前日に終わっていた。う~ん。将来に備えてそろそろ本格的に田圃の面倒のみかたを覚えなければ…と思いながら、毎年なんやかやでロクに手伝いもせず、シーズンが過ぎてしまいます。
 仕方ないので時間つぶしに、ちょっと垂井へ行ってみました(何しに?と聞かれると困る)。池田町と垂井町を結ぶ県道53号の「梅谷片山トンネル」がいつの間にか開通していたので、それをくぐって、町の北部(新垂井ルート沿線)を徘徊してみた次第です。揖斐郡から関ヶ原インターへ行くのが従来より5分ほど短縮され、便利になりました…って、そんなに使わないけど。どうでもいいけどこのトンネル、僕が高校生の頃から計画があった覚えがあるけど、なんでこんなに時間がかかったんだろうか。
 垂井はこれまで取材が絡んだことはほとんどなく、近所の町だけど未知のものが多くて新鮮です。

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 田舎の分校を思わせる横長の建物が特徴の、市之尾公民館とか。

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 田舎の病院を思わせる平屋と二階建て合体様式の、大滝公民館とか。

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 いかにも昔の公民館らしい、新井公民館とか。でもって敷地内には例によってHINOMIが!最高の取り合わせですな。
 垂井町は木造公民館と火の見櫓の残存率が非常に高い町です。古いものを活用しようという気概が町民にあるのでしょう(そうか?)。それにくらべて旧揖斐川町の人んたぁは…いやいや、言うめぇ。
 いつか知立から実家に戻ることになったら、農業をやりながら地元のこういうブツの調査をしたいものです。今と変わんないか。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

さわやか大府

2011年10月06日
 先月末から今月アタマにかけて、なぜか大府のシブいポイントでの取材が多かった。08年、知多四国の200年記念本「知多巡礼紀行」(樹林舎)の取材に入るまで、大府といえば鷹羽姓が多いことぐらいしか印象になかったのだが、この町は、意外とこう、なんていうか…滋味があります。
 秋晴れの共和あたりの農地は、実にさわやかでした。

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 えー、特にオチなどはありません。
 あと、ウチのさわやかぼっちゃん。

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 はやく大府の畑作地帯を、こんなふうに歩きたいぞと。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

小松原街道をゆく

2011年10月04日
 春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタ。少し前に「浜道町を載せてくれてうれしい」という稀有なコメントをいただいたので、もう少し浜道町界隈の写真など…。

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 浜道町の真ん中を貫く「小松原街道」こと県道405号(小松原小池線)は、その名のとおり国道259号の小池町と国道42号の小松原町を結ぶ、豊橋ではソコソコ重要な幹線道路です。「街道」といっても古くから主要道だったわけではなく、この道が初めて注目されるのは、明治41年に陸軍第15師団が豊橋に来てから。広大な不毛の地だった高師原・天伯原が演習場になったため、師団司令部や市街からのアクセス道路として、ヘロヘロの田舎道が急遽整備されたのです。
 現在の道筋はおそらく、軍用道路として整備される以前の道筋をほぼ踏襲していると思われますが(違ってたらスイマセン)、今回の取材で浜道町の裏道や路地を不審者のようにウロウロしていたら、なんと!小松原街道の旧道が残っていることに初めて気が付きました。なんと!と言うほどのことではぜんぜんないけど。

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 現街道からの分岐点は、9/22日の記事(→●□)に書いた、浜道町公民館の前。

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 車で突っ込んでいくにはちょっと厳しい狭隘道路が、ヒョロっと伸びています。槙の生垣がいかにも東三河な感じでいいですね。

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 どこまでの続くのかな、と思ったら、250メートルほどで県道31号(東三河環状線)の旧道にぶつかって、あっさり終了。この道はかつて「二川道」「奥郡道」などと呼ばれたようで、二川宿から田原方面へ行く脇往還として、ビミョーに重要な道だったらしい。

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 上の写真で左下に見える横長の建物は、三十三観音。シブい。この裏には「正面南・小松原道/東・二川/西・田原」と刻まれた道標地蔵などもあります。

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 さらに南へ300メートルほど進むと梅田川の土手があり、そこには庚申塔と思しき2体の石仏(右)と、昭和48年に建立された「養鰻供養碑」(左)がひっそりと建っています。シブい。ていうか、なんで養殖ウナギの供養碑がこんなところに?

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 でもって、梅田川を渡った天伯町にも250メートルばかり旧道が残っています。槙の生垣がいかにも東三河な感じでいいですね…って、こういうことを言っても東三河の誰も同調してくれたことがない。なんでこのよさがわからねえんだ!いや、別にどうでもいいんですけど。
 以上、豊橋市民ですら誰も興味がないであろう地味なレポートでした(いつもか)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

モナカの刻印マニア

2011年10月03日
 先週、とある取材でJR武豊線の亀崎駅前にある和菓子屋「紀伊国屋駅前支店」へ行きました。「酒樽最中」というモナカを購入し、薄い包み紙をめくったところ、ネーミングそのままの酒樽形のモナカに、驚くべき刻印が!

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 なんと10年ちょっと前に醸造をやめた亀崎の酒蔵、伊東合資(→●□)の「敷嶋」のロゴが!こんな形で銘柄が残っていようとは…。うーむ、モナカの刻印とは盲点だった。そのうち知多じゅうのモナカを調査しよう!と編集者と盛り上がり、そのうち日の目を見るかも(見ないかも)。

111003-7.jpg (知立市内にて。2007.08.03撮影)

 「敷嶋」の銘柄は安城の神杉酒造に譲渡?移管?され、なぜか遠州西北部(旧引佐郡あたり)で今も販売されていますが、知多半島では販売されていないらしく、亀崎の酒屋さんにそのことを話すと「知らなかった」と言われました。
 地域を横断して仕事してるとこういう情報も自然と入ってきますが、知ったからといって特に仕事に反映できるわけでもなく、ここに書くぐらいしかないのがにんともかんとも。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

尾張アクロバチック艦隊

2011年10月02日
 今日は、愛知県でもっともアクロバティックな神事と言われている、知多市新知・牟山神社の「朝倉の梯子獅子」を見に行ってきました。3年ぶりで(→●□)、ローカル媒体に来年載せるための取材です。

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 相変わらずスリリングな芸の連発で、楽しい。上の芸など、バービーボーイズの「♪ぴょんと翔んでみせろ」を思い出しますね。僕だけですかね。

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 「♪あぶないぜ、あぶないぜ」「♪負けるもんか負けるもんか」ってなもんで、いやしかしどうも、古いね。
 これを見た嫁は「カッコイイー!こういうのをやって初めて、男になれるのよね。」だって。男になってなくてどうもすいません。
 0歳児は、お囃子には「オヨッ?」という感じで興味を示していたが、おおよそ寝ていた。息子よ、お前も大きくなったら、やるか?

111002-4.jpg 「いや、いいです」
(いつもの女性取材記者と0歳児)

081206-2.jpg 「軟弱者め!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

和太鼓と赤ちゃん0002

2011年10月01日
 本日は取材で「陸前高田太鼓フェスティバルinナゴヤドーム」へ行ってきました。

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 名称のとおり岩手県陸前高田市で20年ほど前から開催されているイベントですが、大震災からの復旧途上なのでさすがに開催できず、今年は災害派遣などで縁のある名古屋で行われることになったものです。
 全国から全12チームが出演し、うち陸前高田から2チーム、福島県からも1チームが参加。現状では練習もままならないであろうに、よくぞ名古屋まで来てくれて、いい演奏を聴かせてくれました。頑張ってほしいと言うか、こちらも何かと頑張らねばという気持ちになります。
 とりあえず、早く地元でこのイベントが再開できることを祈ります。

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 今日は、取材がいつもの女性取材記者(出産後の太鼓取材は初)、撮影がわたくしという分担。会場がホールではなく、比較的自由に動けるナゴヤドームというので、子連れ取材を敢行してみました。こんな感じでウロチョロしてたので、けっこう目立っていたのでは…。

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豊田市のチーム、松平わ太鼓の演奏に聴き入る陽太郎(5ヶ月児)

 7月に御殿場の富士山和太鼓まつりのときと同様、演奏に聴き入るか、あるいは寝ているかで、大音量にもまったく動じることがなかった。泣くのはおっぱいが欲しくなったときだけ。赤ちゃんが和太鼓OKなのは証明されましたので、全国の親御さんも、入場に年齢制限等がない和太鼓イベントがあったらぜひ。リズム感のある子に育つ…かどうかはまだ実証されておりません。

 しかし今日はマスコミの数が凄かった。これまでかなりの和太鼓イベント・コンサートを見てきましたが、これほどマスコミが来てた催しは初めてです。地元の新聞・テレビが総登場したほか(ほとんどが1/4ぐらいで撤収してたけど)、わざわざ岩手日報さんも来てて、嫁は逆取材してた。
 あとドームという特殊な空間のため、残響のすごさも前代未聞。演者はやりにくかったりするんだろうか。聴くほうとしては、残響によって音が混じって滲んでしまう場合と、サウンド的に絶妙の効果を与える場合とがあって、聴き比べが面白かったです(マニアック)。
(まさ)
音楽・舞台・落語 | Comments(0) | Trackback(0)
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