水利グルーヴ50周年のうた

2011年09月30日
 昨日、用があって東郷町の愛知用水管理事務所に行ったら、玄関にこんなものが飾ってあった。

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 愛知用水50周年に向けてのカウントダウンだ!「1」ってことは、今日(9/30)が50周年記念日か。めでたいことです。用水の恩恵を受けた農業を表しているのか、菅笠が渋い。

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 ついでに愛知池も散策してみました。下を通る県道岩作諸輪線から大築堤は何度も見ていたのだが、築堤上から水面を見るのは初めて。形がいい(?)ので、景観的にも面白い。同じ用水系でも、渥美半島の万場調整池や芦ヶ池は形が地味でアレだからね(そんなもん比較してどうする)。

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 大築堤からの田園風景も意外といい。なお、築堤の真下あたりにネズミ捕りがおりますのでご注意ください…。
(まさ)
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白老で酔太郎

2011年09月27日
 日曜日、常滑市古場にある「白老」の蔵元澤田酒造(→●□)へ稲刈りに行ってきました。白老のファンを対象にした「米作り・酒造りプロジェクト」の一環で、自社の田んぼに若水という酒米を、植えて・刈って・酒を仕込む、というプロジェクトの2回目です。今回は取材3分体験7分という感じで。

110927-2.jpg 鎌で稲を刈る女性取材記者(ただの農婦)

 ウチの実家は米農家だもんで、稲刈りなんざぁお手の物…といえるほど、ウチで手伝いをしてきてはいませんが。

110927-3.jpg 人生初の秋を満喫する陽太郎(5ヶ月児)

 まだ母乳しか口にしていないので、米の素晴らしさ、ありがたさはわからないわね…。

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 稲刈りを楽しんだ後は、蔵に戻って食事&各種プチ体験。蔵の中にただようほのかな酒の香りに陽太郎は酔い気味?その後ろで利き酒を楽しむ…いや、母乳飲ませ中で酒は飲めず、利き“香”体験を楽しむ女性取材記者。日本酒のアルコール度数別や成分別の香りサンプルを嗅ぐというもの。
 酒にめっぽう弱いわたくしですが、白老の酒はこれまで飲んだなかで五指に入る。酒は美味いし、面白い企画は多いし、楽しい蔵元です。
(まさ)

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白老でほろ酔い2009→●□
白老でほろ酔い2011→●□
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

砂を踏んで虫を封ず

2011年09月23日
 いやー、完全に秋になりましたね。本日は阿久比の秋の風物詩として知られる「虫供養」を見物に行ってきました。

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 虫供養は、農作業で殺してしまった虫を供養する行事で、知多半島では阿久比谷、東浦、大野谷(ここだけ12~1月→●□●□●□●□)の三地区で開催されています。
 このなかで阿久比谷の虫供養がもっとも古く、歴史は800年。町内13集落持ち回り開催となっており、それぞれ13年に一度しか番がきません。2年前には坂部で見物しており(→●□)、今年は東海市に近い白沢での開催となります。
 前に書いたように、各小屋での仏画拝観と、大道場での大念仏、お砂踏み、そして子供によるお囃子&太鼓が行事の核になります(詳しく知りたい人はこのサイトのP56-57をご覧下さい。執筆はわたくし)。今日のわれわれの最大の目的は「お砂踏み」。

110923-2.jpg いつもの女性取材記者&陽太郎

 虫供養の会場に必ず建てられる「大塔婆」の下に砂が敷き詰められており、それを子供が踏むと「疳の虫封じ」になるといわれているのだ。子供が生まれたら絶対やらせようと思っていたのです。うちのボウズは今のところ、そんなに疳の虫が起きたりしないけどね。

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 そんなわけで、さっそく陽太郎に踏ませてみました。本人「何やらせんねん」って顔してますが、とりあえずこれで疳の虫は封じられた!めでたしめでたし。

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 なお、大念仏を奉じるメイン会場の「大道場」は、白沢では公民館隣接の小講堂でした。神社の舞台で行われた坂部とは雰囲気がガラッと違うが、これはこれで味わい深い。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

坂の上のタカシ麿

2011年09月22日
 今回も春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタ。
 毎回、その号のキーワードが付いた地名を紹介する「地名探訪」では、「道」の付く地名ってことで豊橋の浜道町を取り上げました。このシリーズではいつもマイナーなところばっかりネタにしているけど、今回のマイナー度も相当なもんです。豊橋市民でも半分くらいの人は知らないんじゃないかと思うので、地図を貼り付けときます。


 これでも地元民以外には「どこやねん」って感じだが。
 浜道町の一般的なイメージはこんな風景かな。

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 これは県道405号(小松原小池線)、地元では「小松原街道」の通称が一般的なソコソコ幹線道路です。高師原の端っこに位置しており、梅田川に向かって坂がダラダラ続くあたりが浜道町の要所。向こうに見える建物群は天伯原にそびえる豊橋技術科学大学、地元では「技科大」の通称が一般的な謎の大学です…って、愛大出身者(わたくし)に言われたくないか。だって何やってんのか謎なんだもん。
 浜道町界隈は、昭和初期までの地図を見ると「浜海道」と記されています。昭和7年にこの地区が属する旧高師村が豊橋市に編入された際、浜道町に改称されました。本誌の記事では、なぜ「浜海道」が「浜道」になったのかという、おそらく豊橋市民ですら誰も関心がないであろう謎に取り組んでいます。ていうか、ここが浜海道だったと知ってる人も今やほとんどいないっての。
 しかしなんというか、自分の興味対象のあまりのマイナーさかげんに、齢40を迎えた最近とみに気が滅入りますね。嗚呼、マイナー人生…。
 そんなことはどうでもよくて、小松原街道を走るといつも気になるのがこの建物(それもどうでもいいけど)。

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 浜道町公民館だ!横長の木造建築で、屋根の左サイドは切妻、右サイドは寄棟という風変わりな形状。
 激シブ物件だけど、公民館としては奇妙な建物だなと前から思っていたのだが、地元の人に聞いたところ、もと高師小学校の校舎の一部を移築したことが判明。へぇ~。
 えー、以上です。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ねねねの288

2011年09月21日
 今回も春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタ。またまた前回の続き。
 夏焼トンネルを抜けて、右に行くと夏焼集落ですが、左に進むと本来は天竜川沿いに佐久間まで行ける…はずなのだが、土砂崩れで道が寸断されているため、トンネルの50m先で行き止まりになっちゃってます。

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 僕が三遠南信を回り始めた20年前にはすでに通行止めになっていました。夏焼のお婆さんに聞いたら「30年以上前から通れなかったよ」とのこと。ほったらかしにするにも程がある!まあ、ここから佐久間までにあった集落は、佐久間ダムのせいで水没してしまったので、ほったらかしでも誰も困らないのだが。

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 柵を突破してすぐのところで、早くも道路の体をなしていません。

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 そしてわずか300mほど進んだところで、このように完全に寸断されてしまってます。若い頃ならどこまで行けるか試したかもしれんが、もう分別ある大人ですんで、あっさり引き返しました(分別ある大人なら柵を突破しないってか)。なお、この先の様子はいろんなサイトで紹介されているので、気になって眠れないという方や暇で暇でしょうがないというは検索してみてください。

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 ところでこの県道288号には、県道番号の標識がなく、こんな具合にガードレールにシールが貼られているのみ。県の土木課もこんな道に金かけてらんないわね…。これと同じようなシールを三重県では頻繁に見かけますが、あれはなんだろう、金のないことの象徴かね…。名阪国道なんて不可解な「半分高速」を造る県だしね…。 
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ライド・オン・タイムモノラック

2011年09月20日
 今回も春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタで、前回の続き。

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 夏焼隧道を抜けたところにある夏焼集落がどんな集落かというと、天竜川に落ち込む南向けの急斜面にへばりつくようなところです(前にも少し書いた→●□)。天竜川対岸を走る県道佐久間富山飯田線から見るとこんな感じ。

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 わかるかな?アップにしてみると…

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 なんでまたこんなところに集落が…と思わざるを得ない、ものすごい場所。北遠から南信にかけては、気合を入れないと行けない(行く気にならない)ようなとんでもない立地条件の集落がいくつもありますが、ここなどその最たるところでしょう。
 夏焼隧道を出て右に曲がり、平坦な道を数分歩くと、突然階段が現れます。民家に行くためには、何段かわからないけど50メートルほどの標高差を登らなければなりません。郵便局員もカブでは配達に行けないため、歩いて登ってゆきます。

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 うーむ、ご苦労様です!
 こんなところを、生活物資等を背負って登るなんて、そもそもお年寄りが歩いて登るなんて、並大抵のつらさではありません。じゃあどうするのか?というと、秘密兵器があるのです。

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 それはモノレール。株式会社ニッカリ製の「モノラック」だ!静岡の山奥の茶畑あたりでよく見かけるヤツですね。
 これは実際に使っているところを見てみたい、と思ったのだが、隧道で出会った住人のお婆さんに聞くと「ジェットコースターみたいな急角度なので、特に下りは怖くて乗れない」とのこと。実際、お婆さんは階段を歩いて登って家に帰ってました。(自分より)若い衆は使うということですが…。

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 木製カゴのロープウェイも残っているけど、こちらは使われていない模様。

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 「住めば都」などと簡単にいいますが、長年住み慣れた土地から離れることなくこうして暮らしている人に会うと、尊敬の念しか出てきません。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ロングディスタンス・ラブトンネル

2011年09月18日
 今回も春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタ。

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 巻頭の道特集では「隧道」(トンネル)を担当しました。三遠南信にトンネルは数あれど、ネタとして面白いトンネルはと考えて真っ先に思い浮かんだのが、旧水窪町の門谷にある廃トンネル。廃集落となった門谷の人が小和田駅に行くのに利用したもので、20年前、飯田線小和田駅から山道を歩いて門谷に行ったとき見つけました。このへんにあります。


 20年ぶりに、トンネルを探しながら小和田から門谷まで歩いてみようかなと最初は思ったんですが、あまりに山奥すぎるのでまた見つけられる保証はなく、アクセスもむちゃくちゃ大変だし、あと熊も怖いし、大人の判断でやめときました。そのうち、当時の写真を実家から探し出して紹介しますので乞うご期待!(誰が期待を?)
 で、現実的な取材しやすさを考えて、今回は飯田線大嵐駅の南にある「夏焼隧道」をとりあげた次第。

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 夏焼隧道は昭和10年に三信鉄道によって開鑿され、昭和30年まで鉄道トンネルとして使用後、飯田線の付け替えに伴い道路に転用されました。飯田線マニアにはお馴染みの存在ですね。探索レポートもいろんなサイトで紹介されています。
 昨年11月と今年の6月の2回行きまして、6月の取材では往復歩いてみました。入口に立つと恐ろしく長いように思えるけど、1.3キロと大した長さではなく、歩いても15分弱。鍾乳洞や廃鉱山の体験坑道を歩くようなもんです。

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 出口にある夏焼集落は人口4人なので、1日の利用者は延べ数人といったところでしょうが、秋に行った時はたまたま住人の一人であるお婆さんに遭遇しました。

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 どこに吸い込まれていくんだ!
 このあと車で追い越して、出口で待ち構え、お婆さんが出てくるところを撮影した写真が、本誌に掲載されているものです(撮影は編集部Aさん)。でもって、さらにこのお婆さんを追いかけて、家の縁側でお茶をいただいて話を聞き、帰りに柚子までもらったのだった。
 お婆さんの話によると、飯田線が走っていた頃は、南へ少し歩いたところにあった白神(しらなみ)駅を利用していたそうな。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ソング・フォー・ナグラッコ

2011年09月17日
 前回に引き続き春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号の連動ネタ。

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 創刊号以来の連載「わが町の小学校」で取り上げた設楽町立名倉小学校には、校門前にこんな校歌碑が建っています(正面からだと自分が写ってしまうので、斜めから撮っています)。

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 校歌碑なんて別に珍しくもなんともないですが、3番のラストがぶっ飛んでいます。

♪スペースシャトルへ心も飛んだ

 校歌にスペースシャトル!?改めて歌詞を見てみると、全編にわたってなんだかライトな感じ。新設校ならいざしらず、古くからの学校でこういう校歌もなかなかない。
 校長先生によると、この校歌は昭和63年に制定されたもので、それまで校歌はなかったという。校歌のない学校があったなんて!校歌がないのはいかにもさびしいというんで、校歌制定委員会を発足し、桜丘高校の音楽教諭に依頼して、こういう斬新な校歌が完成したらしい。
 取材に行った時、たまたま廊下を歩いていた子を掴まえて歌ってもらったところ、メロディも一般にイメージされる校歌とはちょっと違った軽快さで、楽しい曲でした。いやー、校歌はいいもんですね。僕が通ってた揖斐川町立小島小学校の校歌を思い出します。今だにフルコーラス歌えるなあ。
 三河山間部ではここ20年で相当な数の学校が廃校になったけど、誰かぜんぶ録音してないだろうか…。

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 平成20年に新築された木造の名倉小学校校舎。エントランスはスペースシャトルではなく、ハンググライダー?

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(2005.02.13撮影)

 こちらは、たまたま撮影していた名倉小学校の旧校舎。特徴は校舎と運動場の高低差。
(まさ)   
東三河雑 | Comments(5) | Trackback(0)

ナグラッタ、シタラッタ

2011年09月14日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書(豊橋市)の季刊誌「そう」32号が発売中です。

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 今号のキーワードは「道」。わたくし(まさ)は毎号同じで地名&小学校に「隧道」のタイトルで飯田線旧線の夏焼隧道を、嫁(まり)は「間道」のタイトルで浜松市北区細江町の犬くぐり道の記事を書いています。興味のある方は書店でお買い求めください。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売しております。

 今回の小学校の記事は、最近このブログで登場頻度の高い設楽町名倉地区にある、名倉小学校を取り上げました。3年前に設楽産材で木造校舎を新築した学校です。
 この学校は、国道257号に面してこんな門柱が立っております。またも門柱。しつこいね。

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 まとめてかい!
 これだけだと過疎地の超小規模学校のように思えるがそうではなく、この地区は旧名倉村時代から「1村1校」体制を維持し、広い敷地に3つが点在しているのです。1村1校ということはつまり、保育園入園から中学卒業までクラス替えはあっても同級生の顔触れが同じということ。地元では3つ合わせて「名倉学園」と呼ばれ、校地は村の篤志家が寄附したとか。
 ただ、中学校は平成14年に設楽中に統合されたため、閉校してしまいました。名倉中は「名倉学園」の一番奥にあり、門柱の間を抜け、小学校・保育園の脇を過ぎてずんずん奥まで進むと、どーんと現れます。

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 どーんと現れる旧校舎。奥三河によくある横長の木造校舎。シブすぎる。

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 卒業記念制作と思しき、踊るセメント人形も健在。高度経済成長期モノによくある(?)デザインで、なんかよくわからんけど、いい。

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 朝礼台にはさりげなく、名倉の頭文字Nが!
 地元民でもないのに残せとは言えないけど、こういうアイテムやローカルデザインを、体系的に調査・記録できないのものだろうか…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ワクラッタ、ナナO次郎

2011年09月13日
 和倉での取材の前に、一度も歩いたことのない七尾の市街地へ小一時間ほど行ってみました。七尾湾に面した港町で、言うまでもなく能登最大の町です。

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 今回は列車利用。金沢から特急に乗り、七尾駅で下車してみたら、いかにも北陸の国鉄駅らしい駅舎にまず感激。

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 駅前通りを歩くと、小さな川と雰囲気のよい歩道が。

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 でもってメインストリートの「一本杉通り」は、北陸的な風情の町並みに渋い商店がズラっ。町並み散策系の記事等で取り上げられたのを見たことはなく、観光客が続々と来るような感じではないけれど、老舗が多くカフェや雑貨の店もあって、売り出そうと思えばドカンと売れるかもしれない。
 で、ここまで歩いてふと気付いたのだが、七尾の風情って碧南に似てないか?と。味わい深い碧南駅舎は健在だし、大浜を流れる小さい川はこんな雰囲気だし、河口には漁港があるし、古い町並みといえば大浜や棚尾のシブ度は西三河屈指。そして和倉温泉に対しては、かつて衣浦温泉もあった。
 空間の広がりや市街地の密集度など、すべて七尾よりサイズダウンだが、うまいことやってれば七尾のように、西三河の中堅観光地になってたかもしれない。もっとも、かつて(今も)それを望んだ碧南市民はいなかったでしょうが。名古屋近郊の産業・住宅都市として、経済的にはさして問題なかったので。
 思うに、碧南も半田も衣浦湾の埋め立てさえなければ、もう少し情緒のある土地だったろうになあ。町並みの保存や活用も今より積極的にやれたはず。かえすがえすも残念。高度成長期に主役だった世代が憎い。ってなんの話だ。
(まさ)
北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

週4石川

2011年09月12日
 先週は、6・7がとある取材で和倉温泉、10・11が嫁の友人の結婚式で金沢と、週に4日も石川県におりました。ここには書いていないけど7月下旬にも1泊2日で行ったし、頻繁すぎて準地元のようです。浜松市街方面なんて今年は一度も行ってないのに…。

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和倉温泉から見た七尾湾の夕景

 和倉温泉は三度目の宿泊。1回目は消防団の旅行、2回目は家族旅行。和倉は某山代なんかと違って「健全」な温泉街で、金沢から派遣された「健全」なコンパニオンに物足りなかった某団員2名が果敢にも(以下自粛)。

110912-3.jpg 教会での式に参列する父子

 陽太郎は結婚式に初参列。教会式では厳粛な空気に一瞬泣きそうになるもグッとこらえて、外面のよさぶりを発揮しておりました。このボウズは、外ではホントおとなしい。寄ってくる人には愛想を振りまきまくり、おもに主婦層の心をグッと鷲掴み。誰に似たのか。

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 あと、今回の旅で分かったのだが、石川県の人って異様にピース好きですね…。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

チチと陽太郎

2011年09月07日
 寝返りを覚えてからというもの、陽太郎は寝相が悪い。
仰向けで寝かせているのに、気付けばあらぬ方向へ首が曲がっている。
顔もダンナにそっくりだけど、寝相まで似るなんて。う~む、先が思いやられる・・・。

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チチと同じ格好で寝る陽太郎 (注:やらせではありません)

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その首、大丈夫か!!      おいっ、息してるのかっ!!
そのほか | Comments(2) | Trackback(0)

キキミテ

2011年09月05日
 神戸町の方からコメントをいただいたんで、たまたま盆に実家へ帰ったときに撮った、養老鉄道北神戸駅付近の写真でも。

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 そういえば養老鉄道の車輌が、いつの間にか昔のカラーリングに戻ってますね。高校の時はこの色の電車に乗って通学してたんで懐かしい。揖斐発7時14分の電車は、たいていクロスシートの車輌だったなあ…。便所スペースが残っている車輌もあった。懐かしい。懐かしいけど、高校時代のことはほとんど何も思い出せないのである。

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 養老鉄道といえば、踏切に立ててあるこの杭の言葉「とまり.きき.みて.とおれ」が子供の頃から気になってしょうがなかった。「きき」ってなんじゃい、と。ネットで調べたら「止まり、(音を)聞き、(左右を)見て、通れ」ってことなのね。30数年来の謎が今まさに解けたぞ。ネット社会ばんざい。美浜町の町かど書道の「よい社会」は(→●□)、ネット社会のことなのね。
 う~ん、どうでもいい。

110905-3.jpg (風呂上りの陽太郎)
「どうでもいいですよ、おとうさん」

(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(3) | Trackback(0)

四ヶ月が過ぎた

2011年09月02日
 あっという間に四ヶ月が過ぎた。陽太郎はよく笑い、よく泣くようになり、ますます可愛くなった。恋とはまったく違うんだけど、愛おしくてたまらず、久しぶりに胸がキュンとなる。毎日毎日、陽太郎の顔を見ては、「おまえはどうしてそんなに可愛いの?」と言い、「ようたろう~、かわいい坊ちゃん、ようたろう~」と自作の歌も聞かせ、「かわいい」というフレーズは欠かせない。ぶちゅぶちゅっとキスをする相手も、もっぱら陽太郎。寝顔がとくに可愛く、寝ている陽太郎の側にいっては、一日に何度もぶちゅぶちゅする。陽太郎はあまり嬉しくない様子だけど、大きくなったらできないし、しばらくはハハの好きにさせてよねぇ~。

 さて、この数ヶ月の間に、陽太郎はいろんなことができるようになった。「おはよ~」と挨拶するし(ワタシにはそう聞こえる)、手や指をしゃぶるし、寝返りもする。この寝返りを覚えてからというもの、起きている間はほとんどこの姿勢↓を保ちながら、周りを見ている。今までの仰向け状態とは違う世界が見えることが、よっぽど面白いのかなぁ。そうそう、お吸い物の麩のように膨らんでいたオヘソは寝返りのおかげか、へっこんだ! でも、先日の四ヶ月健診で診察してくれた小児科の先生いわく、「2歳になるまでこのままだと手術だね」と、まだ正常ではないらしい。う~む、正常なオヘソってどんなんだ?

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8月の初めは寝返りが上手くできず、泣いてばかり。

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お盆前に完成形に近づくも、まだ不安定。

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毎日コツコツ練習したおかげで、お盆には寝返りが完成!
お盆にジジババたちに成果を披露し、背中に数字を乗せられても気にしない。


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100日経った頃には、お食い初めもやりました。
お祝いに頂いた漆器に、炊きたてのご飯と味噌汁、かぼちゃの煮物、鯛の塩焼きを盛り付けたものの、後から器の並べ方、魚の向きが間違ってることに気付く。ああ、不覚。当の坊ちゃんは全く気にせず、ムリヤリ口に入れられたご飯粒をペッと吐きだしていた。

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頭の形を矯正中の陽太郎。見かねた義父が矯正用の枕を買ってくれた。楕円形の頭、丸くなるかしら。
そのほか | Comments(3) | Trackback(0)

友よ、社会よ。

2011年09月01日
 知多半島の美浜町へ行くと、こんな風景をよく見かけます。矢梨集落にて。

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 屋外の壁に貼られた小学生の書道!田舎らしくて、実にいい味わいです。いい味わいなんだけど、なんなんでしょうね、このなんともいえないもやっとした感じは。

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 河和にて。よい社会って、なんなんでしょうね…。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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