カンバンの手帖ブログ版0174

2011年05月31日
 先週の金曜日、とある取材で久しぶりに安曇野へ。天気が悪かったものの、山はあざやか、田んぼはさわやか、石仏・HINOMIはわんさかあって、いいところですなぁ。
 そんな安曇野で発見したカンバン。

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 さすが絵本系ミュージアムがたくさんある土地だけあって、政治的主張もメルヘンだ。
(まさ)
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北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンサインの研究0033

2011年05月30日
 土曜日は雨の中、取材のため常滑市の大野へ。大野は今年のNHK大河ドラマ「江」の舞台のひとつ。江の最初の嫁ぎ先である大野城があります。僕の見るところ、大野は知多半島でもっとも町おこし活動に積極的な町。大河ドラマ登場をチャンスとばかりに、オリジナルキャラクター入りの幟を作り、町じゅうにはためかせています。

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 名鉄大野町駅にて。常滑市ではなく、あくまで大野のみのキャラクターというところがポイント。
 大野では、今年限定の「尾張大野歴史資料館」をオープンさせたり、行政企画ものとは一線を画す細かいネタ盛りだくさんのパンフレットを作ったり、地域住民有志の熱意が本当にすごい。
 そういえば20数年前、わが地元の揖斐川町小島地区が大河ドラマ「春日局」の出生地ということでほんの一瞬だけ脚光を浴びたことがあったけど、あってもなくてもどうでもいいような小公園を行政が整備した程度に終わり、住民が盛り上がったという記憶がまったくない。まさしく西濃人と知多人の気質の違いですなあ。

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 資料館に行くと、オリジナルハッピを着た地元の皆さんがお出迎え。なんとハートを背負っている!裾のほうには、常滑焼の陶製タイル(よく古い建物のエントランス等に敷かれているヤツ)まであしらって芸が細かい…と思ったら、

□→お
|||||→ご(五)

|||→さ(三)
二→じ(二)
||||→よ(四)
■■■
■■■→く(九)
■■■

二→ろ(六)


だって。わからんわ!

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 調子に乗ってニセ住民コスプレするわたくし(恥ずかしいので写真小さめ)。
 手づくり感あふれる資料館ながらなかなかマニアックな展示物ぞろいで、城ガールやにわか大河ファンならずとも楽しめます。ちなみに資料館は昭和9年から40年代(詳しく調べていないがたぶんそのあたり)まで尾張大野郵便局舎として使われていた建物を利用しており、郵政マニアも必見。
 なお、資料館は土日祝の10:00~16:00開館です。
 あと、大野のネタは、たびたびお世話になっているこちらもどうぞ→尾張大野史研究会
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

超絶農地

2011年05月29日
 先週、岐阜で打ち合わせがあった帰りに、前から気になっていた一宮市丹陽町へ行ってきました。岐阜のついでにしては離れているが、下道でダラダラ帰ったので。
 丹陽町は一宮の南部に位置する農村&新興住宅地で、目立つものは名神の一宮インターと東邦ガスのガスタンクぐらいでしょうか。こんな町の何が気になっていたかというと、インター周辺のラブホ街…ではなく、尾張一宮PAの北あたりに広がる耕地整理未実施エリア。耕地整理されつくした広大な濃尾平野で、なぜか丹陽町重吉から三ツ井にかけての一帯だけが、手付かずのままで残っています。

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 そんなわけでやって来ました丹陽町。名神から眺めるだけでもすごい景色だと思っていたのだが、中に入り込めば凄さを体感。錯綜する細い道、ウネウネした畦、水田の中に無節操に混在する畑、彼方に見える名駅ビル群…。平成も20年をとっくに超えたこの時代に、こんな風景が大都市近郊で見られようとは。

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 名神の向こうには、尾張西部の2大ランドマーク、東邦ガスのガスタンクと三菱電機のエレベーター試験搭SOLAEが。

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 行き交う農夫や軽トラの向こうには名駅ビル群が。たまたま出会った農家のじいさんによると、にこの道は「重吉地区の人が岩倉へ行くのによく使った古い道筋」だそうです。

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 基本は水田地帯ですが、このように少し高くなった畑がポコポコと見られます。こういうのを地元では「島畑」というとか。なるほど、島っぽい。耕地整理前には、それこそどこにでもあったのでしょう。じいさんいわく、丹陽はかつて大根が主産品で、子供のころ枇杷島の市場まで大八車に山積して運ぶ手伝いをしたものだ、と。
 そのじいさんに聞けば、耕地整理に絡む諸問題が解決できないまま、機を逸してこういう状態が残ってしまったそうな。一宮市長は「高速からよく見えてみっともないし、何とかできないか」なんて言っているらしいが(じいさん談。本当にそう発言しているかどうか知りません)、これはもはや貴重な景観遺産、残したほうが面白かろう。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ストロング・ボーイ

2011年05月25日
 陽太郎誕生からはや1か月。ということで今日は堀尾安城病院で検診。早く生まれて小さかったウチのボウズは、順調にぐんぐん大きくなっております。

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体重 2398g→3444g
身長 45.5cm→51.0cm
胸囲 29.5cm→33.0cm
頭囲 31.0cm→35.0cm(なんで頭周りなんか測るんだろう?)

 虫のようにかぼそかった泣き声も大きくなり、抱くとずっしり重くなっている。夜やたらと元気で、お母さんを寝かせてくれないのが困りものだが…。
 ところで先週、赤羽根に行って久しぶりに旧道沿いを歩いたら、古い民家の玄関先に置かれた牛乳の木箱に目がとまった。

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 雪印つよい子牛乳!おお、飲ませてみたいぞ。
 うちの実家も、僕が高校生の頃まで牛乳が配達されてて、こういう木箱があったものです。揖斐川町には「棚橋牛乳」というのがあって、学校給食もそれでした。今から思うと、箱や瓶を取っておけばよかった。

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 赤羽根の旧道、赤西地区。この、どことなくさびしげな町には真夏の青空と太陽がよく似合う。

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 潮騒に誘われて民家の裏の雑木林を抜けると、どどーんと太平洋が。いつかここで遊ばせたいぞ。東三河フリークとしては、初めて子供に見せる海はやはり表浜がいいかな、と。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

資源としての秘境駅0003

2011年05月23日
 カメラマンYさんとの飯田線沿線やみくも徘徊ツアーでは、千代駅にも立ち寄ってみました。いわゆる「秘境駅」が連続する水窪-天竜峡間で、ラストに位置する無人駅です。

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 地味度の高い駅なのだが、まさかここが秘境駅のひとつとして脚光を浴びる日がこようとは…。いやはや、言った者勝ちですなあ。
 天竜峡駅前の土産物屋のオバチャンと立ち話していたところ「JR東海の秘境探訪駅ツアーのおかげで、久々に天竜峡にも人が来ている」そうで、多少なりとも経済効果があってなにより。ツアー参加者は欠かさず駅前売店で土産を買うように、と言いたい。

 そもそも「千代」という駅名は旧下伊那郡千代村に由来しており、その千代村の中心部は、駅から7~8キロ離れた米川という集落になります。命名としてはいささか強引ですが、鉄道駅にはよくあるパターン。
 千代駅で思い出すのは、大学卒業を控えた平成7年1月20日、旧千代村と旧龍江村(天竜峡駅対岸の地区)をぐるっと回ってみようと、千代駅を起点に一日歩いたことです。ルートは千代駅~下村簡易郵便局~千代郵便局~尾林簡易郵便局~竜江郵便局~竜丘郵便局~時又駅の20数キロ。旧村をめぐるっつーか、単に郵便局めぐりがしたかっただけだが。
 このとき、飯田奥部のマイナー集落を「一緒に歩いてみたい」と言ってついて来た後輩の女の子がいました。彼女のようなタイプは、当時としては非常に奇特な存在でしたが、今だったら「秘境、行かない?」「行きたい行きたい!」てなもんで、山ガールだか村ガールだかしらんが女の子も続々と誘いに乗ってくるんでしょうなあ(そんなわけはない)。
 ちなみに歩いた日は阪神淡路大震災発生から3日後で、帰りの電車内で信濃毎日新聞の地震報道を読みふけった覚えがあります。いっぽうカメラマンYさんは、神戸へボランティアに行ってたとか。

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 旧千代村の名所のひとつ「よこね田んぼ」にも寄ってみました。16年前この脇を歩いたはずだが、ちっとも覚えていない。当時はまだそんなに売り出していなかったと思うが…。それとも老化現象で記憶が風化しているだけか。

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 旧千代村中心部の米川集落には、例によってHINOMIが!これもぜんぜん記憶にない。老化かなあ…。
(まさ)

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◎資源としての秘境駅シリーズ
2007.08.01 田本駅→●□
2009.06.04 中井侍駅→●□
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

毛賀したくなければカネ駄科

2011年05月22日
 そんなわけでカメラマンYさんと久々に飯田線沿線を回ったら、時又駅(→●□)と山吹駅の古い駅舎が取り壊されていてがっかり。温田と七久保はまだ生き永らえていたけど、いつまで持つことやら…。
 かたや、毛賀駅の古い待合所と便所は健在。

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 って、もうこういう物件レベルになるとなんとも評価が難しい。建造は伊那電気鉄道が開業した年の昭和2年で、貴重品ではあります。

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 し、シブい…。

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 さすがに便所の写真ばかりなのもアレなので、いちおう美しい写真も。飯田線でも5指に入る地味な駅と思いますが、駅裏の水田に水が張られたこの季節が、毛賀駅が一番美しく撮れる季節かもしれません。

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 オマケ。隣りの駄科駅の名所案内板。なぜ目隠しする!?
 テープの下の文字は、上から鵞流峡(がりゅうきょう→●□)、神之峰(信州名山百選)、念通寺。そりゃ全部マイナーだけど、なにも消さなくても。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0173

2011年05月20日
 昨日は豊橋のカメラマンYさんと、取材半分遊び半分で久々に伊那谷へ。山も水田もあまりの美しさに感動したのだが、あまりに暑くてまいった。

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 とかいいつ、美しい山や水田や飯田線の写真は出さずに、こんな地味な写真をアップするわけですが。2年ぶりに写真の天竜峡駅あたりをウロウロしたら、駅から国道151号に続く商店街で、長野県章をあしらったこのようなカンバンを発見(最近カンバンばっかり)。

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 長野県ものを大切にする県民運動推進会議!ってなんじゃそりゃ。カタブツな信州人気質がうかがえる団体ではあります。日本禁煙友愛会(→●□)とかもそうだけど。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0172

2011年05月18日
 今日は一日トヨハシデー。ちょこまかした取材がいくつかあって、北は石巻萩平から南は西七根まで動きまわり、夜は勢川本店で豊橋カレーうどんを食い、さらに友人のすぎうら保険設計事務所へ行ったりして、久しぶりにトヨハシを堪能した。堪能っつーか。

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 豊橋の南の果て、西七根。

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 豊橋の北の果て、石巻萩平。しかし豊橋は広い。
 その石巻萩平の県道81号沿いでは、こんなカンバンに遭遇。まあ、夢はでっかいほうがいいよね。

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 豊橋北インター!豊橋インターも豊橋南インターもないのに…。
 どうせなら東海環状道の命名法にならって「豊橋石巻インター」にしたらどうか。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0171

2011年05月17日
 刈谷の依佐美送信所跡一帯が、たいへん美しい季節になっております。

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 どばーっと広がる麦畑。うちの陽太郎も、麦のようにすくすくと育って…というフレーズは前にも使いましたな。
 依佐美送信所跡といえば、「フローラルガーデンよさみ」内に依佐美送信所記念館というマニアックな見学施設がありますが、その中にマニアックなカンバンが掲示されております。

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 施設の所有者だった在日米海軍通信隊による注意&告示カンバンだ!ただし、撮影したのは開館直後の2007年4月で、このブログを初めて間もない頃で、載せようと思っていながらすっかり忘れていた。それ以来行ってないのでまだ展示されているかどうか知りません。

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 依佐美送信所跡の畑の真ん中を、刈谷市公共施設連絡バスが横切っていきます。おお、この風景はちょっと乗ってみたいぞ。
 思えば、僕が旧碧海郡依佐美村のあたりを初めてうろついたのは、施設が米軍から返還されることが決まり鉄塔の保存活動が少しだけ行われていた94年。確かにあの鉄塔はすごかった。東海道線からもよく見えたし。
 ただ、地元民でない僕は鉄塔に対して特に思い入れはなく、それよりも、かつてフラフラ歩いた未知の土地の近くに、今こうして住んでいることがとても不思議だ。ウチの子は、大きくなったらいったいどこに住んでいるのだろうか。

110517-4.jpg 「そんなこと知らんわい」

 碧海地方ではないと思います、たぶん…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

あけぼのサンシャイン

2011年05月16日
 「叙情都市名古屋」シリーズ(→●□)の旧愛知町めぐりの前には、とくに意味もなく昭和区曙町あたりを通ってみました。場所は吹上ホールの南側あたり。そう滅多なことでは通らないエリアですね(いつもそんなところしか行かないわけだが)。

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 なんかこう、微妙に渋い感じに惹かれて、ちょいとウロついてみっかと車を降りたところ、家と家の挟間にお堂らしきものを発見。

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 うーむ、漠然と昭和区テイストなたたずまいですな。いや、よくわかんないですけど。
 せっかくだから参拝していこうと建物に近づくと…

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 こ、怖ぇ!
 建物の中を覗くと…

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 て、寺OR物置?
 かすれかけた由緒書きによると、ここは正式(?)には「曙大黒天・恵比須天ほか十躰御尊像」といい、昭和20年の台風で倒れた熱田神宮のクスノキを譲り受け、七福神などを彫って昭和37年に祀ったんだそうな。いったい誰が?と思って近くのタバコ屋さんに聞いてみると、今もやっている木魚屋さんの先々代とのこと。なるほど、よく見ると置いてあるのは、ものすごい彫刻が施された木魚か!いやあ、吹上エリアも意外とディープなスポットがあるもんだ。
 ていうか、叙情とはあんまり関係なかったですが…。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

愛知町を歩く

2011年05月14日
 昨日出した中村区下米野は、旧自治体でいうと愛知郡愛知町になります。存在したのは明治37年から昭和10年まで。町域は大雑把にいうと名駅の西側。役場はおおよそ、このあたりにありました。

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 あおなみ線ささしまライブ駅の南側、つまり笹島駅跡です。
 ささしまライブエリアには、昭和の初めまで「平池」という町がありましたが、中川運河開通→笹島駅開業で完全に鉄道用地と化してしまいました。平池の住民はどこへ行っちゃったかいうと…そこまでは調べてないっす。
 GW中の「叙情都市名古屋」シリーズ(→●□)の取材では、なんとなく旧愛知町域を徘徊してみました。

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 まずは、黄金通りの東に位置する大正町。大正初期の地形図では一帯が田圃で、町名のとおり大正時代の後半から宅地開発されたものと思われます。
 3・4丁目の一帯が、どういうわけか広大な空地になっていてたまげた。何かと思えば、災害時に緊急避難場所として活用される「防災公園」を造るという。ふーん。今の段階では、荒涼感のある風景が見られます。

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 続いて下米野。JRの名古屋運転区の北側に位置し、有名な撮影スポット「向野橋」の片方の下り口がこの町。地元の八百屋さんに話を聞いたら、昔は国鉄職員が多く住んでいた「鉄道の町」だったそうな。

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 一歩入れば、名古屋で「閑所」と呼ばれる極小路地が入り組んでいて、本当に迷いそうになります。

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 こちらは、現在名は「太閤四丁目」ですが、かつての地名は米野。もともとの米野の中心地区になります。この通りは、津島街道沿いの烏森と名古屋市街を結ぶ「柳街道」で、写真に見える魚兼本店さんによると、以前は商店がズラッと並んでいたとか。

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 こちらでは、魚屋なのになぜか鬼まんじゅうが売られております。買って食べてみたらなかなかうまかった。大将と奥さんはむちゃくちゃ元気で、行き当たりばったりの取材&撮影にも気さくに応じてくれました。このあたりに住んでいたら馴染み客になりたいぞ。
(まさ)

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◎旧自治体徘徊シリーズ
2007.09.24 愛知郡八幡村→●□
2008.02.03 西春日井郡楠村→●□
2008.04.17 愛知郡金城村→●□
2008.10.22 愛知郡御器所村→●□
2009.04.03 知多郡大高町→●□
名古屋雑 | Comments(4) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0170

2011年05月13日
 最近、自宅の知立と、嫁と子供が里帰りしている実家の尾張旭を往復する毎日が続いており、更新頻度が下がっております。こういうときはお手軽にカンバンシリーズに限る。
 ゴールデンウィーク中、「叙情都市名古屋」シリーズ(→●□)の取材でうろついた中村区下米野(近鉄米野駅付近)の路地の奥のほうで発見した社明運動のブリキカンバン。

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 社明運動とは、法務省がやってる「社会を明るくする運動」のこと。一言でいうと、矯正保護の啓発キャンペーンですな。
 なぜこんな文字だけの地味なカンバンが気にとまったかといえば、昨年、岐阜の更生保護法人の創立100周年記念誌の制作という、自分のキャリアでも桁違いに渋い仕事をやったからなのでした。

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 興味のある奇特な方は岐阜県内の図書館で探してみてください。以上、こういう仕事も承っておりますという宣伝でした。
 ちなみにこのカンバンが掲示されている下米野は、名古屋で「閑所」と呼ばれる路地が錯綜してて、とても面白いところです。

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 カメラマン木村一成氏+歴遊舎 I 氏の「叙情都市名古屋制作チーム」。一連の取材で閑所マニアと化しております。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0169

2011年05月10日
 少し前、三河一宮近辺をうろついてたら、旧役場と三河一宮駅の間ぐらいにある「中部5号公園」でこんなカンバンを発見した。

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 こんなところに住宅地図が?と思って近づいてよく見ると、近年の区画整理でこの界隈の字が変更され、なんとその新旧対比を示したマニアックな案内板なのだった。

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 おお、なんと郷土意識が高い!といいたいところだが、この程度の区画整理で伝統的な地名を廃して、栄、緑、幸、錦、社、泉なんぞというしょうもない新字名を付ける意味があるのか。まあ、もしかしたら余所者には計り知れない地域事情があるのかもしれんけど、ぜんぶ一文字でいずれも名古屋っぽいのはなぜ?

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 裏を見ると、公園所在地の旧字名「亥子角」の由来考察が。実にマニアックである。それもいいけど、栄、緑とかをチョイスした由来も知りたいぞ(僕だけ?)。

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 どうでもいいけどこの公園、意外と遊具レベルが高くて、大人でも5分ほどは楽しめます。ちなみに撮影時、この女性取材記者は出産1ヶ月前。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

安産祈願の旅0003

2011年05月09日
 子供が生まれてはや2週間。母乳を激しく嫌がったり嫁を過労および睡眠不足に陥らせたりと、のん気に親バカなブログなぞ書いてばかりもいられない状態になってきました。

110509-4.jpg パンダのぬいぐるみに食われそうな0歳児

 そんななか、今日は市役所へ子ども手当てと保険証の手続きに行ってきた。公的な証書に名前が印字されると、社会に存在を認められた実感が湧いてきます。

 で、安産祈願レポートの第3弾。
 昨年末、大野谷虫供養の西之口道場の入仏式のことを書きましたが(→●□)、そのとき、受付でいくらか寄附したところ「虫供養終了後に善の綱を送ります」と告げられました。ほう、そんな特典があるのですか。
 善の綱とは、虫供養の期間中、道場を起点に集落全域に張り巡らされる綱のことです。

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 ↑写真左に見えるコレのことね。
 調べてみると仏教的に深い意味があるようですが、要は仏教関連の特別な行事の開催を示すサイン…と解釈しています(違うかも)。あちこちの寺の本尊御開帳や、知多四国200年の時にも、本尊や弘法大師像から寺の外へと伸びていました。
 この善の綱、なんと安産や子の成長に御利益があるそうな。

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 期間中、名前を書いた木札が善の綱に吊るされ、終わるとその一部分を切って送ってくれるとのこと。この綱は晒で「妊娠中に腹帯として使うといいよ」と西之口の方に教えてもらいました。おお、それはいい!
 …と思って、臨月だしそろそろ一回巻いてみとくかとか言ってた矢先に、予定日より1ヶ月近くもフライングで破水してしまった。う~ん、巻きそこねた。

110509-3.jpg 出産16時間前の女性取材記者

 仕方ないので病室に持っていき、腹の上に置いて記念撮影だけしてみた。
 この晒はオムツにしてみようかと思っております。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0168

2011年05月05日
 本日は端午の節句ということで、小さい鯉のぼりを買ってみました。生まれて10日で初節句。

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 昨日、これを買うために高浜市にある「吉浜人形」へ初めて行ったのだが、端午の節句用の武者人形がすごすぎて圧倒された(作りと、あと値段に)。武将マニアとか歴女向けですかね、あれは。

 ところで昨日出した、安城の自転車専用レーン設置工事の完成予想図のうしろ、明治用水緑道の地下道には、自転車を描いたこのようなカンバンが掲示されています。

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 なんちゅうアクロバチックな。あぶないにもほどがある!逆に真似しそう。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0167

2011年05月04日
 嫁と陽太郎は1日に退院。その日は重原に泊まり、翌2日から尾張旭の嫁の実家へ行っております。

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 寝る・泣く・飲む・出すの無限ループ状態。う~む、生きているなあ。そして、嫁がすでに「お母さん」らしくなっているのにも驚く。たいして役にたたないわたくしは、帰って仕事しております…。

 ところで、入院中に堀尾安城病院へ通っていたとき、病院近くの幹線道路(国1と安城市街を結ぶ道)500mほどにわたり、カエルが大群をなして驚かされた。

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 工事中の柵なのだった。どこの業者か知らないが、いい仕事だぞ。
 ちなみになんの工事かというと、明治用水緑道との交差点にこんな告知カンバンがあります。

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 自転車専用レーンの設置工事でした。完成予想図は、この数百メートル南を撮影加工したものです。下のほうには「環境首都 安城」のキャッチフレーズが。首都?安城が?う~ん、まあ、許そう(寛容)。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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