麦の大地0005

2011年04月30日
 今日は病室に双方の両親が揃い踏み。揖斐川町在住の僕の両親にとっては初孫になります。
 どうでもいいけど、10年前に死んだウチの婆ちゃんは、42歳の時に初孫である僕が生まれました。昔の人とはいえ、若い!僕もあと2年でその年齢に達するとは…。

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 名前は「陽太郎」になりました。病院の隣りが安城落語会の開催地・光徳寺だからといって、決して「ヨタロー」ではありません。よろしくね!

 家から病院への行き帰り、ダラーっとした農村地帯の真ん中を突っ走って行くのですが、いま碧海台地は青々とした麦畑が見頃を迎えております。見頃っつーか。
 上重原のパティオ池鯉鮒南側あたりは、ギュオゥーンと飯塚オートの実況のように(詳しくは「オートレースネットスタジアム」でご確認を)疾走する新幹線も拝めて、オススメのポイント。

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 実に爽快。まさに碧い海。4月から黄金色に実る6月上旬までが碧海のもっとも美しい季節だと思います。陽太郎は、とりあえずの碧海っ子として実にいい時期に生まれてくれた。
 麦のようにぐんぐん育ってほしいものです。
(まさ)

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◎麦の大地シリーズ
0001→●□
0002→●□
0003→●□
0004→●□
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西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

安産祈願の旅0002

2011年04月29日
 誕生4日目の今日は、友人が子供を見に来てくれました。ありがとう!

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 いつもの女性取材記者こと母によると、昨日と同じくわが子はちっとも母乳を飲んでくれないとのこと。ミルクはごくごく勢いよく飲むんだが。う~む、まあ、そのうち母乳も飲むようになるだろう。焦らずいこう、先は長い。

 昨日に続いて安産祈願ばなし。
 正式な(?)安産祈願は、天白区にある塩釜神社に行ったのですが、それとは別に、東三河フリークとしてどうしても参拝しておきたい安産・子育ての神様がいました。それは、豊川市東上(旧一宮町)にある、わくぐり神社
 漢字で書くと籰繰…って読めんわ。ワクの字は「竹日日隹又」を組み合わせた文字で、ここ以外で使われているのを見たことがない。糸巻き道具を意味しており、もともとは養蚕の神として信仰されていたのが、おそらく、輪をくぐる→産道をくぐる、の連想から安産の神としても信仰を集めるようになったのでしょう。それも明治以前からなので、安産神としての歴史もかなりのものです。
 参拝したのは3月31日の木曜日。この日は訳あって豊川駅から東上駅まで飯田線沿いを10キロほど歩きまして(妊婦連れで何やってんのか…)、ゴールの東上駅に着く直前に立ち寄りました。

 そんなわけで、久しぶりにやって来ましたわくぐり神社。

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 僕がこの神社を知ったのは、8年前に「国道151号。151話。」(春夏秋冬叢書)の取材で細かいネタを探して国道151号沿線をうろつきまわっていたとき。これは子を授かったら来ねば!と思っていたので、ついに念願がかなったわけです。その時はまだ嫁と付き合ってすらなく、思えば遠くへ来たもんだ。
 昨年すでに塩釜神社で祈祷はしていたので、ここでは参拝してお札を頂くのみ。さっそく、拝殿の右下にある社務所に行ってみる…が、玄関には鍵がかかり、窓にはシャッターが下りている。大声で呼びかけて扉を叩いてみるが、誰かがいる気配はない。あれ?確か休みは月曜だけだと思ったんだが、どうなってんだ!
 ふと、社務所脇に立つ案内板に目が入り、それを見ると驚愕の事実が。
 
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 仏滅は休日?って、今日は仏滅だったのか!?う~ん、8年越しの夢が…。
 いったい何のために豊川から身重の嫁を連れて歩いたのか。しっかりHPを確認していさえすれば。不覚。間抜け。奥様、まったくもって申し訳ございません。
 それでも「不在のときは住所と名前を書いていただければ郵送します」と郵便受けに書いてあったので、少しは救われた。紙に書いて入れておいたら、数日後にちゃんととどきました。

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 無事、安産だったときは、このようにお札を輪に通して奉納します。なので、リベンジに来ます。いや、リベンジじゃなくてお礼参りだ。

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 気を取り直してしっかりお参りした後、とぼとぼと東上駅へ向かう女性取材記者。しかし、この時期にこんなハードな歩きをしていてよかったんだろうか…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

安産祈願の旅0001

2011年04月28日
 生まれて三日目のわが子は、今日から病室で女性取材記者こと母と一緒に過ごすことになりました。

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 夕方見に行ったら、記者、じゃない母いわく「なかなかおっぱいを吸わなくて大変なの」とのこと。これから昼も夜中も関係なく3時間おきに授乳しなくてはいけないそうで、子供はかわいいけど、嫁の寝不足・疲労が心配です。
 初めて間近で対面して、触れてみましたが、とても小さくてびっくり。25日もフライングで出てきたからなぁ…。早く母乳を飲むようになって、どんどん大きくなってくれ。

 というようなことばかり書いててはライターの名がすたるので(すたるほど名を成しちゃいませんが)、安産祈願のレポートでも。妊娠後、我々も人並にそういこうとをしてきまして、本来なら生まれる前にまとめて書こうと思っていたのだが、こんなことになっちゃいまして…。
 2週間前、嫁が「小牧にママ観音という有名な寺があるから行きたい」というので、なんじゃそりゃ、と思いながらも行ってみました。
 小牧山城跡の北側にあり、山門の表札によると正式には「間々観音龍音寺」。ママって、間々という地名のことだったのね。ママとはとりあえず関係なく、お乳に御利益のある観音様ということらしい。
 山門をくぐるとまずびっくり、すごい手水鉢が!

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 本堂へ進むとまたびっくり、すごい香炉台が!

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 さらに観音堂に進むと、コレをこすりながらお参りせよと!

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 そして最後は、チチの付いた絵馬を奉納!

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 他人の絵馬を見てみると、母乳がたくさん出ますようにという願いに混じって、「胸を大きくしてください」というのもいくつか。いやいや彼女、僕の個人的な好みはどちらかというと(以下自粛)。
 しかしここは、こういうタイミングでないとただの興味本位(エロオヤジ)になってしまうので、参拝しておいてよかった。
 あとオマケ、観音堂前の雨水桝にあの人の名前が! 

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 近代名古屋を代表する奇人、石造物寄進王の伊藤萬蔵だ!詳しくはこちら→●□
(まさ)
尾張雑 | Comments(7) | Trackback(0)

メモリアル郵便局

2011年04月27日
 破水した日曜晩から昨日まで、激動の3日間でした。あっという間に、いま見ている世界が変わったような気持ちです。
 でもって今日は夕方に病院に行くと、子供が保育器から出されていました。

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                  元気を取り戻しつつある女性取材記者↑

 僕はまだ保育器の中に手を突っ込んで一回さわっただけですが、明日には嫁の部屋にやってくるとかで、うぅ~、楽しみだ。

 というようなことだけを書いててもなんなので、ここは自分らしくマニアックなネタをひとつ。
 実は以前から、子供が生まれたらやりたいと思ってたことがありました。それは記念の郵便貯金。
 わたくし、種村直樹氏の影響で中学生時代から郵便局を巡るのを趣味にしておりまして、1986年1月6日に近所の小島郵便局(現・揖斐小島郵便局)に行って以来、この道25年で総訪問局数は3405局!(再訪もカウントするともっとたくさん!)って、胸張って「!」マークを付けるようなこっちゃない。
 ただのマニアックな行為ではありますが、日本中にまんべんなく存在する郵便局を丹念に回るということは、おのずと知らない土地を知ることにつながります。地域社会の記録をテーマに仕事をしている僕にとって、郵便局訪問がどれほど糧になったことか。
 なんてマニアの自己肯定はさておきまして、嫁が入院している堀尾安城病院(名鉄西尾線北安城駅の近く)の近くにたまたま、西三河では残り少ない未訪局があったので、昨日の午後遅く病院に行く前に寄ってきました。

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 記念すべき安城池浦郵便局。いつもは500円貯金ですが、今日は1万円にしてみました。
 いずれこの通帳をわが子に託そうと思っています。いや、趣味を継承しろってんじゃなくて、貯金してきたお金をね。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

201104260518

2011年04月26日
 今朝5時18分に長男が生まれました。

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(この子の人生の初ショット)

 5月21日が予定日のところを、なんと25日も前倒し。よっぽど出たかったんだろう。早すぎて少し小さいので保育器に入っていますが、母子ともに無事です。まずはよかった。
 ふわふわと幸福感につつまれた、素晴らしい一日でした。例によって、出産ドキュメントはおいおい…。
(まさ)
そのほか | Comments(7) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0166

2011年04月24日
 その「空堀ど~り」と「はいからほり」に向かう途中、天王寺区空堀町で発見した仏壇屋の見事なカンバン。これじゃ「仏壇売ってまっせ」じゃなくて「米、もらえまへんやろか」じゃん。

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 これをオーダーした意図が不明!カンバン屋さんも「こんなん作ってしまいましてん」ってシャレのつもりだったのではなかろうか。

 あと、このカンバンの近くに鎮座する三光神社(真田幸村が大阪夏の陣で徳川軍と戦った真田丸跡)に参拝したら、社務所にOJS48なる珍妙なグループのポスターが貼ってあった。麻巳子の亭主も明らかにやりすぎでしょう。

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 しかも為書きとサイン入りって…。
 
110424-3.jpg 「たいがいにせぬか!」
(三光神社境内の真田幸村像)

081206-2.jpg 「まったくでござる」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

(まさ)
西日本 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0033/恋のアーケード0015

2011年04月23日
 先月「旅の手帖」という雑誌の取材で大阪に行きました。一昨年「マツリセッション独演会 ZAZENBOYS×立川志らく(→●□)」に行って以来です。
 メインの大阪城取材のあと、城から約1.5キロ南西の空堀(中央区谷町~上本町西)というエリアに行ってみたのだが、ここの商店街が面白かった。

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 まずは「空堀ど~り商店街」のアーチ。「ど~り」て!昭和50年代の香りを漂わすファンシーなロゴがなかなかどうも。

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 その続きにある「はいからほり(空堀商店街)」のアーケード。「ハイカラ」て!はいからさんが通るのか。こちらも上と同じく、80s的ファンシーな感じ。もっとも、商店街自体はファンシーを売りにしているわけでは当然なく、普通に庶民的な商店街です。
 このアーケードに突入すると、アーケード商店街マニアもびっくりの光景が。

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 なんと、アーケードの中が坂道!わたくしも全国各地でかなりのアーケード商店街を見てきましたが、こんなの初めて見た。写真ではわかりにくいけどけっこうな傾斜です。

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 しかも、商店街の左右も坂道がある。まるで盛り土の上に商店街が築かれているかのよう。地形的には上町台地の端に位置し、豊臣時代にここに築かれた「惣構堀」を江戸時代に埋めたので、こういう複雑な状態になったとのこと。
 それにしても関西都市部のアーケード商店街は、どこを歩いても活気があってとても楽しい。名古屋にも、大須、円頓寺のほかあと2つ3つあったら、パブリックイメージがもうちょっと違ってたような気がする。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

梨の花の名所

2011年04月22日
 桜は終わりましたが、西三河の各所では替わって梨の花が見頃です。特に凄いのは幸田町桐山から上六栗にかけての国道23号沿い。この時期にR23バイパスを走ると、目を奪われて危ない。

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 どばーっと満開の梨の花。幸田の一番いい季節ですなあ~。

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 幸田桐山インターのあたりからから見ると、桐山集落が梨の花に埋め尽くされているのがわかります。
 このあたりはしょっちゅう通るのに、肝心の梨を買ったことがない…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

樽鉄ハイモス

2011年04月21日
 昨日の続き。
 根尾の薄墨桜へは、樽見鉄道に乗って行きました。根尾への一本道、国道157号はどうせ延々渋滞だから。近所の鉄道だけど、乗るのは平成元年の3セク移行および延長開業の初日以来なんと22年ぶり。
 樽見鉄道の起点は大垣ですが、揖斐からいったん大垣へ出るなどという無駄なことはしません。ウチから20分ほど車を走らせて、道の駅「織部の里もとす」へ。ここに車を停めておいて、道の駅の裏にある鉄道の駅(織部駅)から列車に乗ろうという魂胆です。同じような発想の人がけっこういて、ホームには20人ほどの客が列車を待っていました。

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 乗る前は「列車の旅、楽しみだね~」とかいって呑気に記念撮影してたのだが、やって来た2両編成の列車を見てぶったまげた。両方とも乗客がギッチギチ!ラッシュ時の東京か、はたまたインドあたりの2等車か!妊婦(嫁)なんぞが乗ったら大変な事態になるだろう。
 何人かは無理矢理乗り込んでいたけど、車内の車掌から「もうムリ!閉めて!」の声が。

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積み残しされて呆然とする女性取材記者↑

 そんなわけで無情にも走り去った列車を見送り、次の列車は50分後。こりゃ一駅でも前にいたほうが乗れる確率は高かろうってんで、4キロほど南のモレラ岐阜まで車で移動し、すぐ裏にあるモレラ岐阜駅から乗ることに。

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 う~む、春の旧糸貫町はのどかじゃのう…とか言ってる場合ではなく、続いてやって来た列車も乗客でパンパン。しかも今度は1両きり!なんで増結しないんだ、と憤っても規模の小さい樽鉄じゃしょうがない。
 それでも頑張って乗り込んで、妊婦の腹に差し障りのないポジションをなんとか確保。う~ん。
 なお、さっき乗ろうとした織部駅ではホームから「1時間待ったんです!乗せてください!お願いです!」と嘆願する客がいて、笑った。その人もなんとか乗れたようです。

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 帰りの列車も、発車30分前にすでに長蛇の列。「最後尾」のプラカードが出て、いくらかの乗客はまたも積み残し。いやはや、樽鉄社員の皆さんもご苦労さんです。
(まさ)

◎樽見鉄道の話題
糸貫駅付近→●□
日当駅付近→●□
岐阜中部・西濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

USUZUMI & HINOMI

2011年04月20日
 今朝の新聞に「日東あられ廃業」の記事が載っていたのには驚いた。もともとはわが実家のある瑞岩寺集落に本社工場を置いていた揖斐郡の超地元企業で、婆さんはあられ製造、爺さんは守衛で長く勤めていました。日東あられの思い出を語り始めると長くなるので、またいずれ…。
 でもって日曜日には、根尾の淡墨桜を見に行ってきました。実家から近いけど桜が咲いているときに見に行くのは初めてです。

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 どかーんと満開の淡墨桜。さすが名木、なにも言うことはありません。

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 背面に回ると支えがすごい。
 でもって桜の間からは、例によってHINOMIが!

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 国指定天然記念物と火の見櫓の取り合わせが拝めるところなんて、他にあるだろうか(あるかも)。他で見たことのない珍妙な形の見張り台も味わい深い。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

CAFE & HINOMI

2011年04月19日
 揖斐の実家に帰ったついでに「美濃国池田山麓クラフト展」を見物した翌日曜日、嫁が「藤橋に郵便局の旧局舎を改装したおしゃれなカフェがある」というので、行ってみました。
 揖斐川町藤橋地区=旧藤橋村は、旧徳山村を合併し村域に徳山ダムを有したことでけっこう有名でした。当時は全国屈指の過疎村でもあり、確か日本本土で旧富山村に次ぐ人口の少なさを誇っていた…いや、別に誇りじゃないか。そんなところでオシャレなナチュラル系カフェをやろうなんて、とんだチャレンジャーがいたものだ。その名は、cafe notari
 実家から車を走らせること25分、やってきました藤橋の東横山集落。どこにカフェがあるんかいな、と探すまでもなく、国道303号沿いに難なく見つかった。

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              ↑ いつもの女性取材記者(ただの茶飲み客)

 どわーっ、まさかこの建物がカフェに転じようとは!303を通るたびに目にしていた渋い木造2階建ての物件ですが、昔の公民館か消防団詰所かと思っていたら郵便局だったのね。正確には先々代の局舎になります。オーナーもよくぞこの物件に目を付けてくれた。カフェが続く限りは建物も残る。
 でもってカフェの横には、例によってHINOMIが!

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 渋い、渋すぎる。建物とともに火の見櫓もぜひ存続をお願いしたいところです。そんなことをカフェの人に言ってもしょうがないが…。
 行ったのは日曜午後遅くで、だらだらと1時間ぐらいコーヒーを飲んでいる間にも客が何組かやって来た。いずれも明らかにここを目指して来た人たちで、カフェ好きの人にはけっこう知られているらしい。美濃国池田山麓クラフト展といいここといい、凡庸なわが故郷も何かが変わってきたのかもしれない。

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 あとオマケ。対岸の西横山集落にもHINOMIがあります。
(まさ)

◎旧藤橋村の話題
徳山ダム→●□
藤橋城→●□
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

池田山麓でクラフト市

2011年04月18日
 土日に用事があって揖斐の実家に帰った際、すぐ近くの池田町宮地という集落で「美濃国池田山麓クラフト展」なるイベントが行われていたので、見てきました。
 宮地がどういうところかというと、催しの題名どおり池田山麓にある集落で、大津谷公園、願成寺古墳群があることで地元でのみ有名です。古くからの近隣住民である僕としては
・茶畑ばっか
・路線バス(近鉄バス)は昭和40年代に廃止
・簡易郵便局(農協内)はいつの間にか廃止
・だけど小さいながらも小学校がある
という偏った印象しかなく、まさかこんなところでこのようなアート寄りのイベントが開催されるとは、失礼ながらまったくもって意外です。しかも4回目で、パンフを見ると出店数はなんと150超!
 会場は、集落の中央に鎮座する熊野神社の長い参道沿い。参道から西を見ると

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こんな具合に渋い神社なんですが、振り返って東を見ると

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う~ん、こりゃ驚いた!凄いぞ宮地集落!仕掛け人の一人は区内にある土川商店の方とのこと。昔は田舎の小さな「なんでも屋」という印象しかなかったのだが、店舗は改装されて半分ギャラリーになってるし、人材がいるところにはいるものだ。

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 150以上も出店があると、見て回るのもけっこう時間を要します。メインテーマのクラフト雑貨だけでなく、若い人が出店するカレーやフォー、岐南の婦人会の「ねぎっちょまん」、地元の生産組合による「梅おにぎり&梅茶漬け」など、フード系もけっこう充実していました。
 そんなこんなでウロウロしていたら、あるブースでこんな人に出会った。

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                       筆者の母&女性取材記者↑

 ウチの母ちゃん!いつの間にクラフト作家になっとんの!(岐阜弁)
 聞けば、作家になったというわけではもちろんなく、ブースを確保した友達に誘われて、自分が作った布製小物等を少し出しているんだとか。なんとまあ。
 こうして、わが地元が予想しなかった方面から盛り上がっているのは嬉しいのだが、店みせをよく見ていると、どうも地元(主に西濃)の出店者はそんなに多くないようで、県外から来て店を出している人もかなりの割合を占めている模様。中にはこうした全国のマーケットイベントを転々としている猛者もいるとのこと。
 さすがに岐阜だけから作家を集めるのは無理なのか…。
 あとオマケ。熊野神社の参道入口には、例によってHINOMIが!

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 こういう催しをする地区なので、火の見櫓の価値にもきっと気付いてくれていることと思います。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

リニモのある風景

2011年04月17日
 先週、長久手の色金山歴史公園内にある茶室「胡牀庵」で嫁がもてなし側で参加する茶会があり、臨席ついでに暇潰しで長久手界隈をウロウロ。前熊という集落に入り込んだら、リニモの撮影ポイントを発見しました。

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 多度神社という小さい社の門前から公園西駅を見たもの。リニモってこんなド農村を走っていたのかと改めて驚いた。
 愛知万博以降は特に話題になることもなくひっそりと運行を続けるリニモですが、経営とかどうなんですかね。
(まさ)
尾張雑 | Comments(3) | Trackback(0)

守山ヶ丘の書記局長

2011年04月16日
 話は前後しますが前々回の記事の続き。
 守山区の市営緑ヶ丘荘の先をどんどん進んでいったら「翠松園」という地区に入った。金城学院と小幡緑地の裏に広がる、起伏に富んだ森を造成した住宅地です。これほど「閑静」という言葉がしっくりくる町は、名古屋にはそうはない。

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 一般的な新興住宅地と違って、ここは緑の多さがハンパない。というか、雑木林を残しつつ分譲したようで、そのゆとりっぷりは見まごう事なき高級住宅地。名称も高級感ありますが、周辺住民は「奥守山」と呼んでいるとか(←ウソ)。
 翠松園の名は平成元年発行の角川地名辞典を見ても載ってないので(発行時点までに存在した大字レベルの地名が網羅されている)ネットで調べたところ、「翠松園道路裁判の記録」というサイトに経緯が書いてあった。それによると、明治時代に計画され、昭和初期に分譲されたという、なかなかの歴史を持っているようです。正式に町名化されたのは平成14年とのこと。

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 地内にはこのような雑木林がわさっと残され、

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 坂マニアにはたまらないこのようなワイルドな坂がぎゅわんと伸びていたりします。面白い!面白いけど、おそらく住民は、この町がメディアに出ることを一切望まないでしょうな。
 なお、例によってタイトルに意味はござんせん。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

重原の桜名所二連発

2011年04月14日
 今年は桜が長持ちですね。
 天白区、守山区ときて重原と、どんどんスケールダウンするわけですが、ウチの近所のいい桜を二つ。

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 ぽわっと、重原駅前八剣社参道の桜。

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 わさっと、重原駅前上重原公民館の桜。いや、渋い。
 誰にも、子供の頃に見た思い出の「地元桜」があることでしょう。派手ではないが、重原の人にとってはこれらが「地元桜」の代表ではないでしょうか。僕にとっての「地元桜」は、揖斐川町瑞岩寺の「旧日東あられ本社工場」の桜や「お宮さん(素戔嗚神社)」の桜であります。
 故郷の思い出を喚起する桜は、やはり力強い。

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 あと地元民以外にはまったくどうでもいいことですが、上重原公民館前の狭い市道のうち20メートルほどが、年度末に拡幅されました。やるなら踏切の拡張まで一気にやりゃいいのに。名鉄と折衝がうまくいかなかったのか、それとも来年度の事業用に残してあるのか…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

守山の桜名所二連発

2011年04月12日
 昨日は天白区の桜を出したので、今日は守山区の桜名所を…と思ったけど、馴染みの薄い区なんであまりよく知らないっす(ならタイトルにしなくてもいいのに)。小幡緑地や、大森・金城学園前駅付近の桜並木といったところでしょうか?
 名所化してはいないけれど、先日、取材とは関係なくフラフラ行ってみた緑ヶ丘~小幡北界隈は、なかなか渋い桜が拝めました。

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 だいたい緑ヶ丘とか小幡北ってどこなんだ、って話だが、名二環の小幡インターの北あたりになります。小高い丘と巨大公園に挟まれた閑静なエリア。桜は、県職員宿舎から小幡北小および市営緑ヶ丘荘の縁にかけて、写真のように点々と桜が植樹されています。
 ビジュアル的にはたいしたことないけど、なんというか、派手派手しく存在を誇示するように咲き誇るのではなく、遠慮がちにポツポツとあるところなんて、守山区的な慎ましやかさです…って、なんでもかんでも「××区的」と言やいいってもんじゃない。
 ともかくこの町と桜は、どことなく「都市辺境」の感を醸し出しいて、不思議な風情を味わえました。

 あとこの近くでは、尾張四観音の一つとして名高い龍泉寺にも桜が。

110411-2.jpg ←エサが落ちてくるのを待つような狛犬

 ただし行ったのは先月末で、まだ咲きはじめだったのだけれど。
 龍泉寺は初めての参拝。境内の寄進物を見ていたら運送会社の名前が多いのに気が付いた。運送関係者の信仰を集めているのだろうか。あと、猫がやたらと多い。

110411-4.jpg 「なんやねん」

081206-2.jpg 「いえ別に」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 合併が遅かった「後付けの名古屋」である守山区の味わい深さを、ここ何回かの訪問でなんとなく掴んだような気がする。今後じっくり探ってみたい地域です。乞うご期待!(誰が期待を?)
(まさ)

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「叙情都市名古屋」のカメラマンにして「テンカラ師」の木村一成氏よりお知らせ

東日本大震災復興支援チャリティー石徹白テンカラミーティング
日時/6月4日(土)、5日(日)の1泊2日(雨天決行)
宿泊/「民宿・ささき」を予定。 
発起人/倉上亘、榊原正巳、吉田孝、田島伸、木村一成、西郷和巳、石垣尚男
詳しくは下記サイトをご参照ください

発起人の一人、石垣先生のサイト
http://aitech.ac.jp/~ishigaki/
発起人の一人、木村さんのブログ
http://a323fa1560.seesaa.net/
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天白の桜名所二連発

2011年04月11日
 土曜日は「叙情都市名古屋(→●□)」シリーズの取材で天白区を徘徊。天白と言えば、植田の坂道と天白川が桜の「二大名所」ですね。本職のカメラマンがいるので、取材というかただの花見。

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 どどーんと植田の坂道の桜トンネル。「名古屋の坂道100選」では間違いなく五指に入るでしょう。そんな100選はないわけだが。

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                   ↑シャッターを切りまくる木村一成氏

 どばーっと天白川の桜。対岸に見える平針原住宅がいかにも名古屋郊外という感じで、いい味を出しています。このすぐ下流にある天白住宅も味わい深い。

 前に3年勤めていたK社が平針、お世話になっている歴遊舎が梅が丘にあり、僕にとって天白区は名古屋市内で一番馴染み深い区です。
 天白区の風景は、言ってしまえば「凡庸な名古屋郊外景観の一典型」ではあるのですが、なんというか、曰く形容しがたい良さをK社勤務時代から感じていました。
 その良さがなんなのか、これまでよくわからなかったのだが、今回のんきにウロウロして気が付いた。このように起伏のある地形と、力強く咲き誇る桜こそ、天白区の良さのひとつの象徴ではないか、と。
 地形と桜のダイナミックさ、その周辺にある郊外生活の淡々としたリズムが合わさって醸し出される天白的幸福感!って、なんだかよくわからないけれど、そういうピースフルな風情が天白区にはあるような気がします。大震災直後の桜なので、そんなことをより強く感じるのかもしれません。
 
110410-2.jpg

 夜にも行ったら、右岸(植田側)に連なる提灯がヘビのように妖しく揺れておりました。
(まさ)

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カメラマンにして「テンカラ師」の木村さんよりお知らせ

東日本大震災復興支援チャリティー石徹白テンカラミーティング
日時/6月4日(土)、5日(日)の1泊2日(雨天決行)
宿泊/「民宿・ささき」を予定。 
発起人/倉上亘、榊原正巳、吉田孝、田島伸、木村一成、西郷和巳、石垣尚男
詳しくは下記サイトをご参照ください

発起人の一人、石垣先生のサイト
http://aitech.ac.jp/~ishigaki/
発起人の一人、木村さんのブログ
http://a323fa1560.seesaa.net/
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カンバンの手帖ブログ版0165

2011年04月08日
 先週、三河一宮駅のあたりを歩いてて見つけた喫茶店のカンバン。すごいぞオーナー&カンバンデザイナー!

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 東三河人の底辺に流れるノーテンキ精神を見せつけられる思いです(そんなものはないか)。
(まさ)
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アウトオブ絶景本0013

2011年04月06日
 この前の土曜日、久しぶりに近鉄湯の山線沿線に出掛けました。別に湯の山線を目指したわけではなく、単に目的地が湯の山線沿線に集中していただけで、車利用です。
 最大の目的は、大羽根園駅の近くにある「パラミタミュージアム」で開催されていた陶芸家ルーシー・リーの企画展。そのついでに、湯の山温泉駅近くにある日帰り温泉「片岡温泉」に入り、伊勢松本駅近くにある「まつもとの来来憲」で名物の大とんてきを食い、大羽根園駅近くで偶然見つけた「Cafe Snug(カフェ・スナッグ )」で長時間まったり。
 地味な印象しかない近鉄湯の山線沿線にも、意外とナイスなスポットがあるもんだなあと感心した次第です。菰野の町並みもシブいしね(→●□)。北勢エリアには、なにかこう、いい“気”がある気がするぞ(日本語ヘン)。

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 ウワサの四日市ローカルグルメ、大とんてき。侮っていたら想像以上の美味さ。アッパーな貼り紙をこれでもかと壁に貼り付けられ、アッパーな給仕のおばちゃんは“舌”好調。実にテンションの高い店だった。
 どうでもいいけど、この店の近くに住む大学時代の友人のトシちゃんは元気だろうか。万が一これを読んでいたら連絡くれ。

 あと今さらなんですが、昨年出した拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円/詳細→●□)を作っていた時、湯の山線沿線も回っていました。御在所岳が見えるいいポイントがあればなー、と思って。

110406-1.jpg (2009.12.01撮影)

 実はパラミタミュージアムのすぐ近くに、このようないい撮影ポイントがあったのだが、撮ってみたら絶景ではなく単にシブい農村風景だったので、あえなくボツに。

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 土曜日の夕方、同じ場所からもういちど撮影してみたら、雲がかかって秘境っぽい感じになった。さすが、なにかいい“気”がある気がする北勢、侮れないのう。電車のラッピングがチープだけど…。

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(2009.12.01撮影)

 あとオマケ、パラミタミュージアム最寄りの大羽根園駅から見る御在所岳。どうでもいいですが、写真に見えるココストアは潰れてた。
(まさ)
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ドキュメント網膜剥離手術0006

2011年04月05日
 術後に襲われた猛烈な頭痛&吐き気で、その晩は結局、眠っているのか起きているのかわからない状態のまま。早朝4時半には完全に目が覚めてしまった。
 苦痛は次第におさまったので、とりあえずヤレヤレだったのだけど、その日はほとんどベッドで横になっていました。
 手術の翌日からは、毎朝検診が行われました。最初のとき「眼球に溜まった水が抜けるまで入院になります。経過はおおむね順調」と言われて一安心。一日だけ血圧が低い日があって驚いたけど、すぐに元に戻りました。


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哀れなわたくしを完全防備で見舞う女性取材記者(撮影:木村一成氏)

 こんな状態なので本もテレビもダメだし、やることがなくヒマでヒマでしょうがない。闇雲に階段を昇り降りして体力増強でもしてみようかと思ったけど、手術直後に歩き回るとさすがに気持ち悪くなります。こんなときこそ落語の音源でも聴き漁りたいところだが、準備してこなかったのは痛恨だった。目で入院する人は、ウォークマン等に落語をいっぱい保存して持って行くことをオススメします。

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 しょうがないので、嫁に持ってきてもらったデジカメで、病棟から見える新幹線や名鉄を撮影してみたり。意外と穴場の撮影スポットです。まあ、すぐに飽きるのだが。あと、嫁にウォークマンを買ってきてもらいラジオを聴いてみたり、萌えボイスの看護師さんといい仲になることを妄想したりしていました。
 正直なところ、マスクで顔を覆った看護師にはちっとも萌えませんね。あ、感染予防じゃなくて萌え予防なのか。

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 退屈な入院生活でほぼ唯一の楽しみだったのが、食事。どうせ不味いに決まってると入院前からテンションが下がっていたのだが、食べてみると意外にいける。嫁が「味気ないだろうから」と気を利かせてフリカケやシラスを買ってきてくれたので、より楽しめました。
 ただ、どうしたことか毎食1品は必ず嫌いなものが出てきた。給食が嫌いで、毎日のように苦悩していた小学生の頃を思い出します。昼休みになってもまだ席でもそもそ食ってたり、噛まずに牛乳やお茶で流し込んだりしてたなあ。もう大人なので嫌いなメニューは堂々と残せるのが嬉しい。
 ひとつ不思議だったのは、時々付いてきた紙パックの牛乳が、岡崎の「中部牛乳」だったこと。地元の「名古屋牛乳」じゃないのはなぜだ。納入業者の入札にわざわざ三河から来たのだろうか。いや、どうでもいいんですが。

 そんなこんなでおとなしく日々をやり過ごしているうち、手術から4日後の診察で「もう退院してもいいですよ」とのお達しが。おお!いつ?「今日でもいいですよ」って、今日は嫁が迎えに来られないんです!ていうか、気分的にだいぶ盛り返してきたことだし、もう2、3日くらいのんびり病院にいてもいいかなーって…。
 そういう怠惰なことを言ってる場合でもなく、嫁が迎えに来ることができる翌夕方に退院することに決定。丸7日間の入院に幕をおろした次第です。

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(目によさげな風景シリーズ9/新城市能登瀬 2010.07.10撮影)

 本来なら1週間くらいは仕事もせず家で怠惰に、いや安静にしているべきところですが、翌日は無謀にも入院前から仕事が入っており、眼帯のままで常滑の一六市や大府の「元気の郷」に取材に行き、フラフラになってました。以後も数週間は、原稿を打つのもカメラのファインダーを覗くのもつらく、本当にまいった。
 いやはや、目は大事にしたいものです

おわり…といいたいところだが、実は今、手術したほうの眼球にデキモノらしきものがあって、おそらくいずれ切除手術をしなければならないのです。とほほほ…(大山のぶ代時代のドラえもん口調で)。
(まさ)

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◎ドキュメント網膜剥離手術シリーズ
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碧海からB-1へ

2011年04月04日
 昨日の午後、実家へ帰る途中に「被災地支援競輪」と銘打った大垣競輪に立ち寄って、誠にささやかながら僕も支援?してきました。10Rには避難区域に家のある谷津田将吾選手(S1・福島・83期)が出走し、見事1着(ただし車券は見事紙クズ)。今日も頑張ってぜひ優勝してほしいものです。
 それにしても大垣競輪、日曜だというのにあまりの閑散ぶりに愕然とした。これは自粛ムードとかいうものではなく、競輪離れが加速度的に進んでいることの表れでしょう。被災地支援以前に、大垣競輪場自体が支援を必要としているんじゃないか…。

 でもって昼には、高浜のかわら美術館周辺で開催されている「春の鬼みちまつり」へも行ってきた。目当ては催しのひとつ「全国とりめしサミット」で昼メシを食うこと。
 昔から養鶏が盛んな高浜で「とりめし」が名物なのは、地元では(地元でのみ)けっこう有名なのだが、いよいよコレでB-1グランプリに打って出るべく高浜市日本とりめし学会が結成され、その布石がこのイベントということのようです。

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 かわら美術館のホールでは、高浜のほか北海道美唄、みよし市打越、常滑、大分の5種類の食べ比べが行われていました。
 高浜とりめしの定義は、パンフによると①鶏肉と米を使った料理である②食材はできる限り地元調達する…って、これでは何が特徴なんだかよくわからないが、基本は「まぜご飯」なんだそうです。
 普通に美味いのですが、今回、試食用に供されたものを食べ比べて分かった他との違いはひとつ、ゴボウと椎茸の味がとても強い!
 人それぞれでしょうが、僕は美唄か三好のほうが好みかなあ~。

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 このほか、テイクアウトで出品していた「とんかつ懐石こざくら」の味噌とりめしと、「おとうふ工房いしかわ」のとりめしバーガーを買って食べましたが、これらはそんなにゴボウ&椎茸臭が感じられず、なかなか美味かった。
 写真はとりめしバーガー。豆腐屋だけに、あぶらげでとりめしを挟んでいる。そういえば先週、豊川稲荷の門前で「いなりバーガー」なるあぶらげのカツサンドを食べたら、これもけっこううまかった。あぶらげはいい食材ですね。

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 衣浦観音に見守られて長渕を熱唱する地元の人。
 大混雑するわけでもなく、かといって閑散として寂しいわけでもなく、高浜の町のサイズにあった実に「ほどほど感」のあるイベントでした。B-1でもほどほどにがんばって(あんまり力を入れすぎて空回りする町もあるから)、マイナーな高浜の名をアピールしてほしいものです。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ドキュメント網膜剥離手術0005

2011年04月01日
 小学1年生のときの交通事故入院以来32年ぶりに車椅子に乗せられて病室に戻ると、昼前に病室に顔を出していた両親がいました。嫁はこの日は仕事だったので、代わりに来てくれたのです。見舞いついでに、熱田神宮とか観光に行っていたらしい。こういときでもないと、岐阜の田舎から名古屋くんだりまで出てこないからね。
 このときは、僕も思ったほど痛みや疲労がなく、手術終了の安堵感と異常体験の興奮から、手術の様子をペラペラ喋りました。しかも、手術の経過を親にメモさせるという、ライター魂を見せるほどの余裕っぷり。
 ところが、調子に乗って喋ることができたのはわずか30分ほど。次第に、手術中に感じた目の圧感がぶりかえしてきました。あれ、麻酔が切れた?
 そう思ううちにどんどん痛みが激しくなり、さらに腹から込み上げてくる気持ち悪さにとても喋っていられる状態ではなくなってきました。こりゃいかん。横になったらますます気持ち悪くて、脂汗が全身からにゅわっと噴出してくる。う~ん、って、本当に「う~ん」って唸った。
 そんな状態のとき、隣のベッドの爺さんがイヤホンも付けずにテレビを大きな音で流し始めやがった。おいおい!とてもじゃないが耐えられないので、枕もとのスイッチで看護師を呼んで(入院中のナースコールはこれが唯一)消してもらうよう頼みました。すると、音を消して看護師が去ったあとイヤミな口調で付き添いのバアサンに「うるさいから音を消せだってよ」なんてぬかしやがる。このクソジジイ!お前なんか手術室で眼球に(以下自粛)。
 結局この爺さんとは入院中、声をかけあうどころか一度も会釈すら交わしませんでした。お互い実に大人気ない。

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(目によさげな風景シリーズ8/豊根村茶臼山高原 2005.05.16撮影)

 痛みと気持ち悪さはそのまま夜中までずーっと持続し、夕食もまったく手を付けることができませんでした。眠りに落ちてしまいたいのに、いつまでも半覚醒状態。この苦しみは、手術と同じくらいきつかった。
 夜8時少し前、うんうん苦痛に呻いていると、嫁が病室に姿を現しました。この日は10時近くまで取材が入っており、取材の谷間にカメラマンさんが病院まで送ってくれたとのこと。朦朧としているのでまともに会話ができなかったのだけれど、この時は本当に嬉しかった。
 あとで聞いたら「あまりの哀れな姿に涙が出てきた」だって。

もう少しつづく
(まさ)

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