ドキュメント網膜剥離手術0004

2011年03月30日
 わたくしが1月に網膜剥離の手術を受けたことなどもはや誰もが忘れてるでしょうが、まだ目薬は差してるし、眼科も通院ペースは落ちたもののまだ行ってるし、完全に治癒したわけではありません。
 久しぶりに、忘れかけた目へのリスペクトを思い返すことにします。

 えー、前回は手術室に入るところまででした。
 点滴をゴロゴロ持ちながら導かれた手術室。扉が開いていきなり手術をする部屋があるのではなく、受付みたいなスペースでほんの1~2分待機。不安感をビンビンに高めてから、さあ、もう一つの扉を開けてリアル手術室へ!ひ~。
 入ったその部屋は、白衣を着た何人かの医師や看護師がいて、なにやら機械でゴチャゴチャ埋めつくされており、予想に反して雑然とした雰囲気。そして突如、ものすごく現実離れした感覚に襲われました。UFOの人体実験室にでも連れてこられたかのような…というと医師に失礼だが、なんというか、チープだけど怖いSF映画をバーチャル体験している感じ?なんだかよく分からないが。
 いっぽう妙にリアルなことに、室内には音楽が流れています。いまどきのヒット曲が中心の有線番組だろうか。悪いことに、僕が最も嫌いなジャンルである「いつもそこにお前がいるイエァ、イエァ、仲間たち親たちに感謝してイエァ、イエァ」的なヒップホップの曲。ヒーリング系や環境系ならわかるけど、こんなときにこんな音楽はテンションさがるっちゅうねん。しかし、あとでよく考えてみると、あれは患者ではなく手術に携わる医師たちをリラックスさせるためのものなのかもしれません。
 部屋の中央には二つ、歯医者に置いてあるような椅子があり、それが手術台。うち一つに手を引かれて座らされます。そして目を洗浄し、右腕に血圧を計測するときのバンドのようなものを巻かれ、指先に洗濯バサミのようなものを取り付けられ、顔に水色のシートをかぶせられました。嫌な感じ…。

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(目によさげな風景シリーズその6/新城市木和田 2010.05.12撮影)

 今回、手術前にもっとも恐れていたのは「麻酔のとき、眼球に注射針とか刺すんじゃないか?」ということでした。しかし麻酔は針などではなく目薬の点眼だったかなにかで(よく覚えていない)、とりあえずこの段階では恐怖を逃れてホッ。
 ここまでは医師もまだリラックスしていたようで、あのメールがどうとか、手術とか関係ない会話も聞こえてくる。しかし「では始めますね」の一言で空気が一変。こちらも身体がガチガチにこわばり、汗がじんわり。
 麻酔によって右目の視覚はほぼなくなったんだけれど、器具が眼窩に突っ込まれて何かコチョコチョいじられているのがわかって、ウグロゴゲ~(意味不明の唸り)。
 痛みのほうは、刺すとか切るとか眼球にダイレクトにくるものはないのですが、眼球が押されたりぐいっと掴まれたりしているような、そういう種類の痛さがずんずんやってきます。なんとか我慢できなくはないが、できれば我慢したくないこの痛み、この圧!いつまで続くんだろうか…。
 心の中で「ウォッ」「アゲッ」とか声にならない叫びをあげながらしばらくすると、看護師がこう告げました。「これから眠くなる薬を打ちますからね」。おー、天の助け!ていうか、どうせなら最初から眠らせてよね。
 ところが、それを打たれても一向に眠りに落ちません。逆に、ゼーハーゼーハー息がどんどん荒くなって苦しくなってくる。心臓バクバク、汗ダラダラ、意識も痛みもあって、どうなってんねん!

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(目によさげな風景シリーズその7/豊田市和合町 2007.05.12撮影)

 それも次第に落ち着いてきて、どれくらいたったかわからなくなった頃、手術は突然終わりました。
 ぐったりして椅子から立ち上がり、フラフラと手術室の外へ。そのときスピーカーから流れていたのは「おばあちゃん、ありがとう、おばあちゃん~」。僕はトイレの神様を、悪い意味でずっと忘れないでしょう。

つづく

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◎ドキュメント網膜剥離手術シリーズ
0001→●□
0002→●□
0003→●□
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開帳、落慶、フラメンコ

2011年03月28日
 昨日はイベント盛りだくさんで、知多半島を北へ南へ駆けずり回っておりました。
 まずは朝、東海市にある知多四国82番観福寺へ。17年に一度の本尊御開帳です。

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 17年に一度ですよ、17年!今回見逃したら、次は56歳のとき…って、想像するだにおそろしい。いつもは厨子の扉が閉ざされているのだが、26~28日の3日間だけ開かれ、十一面観音菩薩を拝むことができます。
 半年ほど前、知多のローカル媒体に観福寺の紹介原稿を書き、その観音様の写真に「柔和さと鋭さを併せ持つ顔立ちと、全体のなめらかならラインが美しい」などと見てきたようなキャプションを付けたのだが、実際に拝んだ観音様はただひたすら気高く美しく、見入ったというか、逆に魅入られてしまうようだった。いや、拝めてよかった。
 写真で中から伸びているのは「善の綱」で、大野谷虫供養のとき集落に張り巡らされるものと同じ。案内役のおじいさんによると、昔の御開帳の時は400メートルほど東の木田集落内にある福祉会館まで伸びていたそうですが、今回は境内で止まってました。

 続いて常滑に走り、11時過ぎには知多四国63番大善院へ。こちらでは境内に「冬花庵観音堂」が完成し、その落慶法要と記念イベントが開催されました。

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 冬花庵観音堂は、近代の日本画家・橋本関雪の宝塚別邸(昭和11年築)が、ひとことでは書けない経緯を経て大善院境内に移設され、菰野出身の彫刻家・花井深嶺作の護国観音像を祀る御堂としてよみがえったもの。「知多巡礼紀行」(樹林舎・2009年刊)を制作していた頃からずっと再建作業が続いていて、このほどようやく完成しました。
 本チャンの落慶法要は土曜日で、昨日は住職一家による法要と、御住職の娘さんが指導する地元和太鼓チームの演奏会が行われました。
 和太鼓は子供&中高齢御婦人がた達が主メンバーで、実にほのぼの~。いっぽう法要では御住職の息子さんらが伴奏の太鼓を叩いたのだが、これが明らかに「太鼓をやってる人」の太鼓で、キレと重低音は並のプロ奏者を凌ぐほど。かなりの迫力に、嫁のお腹の子も激しく動いていたそうな。

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特設お茶所で「おせったい」のぜんざいをいただく女性取材記者(ただの参拝客)

 観福寺、大善院ともそれぞれ東北関東大震災の義捐金を募ってており、われわれも少額ながら募金してきました。

 そして午後は、大府市のスペイン料理店「エドゥーパ」へ。揖斐川町消防団の同期の友人の奥さんがプロのフラメンコダンサーで、彼女が踊るというので見に行ったのだ。

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 初めてフラメンコを見たけど、もう、凄かったっす。カッコよすぎる。
(まさ)

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110328-5.jpg ※クリックで拡大します

決定版地図ガイド 知多四国巡礼」(歴遊舎/1500円)
執筆・撮影・地図ディレクションを担当。カバーが新バージョン(65番相持院)になりました。知多四国八十八ヶ所めぐりに好適の一冊、ぜひ書店や札所寺院でお求めください。
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

恋のアーケード0014

2011年03月26日
 先日、蒲郡の中央本町を通ったら、銀座商店街の歩道アーケードが撤去されてた。

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 以前はこのような状態でした。

110326-2.jpg (2005.05.11撮影)

 昨年撤去された豊橋・花園商店街(→●□)のように全覆型ではなかったのでインパクトは弱いけど。

110326-3.jpg (2005.05.11撮影)

 いつもなら愕然とか唖然とかいうところだけど、ここに限っては、アーケードがあってもなくても印象はあまり変わらないような…。この銀座通りを含め、蒲郡の商店街は全体的に「シブい」というにはちょっと微妙な空気が漂ってます。
 この「蒲郡的」といってよい特異な市街地景観は、おそらく「防火帯」と呼ばれる鉄筋コンクリート長屋建築が多いことにあると思われます。昭和30年代のもので、当時としては最先端の防火思想や町並みを誇っていたのでしょうが、現代では評価が難しいところ。
 余計なお世話だけど蒲郡の商店街には、微妙な空気を覆すことをなにかガツンと一発やってほしいなあ。好きな町だから。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

35歳になりました。

2011年03月23日
 今日で35歳になりました。
昨晩、急に「じろ飴(水飴の一種)」が食べたくなり、夜寝る前にひと舐め。
今朝も朝食後にスプーンで掬って、ひと舐めしようとしたら、
ガリッと何やら堅いものが引っ掛かる。
慌てて飴ごと吐き出すと、歯の詰め物が取れていました。
誕生日なのに(関係ないけど)ついてない。
行きたくないけど歯医者に行かざるをえず、近くの歯医者へ早速行ってきました。
「一度取れた詰め物は取れやすいから、今日は右側の歯を使わないようにね」と医師に言われ、
美味しいランチかパフェを食べにいく気が失せていく。あ~あ、ついてない。

 さて、今年はいろいろと変化の年になりそうです。
5月末頃にはワタシとダンナの血を受け継いだ二世が誕生する予定。
もうすぐ9ヶ月目に入りますが、足や手を伸ばしたり、寝返りを打ったり(こちらの勝手な想像)、
お腹の中で激しく動き回っています。きっと落ち着きのない子になるんだろうなぁ。
いやいや、反面教師として妙に大人っぽい子になるかしらん。
腹からオギャッと出てくるまで分かりませんが、どんな子になるのか楽しみです。(まり)

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お花のプレゼントが宅配で届いた。
誰?と思ったらダンナからだった。昨日、豊橋で注文したみたい。結婚式を挙げた時にお世話になった花屋さんで頼みたかったらしい。それで豊橋に行ったのか(仕事も兼ねてたけど)。全く期待してなかったからメチャクチャ嬉しい!!!


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カンバンの手帖ブログ版0164

2011年03月22日
 松本行きの際にはもう一か所、鹿教湯(かけゆ)温泉にも取材に行きました。有料の三才山トンネルを抜けて松本市街から車で40分ほど。14年ぶりに来てみたら、前は丸子町だったのが市町村合併で上田市になっていた。ここが上田市?なかなか強引だのう。大豊田市における稲武のようだ。

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 とはいえ温泉街は、覚えている風景とほとんど変化なし。郵便局が移転していたり、高層ホテルができていたりするくらいで、鄙びた湯治場風情は相変わらず。
 以前も見てそそられた、このカンバン(標識?)も健在でした。

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 温泉街の松本側入りにある「国民保養温泉地内ですので静かに御通行ください」。なんか渋い。
 国民保養温泉地は環境省が指定するもので、全国に91か所あるとか。ほかにもどこかでこれと同じものを見た気がする。誰かコンプリートしてないかな?
 まあ、国民保養温泉地でなくても静かにしてほしいですけど。

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 あとオマケ、温泉街にあるコインラインドリー。「鹿」て!
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

役所の頂を目指す者

2011年03月21日
 個人的には「ビターな町」の松本ですが、観光メインの町だけあって、観光客にはなかなか優しい。トイレを借りに立ち寄った松本市役所で、1F庁舎受付に置いてあったパンフレットを物色していたら、受付のおねえさんが親切にも声をかけてくださり、ガイドブックに載っていない穴場情報?を教えてくれた。

「(一眼レフをぶら提げてた僕を見て)写真を撮ってらっしゃるんですか?でしたらこの市役所の最上階にある展望フロアからの眺めは素晴らしいですよ。ぜひ登ってみてください」

 ほう、そうですか。これまで東京都庁をはじめ、静岡県庁、群馬県高崎市役所、富山市役所、豊橋市役所、静岡県旧大東町役場(超マイナー)などなど、展望フロアのある役所をいくつも巡ってきたマニアのわたくしとしては、これは押さえておかねばなりません。

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 これが松本市役所。5階建ての地味な庁舎のどこに展望フロアがあるのか、外観だけではわかりません。しかし、エレベーターで5階まで行くとさらに上に続く階段があり、それを登れば絶景が!

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 どか~んと松本城に北アルプス!こいつは驚いた。
 1枚目の写真に見える、屋上の出っ張り部分が展望フロア。設計者の意図は「望楼」(いわゆる火の見)のつもりだった、と推察します。

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のんびり眺望を楽しむ女性取材記者(ただの観光客)

 いちおう椅子など置いてあるけど、フロア自体かなり狭いし、北面には防災パラボラアンテナが据えてあるし、階段には荷物が置いてあったりするので、観光客にガンガン来てもらおうという感じではない。まさに穴場。松本に来たけど時間が余って何もすることがない方などは、ぜひ行ってみてください。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0032

2011年03月20日
 ここ一ヶ月、久しぶりに落語会ラッシュだった。

2/19 「危険な二人会(桂三若、雷門獅篭)」大須演芸場
2/27 「立川談春独演会」豊川市御津文化会館
3/9 「笑福亭松枝還暦落語会」天満天神繁昌亭
3/20 「春風亭百栄独演会」岡崎・ラグスローひかりのラウンジ

 今日は夕方、岡崎の西康生通りにあるカフェバーへ春風亭百栄を聴きに行ってきたんですが、アングラな小さいハコといい怪しい風情の噺家といい、まことに結構でした。百栄はあまり名古屋方面に来ないけど、ぜひまた来てほしいです。
 岡崎は、町のメインストリートだけ見ていると、言っちゃ悪いが「寂れかけた地方都市」感に年々拍車がかかっている感がありますが、ことカルチャー方面においては(年齢層を問わず)、東海地方では屈指のレベルだと思います。さすが誇り高き城下町気質というか。碧海や知多半島のイベント情報はスルーしがちでも、岡崎のイベント情報はチェックを欠かせません。

 誇り高き城下町気質といえば、思い浮かぶ長野県松本市。実態を詳しく知っているわけではないけど、なんとなくいろいろ凄いことやってそうな感じ、というイメージのある町です。
 ただ、個人的には「苦い」町である。というのも、以前勤務していた出版社の本社が松本にあり、たびたび出張で訪れて、何かとビターな思いを味わわせてくれたから。町のせいではないのだが、どうしても町自体の印象も微妙なものになっている。
 そんな松本へ、先月下旬に某誌の取材でかなり久しぶりに行ってきました。

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 僕にとってビターな城下町は、寒さも相まってか、より気高く、より冷たく感じるのであった。いや、別にいいんですけどね…。そういう町って、誰しもひとつやふたつ、あるよね?(ないか)
 その松本市街で見つけた、シブさ極まりないタウンアーチ。

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 飲み屋街「ナワテ横丁」の電光アーチです。「ファミリーパブ」ってなんやねん。その下のファミリー割烹の店名も味わい深いのう。

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 あとオマケ、ナワテ横丁の向いにある「ヒカリ食堂」。シブすぎる。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

テマ・ストリート

2011年03月19日
 今日も春夏秋冬叢書「そう」30号の連動ネタ。
 地名探訪のページで大きく取り上げた「作手」のほか手がつく地名に、東三河には豊橋市大手町というのがあります。

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 豊橋市公会堂からR259へ続く「大手通り」を軸にした、6ブロックで成り立っている小さい町です。ソフトクリームの「トキワ堂」や高級食材店の「山安」など、豊橋市民で知らない人はいない(たぶん)と思われる店があります。
 大手はつまり吉田城の大手門のことですが、実は昭和33年に町名整理で生まれた意外と新しい地名。写真に見える「大手通り」は、明治40年に大手門から柳生橋まで開かれた道の一部で、古くは「大手線」とも呼ばれていました。町域は大手門からやや離れているので、大手門ではなく大手線という道路名称に由来する町名と見ていいでしょう。いやはや、マニアックすぎてどうでもいいですね。
 あとどうでもいいですが、大手通りには僕が大学生だったころには、まだタウンアーチがありました。撮影しているのでそのうち紹介します。
 この大手町は、手間町・神明町・紺屋町・札木町などの各一部を再編して生まれました。そのひとつ手間町(てまちょう)は、江戸時代からの歴史ある地名。

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 これが旧手間町の通り。豊橋中心部には、いくつか旧町名を通称名としているところがありますが、ここは特にそういうふうではないらしい。
 この通りでいい写真が撮れたら大きく扱おうとも思ってたんですが、さすがにこの地味な通りをカッコよく撮る技術は僕にはなくて、にんともかんとも。

081206-2.jpg 「ニンニンでござる」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

嗚呼、作手の巨木

2011年03月18日
 昨日の昼前、東名の上り線を走っていたら、被災地へ向かう衣浦東部広域連合の消防車たちと遭遇。がんばれ!

 相変わらず春夏秋冬叢書「そう」30号の連動ネタ。まだまだ続く旧作手村の名所めぐり。
 亀山城跡、矢作川分水点ときて第三の名所、というかこっちが本命か。鴨ヶ谷にある「甘泉寺のコウヤマキ」。漢字で書くと高野槙。なぜ本命かといえば、国指定の天然記念物なのです。案内板によれば、樹齢推定600年/樹高27メートル/目通幹囲6.3メートル/根回り8.5メートル。「優れた美観と偉容をそなえ世界的にも類をみない名木である」とな。

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 甘泉寺があるのは、国道301号から少し入った山の中。鬱蒼と生い茂る参道の杉巨木群を抜けて本堂まで登り、左を見ると国指定天然記念物が!

110317-1.jpg (2010.05.12撮影)

 あれ、なんかへん?国指定天然記念物なのにこの痩せ細った有様はどうしたことか。

110317-2.jpg (2005.04.15撮影)

 以前はこんな立派な木だったのに、いったい何があったのだろうか。
 人が見当たらないので話も聞けず、ネットで調べたところによると、2009年9月の台風で折れてしまったらしい。う~ん。

110317-5.jpg 「ニャンともかんとも」
(甘泉寺のネコ)

081206-2.jpg 「ニンニンでござる」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 アニメ版「忍者ハットリくん」の決めセリフでござる(意味なし)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

やるなぁ八王子市

2011年03月17日
 八王子観光協会の迅速な対応に感動!
 東海自然歩道について調べたいことがあり、起点で事務局の八王子観光協会に問い合わせた。昼から夕方まで計画停電で大変な時なのに、いろんな資料を調べたうえ、環境省にまで確認して回答してくださった。分かりませんの一点張り、または再度こちらに問合せくださいと回されることが多いのに、問合せをした日に連絡してくれる。担当者の女性も、八王子市も、すばらし~。東海自然歩道の起点に行ってみたいものです。
(まり)
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

川は別れて

2011年03月16日
 夜、近所のスギ薬局に行ったら、トイレットペーパーがかなり品薄で、カップラーメンや菓子類は品切れ間近という有様。「買いだめ規制」の告知も貼られているし、なんだかなあ…。確かに昨晩の地震にはちょっと驚いたが、平穏な地域の住民が焦って買いだめに走ってどうするんだ!こんなときこそ、震災の影響を受けていない地域は落ち着いて事態を見守り、救援可能な体勢を整えておくことが大事ではなかろうか。

 さて昨日に引き続き、春夏秋冬叢書「そう」30号の連動ネタ、というか旧作手村の話。
 作手村第一の名所を「亀山城跡」とすると、第二の名所はここしかない。

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 清岳にある「豊川・矢作川分水点」だ!
 なにかというと、ここから流れ出す巴川は、かたや豊川へ、こなた矢作川へと流れてゆくという、非常に珍しいポイントなのです。ただ、どちらに流れていっても最終的には三河湾に注ぐのだが。

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 珍しいんだけど、こんな具合に大変たいへん地味…というか、ただの側溝じゃん。水は溜まっているけど、どちらかに流れているのを一度も見たことがありません。
 昭和40年代に大規模な耕地整理が行われるまで、この一帯は大湿原地帯で、クリークが錯綜し「底なし沼」状態だったそうな。てことは、このようにピンポイントで「分水点」とはいえなかったことになる。なぜここなのだろうか。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

作手のカメヤマニアック

2011年03月15日
 毎号制作に参加している春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」30号が発売中です。

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 今号のキーワードは「手」。わたくし(まさ)は毎号同じで地名&小学校、嫁(まり)は、磯田園製茶(田原)の手揉み茶と蜂須賀手袋(岡崎)の記事を書いております。興味のある方は書店でお買い求めください。三遠南信エリア以外でも、ちくさ正文館本支店、名古屋タカシマヤ三省堂、カルコス各店などで販売しております。

 三遠で「手」の付く地名といえば、これはもう「作手」をおいてほかにございません。豊橋には大手とか曲尺手もあるけどね。
 僕が初めて作手に足を踏み入れたのは1991年の夏休み。自転車で奥三河一周をしたときのこと。豊橋から豊川沿いに北上し、鳳来町塩瀬を経て大和田集落から作手村入り。中心部の高里に着く前に日が暮れてしまったので、豊鉄の川合バス停脇の空地にテントを張って宿泊。夜が明けて、村中心部の広大な田園風景を目の当たりにしてチョー感動…

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…したかどうかよく覚えてないけど、たぶん感動したと思います。以後、数え切れないほど作手に行ってますが、爽快で、そして静かで、大好きな地域のひとつ。
 その作手の真ん中あたりに、亀山城跡というマニアックな史跡があります。そういえばこれまで一度も城跡に行ったことがないな、ということで、取材に行った昨年5月に行ってみました。といいつつ、さほど城や城跡に興味があるわけではないので、今回の記事でも触れませんでしたが…。
 亀山城跡は、道の駅「つくで手作り村」のすぐそばにあります。徒歩3分チョイ、手頃ったらない。

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 土塁跡があったり、

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 本丸跡があったりして、中世城郭マニアにはきっとたまらないんだろうなあ。中世城郭マニアではない僕からすると、ピクニックに来て弁当を広げるのに最適の場所、というふうに見える。いかにも地元の小学校が遠足にやってきそうな場所だ。ここで愛を語りある作手高校生もいることでしょう(いるか?)

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 おまけに眺めもよい、というかシブい。下に見えるのは国道301号と清岳集落。
 以上、旧作手村第一の観光スポットの紹介でした。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

THE 柴

2011年03月14日
 東北関東大震災の惨状には言葉を失います。三陸海岸は学生の頃ウロウロしたことがあって、岩泉とか久慈とか印象のよかった土地の有様に愕然とするばかり。どこかの無人駅で駅ネした記憶のある普代村や野田村などはあまり報道もないし、どうなっているのだろうか。
 自分の町が消失してしまった人たちの心中は計り知れず、ニュースを見るたびに胸が痛む。節電と募金ぐらいしかできないけど、復興を心から祈ります。

 さて土曜日は浜松の天竜区方面へ行ってきました。県境を超えて静岡県に行くのは今年初めて。だんだん縁遠くなっているのう。

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杉林の中を軽快に歩く女性取材記者&編集兼カメラのAさん&犬

 先週はやたらと歩き取材があり、火曜日は豊橋から豊川まで約15km、水曜は大阪城周辺を約10kmと、運動不足の身にはけっこうハードでした。さらに土曜日は、旧天竜市の熊から旧龍山村の西川まで東海自然歩道を10km弱歩いた。これもいちおう取材です。ふくらはぎがまだ痛い。
 東海自然歩道では久しぶりに「天竜美林」を存分に味わったのだが、さすがに杉林ばかり歩いているとだんだん飽きてきます。が、杉林を抜けるたびに絶景集落が現れるのが救い。

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 ど~んと熊地区の柴集落から北遠の山並みを望む。茶のシーズンにまた来たいものです。

 そういえば今日の午後4時ごろ、知立市の防災無線から「緊急地震速報 大地震に警戒してください」という誤報が流れて、心底びびった。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0163

2011年03月11日
 先日のYahooニュースに、福岡市や高槻市といったマヌケな自治体が、部署ごとにゆるキャラを粗製乱造しているという記事が載ってましたが、愚かにもほどがありますね。岐南町を見よ。マイナー特産品「徳田ねぎ」一本勝負だ!

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 小学校の卒業記念のカンバンに描かれた「ねぎっちょ」の群れ。愛情こもったイラストだなあ。やはり、子どもたちに好かれてこその自治体キャラでありましょう。

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 ちなみにこれが掲示されているのは、羽島用水の分水工というマニアックさ。

 ところで、当ブログの「美濃雑」のカテゴリがやっと100に到達したので、西と東に細分化しようと思います。まあ、どうでもいいですが…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

旧渥美郡福江町役場

2011年03月07日
 久々にマニアック公共建築シリーズ。
 今年のはじめ、久々に旧渥美町の福江に行ったら、旧役場が改装されれて驚いた。

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 以前はこんな建物でした。

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(2004.09.05撮影)

 なんだか驚くほど変わったなあ。右の三階建部分を取っ払い、左の建物にもともとあったエントランスを復活させたらしい。
 撮影当時は土地改良区と商工会の表札が掲げられていましたが、現在は「福江市民館」になっています。市が設置した案内板によると、昭和5年に御大典記念として建設。正面のヒマラヤスギも当時からあったとか。

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 古写真入りのこんなマニアックな案内板まで取り付けるとは…。
 これには「市民館の整備時に全面建て替えも検討されましたが、歴史を守り古い建物を大事にし持続可能な社会の実現に努めていこうということで、再生リニューアルされました」とあります。渥美半島人は元来、古いモノにあまり執着がない気風かと思っていたのだが、だんだん意識も変わってきたのかな?いい時代になってきたのかもしれない。

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(2004.09.05撮影)

 あとオマケ。旧役場の向かいにあった豊鉄タクシー乗り場。もとは豊鉄の福江営業所です。これは何年か前に取り壊されて更地になっちゃった。
(まさ)

◎旧××郡××村建造物シリーズ
旧額田郡宮崎村役場→●□
旧知多郡三和村小倉公会堂&旭村金沢公民館→●□
旧知多郡鬼崎村役場→●□
旧知多郡鬼崎村多屋公民館→●□
旧安倍郡井川村公民館→●□
旧額田郡本宿村役場→●□
旧愛知郡長久手村長湫公民館→●□
旧碧海郡高岡村中田農協倉庫→●□
旧碧海郡高岡村若林公会堂→●□
旧碧海郡高岡村吉原区民館→●□
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0162

2011年03月06日
 本日はダービー最終日につき名古屋競輪場へ。長く低迷する競輪業界ですが、今日は観客がギッシリ入り(場内イベントのSなんたら48目当ての人も多かったが)、人気選手の村上義弘が優勝して場内は大盛り上がり。競輪はまだ大丈夫かな、と錯覚させるような活況を呈しており、なかなかいい空気でした。
 わたくしはというと、決勝戦の車券は赤板ホームで紙屑になってしまい、フトコロ的には大盛り下がりですわ。何をやっとるんじゃ元茨城県知事候補さんよ…。
 その名古屋競輪がらみのカンバンを。正門近くの古い建物に掲げられているレアな一枚。

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 この二つはかなり昔に廃刊となった、名古屋競輪の予想紙(◎とか▲とか書いてあるヤツ)です。
 かつて名古屋競輪場で発行されていたのは、中部、東海、大名古屋、中京ぎんりん、レースニッポーの5紙。カンバンの2紙は平成以前に消え、「東海」は岐阜に本社のある「ひかり」に権利を譲渡し(紙名は継続)、豊橋をメインとする「大名古屋」は一度撤退→95年から数年間だけ復活→再撤退と、この業界もいろいろあったわけです。
 なんでそんなマニアックなことを知ってるかというと、むかし上記のいずれかの某紙に1年だけ勤めたことがあったもんで…。
 あと、競輪に行く前に、地下鉄中村公園駅南東の中村本町界隈をふらっと歩いてきた。二階建ての古いアパートがやたらとあったり、昔ながらの農家造りの家が意外と残っていたり、けっこう面白い。

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 おお、叙情っつーかなんつうか。
(まさ)

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あと2日!木村一成写真展 叙情都市名古屋
110225-3.jpg ←クリックで拡大します

日時 3/1~8 10:00~21:00 
場所 名古屋市中区・セントラルギャラリー
   (栄セントラルパーク北端=地下街の北の端です)
アクセス 地下鉄久屋大通駅・南改札すぐ
観覧無料!地下街の通路なので。企画にわたくしもちょっと噛んでます
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タウンアーチの先へ0031

2011年03月05日
 先月なかば、車道方面に用があったので、ついでに近くの筒井町商店街を久々に歩いてみました。賑町、天池と並ぶ「名古屋三大アーケードのない激シブ商店街」です(勝手に命名、セレクトてきとう)。ここにタウンアーチがあることは知っており、再チェックに来た次第。

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 おお~、健在ですなあ。しかしどこかで見たデザイン。と思ってよく考えたら、笠寺商店街と酷似しているのだった(→●□)。製作は名古屋のタウンアーチメーカー、日本街路灯。養老町高田(撤去→●□)と大須文長通(→●□)の例もあるように、型見本みたいなのがあったのでしょう。
 なお、これは商店街西口のもので、東口にも同型のアーチがあります。

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 おお、叙情っつーかなんつうか。
(まさ)

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木村一成写真展 叙情都市名古屋
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日時 3/1~8 10:00~21:00
場所 名古屋市中区・セントラルギャラリー
   (栄セントラルパーク北端=地下街の北の端です)
アクセス 地下鉄久屋大通駅・南改札すぐ
観覧無料!地下街の通路なので。企画にわたくしもちょっと噛んでます。
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高棚の地上絵

2011年03月04日
 また寒くなってきましたなあ。でも春は近づいています。今週アタマ、大安城の大農業地帯である高棚町で撮影。

110304-1.jpg

 でかいS。そして田に映る太陽。

110304-2.jpg

 叙情都市名古屋の次は、碧海台地の美しさを世に再認識してもらう企画ができないもんでしょうか。地元の人から碧海が美しいという声を聞いたことはあまりないが、なかなか美しいですぜ。碧海碧空シリーズ→●□

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木村一成写真展 叙情都市名古屋
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日時 3/1~8 10:00~21:00
場所 名古屋市中区・セントラルギャラリー
   (栄セントラルパーク北端=地下街の北の端です)
アクセス 地下鉄久屋大通駅・南改札すぐ
観覧無料!地下街の通路なので。
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カンバンの手帖ブログ版0161

2011年03月03日
 前回の一番下の撮影地である中川区の下之一色は、名古屋市内で唯一の漁師町風情を残している町です。「叙情都市名古屋」シリーズでは絶対に押さえておくべきだと、カメラマン木村氏、歴遊舎 I さん、そして記録係のわたくし3人の意見が一致しました。
 ここへは10何年かぶりに足を運んだのですが、相変わらずのシブさにクラクラしましたわ。こんな通りとか!

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(2010.05.22撮影)
 こんな通りとか!

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         ↑ 歴遊舎 I さん 
 こんな通り&カンバンとか!

110303-5.jpg 110303-6.jpg

 なかなかハイレベルな「銀座」であります。当地の元書店のかたに聞くと、昔は名前の通り下之一色のメインストリートだったそうです。
 どうでもいい企画を思いついたんすけど「にっぽん銀座紀行」なんてどうかな?誰かもうやってるかも。
(まさ)

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木村一成写真展 叙情都市名古屋
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日時 3/1~8 10:00~21:00
場所 名古屋市中区・セントラルギャラリー
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観覧無料!地下街の通路なので。
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センチメンタルナゴヤシティロマンス

2011年03月01日
 本日は3月1日、名古屋で注目のイベントが始まりましたね~。そう、名古屋競輪場で6日まで開催されている、第64回日本選手権競輪!競輪に手を染めて約20年、ようやく中部地区にダービーがまわってきて、嬉しいったらない。しかもシリーズリーダーは豊橋の星、深谷知広(S1・96期・安城生まれ)。さすがに平日は見に行ってられないんで、土日が勝負!頼むぜフカヤ!
 という話ではなくて、先月末から告知していたカメラマン木村一成氏の写真展「叙情都市名古屋」が、本日より始まりました。場所は「セントラルギャラリー」。ギャラリーといっても、セントラルパーク地下街最北端の壁面です。

110301-1_20110302002321.jpg

 横に長っ!手前奥にも展示は続いており、かなりの見ごたえ。
 午前中に展示の手伝いをしてきたのだが、さすが名古屋の地下街だけあって人の往来が激しく、飾る前から熱心に見てゆく人がいるのには驚いた。昼時には、メシ食いに来たサラリーマンを中心に、老若男女幅広い世代が見ていってくれました。
 木村さんと僕は、04年に某役所系媒体の取材でカメラマンとライターとして組んで以来の付き合い。「わたくしも本企画に一枚噛んでおります」と昨日まで記事に書いてましたが、どういうふうに噛んでいるかというと、昨春から続けているロケに一緒に行ってるぐらいで、今のところ大したことはしてませんで…。ロケ記録係と、あと地図方面の担当。

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2010.05.31 中川区月島町・笹島船溜で撮影する木村氏

 このとき撮ったのは今回使ってませんが、真冬の真夜中にここから撮影された写真が展示されています。

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2010.05.22 中川区下之一色町・新川堤防で撮影する木村氏

 この猫が左手に見える階段を昇っている写真が展示してあります。
 写真展のあとも名古屋ロケを続行し、年内には歴遊舎から写真集を刊行する予定ですんで、乞うご期待(僕の出番はそんなにないと思いますが…)。その前にとりあえず、こちらの写真展に足をお運びください。どこか凡庸な名古屋のイメージを覆す、多彩でディープな表情に出会えます。
(まさ)

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木村一成写真展 叙情都市名古屋
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日時 3/1~8 10:00~21:00
場所 名古屋市中区・セントラルギャラリー
   (栄セントラルパーク北端=地下街の北の端です)
アクセス 地下鉄久屋大通駅・南改札すぐ
観覧無料!地下街の通路なので。
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