アウトオブ絶景本0005

2010年08月31日
 もう4ヶ月も前になりますが、5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円/詳細→●□)のプロモーションシリーズを久々に。先週、中日新聞地方版(愛知県のみ)に紹介記事がこっそり載ってたので…。
 本書で取り上げた三重県の眺望スポットは、半分くらいが去年の今頃にまとめて撮影に行ったものです。具体的にいうと伊勢志摩・東紀州方面。あっちのほうはなんとなく夏の青い海のイメージがあり、行くなら夏だと。
 そのとき押さえたボツネタのひとつに、旧二見町の「伊勢・安土桃山文化村/ちょんまげワールド伊勢」があります。伊勢市郊外の山のてっぺんに、史実にない天守閣が建っているテーマパークです。

100831-4.jpg

 う~ん、金ピカ屋根はなんとかならなかったのか。
 こちらは、テーマパークバブルの平成5年に「伊勢戦国時代村」としてオープン。どうした経緯か(想像はできるが)平成20年に経営体が変わり、今の施設名になっています。
 そんなわけで、やって来ましたちょんまげワールド。まずはキャラクターの「ニャンまげ」やチョンマゲスタッフがお出迎え。

100831-3.jpg

 いやいやなかなか、どうしてどうして。
 とりあえずここはさらっと流しまして、先に天守閣へ。園内の隅からシャトルバスに乗り込み、中山間地の林道みたいな山道をうねうね登ること約2分、天守閣に到着です。

100831-1.jpg

 う~ん、その名も「安土城」!いいのか、おい。
 館内にはなかなか厳しい戦国関連の展示物がありますが、そいつもさらっと流しまして、展望台へ駆け上がる。

100831-2.jpg

 伊勢平野が一望できて絶景は絶景なんだけど、この金シャチなぁ…。
 実はここに行ったのは、本書とはまったく関係なく某誌の取材のためでした。あわよくば自著にも流用をと考えていたけど、さすがに趣旨とはチョイと違う施設なんで、せっかく登ってみたけどボツ。
 この安土城や園内アトラクションは前の会社の遺産なので、確かになかなかキツイ空気が漂っておりますが、今の最大の売りは、劇場で催される芝居。当然ながら某誌の取材のメインは芝居のほうでして、プロの役者が演じる本格的なもので、かなり面白かったです。取材させてもらったからいうわけじゃなくて、マジで。子連れの方は一度は行ってみてもいいんじゃないかと。
 客層がファミリーに限られるので世間の話題になりにくいけど、たとえば小屋が「おはらい町」にあって、寄席みたいに常時公演したらかなりウケるんじゃないだろうか。むしろ、町の活性化のためにそうしたほうがいいのでは。
(まさ)

--------------------------------------
zekkei.jpg ←クリックで拡大します
鉄道でゆく東海絶景の旅
著者 内藤昌康
定価 1575円
発行 風媒社

100316-1.jpg ←クリックで拡大します
2010年版地図ガイド 知多四国巡礼
監修 知多四国霊場会(内藤は執筆・撮影・地図ディレクションを担当)
定価 1500円
発行 歴遊舎
スポンサーサイト
三重雑 | Comments(3) | Trackback(0)

野田の雨乞笠おどり

2010年08月30日
 ああもう、暑い。
 昨日の夕方、嫁の取材に付き合って刈谷市野田の野田八幡宮で催された「雨乞笠おどり」を見てきました。野田新町駅のところで踏切に引っ掛からなければ、ウチから車で3分で行ける場所です。

100830-1.jpg

 この踊りは、江戸時代中頃に始まり、昭和17年を最後に中断。その後、昭和54年に刈谷市制30周年を迎えたのを期に、地元有志が古老に踊り方を習い、復興させました。
 夏の日照りが続くので「雨よ降れ降れ~」という踊りなのかと思ったら、本当の意味での雨乞い踊りは田植えの前後に行うのだそうで、この時期のは「雨よ降ってくれてありがとう」という感謝の印として踊るものだという。
 それでもいいから、雨降ってくれんかねえ。

100830-2.jpg

 踊りは、地べたに置いた桶太鼓を、二人一組で踊りながら打つというもの。ブォーという法螺貝で始まり、ひとしきり踊って、また最後に法螺貝で締め。30分弱で6つの踊りが披露されます。
 感想は一言、チョーゆるい!
 どんな種類の祭りでも、たいていどこかに盛り上がりどころがあるものだけど、この踊りにはそういう場面は一切ナシ。ただもうゆっくり、淡々と踊り、淡々と打ち、淡々と終わってゆく。中には1分もかからずに終わってしまう曲もあって、見てるほうはキョトーン。
 もらったパンフレットの解説にも「非常にシンプル、良く言えば“素朴”、見方によれば“地味”と言いましょうか」なんて書いてあるので、余所者が地味と言ってしまってもまあ差し障りはないでしょう。

100830-3.jpg
            メモをとる女性取材記者(今日は本当に取材です)↑

 一つの踊りが終わると、背中合わせで桶太鼓に腰を下ろす。この所作の素朴さよ!「はぁ~、ヤレヤレ、どっこらせ」なんて昔の農民のつぶやきが聞こえてくるようだ。
 いやはや、碧海台地の農民の「のんびり気質」を見せつけられた祭りでした。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ゴカヤマニアック釦

2010年08月29日
 そもそも五箇山へ何しに行ったかというと、正確には五箇山の隣に位置する旧利賀村(今は南砺市の一部)で催された、打楽器奏者・高田みどりと韓国の伝統音楽家・池成子(チ・ソンジャ)のセッションを見に行ったのでした。高田さんは、先の「東京国際和太鼓コンテスト」の審査員を務められた方です。
 ライブは午後遅くからだったので、利賀への途上、世界イ・サンに登録されている五箇山の菅沼合掌集落を見物。五箇山は夜に車で3回ほど通過したことがある程度で、明るい時間に眺めるのは初めて。

100829-1.jpg

 国道から見下ろした菅沼合掌集落。おー…予想以上に小ぢんまりしてる。集落の中を歩いてみるとけっこう地味で(毎回言いますが「地味な集落」はホメ言葉です)、観光客も少なく実に静か。
 駐車場は国道沿いの高台にあって、駐車場と集落を結ぶエレベーターが設置されていたので、帰りはそれに乗ってみました。村はずれの崖の壁面に掘られたダムサイトの横坑みたいな通路を少し歩くと、エレベーター乗り場が現れた。

100829-2.jpg

 「遺産駅」って!パソコンで打ち出したとおぼしき紙が貼ってあるだけで、地元のオジサンが考えたのであろう、なかなかのギャグ。ちなみに上の乗り場は「展望駅」でした。

 あと五箇山で目を引いたのは、菅沼の前に立ち寄った新屋簡易郵便局(農協の中にある)横の新屋橋。

100829-3.jpg 100829-4.jpg

 その名も「民謡歩道」。渡るときに押すと五箇山の民謡が流れ出すという、いかにも昭和末期のアイテム。昔の田舎の自治体って、どうしてこういうしょうもないものが好きだったのだろうか。
 でもって押してみたら、鳴らなかった…。
(まさ)
北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

ドキュメント高速道路トンネル火災

2010年08月28日
 木曜日、五箇山に行った帰り、東海北陸道でトンネル火災に遭遇しました。ネクスコ中日本・西日本管内の高速道路は8割方走ったというヘビーユーザーなので、高速道路でいろいろな事態に遭遇していますが、さすがにトンネル火災は初めてです。
 今回はその貴重な経験を、スポニチの競輪欄にGⅠのときのみ掲載される「検車場ドキュメント」風にお送りします。なお、一部の時間は大雑把です。

20:45
五箇山ICより東海北陸道に乗る

21:35
飛騨清見IC通過

21:42
「松の木峠」付近を通過し、軽岡トンネルの手前の道路情報板に「トンネル火災 進入禁止」の文字が表示されているのを確認。マジ!?同時に、消防サイレンのような音が鳴り響いていることにも気付く。どうやら案内板が発しているらしい。
しかし、進入禁止といわれてもどこで停まっていいのかわからない。とりあえず後方から車が来ていないことを確認してハザードを点灯しつつ、珍しいので後部座席からカメラを取り出して表示板を撮影してみる。ちなみに、今まで見たなかで一番驚いた表示は、名古屋高速小牧線の道路情報板に表示された「ネコ侵入 注意」。

100828-1.jpg

21:44
よく見ると、トンネル入口に近い前方の路肩に乗用車とトラックが3台ばかり停まっていることに気付く。そこまで車を進める。

21:45
後続車が自分の後ろに停まりはじめる。道路情報板からのサイレンはまだ鳴っている。

21:46
トンネルを抜けてきた車が対向車線を走り去る。その後も断続的に対向車あり。こりゃどうも警報装置の誤作動くさいぞ。

21:50
後続車のうち2台ほどが、トンネル入口まで進んて一瞬躊躇したのち、トンネルに突入。確かにガセのような雰囲気だけど、本当に火事だったらどうすんだ。こういうモラル無視の輩にはペナルティを!

21:52
路肩の緊急電話からネクスコに問い合わせたらしいオバチャンが「道路公団に電話したら、いま確認中だからもう少しそのままでいてくれとのことですよ」と、前後の車に告げて回る。そりゃどうもご親切に。どうでもいいけど、道路公団→JH→ネクスコと名称が変わったわけだが、僕もこのオバチャンと同様、道路公団の呼び名が一番しっくりくる。どこの広告代理店に命名されたか知らないが、ネクスコという名称は実にこう、ハマってない。

21:55
真っ暗な山の中に道路情報板からのサイレンだけが鳴り響く、なんとも非現実的な空間を満喫。田舎の空襲警報はこんな感じだったのだろうか。

22:00
飛騨清見IC方向よりサイレン鳴らしてパトカーが到着。停止することなくトンネルへと突っ込んでゆく。なんと果敢な、さすがおまわりさん!って、すでにガセ確定だけど。この頃にはいつの間にか道路情報板からのサイレンは停まっている。

22:02
後ろを見たら路肩に車がズラーっ。おお、壮観。この間もポツポツと対向車あり。

100828-2.jpg

22:04
飛騨清見IC方向よりネクスコ中日本の道路管理車が「火災」「通行止」の電光表示を光らせながら到着。入口に停車し、今さらながら道を封鎖する。「え~、ただいま確認を行っております。お急ぎのところ申し訳ありませんが、しばらくその位置でお待ちください」と拡声器で告げるその横を、対向車が通り過ぎる。

100828-3.jpg

22:06
トンネルに入っていったパトカーが何事もなく戻ってくる。おお、手品か!

22:07
路肩に停まったパトカーの警官と、封鎖していたネクスコのドライバーがやり取り。「もう動かして大丈夫ですね!?」「大丈夫です!」。なんだ大丈夫なのか(そりゃそうだろう)。ネクスコ「えー、安全が確認されましたので、これより誘導します」。それについて、路肩に停まっていた車がぞろぞろトンネルへ。

100828-4.jpg

22:15
前を走っていた道路管理車が荘川ICで離脱。我々は一路、豊田南ICへ。この先、ぎふ大和ICあたりまで車はほとんどなかった。

 そんなわけでまったく何事もありませんでした。
(まさ)
飛騨雑 | Comments(3) | Trackback(0)

恋のアーケード0009

2010年08月27日
 その中村劇場の近くには、アーケードの飲み屋街まであった。中村区こそ名古屋の「昭和区」だ!

100827-1.jpg

 その名も大門(おおもん)横丁。名古屋のアーケードは大須と円頓寺だけかと思っていたので驚いた。ふらふら歩いててたまたま発見しただけなので、披露できるような細かいネタはないですが。

100827-2.jpg

 なぜか真ん中あたりで少し折れ曲がっております。
 たまにはこういところで管を巻きたいなあ…。今年は、この間のコンテストの打ち上げ以外、誰かと店で飲むということをしていない。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(4) | Trackback(0)

快楽テェ

2010年08月25日
 日曜日、下ネタと危険なネタでコアなファンの心を掴んで離さない快楽亭ブラックの毒演会を中村日赤病院近くにある「お食事処 楽」へ見に行きまして(一人で)、その帰り、中村遊廓跡の外縁部をなんとなくウロウロしていたら、唐突にポルノ専用映画館が現れて驚いた。

100825-1.jpg

 その名も「中村映劇」。いや~、21世紀も10年が経過したというのに、まだこういう映画館が残っているとは。ブラック師匠のお導きか?末永く営業してほしいものです。
 そういえば刈谷には大黒座、西尾には鶴映ってのがまだ現役ですね。

 どうでもいいけど、伏見の会社に勤めていた12、3年ほど前まで、通勤ルート上だった納屋橋の東詰に「納屋橋劇場」というポルノ専門館がありました。現在、ロイネットホテル西隣の駐車場になっている場所です。いつも歩道に手書きの立て看板が出ていて、墨書された卑猥なキャッチコピーを眺めるのが毎朝の楽しみだった。あの頃は心が荒んでたなあ…。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(4) | Trackback(0)

明日へテイクオフ

2010年08月24日
 丹生川を回ったついでに、前から気になっていた飛騨国際空港、じゃない「飛騨農道離発着場」こと飛騨エアパークを見に行ってきました。韓国の高速道路は有事の際に滑走路になるそうですが、飛騨では有事の際に農道が滑走路になる…ということではないと思います。
 平成7年に開設されたこの施設、当時の新聞記事やニュースでは確か「飛騨の高原野菜を、収穫後いち早く大都市へ運ぶ輸送機を運航する」というようなことを言っていましたが、岐阜県に住んでいても、その後まったく話を聞くことがありません。

 そんなわけで日没直前、やって来ました飛騨エアパーク。滑走路の北側に「見学の丘」と名付けられた願成寺古墳群の2号墳(岐阜県池田町)みたいな盛り土があって、そこから眺めてみました。

100823-1.jpg

 おお~…なんか雰囲気が寂しいぞ。いや、当たり前か。
 奥のほうにログハウス風の小さな管理棟があって、その横に自衛隊のヘリと小型セスナが置いてありますが、動くかどうかは不明。
 ちなみに「見学の丘」の案内板には「飛行機の離着陸の見学や夜には星空の観察ができます」なんて書いてあったけど、登るまでもなく飛騨ならどこででも星空観察できるっちゅうねん。

100823-2.jpg

 西の山へ向かって伸びる滑走路。今この瞬間、飛び立つ飛行機があったら、さぞ叙情的な風景だろう。しかし、そもそもここを使用する飛行機がどのくらいあるのだろうか。
 この日は農家への取材だったので、利用実態や住民の受け止め方を聞いてこればよかったのだが、存在を思い出したのが荒城温泉でひと風呂浴びてさあ帰ろうか、というところだったので、聞きそびれてしまった。
 以上、謎が謎を呼ぶ岐阜県の謎シリーズでした。
(まさ)
飛騨雑 | Comments(0) | Trackback(0)

身体が農村を求めている

2010年08月23日
 先週半ば、東京から帰って少し置いて、某誌の取材で高山郊外の丹生川へ行ってきました。農家への取材ってことで、畑をいくつか回ったのです。
 ゴチャゴチャした東京に当てられたせいもあってか、夏の丹生川の農村風景が沁みる沁みる。農村の生まれなので、最後はやっぱり農村風景に帰るわけですよ(最後?)。そんなわけで、今日はダラダラと写真だけ並べて、沁みてみます。

100823-4.jpg

 桐山あたりの水田地帯。沁みる。

100823-5.jpg

 同じく桐山だが、ここは集落から離れた丘の上に切り開かれた営農団地エリア。沁みる。
 国道158号を走っているだけではぜんぜん気が付かない風景で、見えないところに高原野菜の一大産地たる景観があります。農家のおじさんによると、昭和45年頃から農地が拡大され、いわゆる高原野菜が作られるようになったとのこと。

100823-6.jpg

 旧役場に近い坊方。沁みる。
 田んぼの中にある横長の建物は、稲を干すハザ用の杭を格納しておく小屋で、僕がことのほか好きな農村景観アイテム。と言っても、全国各地にあって珍しいものではありません。

100823-7.jpg

 大萱の葉タバコ畑。沁みる。
 以前、豊橋の葉タバコ組合を取材したとき、高山周辺も昔は葉タバコの一大産地だったと聞いたことがあります。大萱はその最後の砦?で、今は数軒しか作っていないとか。
 そんなこんなで丹生川をウロウロしていると、例によってHINOMIが!

100823-3_20100824070757.jpg

 乗鞍を背に立つ火の見櫓。円空仏で有名な千光寺近くの細越集落にあります。沁みます。
(まさ)
飛騨雑 | Comments(2) | Trackback(0)

東京の三河人

2010年08月22日
 もう一回、東京話。
 コンテスト翌朝、スタッフが解散した後、嫁はこっちに住んでいる友達と会い、僕は出版社 I さんに薦められた国立新美術館の「マン・レイ展」へ。午後は嫁と合流し、これまた友人に薦められた「DIALOG IN THE DARK」というイベントに行ったりして、僕らしからぬ意外とカルチャ~な感じの一日になりました。

 今回泊まった地下鉄外苑前駅近くのホテルの部屋からは、こんな都会な風景が眺められて、田舎者らしく無条件でテンションがアガります。画面左寄りに突出しているのは、たぶん恵比須ガーデンプレイス。

100821-1.jpg

 いっぽう、なぜか13階にあるホテルのロビーから反対方向を見ると、ホテルの真下に墓地がどひゃーっと広がっていて驚いた。

100821-3.jpg

 これが、名前だけは聞いたことのある青山霊園の一部らしい。後で下りてみたところ、この墓地とビル群の間に細い道があって「ボチボチ通り」という名が付けられていた。うーむ、東京・青山とはいえセンスはボチボチでんな(パーやん風に)。
 そんなこんなの青山界隈、そのど真ん中にこんな店を発見したときには驚いた。

100821-4.jpg

 おお、三河屋!盆休業なのが残念。しかしオシャレストリートにこのような店が平気で残っているとは、やはり東京は奥が深い。
 そのあと行った、池袋の西に位置する椎名町駅近くでも飲食店の三河屋を発見。

100821-5.jpg

 三河屋といえば、サザエさんちに出入りしている酒屋の「三河屋」が有名で、小商いの代名詞的なイメージがあるのですが、いったいどこにどれくらい分布しているのだろうか。いつか、全国の三河屋を訪ね歩くという企画をやるのが僕の夢です(どこの媒体で?)。
(まさ)
東京雑 | Comments(4) | Trackback(0)

タウンサインの研究0032

2010年08月20日
 東京国際和太鼓コンテストの会場が渋谷駅から徒歩10分の青山劇場、宿が地下鉄外苑前駅から徒歩3分のホテルだったので、オッシャレストリートの青山通りを毎日歩いて劇場通い。昨年までは、青山劇場の近くにある青山ブックセンターぐらいにしか行かなかったのだが、今年は青山を堪能(?)できた。

100820-1.jpg

 青山について、これといった感想は特にナシ。あえて言うなら、情報過多で視覚的にウルサイということでしょうか。
 青山に限らず東京全体で言えるのだけれど、無数にある広告カンバン・屋外サインがデカいものばかりで、かつ、文字(キャッチコピー)の占める割合が非常に大きく、どうにも悪い意味で気になって仕方がなかった。これはどういことかというと、文字の級数が大きいのと、例えば「新しい暮らし、始まる。」「愛、おぼえていますか。」「ウォーリーを、探せ。」みたいな、句読点を入れた文章のタイプのコピーがやたら多くて、気持ち悪くなるのです。
 コピーがクサくて気持ち悪いというのもあるし、風景の中に文字がどかどか入ってきて視覚的に気持ち悪くもある。東京の人はこの風景、平気なのかしら。それとも目に入っていないのか。こんな落ち着かないところでは暮らせない、と実にどうも田舎者な感想に落ち着いてしまう次第です。
 東海地方ではそういうカンバン・サインのはあまり見かけませんね。文字は基本的に店や企業の名前だけで、あとは業態や住所電話HPアドレスなど必要なデータ情報ぐらい。コピーがあっても短いし。かといってそれがいいかと言うと、やはりデザインが洗練されていないから風景を粗雑にしているのであって、困ったもんだ。
 短いといえば、豊橋駅の近くに寿司職人がドーンと睨みを利かせる巨大屋外サインがあって、そのコピーが墨書でひとこと「握る」。このなんともマヌケな風情は豊橋らしくて、嫌いではないです。

 それはさておき、青山の「キラー通り」に足を踏み入れてみると、こんなタウンフラッグがはためいていた。

100820-2.jpg

 神宮球場のお膝元ということで、ヤクルトスワローズの選手をモチーフにした商店街フラッグ。うーむ、野球カードみたいだ。
 あと野球がらみでオマケ。コンテストが終わった翌日、ふらっと西武鉄道の池袋駅に行くと、「LIONS CLASSICシリーズ」の巨大ポスターが並んでいました。

100820-3.jpg

 野球見に行きたい。
(まさ)
東京雑 | Comments(2) | Trackback(0)

打つひとびと2010

2010年08月19日
 13日から16日まで「TAIKO JAPAN 2010/第9回東京国際和太鼓コテンスト&カレッジ」のスタッフとして手伝いに行っておりました。全国選抜のチーム&ソリストによるコンテスト/10あまりのワークショップ/和太鼓コンサートの3部からなる、日本有数規模の和太鼓イベントです。
 嫁は一回目から行っているので9回目、僕は4回目。昨年はワークショップの記録撮影を中心に動いていたのだが、今回はコンテスト演奏風景の記録撮影を命じられた。う~ん。農村漁村とか知多四国とか火の見櫓の写真ならお任せいただきたいが(誰もHINOMI写真など求めないけど)、演奏風景はさすがに難易度が高すぎる。しかし、太鼓雑誌「たいころじい」の編集長がキャノンの超望遠レンズを貸してくれるというのでやってみることに。チャレンジャーが、コンテストのチャレンジャーを撮るという図式です。毎年、緊張する演者を傍で眺めて「この年でこんなプレッシャー味わいたくないなあ」と感心していたけれど、今年はこっちも緊張するっちゅうねん。
 まあ、太鼓雑誌に載せられる程度には撮れていたので、ほっと一安心というところ。

100819-1.jpg

 撮ったのは、青少年の部、大太鼓の部、一般組太鼓の部が各10チーム、それぞれが課題曲と自由曲を演奏するので、2日間で計30チーム60曲。こんなにも聴いていられるものかと不安だったのですが、意外にも最初から最後までまったく飽きることなく、仕事を全うできました。自由曲の傾向がバラバラで結果的にバラエティに富んだ構成になったこと、同じ曲であるはずの課題曲もチームごとの編成によって全然違って聴こえたことなど、ショウとしても楽しめる内容だったというのがまずひとつ。打ち手や指導者にとっては見ているだけで大変勉強になるので、ぜひ全編ご覧いただきたい。
 そして、望遠レンズを通して見ると打ち手のさまざまな表情がよくわかり、実に面白かったというのもあります。打っているときの顔は、まさしく十人十色。たとえば必死な顔つきにもいろいろあって、演奏に没頭している者あり、間違えないように食らいついているものあり、緊張が解けない者ありと、見ているとその人の心理状態がなんとなくわかるのです。
 笑顔で打つ人もかない多いのですが、よく見ているとその笑顔にもいろいろな意味があることもわかってきました。本当に打つのが楽しいという人ももちろんいるけど、中にはその笑顔に違和感のある場合もあります。これは想像するに、「笑顔で、楽しそうに打て」という指導をされているんじゃないか。
 別に作り笑顔で打っててもぜんぜんいいのだが、なんかこう、やらされてる感ってのは拭えなくて、演奏自体も固い気がしなくもない。
 もっとも印象的だったのは、一般組太鼓の部で優勝した鬼島太鼓。未成年女子ばかりのメンバー構成で、上位常連の実力派チーム。ここは笑顔一切ナシで、チーム名のとおり鬼気迫るといった表情で打ち続ける。子供みたいなもんだから逆にもうちょっと抜いた表情があっても…と思わなくもないのだけれど、そういうのを排除した潔さが醸す迫力というか、レンズ越しに迫まってくる演奏には圧倒された。

 なお、地元の愛知、岐阜からは4チーム1個人が出場。うち、春日井の転輪太鼓(昨年の優勝チーム)が青少年の部2位、近所にある「松平わ太鼓」所属の簗瀬和重さんが大太鼓の部3位を受賞しました。おめでとうございます!
(まさ)

「TAIKO JAPAN」シリーズ
2007→●□
2008→●□
2009→●□
音楽・舞台・落語 | Comments(1) | Trackback(0)

恋のアーケード0008

2010年08月12日
 先週、ちょっとした調べものがあって桑名市立図書館に行ったついでに、久しぶりに桑名市街を徘徊してみました。すると、メインストリートである「寺町通り」のアーケードが擬似和風に改装されてて驚いた。

100812-6.jpg

 この入口、以前はこんなふうでした。

100812-7_20100813001247.jpg (2005.01.25撮影)

 昔のほうがシブさ全開でいいんですけど、好意的に解釈すれば、なかなか活力のある商店街のようです。

100812-2.jpg

 前回来たときも意外と賑わってるふうで好もしく感じたのですが、今回も七夕飾りや通路まで広げたディスプレイで、いい味わい。もっとも、ウィークデーど真ん中の昼間なんで、人はあまり歩いてません。ちなみに5年前は、右手前に見える「貝新フーズ」へ某誌の取材で行きました。
 もう少し町を歩いてみると、桑名駅の近くに二つもアーケード商店街を発見。

100812-3.jpg

 こちらは「桑名一番街」。この安易な感じ!実にいい。 
 中の写真も見せたいところですが、一斉休業らしく開いている店がひとつもなく、寂れたシャッター街みたいでマイナスイメージになりそうなので、自粛。

100812-4.jpg

 もうひとつは「銀座商店街」。銀座のくせにやけに狭いですが、有名無実化している刈谷の銀座よりはマシだ。

100812-5.jpg

 ずらり並んだ電光カンバンが、しっぶ~い!←面倒なので最近このフレーズばっかり
 しかし、桑名クラスの町で3つもアーケード商店街があるとは、東海地方ではかなり珍しい。これだけで桑名の好感度はかなり高いです。
 アーケードは立派な地域資源だし、名所として観光パンフに載せてもいい時代がもう来ていると思うので、観光課はご検討ください(何の提案?)。

 余談ですが、初めて行った桑名市立図書館の郷土資料コーナーは、かなり充実してました。ただ、申し出ないと中に入れない部屋で、それが全面ガラス張り。閉じ込められた感じになるし、勉強しに来た女子高生が中の様子を窺ってチラ見していくし、あんまりいい気分ではない。おまけに冷房効きすぎて寒いし。
 前にも少し書いたけど(→●□)、やはり三重県の図書館は妙なところが多いわ。
(まさ)
三重雑 | Comments(2) | Trackback(0)

たぶん流行らないであろうローカル食0004

2010年08月11日
 先週、ふらっと半田の三八市に行ってきました。本町(JR半田駅北東)の商工会議所北の路地でやってる朝市です。

100811-1.jpg
                   ↑ 野菜を物色する女性取材記者(ただの買い物客)

 この写真だとにぎわいが伝りにくいけど、地元の年寄りや飲食店関係者などを中心に、けっこうな人出があります。「昔に比べて店も客も少なくなった」と店のオバチャンは言うけれど、まだまだ灯は消えていません。
 さまざまな夏野菜が並ぶなか、こんなものを発見。

100811-2.jpg

 「ブンド」という名の豆っぽいもの。ネットで「ぶんど(ブンド)豆」で検索してもあまり引っ掛からないこれ、店のオバチャンによると、知多では浄土系の門徒がお盆に「ブンド豆ごはん」を作る風習があるらしい。浄土宗限定って…。知多在住の浄土系門徒の方、情報求む。

100811-3.jpg

 続いて「岡ヒジキ」。こちらはwikiにも項目があるので割とメジャーなようですが、山方面で育ったわれわれにとってはまったく馴染みがありません。海岸や砂地で採れるそうで、半島南部で採れたのかしらん。知多の住民にどれほど浸透しているかわかりませんが…。ブンド同様、情報をお寄せください。
 これを買って、まずは炒めてみたら、硬くてトゲトゲして食えたもんじゃなかった。茹でてダシ醤油(というかそうめんつゆ)をかけて食べると、トゲトゲ感は多少残るものの、まあまあ美味かった。
 次回は秋にマイナー食材を物色に行く予定(何のために?)。
(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0143

2010年08月10日
 カイジ改めゴッホ改め耳なし芳一状態(耳はあるけど)の筆者ですが、右耳をガーゼで覆われてからというもの、どうにも調子が冴えない。漠然と倦怠感につつまれているような感じが続いており、こうやってPCに向かっていても、何を書いていいのやら…といいつつ書いていますが。
 先週、西三河から奥三河方面へ行くのに、国道473→県道337→県道35→国道420という、超マイナールートを使ってみました。旧下山村の野原までは国道473号。野原集落の外れから、全区間すれ違い困難な県道337へと入り、宇連野という小集落を経て峠越えし、旧作手村の菅沼へ出るという、文字にするとどこなのかさっぱりわからない。下に地図を貼っておきます。


大きな地図で見る

 うーむ、地図ですらどこかよくわからんぞ。
 その、どこ走ってるんだかよくわらない県道337号沿いで、こんなカンバンを発見。

100809-3.jpg

 宇連野川は、鮎釣りで有名な巴川の支流の野原川の、さらに支流になります。
 しかしこんなよくわからない場所に社員保養のための専用釣り場を設けるとは、社長がよほどの釣りバカなのか…。釣り好きの社員しか憩えないっての。

100809-4.jpg

 ちなみにこれが県道337号の要部、宇連野集落。シブすぎる。
(まさ)
西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

道路元標の迷宮0004

2010年08月07日
 昨日、右耳にできた水ぶくれを潰してもらいに近所の耳鼻科に行ったという話を書いたが、医師の指示で今日もまた診てもらいに行ってきた。昨日同様、テンションが高いそのお医者さん、耳を見せると「ありゃー!たった一日でもう水がたまったかー!」って、治ってないのかよ!
 彼が続けた言葉に卒倒しそうになった。「うーん、こりゃもう、切っちゃうか!メスで!」って、こっちがうーんだ。
 またまた痛い麻酔注射を打たれ、メスを一振り。そしてまたも卒倒しそうな一言が。「今ね、軟骨むき出しになっちゃってるからね、軟骨が」。軟骨むき出しって!さらに術後30分間、化膿止めの点滴を打つことになり、診察台の裏にあるベッドへ。たかが水ぶくれのはずが、なんでこんなおおごとになっちゃったのか…。
 しかおおごとはこれだけで終わらなかった。家に帰って本を読んでいると、ガーゼを当ててカイジ状態の耳が、なんか冷たい。指で触ってみると、ん?血!?嫁がやってきて「ちょっと、血だらけだよ!」と絶叫して、惨状にようやく気付く。おおごとに拍車がかかっとるっちゅうねん。
 あわてて医者に戻るとすでに血は止まっていたみたいだが、よりきつく耳をガーゼで覆われることになってしまった。うーん。
 僕の姿を見た嫁いわく「ゴッホみたいだね」。おお、それはよいたとえだ。漫画のカイジは、バクチ狂いのクズだからなあ。これからは自称ゴッホでいきます。
 あ、でも、ゴッホが耳を切ったのって精神病になったからだっけ。ゴッホ状態の筆者(精神状態のことではありません)の今後に、乞うご期待!

 そんな話はどうでもよくて、昨日、道路元標のことを書いたついでにネットで検索してみたら、僕がここに書いた文章(→●□●□)を参考にして探しに行ったという奇特な方のブログを発見した。僕が制作に関わり、半分趣味で道路元標を地図にプロットした「島根県の歴史街道」(樹林舎刊/2006年)もチェックしておられるようで、ありがたいことです。
 その方のホームページも見ていたら、三河で僕が見落としていたのもいくつか載っていた。うーん、僕もまだまだですなあ。
 で、そのうちのひとつ、豊田市の西外れにある保見町の「保見村道路元標」を、今日の夕方たまたま保見に行く用事があったついでにチェックしてきました。

100809-1.jpg

 保見村道路元標は、愛環保見駅近くに3年前に開館した「豊田市保見出張所/交流館」の敷地内にありました。しかし、5年ほど前に地区内を探し回ったときには確かになかった。旧支所敷地内にも置いてなかったのに、なぜ急に出現したのか?
 と思ったら、傍らに経緯を記した紙が貼ってあった。それによると「平成17年に伊保川に架かる大井橋の下流約100mの川底に埋もれていたものを、子どもたちが川遊びをしていて、偶然見つけたものである」。
 こいつは驚いた!よくやった小学生!見つけたのもすごいし、それを然るべき大人に報告したのもすごい。そして関係者も、価値を見極めてよくぞ保存を決めてくれた。豊田市は、市役所内某部署の対応は最悪だったけど(2005年の話)、教委はしっかりしていて、本当にいい仕事をしてくれます。豊田市郷土資料館にも挙母町道路元標を移設保存してるし。
 それにしてもなぜ、川底にあったのか?解説文によると「伊勢湾台風の洪水で流された」らしい。本当かな?地表に見えている部分は1メートルにも満たないけれど、実は埋まっている部分も含めるとかなりの丈があります。折れて流れていったのだろうか。にしても、流れていってしまうほどの洪水が発生したのだろうか。
 まあなんにしても、保存されてめでたしめでたし。

100809-2.jpg

 ちなみに当初建っていたのはこのあたり。県道58号から北へ100mほど入ったところで、旧保見村役場のあった場所です。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

道路元標の迷宮0003

2010年08月06日
 1週間ほど前から右の耳に水ぶくれのようなものができ、近所の耳鼻科で診てもらった。診断は、「水ぶくれのようなもの」ではなく、水ぶくれそのもの。力士とか、ラグビー選手とか、元柔道選手の石井とか、床や地面にぶつかりやすい人、もしくはアトピー体質の人ができやすいらしい。もちろん僕は力士でも石井でもなく、アトピー体質のほうです。
 このお医者さんが実にテンションの高い方で、テンション高くおっしゃるには「こんなものはねぇ、潰してしまえばいいんですよ!」。なんじゃそりゃ。じゃあ帰って自分で潰します、とは言えず、麻酔注射を打たれて、水を抜いて、料金は国保・薬代込み3000円!う~ん、あほらしい。しかも耳はガーゼで覆われ、まるで福本伸行のカイジのような有様。ガーゼを触ると、ざわ…、ざわ…、と聞こえて、カイジ気分が味わえます。

 そんなことはどうでもよくて、一昨日、浜松市東区にある明善記念館(治水の偉人)へ調べものに行き、そのついでに中野町界隈を久々に徘徊してみました。中野町は天竜川河畔の旧東海道沿いに開けた町場。渡船口にあたる堤防脇の六所神社前には、遠州では唯一の現存と思われる道路元標が立っています(道路元標については2009.12.17の記事(→●□)を参照)。

100806-2.jpg 道路元標から西を望む
           ↑道路元標

 これまでマニア以外にはまったく顧みられることのなかったこの元標ですが、久々に見に行ったら、解説板が建っててびっくり。

100806-1.jpg

 上の五角形は旧東海道の解説。下の四角いのが道路元標の解説になります。なんと意識の高い町だ。
 解説文によると「全国に現存するものは1600基ほどといわれ…」って、そうなの!?根拠は?また、「静岡県内ではおそらく唯一の、大変貴重なものです」。これは確かにそうとしか書きようがない。山奥の村の路傍とか、小学校の校庭の片隅あたりとかから、新たに“発見”されないとも限らないからね。
 気になるのは、元標の刻印が「中ノ町道路元標」となっているのに触れていないこと。設置された当時は「中ノ町村」なので、職人が間違って彫ったと思われます。
 火の見櫓は撤去される一方ですが(この日も行きに旧鳳来町海老の郵便局前にあったHINОMI<→●□>がなくなってるのを確認してショック)、道路元標はこんな感じで顕彰して(?)保存していってほしいものです。

100806-3.jpg

 オマケ。暑いので涼しげな天竜川の川面など…。
(まさ)
遠州雑 | Comments(6) | Trackback(0)

知立市の争点

2010年08月05日
 8/8は知立市議会議員選挙ということで、ここ1週間ほど候補者の選挙カーが市内を走り回って名前を連呼しまくっており、うるさいったらない。定数23人のところに候補者24人。「議員を選ぶ」というより「一人を落とす」ための田舎選挙に、従来型のバカのひとつ覚え的な選挙運動をやってどうする。
 のほほんシティ知立に、名古屋市や設楽町のような争点もあるはずがなく、今日届いた選挙公報を見ていたら、候補者全員が公約に難儀している模様で、誰もが漠然としたことしか書いていない。こんなのなら誰でも同じだし、いっそ「市会議員にしたくない人に○を打つ」という方式にしてはどうか。
 実家のある揖斐川町なら、校区対抗選挙の様相を呈するのでそれなりに面白いんだけどなあ。知立もおそらくそうなんだろうけど、ネイティブじゃないのでそこらへんの事情がよくわからない。

 それはそうと、知立駅ホームの売店と待合室が取り壊され、バリアフリー化工事が始まりました。エレベーター付きの跨線橋を作るようです。

100805-1.jpg

 名古屋方面&三河線ホーム。

100805-2.jpg

 豊橋方面ホーム。
 高架化工事の一部ではなく、あくまでバリアフリー化が目的らしい。まとめてやればいいんじゃないの、と思うのだが、高架化工事はいつまでたっても本格的に始まらないし、待ってられないということなのでしょうか。

100805-3.jpg

 今までの地下通路はまだ残るんでしょうか。
 この地下通路、現存する名鉄の駅施設のなかで一番好きです。「市川呉服店」(刈谷の老舗)の広告と、昇り降りするとき段の縁を踏んでカチャカチャ鳴るあの音が、もうたまんねえ~。そう思っている利用者はきっと多いはずだ!(そうか?)

100805-4.jpg
(2010.06.08撮影)

 オマケ。廃止を間近に控えた頃の名古屋方面売店。実に味わい深かった…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

東西稲荷対決

2010年08月04日
 栃木旅行でひとつ書き漏らしていたことがあった。栃木ではないが、最初に寄った茨城県笠間市。笠間焼と笠間稲荷が二大名物の町です。しかし、東海地方の人間にとってはどっちもまったく馴染みがありません。

100804-1.jpg

 うーん、しっぶ~い。
 稲荷といえばウチらにとっては豊川稲荷。わが地元のお稲荷さんと比べると規模はかなり小さいぞ。けど、まあ、だからといって威張ることでもないですが。
 汗だくで町をフラフラ徘徊していたら、笠間稲荷名物を発見。

100804-2.jpg 100804-3.jpg

 おお、こっちでもいなりずしを売っているのか。豊川のほうは発祥地とも言われていて、今年B-1グランプリにも出場するんだぜ。けど、まあ、だからといって威張ることでもないですが(ていうか、江戸時代からの伝統食であるいなりずしがB級グルメと称するのは、なんか違和感が…)。
 いなりずしよりも、土産物屋に売ってた納豆デカ袋詰めのほうが、茨城らしくて気になる。けど、真夏の旅の初っ端にこんなもん買えん。

100804-4.jpg
                     ↑ 野菜を売り歩く行商のおばちゃん。しっぶ~い

 笠間稲荷の鳥居の向いには、笹間宗兵衛商店という酒蔵があった。うーむ、豊川稲荷の門前に酒蔵はない。負けた…ということではない。
 中を覗いてみるとなんと三河モノが置いてあった。

100804-5.jpg 100804-6.jpg

 酒米を蒸すのに使ったと思われる大釜に、三州ヤマサの銘が!豊川はかつて鋳物産地だったから、稲荷がらみ?と一瞬思ったが、豊川の鋳物師といえば中尾十郎で屋号はヤマ十。てことは西三河の鋳物産地、平坂(西尾市)のものだろうか?どっちにしても驚き。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

野州宇都宮餃子でポン

2010年08月02日
 うぐぐぐ、暑い。
 栃木旅行の続き。益子を去り、2日目に泊まったのは宇都宮。宇都宮といえば餃子ですね。正直なところ、餃子と宇都宮競輪のほかに何も印象がありません。

100802-3.jpg

 宇都宮餃子を求めて夜のアーケード街をさまよい歩く「餃子女子3人組」(全員三河在住)。間もなく開催される宇都宮の全日本選抜競輪の横断幕がドカンと掲げられてて、うーむもう少し後に来るべきだった。左右のサックスをデザインしたフラッグが意味するところは、宇都宮はジャズの町らしい。ほかにも、プロバスケチーム「リンク栃木ブレックス」、J2「栃木SC」を応援する横断幕があって、なんだか東海地方の中堅都市をひとまとめにしたような感じです。すなわち

競輪・・・豊橋・一宮・岐阜・大垣
餃子・・・浜松
ジャズ・・・岡崎
バスケ・・・浜松・東三河フェニックス(←このチーム名なんとかならんのか)
サッカー・・・FC岐阜

 ぜんぶ持ってる宇都宮、けっこう凄い町のような気がしなくもない。
 えーと餃子の話だ。この晩われわれは、餃子屋を3軒もハシゴしてしまった。

100802-1.jpg

 まず訪れた「宇都宮みんみん」。超有名店らしく大行列が!ただ、メニューが餃子3種(焼・揚・水)にライスとビールしかないので回転がよく、そんなに待たずに食べることができた。行列の整理人(女性)もおり、この方がまた親切&栃木弁。待ち時間を教えてくれるだけでなく「時間がないのであればあちらに別の店が…」などと案内してくれる。店の人も、人気店なのに横柄な態度に出ることもなく愛想がよくて、いかにも気のいい栃木の兄ちゃんという感じ。うーむ宇都宮餃子、メチャクチャ好感度高いぞ。

100802-2.jpg

 で、餃子。モヤシがない!と浜松の人間なら憤るところかもしれません。しかしこれが驚くほど美味い。たかが餃子と思っていたら、たまげた。おみそれしました。
 このあと市街地でもう一軒行って(そちらは並の味でした)、さらに歩いてJR宇都宮駅前の「宇都宮餃子館」へ。

100802-5.jpg

 こちらでは冷たい水餃子と、具が何か食べるまでわからないというロシアンルーレットみたいな餃子を注文。チーズ好きの僕は、チーズ入り餃子が気に入った。
 宇都宮、いいです。8/5~8の全選抜にも来たいわマジで。
(まさ)

-------------------------------------
(2010.08.04追記)
栃木ブレックスが所属するのはJBL、フェニックスが所属するのは(敵対する?)bjリーグ。よく考えたら、JBLに地元・刈谷の「アイシンシーホース」が所属していた。強いらしいけど、とりたててPRしているふうでもないし、ほとんど存在感ないぞ!
地元として頑張ってもらいたいとは思いますが、ウチとアイシンはなんの縁もないし…。
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

野州益子農村礼賛

2010年08月01日
 うううう、暑い(昨日より“う”がひとつ多い)。
 まだ栃木の話。われわれは茨城県笠間市から県道289→257→41号と、いかにもマイナーっぽい裏ルートを経由して益子に入ったのだが、この道、低い山の間に延々と田畑が続いており、栃茨のザ・農村という感じでなかなか楽しかった。

100801-5.jpg

 益子町山本のザ・農村風景。

100801-1.jpg

 益子町前沢のザ・農村風景。
 このあたりは写真のように、とにかく葉煙草だらけ。あまり表に出る農作物ではないが、どうやら葉煙草が特産品のようです。葉煙草といえば豊橋南部の高豊地区から田原の六連にかけても一大産地。写真だけ見てると、栃木か豊橋郊外かよくわかりませんが…。

100801-2.jpg

 豊橋郊外と違うのは屋敷のデカさ。豊橋郊外の農家もそこそこ大きいけど、益子周辺では敷地がひとまわり広いうえ、長屋門と大谷石(宇都宮郊外で産出される特産)の蔵がドカンと洩れなく付いており、全部の家が豪農に見える。

100801-3.jpg

 ドカンと構える長屋門の一例。入母屋造りで、厚みがあって、こりゃもう完全に武家屋敷ですよ。益子で、浜田庄司が住んでいた豪農家屋「益子参考館」を見物に行ったのだが、メインの展示室はこのような長屋門の中に設けてあって、たまげた。
 そんな益子の農村地帯にも、例によってHINOMIが!

100801-4.jpg

 栃木には火の見櫓がけっこう残っていました。
 この農村風景を味わいに、また栃木へ行きたいものです。
(まさ)
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)
 | HOME |