護美箱と半鐘のブルース

2010年05月30日
 僕が「岐阜市っぽいな~」と思うアイテムに、民家の軒先に置かれたゴミ箱があります。

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 これは今や有名観光地となった玉井町(鵜飼舟乗船場あたり)にあるものですが、市街地を歩いているとけっこう頻繁に見かけます。よく考えてみると、あまり他の町では見かけた覚えがありません。コンクリの箱といい、蓋の傾斜といい、味わい深い一品。今度、詳しく調査してみようと思います(何の調査?)。
 同じく玉井町には、軒先に吊るされた半鐘も。

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 美濃や高山の旧市街でも見かけたことがあるので、これも「岐阜っぽい」アイテムのひとつと言えるかも。
 ところでこの半鐘には「昭和三十五年八月新調」の文字とともに、「昭和三十四年九月二十六日 伊勢湾台風」「昭和三十五年八月十三日 十二号台風」というメモリアル災害も刻印されています。こういうのは見たことがない。日付から考えると、先代の半鐘は12号台風で流失したのだろうか?
 以下オマケ。玉井町界隈の岐阜市っぽさ。

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 広い河川敷は岐阜市っぽい~。

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 出航前、河原で佇む船頭さんは岐阜市っぽい~。ていうか、法被のマークが岐阜市章。
(まさ)
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岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

旧額田郡宮崎村役場

2010年05月29日
 少し前、久しぶりに宮崎へ行きました。と言っても今大変な九州のほうではなく、旧額田町東端の宮崎のこと。ささやかなメインストリートに、ささやかな商店がいくつか並ぶ、ささやかな昔の中心地区、という風情が好もしい山あいの集落です。
 で、久しぶりに行ったら、家並の中にあった木造の農協倉庫が取り壊されてた。

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 以前ここには、こんな建物がありました…と例によって昔の写真を載せようと思ったら、画像ファイルを探しても見あたらない。かなり昔にカメラを向けた記憶があるのだが、どうやらデジカメに切り替えた03年以降は撮影しなかったらしい。う~ん。そのうち実家のアルバムから探し出してアップします。そんな地味な建築物を誰が見たいのか?
 仕方ないので、代わりに現存するマニアックな公共建築の写真でも。

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 農協倉庫跡地の向かいにある、旧宮崎村役場です。老朽化しながらも健在のこの建物、建築はなんと昭和27年。まさしく当時は、鄙には稀な先端建築。宮崎村は広大な村有林を持っていたので、戦後復興期には豊かな財政力を誇っていたのでしょう。たしか「宮崎村誌」だかに「日本一の村役場」と自画自賛の一文が載ってます。言いやがったね(談志口調で)。
 ふと屋上を見ると、なんと半鐘が!

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 うーむ、何回も見ているのにちっとも気がつかなかった。どうりで宮崎に火の見櫓もHINOMI跡もないわけだ。
(まさ)

◎旧××郡××村建造物シリーズ
旧知多郡三和村小倉公会堂&旭村金沢公民館→●□
旧知多郡鬼崎村役場→●□
旧知多郡鬼崎村多屋公民館→●□
旧安倍郡井川村公民館→●□
旧額田郡本宿村役場→●□
旧愛知郡長久手村長湫公民館→●□
旧碧海郡高岡村中田農協倉庫→●□
旧碧海郡高岡村若林公会堂→●□
旧碧海郡高岡村吉原区民館→●□
西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

図書館のカウンターのブルース

2010年05月28日
 少し前、とある企画の調べ物の関係で三重県の図書館にいくつか行ったのですが、郷土資料コーナーでちょっといかがなものかという館がいくつかありました。

 まず驚いたのは亀山市立図書館。亀山城や旧東海道亀山宿を抱える歴史ネタの多い町で、最近では三重県屈指の超メジャー観光地・関も合併したので、それなりに資料が充実しているはず。と思って行ったら、なんと郷土資料コーナーが存在しない!それはありえないと思って職員に尋ねると、ココです、と案内されたのがカウンターの中。そこには、スチール棚にわずかの市町村史と、図録、行政系の資料が並ぶのみ。う~ん、使えない。
 隣接する亀山市歴史博物館にはいくばくかの郷土資料が閲覧できるようになっていたので、どうも亀山は博物館にその任を負わせているようです。こりゃ、初めての人には分かりにくい。よそでよくあるように、最初から図書館と博物館を一体化させた建物を作るとかすればよかったのにと思うのだが。無料配布している市制作の歴史ガイド系パンフレットはレベルが高いのに、どうもチグハグな亀山市です。

 そして伊賀上野の市街地にある伊賀市上野図書館。こちらはそれなりに広い参考資料閲覧室があるのだが、肝心の市町村史や郷土史が置いていない。どういう事?と思って職員に尋ねると、こちらはカウンターの中のスチール戸棚にそれらが厳重に収められており、見たいものがあったらいちいち職員に頼み、なおかつ閲覧申請を書かなければいけないというシステム。面倒くさいことこのうえなし。古文書や古地図ならともかく、そこまでしなきゃ見られないほど御大層な市史なのか?
 以前、蒲郡市図書館で、郷土資料コーナーに入って本を探すのに職員同伴でないと不可という、ひどく鬱陶しい規則に遭遇したことを思い出しました(職員は親切ではあるんですけどね)。過去に持ち去り被害などに遭ったのかもしれないけれど、あるいは予算の都合でスペースが作れなかったのかもしれないけど、伊賀上野も蒲郡も利用者をまったく信用していないということで、そんなことで郷土意識が醸成できるのか。って、余計なお世話か。

 あと、津市津図書館、松阪市松阪図書館、鈴鹿市立図書館、菰野町図書館は、それぞれ内容はよかった(と書いておいてフォロー)。ただ松阪は、コピーを取るのに離れたところまで持って行かなきゃならないのが面倒でしたが。

 こういう例を見ると、愛知県の公立図書館ってのはおおむねレベルが高いと思います。西三河の市では、高浜市立図書館以外すべてそれなりに揃っていて、環境もいい。特に岡崎の「りぶら」は居心地がよいです。東三河や遠州も同様。奥三河には一般にイメージされる図書館がない町村(合併前の自治体も含めて)が多いのが惜しいとはいえ、遠州は旧市町でも満足できる館が多いです。知多は、半田、東海、大府がイマイチで、いちばんいいのは東浦町。
 なんというか、結局は財力の差かな?知多の自治体は金があるはずだが…。

 ちなみに郷土資料の観点から、今まで行った中で最高の図書館は、飯田市立図書館です。
 地図センター併設の岐阜県図書館も好きだけど、あそこは空調がヘンな設定になっているのか、なんかいつも暑いイメージがある。
(まさ)
三重雑 | Comments(2) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0004

2010年05月26日
 5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円)プロモーションシリーズ(詳細→●□)。行ってはみたけどボツにした展望スポット第4弾は、昨日に続いて飯田線沿線。

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 佐久間もいいけど水窪もいいぜ!ってなところで、水窪市街の玄関口にあたる向市場駅。飯田線の中では地味度の高い駅です。10分ほど歩いて水窪川対岸の国道152号へ出ると、絶景というわけではないけれど、集落全体が一望できます。

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 山の上へ向かって宅地が開かれていった集落の形状が、実によくわかります。尾根近くにも、まるで十円ハゲのように切り開かれた場所がありますが、ここは上村集落。ここからの眺めがなかなかよい。

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 おぅ、絶景!というにはチョイ微妙かな。でもこういう「見下ろす感」こそが、遠州山間部の集落の典型であり、魅力…だと僕は思ってます。向市場駅から上村集落の最高所まで、約1.7km。
 隣の水窪駅の近くにも、町を一望するポイントがあります。

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 おおぅ、絶景!というにはこれもチョイ微妙だな…。水窪小学校の北あたりから眺める水窪市街地。奥の山の間をずんずん進んでゆくと、青崩峠に至ります。こうして見ると、水窪がデカい町のようにも錯覚します。
 この場所は秋葉街道沿いにあって東屋が設けられており、いちおう展望ポイントとして整備されたふう。水窪駅から約0.5km。

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 ちなみに水窪小学校の南あたりからも、街道筋っぽい水窪“本町”の家並が眺められます。この家並を通り抜け、橋を渡ると、向市場駅もすぐ。まとめて散策するのがオススメ。
(まさ)

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●□ お 知 ら せ □●
著作および制作に関わった本が発売中です。よろしくお願いします。

zekkei.jpg ←クリックで拡大します
鉄道でゆく東海絶景の旅
著者 内藤昌康
定価 1575円
発行 風媒社

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2010年版地図ガイド 知多四国巡礼
監修 知多四国霊場会(内藤は執筆・撮影・地図ディレクションを担当)
定価 1500円
発行 歴遊舎
遠州雑 | Comments(3) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0003

2010年05月25日
 5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円)プロモーションシリーズ(詳細→●□)。行ってはみたけどボツにした展望スポット紹介の第3弾です。

 本書でわざわざ1章に仕立てた飯田線は、いうまでもなく眺望スポットの宝庫です。長年親しんでいる路線なんで沿線風景は知り尽くしておりますし、思い入れが強いのでもっと取り上げてもよかったんですが、いろいろ悩んだ挙句、何箇所もボツにしました。そのひとつ、中部天竜駅付近の展望ポイント。

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 駅の上のほうへ1キロほど登ったところにある、半場小学校の跡地です。昭和32年の統合でなくなったこの学校、通学に大変だったろうにどうしたわけか集落の一番高いところにあり、門柱が残っています。
 眼下に駅と集落を一望できる好ポイントですが、今わざわざ来るとしたら、廃校マニアくらいでしょうか。だいたい、レールパークがなくなっちゃったんで中部天竜を訪れる人自体が少なくなっているだろうし。もし、レールパークがないのに中部天竜で降りてしまった酔狂な方は、手軽だしヒマ潰しにぜひ登ってみてください。

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 左端に見える橋は、佐久間ダム資材運搬のトロッコ用に建設され、のちに道路橋に転用された通称「B型鉄橋」。レンズを右に振ると佐久間発電所も見えます。
 しかし改めて見てみると、「絶景」というには高さが足りないか。

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 ここまで登ればカンペキに絶景なんですけどねえ。佐久間駅から県道水窪羽ヶ庄佐久間線を5キロほど登った、羽ヶ庄集落あたりからの眺め。
 佐久間駅からこの県道を経由して城西駅まではおよそ13キロ。眺めはいいし火の見櫓はあるし、歩いて楽しい道なので、上級者の飯田線マニアは一度ぜひ。
(まさ)

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タンパチさん

2010年05月24日
 以前、笠寺のことを書いたら「石川丹八という人が作った丹八山公園が面白いですよ」とコメントをいただいたことがあります(→●□)。土曜日、出版社の I さんとカメラマンさんとで名古屋市内の辺地を闇雲に徘徊していた途上、その丹八山公園を知ってる I さんが「これは見とくべき!」と言って、連れてってくれました。
 丹八山公園があるのは南区鳥山町2丁目。名鉄本線の本星崎-本笠寺間のちょうど中間あたりの西側になります(YAHOO地図だと「善東寺」左上の緑のところ)。
 とりたてて特徴のない南区的な住宅地の中へと入り込んでゆくと、ポコンとした小さな山が唐突に現れました。その山ぜんたいが丹八山公園になっています。

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 公園の登り口には「完平泰社」と大書された板碑がデン!どういう意味かと考えたら「官幣大社」(神社の位のひとつ)の当て字…なの?いきなり妙な空気が漂い始めます。
 階段の途中にいくつも石碑が建ってて、あやしい雰囲気がプンプン。平たくなった山頂まで登ると…

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 そこにはおびただしい数の石碑が!こ、これは凄い。凄すぎる。石碑マニアの僕も、この量にはただただ唖然とするばかり。
 そしてまた、どれもこれも奇妙としかいいようがない代物。記念碑ではなく歌碑の類でもなく、なんというのか、この山がいかに凄いかをアピールする広告宣伝的な感じ?

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 一例を挙げると、例えば上の碑文は「丹八山とハワイ真珠湾は同土なれば、ハワイ国王の娘の養子に日本皇系を奉迎せんと、明治14年使節が丹八山の加具土社を念じ、東京に参願、不調となった」…???
 下は「尾張三名山/犬山 桃太郎鬼が島より宝引く/小牧山 伊勢の海曳馬山見て帆巻山/丹八山 浦島太郎蓋を開けない玉手箱」…???
 この公園を整備したのは麓に住む石川丹八郎なる人物で、石碑はすべて石川丹八郎が建立したものとのこと。いったい何なのかこれは…。

 で今日、たまたま岡崎のりぶら(図書館)に行く用事があり、何の気なしに名古屋関係の郷土本コーナーを眺めていたら、なんと石川丹八郎が書いた笠寺の郷土史を発見しました。タイトルはそのまんま「郷土史」で、昭和58年の発行(しかしなぜ岡崎の図書館に?)。
 本書によると丹八郎は明治26年生まれ、昭和54年没で、刊行前に丹八郎が死んでしまい、息子の石川来民造という人が書いた序文に、丹八郎がどういう人だったか記されていました。

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生涯易を趣味として観るかたわら郷土の文化・教育を重んじ、郷土に伝わる「伝説」「昔話」や「歴史上の人物」「功績を残された人々」等を調べた。
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 ああ、なるほど。なお、翁の子孫と思われる方が「石川丹八郎」の名を受け継ぎ、この近くで易者をやっておられるようです(HPあり)。
 石碑の乱立ぶりからもかなりぶっ飛んだ人だったことが窺えますが、この「郷土史」もまったく同じで、内容に取り止めがなさすぎて読むのに一苦労でした。難儀して読み解いてようやくわかったことは、以下のとおり。

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・丹八山はもともと、鳥居山という名前だった
・太古よりたびたび歴史的出来事の舞台になった、笠寺村史上、いや日本史上とても重要な場所
・戦前、戦後を通じて丹八郎翁が顕彰活動に励む
・昭和26年、「丹八山」と名付ける
・丹八郎翁が桜を植樹し、観光名所になる
・近所の菓子屋が「丹八最中」を販売、名物になる(なんと写真も掲載)
・昭和29年、市バスが丹八山まで延長される
・昭和31年、名古屋市によって正式に「丹八山公園」となる

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 丹八郎翁は土地の有力者や名古屋の政界にもパイプがあったらしく、ここの観光地化や市バスの運行もそうした人の働きかけによるものらしい。
 それにしても、自分の名前を付けてしまうなんてどういう事?「丹八」という名前自体になにか意味があるのか?そこらへんの経緯を本書では説明してないのがもどかしいし、それがわからないと、郷土の偉人なのか単なる奇人なのか、どうにも判断しかねますが…。
 ただ、本人に変わり者としての自覚はあったようで、「星崎の三奇人はあいつとあいつと丹八郎なんて言われているけど、俺が一番さ!」なんて一文も出てきます。
 
 また、多芸多才な丹八郎翁は作詞作曲もやっており、「郷土史」の巻末には笠寺節、笠寺おけさ、笠寺甚句、笠寺小唄、本星音頭など翁作の歌が楽譜付きで一挙掲載されています。凄い、凄すぎるよ郷土愛!
 そして自己愛も相当なものだったんでしょうか、きわめつけは「丹八節」。

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丹八節 作詞・作曲/石川丹八郎

ヤミノテンチヲアカルクテラス(闇の天地を明るく照らす)
テラスアサヒニカガヤクハ(照らす朝日に輝くは)
ヒノモトノキクノゴモンニヒノミハタ(日の本の菊の御紋に日の御旗)
ナゴヤオシロノキンノシャチ(名古屋お城の金の鯱)
タンパ タンパ アンケラケンノ パンパ マタパンパン
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♪はぁ~、またパンパン、ってなところで、この人物を研究するのはかなり骨が折れそうなので、誰かお願いします。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(3) | Trackback(0)

刈谷駅前ここ数年の今昔~北口編0002

2010年05月23日
 ながらく整備中のJR刈谷駅北口が、ようやく事業完了しつつあります。以前の記事(→●□)で、日本通運刈谷支店のシブい建物が取り壊されて空地になったということを書きましたが、跡地には現在、JRF刈谷駅前ビルが建ちました。

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 ホームから見たJRF刈谷駅前ビルです。
 今朝、電車待ちをしているとき、後ろにいた父と娘らしき二人連れの珍問答。
父「あれ、こんなのできたんだね」
娘「むかし何があったの?」
父「えーっと、駐車場だったかな」
娘「そうだったっけ?ところでこのビル、なんなのかしら」
父「えーっと、ああ、下は銀行みたいだね(三井住友)。上半分は…、ああ、場外馬券売場だ。2階より上がJRAの施設なんだね」

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 刈谷駅前にあったらいいよね~、馬券発売所。競輪のサテライトだったらなおいいなあ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

R23から虹

2010年05月21日
 昨日の夕方、名古屋で見えた虹は凄かったですね。たまたま国道23号を走ってて拝むことができました。国道23号の南区浜田町交差点の前後だったと思います。

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 たまたま嫁が運転していて、僕は後部座席で寝ていたところ、嫁が「起きて!虹がすごいよ!」と叫ぶので、何事かと飛び起きました。寝起きで見た巨大な虹と空の色は、まるで夢の続きのように現実感がなく、一瞬ボー。

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 ウチの嫁は「明日はいいことがあるよ!」とはしゃいでいたのだが、実際のところは、嫁は茶臼山に取材に行き大渋滞にハマってぐったり、僕はPCからMDへの音源録音等(趣味です)がサッパリうまくいかずイライラしっぱなし、と、大変よろしくない一日でした。
 明日はいいことがあるさ!
(まさ)
名古屋雑 | Comments(3) | Trackback(0)

タウンサインの研究0026

2010年05月20日
 宮崎県が大変なことになってますね。10年ほど前に勤めていた出版社で「目で見る西都・児湯の100年」という宮崎県中部地域の歴史写真集を作ったことがあるのですが(思えば東海地方からわざわざ宮崎に出張して、宮崎でしか流通しない本を作るというのもブッ飛んだ話だ)、報道を見ていると、新富、高鍋、川南、都農といった、本書の取材でさんざん走り回った町の名前が出てます。取材で世話になった方にも酪農関係者がいたし、彼の地の窮状に胸の痛む思い。一日も早い鎮静化と産業の復興を祈るばかりです。
 
 話は変わりまして先日、1年ぶりくらいに旧下山村を通りかかったら、役場所在地だった大沼地区に、ゆる…?キャラが出現していて驚いた。

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 R301沿いにはカンバンが!

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 下山郵便局付近にはのぼりが!
 誰かに話を聞く時間はなかったので、ネットで少し情報を拾ったところによると、下山商工会と地元の村おこしグループ「こぼっち大沼」の企画らしい。
 旧下山村全体でなく、その中の大沼地区限定というところが少し意外です。豊田市の広域合併では、特に旧下山村、旧旭町、旧藤岡村のあたりの影が非常に薄くなってしまったような印象があったんですが、逆に旧自治体の縛りが取っ払われて。もっと狭い範囲での活動が顕在化する流れにでもなっているんでしょうか?
 しかし、ネットで見る限りでは情報発信がまだまだみたい。頑張ってほしいものです。

 で、このキャラっていったい何?と思って考えてみたら、どうやら大沼地区の山の上に立つ「大沼立志弘法」像がモチーフなのね。おお、知多だけでなく西三河山間部にも弘法大師の御利益が。

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 像自体は新しく昭和63年の造立。2.5mくらいでしょうか。観光向けにはちょっとアピール度が低い石像ですが、ヒマな方は一度参拝してみてもいいでしょう。ただ、下から弘法像の真下まで道が続いているけど、クルマで登ると大変な目にあうので(経験者は語る)、下の広場から歩いて登ってください。
 カンバンにある「大沼八十八か所」も行ってみたかったが…また次回。

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 ちなみに大沼の中心部はこんな感じ。三差路の角に残る下山郵便局旧局舎(S6~S47使用)が目印。
 そういえばこの旧局舎、現在の局舎が建て替え中だった平成6年に、一瞬だけ仮局舎として復活したことがあったなあ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

師崎グレイテストビューズ

2010年05月18日
 先に知多市にある大草城址の天守閣ふう展望台について書きましたが、その関連ネタ。
 先日、とある取材で師崎の羽豆岬&羽豆神社へ行きました。師崎へは飽きるほど行っているのに、岬と神社に足を踏み入れるのは初めて。だって、師崎港の駐車場が有料なんだもの…と思ったら、あそこって1時間無料だったんですね。もっと早く行っておけばよかった。
 その日は天気が悪かったので写真はイマイチですが、ここはたぶん、10人中9人は絶景票を投じてくれるポイントでしょう(選挙?)。

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 船の向こうに見えるのは伊良湖岬。う~ん、もう2年以上行ってない。
 羽豆岬は戦前からレジャースポットとして知られ、神社の社叢は国の天然記念物に指定されているという筋金入りの景勝地。遊歩道には休憩所や展望台も設けられています。

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 昭和29年築の休憩所。渋っ!A級景勝地にB級くささを醸しだす、このセミレトロ物件はたまらない。

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 そして昭和58年築の木製展望台。登ろうと思ったら…老朽化のため立ち入り禁止!
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0025

2010年05月17日
 ずーっと以前から、天白区の地下鉄原駅周辺で見られる街灯サインが気になっていたんですが、この間、ようやく撮影に成功しました(別に撮影に失敗し続けていたわけではないが)。

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 何が気になっていたかって。キャラクターが2種類いるのはなんでなんだ、と。

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 この子って、同一人物なんだろうか、と。
 原駅前商店街振興組合のサイトを読み解く限りでは、このキャラの名前は「ハラ坊」といい(桑田の嫁?)、平成9年に天白文化小劇場が開館したのを期に「ハラ坊もモーツアルトに一新、”音楽と遊ぶ街”として原駅タウンは生まれ変わりました」という…。幼児からいきなりモーツァルトへ!?
 町の発展とともにタウンキャラも成長するという一例でございました。

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 ハラ坊タウンからバリヒラ方面を望む。
(まさ)

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●□ お 知 ら せ □●
またアイツアーズ(産業観光)のブログを更新しました→●□
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

六年目

2010年05月16日
 先ほど、メルヘンな母から「月の上に星があるよ」と電話があった。空を眺めると、三日月お月さんの上に星がひとつ。ステキ、15日の夜も同じような組み合わせだったのかしらん。

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↑イスラムかトルコの国旗のよう。星は金星。下の写真は拡大版

 さて、昨日は六年目の結婚記念日でした。今年は名古屋名物を食べにいこうと話がまとまり、あつた蓬莱軒のひつまぶしを食べにいくことに。ワタシもダンナも名古屋のガイドブックに携わっていながら、実は蓬莱軒のひつまぶしを食べるのは初めて。ひつまぶしも楽しみだし、何より仕事抜きの久しぶりのデートにワクワク。普段から一緒にいることが多いのに、前日の夜からテンションが上がるのは不思議なもんです。
 ワタシたちには珍しくプランを立て、①蓬莱軒で昼食→②白鳥庭園でお茶→③熱田神宮参拝→④名古屋市美術館か木下サーカス→⑤カフェまたはバーで一杯⑥ステキな夜を過ごす、が最初の予定でしたが、着物の帯結びに手間取ったり、お茶室が貸切で入れなかったりと諸事情により、
 ①白鳥庭園を散策→②蓬莱軒で遅い昼食→③熱田神宮参拝→④チーズケーキを購入→⑤ジャズライブ→⑥疲れ果てて寝る、という予定外のスケジュールになりました。
 
 どんな一日を過ごしたのか淡々と記すと、 
あつた蓬莱軒は土日の予約ができず、13時に行ったら90分待ち。ただ、入口で受付を済ませた後は、指定された時間に行けばいいので、それまでの時間は自由に過ごせるからよかった。予定を変更して白鳥庭園に行く。茶室でゆっくりしようと早足で行ったのに貸切で入れなかったのは残念。庭園を散策したり写真を撮ったりして、空腹をまぎらわす。
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↑最初は軽快に歩けたが、徐々に足が痛くなる   ↑白鳥庭園でくつろぐ

 14時半に再び、蓬莱軒へ。店の中へ入った後も中のベンチで少し待つ。二階席に案内され、ひつまぶしの並と、ねのひの冷酒を注文して乾杯。酒のつまみを、「うまき」か、「肝わさ」か、「ウニのおろしポン酢」か決めかねているうちに、ひつまぶしが運ばれる(酒のつまみは、うまきに決定)。空きっ腹に酒を流し込んだせいで、二人ともほろ酔い。顔を真っ赤にしてひつまぶしを食べる。
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↑スーツ姿の男性が案内してくれる。うなぎが二段に入っているのが嬉しい

 蓬莱軒を出たのは3時半過ぎ。ひつまぶしは結構なボリュームで、お腹いっぱい。腹ごなしに熱田神宮へ向かい、参拝。記念におみくじを引こうよという話になるが、万が一「凶」が出たらシャレにならないとダンナ。それもそうだと納得して(正月に引いたおみくじは凶だった)、おみくじは止める。時刻は四時過ぎ。今から名古屋市美術館へ行っても仕方ないので、神宮駅近くのカフェ「tabicafe」に向かう。場所がわからず右往左往し、コンビニや珈琲豆屋さんに尋ねてやっと見つけたが貸切で入れず。慣れない草履を履いてきたせいで、足が痛くて歩くのが辛い。テンションが下がりそうになるが、熱田名物のきよめ餅を買い、ちょっと気分が晴れる。
 名城線で本山へ。地下鉄で休んだおかげで足の痛みがやわらぎ(ダンナは歩き疲れて爆睡)、再び歩く。本山でチーズケーキを買い、その後に行きたかったカフェ「ミル」に行く。が、あと20分で閉店だったので次回にする。時間は18時半。まだバーに行くのは早いよねぇと覚王山まで歩く。19時近くになり、もうそろそろバーに入ってもいいかと向かうが、どうも店が開いているようには見えない。悩んだ末、バーに行くのはもう少し遅くなってからにしようと再びテクテク歩くと、ジャズバー「スターアイズ」の看板を発見。ライブは19時30分から。窓越しに店内をのぞくと結構な人でにぎわっている。こういう時のダンナは決断がはやく、せっかくだから入ろうよと、中に入ることに。前の方の席が空いていて、ドラムが目の前で見られる場所に座った。
 演奏者は、向井滋春&ヤングパワーズメント。飲み物や食べ物が手につかないほど熱いライブで、とくにサックスの寺久保エレナという女の子が凄い。17歳なんて信じられない!
 二部まで聞いて、店を出たのは23時近く。慌てて地下鉄に乗って名古屋へ向かうも、最終の三河線には間に合わない。足が痛くてたまらなかったが我慢して自宅まで歩く。ダンナはタクシーに乗ろうと言ってくれたので、自分が悪い。足の痛みはピークに達し、喋るのも辛い。そんなワタシを怒ることもなじることもせず、歌ったり笑ったりして痛みをやわらげてくれる。
 結婚して6年。こんなワタシによく付き合ってくれるなぁと、しみじみ思った一日でした。

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↑久しぶりに買ったララハウスのチーズケーキ。  ↑ジャズバー、スターアイズ
 
(まり)
そのほか | Comments(3) | Trackback(0)

アウトオブ絶景本0002

2010年05月14日
 5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円)プロモーションシリーズ(詳細→●□)。行ってはみたけどボツにした展望スポットの救済(?)企画です。

 本書では知多半島のポイントを4か所取り上げております。その中でもっとも眺めがいいのは、名鉄常滑線西之口駅から1キロ弱の丘の上にある大野城跡(→●□)。天守閣風の展望台から眺める伊勢湾は、おそらく10人中8人は絶景と認めてくれるでしょう。
 実はこの大野城跡から北へわずか2キロのところに、もうひとつ天守閣風の展望台があります。それは知多市の大草公園。

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 知多四国69番慈光寺と70番時蔵寺の間にあり、大草城という城跡に整備されています。建造は昭和54年。
 大草城は、戦国時代末期のほんの一時期しか存在しなかった「幻の城」。というのも、堀、土塁、本丸&二之丸敷地まで作られて、あとは御殿を建てるだけ、というところで城主(織田長益)の移封により、そのまま廃城になってしまったからです。
 そんな城跡に史実にない天守閣風の展望台とは、ホント昭和後半の行政ってしょうもないものばかり作りますね。
 そういえば先日行った松阪で聞いた話では、大草の展望台が建設されたのとほぼ同じ時期に、江戸時代に台風で倒壊した天守閣を再建しようという話が出たけれど、賛否両論渦巻いた挙句、取りやめになったそうな。
 まあ、眺めがよければいいけど。

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 フェンス邪魔!
 大野城跡の展望台も見えるのだが…

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 こっちも邪魔!
 もっともフェンス以前に標高が低いので、大野城跡からの眺めとは比べものになりません。よって没。ただし、展望台の写真は昨年作った「知多巡礼紀行」のコラムに使用して、元は取っております。

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 展望台はこんなんだけど、城跡自体は城にあまり興味のない僕レベルが見ても、土塁や堀などの分かりやすい遺構がけっこう残っていて、それなりに面白い。
(まさ)

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鉄道でゆく東海絶景の旅
著者 内藤昌康
定価 1575円
発行 風媒社

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2010年版地図ガイド 知多四国巡礼
監修 知多四国霊場会(内藤は執筆・撮影・地図ディレクションを担当)
定価 1500円
発行 歴遊舎
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カンバンの手帖ブログ版0133

2010年05月13日
 その松阪における観光ポイントの中心地のひとつ、魚町で見つけた三味線屋のカンバン。

100513-1.jpg↑いつもの女性取材記者(ただの観光客)

 三味線屋が存在すること自体も凄いが、カンバンも粋!さすが松阪、こういうところにもそこはかとなく文化レベルの高さを漂わせています。
 あと、カンバンではなくて方角表示標識。近世松阪の文化を育んだ大商人です。

100513-2.jpg

 史跡とはいえバリバリ現役の大企業の縁故地を、こんなオフィシャル標識に記すとは…。それに天下の和田金が便乗するとは…。松阪、なんか凄いぞ。
(まさ)
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タウンサインの研究0024

2010年05月12日
 日曜日、とある取材で松阪へ。10数年前の一時期は頻繁に行っていた町なのですが、ここんとこ御無沙汰でした。今回は、松阪城跡と御城番屋敷、本町、魚町界隈の観光スポットへ。

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 昔、何しにちょくちょく来ていかというと、松阪競輪へ行っていたのでした。富山を除けば中部地区で一番離れた場所にあり、ちょっとした旅打ち気分に浸れるのが最大の魅力。当時の豊橋と双璧のオンボロスタンド&客の少なさも味わい深いく、実にシブい賭場でした。けど相性は最悪で、払い戻しに並んだ記憶がありません。もう10年以上行ってないなあ…。
 てなことはどうでもよくて、これまで松阪駅から松阪競輪場の道筋ぐらいしか通ったことがなく、観光地エリアはほぼ初めてです(御城番屋敷だけは一度来たことがある)。観光地エリアを外していても「なかなかいい雰囲気の町だな」と思っていたのに、要所はさすがに雰囲気も五割増し。風景からもそこはかとなく文化レベルの高さを漂わせているのは、さすが本居宣長を生んだ町、といったところでしょうか。
 で、そんな松阪で見かけたタウンサインあれこれ。

100512-2.jpg

 駅前通りの延長線上にある、新町のサイン。昭和40年代テイストの明朝体と、シブい色使いがナイスな一品。
 下地のデザインも何か意味があるのかと考えてみたら、これ、松阪のシンボル「駅鈴(えきれい)」を上から見た図じゃないかしら?

100512-5.jpg

 松阪駅前にあるコレのことですね。駅鈴がどういうものかは、各自ウィキか何かで調べてください。
 なんでも石見(島根県)の浜田藩主が、本居宣長に「源氏物語」を講義してもらった礼として、鈴のコレクターだった宣長に隠岐国の駅鈴をプレゼントしたという。
 これが本当に駅鈴をモチーフにしているのか知りませんが、もしそうだとしたら分かりにくい~。

100512-3.jpg

 駅鈴を分かりやすい形でモチーフにしているのは、本町。タウンサインというか、ただの反射材に駅鈴が描いてあるだけだが。

100512-4.jpg

 駅前通りと交差する「パティオひの街」は、青い縞模様のタウンフラッグ。見た時は特になんとも思わなかったのだが、あとから良く考えると、これって松阪木綿の柄のイメージ?う~ん、ちょっと分かりにくい~。
 どうでもいいけど松阪の「日野町」は、近江日野から移住してきた人の町なんだから、商店街の名前も「ひの」じゃなくて漢字にしないと意味ないんでは?
(まさ)

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鉄道でゆく東海絶景の旅
著者 内藤昌康
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アウトオブ絶景本0001

2010年05月10日
 5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円)プロモーションシリーズ(詳細→●□)。
 本書では82ヶ所の眺望ポイントを取り上げていますが、わざわざ撮影に行ったのにボツにした場所もけっこうあります。藤子不二雄Aの「まんが道」で、高校生の満賀と才野が手塚治虫邸を訪ねたとき、300ページで出版された「来るべき世界」が本当は1000ページ以上あることを知り衝撃を受けた、というシーンがありますが、あれと似たようなものです(ぜんぜん違います)。
 ボツにした理由は、ページの都合、眺めはいいけど写真にインパクトがない、駅から2キロ以上あって掲載条件にあわない、行ってはみたけど大した眺めではなかった、書くネタがなかった等々さまざま。いずれもマイナーなことに変わりはなく、今後何かに使われることはたぶんないでしょうし、もったいないのでここで紹介していきます。

 さて、本書では、豊橋近郊のスポットで岩屋観音を取り上げています。ここは東から豊橋平野を眺めるポイントですが、西にもポイントがあります。それは、愛知御津駅の西側にそびえる御津山。豊橋方面から列車に乗った場合、愛知御津駅を出てすぐ右手、中腹に「みと山荘」のカンバンが見える小山です。東三河でもかなりマイナーな部類の山でして、僕もこれまで一度も登ったことがありません。
 今回は、岩屋観音で豊橋平野が出てくるので、絵的にかぶりそうなので、取材リストから外しておきました。が、原稿も出そろって校正待ちのとき、どうにも気になったので行ってみることに。そしたら(僕としては)意外とよくて、どれかのページと差し替えようか悩んだんですが、今さらだったのでやめました。

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 愛知御津駅から山頂までは約1.5km。車道が通じているので難なく行けます。山頂は広場になっており、その一角に忠魂碑と、あまり利用されている感じがしない展望台があります。
 旧御津町時代に刊行された「みと歴史散歩」によると、ここはもともと大恩寺山と称されていたらしい(山麓にそういう寺がある)。戦時中には、豊川海軍工廠の防御のために3機の高射砲台が設置され、実際に米軍機を一機、撃ち落したこともあるらしい。
 展望台には、どういうつもりでデザインしたのか意図がよくわからない三角の屋根があり、その屋根の上からの眺めが、けっこうな絶景。

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 東方向を望む。もう少しズームを引くと豊橋外縁の平野の広がり具合が一望でき、東三河南部が農業地帯であることがよくわかります。

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 御津から小坂井にかけては、この地域の景観的特徴である花卉栽培のビニールハウス群が。夜に登れば、渥美名産の電照菊と同じような景色が見られるかも。ただ、昼間の山頂ですら人がいないのに、夜だとかなり気味悪そう。

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 西方向を望む。中央を横切るのは新幹線。タイミングがいいと、東海道本線との競演が見られます。
 ラグーナ蒲郡の横は、未開発のまま長期にわたり放置されている埋立地。無駄な公共事業の惨状も一目瞭然。御津の小学校は、遠足や授業でこういところを見せにくればいいのに(やってるかも)。

100510-3.jpg

 南方向には、三河湾の向こうに渥美半島の山なみ。蔵王山の山頂にも展望台があって、そちらも(そちらのほうが)絶景です。
 このシリーズ、散発的に続く。
(まさ)

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さらば日出屋酒店

2010年05月08日
 知立祭り見物のため知立神社に行く途中、久しぶりに旧東海道道筋を通りがかったら、本町でマンション建設工事が始まってて唖然。

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 以前、この一角にはこんな商店がありました。

100507-2.jpg
(2006.05.03撮影)

 日出屋という酒屋さんです。当時すでに廃業されていました。
 マンションになっちゃうのは仕方ないけれど、軒下に掲げられている見事な額型カンバンがどうなったのか非常に気になる。

100507-3.jpg

 3つのうち、左あるものは刈谷にあった広瀬という蔵元の「菊乃世」(→●□)。早く教えてくれりゃ、刈谷市郷土館に保存してもらえるよう知り合いの先生に話を付けたのに。刈谷市郷土館は割と館内スペースにゆとりがあるので、喜んでもらってくれたんじゃないだろうか。
 ちなみに右側は亀崎にあった伊東という蔵元の「敷嶋」(→●□)。こちらは今も、旧天埜酒造・現金しゃち酒造の隣に建物が残っております。こちらは半田の「国盛酒の文化館」に…って、あそこは中埜直営のミュージアムだから無理か。
 ここに限らずカンバン系の遺品は、業者やマニアが持ち去って死蔵したり売買したりするより、しっかりした場所で保管、公開してほしいものです(サミゾチカラさんみたいに一般公開してくれるならいいけど)。
 地元の教育委員会や文化財保護審議委員、資料館などがもっと早くに価値に気付いて、調査収集をしておくべきだったのですが、コレクターやバイヤーがこれほどはびこる今となっては、少なくとも愛知県に限れば時すでに遅し。
(まさ)

◎さらば知立の昭和遺産シリーズ
さらば麗人街→●□
さらばいとう温泉→●□
さらば第一劇場→●□
さらば知立庵→●□

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4年ぶりに知立祭り

2010年05月06日
 今年のGWは4年ぶりに知立祭りを見物してきました。ここ2年は仕事の絡みもあって知多の祭りばっかりだったし、地元に住んでてもなかなか行けないものです。
 以前手掛けた「西三河今昔写真集」(樹林舎)でお世話になった知立の先生から、1年ほど前「知立之山車文楽Ⅱ」という記念誌をいただいたこともあり(知立市内の書店で販売されてます)、たまには地元も行っておかねばと思い立った次第。

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(山車文楽奉納前の神事)

 そんなわけで、重原の家から歩いてやって来ました久々の知立神社。スケジュールなど何も確認せずに行ったら、ちょうど山車が集結し終わり、これからまさに文楽とからくりの奉納が始まるところでした。

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 西町のからくり「平治合戦」。天狗が空を飛んで人形の一体を連れ去るという、なかなかのアクロバティックさに観客から拍手喝采。場内のアナウンスによると、90年ぶりに復活した演目とのことで、通常は山車で演じるところを、山車のサイズの関係上、特設舞台での上演になったとか。

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 たまたまかぶりつきのポジションを確保できた、宝町の文楽「傾城阿波鳴門」。人形を操る黒子の手元や、義太夫を語る老師匠(女性)の熱演も間近で見ることができ、大変けっこうでした。「知立之山車文楽Ⅱ」によると、義太夫の師匠は80歳を越えており、中部地方の義太夫団体の重鎮とのこと。この方の芸はまた見たい!

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 境内は立錐の余地なし!ってほど大混雑。奉納文楽とからくりは2時から4時半まで5台ぶっ通しで行なわれ、全部見たいのはやまやまだが、熱中症で倒れそうになるくらい暑かったので、3つ見たところで帰宅。
 あと、今回目を引いたのは、中新町の山車の御神酒。

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 なんと、もと知立の地酒「御室桜」!
 この酒は、西町にあった竹内本家酒造場(→●□。跡地はたぶん古城公園裏のマンション)という蔵元の銘柄。竹内本家は昭和30年代か40年代か、かなり早い時期に酒造業をやめ、現在は安城の神杉酒造に銘柄が譲渡され、地域・店舗限定で販売されている。という話は聞いて知っていたのだが、実際に「御室桜」のラベルが貼られた一升瓶を見るのは初めて。
 ちなみに他の4台の御神酒はすべて「松竹梅」でした。
(まさ)

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著作および制作に関わった本が発売中です。よろしくお願いします。正文館書店知立八ツ田店では、郷土本コーナーにて並んで平積みしていただいています(偶然)。

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カンバンの手帖ブログ版0132

2010年05月04日
 一昨日の記事の続きで金曜日の話。
 歴史マニアの後輩Sと設楽原や長篠を回ったあと、Sがまだ行ったことがないというんで設楽町にある田峯(だみね)城址にも行ってみました。
 田峯城は中世に奥三河を支配した「山家三方衆」の一翼、菅沼氏の居城。段戸山系の山の上に築かれ、10年ちょっと前にその居館が復元されて見学施設になっております。

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 行ったら閉まってた。う~ん。

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 田峯集落は山頂付近にわずかの平地が開けており、城下に家々が点在しています。周囲から隔絶した山頂にある城と集落は、どこかミニ独立国の風情。宮崎駿がアニメの題材にしてもおかしくないような、独特の空気があります。
 勝手にキャッチコピーをつけるとすれば「奇跡のような集落」。何が奇跡かよくわかんないけど。とにかく、何回来てもその風景に感動してしまう、東三河で一番好きな集落です。
 続いて田峯のもうひとつの名所、田峯観音へ。2月に境内で催される地狂言で有名なところ。かつて田口線が走っていた頃は、その開催日に臨時列車と、田峯駅と観音を結ぶシャトルバスも運行されたほど賑わったとか。

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 ここは2年ぶりで、門前の駐車場の隅に立つ小ぶりな火の見櫓を取材に来て以来。健在で一安心です。

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 絶景&HINOMI。
 で、本題のカンバンですが、田峯観音脇の参道に、こんなのが立っています。

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 なんとこの集落では、宅地を分譲中!別荘ではなく、完全移住者のためのものです。
 5年前に田峯小学校を取材したとき地元の人に聞いた話ですが、この宅地の造成と分譲は、業者や行政ではなく田峯地区が主導で行なっています。きっかけは田峯小学校の存廃問題で、統合を阻止するためには人口を増やさねばならん、というシンプルな発想によるもの。このインディペンデンスな気風、さすがは田峯城下民の伝統(?)を引き継ぐ集落だ。
 取材当時はその事業が始まってまだ間もない頃で、地区のリーダーの方が「募集告知を誌上でできない?」というので、本編の小学校レポートの下に、脚注として載せたりしました。
 その時は正直、分譲地が埋まるとは思えなかったんですが、あれから5年、意外と売れて17区画のうちなんと残りは2区画に!凄いことです。
 田峯小学校も統合されないまま独立を保っているし、この先も田峯の皆さんには頑張ってほしいです。

 あとオマケ。田峯のあと定期チェックに行った三河田口駅跡の現況。

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 倒壊寸前ながらもしぶとく残っております。今年の台風あたりがヤマか。見たい人はお早めに。
 あまり意味はないけど変遷はこちら。
2009.09.09→●□
2008.02.14→●□
2003.08.06→●□
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

どこまで登れば絶景か?

2010年05月03日
 5/1に発売された拙著「鉄道でゆく東海絶景の旅」(風媒社/1575円)プロモーションシリーズ。(本書については5/1の記事をご覧下さい→●□

zekkei.jpg ←クリックすると大きく表示されます

 一昨日の記事で本書について、「タイトルは絶景だが、掲載物件はもう少し気軽に見に行けるレベルのポイント」と書きましたが、本を作るにあたっては、絶景とはなんぞや、ということをさんざん考えました。
 ヤフー辞書で調べてみると「絶景=すばらしい景色」となっています。ということは、自分さえ「こりゃすごい眺めだ!」と思えば、それはすなわち絶景ということになります。碧海台地の田園風景だって、渥美半島の丘陵地だって、別に絶景と言ったっていいわけです。
 しかし、本にするとなれば話は別。ある程度は、見た人に納得してもらえるレベルの景色でないといけません。碧海台地も渥美の丘陵地も、絶景と言って同意してくれる人はたぶんあまりいないでしょう。
 いろいろ考えた結果、僕の基準は以下のように落ち着きました。

1、ある程度高いところから見た景色
2、だだっ広い景色
3、何かがたくさん並んでいる(生えている景色)景色
4、美しい自然物
5、インパクトのある名所

 本書の掲載例でいうと、例えば2は鈴鹿市の鼓ヶ浦海岸から見た景色(→●□)あたりでしょうか(本書ではもっと絶景らしいッ写真を使っています)。そりゃ海だからだだっ広いのは当たり前ですが、わざわざ本書に掲載したのは「駅から2キロ以内」という大原則に合致したことに加え、文章を書けそうなバックボーンがあったからです。あとは荒野とかだけど、東海地方にそんなところはありません。
 3は、恵那市山岡の寒天乾燥場(→●□)とか、祖父江のギンナン畑(→●□)とか。桜並木や菜の花畑もこの範疇です。
 4は名峰や渓谷など。5は3や4とも被りますが、例えば二見浦の夫婦岩や、蒲郡の竹島など。飛騨一ノ宮駅前の臥龍桜のような一本桜の巨木もこの区分でしょうか。少しイレギュラーな例では、飯田線城西駅付近の「渡らずの鉄橋」のような、鉄道マニア限定名所も入れてみました。

 3~5の物件は、誰が見てもだいたい絶景と感じるんじゃないかと思います(2は微妙かな)。問題は1の「ある程度高いところから見た景色」です。
 この場合は自然景観というより、たとえば高層の展望台や都市近郊の低山などから見た町の景色のことなんですが、ある程度って、いったいどの程度なのか?
 本書を作成しながら、考えるほどに自分の絶景観に自信が持てなくなっていった僕は、豊橋在住の仕事仲間たちに「これは絶景か否か?」とリサーチしてみました。それが下のポイント。

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 これは、東海道本線二川駅の西にある岩屋観音から見た景色です。手前は豊橋市街、中央は三河湾、そのの向こうは蒲郡で、やたらと目立つ高層建築はホテル日航豊橋。
 岩屋観音は、湖西連峰の稜線が尽きるところの岩の上に立つ観音像で、標高はわずか70メートル。僕がここに初めて登ったのは4年ほど前ですが、豊橋の全景が見渡せる場所へこんなに簡単に登れるなんて!と、けっこう感動したものです。
 僕にとっては絶景ポイントなんだけど、生粋の東三河人たちはここからの眺めをどう思っているのか。その答えは一様に「絶景ではないと思う」。
 う~ん、そうかあ?けっこういい景色だと思うけど。

 そこで、岩屋観音からの眺めを絶景と感じない理由はなにか、と考えたところ、豊橋っ子のメンタリティに思い当たりました。
 豊橋人というのは、基本的に地元が大好き。しかし、地元のよさを自慢したり、外に発信したりということはあまりしてこず、誇りに思っているものでも「別に大したもんでもないでしょ」的な態度を示してきました。好意に解釈すれば、照れやさん?
 ちなみに隣接する遠州人は、なんのてらいもなく地元愛をアピールする傾向が強い印象があります。ウチの地元の美濃西部人は、どうも地元に対する執着があまりない感じ。西三河は…ってやってゆくとキリがない。
 つまり、岩屋観音から眺める地元の風景も、ホントは好きなんだけど豊橋人気質がそう言わせないんじゃないだろうか。そう思うことにして、本書に採用した次第。

 …いや、そういうことじゃなくて、僕が絶景と感じる眺望ポイントの高さの基準が、たぶんほかの人よりかなり低いラインなんだろう、ということです。なんで気質論になっちゃったんだ?
 実際のところ、岩屋観音からの眺めは公平に見てなかなかいいと思います。未訪の人はぜひ一度、登ってみてください。 

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 ちなみに東を見るとこんな感じ。画像の真ん中あたりが二川駅。奥には県境の丘陵地が広がっています。渋いぜ。
(まさ)
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さらば信玄病院

2010年05月02日
 一昨日、前に勤めていた会社の後輩Sと、館内がリニューアルされたばかりの新城市設楽原歴史資料館へ。いちおう取材です。僕は戦国時代にはほとんど興味がないのだが、彼は歴史マニア。こういう人の案内がないと展示物も史跡もどれが重要なのかよく分からないので、助かった。
 で、観覧後、資料館のすぐ東を通る旧伊那街道をウロウロしていたら、こんなマイナーな場所に新しい住宅地が出現していてびっくり。

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 以前ここには、こんな木造二階建ての立派な旧病院建築がありました。

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(2003.08.08撮影)

 その名も信玄病院です。
 歴史マニアにはたまならない名称のこの病院、以前「国道151号。151話。」(春夏秋冬叢書)→●□というマニアックな本を作ったときに調べたところ、創立は不明ですが、戦前にはなかなか繁盛したとか。最盛期に病院長だった牧野文斎という人は、たいそうな資産家でかつ郷土愛にあふれた人物だったようで、設楽原古戦場に点在する史跡のあちこちに、石碑を立てまくりました。それらの多くは今も残っています。
 この界隈の地名も、そのものズバリ、信玄。昔は新間(しんげん)という地名だったのですが、近くに信玄塚(信玄の墓ではなく、設楽原で戦死した人たちの墓)もあることだからと、文斎爺さんが「新間」を「信玄」の字に変えてしまったらしい。真偽は定かでないですが、歴史マニアで土地の名士ならやりかねません。正直、やりすぎ感が…。

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 撮影当時、建物にはこんなプレートがあったり、

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 こんな人形が窓辺に置かれてたりしました。
 いつも言ってることですが、こういう建物こそ文化財に…って、病院じゃさすがに無理ですね。門柱がモニュメントとして残されているだけでもよしとせねば。

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(織田信長が本陣を置いた茶臼山の裏あたり)

 このあたりでは最近、国道151号のバイパスがようやく全通したり、第二東名の建設工事が進んだりと、何かと景観に変化が見られます。同行のSは「史跡が台無しだ」と怒ってましたが、僕としては、設楽ダムよりはいいんじゃないか、と。
(まさ)
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ナイスな景色を巡る本

2010年05月01日
 突然ですが新刊のお知らせ。完全自作としては「火の見櫓暮情」以来2年ぶりとなる著書、「鉄道でゆく東海絶景の旅」(1500円+税)が、名古屋の風媒社より発売されます。今日あたりから順次、書店に並ぶそうです。

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 08年の秋に版元より「鉄道の絡む景色モノで何か一冊」というオーダーがあり、1年かけてまとめました。本書のテーマは「駅から約2キロ=徒歩30分以内にある眺望スポットのガイドブック」です。
 たとえば上高地とか、奥飛騨とか、南アルプスといった本格的な絶景スポットは、時間と交通費と体力をかけなければ見にいけません。しかし本書で扱っているのは、そういったメジャーな場所ではなく、途中下車してブラブラ散策していたら「あらこんなところに意外といい景色があるのね!」というようなポイントが中心です。
 タイトルはややオオゲサに「絶景」としていますが、著者の感覚ではもうちょいライトな感じで「ナイス景色」、略して「ナイ景」(別に略す必要はないが)といったところ。「駅近ナイ景」「お手軽ナイ景」でもいいです。とにかく、気軽に下車して気軽に見に行ける、気軽なポイントが満載です。
 超絶風景を求める方向けには良著がたくさん出ていますのでそれらを探していただくとして、こちらは「今までとはちょっと目線を変えた鉄道旅行をしてみたい」という方にご購入いただければと思います。

 掲載ポイントの一例。駅の近くから富士山の見える場所で僕がもっとも好きな場所、島田市金谷の牧之原公園からの眺めです。

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(2009.01.16撮影)

 真ん中は大井川で、上が島田市街、下が金谷。右端を斜めに横切るのはJR東海道本線の大井川橋梁で、列車は写っていませんが下部に大井川鉄道が走っています。
 駅からずいぶん離れているように思えるけど、この場所は東海道本線金谷駅からたった1.6km。ダラダラ続く坂道(R473)を歩いて30分弱でこの風景に出会えます。

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 富士山を入れた鉄道写真が撮りたい人には、金谷駅の浜松寄りにあるトンネルの上を通るR473から狙うのがオススメ。
 そして火の見櫓を入れた富士山写真が撮りたい人には、金谷駅のそばに例によってHINOMIが!

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 …あったんですけど、今年の初めに再訪したら撤去されてました。って、こんなマニアックな写真は本書に載せてませんが。

 そんなわけで「鉄道でゆく東海絶景の旅」(内藤昌康・著/1500円+税/風媒社)、ひとつよろしくお願いします。
(まさ)
遠州雑 | Comments(6) | Trackback(0)
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