ウラシマニアック

2010年01月31日
 名鉄河和線で廃止された駅といえばもうひとつ、知多武豊-富貴間に、浦島駅というのがありました。

100131-1.jpg

 昭和8年開業、昭和19年休止、復活しないまま昭和44年正式廃止と、履歴は先の時志駅とほぼ同じです。知多武豊まで1.5キロ、富貴まで1キロと、いずれの方向にも至近。ホームなどの遺構は全く残っていません。

100131-2.jpg

 駅のすぐ南を古道が斜めに横切っていましたが、現在では写真の通り寸断されています。この道は、知多四国24番札所徳正寺から25番札所圓観寺へのルート、いわゆる「弘法道」でもあります。
 駅の所在地は、武豊町東大高。なぜ「浦島」と名乗っているかといえば、このあたりは浦島太郎伝説の地なのです。東大高のうち国道247号ぞいの小集落を「浦之島」といいますが、地名に則した駅名というより、たぶん「あやかり駅名」でしょう。
 駅の遺構は何もないものの、駅跡の東西には浦島太郎伝説にちなんだものが点在しています。

100131-3.jpg 100131-4.jpg

 駅の西側にある真楽寺(直伝弘法29番札所)には、「浦島太郎が助けたカメの墓石」なる石が。マジで!?まあ、カメごときの墓石だからこんなもんか、と思えなくもないが…。

100131-5.jpg

 駅の東側に鎮座する知里付神社の境内社、浦島社。知里付神社には、浦島太郎が竜宮城から持ち帰ったという「あけずの箱」が社宝として伝わっているらしい。この箱の蓋を開けたら、おじいさんではなく犬になってしまうんだそうな(ウソ)。

081206-2.jpg 「元に戻してくれ!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 武豊では数年前、浦島伝説の地が一堂に会した「浦島伝説交流サミット」が開催されたり、史跡案内板を竜宮城の形にしてみたりと、いろいろやってるようです。しかし、浦島太郎で町が盛り上がってる風にはあんまり見えないけど…。昔話で町おこしは、やはり厳しいか。
(まさ)
スポンサーサイト
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

時に志す

2010年01月29日
 小野浦のほかで知多半島のマニアックな駅遺構といえば、名鉄河和線の廃駅、時志駅跡があります。

100129-1.jpg

 河和口からわずか300メートルほど終点寄りにあった駅で、河和線全通の昭和10年に開業、戦時中に休止され、戦後復活することなく昭和44年に正式廃止。いまだにホームの残骸が残っております。
 駅間距離的にも集落規模的にも存在意義があまり見出せないのですが、おそらくここから1キロほど南にある徳川家ゆかりの古刹、時志観音影現寺へのアクセス駅として機能していた…んじゃないかと。

100129-2.jpg

 時志駅跡付近は、河和線で海が見えるほとんど唯一のポイントです。ソフトバンクのCMのように、桂浜を散策する気分で海岸散策&駅跡探索なんていかがでしょう(なんの宣伝?)。

081206-2.jpg 「まだ寒い!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

小野浦を騙るなかれ

2010年01月27日
 知多半島で出しそびれていたネタ。去年の3月に回ったときに拾った話題です。
 野間の外れの細目という集落に、知多四国49番札所の吉祥寺という寺があります。この寺から奥へ進むと谷あいのどん詰まりなんですが、何にもないその奥に突如、コンクリートの建造物が現れます。

100126-4.jpg

 名鉄知多新線の野間-内海間に設置される予定だった駅の遺構です。鉄道マニアの間ではけっこう有名な「廃墟」ですね。周辺を宅地開発する予定だったらしいんですが、辺鄙な場所が災いしてか頓挫してしまい、駅施設が作られながらも放置されてしまいました。なお、階段があってホームまで登れますが、「進入禁止」となってたのでいちおう自主規制。
 ひとつ疑問なのが、ネットで検索しても書籍を見ても、仮の駅名が「小野浦駅」となっていること。この場所は美浜町野間の細目地区。小野浦は山の向こう側の集落名で、駅予定地からダイレクトで小野浦に行く道はありません。なぜこれを「細目駅」といわずに「小野浦駅」と呼んでいるのか?言いだしっぺは誰なんだ?出典を知っている人がいたら教えてください。

081206-2.jpg 「どっちでもいいだろ!」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

100126-5.jpg

 こちらは隣の野間駅。構造的にはほぼ同じ。
(まさ)

----------------------------------
(2016.01.11追記)
 地元の方の話によると、細目集落から駅前を経て小野浦に抜ける道が通じる予定だったとのこと。駅名を小野浦にする予定だったのは海水浴場として知名度が高いからで、名鉄の意向だったそうな。また宅地化については、確かに話はあったけどすぐさま潰えた、と。
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

初地蔵

2010年01月25日
 土曜日の岐阜近郊は天気が悪かったので、翌日曜日、羽島を再訪して美濃路沿道の史跡を再撮影。尾西大橋から美濃路に入り、木曽川堤防に近い正木町大浦というところに差し掛かると、昨日なかった幟が道沿いにずらり。

100125-1.jpg

 何事かと思って幟を辿ってゆくと、路傍にある小さな地蔵堂の初縁日でした。

100125-2.jpg

 これだけ幟が並んでいると「どんだけ盛大な祭りなんだ!」と思ってしまうが、かなりささやか。まあそれでも、御堂はけっこう立派で、水郷地帯らしく水屋造り(下部に石垣が)なっている点は注目です。
 すぐ脇の倉庫で地元の皆さんが縁日の宴会を開いておられ、そこで聞いた話。願いがなんでも叶うと評判のお地蔵さんで、建立は弘化4年(1847)。当初は野ざらしだったのだが、明治のころ村の人が「商売が成功したら御堂を建てて差し上げる」と願掛けし、願い叶って建てたのだそうな。総欅作りで、軒下には龍の彫刻もあります。

100125-3.jpg

 お供えに、山と詰まれたバナナ。

100125-4.jpg 「オッホッホ、苦しゅうない」←いかにもそんなこと言いそうな顔

081206-2.jpg 「私にもくれ」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

知立から羽島へ

2010年01月24日
 えー、別に引越しするわけではありません。
 昨日は、某紙の取材で羽島に行き、羽島市歴史民俗資料館+羽島市映画資料館(同一施設)の名誉館長N先生の同行で、羽島市内を通る美濃路を走破。取材後、先生の案内で資料館を見学させてもらいました。ここはもと映画館の敷地に作られた施設で、パッと見はごく一般的な民俗資料館なんですが、映画ポスターや映写機などの資料展示コーナーがあり、頻繁に映画会も催している、往年の映画ファンには堪らない施設となっております。
 で、展示を見てたら、ずらっと並ぶ映写機の中に意外なものを発見。

100124-1.jpg

 なんとこれ、知立に平成の初め頃まであった映画館「第一劇場」(→●□)で使われていた映写機!

090314-2.jpg
(2006.05.25撮影)

 といっても知立生まれでない僕は、第一劇場の思い出はなにひとつありませんが…。古くからの知立市民の皆さんは、ぜひ一度羽島に行かれることをおすすめします。

 あと、N先生オススメの新着展示がこちら。

100124-2.jpg

 昭和三十年代の東芝製全自動洗濯機。市内の旧家から寄贈されたものだそうで、何が凄いかって、木枠に梱包されたまま未使用状態で出てきて(しかも取説・洗剤付き)、非常に状態がいいといいうこと。今でも通用しそうなかわいいデザインです。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ためして粥占い

2010年01月22日
 すでに一週間前になっちゃいましたが、先週木曜日の夜、大野谷虫供養の大興寺道場を再訪してきました。年頭に行った際(→●□)「14日(最終日前日)におためしがあるので、それもぜひ見に来て」と言われたので。
 「おためし」は、今年の農作物の出来不出来を占う行事です。熱田神宮にも5月におためし占いがあり(別名「花のとう)、神事の一種かと思っていたのだが、虫供養は神社とは関係なく、地元の人だけで行なわれます。
 そんなわけで夜8時、やって来ました大興寺道場。

100122-1.jpg

 日中には気が付かなかった「虫」の電飾が!
 中に入ると背広を着た地元の人たちがズラリ。時間が来るとおもむろに般若心経が始まります。

100122-2.jpg

 これが、いつ果てるとも知れぬ、って感じのエンドレス状態。さすがにただ聞いてるだけでは飽きてくるので、一緒になって唱えてみたり。
 十回ぐらい繰り返したところで、念仏をBGMに占いがスタート。

100122-7.jpg100122-3.jpg
100122-4.jpg

 ここでの占い方法は、仏前に据え置かれた釜でおかゆを炊き、その中に細い竹の筒を入れ、頃合を見計らって取り出し、中に入った米粒の具合によって、その品目の良し悪しを判断する、というもの。見たことはないけど豊橋の石巻神社で、ほぼ同じ手順の「管粥(かんかゆ)神事」というのがあり、愛知県ではポピュラー(?)なやり方なんだろうか。
 占いの対象は、綿・蜜柑・蕗・馬鈴薯・甘藷・小豆・大豆・小麦・大麦・晩生稲・中生稲・早生稲の12種類。この間、特に目だった所作などはなく、念仏が続くなか淡々と占いが続き、司会者が「馬鈴薯は、上です」「大豆は中の下です」と発表し、それを一覧表に書き込んでゆきます。

100122-5.jpg

 占いが進むうちにギャラリーも続々参集し、最後の早生稲の占いの頃には、老若男女、いやほとんど老男女で道場はぎっしり。なんでも、隣の公民館で今晩カラオケ大会があり(いちおう虫供養行事の一環らしいが…)、それを終えた人たちがやって来たのだった。
 で、最後に「早生稲は、特上です」の結果発表があると、会場全体が「おぉ~」というどよめきとともに、拍手喝采!う~ん、アガるぜ。これが「中の下」だったらテンション下がりそうだ。

100122-6.jpg

 でもって最後はおかゆのふるまい。これがまた、いい具合に炊きあがってて、なかなかうまい。お帰りの際には、おはぎ2個パックも配られました。

 この占い、全て地元民の手で行なわれるので、なんとも言えない味がありました。般若心経を唱える宗派じゃない参加者が多いのか、念仏もけっこうバラバラだったのもご愛嬌というか。神事だともう少し厳粛な雰囲気なのかもしれないけど、結果がどうこういうより、農閑期における一種のアトラクション的な意味で続いてきたんじゃないかな、と。やっぱり占いは盛りあがるからね。
 いや~、それにしても、今回もシブかった。
(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

上重原サディスティック

2010年01月19日
 いろいろネタはあるんですが、とてもブログなんぞやってる余裕がありません。う~ん。気分転換にどうでもいい写真を。
 鉄道のS字と言えば、飯田線城西-向市場間の鉄橋が有名ですが、ウチの近所を走る名鉄三河線重原駅前後では、下の様な見事なS字カーブが見られます。

100119-1.jpg

 近年売れる本といえば鉄道モノばかりで、それももうボチボチ下火になりそうな気がしますが、ブームが終わる前に「鉄道カーブ写真集」とか「鉄道直線写真集」とか、線路の形にこだわった本なんてダメかな?ダメですねやっぱ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ローカルフードミクスチャー

2010年01月16日
 先週、大正村に取材に行った際、物販・飲食店の浪漫亭で、明智のローカル製麺所「土田金商店」の商品を見つけた。

100116-1.jpg

 左から、ラーメン、うどん、きしめんのラインナップ。う~む、ラーメンとはシブい。どのくらいの範囲に流通しているんだろうか?で、安いのでとりあえず全部購入して、今日の昼にラーメンを作って食べてみました。乾麺の味をどう表現していいかよくわからないけど、喉ごしがよい?舌触りがよい?まあとにかく、けっこう美味かった。

100116-2.jpg

 スープは2種類。ひとつは麺と並べて売られていたラーメンスープの素のしょうゆ味の小袋を使用。これは半田にある「大和食品工業」という、スープやタレの専門メーカー製です。これまた存在がシブい。知多は調味料系ならなんでも揃ってるなあ。
 もうひとつは、札幌にある「ベル食品」というメーカーの、ラーメンスープの素の塩味。去年の夏に北海道へ行った際、帯広のスーパーで嫁がデザインに惹かれて購入したもので、小ぶりな缶の中にペースト状のスープの素が入ってます。

100116-3.jpg

 アイヌ風?なんか知らんが不思議な生き物が…。
 いやしかし、いろんなメーカーがあるものだ。
(まさ)
食べもの | Comments(0) | Trackback(0)

ボーン・イン・ザ・TCH

2010年01月15日
 用事があってToyohashi City Hall、すなわち豊橋市役所へ行ったら、エントランスロビーにこんなものが飾ってあった。

100115-1.jpg

 市内から出土した牛川人の骨(のレプリカ)!そりゃ豊橋が誇る文化財かもしれんが、市役所の玄関に人骨って!しかも向かいには受付嬢のブースがあって、彼女らは常にこれを視界に入れながら仕事をしてる。
 クレイジーなセンスの役所だよ…。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0008

2010年01月14日
 日曜日は吉原のほか、3年ぶりぐらいに由比にも行ってみました。薩埵峠からの富士山を撮りに行っただけで(いちおう仕事)、町は車で通り抜けただけですが。
 由比といえば桜えび。ってことで、由比駅前に設けられたタウンアーチも桜えび。海老反り。

100114-1.jpg

 すげえリアルだ。ゆるキャラじゃないところがいいですね。紅白の水引はなんだかよくわかりませんが…。桜えびって縁起物だったのか?
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

平成22年初富士

2010年01月13日
 いろいろやることがあって頭がパンク寸前の状態です。嫁は先週「ぎっくり背中」?なる筋肉痛のハードなヤツになっちゃうし。
 そんなわけであまり書き物をする気が起きないんですが、とりあえず日曜日に撮影した富士山の写真だけでも。東海道本線吉原駅南口から徒歩5分、田子の浦港そばにある「富士と港の見える公園」というところから眺めたものです。

100113-1.jpg

 富士山の眺望ポイントにはあちこち行きましたが、ここはかなり地味度が高い!殺風景な港や製紙工場の煙突がまたなんとも…。
 岳南の工場地帯の雰囲気は、好きなんですけどね。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

白一色

2010年01月08日
 本日、岐阜県内のみで配布されている中古車無料情報誌の取材で山岡・明智方面へ。この時期の山岡といえば細寒天の乾燥が盛り。朝から出かけて、2年ぶりに乾燥風景を眺めましたが、これはいつ見ても圧巻です。

100108-1.jpg

 午後には撤収作業にも遭遇。

100108-2.jpg

 以前、アイツアーズのブログに書いた山岡細寒天の話はこちら(→1●□、2●□)。
 しかし白一色と書くと、大学時代、先輩に緑一色を振り込んだことを思い出す。って、全く同じフレーズを半田・矢勝川の彼岸花について書いた時にも使いましたが…。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

大野谷の虫供養

2010年01月07日
 大井のシブい行事を見たあと、各所に寄道しながら北上していくと、知多市南部の大興寺集落でこんな幟に出くわした。

100107-1.jpg

 知多半島各地の農村で行なわれている伝統行事、虫供養です。田畑で殺した虫を供養し、五穀豊穣を祈るもの。
 昨秋に見た阿久比の虫供養(→●□)をはじめ、だいたい稲の刈り入れが終わった9月にやるんですが、大野谷地区の開催はなぜか冬で、しかも12/15~1/15まで年またぎの一ヶ月開催。13集落の持ち回りで、今年は大興寺集落が当番らしい。せっかくなんで、掛け軸を祀り、皆で念仏を唱える「道場」に寄ってみました。昨年の阿久比谷坂部は神社の境内が「道場」になっていましたが、大興寺地区では仮設のプレハブ小屋です。

100107-2.jpg

 行ってびっくり、しまじろう!?県指定文化財なのに!?う~む…。小さい子がこういう地元の行事に興味を持つかもしれないから、まあいいか。
 
100107-3.jpg

 中に入ると、少し前に念仏が終わったばかりのようで、当番と接待の人しかいませんでした。来るのがちょっと遅かった。一番奥に、阿弥陀如来を中心として19の掛け軸が並んでいます。
 もらったパンフレットによると、大野谷の虫供養は、戦国時代に大野城が落城したとき、城主佐治与九郎の嫁が佐治家の守り本尊である阿弥陀如来の掛け軸を持って城を脱出、その途中、「つぼけ」(刈り取った藁を積み上げたもの)にその掛け軸を隠し、それを大興寺地区の土井という人が発見して祀るようになった…とか。
 この行事、突っこんで調べてゆくと奥がかなり深そうだが、通りすがりに立ち寄っただけなので、この程度の記述ですいません。期間中、行けたらもう一回、念仏を唱えているときに見に行く予定。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

海に向かって撒け!

2010年01月06日
 昨日は知多半島に強風が吹き荒れる中、南知多町大井で行なわれた「恵比須・大黒祈願祭」というシブい行事を見物に行ってきました。昨年制作に関わった「知多巡礼紀行」(樹林舎)の、落穂拾い取材の一環です。地区に祀られている恵比須さんと大黒さんに一年の商売繁盛や家内安全などを願うもので、知多四国32番宝乗院の住職が祈祷をするというので。
 行事は、まず漁港そばの「大日山」に祀られた恵比須さんで御祈祷。そののち、恵比須さん下で餅まき。これが終わると、大井小学校の近くに祀られた大黒さんへゾロゾロと移動し、ここでも御祈祷&餅まきして終了。祭り好きやアマチュアカメラマンがわざわざ見に来るような、派手な祭りではありません。警備に来ていた駐在さんに取材に来た旨話すと、「エッ、これを!?」と驚かれる有様。

101006-1.jpg

 小山の中腹に祀られた恵比須さんで、坊さんと奉賛会の代表者によって祈祷。この写真では見えにくいですが、祠の軒には神饌の魚が吊り下げられています。ちなみにお供えの酒は知多の地酒ではなく、月桂冠。

101006-2.jpg

 祈祷が終わると、坊さんと揃いの法被を着た奉賛会メンバーが、山の斜面にズラッと並んで、下で待ち構える地元の人々(婆さんと子どもが中心)に向かって餅を撒く!後ろには光きらめく大井漁港、おお、絶景。
 ていうか、餅まきにはちょくちょく出くわすけど、こんな高いところから餅をまく光景は見たことがないぞ。下で待ってると、撒かれるというより降ってくるという感じなんじゃないか。

101006-3.jpg

 山車祭りで荷物運搬に使うような台車に道具を積んで、大黒さんへ移動(大井に山車祭りはないので、この行事専用のもの)。古いラジカセから流れるよくわからない音楽に合わせて、年季の入った平太鼓を打ちながら行列が進みます。時間の都合で大黒さんまでは見に行けず、取材はここまで。
 いや~、新年早々シブい。去年はハデな山車祭りをやたらと見に行ったけど、今年はよりシブい行事方向へシフトしそう。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

金持ちツープラトン

2010年01月05日
 「遠州に住んだことがない人の中で、遠州が日本一好きな男」を自称する私ですが、さすがに正月は岐阜の実家にいることが多く、遠州で新年を迎えた経験はありません。ところが今年は先日の記事にも書いたとおり、福田海岸で初日の出の取材(正確には嫁の取材に同行)があったもんですから、遠州の正月風景を満喫できるという幸福なことに。あー幸せ。遠州バンザイ。
 初日の出のあと、福田の隣り町の横須賀にある三熊野神社(9月に嫁がここの祭りの取材に行った)に軽く参拝。ここは地元の人しかいなかったのでメジャーどころにも行こうと、続いて向かった先が袋井市の可睡斎。遠州三山のひとつに数えられ、家康ともゆかりの深い古刹です。ちなみに遠州三山は、同じ袋井市にある法多山尊永寺と油山寺ですが、法多山は年末に、油山寺は11月にそれぞれ取材で来ており、残りの一つに行っておこうと考えた次第。

101005-1.jpg

 学生のとき以来18年ぶりにやって来ました可睡斎。どんな寺だったかほとんど覚えていないので、ほとんど初めてのような気分です。まあ大雑把にいうと、いい感じの禅寺。大雑把すぎるか。
 例によって、参拝しながら境内の石モノの寄進者名などを観察してたら、石灯籠にアノ人の名が。

101005-2.jpg

 知多四国の札所寺院をはじめ、尾張のあらゆる寺に香炉台や標柱などを寄進しまくった名古屋の米商人、伊藤萬蔵だ!この人に関してはこちらを参照(→●□)。しかしこんなところで出会うとは、縁起がいいのか、何かの示唆か。

101005-3.jpg

 これと対になる石灯籠には「名古屋市玉屋町 時計商 長谷川與吉」と刻まれていました。どこかで聞いたことのある名前だなあと思って調べてみたら、近代名古屋における時計産業の重鎮だった。今も小売専業の「長谷川時計舗」(明治14年創業)として店は続いているようで、建立時期からするとここの二代目らしい。
 
 そんなわけで、近代名古屋の2大富豪、マンゾー&ヨキチの豪華競演に図らずも遭遇でき、あー幸せ、ということではなく、なんか今年もチマチマしたネタ拾いが続く予感が…。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

謹賀新年2010

2010年01月03日
 明けましておめでとうございます。

           101003-2.jpg
           (磐田市・福田海岸の初日の出)

 今年はなんと1日午前5時半から、遠州・磐田市の福田海岸にて催された「初日の出大会」の取材でスタート。静岡県なのに時折小雪がちらつく寒さのなか凍えそうになりながら、昇る朝日を拝みました。正月の日の出はやはり感動的で、今年も(こそは?)頑張るぞ!と実に単純に決意を新たにさせてくれます。
 1日は、せっかく遠州にいるからと、横須賀・三熊野神社→袋井・可睡斎→森町・小国神社と初詣のハシゴ。2日は揖斐川町の実家に戻り毎年定番の谷汲さん参り。でもって本日は大垣・赤坂の金生山こくぞうさん参りと、毎日お参りしてました。いったい何をそんなに願うことがあるというのだろう…。
 そんなわけで、本年もよろしくお願いします。
(まさ&まり)
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)
 | HOME |