白砂青松の見本

2009年12月30日
 本日は競輪グランプリ。僕は豊橋場外で観てました。万車券の3連単で当てたんだけど、押さえだったのでトータルするとたった数千円しか浮かないし(僕の本線は加藤=海老根-全流しで20万コース狙い)、応援していた永井清史-加藤慎平の岐阜ラインは、前取って抑えられて8・9番手に後退してまったく見せ場がないし、車券は当てたのになんか気分が盛り下がる。永井の野郎、僕が買わないときだけ好走して、買ってるときは凡走するんだよなあ。
 どうにも釈然としないので、豊橋の期待の星・深谷知広(S2・96期)が斡旋されてる豊橋の正月開催でリベンジしようかしら…。

 ところで昨日、志摩方面へ珍しく電車で取材に行き、その帰り、ふらっと鈴鹿市の鼓ヶ浦海岸に寄ってみました。四日市から南の海岸はこれまでほとんどノーマークのエリアで、そんなに興味を引かれることもなかったのだけど、電車の中で地図を見てたら、なんとなく鼓ヶ浦がよさそうなところに思えたので、衝動的に下車。昔はよく、地図だけで目星を付けて途中下車してみるという旅をよくしてたなあ、とか思い出して。
 そしたら、これが意外にいい海岸。まだカンは鈍ってないようだぞ。

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 まず、駅がよかった。石段や木の柱やレンガなど、昔の風情を残した味わい深い駅舎です。近鉄の幹線にもまだこういう駅舎が残っていたとは驚き。

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 海岸に行くと、見事な松林が2キロくらいも広がっており、これまた驚き。松林の中には「海の家」やシャワー、遊具なんかがあって、いかにも昔の海水浴場という感じ。古写真でしか見たことがない碧南の新須磨とか玉津浦って、こんな感じだったんだろうなあ。夏に来ねば。

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 でもって海の向こうには知多の丘陵とセントレア。普段走り回っている地域をこういうふうに眺めるのは、けっこう新鮮です。
 このあと白子まで歩いたんだが、白子の町並みもまたいい風情。今月始めに行った菰野といい、鈴鹿・四日市周辺はなかなか侮れない。
 そんなこんなで、今年はよく三重県に行きました(ブログに書いた場所以外にもいろいろ行ってる)。これほど三重に行った年はたぶん初めて。三重はいい。三重バンザイ。

081206-3.jpg 「オイ、それは本心なのか?」
(知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 それにしても、永井と加藤なあ…。グランプリ'10でリベンジしてくれよ。
(まさ)
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タク停

2009年12月28日
 かつて、納屋橋東詰の旧伊藤商会ビルの向かいに、こういうものが立っていました。

091228-1.jpg (2004.05.18撮影)

 バス停ならぬタクシー停留所、いや、タクシー乗降所のポール。赤字・青字のツートンがなんかいい味わい。もっとも、ここにタクシーが停まっていたり、タクシー待ちをしている人を見たことがありませんでしたが。
 確かこの翌年、知らないうちに撤去されてしまったんだが、先日、生まれて初めて名古屋城に行ったら(とても元ガイドブック編集者とは思えない発言!)、正門前にこれと同じものを発見。

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 生きて使われているというのは素晴らしいことだ。

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 でもって、初めての名古屋城。デカい。ここ一年、いろいろな天守閣に登ってみたけど、さすが真打って感じですね。ここの感想は以上。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(0) | Trackback(0)

さらば知立庵

2009年12月27日
 夕方、乗換えで知立駅に降り立ったら、ホームにある立ち食いソバ屋兼立ち飲み屋が上り・下り両方とも店閉まいしてて、愕然。

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 おととい(12/25)閉店とは…。てことは今日の有馬記念、ウィンズ帰りに飲みそびれた人も多かった…かな?
 しかし、また一歩、高架化に近づいたという感じで悲しい。名鉄全駅のなかでもっとも昔の駅風情が残るいい駅なのに、魅力が殺がれてゆくなあ。大あんまきの藤田屋は撤退しないでほしいもんです。

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(2008.02.13撮影)

 ありし日の名古屋方面の店。ここのフライドポテトが意外と美味くて好きだったんだけど。

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(2008.02.21撮影)

 同じくありし日の豊橋方面の店。右端に見える「清酒カミスギ」(→●□)のカンバンが効いています。これも捨てられるのか。
 ところで、名古屋方面は「知立庵」という店名だったんだけど、豊橋方面は結局、なんという店名だったのか?
(まさ)

◎さらば知立の昭和遺産シリーズ
さらば麗人街→●□
さらばいとう温泉→●□
さらば第一劇場→●□
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カンバンの手帖ブログ版0122

2009年12月26日
 少し前、実家から25分ぐらいのところにある「こくぞうさん」こと明星輪寺(大垣市赤坂町・金生山山頂)に行ってみたら、掲示前の手製ポスターが大量に置いてあった。ポスターというか、ダンボールの下地にビニールヒモつきで、もう立派なカンバンなんですが。

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 貼っといて!だって。よく電柱とか軒先にぶら下げてあるのを見るけど、まさかこんなふうに協力を求めているとは思わなかった。

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 こくぞうさんへはJR美濃赤坂駅から20分くらいで登れますが、ポスターの左に書かれたアクセスを見ると、JRで来る人のことは想定されていませんね。僕が高校の頃は、近鉄バスの赤坂線は確か15~20分に1本くらい走っていたが、今はどうなんだろう?

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 ちなみにこれが、こくぞうさんのある金生山。いつ山が消滅するのか、子どもの頃から気になってたんだが…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ILLUMINATION & HINOMI

2009年12月25日
 よく参考にさせてもらっているSさんのHP「尾張の火の見櫓」を見たら、碧南市民と一部のHINOMISTの間で評判?になっている棚尾の火の見櫓のイルミネーションが載っていたので、今日、あっち方面に用事があったついでに見てきました。

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 いや~、こいつは驚いた。まさに地域のランドマークとして生きている!右には気の早い「迎春」のタウンフラッグも見えますが…。
 立て看によると、「棚尾小学校児童の協力により棚尾町づくり推進委員会が設置」とのこと。碧南が春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」の対象エリア内なら、僕が担当している小学校ネタのページでがっつり取材するのに。

 ところで、碧南駅南にあったカネニみそ(株式会社杉治)の跡地ですが、以前地元のオバチャンに聞いたとおりスーパーになっていました。しかしやって来たのは、よりによって東濃に本拠地のあるバロー。いったいどこまで進出してくるつもりか?
(まさ)

◎カネニみそ関連記事
HP「醸造系カンバンの手帖」→●□
2008.06.03→●□
2008.07.01→●□
2009.03.28→●□
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至ル墓地

2009年12月23日
 わたくしJRの踏切名称が大好きで(私鉄は「池野第×号踏切」みたいに味気ないので興味ナシ)、よく小さい踏切を撮影したりしてるんですが、先日たまたま立ち寄った旧鳳来町川合で見つけた踏切の名前は強烈だった。

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 墓地踏切、ってストレートすぎる!そりゃ墓地へ行く地元の人しか使わないだろうが。
 いつか東海道本線か飯田線の全踏切名称調査をやってみたいんだけど、漠然と不毛な気がして、今だ手をつけておりません。

 あと、HINOMISTの皆様向けの情報。川合にあった二つの火の見櫓(北→●□/南→●□)が、撤去されてました。両方とも拙著「火の見櫓暮情」に載せた、思い入れのあるHINOMIだったのに…。

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                                  ↑このへんの畑の中に建ってた

 上の写真は「墓地踏切」の近く、川合北の火の見櫓跡地。新城市の担当者は「順次撤去の方針」と言ってたけど、その第一弾かなあ?R151沿道の他の櫓は今のところ全て生きているので、見に行く人はお早めに。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0121

2009年12月22日
 蒲郡のネタ三連発。雑居ビル街となっている蒲郡駅前には、こんなファンタジーな喫茶店があります。

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 う~ん、味わい深い。ムーミンのエプロンに付いている食堂車のアイコンのような柄もいいねえ。しかしこうやって見ると、ムーミンの職業はコックしかないような気がしてくる。

 あと、蒲郡の下記の物件について知ってる人がいたら教えてください。

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 上は中央本町にある「金原倉庫」という倉庫ですが、古い地図を見るとここは昔「金原合資会社」という酒蔵だったらしい。昭和26年の蒲郡町勢要覧に広告が出ており、「菊花の誉」という銘柄が書かれていました。
 下は本町に門柱だけが残っている「東海酒造株式会社」。これについては詳細は全く不明。
(まさ)
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タウンアーチの先へ0007

2009年12月21日
 先の記事で触れた「大変貌を遂げた蒲郡駅南口」、変貌する直前の駅南西はこんな感じでした。

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(2005.05.11撮影)

 その名も「海岸銀座」。平成になってから新調されたと思われる「海岸銀座」のアーチがありました。海辺ってことで、上部には波がデザインされています。撮影した当時は、さほど古くないこのアーチに大して興味も覚えなかったけど、こうして見るといかにも飲み屋街って感じで、好もしい佇まいです。
 このアーチをくぐるると、そこは蒲郡最大の歓楽街。この写真を撮影した時点ですでにほとんど立ち退きは終了していましたが、蒲郡市立図書館で昭和50年前後の住宅地図を見ると、小さい居酒屋やスナックがこのあたりに建ち並んでいたようです。通りの中ほどには映画館もありました。

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 で、これが現在。右に見えるのは、高層マンション「アルバックス蒲郡ステーションタワー」。ネットで見ると、アイシンの子会社のアイシン開発が建てたらしい。マンション・住宅業界のことはよくわからないけど、なんで蒲郡にアイシン?

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(2005.05.11撮影)

 再び4年半前。一角には昔ながらの趣きある商店建築も見られたんですが、これらも取り壊されています。真ん中の酒屋さん(今も別の建物で営業中)には額型カンバンも掲げられていて、シブいことこのうえない。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0021

2009年12月19日
 今週半ば、久々に蒲郡市街を少し歩きました。

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 蒲郡というとここ十数年で南口が大変貌を遂げ、今や昔の面影がちっともありませんが、北口の方は大して変化もありません。上の写真は、蒲郡駅から銀座通りまで細々と伸びる「駅前商店街」ですが、相変わらずな感じ。ただ、街灯だけは新しくなってた。

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 電球のカバーに竹島のイラスト入り!って、駅前商店街にコレは、微妙に遠い気がするが…。鳥居のバックに描かれた竹島、雑なようだが割と特徴を捉えてます。

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 この通りが突き当たる先は、もともとの蒲郡の中心部「本町銀座通り」。こっちも特に変わらずで。

 ところでこの日は、銀座通りのチョイ北にある蒲郡市立図書館にも行ったのだが、ここ、郷土資料本コーナーへは手続きをしないと入れないという、今時珍しい難儀な図書館です。しかも、中に入るには職員の同伴が必要。過去に資料の持ち去り被害にでも遭っているのか、来館者をよほど警戒しているようで…。
 大昔の貴重資料とかならそれでもいいけど、せめて蒲郡市史や小学生が読みそうな民話集ぐらいは一般書架に置いておくべきではないか。だいたい、角川の地名辞典を閉架にしている図書館なんて聞いたことないぜ。
 まあ、三河13市では高浜市立図書館に次ぐ施設のボロさなので本を置く場所も限られており、ある意味仕方ない面もありますが。しかし!蒲郡競艇が儲かっている時期になんで建て替えておかなかったのかと。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0120

2009年12月18日
 昨日の夜、TOHOシネマズ東浦で「2012」を観てきたんだが、ああいうスケールがでかい、というか荒唐無稽にもほどがある映画を観ると、HINOIがなんだ道路元標がなんだとチマチマやってるのがアホらしくなってきます。
 そんなチマチマの蟻地獄のような当ブログ、3年近く続けているうちに「西三河雑」のカテゴリが今回で100になりました。媒体では使えない西三河の小ネタが100!う~ん、実にどうでもいい。
 記念すべき100番目のネタは、刈谷市一色町(JR刈谷駅の東あたり)の八幡社裏で発見した衣料品店のカンバン。「男の風格」とはなにかを考えさせる一品。

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 風格ある男をクローズアップしてみると…

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 風格 is EDWIN…じゃなくてEDWARDか?。なんというアバンギャルドなデザイン。
 なお、このカンバンが貼られている小屋には、他にも貴重な(刈谷の人にとってのみ)古カンバンがいくつも残されています。

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 上は刈谷通運のトラッカー募集のカンバン。ただし募集は37年前に終了!下は西三河の各地でよく見かける黄色地の短冊型カンバン。宝石堂には「国鉄刈谷駅」、淡路屋には「刈谷市広小路(東宝前)」の文字が。レトロにしては中途半端な時代のモノです。
 ホーローカンバンがバイヤーとマニアの乱獲で漁り尽くされたあとは、こういうものまで持っていかれる時代が…たぶんこないだろう。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

道路元標の迷宮

2009年12月17日
 春夏秋冬叢書「そう」25号連動ネタ。
 今号は「山」特集ってことで、毎号担当している「地名探訪」のページでは旧鳳来町東部の山吉田地区を取り上げてみました。明治22年から昭和31年まで、八名郡山吉田村として存在していた地域です。学校、郵便局、駐在所、JAなどが集まる中心地区の下吉田は国道257号沿いにあり、炭焼田トンネルの向こうは浜松市北区というところ。
 
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 学生の頃から何度も訪れていて(何しに?と聞かれると困る)、今さら何か目新しいものが見つかるんかいな…と思ってたんだけど、行ってみたら目新しいものを発見してしまった。

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 山吉田村道路元標!三河はほぼ探し尽くしたと思っていたのに、まだ見落としがあるとは。
 道路元標とは、市町村間の距離を算出する場合に基準とした標石のこと。大正8年に施行された道路法によりに設置が定められた、オフィシャルなものです。
 当時存在した全ての市町村に建てられた(ことになっている)のですが、戦後に改正された道路法では設置が定めらなかったので有名無実化し、昭和30年代から進んだ道路改修などでどんどん撤去されてしまいました。火の見櫓同様、最近でも撤去例があり、残っているのは貴重品です。
 建っているのはこんな場所。

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 鳳来山吉田郵便局の裏。これは盲点だった。なぜこんなところにあるかといえば、プールのあたりに旧山吉田村役場があったからです。道路元標は役場に設置された例が多く、山吉田もそうだったようです。
 なお、このプールは山吉田小学校のもの。撮影に行かれる奇特な方は、通報されないようお気を付け下さい。

 僕の場合、大学生のときに豊橋郊外で「老津村道路元標」を見つけて以来ことさらこれに執着してまして、存在を知らしめるべく方々で言及しているんですが(自分の関わった本では「国道151号。151話。」「島根県の歴史街道」「知多巡礼紀行」にコラムまで書いている)、関心を示してくれた人はほぼ皆無です。
 文化財的にも軽視されていて、道路元標について触れている市町村史の類はほんのわずか。書いてあっても何のために建てられたのか知らず適当なキャプションを付けている例も多数。島根でお世話になった街道研究の第一人者の先生も、僕から聞いて「初めて知った」というし、郷土史の先生や教育委員会もまず興味を示しません。一番詳しいのはネット情報という有様です。
 こんな具合に、道路元標のマニアックさたるや火の見櫓の足元にも及びません。HINOMI造形的に面白いけど、道路元標は見た目に愛嬌ないもんね。
 う~ん、どうでもいい。 

 ところで、春夏秋冬叢書から「そう」25号に続いて、単行本シリーズ「東三河郷土雑話」も発刊されます。
 豊田珍比古(うずひこ、です。念のため)という豊橋の昔の郷土史家が、昭和36年に発刊した本の復刻プラスアルファなんですが、この本の93ページに「里程元標」という標題で、豊橋市道路元標のことが書かれています。

091215-6.jpg(12/20発刊、3150円)

 本当は、里程元標(里程標)は明治の道路法の産物なので、珍比古さんの記述は若干正確ではないのだけど、昭和30年代の郷土史本にこのネタを取り上げたという点では、画期的といえます(そうか?)。

「邪魔にはなろうが、いつまでもここに残しておきたいものだと思う」
(豊田珍比古from『東三河郷土雑話』)

「本書の刊行を期に、さらなる調査がなされないものだろうか」
(内藤昌康from『島根県の歴史街道』)

 豊橋の偉大な先人と考え方は基本的に同じなのだ!僕のやってるレベルは低いけど…。
(まさ)
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悲痛な叫び

2009年12月15日
 先日、刈谷駅前を散歩していたら、ある店にこんな貼り紙がしてあった。

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 う~ん、買ってあげたい!買ってあげたいけど、畳はなあ…。
 デンソーでもアイシン精機でもいいけど、その無駄にデカい社屋内に和室の会議室か休憩室なんかを新たに作って、畳をたくさん買ってあげればいいんだよ。
(まさ)
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

全員集合0002

2009年12月13日
 本日はお日柄もよく、岐南町役場敷地内で開催された「ぎなんフェスタ2009」の取材に行ってきました。自治体がよくやる産業祭的なイベントと思いきや、この催し、なかなかの集客を誇っております。なぜならメインイベントが凄い。その名も「ねぎっちょとゆかいな仲間たち」。

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 なんと29種39体のゆるキャラが大集合!エリアは岐阜、愛知だけでなく三重、小浜、彦根からも。自治体キャラ以外にも、各務原キムチのイメージキャラクター「キムぴー」とか、羽島警察署の「ハシマン」とかもいてバラエティに富んでます。しかし「ハシマン」とか津の「ツヨインジャー」なんかは戦隊モノのパクリで、ゆるい部分はゼロ!ていうかなんだこの名前。
 一体だけでもなんか妙な存在感を放つのに、これだけいると圧巻ですよ。会場はお子様、家族連れ、カメラマニアの爺さん、各地の行政マンで大賑わい。かつてこれほどの人が岐南の一か所に集まったことがあっただろうか(あったかも)。

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 ホスト役の岐南町キャラ「ねぎっちょ」は、ポンキッキーズのガチャピンばりにダンスを披露。しかしよく見ると、なんか違和感が。

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 前に一宮のイベントで撮った写真と比べてみたら、緑の部分が少し短い!なんで?
 とにかく珍妙な冬の一日でした…。
(まさ)
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中宇利のヤマ

2009年12月12日
 春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」25号が発売になっております。毎号、漢字一文字のキーワードにちなむ数々の三遠南信の話題を取り上げておりますが、今回のキーワードは「山」。山、ヤマ、鉱山、ってことで、鉱山ネタを一本書きました。
 三河遠州の鉱山というと、久根鉱山、峰之沢鉱山あたりがメジャーどころ(そうか?)。今回は思いっきりマイナーなどころで、取材したのは田口鉱山。何それ?僕も行くまで全然知らなかった。
 田口鉱山は設楽町八橋、田口と津具を結ぶ県道の近くにあるマンガンの廃鉱山。戦前から昭和30年代までしか稼動せず、資料がほとんど残っていません。地元の奥三河郷土館ですら「取材で何か分かったら教えて」というような有様。東三河の産業史にとっては大して重要な存在ではありません。
 しかし、鉱物マニアとって田口鉱山は、超メジャーなところらしい。なんでも「パイロクスマンガン石」という宝石みたいに綺麗な石が採れる場所なんだそうな。

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 これが田口鉱山跡。山の斜面に屑石が広がり、まるで土石流災害の跡のよう。こんなところに宝石のような石があるなんて、鉱物に興味のない僕には想像もつかないのだが…。実際、今や既に取り尽されて、滅多なことではお目にかかれないらしい。
 これ以上書くとネタバレになるので、興味のある方はぜひ「そう」をご購入ください。

 本書では脚注にチラッとしか触れませんでしたが、東三河ではほかに新城の中宇利鉱山跡も、鉱物マニアにはメジャーらしい。銅を求めて試掘したけどあまり出てこず結局放棄されたところで、鉱山跡というか根本的に鉱山じゃないんでは?鉄道の「未成線」みたいなもんですね。ここではのちに青色の珍しい鉱石が発見され、その石はなんと「中宇利石」と命名されました。
 中宇利は新城市の南端に位置し、静岡県と境界を接する農村集落です。大雑把にいうと、東名の宇利トンネルの愛知県口あたりになります。

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 こちらが中宇利鉱山のあった山で、赤い矢印で示したあたりの筋が鉱山跡。中央左に見える細い登り坂から薮の中へと入り、さほど労せず鉱山跡までいけます。

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 上の田口鉱山と似たような感じで、屑石が山の斜面にドサーッと流れ出しております。滑り落ちそうになりながら登ると、上のほうに掘った跡を発見。

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 う~ん、試掘はけっこうあっさり諦めたのだろうか。
 中宇利石も田口のパイロクスマンガン石と同じく、取り尽されちゃってもうほとんどないそうです。中宇利石のホンモノは、取材した医王寺の御住職(いつぞや中日のサンデー版で大きく紹介されていた、東三河の鉱物研究の第一人者)に見せてもらったので特に執着はなく、たまたま足もとに転がっていたキレイな石を記念に拾いました。

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 そしたら、この青い部分がポロポロと剥がれてしまった。しかたないのですぐ捨てて、形のいい別の石を拾って帰ってきました。今、ウチの玄関に飾ってあります。
(まさ)
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0006

2009年12月10日
 昨日の菰野の記事にいただいたコメントに触れられていた、消えた美濃高田のタウンアーチを紹介しましょう。ここには2種類のアーチがありました。

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(以下すべて2002.06.22撮影)

 こちらは「中町商店街」。青空に映える黄色、SHOPPING STREETとさりげなく使った英語、何を表現したいのかよくわからない飾り、そして燦然と輝く養老町の町章!昭和のタウンアーチの一典型ともいうべき、見事な一品。
 ちなみに養老町の町章は「ヨーロー」を図案化したポップなデザインで、西濃の自治体では一番好きだなあ~。やはり市町村章はこういうテイストでなくては。平成大合併の自治体が制定した市町村章なんて、どれひとついいのがない。

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 そしてこちらは「中心商店街」。中心って!羽島にも「中心街」という名の商店街があるが、これって岐阜的センスでしょうか。
 アーチ上部のデザインがこれまた見事。タコと納豆の組み合わせ?

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 いや~、超ポップ!養老町レベル高すぎ!
 こんな素晴らしい作品も、02年から05年の間に撤去されてしまいました。こういものの文化財的価値がどうしてわからないのかねえ…。
 どうでもいいけど養老町は火の見櫓の残存率が異様に高い地域で、一部で「西濃の岡崎」とも呼ばれています(僕だけか)。HINOMISTはぜひ今のうちに行くべし。美濃高田駅、養老駅とも古い木造駅舎が現存しており、古いものが割と残りやすい地域柄ではあるのか。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンアーチの先へ0005

2009年12月09日
 先週、用事があって菰野へ。菰野あたりは北勢地方でも特に馴染みが薄く、湯ノ山温泉に何回か行ったことがある程度。今回初めて、近鉄と国道477号に挟まれた菰野の町の中に入ってみました。
 なんの予備知識も期待もなく行ったのだが、これが予想外に渋い町並みでびっくり。古い家並や商店がけっこう軒を連ねており、雰囲気的には地元の揖斐か養老町高田を思わせます(この三町の共通点は、メジャー街道沿いでないことと、東西に長いこと)。あとで町立図書館に行って町史を読んだら、ここってマイナー城下町だったのね。なるほどシブいのも頷ける。
 菰野の味わい深さを際立たせているのが、例によってタウンアーチ。

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 このようななんとも中途半端な古さの「東町商店街」アーチが、中心部に5つも!ていうか、なんで5つも?このあたり三重的センスというのか、よくわからない。
 奥へと進めば、御在所岳も間近に迫ってきます。こんなふうに切り取ると、なんとなく信州っぽい感じもするが…。でも考えてみると、旧大安町から鈴鹿市北西部の鈴鹿山麓地帯って、地形的には安曇野や伊那谷の西側と似たようなもんで、東海地方のイメージとは若干異なる雄大さがある気がします。

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 東町通りと垂直に交わる「本町通り」と「旭町通り」というのもあって、旭町のほうにもタウンアーチがあった。

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 う~む、東町に負けず劣らず味わい深い中途半端さ。競輪の車番でいうところの5-3-6-4-2のカラーがまたよくわからん。
(まさ)
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カメラ受難の年

2009年12月08日
 どうも今年はカメラ周りの災難が多い。8月に北海道旅行のデータが入ったコンパクトフラッシュがクラッシュ、10月には飛騨金山の酒蔵を取材中にレンズが壊れそして今日、浜北で写真を撮っていたら突然、シャッターは下りるのに画像が記録されないという事態に。う~ん。
 今回はアポのある取材ではなかったので、他人に迷惑をかけるということはなかったのが救いだけど。いや、浜北くんだりまで行って交通費とガソリン代を無駄にしたという意味では、嫁に迷惑をかけている。
 最近どうも写真を撮ってても楽しくないというか、思いが込もらないというか、なんか苦になることが多いのだけど、そういう気分が機械にも伝染してこんな事態になったんでしょうか…なんてスピリチュアルな話ではなくて、プロのカメラマンのように予備のレンズやボディを持ち歩く習慣をつけるべきかと、考えた次第。

 で、一旦家に帰り、2年近く使ってなかったキャノンEOS10Dを押入れから引っ張り出して、夕方再度出掛けて幡豆方面へ。そしたら時間を読み違え、撮ろうと思っていた三河湾の日没にギリギリで、使えるか使えないか微妙な写真しか撮れず。何をやっているのか…。

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 寺部付近。微妙だ。
 まあ、ひどい一日でした。

 ところで、いつの間にかR23知立バイパスの高架化が片側だけ完成していますが、対面通行のためか午後4時前後の名古屋方面は、野田を先頭に桜井付近まで延々と渋滞していた。蒲郡方面も同様にノロノロ区間が長い。高架化でスムーズになるかと思ったのにこれでは使えないよ。
 僕みたいな人はいくらでもある別ルートを使えばいいけど、トラックの運転手の方は本当に気の毒。
(まさ)
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ライトアップ白鳥

2009年12月06日
 え~、三遊亭白鳥の話題ではありません。昨日は郡上市北部の旧大和町・白鳥町で取材でした。
 時間の都合上昼食が食べられず、大和で仕事を終えた5時半頃には空腹で発狂寸前。リーズナブルでパパっと食べられて、オマケに郡上的なメニューといえば「奥美濃カレー」ってことで、先に目星をつけておいた白鳥の国道156号沿いにある店へ行くと、なぜか本日休業。腹を鳴らしながら白鳥市街に近い第二候補の店へ行くと、本日貸切営業で忘年会か何かの会場に。目を回しつつまた大和に戻り、結局洋食店に入ったのだけど、カレー食べたいだけなのにこれだけ動き回らされるとは。
 こんな具合にカレーを求めて徘徊中、美濃白鳥駅に立ち寄ったら(「奥美濃カレーマップ」が置いてないかと思って。なかった)、駅前の土産物屋がド派手にライトアップされてた。

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 なんか商店主の心意気を感じますね。

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 中の展示?がまたスゴい。なぜか動物たちがいっぱい!しかしなぜ、鶴?いちおう「白い鳥」か。
 白鳥市街の商店街にも他にポツポツとライトアップしている商店があったけど、全町的なムーブメントにならないところが岐阜らしい。
 そういえば遠州の某町では、商店街でライトアップイベントを毎年催しているけど、年々ヒートアップしてどんどん金を次ぎ込む店とそうでない店の差が激しくなり、どうしたもんかと困ってる…とか。そういう話を聞くと、白鳥は賢明ですね。

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 美濃白鳥駅も控え目にライトアップ。わかりにくいけど、SLの電飾がミソ。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0119

2009年12月03日
 久々に近所の話題。名鉄三河線重原駅北からドミー知立店に通じる狭い通り沿いの民家に掲げてある、刈谷のふとん屋のカンバン。

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 ガマ蛙?なぜこういう積み方なのか、昔のカンバン絵師の描く絵は不思議だ。

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 こちらがその道(意味もなく大きくしてみた)。こういう集落内の狭い道を、知多では「郷中の道」、東三河では「瀬古」と表現されるのを聞いたことがあるが、西三河ではどういうのだろう。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0118

2009年12月02日
 東海では笠松競馬場の土地明け渡し訴訟が和解し当面存続で一安心、と思っていたら、南関東では横浜の花月園競輪場が今年度いっぱいで廃止決定とは。たいへん残念です。大都会の花月園が廃止なんて、豊橋や松阪や大垣の田舎競輪場はどうなるんだ。先行きが本当に不安です。祈・存続。
 ちなみに昨年5月、この訴訟に関してフザけた記事を掲載した読売新聞中部支社版は(→●□)、今回は和解内容を伝えるベタ記事のみでした。

 それはさておき、今朝は天気がよかったのでひとっ走りして岡崎城に登ってきました。ほら、馬鹿とナントカは高いところが好きというから。
 天守閣の展望階から見える景色は、なんというか、シブいのひとことに尽きる。

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 西方向の眺め。中岡崎駅を出る愛環の電車に、矢作川を渡ろうとする名鉄電車。遠くに見えるのは三河安城駅付近のエセ摩天楼。シブい。

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 そして北方向は、手前がりぶら、遠くには伊勢湾岸道の斜張橋。シブい。シブいというかなんつーか。
 こう見えても北方向の風景は岡崎市が条例まで作って守っています。岡崎城と大樹寺(徳川家菩提寺)の間には景観を遮る建造物を建ててはいけないそうで、ズームで撮った画像をさらに拡大すると、大樹寺の山門がちゃんと見える。この場合、郷土意識が高いというより、条例自体がシブいよね。シブいぜ岡崎。
 そして北東方向には、いま岡崎でもっとも注目を集めているこれまたシブいカンバンが。

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 2010年1月31日に閉店する松坂屋岡崎店。地元民じゃないので思い入れもないし一度も店内に入ったことすらありませんが、なくなって寂しいという市民の気持ちはわかる。花月園競輪場と同じで時代の流れといってしまえばそれまでだが…。
(まさ)
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タケハナTVショウ

2009年12月01日
 毎週夫婦揃って見ているNHKの「家族に乾杯」、昨晩は羽島が舞台で知ったところばかり出てきて大ウケ。あの八嶋智人が、あの羽島温泉に!?ウケる~!
 鶴瓶が竹鼻商店街で訪れた和菓子屋「兎月園」さん(別院の狭い参道沿いにある)は、なぜかこれまで二回も取材でお邪魔したところ。インタビューされていたご主人は二年前の取材で、「この大福のイラストは娘がデザインしたんですよ~」と鶴瓶に言ったのと同じアピールをされてました。

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 番組も面白かったけど、実際のところ竹鼻商店街はなかなか面白い町です。普段の人通りは日本中の例に洩れず少ないのは仕方ないとしても、店主個々人や主催イベント見てると、近隣の町と比べて活気に秀でている感があります。ゆるキャラの「タケくんハナちゃん」もリニューアルしたし→●□
  
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 これは出てこなかった。竹鼻土産、なまず土鈴。
(まさ)
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