THE 灼熱

2009年08月26日
 樹林舎刊「知多巡礼紀行」の撮り洩らしフォロー取材シリーズ第3弾。月曜日、知多市大草にある70番地蔵寺が縁日だったので見物してきました。
 地蔵寺縁日は知多四国札所の中でもっとも盛大に執り行われる行事のひとつで、近郷近在の老若男女から名鉄の役員クラスまでが、続々と参拝に訪れます。境内には出店も何軒か出て、大師堂では余興大会も行なわれ、なかなかの賑わい。

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 メインは祈祷で、真言宗なので護摩修養が行なわれます。71番大智院の祈祷は屋外で行なわれてましたが(→●□とか●□)、こちらでは本堂の内部で火を焚きます。屋内だというのにけっこう火柱が高いではないか。

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 すぐ近くにいると、さすがにけっこう熱い。ただでさえ気温が高いのに汗ダクダク。僧侶の皆さんもなかなか大変だが、この日は太鼓を叩いてた顔見知りの大智院の御住職は「これも修行です」と。僕は修行僧ではないので、すぐさま離れた。

090826-2.jpg 「熱い、熱いよォ」
(70番のマスコット身代わりダルマ)

081206-3.jpg 「我慢をしろ!」
(72番慈雲寺のソフトバンク犬)

 告知。本書が名鉄のPR誌「Wind」次回配布号に紹介されるそうです。

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(まさ) 
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16年の時を経て

2009年08月25日
 久しぶりの再訪といえば、夕張の22年ぶりほどではないが、先週行った尾鷲市南部の漁村は、大学生の時以来16年ぶりでした。尾鷲じたいにはその間も数回来ているけど、奥地に入り込むことはなかったので。
 さすがに16年ぶりぐらいだと、まだけっこう記憶が残っており、懐かしさを感じます。前回は、ザックを担いで徒歩、紀勢本線、バスを組み合わせてこのあたりの漁村を虱潰しに回ったのだった。ああ、あの頃の旅は楽しかった…と当時に思いを馳せてみるものの、よく考えると(よく考えなくても)今もじゅうぶん楽しいか。ていうか、ついこのあいだ来たばかりのような気すらして、成長のないこの16年はなんなのかと沈んだりして。

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 そのひとつ、リアス式海岸の奥にある静かな集落、九鬼。
 左に見える道、県道なのにガードレールもなく、船溜まりと道が一体化しています。おお、そういえばこんな感じだった。

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 海を覗き込んだら、熱帯魚のような綺麗な魚が泳いでた。このあたりでもトロピカルな魚がいるんだなあ。昔はこういう自然物にはほとんど興味がなかったんだけど、年をとったのか。
 このあと、熊野市まで南下して波田須という断崖に面した集落に行ったら(秘境駅と熊野古道で一部には有名)、青春18きっぷでやってきたとおぼしき若者が、炎天下の集落をあてどなくウロウロしているのを目撃しました。僕も昔はあんな感じだったのだろう。懐かしくなると同時に、やっぱ不審者っぽいよな、と思いました。
 若者よ、通報されないように気をつけろ!
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

22年の時を経て

2009年08月24日
 北海道の最後に、ここ何年かずーっと話題の夕張に寄ってみました。

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 遊び半分で行ったウチらごときがこの町について何か語るのもアレですが、まあ、その、市民の皆さん頑張ってくださいね、ってことで…。
 ところで、僕が夕張に行くのはなんと22年ぶり。前回は中学から高校に上がるときの春休みに、一人で初めて北海道に行ったときのこと。ローカル線廃止の嵐が吹き荒れている真っ只中で、廃止を間近に控えた「三菱石炭鉱業大夕張鉄道」という炭鉱鉄道の生き残りに乗りに行ったのでした。
 考えてみると、これまでの人生38年で「20年以上ぶりに再訪する」という経験をしたことがありません。もしかしたら、当時の記憶がフラッシュバック現象のように蘇ってきて、味わったことのない感覚に襲われるんじゃないか?

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 と思って、大夕張鉄道の起点だった清水沢駅にやって来たんですが…。
 「あー、なんかこんな雰囲気だったなあ」という程度で、思ったほどの感慨はありませんでした。なんじゃそりゃ。

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↑10代半ばの頃に思いを馳せる筆者

 22年前の北海道旅行は廃止になりそうなローカル線に乗れるだけ乗っておくのが目的で、本当に列車に乗ってばかり。特にこれといった出会いもカルチャーショックもなく、後半は疲れて列車の中で寝ているだけだったような。う~ん、しょうもない。
 もうこのさき当分は夕張に行くこともないでしょうが、例えば次の22年後に再訪したら、いったいどんな気持ちなるのか、ちょっと試してみたい気がする。よし、今度は2031年に来ることにしよう…って、そんときゃ還暦 !?
(まさ)
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デカイぞリゾートホテル

2009年08月23日
 10年以上前、勤めていた会社で「カーナビソフトの編集」という仕事をしたことがあります。
 当時は、ベーシックなカーナビがすでに世間で認知されある程度は普及していたので、その次の段階として、カーナビに付加価値を付けることを各メーカーが目指していました。そんななか某メーカーが思いついたのが、地図をもっと見栄えよくかつ面白くすべく、ランドマーク(高層ビルや、あらゆる巨大な建物)のアイコンを地図上に置くこと。
 そのメーカーは、全国のランドマーク建造物のリストアップとアイコンデザイン用の画像資料収集を僕がいた会社に発注し、会社で地理に一番詳しかった僕がその一切を担当することになりました。なんせその時分は、インターネットも今ほど発達していませんので、全国のガイドブックを漁ったり、地図帳見て推測して電話確認したり、自腹で現地に確かめに行ったり、調査方法はアナログもいいとこ。死ぬほど苦労して1000件以上のランドマークをリストアップしましたが、あの時は仕事に追い込まれランドマークノイローゼ状態に陥り、高いビルを見るだけで気持ちが悪くなるほどだった…。
 それを元に作られたアイコンが使われているカーナビに、今でもお目にかかることがあります。今回の北海道旅行で借りたレンタカーのカーナビにも、僕が選んだランドマークのアイコンが出てきました。10年前の仕様だからデザインはショボいし、見てるだけで当時を思い出してイヤになります。
 で、帯広から千歳へと向かう途上の占冠村で、そのアイコン化されたランドマークのひとつに遭遇しました。

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 アルファリゾートトマムの、4棟の高層ホテル。10年をすぎて、ようやく自分の挙げたものが本当にランドマークかどうか確認できて、スッキリしました。
 しかし、ここはとんでもない山奥。こんな辺鄙な場所にこんなアホみたいな高層建築が聳える光景は、奇妙としかいいようがありません。リゾート開発真っ盛りだった“愚かな時代”の象徴というか。
(まさ)
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デカイぞトラクター

2009年08月22日
 またまた話は北海道に戻ります。
 滞在4日間のうち、まともに晴れたのは最終日の7/28(火)のみ。この日は帯広から千歳に向かって無目的にダラダラと走るだけ。しかし北海道はやっぱり車ですね。13年前、自転車で荒涼とした道東を回り、あまりのしんどさにどんどんダウナーになっていったあの25歳の夏は、一体何をしてたんだろう。

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 帯広から音更、鹿追を経て新得に出たのだが、走った道道133号がなかなかマイナー風情でいい道路。延々と続くジャガイモ畑、時折現れる小さな集落、その繰り返し。雄大なんだけどどことなく閉ざされた感も漂い、爽快さの中にある寂しさが何とも北海道らしくて、いい。もっとも、ここを自転車で走ったら嫌になっちゃうだろうけど。
 この途上、音更町の上然別というところで路傍に車を停め、ジャガイモ畑をじっくり観察。すると、農家のおじさんが「何見てるの~?」と、にこやかに軽トラでやって来ました。これが三重や遠州の田舎あたりの農家の人だと警戒感丸出しで、不審者扱いされたりするんですが、そこは北海道、大らかで気さくです。
 そういえば数年前、今は浜松市の旧龍山村空集落では、単に絶景に感動して風景写真を撮ってただけで、地元のオヤジに「何やってんだ。警察に通報するぞ」と脅されたこともあったなあ。大学生のときには浜松の神久呂で、単に歩いてただけなのに駐在に職質されたこともあるし、高校生のときには三重の大宮町滝原で、単に街道沿いの墓地を眺めてただけで「賽銭泥棒じゃないか」と通報されて駐在所に連れて行かれたこともあった。いやホント、浜松や三重の人間て、疑い深くてロクなもんじゃない…って僕の行動や風貌が怪しいだけか。
 そんなことはどうでもよくて、その農家のおじさんと話をしてると、ウチらが農業に興味があると判ってもらえたようで、すぐそばの車庫を指さして「ウチのトラクター、見てく?」と誘われました。それは見逃すわけにはいかない。
 車庫を開けてもらうと、その中には凄いトラクターが鎮座ましましてた。

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 でかい、でかすぎる!この写真では巨大さがあまり伝わらないけど、大きさはダンプカー並みで、前輪だけで子供の背丈以上はあります。踏み潰されたらイチコロだ。これが畑の中を派手に走り回っているところを見たいけど、収穫はもうちょい先だとか。
 これを見せてくれたおじさん、ちょっと得意げにはにかんでいたのが印象的でした。
(まさ)
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)

デンのパー

2009年08月21日
 お盆休み中の13・14日に、嫁の友達が石川県からやって来ました。ウチでは遠隔地から嫁の友人が来ると、僕も一緒になって地元の名所を案内するのが常ですが、たいてい一か所は常滑に行きます。ここは他地域の人を連れて行ってハズレがありません。
 今回も最初にキッチリ常滑は押さえたのですが、彼女が農業・園芸関係の仕事をされているので、大府の大型地場産品マーケット「あぐりタウン」にもお連れしました。ウケるかどうか自信がなかったのだけれど意外にも食いつきがよく、けっこう長い時間、大府に滞在。だいたい大府と観光ってまったく結びつかないし、あぐりタウンも地元向け施設というイメージしかなかったので、ちょっと大府を見直したぞ。
 2日目は、デンパークに行ってみました。

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 実はわたくし、デンパークは初めて。案内というより、僕が行ってみたかっただけだが。
 写真の園内一周SL風バスに乗り、大温室を見て、食事をして約3時間。感想はというと…う~ん、狙いのよくわからない微妙な施設だ。分類するなら「まったり系」だけど、なんとも掴みどころがない。産業観光ともちょっと違うし。
 そもそも野外メインなので、このクソ暑い真夏に行ったのが間違いだったか。次回は花が盛りの春に、誰かウチへ遊びに来たら行ってみようと思います。 
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

盆の提灯

2009年08月19日
 昨日今日と取材で、伊勢~志摩~東紀州を回ってきた。勢和多気ICより南は4年ぶりだったんだけど、久々に行って気付いたのが、三重の南部って石見に似てるなあ、と。延々続く複雑な海岸線や入り江ごとに現れる隠れ里的な町や村は、どこか浜田や邇摩郡のような風情。尾鷲は浜田と江津を足して2で割ったっぽく、熊野市は益田と大田を足して2で割ったっぽい。高速道路はちっとも延伸しないし、列車はあんまりやって来ないし、そしてどちらにも世界遺産がある。
 まあ、似てるからってどうということもないんだけど。
 とりあえず、石見沿岸にも東紀州にも、高速道路が早く伸びてほしいものです。

 それはさておき、あっという間に盆も過ぎてしまいました。岐阜では、盆になると墓に紅白提灯がぶら下がります。

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 岐阜というか、西濃だけ?盆はたいがい実家にいるので、他地域の墓地がどんな具合かよく知らないのだが(ていうか、盆に限らず墓地にあまり関心を寄せることもないが)、17日に常滑で墓地を見たら、提灯はありませんでした。
 他地域の盆の墓はどうなってんだろう。来年は盆に墓地めぐりをしてみようか。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ハッピーステーション

2009年08月14日
 延々と続く北海道ばなし。
 7/27(土)は午前中、帯広の南のほうへ。中札内村の超メジャー施設、花畑牧場(→●□)に行った後、もう一か所有名物件へ。

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 廃止になった国鉄広尾線の旧幸福駅です。幸福といえば、ソレを実現させるとかいう党が特に話題を集めることもなく活動しておられますが、どういうつもりなんでしょうかね。ウチの近所ではJR野田新町駅の近くに事務所が…って、そんなことはどうでもよい。その昔、「愛の国から幸福へ」の切符で一世を風靡した駅です。
 幸福駅は子供のころに憧た場所でした。幸福駅へ行ってソレを実現したい!ということではなく、当時発刊されたローカル線やローカル駅を紹介するあらゆる本に載っており、あんまり頻繁に出てくるもんだから、どんなところか一度見てみたかいなあと思っていたのです。
 たしか82、3年だったかと思うが、正月3日間の夕方、NHK総合の番組で全国のローカル線を巡る紀行特番が放映され、正月早々幸福駅から生中継やってたこともありました。パーソナリティがフォーク歌手で、「♪君の町に幸福駅はあ~るか~」なんて歌を唄ってたなあ。子ども心にも「この歌はヤバい(マイナスの意味で)」と思ったもんです。
 その頃にはすでに広尾線の廃止が確定的な状況で、なくなる前になんとか乗りたかったのだが、結局間に合わず。初めて北海道へ行ったのが23年前、中学から高校へ上がるときで、広尾線の廃止は惜しくも初渡道の1か月前。同じく帯広起点とする士幌線の最終日にだけ、なんとか間に合ったんだが…。

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 そんな念願の幸福駅は、かつて写真やテレビで見たのとほとんど変わらない姿で保存されていました。名刺や切符がベタベタ貼られた駅舎もそのまんま。簡素な板張りホームもそのまんま。こういうカップル系施設にありがちな鐘が設置されていたのは余計です。
 ただ、列車の先に続いていたはずの路盤は畑に還ってました。
 花畑牧場ほどではないけど観光客もけっこういて、なかには中国人ツアー客の姿も。こんなところに「愛の国から幸福へ」ブームを知らない中国人が来て面白いのか !? しかも、現役ならともかく廃駅なのに…。
 もっとも僕も、メキシコに行ったとき廃線跡や廃駅に狂喜してたんで、人のことは言えませんが。→●□とか●□とか

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 ついでに愛国駅にも寄ってみた。駅舎とホームは残されているけど、観光地化まではされてないようで、来てみて肩透かし食った観光客が一組いました。
 そういえば、愛国を「愛の国」と表現することに今まで特に疑問を感じなかったけど、よく考えると本来は、忠臣愛国とか愛国婦人会とか戦前の思想風潮に由来する地名で、ラブ・ワールドってわけじゃないんだなあ。
 あと、駅前には例によってHINOMIが!

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 今回、唯一見つけたスタンダードな形状の火の見櫓です。右は愛国簡易郵便局。
(まさ)
東日本 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0106

2009年08月13日
 その足寄市街で見つけた若かりし頃のチハルの手描きカンバン。

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 このレトロなカンバンに導かれて生家に行ってみると、そこにも手描きカンバンが!

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 新旧の姿を並べる意味がわかりません…。
(まさ)

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●□ お 知 ら せ □●
◎I toursブログを更新しました。帯広郊外中札内村の話題です。ヨシタケの牧場も→●□
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

フキの下のチハル

2009年08月12日
 北海道旅行の画像が入ったまま、クラッシュしてしまったコンパクトフラッシュ。ネットで見つけたデジカメメモリーの救出をしてくれる「エムディエス」という会社(なぜか鯖江にある)に依頼したところ、なんと見事に画像を生き返られてくれました。値段は8千円強。高いけど、まあ仕方がない。風景写真なんぞは最悪どっちでもよかったが、ばんえい競馬の画像はどうしても取り戻したかったから。
 ただ、復活してくれたのはいいんだけど、撮影時にミスって消した画像まで復活してくれたもんで、画像の数が1.5倍になってしまい、整理が面倒なことに…。う~ん。

 そんなわけで、話は北海道に戻ります。
 津別から、阿寒湖を思い切り無視してオンネトーに立ち寄り、午後もだいぶ遅くに足寄まで出てきました。足寄といえば十勝管内の二大偉人(?)、ムネオとチハルの生まれた町。町の中心にある「道の駅足寄」に立ち寄ると、松山千春の歌碑が立ち、館内には千春展示室があり、スピーカーからは「大空と大地の中で」がエンドレスで流れています。なんというか、ファンにはたまらないが、ファン以外にもたまりません(もう一つの意味で)。

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 道の駅足寄は、もとはちほく鉄道足寄駅だった施設。館内は、旧駅務室を改装して土産物売場が設置されています。商品のメインはやはり千春グッズ(と、ムネオグッズ)。しかも、一般的にイメージされるアーティストグッズではなく、足寄町オリジナル商品がズラリ。すごい!レアすぎる!買わないけど!(ファンじゃないので)

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 しかもそのデザインが驚愕。上の写真のTシャツとうちわに写る千春、なにやってんだ?不思議に思って観光パンフを漁ると、なんとこれ、人の背丈以上にも育つ足寄特産のフキ「ラワンブキ」の下に立っているのだった。
 道の駅にはラワンブキの水煮も売られていましたが、さすがに北海道まで来てフキを土産に買っていく気にはなりません。だけど、そのフキは見て見たい。
 売店の女性に聞くと、ラワンは「螺湾」という地名で、オンネトー方面に20kmほど戻ったところ。そこに見学できる密生地があるとのこと。「フキのシーズンは1ヶ月前に終わっちゃってるのでもう枯れかかっていますよ」と言われましたが、このまま帯広に向かっても面白くないので、行ってみることにしました。
 足寄市街から車を走らせること約30分。淋しい国道を外れてもっと淋しい県道に入り、作業中の牧場主に場所を聞いたりして、やって来ました「ラワンブキ圃場」。

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 なんじゃこの気持ち悪い光景は!巨大なフキが無限に広がるさまは、原始の世界さながら。しかも雲は厚く、時間も遅くてどんどん暗くなっているので、気味悪さ倍増です。何か出てきそうな雰囲気。

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 気持ち悪さにマジ泣き寸前の女性取材記者。Tシャツのものほどデカくはないけど、これでもじゅうぶんデカい。
 途中で道を尋ねた牧場主によると、ラワンブキには天然ものと栽培ものがあり、Tシャツの写真はどうやら専業の農場で栽培されたものらしい。産地の螺湾の人はそこらへんに生えているのを採って食べるそうで、「オデンと一緒に煮るとメチャクチャ美味いよ」。ほう、そうですか。
 次回はフキの最盛期に行きたいものです。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

86番観音寺の夜

2009年08月11日
 でもって昨日は、東海市にある知多四国86番札所観音寺で「ちょうちん祭り」というのが行なわれるというので、行ってみました。
 86番は個人的に、半島北部で一番好きな札所です。
 参道からは臨海工業地帯や名港トリトン(この名前って定着してねえなあ)が一望できます。ここはその昔、「加家の観音寺」の名で知られた名所で、崖っぷちに寺があるので伊勢湾の風光が楽しめたとか。今ではその海が臨海工業地帯になっちゃってますが、参道から海側の眺めはなかなか。「工場萌え」とかの人にはたまらん眺めではないでしょうか。
 そして境内には寺領を覆いつくすような巨木が。これがまた癒し系。集落~参道~階段~境内と歩くと、ホントいい心持ちになります。ただ、寺の北東側は宅地開発真っ最中で殺風景なのだが、とりあえずそれには目をつぶる。
 そんな味わい深い86番観音寺で、毎年8月10日に行われるのが「ちょうちん祭り」。観音さんの縁日のひとつ、だと思います。9日と10日、どちらもそうらしい。

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 7時半ぐらいに始まると聞いたので7時ごろ行ったら、もう始まってた。台風が来るかもしれないので、今年は縮小バージョンで執り行ったとか。いつもはもっとたくさん、ちょうちんを吊るした竹が境内に並ぶそうで、観音堂での祈祷が終わると参拝者がちょうちんを奪い合うという、テンションの高い祭りらしい。今日は、阿久比の観音寺と同じく、しみじみ~とした感じでした。

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 観音堂では住職によるご祈祷が。お堂に吊るされたちょうちんは、中国寺院の塔のような妙な形。
由緒は…聞きそびれた。
 簡略化バージョンじゃ仕方ないので、またらいね~ん(まだ回る気でいるのか)。

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樹林舎刊「知多巡礼紀行」。付録地図が付いているのでビニール包装で販売されていますが、一部書店では中を見られるよう見本を置いているところもあります。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

17番観音寺の夜

2009年08月10日
 樹林舎「知多巡礼紀行」の発刊からもう1ヶ月以上も経つのに、今だにフォロー取材もやってたりします。どこに載せるとかではないので、取材というかただの見物だが。一年かけてイヤと言うほど回っても、まだ見損ねている行事があるんですわ。
 昨日は、観音寺の縁日を取材、いや見物してきました。観音寺といっても知多四国には東浦、阿久比、東海市と3寺もありまして、そのうち行ったのは、阿久比町矢高にある17番。全89寺でもかなり小さい方のお寺で、もとは「矢高観音堂」という名のお堂でした。

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 17番観音寺の縁日は、毎年8月9日の固定行事。この日に観音様を参拝すると、九万九千日お参りしたのと同じ御利益があるとかなんとか。地元だけのささやかな行事なのでわざわざ見物に訪れる観光客や巡拝者などはいません。
 写真のように、参道から境内にかけてにズラッと赤提灯が吊るされ、7時前後に地元の人が続々とお参りに来ます。昨日はこの写真を撮ったあとけっこうな雨が降ってきたので、例年より参拝者は少ないということですが、この小さい寺にしては意外と人出があるんだなあと、感心しました。

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 人が来る間じゅう、本堂では地元の人がずーっと木魚を叩いて鉦を鳴らしています。祭りや盆行事のようにテンションがアガる雰囲気ではないが、檀家と地元の人だけでこじんまりと行なわれ、なんかこう、しみじみと味わい深い。阿久比の夏・ニッポンの夏てな感じで。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

HINOMI in the 水没予定集落

2009年08月09日
 ダムとか廃集落といえば、東三河で、廃集落ではないがそのうち廃集落になるところにHINOMIがあった。

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(2008.02.01撮影)

 設楽町大名倉の火の見櫓(→●□)。設楽ダムによる水没予定地に立っています。
 地元住民でないのでどうこう言う資格はあまりないと思いますが、ほんとロクでもないことになったものです。いったん沈んだら、どうやったって先祖伝来の土地は戻ってこないのに。
 徳山ダムや東杉原集落跡地を見れば、その光景の哀しさ、いずれこういう風景が地元に出現することを想像して、胸が痛みそうなものだが。いや、設楽の近くにも新豊根ダムとか矢作ダムなどの水没例があるのに、地元の行政関係者はあれ見てなんとも感じないのだろうか。
 利水か治水か建設業者の仕事確保か知らないけど、地元を丸め込む国も、着工を受け入れる自治体も、愚かきわまりない。

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水没地の標高を示すカンバン

 じゃあ、ダムなしで地域振興ができるのか?ということを言う人もいるだろうけど、一時的に金が入ったからとて、人口流出が止まったり寂れる町が盛り返したり、そんなことあるわけがない。もはやこの時代、中山間地は衰退する以外にない社会構造になっちゃってるんだから。根本的に社会のあり方が変わらない限り、ダムができたって設楽町の活性化はありえません。
 もっとも、そんなこと行政だって分かってるだろうけど。だけど、地域振興と言わないと建設の大義名分が立たないからね。
 ならどうすべきか?どうしようもない、と言っちゃあオシマイだが、設楽に限らず全国すべての中山間地は、ゆるやかに終焉に向かっているような感じだし。
 だが、いつか巨大公共事業に頼らない打開策が見つからないとも限らないし、地域に人が戻るような風潮にならないとも言えない。なので、戦争~高度成長期~バブル期を生きてきた世代の古臭い感覚でダムを作り村を潰すなんてやめていただき、後の世代に委ねて、人がいる限りはとりあえずそのまま残しておいてほしいのだ、が…。
 しかし、本当に動き出してしまった設楽ダム、残念です。

↓そういえば、友人のKさんが作っている豊橋の地域雑誌「fratto」の現在発刊号には、Kさんによる水没地区のレポートが載ってます。そのチラシ。
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 硬くなっちゃったので、バランスを取るため最後にマニアックな写真を(一枚目の写真だけでじゅうぶんマニアックだが)。

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 上は別角度から見たHONOMIです(当方HP「三河遠州火の見櫓集成」に載せたものと同じ)。手前右から奥へカーブする道、これは三河田口から段戸山へ通じていた森林鉄道の廃線跡です。廃屋と化した旧三河田口駅(→●□)だけでなく、こういう遺産も沈むのだ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

HINOMI in the 廃集落

2009年08月08日
 先日、旧藤橋村にある藤橋城へ取材で行きました。今はウチの実家と同じ町内になってしまった超地元施設なのだが、中に入るのは初めて。城といいつつ中にプラネタリウムがあります。
 この城の最上階は展望台。上に登っても山しか見えないという、存在意義が疑問な展望台なのだが、揖斐川対岸の東杉原集落跡に目を向けると、なんとそこにはHINOMIが!

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 取材後、さっそく対岸へ行ってみると、草に埋もれて火の見櫓が取り残されるように立っていた。

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 神社跡に建立された記念碑によると、昭和32年には60数戸もあった東杉原は、徳山ダム(→●□)と杉原ダムの建設に伴い、移住する家が続出。平成2年に開かれた最後の総会をもって集落解散となったとのこと。
 三河遠州でかなりの数のHINOMIをチェックしたけど、さすがに廃集落に残った火の見櫓ってのはなかった(それに近い例はあったが→●□)。
 電力事情が変化したため杉原ダムは建設されなかったので、土地は水没せず草生した荒れ地と化し、対岸には史実にない天守閣…。なんじゃそりゃ!こんな悲しいHINOMIは他にない。

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 HINOMIのほかに、草に埋もれた旧善勝寺の本堂も。記念碑によると、岐阜市本荘に移転したものの後継者がなく、平成15年限りで終焉。
 我が町って、なんだかなあ…。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

THE 芝居小屋

2009年08月07日
 近頃驚いた話題といえば、サカイ容疑者よりも現役の競輪選手でアテネ五輪の銀メダリスト、長塚智弘(S1・81期)が茨城県知事選に立候補したこと。型破りで面白い選手なので好きなんだけど、どんだけ型破りなんだと。茨城県民じゃないけど、茨城の知事選挙が今から楽しみ。
 かたや、僕が選挙権を得てから一度も面白くなったことなんてないのが岐阜県知事選挙。次回、長塚に続いてヤマコウ(SS・62期・山口幸二)あたりが出りゃいいのに。

 それはさておき、一ヶ月前、旧加子母村に初めて行ったという話題を書いたが(→●□)、今週の日曜日にもう一回行ってきました。目的は、明治27年築の芝居小屋「明治座」で催された、恵那市在住のソロ和太鼓奏者、加藤拓三さんのライブ。昨年、東京国際和太鼓コンテストの大太鼓部門で最優秀賞を獲った、岐阜のホープです。
 先月は、岐阜県内のみで配布されている無料中古車情報誌「ジャウス」のドライブガイドページの取材で明治座に行き、よくまあこんな昔ながらの芝居小屋が、今なお現役で使われているもんだと感動しました。今回は、その超シブい施設に、実際に客が入っているところを見られました。

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 この素晴らしい雰囲気!1階席は床板にゴザ敷き。2階席は戸が全開。う~ん。
 僕も座って聴きたいところでしたが、この日は別件の取材でもあり、最後尾に設えられたかつての映写機セッティングスペース(昔は芝居だけでなく映画も上映していた)で、カメラ構えて撮影してました。

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 ここは引き幕も見もの。歌舞伎に出る村の男たちを応援するため、村の娘たちがみんなで作ったというもの。ホールの緞帳に注目したことは一度もないけど、これは目が引きつけられる。
 明治座でのメイン公演は毎年9月の地歌舞伎なんですが、クラッシックのコンサートなんかも定期的に開かれているとのこと。
 でも、こういう空間で聞いてみたいのは、やっぱり落語だ。岐阜出身の噺家が誰か演ってくんねえかなあ。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0105

2009年08月05日
 旧北見相生駅に行く途中通りかかった津別町の中心部で、昼食をとろうとたまたま見かけた「西洋軒」という食堂へ何の気なしに入りました。ここで、道東名物(本来は十勝の名物らしいが)・豚丼を注文したところ、これがメチャクチャ美味かった!偶然いい店を見つけて幸運!美幌からダイレクトで阿寒湖へ行かれる方にオススメです。

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二日目は変わったTシャツを着る女性取材記者(ただの観光客)

 今回はガイドブックの類を何も持って行かなかったので、美味い店とか有名店とかいっさいノーマーク。この店はごく普通の町の洋食屋という風情で、見たところ僕ら以外の客はすべて地元民らしき人ばかり。その人たちの多くは、豚丼じゃなくて塩ラーメンを注文していたが…。
 この店のカンバンも、いかにも町の洋食屋のオッサンな感じの店長(たぶん)をモチーフにしてます。

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 しかし、よく見ると周囲にはこんなにカンバンが!

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 どのメニューがメインなんだ!「とにかくあつ~い、ソース焼そば」って…。
 店主イラストのカンバンは木製のものです。商店街には同じシリーズの木製カンバンがズラッと掲げられていました。津別町は木材の町として栄えたところで、たぶん町おこしの一環なんでしょう。

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 左は宝石・メガネ店。右は北見信金津別支店。信用金庫の統一キャラクター「おたくもうちも君」(→●□)をあしらったレアな一品。
 津別商店街はこんな雰囲気。北海道らしいといえばそれまでだが…なにかと厳しそうな感が漂ってますね。

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 北海道の話を続けたいところですが、コンパクトフラッシュのクラッシュで画像が…。いま、画像修復をしてくれる会社に送っているのだが、どうなることやら。
(まさ)
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懐かしの風景

2009年08月03日
 北海道2日目、網走から帯広へどう向かおうかと悩んだ挙句、東藻琴→美幌→阿寒湖→足寄というルートで走ってみた。
 美幌から国道240号を40キロばかり南下して、釧北峠の北にある「道の駅あいおい」に辿り着くと、目の前に25年ほど前に廃止された国鉄相生線の旧北見相生駅がありました。鉄道記念館として保存公開されている模様。

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 う~ん、懐かしい。相生線には乗ったことがないけど懐かしい。
 というのも小中学生の頃の僕の愛読書と言えば、小学館コロタン文庫の「国鉄駅名全百科」、小学館の国鉄全駅紹介シリーズ1「北海道690駅」、あとタイトル忘れたけど国鉄第1次廃止路線写真集。それらの本に北見相生駅が載ってて、いつか行ってみたかった憧れの地だったからです。
 当時、国鉄は赤字路線の大量廃止を控えた頃で、面白そうなローカル線が軒並み風前の灯でした。子供の僕は一人で北海道なんぞ行けるわけもなく、そのうちどんどん廃止されてゆくのを指を咥えて眺めるのみ。
 あの頃は「もう10年早く生まれていれば…」なんて思ったもんです。まあ、この歳になると「もう10歳若けりゃなあ…」って感じですけど。
 しかし、本で見た風景を懐かしいというのも、なんか釈然としない。

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 このタイプの駅名標は、JR化以前のスタンダードなので馴染み深く、純粋に懐かしい。
 いちおう沿線を全区間走ってみて思ったのは、よくもまあこんな僻地に鉄道が走ってたもんだなあ…と。北見相生駅の周辺も、北海道の奥地ここに極まれり、って風情。25年前はどうだったんだろう?
 いろいろ感慨にふけりながら駅前をブラついていると、例によってHINOMIが!

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 北海道にも火の見櫓があるとは。しかもなんと「浜北型」(→●□)。厳密にはホース乾燥塔だろうけど、相生線沿線の活汲という集落でも同形のHINOMIを見つけ、そいつには半鐘が取り付けられていました。

 旧駅だのHINOMIだの写真出してもイマイチ北海道っぽくないんで、最後に名所の写真でも一枚。
 北見相生から峠を越えて阿寒湖に行ってみたのだが、あまりに観光地チックで興醒めしてパス。代わりに、阿寒湖の近くにあるオンネトーに行ってみたら、こちらは秘境っぽくてとてもよかった。

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 富士五湖にたとえるなら、阿寒湖は河口湖、オンネトーは山中湖ってところでしょうか。
(まさ)
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浴衣の特権

2009年08月01日
 一昨日のブログの北浜駅にチラッと写っていますが、初日の北海道は浴衣で出歩いておりました。そう、数ヶ月前にアップした時は布の状態で(→●□)、完成するかどうか怪しかったあの浴衣の生地が、着ることのできる浴衣に仕上がったのです!ブラボー!!
 忘れもしない完成日は6月25日の木曜日。最後の仕上げとなる“袖付け”は、①左右の袖を付け間違える、②袖と脇の長さが合わない等の理由で、都合三度も縫い直すはめになりましたが、実家の婆ちゃんにアドバイスをもらいながら、何とか完成させることができました。
 
 さて、浴衣を着て出掛けると嬉しいことがたくさん!
 お茶の稽古場では、先生やお茶仲間からステキ、カワイイ、オシャレ、スゴイなどなどお褒めの言葉を頂き、数ヶ月の苦労なんか吹っ飛んだ。
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近所の神社で記念撮影。演歌歌手になりきる。 帯は黒地に赤のフラミンゴ柄。母がサポートしてくれた。

 その次に出掛けた先の福井県勝山市では、呉服店の店主から「ステキですね」と声を掛けられる。仕事でお世話になっている太鼓店の専務も「オオッ!」といった目で見てくれる。太鼓雑誌の辛口編集長は、嘗め回すように見ただけでノーコメントでしたが、容易にカワイイと言わないところが尊敬すべき点、と前向きに考える。
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勝山の商店街を歩く。

 そして先日の北海道では浴衣で飛行機に搭乗し、客室乗務員から「お召し物が汚れるといけませんから、何かお持ちしましょうか」と、今までにない丁寧な口調で話しかけられる。
 さらに、釧網線の北浜駅では、駅構内のカフェの女性スタッフから「写真を撮らせてください!」という依頼が!きゃ~っ、こんな嬉しいことはありませんっ。
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釧網線、北浜駅でモデルをつとめる。

 とにかく、浴衣を着ていると嬉しいことばかり。夏のイベントには浴衣を着て出掛けると入場料が無料になったり、プレゼントがもらえたり、様々な特典があるので、浴衣をお持ちなら着て出掛けるべきです。(まり)
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