麦の大地0002

2009年05月30日
 広報とともに配布された「第5次知立市総合計画」ダイジェスト版に、将来の知立市域の“構造図”なるものが掲載されていました。

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 左で指を差しているみょうちきりんなキャラクターのことはさておき(総合計画マスコットキャラクター・ともだち仮面チャレン次くん、だって。なんだそりゃ)、けっこう農地が多い町だと思っていたのに、将来的にはますます減っていくようです。まあ、農業を継ぐ人がいないんだったら仕方ない。仕方ないけどねえ…。
 ところで気になるのは左端のほうにオレンジ色で塗られた三角形の「産業ゾーン」。この形からするとR23バイパス・R155・県道知立東浦線で囲まれた上重原町の一角になるが、ここは今の時期、こんな風景。

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 つまりここも将来的には、農地でなくなるということか。
 産業ゾーンって言い方じたい漠然としていて、なんの「産業」なのかよくわからないけれど、とりあえずグレーゾーンにしておいて、機をみて都合のいいように使おうということかな?
 なんにせよ知立市民は推移をしっかり見ておく必要があるでしょう。
(まさ)
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西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

BARSAN、港町に集結

2009年05月29日
 今週はじめ「知多巡礼紀行」のフォロー取材のため師崎に行ったら、36番遍照寺の近くでBARSANたちが町角に集結するという光景に出くわした。

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 狭い路地を、乳母車を押して続々とやってくるBARSANたち。半島の辺地らしい時代を超越した光景に一瞬絶句。
 数分後、車でここを通りかかって、BARSANの集まりがなんなのか判明した。高浜にある「おとうふ工房いしかわ」の移動販売がやって来て、みんな豆腐を買いに集まってたのね。
 運転していたのでそのシーンは撮れなかったけど、さすが愛知の豆腐業界の雄、味なことをやります。
 僕が子どもの頃、川向いの新丁という集落に豆腐屋さんがあって、そこのお爺さん(「守クンのおじいちゃん」と呼んでいた)が自転車の荷台に豆腐を積み、ラッパを吹きながら売り回っていたのを思い出します。

 あと、ちなみに、師崎の乳母車のスタンダードは籐製ではなく青いプラボックス。魚介の運搬に使っていたものを転用したと思われます。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

道標のゆくえ

2009年05月27日
 えー、くるりのニューアルバムのタイトルをパクったわけではありません。
 先日「知多巡礼紀行」の資料調査のために半田市立博物館に行ったところ、館の人が「こんなんありますけど」と裏庭に案内してくれて、目にした光景に唖然。

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 道標がズラリ!これ以外にも10数基。道路工事で邪魔になったものたちで、地権者等が寄贈して移設されたそうです。
 本書で一緒に仕事させてもらった「弘法道」研究者の先生も、「長年ここに通ってるけどちっとも知らなかった」だって。それほど盲点な場所です。
 しかしこの並べ方、完全に墓地だね。
 
 邪魔になった道標が一か所に集められるということはよくあって、知多四国の寺でも道標や丁石(次の札所までの距離を1丁ごとにカウントダウンで示したもので、昔の巡拝者はこれを辿り寺を回った) が境内の隅に移設され並べられている光景があちこちで見られます。ミュージアム系では、蒲郡市立博物館なんかにもアリ。しかし、移設された道標ほど意味のない石造物もない。
 半田市博ではこれらの台帳をいちおう作っており、設置位置が分かればと思って見せてもらったんだけど、どうにも内容が中途半端だもんで、あまり役に立ちませんでした。時間をかければ特定できたかもしれんけど、この商売、そんな悠長にやってらんないのよ。
 もっともこれは博物館に責任があるとも言えません。台帳に記録された時期が昭和50年代。この時期だと近現代の石造物や道標なんぞに注目する研究者はあまりいなかったのです。江戸時代に“官道”が通じておらず、街道研究が伝統的に重視されていない知多半島ではなおさらでしょう。
 石仏なんかだと割に大事にされるけど、道標だって寄進者は思いを込めて建てているんだし、もう少し顧みられてもいいと思います。つまり、邪魔でもできるだけ元の位置から動かすなと。
 ひいては、愛知県教委が文化庁の号令でだいぶ前に作った「歴史の道調査報告書」のテキトーすぎる調査をもう一回やり直してほしい。

 それはさておき、上の中ではこれなんか面白い一品。
 
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 亀崎市街地のどこかにあった知多四国巡拝者向け道標で、明治43年の建立。隅に小さく「並ステーション」、つまり亀崎駅へも誘導しています。
 左後ろに見える「右かめざき/三河へ渡し」は、乙川あたりにあったんでしょう。三河マニアも見逃せない!
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

赤い箱

2009年05月25日
 いろいろ動いてはおりますが、仕事の絡み等タイミング的に出しづらい話題が多いので、また埋め草的なネタを。
 昨年暮れ、佐久間町の川合(「花の舞」の行なわれる集落→●□)に行ったとき発見したブツ。

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 傘立てとして利用されている、「ヤマイヅミ」の醤油・溜用一升瓶ケースです。ヤマイヅミとは現在の盛田株式会社(→●□)の旧商標。知多もずいぶん動き回ったけど、ヤマイヅミのケースにはお目にかかったことがありません。
 エリアをまたいで動いていると、地元の人には価値などない貴重品にひょんなところで出会うことがままあります。もっとも、仮にこれを知多に持って行ったとしても、誰も価値を認めないだろうが…。
 知多半島ってどうも他地域と比べて、教育委員会関係も地元メディアも読者も、こういう瑣末なモノ・コトに関心が薄い気がしてならない。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

100_100

2009年05月22日
 知多半島本のためにここ20日ほど延々と原稿を書いており、さすがに遊びの文章(ブログ)も書く気が起きない状態です。

 知多は僕にとって、全貌を捉えきるのにけっこう難儀した土地でした。
 僕が好む地域というのは、エリア内の町と町、あるいは町と集落の結びつきが、深く調べるほどに浮かび上がってくるようなところ。物の動きだったり、人の動きだったりとか。東三河、西三河、遠州、南信は、道や川を通じてそういうのをものすごく感じるんだが、知多はちょっと違う。町単体で見ていくと非常に面白いんだけど、全体で見たとき、どうにも手応えがない。
 1年ほどじっくり見てきて気付いたんですが、どうも知多半島はエリア内での人と物の流れが希薄なようです。地形の特殊さとかもあるんだけど、昔からずっと町ごとでバラバラのベクトルを示している気がする。歴史を紐解くと、廻船業で栄えた江戸時代はどの町も海の先にばっかり目が向いているので、そうした気質も影響してるんでしょう。

 なので、ひとくくりに「知多」といっても、今だになんかピンとこないんだな。昔から、半田は半田、常滑は常滑、横須賀は横須賀で勝手に発展してるという感じ。それぞれをライバル視しているふうでもなく、「ウチはウチ。ヨソのことは知りません」って各町の人が思ってんじゃないのか。とにかく一体感がないんだなあ。
 もっとも、昔から裕福な土地なので、東三河みたいに「一丸となって発展してよう!」なんて連帯する必要もないんだけど。
 そんな知多半島を唯一ひとつにまとめているものが、いま本を作っている(僕の著作ではなく製作チームの一員ですが)知多四国88ヶ所です。ユルイ知多半島をユルく結び付けている「知多四国」とはいったいなんなのか?その答えは近刊「知多巡礼紀行」に…って、そこまで読み取れるかまだわかりませんけど。

 それはさておき、ちょっと知多ナイズドされた頭をクリアにしてからこの本の校正作業をしたいので、僕の愛する東三河の写真でも載せておきます。
 ちょうど一年前の昨日は、渥美半島にいました。「そう」20号の地名ネタで取り上げた、田原市六連町の百々海岸です。どの地名も読めないってか。六連は「むつれ」、百々は「どうどう」です

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 こういう荒涼感は知多半島にはないですね。
 1年前の写真ファイルを眺めていたら、こんな写真も撮ってた。

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 六連町にある通称「富山」地区の由来を記した記念碑。ここは、昭和10年に富山村からの移住者によって開拓された集落だそうです。

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 富山地区から豊橋市街を見る。丘の遙か向こうに豊橋の摩天楼が!豊橋ごときに摩天楼ってのもアレだけど(アレって何?)。
 知多半島にもこうした広々とした風景はありますが、ダイナミックさでは渥美半島に軍配が上がる。つまりそれだけ渥美半島が田舎ってことだ(ホメ言葉ですよ)。
(まさ)
東三河雑 | Comments(5) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0098

2009年05月18日
 豊橋の牟呂で発見した子供向け防犯カンバン。吉本新喜劇の中條健一か!

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 しかし今時のガキがチョコやガムなんかで知らない人に付いていくのかね(行くかも)。
 取材したり写真撮ったりしていると、逆に子供に話しかけられることがありますが、気軽に喋ったりしてるところを大人が見て通報されるんじゃないか…と恐れて、最近は避けるようにしてます。面倒くさい時代だよ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

凸凹エイジ

2009年05月16日
 語感も意味も気持ち悪い「アラフォー」って言葉がありますよね。あれに代わる言い方はないもんかと考えていたところ、最近聞いている落語のCDで、噺家の誰かが30前後の年増女を「30でこぼこ」と表現しているのを耳にした。これじゃん!40でこぼこ。この言い方に変えようよー。

081206-3.jpg ←久々に登場、知多四国72番慈雲寺のソフトバンク犬

「おい、でこぼこなのは年じゃなくてお前の脳ミソじゃないのか?」
(まさ)
そのほか | Comments(1) | Trackback(0)

遙かなるナゴヤシティ

2009年05月13日
 ネタはいろいろあるんですが、多忙につきブログを書く気が起きない今日この頃。間が空きすぎるのもアレなんで(アレって何?)、疲れを癒す絶景でも載せておきます。

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 ちょっと前に取材で行った、南濃の日帰り温泉「水晶の湯」からの眺め。遠くに霞んでタワーズが見えます。
 この水晶の湯、山の中腹にあり、行くには麓の駐車場から無料バスに乗らねばならない。急いでいるときには面倒だが、急いでいないときには、マイクロとはいえなんとなく旅気分を味わえるのでいい。
 今思いついたが、これ、バスじゃなくてケーブルカーにすればもっと流行るんじゃないか。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

浴衣作りを始める

2009年05月08日
 4月から浴衣作り教室に通っている。場所は大須のショップ&カフェ。知立から金山で乗り換えて上前津まで行って・・・と、かなり面倒くさい。しかも家庭科の成績は2(中学か高校か忘れたけど)。料理系は得意だったのに裁縫系がまったくダメで、課題で作ったスカートもパジャマも着れた試しがない。ミシンも10年以上触っていない。針に糸を通すだけでも一苦労するから、ボタンが取れてもしばらく放っている。それなのに、着物熱が高じて、浴衣作りたい!の勢いで申し込んでしまった。
 
 ここの教室は高価な反物ではなく、木綿の布で作る。ほぼ全員が大塚屋(名古屋の代表的な布屋さん)で購入。ワタシが買った布はオレンジのストライプ、イエローのドット、ブラウンのチェックと、一枚で3パターン楽しめるもの。せっかく作るんだから、その辺では売っていない柄がいい。なんてカワイイ柄なんだ!と、出来上がりを想像してはワクワクしていた。だが、この柄のおかげで裁断が非常に大変だった。

 初回、裁断に3時間。慣れない姿勢で慣れないことをやっているので、肩も腰も痛くなる。二回目、印付けに3時間。慣れない言葉と苦手な数字のオンパレードで、何のことやらさっぱり。印を付けるためのチャコペーパーがまたクセモノで、上手く使えない。両面と片面があるなんて知らなかった~。何とか印を付け終えたが、まったく理解できていない。このままでは宿題もこなせない(毎回、宿題が出るのだ)。宿題のうち、背縫いだけを何とか仕上げ、雨の日の今日、「今から行ってもいいですか」と連絡して、教室へ向かった。

 ミシンがないから手縫いで仕上げたのだが、かなりキツく縫ってしまったよう。「このままだとブチッと切れてしまってたよ」と、縫った箇所を針でならして布を伸ばしていく。やっぱり来て良かったと安堵していると、もしかして背縫いの場所が違うんじゃない?と先生が慌てて確認する。背縫い、つまりそれは後身頃を縫わなければならなかったのに、前身頃を縫っていたのだ。絡まる糸に八つ当たりしながら、2時間かけて手縫いしたのに。あの時間はなんだったんだ。本当にがっかりだ。縫った糸をほどいていく作業ほど悲しいものはない。あ~、本当にできるのか・・・(まり)

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 ↑チャコペーパーで印付けする。ワタシの生地は一番手前
名古屋雑 | Comments(1) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0097

2009年05月07日
 その東白川村で取材させてもらった白川茶の生産農家、常磐園さんのカンバン。

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 茶葉&茶花をバックに、橙色の茶壷が印象的な逸品。東海道線の湘南色電車もそうだけど、緑と橙色の相性っていいよね。今、我が家で飲んでるお茶は、当然ながら常磐園産です。
 常磐園の茶畑があるのは、つちのこ館から白川方面に数キロ、村の入口にあたる五加地区。この集落と茶畑がまた「絶景」で感動。ウチの地元の揖斐川町も茶産地で、実家にわずかながら茶畑があるもんですから、茶畑のある風景は本当に落ち着きます。

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 山の上に広がる茶畑の中には、天然石の古い墓が。
 取材したときはまだ新茶が芽吹いてもいない頃だったんで、もうちょっとしたら再訪しようかと思ってます。ビバ日本茶!
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

ツチノコだらけ

2009年05月06日
 1か月も前の話ですが、先月、岐阜県内のみで無料配布されている中古車フリー雑誌の取材で東白川村に行ってきました。中途半端な場所なので僕も今まで一度しか行ったことがありません。
 東白川といえば、ツチノコが名物。名物っつーか…。でも、珍妙な村おこしってことで昔から格好の新聞ネタになってて、岐阜県民ならたぶん誰でも知ってる、けどツチノコを誰も見たことがないという、わけのわからない話です。
 メインは白川茶生産者の取材だったんだが、村内にツチノコ紹介施設「つちのこ館」があるってんで、茶畑を見物したあと見に行ってみました。

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 変態タクシー飛ばして横付け、着いたところはつちのこ館!てな具合に電気グルーヴをBGMに、やって来ましたつちのこ館。外観は普通の土産物店ですが、軒に掲げられた手づくり感あるけど少し手が込んでいる感のあるカンバンが、すでに珍スポットな香りを漂わせています。
 1階はツチノコグッズ&東白川の特産ががズラリ。2階が資料館になってるというのでまずはそっちを見物。建物の半分は吹き抜けになっているので、展示スペースは2階半分だけ。
 展示といってもそこはツチノコ、幻のヘビだもんですからそんなに飾れるようなモノもなく、前半はひたすらテキストの掲示。もちろん手書きで、学級新聞のような風合いにいきなりウケルんだが、これが意外と読みごたえがあって面白い。ツチノコとはこんな生物という生物学(民俗学か?)的なアプローチから、目撃者の詳細な証言と発見時のドキュメント、ツチノコで村が脚光を浴びるまでの経緯が事細かに書いてある。
 読んでると、たかがツチノコと言えどもディープに突き詰めていけば奥深いことがわかります。あと、村人の情熱がけっこう心を打つ。侮れないぞ、東白川!
 しかし読んでいる途中から、壁の向こうの別室から聞こえてくるガタガタという音が気になってきました。小物の展示もそこそこに、オバケ屋敷ふうの入口に胸を高鳴らせて別室に入ると…

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 で、出た!リアルツチノコ!動いてる!しかも5体も!
 薄暗い室内と精緻なジオラマ&ツチノコに、もう唖然ですよ。オバケ屋敷ふうていうか完全にオバケ屋敷。嫁は気味悪がってすぐに逃げてっちゃいました。
 2階でツチノコをたっぷり堪能したあとは(マジ堪能)、1階で土産物を物色。よくまあツチノコだけでこれだけグッズを作ったもんだなあと、感心してしまう。

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 しかもほとんどファンシー系。2階とのギャップがすごい。嫁は右上のヤツを買ってました。箸置きです。今、普通に家で使ってます。あと、ここを運営している3セクが作っている「とまとのまんま」というトマトジュースも購入。これはむちゃくちゃ美味い。東白川に行ったら必飲です。

 こんな具合にかなり笑える施設なんだけど、なんていうか、本気の部分とウケ狙いの部分が絶妙に混ざり合ってて、すごくいい感じです。ツチノコで村おこしを始めてからもう20年ちょっとたっているのだが、ツチノコで今だ引っ張れるのも、なんか分かるような気がする。
 この施設見ただけで、東白川村の人はぜったい皆いい人だ、と確信しました。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0096

2009年05月04日
 その常滑市大野の路地裏で発見したカンバン。あの兄弟に7人目が!

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 見事な剥げ具合ですが、けっこう歴史がありそうな料理旅館のものです。

 尾張大野の町並は渋くてなかなか面白い。名古屋の大高、碧南の大浜と並んで、過小評価されている散策系町並のひとつではないでしょうか(おっと全て「大」が付いてる)。
 最近はこういう町って紙媒体よりもテレビで紹介されることが多いが、出版社やガイドブック編集者の怠慢ではないか。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

提灯だらけ

2009年05月03日
 知多の山車祭りシーズンも今日明日でフィニッシュです。やれやれ。
 で、今日(3日)は仕事でたまたま西海岸にいたので、常滑市北部の大野祭りを見物に。ここは三台の山車と一艘の巻藁舟がでます。

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 これまで見た知多半島の山車祭りとは一線を画し、実に優雅な雰囲気。さすが、江戸時代前半までは知多で最も栄えた町だけのことはあります。疲労がたまった身体にじんわり染み入る美しさ。
 ただ、たまにお囃子のビートが速くなり、それに合わせて提灯が高速回転するさまは、やはりパワー&アクロバティックが身上の知多らしい。提灯の山の中に数名がいて、棒でクルクル回してました。

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 この提灯は365個。そのすべてをこんな具合に岸から手渡しして、針山に針を刺すようにしてセッティングします。この光景もなかなか面白い。

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 いっぽう陸用山車チームの方々。常滑(→●□)や下半田(→●□)の皆さんとは異なり、頭はごく普通の髪型なんだが、腰がヘン。帯に何本も差しているタオルはなんだ。
 これは、山車を曳いているときに見物客からもらう「おひねり」みたいなもんだそうです。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)
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