カンバンの手帖ブログ版0089

2009年02月25日
 その長草天神社の近くで見つけたカンバン。今時の新築一戸建ては垣根や塀をなくすのが流行らしいが…ってそういう話じゃなくて。

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 大府にはなぜかコミュニティ系のカンバンが多いが、これもよく見るとなんか妙。

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 性別・年齢・主張が一切不明!しかし誰がこういう絵をデザインするんでしょうね…。
(まさ)
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ドブロクの味

2009年02月24日
 22日(日曜)は、大府の外れにある長草天神社のどぶろく祭りへ、3年ぶりに行ってみました。大府といえば、「あぐりタウン」があることと鷹羽(たかば)姓が多いことぐらいしか印象がないが、こんな祭りもあるんですねえ(前にまったく同じフレーズを使ったが)。侮れない大府。
 なんでも明応3年(1494)から500年も続いているというから驚き。行われる長草天神社は、JR共和駅から南西約1キロのところに鎮座しています。
 
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 参道の石段下で200円を出してさかづき(「梅香盃」という名のオリジナル)をいただき、ゾロゾロと階段を登って境内のふるまい所へ。

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 区の人が醸造したどぶろくをいただく女性取材記者(ただの酒飲み)。
 味はというと…う~ん、強い!舌を刺激する独特の酸味が、慣れない人には正直なかなかキツイかも。しかし、まだ酒がからきしだった三年前はほんの舐めた程度で即効でしたが、今回は意外と大丈夫だった。うーむ、確実に進歩している。進歩か?

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 参道をうろつく猩々(しょうじょう)に頭を叩かれると、一年間は無病息災だそうです。主に子供がやってもらってましたが、それに混じって我々も叩いてもらいました。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0088

2009年02月23日
 その吉原商店街駐車場に掲げてあるカンバン。このセリフ…。

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 常習犯にゃ何度言ってもわかるめえ。
 しかしこの画風、昔のマガジンかどこかで見たことある気がするんだが…。履物がゲタて。
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0014

2009年02月22日
 先週の火曜日、取材で1月に続いてまたまた富士山麓へ。前回は富士宮が中心でしたが、今回は富士市を中心に周遊です。富士市は言わずと知れた製紙の町。市内の至るところに製紙工場があり、工場群を縫うようにして「岳南鉄道」というマイナー私鉄が走っていることで、マニアには有名なところ。
 富士市はもともと、富士市と吉原市が合併してできた市で、中心市街地も二つ存在します。旧富士市の中心部はJR東海道線富士駅付近。いっぽう、旧吉原市の中心部は岳南鉄道吉原本町駅付近。JR駅があるので富士地区のほうがなんとなく栄えてるようなイメージがあるけれど、吉原地区はかつて東海道の宿場町で、商店街の雰囲気はどちらかというと吉原の方が賑わってる感じ。
 で、こちらは11年ぶりに訪れた吉原商店街にズラッと掲げられたタウンフラッグ。

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 さすが宿場町らしく、旅籠の暖簾風の和なデザイン。色あいといい(3パターンある)、フォントの選択といい、なかなか好感が持てます。小さくて見えませんが「吉原宿」の文字の上のアーチに刷り込まれているのは、本陣、木戸、神社など宿場のランドマーク。
 ただ、現代の吉原商店街はひと昔前の歩道アーケード型商店街。江戸時代の面影は皆無で、バリバリ昭和テイストなんだが。
 ところが吉原では今、和フラッグよりもこっちの三色幟のほうが注目を集めています。

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 つけナポリタン?
 たまたまその日に買ったニッカンスポーツ静岡版に「つけナポリタン」の記事が載っていたので要約すると、昨年10月、沈滞化する吉原商店街の活性化を図るべく、商店街振興組合がテレビ東京系の番組「テレビチャンピオン」の企画として開発した「ご当地グルメ」とのこと。やきそばで先行する富士宮に負けるな!ってところでしょうか。東京の有名ラーメン店が「つけナポリタン」と「富士みそ焼そば」を創作し、市民投票で勝ち組合の公認を得たのがつけナポリタン。現在は16店で提供しているらしい。
 ちょうど晩飯時だったので、商店街の中ほどにある「Trattoria KIKUCHI(トラトリアキクチ)」という店に入って注文してみました。

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 要は、パスタ麺を汁状のナポリタンにつけて食べるというもの。つけ麺のパスタ版ですね、って、つけ麺にする意味があるのかって話だが。ちなみに定義は「トマトスープをベースにもう一種類のスープを加えたWスープ。麺はうどんやそばでも可」。
 食べてみると…あ、こりゃうまい。スープにコクがあるせいか、普通にナポリタンを食べるより美味い気がする。あと、茹でたパスタそのものの香りがいい。はっきり言って、名古屋名物のあんかけパスタより味も見た目も洗練されてて、僕は好きです。

 しかし美味いとはいえ、なんでまた吉原でコレなのか?聞けば、特に喫茶店・洋食文化もないし、ナポリタン消費量が多いわけでもないらしい。
 地域の伝統文化を重視する僕としてはちょっと引っ掛からなくもないですが、考えてみると、地域性にこだわるあまりしょーもないご当地グルメで失敗した例もあるし(大きな声では言えないが信州の某町とか)、まあ、これはこれでいいのか。そもそも富士市って観光には依存してないし。
 ニッカンのインタビューに対し仕掛け人は「吉原を盛り上げるためにはなんだってしますよ」と応えていました。その心意気が好感度大!
(まさ)
東日本 | Comments(0) | Trackback(0)

現代の富くじ

2009年02月20日
 一昨日(18日)、またまた知多市の大智院へ。10/25のめがね供養(→●□)、2/12の節分(→●□)に続く訪問。どんだけこの寺が好きなんだ!でも、行事を頻繁にやってるんだから仕方ない(実はこれ以外にも何回か行ってるのだが)。
 で、今回の行事は「馬頭観音大祭」。本堂の隣に馬頭観音を祀る御堂があり、そこで厄年の厄払い祈祷を行うというもの。目玉は「お焚き上げ」で、節分の際に返却された古い桝を、境内の中央に積み上げて燃やし祈祷するのです。

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 メガネも燃やしていたけど、こちらの方が量が多いうえ、燃えやすい木なので、火の勢いが違う。でもってメガネ供養のときと同様、住職が願いを書いた護摩木を次々火の中に放り込んでいく間、参詣者は般若心経を唱えながら火の周りをグルグル周ります。う~ん、熱い!(テンションじゃなくて温度が)
 この後、夕方4時から紅白餅撒きも行われるのだが、常滑で打ち合わせがあったのでそれは見れませんでした。

 この護摩供養も見ものですが、この日限定というアトラクションがあり、これがなかなかのインパクト。2000年代にコレが!?ってな感じで。

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 それは「富くじ」!この言葉、時代劇か落語でしか耳にしたことないよ…。

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 くじは1回50円。ツヤが美しい年代ものの桶に入った、これまた年代ものの竹櫛を引き、番号の商品がもらえるというもの。モノが決まると、ドドン、と太鼓を叩いてくれます。アガルね。
 商品はバリエーション豊かで、駄菓子やティッシュ、子供向けオモチャのハズレモノから、調味料、コーヒー、島屋の包装紙に包まれたアタリモノまで、30種類以上を用意。特等は大きな包みの「大智院賞」「馬頭賞」。何が入っているんだ!
 見てたらちょうど、大智院賞を当てたオバサンがいて、お取り持ちの皆さんに「よかったですね~」「今年はいいことがあるよ~」なんて囃されて、喜んで帰っていった。ちなみに僕は3回引きましたが、当ったのは手作りカバー付きポケットティッシュ、吹くと巻いてある紙が前に伸びるオモチャの笛、商店街のオヤジが持ってそうな集金用?のカバン。う~ん…。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

佐久間RP閉園へのカウントダウン

2009年02月17日
 3日続けて鉄系の話題で、マニアの人以外には申し訳ないっす。
 今日の静岡新聞によると、JR飯田線の中部天竜駅構内にある「佐久間レールパーク」が、今年の11月1日で閉園になるそうです。

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(2004.7.30撮影)


 北遠山中に往年の名車輌を一同に集めた、マニアなら一度は訪れたいミュージアム。車輌の歴史的価値はさておき、こんな山奥に0系新幹線(しかも頭だけ)があるというシュールさがたまらない施設だったんだけど…。貴重な観光資源として旧佐久間町への貢献度も高かっただろうに、惜しいことです。
 ただ、中部天竜には数え切れないほど行っているワタクシも、鉄道の車輌自体にはほとんど興味がないので、園内には取材と遊び各一回入ったきりですが。

 車輌は金城埠頭にJR東海が建設する鉄道博物館に移されるらしいけど、これらは一体どうするのか?非常に気になる。

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 これとか。

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 これとか。後ろに写っている柱タイプの駅名標も。

 静岡新聞の記事には、町の関係者が「レールパーク跡地をイベント等に使用できるように計らってもらえないか」というコメントを出しています。僕としては、施設(旧機関区事務所)はそのまま残して、飯田線だけの資料館でも作ればいいと思うのだけど、どうか?やはり飯田線のモノは沿線の外に出さないほうが地域のためではないかと。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

住友大阪セメント伊吹工場専用線跡の現況

2009年02月16日
 マニアな話題が続くけど、鉄道系のネタだと検索して来てくれる人もいるみたいなんで、迎合して…。新垂井駅跡を見たついでに県境を越えて、米原市の「住友大阪セメント伊吹工場専用線」の廃線跡も見てきました。 
 住セメ伊吹専用線は、東海道線近江長岡駅から伊吹山の麓にある工場まで通じていた貨物専用線です。平成11年まで貨物列車が運行されており、15年ほど前、線路沿いを歩いて走行中の貨物列車を撮ったことがあります。その写真は僕が取材編集した「湖北の今昔」(郷土出版社・平成15年)に趣味でこっそり載せたので、興味のある人は長浜近辺の図書館にでも行ってご覧ください。湖北エリアの駅の古写真も多数掲載しております。

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 貨物ヤードが広がっていた近江長岡駅東側は、線路が剥がされキレイサッパリ。

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 ここから県道を渡るとすぐ、サイクリングロード化されていました。う~む、意外だ。しかもこの道を自転車で走る親子まで!
 廃線跡サイクリングロードは全国至るところに存在するけれど、実際に自転車で走っている人ってあまり見たことがないぞ。

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 伊吹山が近づいてきた工場の手前。路面にはご丁寧にレールのデザインまで。伊吹工場でのセメント生産は中止されています。「湖北の今昔」を作ったときはまだ操業しており、本に掲載すべく事務所へ古写真を借りに行ったっけな。

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 セメント生産は中止されたけど、鉱山での採掘はまだ行われているようで、伊吹山の中腹にある鉱山から旧工場までの輸送コンベア線(正式名称知らん)の動く音が聞こえてきました。写真は工場の裏手にある上野口バス停。確か昔はここが「伊吹登山口」という名で、近江長岡駅発の近江バスの方向転換場でした。
 しかし伊吹山の雪のなさっぷりには驚いた。伊吹山にこれほど雪がない冬は記憶にありません。昔はバスもスキー客輸送でにぎわったらしいけど、スキーどころじゃないね。
(まさ)
西日本 | Comments(2) | Trackback(0)

東海道本線新垂井駅跡の現況

2009年02月15日
 先週、爺さんの七日法要で実家に戻ったついでに、久々に新垂井駅の跡なんぞを見に行ってみた。どういうついでだ。
 新垂井駅は、大垣-関ヶ原間の勾配緩和のために敷設された迂回線の途中にあり、一日数本の下り列車(米原方面)しか停車しないというマニアックな駅でした。ムダなので昭和61年に廃止。
 この駅には中学生のとき、一度だけ下車したことがあります。もちろん遊びで。実家のどこかに当時の写真が残っているはずだが…。

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 駅前広場の跡。現役時代は木造の地味な駅舎があり、廃止後も何年かはここまで、垂井駅行きの名阪近鉄バスが乗り入れていました。駅があった頃は「新垂井駅前」、廃止後は確か「新垂井(安田病院前)」という停留所名だったと思います。中高生の頃、地元の近鉄バスの主要停留所の写真を撮り、発着時刻をメモし、オリジナル時刻表を作る、という実にどうでもいいことをやっていたので、これも実家のどこかに当時の写真が残っているはずだが…。

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 やたらと長いホームだけが残っております。
 そういえば中学生のころ読んだ西村京太郎の小説「ミステリー列車が消えた」の舞台がここだったなあ。“消えた”ミステリー列車が運ばれた場所が新垂井駅で、駅前にある病院を公民館的な施設に見立て、そこに乗客が誘導され、最終的に乗客の一部が樽見線美濃本巣駅に残る古い給水塔の中に監禁されるという、かなりムチャクチャなストーリー。子供ながらにあまりのバカバカしさに呆れ、確かこの本を最後に西村京太郎を読むのをやめたんだった。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

梅香る知多

2009年02月14日
 本日はお日柄もよく(ていうか気温高すぎ)、取材半分遊び半分で知多半島の梅の名所、佐布里池(そうりいけ)に行ってみました。知立から30分チョイで、仕事や暇潰し等でこのあたりはちょくちょく通りかかるのだが、梅のシーズンに行くのは初めて。

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 ただの溜め池と梅の取り合わせってどうなのか?とさほど期待せずに行ったのだけど、あら、意外といい雰囲気。知多丘陵のユルい感じ全開のスポットで、ぼさーっとするにはいいところだ。なお、写真にはあまり人が写ってませんが、けっこうな人出です。
 「梅の館」(ビジターセンター的な施設)の展示によれば、農家の副業として明治末期に梅栽培がこの地に広がり、やがて愛知電鉄(現在の名鉄)の宣伝によって観光地としても賑わうようになった。しかし、伊勢湾台風と佐布里池建設に伴う農地の減少により高度成長期に衰退。40年代から徐々に復興し、現在に至る、と。けっこう歴史が古い。
 三河フリークの僕としては、愛知県の梅の名所と聞くと旧鳳来町の川売(かおれ)を思い出します。あちらで本格的な梅栽培が始まったのは昭和40年代、観光地化したのは平成に入ってから(確か、最初は口コミで広まり、平成4、5年頃に中日の東三河版が記事にして急激に人が増えた、という経緯)なので、こちらの方が年季が入ってます。

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 着物でやって来た女性取材記者(ただの観光)。キモノでお散歩が流行っているとはいえ、さすがに2月の佐布里池なんぞで着物姿の人は他に見当たらず、そこそこ注目を集めてござった。
 実は佐布里池に行く前に、近くにある知多四国74番札所の密厳寺へ参ってきたのだが、そちらでも話題の的に!

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 地元のお婆さんに帯が上手く結べていると褒められて喜ぶ女性取材記者。
 密厳寺では今日、ささやかに「天神まつり」が行われており、甘酒のふるまい等でお接待の皆さんが集まっていたのでした。
 ここには密厳寺をはじめ5つの寺が密集しており、各寺の境内に咲く梅もなかなか。割と穴場です。門前には土日祝のみ営業の民家カフェもあり。
(まさ)
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THE END OF 風

2009年02月12日
 ちょっと前に美濃加茂方面へ行ったとき、木曽川河畔にあるJR太多線美濃川合駅にて撮影。

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 ホームの多治見方の端に建てられた、ドシンプルだがインパクトのある注意標識。颪(オロシ)でも虱(シラミ)でもありません。川風が強いので運転士は気をつけろ、という意味だと思うが、ただ「風」とだけ書いてあると、なんかドキッとしますね。しませんかね。

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 風の中をやって来る美濃太田行きワンマンカー。多治見方面から来ると、この標識はこのように見えます。

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 風邪薬を作っている製薬メーカーはCMに使うべし。
 以上、どうでもいいネタでした。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

気品ただよう貴公子、柳家花緑

2009年02月11日
 1月に予定されていた柳家花緑の落語会が、インフルエンザによって今日に延期。今週はちょっと仕事が立て込んでいるものの、隣の大府市まで車を飛ばし、ダッシュで駆け込み、テケテンテンテンの出囃子とともに席に着くことができた。
 花緑について少し説明すると、人間国宝、柳家小さんの孫で、永谷園のCMで小さんと共演している人の良さそうなアンちゃん。NHKアラビア語会話になぜか出演。全く関係ないけれど、年齢はダンナと同じであります。
 説明はこれくらいにして、初めての花緑、良かった!正直、ここまで面白いとは思わなかったので、ものすごく得をした気分。抑えきれないくらい爆笑して、仕事の疲れも吹っ飛んだ。仕事が残ってなかったらビールで乾杯してたな。
 延期になってしまったことを詫びる気持ちもあってか、マクラでは会場の大府市民を持ち上げる持ち上げる。観客も言いすぎよって思いながらも、喜ぶ喜ぶ。おそらく持って生まれた資質なんだと思うけど、世辞が上手い!ズンドコの氷川きよしのように、オバチャン世代に大ウケで、とにかく喋ればドッと笑いが起きる、今日はそんな雰囲気でした。
 
 まずは、愛知出身の柳家緑君(ろっくん)が前座を務め、最初は『金明竹』。わてな、と関西弁の早口でまくし立てるセリフを、話の都合上、4回繰り返して言ってたっけ。話の登場人物の女将さんと同じく、意味はさっぱりわからなかったけれど、やるなぁ前座!という拍手が沸いた。
 そして、花緑が登場。ちょっと長めのマクラの後、小噺を挟んで一席目は「片棒」。金、銀、鉄の三人息子を持つ赤螺屋(あかにしや)ケチベエさんが、弔いのやり方で誰が跡継ぎに相応しいか判断しようとする。
 金は豪勢な御馳走に手土産、車代と婚礼祝いのような贅沢な弔い。銀は木遣歌にはじめり、芸者の手古舞、山車に太鼓と笛のお囃子、神輿を担ぎ、花火でドカーンと一発、祭りのような弔い。鉄はといえば、ケチベエに勝るとも劣らずドケチで、とことん安く済ませようとする。しまいには死んだ親父に棺の担ぎ棒を担がせると、ここでサゲ。
 金、銀、鉄の三人息子の描写が、花緑の腕の見せどころ。太鼓や笛、からくり人形のモノマネ、ありとあらゆる芸を披露し、どこかコミカルで可笑しいのが花緑の持ち味のような気がした。
 
 二席目は「不動坊」。不動坊とは講釈師の名前で、巡業先で急死してしまう。残された未亡人のお滝さんの再婚相手として白羽の矢が立ったのが、同じ長屋に住んでいた利吉さん。お滝さんは綺麗な人だったようで、彼は秘かにお滝さんに恋焦がれており、浮かれまくる。その様子を見た長屋仲間は面白くない。そこで、講釈師不動坊の幽霊を出して脅かしてやろうと企てる。幽霊役に選ばれたのが林家正吉(調べたら、へたれの落語家として名前が載っていた)。この人のキャラクターがマイペースで可笑しい。というように、話の主役は利吉さん、長屋仲間、幽霊の順で入れ替わる。演ずる花緑も着物を脱いで湯に浸かり(利吉さん)、チンドン屋になって太鼓を叩き(長屋仲間の一人がチンドン屋で、幽霊が登場する時の効果音を出す)、幽霊として天井から吊り下げられたり、忙しいったらない。聞く側の想像力をかなり求める話だけど、花緑の描写が絶妙だから、登場人物が見える。すごい!気が付いたら、かなり前のめりの姿勢で見入っていた。

 夕方6時45分から始まり、終了したのが21時近く。終了後、本やCDを購入した人のみサインがいただけるというので並ぶ。50人以上は列ができていただろうか。本はサイン済みだったけれど、一人一人の名前を書いてくれるらしく、会場スタッフから名前を書いてください、と円形の付箋を渡される。名前を書いたら空白ができたので、感想を一言二言書いた。その付箋を張って本を差し出す。すると、「サインを書きながら感想を読めるってイイですねぇ」と、花緑さんがニコッと笑いながら話し掛けてくれるではないですか。嬉しさのあまり、ニタ~ッとだらしない顔になる。面白かったですとか、また見に行きますとか、ありきたりのことしか言えなかったが、両手でしっかり握手をした。ローズの香りがするハンドクリームを塗っておいて良かった~。
 花緑さん、名のごとく、花が咲いたように眩しい明るさがあった。真っ白なカラーがワタシのイメージ。今日購入した本を読むと、18歳の時に反抗期があったそうですが、真っ直ぐ育った感じの好青年、いや貴公子のよう。今日初めて見たばかりだけど、すでにファンになっております。(まり)
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提灯&HINOMI

2009年02月10日
 豊橋丸栄で昨日まで開催されていた「東三河 職人の技と食」展で目を引いた、もうひとつのブース。

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 豊川市古宿にある「武田提灯店」。シブい。ひとつ欲しくなるが、ウチのどこに飾っておけばいいんだ、って話で。特にこの一品は、HINOMISTには痺れるね。

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 マニアックな自警団の提灯。自警団とは、大雑把にいうと町内会など地元住民により組織された防災組織で、消防団のような規律の厳しい集団ではありません。
 古宿の火の見櫓を拙著「火の見櫓暮情」に掲載されていたのを武田提灯店さんが目に留められ、ひとしきり茶飲み話ならぬHINOMI話。武田さんによると、古宿の火の見櫓に取り付けてあるモーターサイレンは、いつだか壊れたので取り替えてもらったのだが、付け替えたのも中古品だったので「いつまで持つんかのん」だって。う~ん、本には微妙に書きにくいネタだ。

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 こちらが古宿の火の見櫓(→●□)。旧伊那街道(牛久保の市街地を抜けて豊川稲荷の前に通じる道)沿いにあります。製造年および製造業者は不詳。
(まさ)
東三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)

東三河の職人技集結

2009年02月09日
 昨日、豊橋丸栄で5日から9まで開催されていた「東三河 職人の技と食」展を見物&プチ手伝いに行ってきました。

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 これは、要は東三河の物産展なんですが、プロデュースが春夏秋冬叢書。ここが関わっているとなればありきたりの物産展なわけはなく、出品ラインナップはなかなかマニアック。「食部門」の稲荷ずしや大アサリ、五平餅、地酒あたりはまだ普通だが、「職人部門」は豊橋筆、提灯、バイオリン、刃物、鬼瓦、乳母車etc。瓦とか乳母車が出る物産展なんて聞いたことない(しかも鬼瓦がここで売れたっていうからスゴイ)。

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 どれも目を引くブースばかりだったのですが、中でもインパクトがあったのが、市内北島町にある寺田農具さんのブース。売っているのは鍬!昨年発行された「伝統に生きる職人達」に登場されている職人さんで、農具の柄を作っておられます。
 一口に鍬といっても地域によって形(特に柄の部分)が違うらしい。マンガ(貝を採る道具)の柄も手掛けているそうで、浜名湖のアサリ料では漁船の上からマンガを操るので柄が長く、三河では海もしくは川に入って採るので柄が短い、とか。ほぉ~。
 写真の左端に見えているのは、太鼓のバチ。「農具」だけかと思ったら、こんなものまで作っているとは…。いずれウチも取材に行かねば。
 下は春夏秋冬叢書のブース。例によってHINOMI本も置いてあります。

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 今回は終わっちゃったんで、行きそびれた人は第2回開催を期待してお待ちください(いつやるかは知らないけど)。

 ちなみに、豊橋丸栄に行ったのは18年ぶりで、大学生のとき体育の授業で使う水着をなぜかここに買いに来て以来。地方都市の昔ながらの百貨店という風情でなかなか味わい深いところです。子どもの頃にばあちゃんや母親とたびたび行っていた大垣のヤナゲンを思い出すよ。
 あと、エレベーターガールがいたのには驚いた。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

も~、味噌焼きおにぎりおごっちゃう!

2009年02月06日
 岡崎に取材に出かけた嫁が、朝作っておいてくれたオニギリが今日の昼ごはん。ふと思い立ち、味噌を塗ったくって焼いて食べてみた。

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 大学の頃に読んでいた「はじめちゃんが一番!」というマンガで、主人公のはじめちゃんが5つ子の弟達に味噌焼きオニギリを作ってあげる、というシーンがあり、なぜか急にそれを思い出したのだ。ちなみにタイトルははじめちゃんのセリフです。
 塗り方は汚いがけっこううまい。味噌の中の豆粒が焦げ、サクっとした食感になるのが特にいい。

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 味噌は武豊・中定商店「宝山みそ」三年熟成つぶタイプ。
(まさ)
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節分二景/南粕谷・大智院編

2009年02月05日
 佐布里の浄蓮寺のあとは、知多市最南端にある大智院へ。10月末に「めがね供養」を見に行った寺です(→●□)。
 この寺は近郷近在から人が集まってくる大きな行事が多く、知多四国ではもっともメジャーな寺のひとつ。この日も老若男女、ていうかほとんど老老男女が参集し、大にぎわい。世話役の檀家衆も大勢おり、接待所では無料で抹茶とモナカのサービスまで。境内や参道には露店も並んでいます。

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 たまたま人が写っていない写真をアップしちゃったけど、豆をまいた一団が本堂から出てくると、ホントにごった返すのよ。

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 行事の次第は浄蓮寺とほぼ同じ。受付を済ませるとキンキラキンの袈裟を羽織って順番待ち。前の集団が豆をまき終わると、ゾロゾロと本堂へ移動。小さい浄蓮寺は10人弱でしたが、こちらは30~40人ぐらいが一斉に入っていきます。
 住職は、キミマロばりの法話で会場をドカドカ沸かせたあと、参列した全員の名前を読み上げて祈祷。そして、拍子木の合図でいよいよクライマックス。

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 まず本堂内に向かって豆をまき、続いて回れ右して外に向かって豆をまく。ここでは面とユニクロのカラーフリースを着用した赤鬼、青鬼が登場し、近くの人は鬼に向かって思い切りぶつけます。周囲では“お取り持ち”の檀家衆がバンザイしながら「鬼は~そと、福は~うち」と盛り上げる。アゲアゲ豆まきだ!
 これが一日じゅう延々と繰り返されるわけで、“お取り持ち”の檀家の一人は「メチャクチャ大変だよ~」と言ってござった。
 退場の際に記念の桝をもらい、そのまま外に出て露店を物色する人もいれば、庫裏に行って「おとき」(お斎=仏事の際のシンプルな食事)をいただく人もいます。

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 山門の脇には、返却された昨年以前の記念桝が積み上げられていました。これは2月18日に境内で行われる「馬頭観音祭」で供養されるそうです。餅投げなんかもあるそうで、また善男善女が続々と詰めかける、と。

 大智院の最寄り駅は名鉄常滑線の大野町駅。婆さん衆は駅からタクシーでやって来た人が多かった模様。自動改札化前は大野町をはじめ名鉄各駅に駅員が常駐しており、豆まきの前売り券も売っていたそうです。しかし自動改札機導入に伴う無人化で販売場所が減り、前売り券を捌く手間が少し増えたとか。
 そういえば子どもの頃、ウチの爺さん婆さんと毎年正月に必ず豊川稲荷に行っていたが、暮れになると今はなき名鉄揖斐線の黒野駅の駅長が、特典付き往復割引きっぷを売りに家まで来てたっけなあ。
 名鉄の合理化のせいで、こういう伝統行事に来なくなった年寄もいるかもしれん。
(まさ)
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節分二景/佐布里・浄蓮寺編

2009年02月04日
 昨日は節分ということで、豆まき行事をやっている知多半島の2か寺へ取材半分遊び半分で行ってみました。葬式から3日しか経っていないのにいいのかな?まあいいか。
 まず訪れたのは東海市最南端、梅林で知られる佐布里(そうり)にある浄蓮寺。佐布里には、一か所に知多四国の寺が5つも密集しており、そのうちのひとつです。普段は気にも留まらないような小さくて静かな寺ですが、この日ばかりは大にぎわい。

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 行事の段取りは、まず境内入口の受付で祈祷料(前売2500円、当日2700円)を払って申し込み、番号が書かれた整理券を渡されます。番号が呼ばれたら庫裏へ行き、キンキラキンの袈裟(これを金襴緞子というのか?)を羽織り、豆の入った桝を受け取り本堂へ。皆で般若心経を唱えて住職の祈祷を受けたのち、本堂正面にしつらえられた舞台にズラリ並びます。そして皆で外に向かって「福は内!」と言いながら、外へ向かって豆をまく!

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 下で待ち構え、桝に豆を入れてもらっている人も。当然、僕ももらって食べた。終わると桝を返して、代わりに記念の桝を貰ってオシマイ。
 テレビのニュースでよく見る節分行事は、有名人がお立ち台に立ち、下で待つ観客に向かって豆をまくものだが、ここは一般の人がお立ち台からまけます。なんか気持ちよさそう。あと、ここでは「鬼は外」の書け声はありませんでした。
 手持ちの資料によると、節分行事は一時期途絶えていたものの、平成15年に復活させたとのこと。小さい寺の割に人出が意外と多く、和太鼓演奏や尾張万歳などアトラクションもあってなかなかの盛り上がり。寺の雰囲気も行事自体も、素朴で実にいい感じでした。ここはオススメ。
(まさ)
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村で生まれ、村で死す

2009年02月03日
 1月31日午前1時過ぎ、ウチの爺ちゃんが亡くなりました。大正11年生まれ、享年86歳。
 何日か前には、状態はよくないけどまだ大丈夫だろう、と聞いていたので、30日夕方の電話で家に帰る途中は、まさかそのまま死んでしまって葬式になるとは思ってもみませんでした。

               090203-1.jpg

 心残りはいろいろありますが、悲しみがこみ上げてくるというようなことは意外となく、長いことお疲れ様、今までありがとう、というような、どこかスッキリした気持ちの方が強い。妻に先立たれて8年、ようやく極楽浄土で婆ちゃんに会えるでな、と。
 そういえば爺ちゃんが亡くなる数日前、僕の夢に婆ちゃんが現れました。「おじいさんを迎えにきたでよ」というメッセージだったんでしょう。

 ウチの爺ちゃんは、村(=集落)で生まれ、村で育ち、戦争から帰ってきて村の中に家を建て、村の山で炭焼きや営林署の仕事をし、区長やら消防やら村の役をこなし、村の中の田畑を耕し、そして村で死んでいきました。人生のすべてが村にあるというのは、この時代ではかなり難しいことのような気がします。
 ことさら郷土愛を叫ぶことももなく、淡々と、ここで生まれたのだからそれが当然だというように村で生き切った爺ちゃんは、地域社会事象をテーマとする僕にとって非常に大きな存在でした。「物言わぬ師」、それが僕にとっての爺ちゃん。
 ナマンダーブツ。
(まさ)
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