爺ちゃん安らかに

2008年11月29日
 今日(11月28日)の午後1時23分、私の父方の爺ちゃんが永眠しました。享年84歳。入院中だったけれど徐々に盛り返して退院する予定だったし、足腰さえ鍛えればまだまだ大丈夫だろうと思っていたから、突然でした。仕事をキャンセルして高速に乗って駆けつけたけれども、病院に着いた頃にはもう目を瞑っていて起きてくれない。爺ちゃんのツルッとした頭を触ると、まだ温かかった。爺ちゃんの顔を見て、連休中にお見舞いにいけなかったことを悔やみました。風邪さえ引かなければ今週行く予定だったのに。
 ずっと家に帰りたい帰りたいと言っていたので、今日は爺ちゃん、実家の和室で休んでます。親戚や従兄弟が集まってきて、爺ちゃんの故郷の富山から、婆ちゃんの兄弟が住んでいる沼津から電話がかかってきて、お隣さんや葬儀屋の方、お坊さんがやってきて。ものすごくバタバタと時間が過ぎていいった。明日がお通夜、明後日がお葬式。爺ちゃんの好きなものを考えながら過ごそうと思います。
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職人技 on the 壁0003

2008年11月27日
 豊田北部の猿投地区に、浦野合資会社という酒蔵があります(→●□)。銘柄は「菊石」。先日、久々に猿投方面を通りがかったので立ち寄り、初めてここの酒を買ってみました。

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 シブい蔵の母屋。玄関上に二つの小屋根が見えますが、その軒下にあしらわれた鏝絵(漆喰細工)がまた見事な作品。

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 鶴!

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 亀!
 さすが老舗。ただ、酒の名前は菊石なのに、菊は描かれていない。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

チンドン屋 香嵐渓に帰る

2008年11月26日
 日曜日は取材だか遊びだかわからないけど、紅葉ピークの香嵐渓へ。わたくし三河フリークを公言して憚らないののに、紅葉シーズンに香嵐渓へ行くのはなんと生まれて初めて。
 ラッシュと渋滞が大嫌いなので避け続けていましたが、地元の人に裏道を教えてもらい、難なく足助に到達できました。

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 どうせ大混雑の観光名所だろ、とタカをくくっていたら、紅葉のあまりの見事さにヤラれました。さすが全国区!こりゃ格が違う!おみそれしました。
 渋滞のなか、わざわざ足助にやって来たのは、この人たちに会うためです。

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 人混みを掻き分けてやって来る、いっぷう変わった風貌の一団は…

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 富山チンドンコンクールの取材以来、嫁が追っ掛けているチンドン屋「嵐(らん)」の御一行だ!
 「香嵐渓市川一座 チンドン屋 嵐」の正式名称を持つ彼らにとって、香嵐渓はまさしくホームグラウンド。今日はゲストに名古屋と富山から仲のいいチンドン屋も招いて共演し、凱旋公演のノリです。あ、このブログのタイトルは筋肉少女帯のパクリね。

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 御歳80の座長も相変わらず絶好調!クロックス風のサンダルを履く80歳て…。すごすぎる。
(まさ)

◎座長シリーズ
萩原チンドン祭り→●□
安城七夕祭り→●□
富山チンドンコンクール→●□
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

コリン君 in いなさ人形劇まつり

2008年11月24日
 土曜日は取材で、旧引佐町(現浜松市北区)で開催された「第20回いなさ人形劇まつり」に行ってきました。

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 このイベントは、旧引佐町中心部にある公共施設のホール等10数箇所を会場に、全国から集まったプロ・アマ劇団が2日間に渡って公演するというもの。今年でなんと20周年、人形劇業界にとっては屈指のビッグイベントなんですが、興味がないとこういう情報もスルーしてしまうもんで、見に行くのは初めてです。
 目当ては田沢小学校3・4年生による「にこにこ劇団」の舞台。これは春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」(09年3月号)で書くので、そちらをご覧ください。それで今、4年生チームの劇中で歌われたこの歌が頭から離れてなくて困っています。

♪たざわ!げんき!ホタル!いっぱい!

 いやホント、元気が出るよ。
 小学校の取材が終わった後、せっかくだからプロの劇団も見ていこうと、ちょうど始まる直前だった名古屋の「むすび座」のチケットを購入。人形劇なんてしょせん子供が見るもんじゃん、と特に期待もせず行ったのだが、これが予想に反してスゲー面白かった!
 演目はイタズラ好きのグータラ小学生を主人公にした「ちっともコリン君!」。タイトルだけでなんかウケル。人形よりもキャラが立ってるふうな三人の中年劇団員が、かわいいコリン君人形たちをコミカルかつダイナミックに操る様は、もう唖然。ストーリーには、いちおうチビっ子に向けてのメッセージも込められてはいるんだけど、基本的にギャグとパロディ満載のドタバタ劇。遠州のお子様方は大満足の様子だったが、親御さんたちも楽しんでおられたようでした。
 それで今、むすび座の生演奏が頭から離れなくて困っています。

♪ちっとも ちっとも ちっともコリンくん~

 あとでむすび座のHPを見たら、昭和42年創設という東海地方一の老舗人形劇団らしい。チンドンといい人形劇といい、こういう世界があるんだなあ…。
 実はもうひとつ、田沢小学校に指導に来ていた牧之原のプロ人形劇師の舞台も見たかったのだが、途中から体調が悪化しやむなく撤収。来年は見に行きます。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0082

2008年11月21日
 その前芝の集落内で見つけた三河弁カンバン。標準語に訳すと「出るぞ(飛び出すぞ)!子どもが!」という意味です。取るに、足りぬ、的な。

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猿に 蟹が
鶴に 亀が
ルルに 熱・喉・鼻
ダルに サエコ
ビルに ヒラリー
ゲルに ドルジ
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0015

2008年11月20日
 そのツアーでも案内された前芝名所のひとつ、前芝燈明台です。

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 豊川河口に位置する前芝は豊橋(吉田城下)の玄関口にあたり、これが出入りする船の目印となっていました。築造は寛文9年(1669)で、昭和41年に修理復元。脇を走る車と比べると、そのデカさが分かると思います。
 この燈明台の鑑賞ポイントは、実は屋根部分。

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 この箇所なんていうのかわからんけど、精緻な帆掛け舟が!さすが湊町らしい。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

東三河3集落大寄合

2008年11月19日
 昨日、大学時代のサークルの後輩で、今は愛知大学三遠南信地域連携センターの研究員をしているH君のお誘いで、豊橋の前芝市民館で行われた「海・山・野トライアングル交流会」という集まりを取材(というかただの見学)してきました。
 「豊川流域研究会」という民間の地域研究サークルが東三河の3集落で3年間にわたって老人からの聞き取り調査を行っており、これはその打ち上げ的な集まり。せっかく調査したので、これから集落どうしの交流を深めていきましょう、という主旨だそうです。
 調査が行われた3集落とは、豊橋の前芝(海の集落)、旧鳳来の七郷一色(山の集落)、田原市野田地区の西馬草(野、つまり畑の集落)。東三河以外の人にとっては「どこそれ?」という感じでしょうが、よく知るとそれぞれ個性的でなかなか面白いところ揃い。
 奇しくも僕は、春夏秋冬叢書の季刊誌「そう」で前芝小、旧七郷一色小、野田小3つとも記事を書いたことがあり、思い出深い集落ばかり。これまで取材でお世話になった人も何人か参加されています。
 で今回は、各集落の老人会から20名ずつが参加して、賑やかな会となりました。

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 3集落は、東三河という括り以外、一見なんのつながりもないようですが、豊川&豊川用水という水の筋で結ばれています。今日の目玉のひとつ、各地域を紹介するスライドショーは、その繋がりを垣間見せてくれるナイスな内容。豊川に関する本や研究書はいくつか出ているけど、それらを読むより、こうして地域住民の生の声を聞いたほうが理解が早い。
 余興の安来節やハーモニカ演奏で爺さん婆さんが大盛り上がりしたあと、聞き取り調査の事例紹介。と書くとカタいけど、司会の方がお題を振って、それに3集落の人が答えるという大喜利みたいな感じの柔らかいものです(笑いや座布団はないけど)。例えば

歌丸、じゃなくて司会者Kさん(研究会の代表。トークがけっこう面白い)
「戦後の風呂事情はどうでしたか?」
西馬草の人
「全戸に風呂があったわけじゃなく、隣に借りに行ったりしていた」
七郷一色の人
「最初は“ヘソ風呂”に入っていたが、途中から五右衛門風呂に変わった」
前芝の人
「集落に2つあった共同浴場に行っていた」

てな感じ。
 文章では雰囲気と三河弁をうまく伝えられないのでアレですが、これはとても面白かった。「そうそう!」「あれもあった!」てな具合に、イモヅル式に記憶が呼び起こされて皆がノってくるし。これはまたどこかでライブでやってほしいなあ。なお、ヘソ風呂については図がないと説明しにくいので省略。

 前芝名物のハゼの佃煮とアサリ味噌汁が付いた昼食を食べたあと、前芝の人は市民館で七郷一色の「黒沢田楽」のビデオ鑑賞。西馬草と七郷一色の人は、前芝名所めぐりのバスツアー。

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 そのひとつ前芝海岸は、かつて東三河随一の潮干狩りと海水浴の名所でした。山に住む七郷一色の人は、学校の遠足で毎年必ず訪れていたそうで、皆が「なつかしい~」を連発。
 ある婆さんいわく「小学校から三河大野駅まで2時間近く歩いて、飯田線に乗って下地駅で降りて、そこからまた海岸まで歩かされて、あれはとてもエラかった」だって。
 確かに、七郷一色から三河大野までで既に遠足の距離だもんなあ。昔の人は凄かった。
 最後は全員で、前芝神明社の真新しい拝殿をバックに記念撮影。なかなか有意義な集まりでした。

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 最後に告知。豊川流域研究会の活動に関連して、愛大でフォーラムがあるそうです。興味のある人はぜひ。

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海・山・野トライアングル交流フォーラム
~前芝・七郷一色・西馬草の戦後のくらしと流域圏づくり

日時:12/20(木) 13:30~16:00
会場:愛知大学豊橋校舎 本会5階 大4・5会議室
入場無料、参加自由
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

旧愛知郡長久手村長湫公民館

2008年11月18日
 その「かつぎ桶太鼓ワークショップ」の会場となったのは、リニモはなみずき通駅から徒歩3分のところにある長湫(ながくて)公民館(僕は撮影だけで太鼓は叩いていませんので念のため)。

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 若干古いかな、という感じの、ごくごく一般的な地区公民館ですが、玄関の脇の定礎板を見ると…

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 なんとこの公民館、長久手村時代の遺産だったのか!都市化著しいこの町で、意外と貴重な建造物。
 なお、長久手村は昭和46年に町制施行。そろそろ市制施行の声も聞こえてきそうだけど、ここは町でいいよ、町で!
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

太鼓打って、気分爽快

2008年11月17日
 和太鼓といっても、大太鼓、長胴太鼓、締太鼓、桶太鼓とさまざま。打法も横打ち、斜め打ちといろいろある。そのなかで、近頃、人気の高い奏法が、桶太鼓を肩にかついで演奏する”かつぎ桶”。肩に担いでいるから自由に動き回ることができるし、躍動感のあるパフォーマンスも見せられるからだ。その”かつぎ桶”を基礎から学べるワークショップが土・日曜の二日間、長久手町で行われ、取材も兼ねて参加してきた。
 指導者は”かつぎ桶”の第一人者でもある林田ひろゆき氏。太鼓ファンには垂涎ものの内容で、参加者のなかには彼を師匠!と仰ぐ人もいらしたし、県外からの参加者も多数。そのほとんどが太鼓経験者で、かくいうワタシは10年程前に地元の同好会に少しだけ所属していただけのド素人。詳しい内容は太鼓の情報誌『たいころじい』に掲載するので省くが、ものすごく大変な二日間だった。
 一日目の基礎編は何とか付いていけたが、二日目の楽曲編はひどかった。付いていくのに必死ならまだいい。どうしたらいいのか分からないから非常に困った。肩や腕が顔をしかめるほど痛いし、スピードに付いていけない。親切な参加者の方が側で教えてくれても間違えてばかり。オマエはアホか、と何度思ったか。
 約3分ある曲をまともに打てたことは一度もなかったけれど、久々に流した汗は気持ちよかった。ありえない筋肉をたっぷり使ったから、体のあちこちが悲鳴を上げている。でも、それも勲章みたいで嬉しい。ココロの中ではまた参加してもいいなぁなんて思っているし。これぞ、太鼓マジックです。
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0081

2008年11月16日
 豊田市の北西外れに位置する広幡町という田舎(リニモの終点の八草の近く)にて撮影した、豊田警察署の設置したカンバン。

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 痴漢注意のよくあるヤツですが、描かれている絵をよく見ると…

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 完全に80年代!緊迫感ゼロ!警察もなに考えてこの絵を採用したんだ!
 ちなみにバックに写っている鉄製の物体は、例によってHINOMIです。

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 建造年と製造業者を記した銘板は付いていませんが、おそらく昭和30年代前半に岡崎市矢作町の落合鉄工所が造った火の見櫓。
(まさ)
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何故か調査を継続中。火の見櫓暮情補遺編「三河遠州火の見櫓集成」→●□
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0080

2008年11月15日
 その日間賀島の、漁港近くにて撮影。厳密にはカンバンじゃないけれど、最初カンバンかと思ったのでまあいいか。

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 いや~、こういう絵はなかなか描けませんよ。単純な題材なのにすごい難しい解釈?絵手紙をやってる人とか。なお「島のり会」というのは日間賀島の海苔生産者組合かなにか。
 実はこれ、箱でして、開けると中に救命浮輪が入っています。

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 絵より赤いラインが2本少ない…。
 もうひとつ日間賀島で撮ったもの。カンバンではなく、よく寺の入口の掲示板に貼ってある格言的なヤツ。そりゃまあ真理には違いないが、「とにかく」って。

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「これは悪しき敗北主義ではないか!」 ―――ニコラス・J・ベネット
(かわぐちかいじ『沈黙の艦隊』より)

(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

暇か島

2008年11月14日
 昨日の朝、12年ぶりに日間賀島に行ってきました。日間賀島といえばコレですね。

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 こうして干されているタコは初めて見ましたが、なかなか珍妙なものです。
 しかし思ったほど大量に干されているわけでもない。海産物屋の人に聞いてみると、一年じゅう獲れるが盛りは夏から秋はじめとのこと。
 その店では、タコ飯用の小サイズ干しタコを500円で売っていたので、一枚買ってみました。店先では大量の小タコがこんな具合に乾かされていました。

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 扇風機を使うのね。
 その店の近くの路地に入り込むと、こんな光景も。

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 タコと一緒に洗濯物と柿も干してある。すげえ非日常な日常だ。
(まさ)
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

トヨタ自動車上郷センター専用線跡の現況

2008年11月13日
 昨日、落語会が行われた豊田市上郷は、かつてトヨタ自動車の鉄道輸送ターミナル(上郷センター)があったそうです。愛環がまだ国鉄岡多線だった時代、北野桝塚から引込線が伸びていましたが、その跡。

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 県道豊田安城線の桝塚西町南小畔交差点北東角にこれだけ残っています。よく見ると、レールも残存。ネットで拾った情報によると、70年から84年まで使われていたらしい。

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 上郷センターの敷地内にも高架線の残骸がありましたが、このあいだ久々に通りがかったら撤去されてました。
 以上、上郷つながりというだけのネタでした。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

また落語

2008年11月12日
 ついこの間、碧南へ志の輔を見に行ったばかりだというのに、今宵はまたも落語会。8月に初めて上野鈴本演芸場へ行ってからもう5回目。しかも志の輔の翌日にはZEPP名古屋へ電気グルーヴのライブにも行ってるし、何をやっておるのか。このライブがまたサイコーで、まさか「スネークフィンガー」や「ビーチだよ!電気グルーヴ」までやるとは思わなかった…。
 って、電気の話はさておき、今日は豊田市上郷の浄願寺で催された「第3回笑いの道場inJOGANJI」です。安城・光徳寺での「柳家さん喬・喬太郎親子会」(→●□)に続く寺落語。寄席を除けばまだ4つしか落語会を見ていないのに、うち2つが寺とは…。なお本日は、嫁はお茶のお稽古のため断念し、僕一人で行きました。車は嫁が使うので、愛知環状鉄道で。

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 寺落語の雰囲気は先の安城落語会で体験していますが、あちらの本堂は近年の再建、こちらの浄願寺は古い木造の本堂で、味わい深さに拍車がかかっています。寺というのは本来、落語を演るためにある空間なのではないか?なんて。ちなみに客の年齢層は安城よりもやや高めのような。わずかながらチビッ子も混じってて、その子らも笑ってました。

 本日の高座は、桂梅団治と林家卯三郎。上方落語をナマで見るのは初めてです。
 まずは卯三郎の「阿弥陀池」。家に帰ってネットで調べてみたら、なんとこの人、笠松の出身で、歳は僕より1つ上(10ぐらい上に見えたが…)。マクラで、北海道の酪農学園大を卒業して獣医をしてたと喋っていたが、なんでまた笠松→獣医→上方落語なんて経緯を辿ったのか。
 上方落語は喋くり倒しだとばかり思っていたら、卯三郎の話し方はなごみ系で、会場の雰囲気と客層にけっこう合ってました。笠松と北海道という土壌がそういうキャラクターを作っているのだろうか?
 続いて梅団治の「宗論」。店の若旦那がキリスト教に入信してキリストかぶれになってしまい、親子で口論するという噺。寺でこのネタをやるのが洒落てる。
 若旦那の「ニンゲンハカミガオツクリニナラレタノデ~ス」という外人口調と外人かぶれのオーバーアクションにバカウケ。信心深い西三河の爺婆(たぶんほぼ10割が浄土真宗の門徒だろう)にもどっかんどっかん受けてて、この状況自体が面白すぎ!
 梅団治も想像していた上方落語とはちょっと違っており、ややスマートな風情。関西人の時にくどすぎるアクが抜けててちょうどイイ感じというか。
  中入りで上郷地区の協賛商店提供による大盤振る舞いのお楽しみ抽選会があり、その後、卯三郎の「ふぐ鍋」。トリに梅団治の「花筏」。会のタイトルどおり4つとも笑える話で、面白かったっす。

 あと、「宗論」「ふぐ鍋」では、上方落語のみで使われる見台(小さい机)、小拍子(小さい拍子木)、膝隠(小さい衝立)の小道具を使っていました。小拍子をどう使うのか気になっていたんだけど、噺の転換や盛り上がる場面だけでなく、戸の開け閉めの効果音としても使っていたのには、ほぉ~、と思いました。見慣れた人には言わずもがなのことだろうけど、初めてだったので新鮮。

 帰りも三河上郷駅から愛環に乗車。家で梅団治のHPを見たら、この師匠、バリバリの「鉄」のようです。う~ん、同郷の卯三郎さんともども、親近感が湧くなあ。
(まさ)
音楽・舞台・落語 | Comments(1) | Trackback(0)

花祭りを見に行こう!

2008年11月11日
 毎回どうでもいい小ネタばっかりの当ブログですが、たまには実用的な話題を(しかしこのタイトルのチープさ!)。
 奥三河の「花祭り」や、伊那谷の霜月祭、その他三遠南信の国境地帯で冬に行われる神楽など、一度は見に行ってみたいと思っている方は多いと思います。そこで今回は、事前に知っておくと便利な観覧ガイド。これさえ読めばあなたも心置きなく花祭りが楽しめる!

1)アクセス
 東栄町の一部や天龍村の一部は、飯田線で夜に行って朝に帰ってくるということもできますが、ほとんどは山奥すぎて公共交通機関で行くのは困難。車で行ってください。
 山奥とはいえ、雪が積もることは年に何回もないので、とりあえずスタッドレスだけ履いて行けばたぶんOK。万が一積もったら運が悪いってことで。
 駐車場はどこもあまり確保されていませんが、ムチャクチャ人が来るってわけでもないし、まあその辺に停めておいても大丈夫な場合が多い。

2)祝儀
 祭りに行く際には、祝儀を持って行くことを強くおすすめします。必須ではないし、地元の人も請求することはありませんが、祭りを見せていただく立場としては持って行くべき。過疎地のこういう伝統行事はお金がかかるものなので、存続のためにも、ぜひ。
 のし袋は、コンビニで売ってる安いヤツでOK。中身は、地域外の人ならまあ2~3千円が妥当でしょうか。悠々自適の中高年カメラマンの方々などは、もっと出してもよろしいでしょう。
 ただ、お金を出したからといってなんらかの権利を主張できるということではありません。これはあくまでお祝いと感謝の気持ち。中には「金を出したんだからああしろこうしろ」と言うとんでもない輩もいるらしいですが、言語道断。

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※写真はすべて川合花の舞/2008.10.25-26撮影

 どこの会場にもこのような受付があります。祝儀はここで渡します。
 渡すとちょっとした特典も。パンフレットや手ぬぐいなどのオリジナルグッズ、あるいは場内で使える食券をもらえたりします。あと、寄付者の名前がこんな具合に貼り出されます。参加している気分で、ちょっと嬉しい。

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 終わった後、お礼状や年賀状が来たりすると、また行かなきゃ、って気分になります。

3)食事
 言うまでもなく飲食店がほとんどない地域なので、事前に腹ごしらえしてゆくか、弁当類を持っていくのがベター。持って行かなくても、会場では軽食・飲み物販売ブースが儲けられている場合が多いので、なんとかなります(小規模なところだとない場合もある)。

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 売られているのは場所によって異なりますが、カップ麺、おでん、五平餅、コーヒー、茶、ジュース、ビール、ワンカップ等々。

4)寝る場所
 哲哉いや徹夜ともなると、さすがに後半で眠気が襲ってきます。会場によっては社務所や公民館を仮眠所として開放していることがありますが、ないことが多いので、たいがいは車の中で仮眠することに。言うまでもなくド寒いので、毛布は必須。
 ちなみにウチは後ろがフラットになるファンカーゴなので、ちゃんと布団敷いて寝てます。
(まさ)
そのほか | Comments(6) | Trackback(0)

旧谷汲村紅葉2景

2008年11月10日
 昨日は天気も悪い中、地元の揖斐川町で「いびがわマラソン」が華々しく開催されておりました。1988年(岐阜県民には懐かしい未来博の年)から始まって20年。もうそんなになるのか。僕は一度も走ったことはありませんが、5年前、消防団員として沿道の交通整理をしたことがあります。
 昨日は郷土の英雄高橋尚子が来揖したそうで、例年以上の参加・見物があったとか。婦人会かなにかでバザーに参加していたウチの母親は、ウドン提供に忙しく見ることができなかったらしいですが…。

 そんななか谷汲では、華厳寺門前で「もみじまつり」を開催。同じ町内でなんで大イベントを同日開催するのか?もともと別の自治体だし、谷汲には今も観光協会が別に組織されているので差し障りはないんだろうけど、なんか腑に落ちないような…。
 しかも谷汲山の紅葉はまだ盛り前。11月下旬が見頃かな。

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 昨日は夜まで実家にいたので、ついでに同じ旧谷汲村の横蔵寺で11月中に行われているライトアップも見物してきました。こちらもまだ全然早くて、ウチらのほかに3組いただけ。前にも行ったことがある母によると、最盛期には大混雑するらしい。

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 揖斐郡へ紅葉目当てで行かれる方は、もう少し待ったほうがいいでしょう。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

志の輔に感服

2008年11月08日
 NHKの「ためしてガッテン」がタメになる番組であることは知っている。実家に住んでる婆ちゃんは、「あれは見たほうがいい」と毎週欠かさず見ているようだが、その習慣はワタシにはない。なのに、先週は立ち姿で喋る志の輔が見たくて、その時間帯にテレビを付けてしまった。
 理由は11月1日に碧南市で開催された志の輔の独演会があまりに素晴らしかったから。ただ面白いだけじゃない。非常に分かりやすいのだ。話が単純というわけではない。歴史に疎い観客、昔のことを知らない若者でも、すっと話に入っていけるよう簡潔に説明を入れる。そのタイミングが絶妙に上手い。だから、そんなこと知ってらぁという玄人も、きっと嫌な気にならないのではと思う。

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 会場は碧南市の文化会館で、1000人余りの客席はほぼ満席。観客の年齢層はそろそろ自身の健康が気になりだすお年頃、ガッテン世代が多かった。チケットの発売日に電話予約したワタシたちの席は中央よりの前から2列目。細かい表情までよく見える席で、ということはつまり、舞台からも良く見える席であり、ちょっと緊張していた。
 独演会といっても前座がある。はじめは沖縄出身の4番弟子、立川メンソーレ。小生意気な小僧が父親に小銭をせがむ「真田小僧」を披露。さて志の輔のお出ましかなと友達と話していたら、再び前座。そんな空気を敏感にとらえた3番弟子の立川志の春が「志の輔はまだかとお思いでしょう。この次が師匠です」。口に出さなくとも思いは伝わるもんです。立川志の春は「千早振る」を披露。ご隠居さんが「千早振る 神代も聞かず龍田川 唐紅(からくれない)に 水(みづ)くくるとは」の和歌の意味を適当にでっち上げる話で、ダンナはメンソーレよりも面白かったそうだが、ワタシは何度も出そうになる咳を抑えるのに必死で、集中できなかったのが残念でならない。

 3席目、お待ち兼ねの志の輔が登場。テレビで見るより白髪が多く、羽織姿がよく似合う。背を丸めていそいそと歩き、座布団に座る。志の輔の人柄か、醸し出す雰囲気があたたかい。会場の空気が一瞬にして期待に満ちたものに変わっていった。
 観客の様子を推しはかるように、小噺をいくつか披露した後、新作落語「親の顔」に取りかかる。子どもの悪事や言動に対して周りが言う「親の顔が見たい」がベースの話で、登場人物は父親と子ども、担任の先生。ある時、担任の先生から面談に来てほしいと連絡が入る。子どものテストの点数が100点満点中5点だったからだ。しかも、5点は名前を書けたことを称えたオマケ。では白紙だったのかというとすべて記入済み。問題は答えの内容だった。
 例えば、「AくんとBくんが草刈りをすることになりました。Aくんが全体の二分の一、Bくんが残りの三分の一を刈ると、草はどれだけ残るか」。子どもの答えは「やってみないと分からない」。先生としては、こんな斜に構えた態度ではろくな大人にならないぞと戒めてほしいのだろう。が、落語に登場する父親は見る目が違う。
 「みかんが81個あります。これを3人で分けるにはどうするか」に対して、子どもの答えは「みかんは甘いのや酸っぱいのなどいろいろあるから、ジューサーにして分けるとケンカにならない」。父親は実生活に役立ちそうな答えになるほどと感心する。しまいには「先生、これ間違ってないんじゃないです?点をくださいよ」と掛け合い、「一度にジューサーに入れるとあふれるから、“みかんは少しずつジューサーに入れる”が正解だ」と子どもに言い聞かせるのだ。こんな父親がいたら、子どもは伸び伸び育つだろうに。そんな現代教育の問題をチクリと感じさせる内容でもあるが、単純明快かつ愛嬌たっぷりの父親像が可笑しかった。
 
 小休憩を挟み、次は古典落語の「徂徠豆腐」。貧乏学者と豆腐屋の話で、文無しなのに腹が減って仕方ない学者が、一丁の豆腐をハフッハフッと音を立てながら一気に食べる。豆腐屋冥利に尽きる食べっぷりのよさに、豆腐屋は“学者センセイ”と慕うようになる。無名の学者で文無しだと分かった後も、人のいい豆腐屋は「握り飯を持ってくるよ」と言う。すると「それはいけない。商品なら後から返せるが、施しは受けたくないのだ」と学者センセイ。「それなら豆腐の形にした握り飯を作ってくらぁ。豆腐と思って食えばいい」と豆腐屋。それでも学者センセイは引かない。「それなら、おからを持ってくるよ」、豆腐屋は少しでも学者センセイの勉学の足しになればと、毎日、毎日おからを持っていった。ある時、病気で一週間ばかり休んでしまう。回復してからいつもの場所に行くと学者センセイの姿はなかった。
 それから十数年が経ち、豆腐屋は腕の良さを買われて繁盛していく。ところが、江戸の大火で店が全焼してしまう。この先どうしようと打ちひしがれていると、見知らぬ男が訪ねて十両置いていく。豆腐屋の家内は「置き泥棒だよ」と言ったが、この男、かつての学者センセイの使いの者だった。
 話は急展開し、実はこの学者センセイ、元禄赤穂事件の四十七士に切腹の案を提案した荻生徂徠(おぎゅうそらい)で、今や幕府に仕える儒学者になっていた。学者センセイは総檜づくりの立派な店を建てて、過日のお礼だといって豆腐屋に告げる。豆腐屋は恐縮するが、再び商いができると喜ぶ。豆腐屋がお礼にできることといえば豆腐作りしかない。夜明け前、できたての豆腐を手に学者センセイの家を訪ね、「初めて作った豆腐です」と差し出した。学者センセイは「豆腐屋さん、ありがとう、ありがとう・・・」と涙ぐみながら、ゆっくりと噛み締めるように豆腐を食べる。これくらいしかお礼ができないがと豆腐屋が言うと、総檜作りの店を指して「これもオカラです」と学者センセイ。つまり、立派な家をオカラにたとえて、そんなに大したことありませんよという意味。このサゲを志の輔が言うと、夜明け前のような静けさに包まれていた会場が感動の拍手で波打った。
 肩をすくめながら話す志の輔の姿を、学者センセイに重ねて見ていたワタシは、涙があふれてしかたなかった。後から聞けば友達も泣いたらしく、その隣のオバチャンも大泣きしていたそうだ。徂徠豆腐の話は約1時間。あっという間だった。
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 その後、無性に豆腐が食べたくなったワタシたちは、碧南市のお隣、高浜にある「おとうふ工房いしかわ」へ。そこで1丁500円もする豆腐を買い、飲みに行く前に家で豆腐を食べることに。大きな皿に豆腐をで~んと一丁置き、スプーンですくって食べる。薬味は削りたての鰹節と、新潟の玉藻塩、石川県のおや玉醤油。あんなに美味しく食べた豆腐は久々というか初めてじゃないかしらん。後から聞けば、ワタシたちの前、つまり一番前の席にいた落語ツウの大先輩も近所のスーパーで男前豆腐を買って食べたらしい。一体、何人の人が豆腐を買いにいったのだろう。
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 志の輔落語の面白さは落語話だけじゃなく、豆知識的な要素が多分に含まれていること。江戸の大火の凄まじさ、火の見櫓の打ち方、昔ながらの豆腐づくりなどを身振り手振りで話してくれる。ラジオから流れてくる声を聞いて物事を想像して楽しんでいた昔の人よりも、現代の人のほうがおそらく想像力は貧弱だろう。でも、志の輔が時代背景をちょっと語ってくれるだけで、想像力が掻き立てられて、よりリアルに楽しめるのだ。素人も玄人をも納得させる巧妙な話術と展開の上手さに感服しきり。落語家志の輔は、司会者の志の輔より数倍いい男に見えます。





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カンバンの手帖ブログ版0079

2008年11月06日
 大府市北東部にある知多四国88ヶ所の2番札所、極楽寺にて撮影した珍品。戦前製のホーローカンバンです。

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 知多四国の巡拝者はたいてい参拝証明として、御朱印と呼ばれる記念スタンプを専用の帳面(御朱印帳)に押してもらうのだが、これはその受付窓口に掲げられています。御朱印を押してもらうのに100円が必要で、そのお金は自分で書いた経文を奉納する代わりであるとみなされているため、「納経所」というそうな。なお、同じカンバンが他に数か寺にもあります。
 下部には、「自転車団 名古屋 幸望講」の文字が見えます(幸望は弘法の当て字か)。制作・奉納したのが「幸望講」の人々らしいが、「自転車団」ってなんだ?自転車で知多四国を巡るグループでもあったんだろうか。
 今年はやたらと知多半島に縁があるが、正直、知多半島(特に北部)は車で走っていてもあんまり面白くない。自転車で回るのがちょうどいいのかも。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

日本油脂専用線跡の現況

2008年11月04日
 いや~、小室哲哉の逮捕にはびっくりしましたね~。まだTMネットワークがバリバリ現役だった大学1年の時、影響されて15万もするEOS(小室がプロデュースしたYAMAHAのシンセ)を豊橋・南栄の白井楽器で買ってしまった若気の至りな過去を持つ私としては、その栄枯盛衰に感慨深いものがあります。

 というしょーもないカミングアウトはどうでもよくて、先週武豊に行った際、EOS(シンセではなくキャノンのカメラ)で撮影した、日本油脂専用線の廃線跡を。「ゆめたろうプラザ(武豊町民会館)」の前にて。

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 火薬製造メーカーである日本油脂武豊工場(日油(株)愛知事業所)は武豊市街の西外れに位置しいます。その専用線は、武豊線武豊駅から工場へと通じる2km弱の路線。昭和61年まで貨物列車が運行されていました。
 まさにシンセを買ったその年、渡辺美里ファンだった先輩とここを一緒に歩いたことがあり、それ以来の再訪です。一部で路盤上に携帯電話の中継塔が立っているものの、さほど当時の面影を損なうことなく廃線跡が保たれており、驚いた。レールは片方だけしかないけど。

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 ゆめたろうプラザ前から武豊駅方面を見たもの。雑木林の中を貫く廃線跡がいい感じ。しかし、あまりにも状態がよすぎる。
 不思議に思って先の方に目を凝らすと…廃線跡の草を刈る人が!一体なんのために?
(まさ)

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(2015.02.26追記)
 日油の方に取材したところ、路盤下に配送管が埋設されており、この廃線跡は現在も「生きている」とのこと。
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

万燈を返す

2008年11月01日
 ウチの地元の知立市上重原町に「返万燈」という変わった小字名があります。とある郷土誌によると、刈谷城下で夏に行われる万燈祭にその昔、知立からも万燈を奉納しており、知立の外れまで万燈を送りこの地で引き返した、とかいう由来があるそうな。

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(刈谷の万燈祭 2005.07.31撮影)


 僕がこの地名を気に留めたのは、近所のファミリーマート知立上重原店のレシートを見たからです。

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 この歳になってコイケヤのスコーンをおやつに!?という点は置いといて(あれウマいんだよね)、店名の下に住所が字番地までしっかり記載されていることに注目してください。
 ところが、先日送られてきた知立市広報によると、このファミマを含む一帯の区画整理事業完了にともない、今日から町名・地番の変更が行われるとのこと。新地名は「上重原一~六丁目」「東上重原一~六丁目」で、字返万燈のあたりは上重原一・二丁目になってしまう。
 地域の歴史が見えてくる味わい深い地名なのに、市もいらんことするなあ。半年ほど前には、同じく区画整理による町名変更で「上重原町字鳥居」の一部を「鳥居×丁目」にしたんだから、こっちも「返万燈町」にすりゃいいのに。
 返万燈の名がどこかに残ってないかと探したら、町内を横切る新幹線のガード下でこんなものを見つけた。

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 しかし、よく見ると「燈」が「澄」に!肝心なところで誤字かよ…。
(まさ)
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)
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