お寺のメガネっ娘

2008年10月31日
 前々回に書いた川合花の舞から家に帰ってきた後、ちょっとだけ仮眠して、またも祭りへ(最近この手の話ばっかり)。次に向かったのは知多市南部の南粕谷にある真言宗のお寺、大智院。知多四国の71番札所で、メガネ弘法として知られています(→●□)。
 この日曜日の午後イチから開催されたのは「めがね供養」。古いメガネを護摩供養するという珍しい行事で、メガネっ娘好きとしては行っとかなきゃならんでしょ。

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 さほど広くない境内の中央で火を焚き、三宝に山盛りにされたメガネを前に住職がお経を唱えたのち、その周りを参詣客全員でグルグル回りながら、願いを書いた護摩木を火の中に放り込んでいきます。
 天気が悪いにも関わらず、この日は近郷近在から善男善女が大集合。皆で般若心経を唱えながら火の回りをゾロゾロ歩く光景は、花の舞とはまた違った味わいでなんかいいよ。

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 山盛りメガネ。これらも火の中に放り込まれます。後ろに見えるお供えは、よく見通せるってことで、レンコン。

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 願い事を書く護摩木は一本500円。お布施をした人には、地元の檀家が振舞う特製お粥がいただけるという特典付き。このお粥は「先見粥」といい、レンコンが入っています。なかなかうまい。

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 しかし、当然ながら、集まってくるのは古いメガネっ娘ばかり。そっち系のマニアの人は期待して行くと肩透かしを食うのでご注意ください。行かないか。
(まさ)
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知多雑 | Comments(1) | Trackback(0)

お寺の結婚式

2008年10月30日
珍しく早朝散歩に出掛けたダンナが見つけてきた地元のビックニュース!
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 「寺で結婚式があるって!」、ダンナが散歩に行かなければ知らなかったのだから、これぞ、早起きは三文の徳というもの。お寺の結婚式なんて見たことがない。そのお寺はウチから歩いて3分とかからない場所にあり、たまたま仕事は昼過ぎから。これは見に行くべきでしょう。早速お祝いに駆けつけました。 
 10時少し前に行くと、いつも静かなお寺は地元の人たちでいっぱい。お寺の結婚式は地元のビックイベントで、檀家の方々だけでなく、近所の奥さん方が大集合。皆どこかそわそわしていて、春を心待ちするようなにこやかな顔をしている。名も知らない地元の方々と、いまかいまかと花嫁さんが到着するのを待つ時間は何だか楽しいものです。
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 午前10時、花嫁入寺。門前にハイヤーが止まり、白無垢姿の花嫁さんがあらわれると、一斉に皆の視線が花嫁さんに向けられる。緊張した面持ちでゆっくり歩を進める花嫁さん。花嫁さんを一目見ようと駆けつけた大勢の地元の方々に、きっと驚かれたことと思います。花嫁さんの前方は烏帽子を被った楽人が歩き、笙や篳篥を演奏していく。雅楽の生演奏、これはなかなか見られるものじゃありません。
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 花嫁さん一行がお寺に入ると、今度は名古屋の菓子撒きならず、菓子配りが。これは三河地方の伝統的な風習のようで、私もちゃっかり頂きました。11時からの結婚式までに少し時間があったので、私は一旦家に帰ることに。地元の方々の多くは本堂の階段に座って雑談しながら待っていたようです。
 本堂の廊下に赤い絨毯が敷かれ、新郎と新婦がそこを通って入っていく。「今の住職さんの結婚式も見たのよ」と、若い奥さんにちょっぴり自慢げに話す熟年の奥様方。二人が着席すると再び雅楽の演奏が始まり、普段はあまり耳にすることのない大太鼓(だだいこ)や鞨鼓(かっこ)も鳴らす。その後、住職らしき方がお経を唱え、新郎が紙を広げて唱え、新郎と新婦の間で何かを交わし(何を交わしているのか見えなかった)、お神酒を口に運び、と結婚式は粛々と行われました。
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 思いがけないお寺の結婚式を見ることができ、朝からとてもいいスタートを切ることができた昨日。夜は友達と焼肉&ボウリングに行く予定があり、初めて142スコアを記録!7投目からスペア、ストライク、ストライク、ストライク、スペアと続き、神がかった驚きの結果でした。でも、一緒にいった友達の一人は自己記録ベストの182(185だったかも)。スゴすぎる!


西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

川合花の舞

2008年10月29日
 土曜日、犬山でモノレールに乗った後は、嫁を実家でピックアップして遠州へ。飯田線沿いの佐久間町川合(現在は浜松市天竜区)という集落へ、花の舞を見に行ってきました。少し前に佐久間町に取材に行ったとき川合の人と知り合い、ぜひおいでと言われたので。
 「花の舞」というのは年末から年始の頃にかけて、三遠南信国境地帯の各所で行われる神事で、奥三河では「花祭」、南信遠山郷では「霜月祭」として知られています。川合花の舞は、それらのトップを切って行われ、三遠南信国境地帯はこれからいよいよ晩秋~冬に突入です。
 ウチらの中では超メジャーなのだが、意外と知らない人が多いらしいのでどんなものかというと

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 こういうヤツね。このシーンを見たら、ああこれか、と思う人も多いんではないでしょうか。
 花祭は何度も見に行っているけど、川合の花の舞は初めて。川合の集落はJR飯田線下川合駅の対岸にあり、集落中ほどの小高いところに鎮座する八坂神社が舞台です。

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 行ってまず驚いたのは、さほど広くはない神社の境内に、屋外型の「舞処」がしつらえられていること。僕がこれまでに見たものは、すべて公民館内や社務所内の屋内型だったので、まず野外の雰囲気にヤラれた。夏の野外フェスみたいなもんですね(ちょっと違うか)。ちなみに雨のときはビニールシートを上に張るそうです。
 そして、僕が知るすべての祭りの中で、ここはいちばん音響がよかった。舞の後ろでは笛、太鼓を奏で神楽歌が唄われるのだが、神社の外に向けて拡声器が設置されているので、谷間の村によく響く!折り重なる山々にスピーカーからの歌声が反射して、見事なエコー効果が。
 まんが日本昔ばなしなんかで、山の奥へ奥へと分け入っていくとどこからともなく祭囃子が聞こえてきて、それを辿って行くとタヌキたちが火を囲んで祭りを繰り広げている、なんてシーンがありますが、まさにあんな感じ。飯田線の最終電車でやって来た人も、響く歌声を辿れば迷わず神社に行くことができます。
 これも驚いた。石の上の篝火。当たり前だけど、焼肉屋にあるヤツとは風情が違う。

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 祭は昼の3時過ぎから始まって、さまざまな舞が明け方近くまで延々と続きます。やたらと子供の舞が多かったのだが、地元の人に聞くと、ここ何年かは子供がけっこう多くて、公平に出すのにいささか苦慮するとか。過疎地といっても、そういう流れのときもあるわけです。逆に20代・30代の中堅どころが少ないのも、これまた苦労する点。各世代が満遍なくいるのがベストだが、なかなかそうもいかないのがつらいところ。
 舞のピークタイムは、深夜1時半頃から1時間近くにわたって繰り広げられる「榊鬼」という舞で、一番上の写真です。音楽と舞の延々ループで、会場は総トランス状態。いやホント、見続けているとだんだんボーっとしてくるのです。テクノパーティーみたいなもんか(行ったことないけど)。
 この榊鬼が終わると、あんなにたくさんいたアマチュアカメラマンたちが、潮が引くようにサーッといなくなっちゃう。ところが、ここからも面白いんだなあ。

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 鬼に続いて登場するのは、おかめ。手に持ってるのは御幣餅で、舞処から飛び出して観客の顔に塗ったくりにくる。もちろんウチらも塗ってもらいました。

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 ラストの舞「湯ばやし」。花の舞は「湯立て神事」の名があり、舞処の真ん中には鉄釜が置かれ、始終湯が煮えたぎっています。これを舞い手が観客に容赦なくぶっかける!熱っ!カメラマンの多くは、これが怖くて(つまりカメラが湯に濡れるので)逃げ帰るのか。
 これを浴びると一年風邪を引かないと言われれています。

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 そして最後がびっくり。神主による「湯上げ」の神事が執り行われるのだが、最後まで残っていた観客は地元の衆以外もみな舞処の中に集められる。そこで鈴と「湯立ての歌楽」が書かれた紙を渡され、鈴を鳴らし歌を歌う(というより唱える)のです。地元民じゃないのにいいんかしら…と思うけど、保存会の人がおいでおいでと言うんだから、いいのか。
 で、その「湯上げ」がまた実に神秘的というか…。なんともいいエンディング。この良さは上手く表現できないので、興味のある人は最後まで粘ってみてください。
 終了予定は朝の4時10分ですが、押して終わったのは5時過ぎ。
 いや~、よかった。久々の徹夜も心地よい疲れだ。だけど帰りに力尽きて、三河一宮のサークルK駐車場で爆睡。
(まさ)

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遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

アンシンメトリー

2008年10月28日
 先々週の金曜日に髪を切った。今回は左側から見るとショートカット、右側から見るとボブ。業界用語ではアンシンメトリー(左右非対称)というらしい。切り立ての姿を見た時は、やってしまった!と、正直思った。せめてもの救いは、お世辞を言わない友達が「似合ってる」と言ってくれたこと。いつも「たくさん切ったねぇ」と失笑するダンナが、「今日はいつもよりオトナしい感じだね」と言ってくれたこと。左右非対称なのに“おとなしい”とは妙な感想だと思ったが、一週間経って改めて見ると、思ったより落ち着いている。パッと見た感じではあまり変化してないように見えるのか、「なに、その髪型!」とはまだ言われていないし、鏡を見てもそれほど違和感は感じない。だけど、義父に「切り残したのかと思っとった」と言われた時には、そりゃないよと思いながら、噴き出してしまった。
 
 もともと美容院は好きじゃない。病院と同じくらい苦手で、できることなら行きたくない場所の一つだ。不自然なトークが疲れるし、緊張するし、どんなヘアスタイルにしたいのか上手く伝えられないから。ただ、髪を伸ばすことができないから(ショートに慣れてしまい、ある一定の長さに到達すると切りたくてしかたがなくなる)、美容院に行く。実家にいた時は馴染みの店があったが、知立に越してからは転々としていた。
 とくに性に合わない美容院は、髪を洗う人、乾かす人、切る人と担当がころころ変わる店。ころころ変わる担当に「お仕事は何をされてるんですか~」と同じようなことを聞かれた時にゃ、どっと疲れる。理想の店は男性スタイリストが経営する少人数の店。そしてできるだけ年上のスタイリストがいい。
 今の美容院の前に行っていた店は、同世代の男性が一人で経営している美容院で、穴場的な雰囲気もいいし、腕も悪くなかった。自転車で通える近さも良かったし、ここなら続けられるかなとも思った。ただ、どういうわけか、いつもきまってボーイスカウトの話題になった。ボーイスカウトは悪くない。子どもの頃はあの制服に憧れたもんだ。でも、毎回同じような話だとさすがに飽きてくる。で、次第に足が遠のいた。
 その後、日進のとある美容院に数回行った。男性スタイリスト2人の静かな店で、割と気に入っていた。だが、通うには少し遠かったため、こちらも次第に足が遠のいた。
 
 で、現在の店が西尾の美容院。車で30~40分かかり、日進の店と同様、少し遠い。価格だって安くない。けれど、それ以上に惹かれるものがあった。取材で一度訪れた時、割としっかり店長さんと話をしたのだが、今までの美容院とはヘアスタイルをつくるプロセスが違うと強く感じたからだ。取材先に再び足を運ぶのはあまり好きじゃないが(落ち着かないので)、ここの店長さんに切ってもらったらどんなスタイルになるんだろうという好奇心のほうが勝った。
 店内にヘアカタログの類は一切置いていない。どのくらい切っていいのか、どんな雰囲気にしたいのか、どれくらいイメージを変えていいのかなどを聞かれ、ぼんやりしたイメージを伝えると、店長さんは鏡をじっと見てしばらく考える。そして、「今回はこんなふうにしましょう」と提案してくれるのだ。その瞬間がいい。ワクワクするのだ。細かいことを言えば、シャンプー担当の若手スタッフのトークがいさかか煩わしいが、それさえ我慢すれば、この美容院はこんなスタイルも似合うのかと、新しい発見がある。自分が、似合うスタイルではなく、ヘアスタイルに刺激を求めていることも改めて知った。いつか挑戦したいスタイルはロングヘアー。しかしながら、こればっかりはスタイリストの腕に任せられない。白髪の婆ちゃんになったら、髪の毛をくるくるっと丸めて、憧れのおだんごヘアにしたい。
 しかしながら、先週、今週に引き続き、ヘアサロン取材が続いているので、そこで「あら、変わったスタイルですね」なんて言葉を期待しているのだが、まだどなたも言ってくださらない。なぜかなぁ。

そのほか | Comments(2) | Trackback(0)

イヌヤマニアック0002

2008年10月27日
 祭り見物で燻された服を洗濯機で洗ったところ、洗い終わってからジーパンのポケットにデジカメのCFカードを入れたままだったことに気づき、呆然となった昨日の昼前。仕事で撮影したものも含めて土曜の全てを失ってしまった…と震えながら、一縷の望みを捨てきれずPCに突っ込んでみると、なんと画像はしっかり生きているではないか。奇跡!
 いや~、寿命が縮まった。しかしケースに入れていたとはいえ、よくもまあ無事だったものだ。サンディスク製のカードが高品質なのか、それとも単に運がよかっただけなのか。

 その、生還したカードに入っていた画像のひとつがコレです。

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 今年一杯で廃止になる、名鉄のモンキーパーク行きモノレール。
 江南と扶桑でライトな取材をしたついでに、一度も乗ったことがないので乗ってみました。廃止が近づいているので、車内にも沿線にも鉄道マニアの姿がチラホラ。子供とマニアの間で、運転席後ろを確保するためのプチバトル(睨みあい)が勃発していたことは言うまでもありません。

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 起点の犬山遊園駅。東口があることを今日まで知らなかった。「電車・モノレールのリば」の文字が昭和40年代チックだ。

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 ホームへの階段の壁に描かれた、モンキーマジックなイラスト。
 終点の動物園駅は、外に出るためにはモンキーパークの入場券を買わなければいけなかったので、そのまま折り返し。仕方ないので、途中の成田山駅で降りてみました。

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 簡素だが、駅員も常駐でそれなりにしっかりした造りの駅舎。
 乗車時間は短いけど、眺めがいいし、まったりしてるし、なかなか面白い路線でした。それなりに客もいるのに、なにも廃止しなくてもいいんでは…。この路線の味わいには“昭和の文化財”的な価値も認められるのに、もったいない。極限まで無味乾燥化してゆく名鉄。

 成田山駅から歩いて犬山市街に行ったら、「犬山お城祭り」の真っ最中でした。犬山城の下に背の高い屋台がズラリと並んでいたのだが、ちょうどカラクリ披露が終わり、かたづけと夜祭に向けての準備が始まったところで、写真を撮っても仕方のないような状態に。先に祭りを見ておくべきだったか…。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

珍問屋0003

2008年10月24日
 先週の日曜日は一宮市萩原で華々しく開催されたチンドン大会へ。5月に行われた「第42回チンドン祭」(→●□)はプロのコンクール、そして秋は「第4回素人チンドンコンクール」ということで、アマチュアの祭典。しかし、町の規模にしてはそこそこ大きなイベントを、商工会議所ではなく一地区の商工会主催で春秋2回も行うとは!萩原商店街振興組合のこの異様な情熱はなんなんだ。
 当日は10月とは思えない暑さのなか、例によっていっぷう変わった人々が全国から狭い萩原の町に大集合!

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 2月以来、嫁が取材で追っ掛けている足助のチンドン屋「香嵐渓市川一座 チンドン屋 嵐(らん)」の皆さん。賞は逃したが珍演を披露!

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 御歳80(!)の座長も相変わらず絶好調!沿道の皆に元気を振りまいておられましたが、このあと登場したサンバパレードの姉ちゃんたちの、裸同然の姿に見とれ「いや~、元気になるねえ~」だって。
 プロの演技も見ごたえがあるが、素人の演技もほのぼの感いっぱいで和みます。いやホント、みんな頑張ってるなあ~って感じで。面白かった。
 あとはICC(一宮ケーブルテレビ)の司会者の姉ちゃんに、演者を見習ってもっと頑張ってほしい。
(まさ)

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尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

タウンサインの研究0011

2008年10月23日
 土曜日は、和太鼓奏者・林田ひろゆき/ZI-PANGのライブを見に、久々に伊賀上野へ。開演前、上野市街をフラフラ歩いているときに発見した街灯用のサイン。日本の地方都市によく馴染む好デザインではないかと。

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 もちろん忍者。ぜんまいざむらいに出てくる豆丸とずきんちゃんを合体させたような、かわいいキャラクター。いいねー。
 そんな伊賀上野ではビクター犬も忍者に!

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 あと関係ないけど、酒屋の外に置いてあった戦前の木製酒箱。

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 なんかしらんが上野はすげえなあ~。
 ところで今日の新聞に、名古屋市をユネスコが“デザイン都市”に認定した、という記事が載っていたが、よくわからん話です。行政主体で会議やらなにやらをいろいろやっていることは知っているが、それよりも無味無秩序な町のデザインをなんとかしろと言いたい。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

御器所村を歩く

2008年10月22日
 昭和の合併以前に存在した自治体を徘徊する突発的シリーズの第4弾。今回は名古屋市街東部の御器所(ごきそ)村です。
 御器所村が名古屋市に合併したのは大正10年。当時の5万分の1地形図を見ると村域は中央線から八事までで、溜め池や田畑・荒れ地が目立つけっこうな田舎だったようです。しかしその中でも、千種と呼続を結ぶ南北の道路沿いは、住宅密集地が点在していました。
 先週半ば用があって名古屋に出たついでに、御器所村中心部のあたりを歩いてみました。
 
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 まずは、地下鉄荒畑駅から北へ。「北山本町」の界隈には、こんな具合にシブい商店街がダラダラと続いています。名古屋市街の外縁では、こういう風情の町並みにちょくちょく遭遇しますが、ここなど「名古屋的下町」の典型といえるところ。

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 中には写真左のような、昔の喫茶店そのまんまのコメダも。郊外型コメダを見慣れている三河在住者にとっては、実に新鮮。最近では、この手の町家風建築にオシャレカフェやオシャレ雑貨店が入ることも多いですが、北山本町にはその類の店は皆無です。とにかく、オール庶民派。
 実はこの春、とある手伝いで北山本町の長屋建築に入っている書店に本を車で届けたことがあり、その時初めてこの界隈のシブさを知ったのだが、肝心のその書店はもう店を閉めてました。ホント、零細書店の衰退はもうどうしようもない。作り手サイドとしては、金余ってる人は読まなくてもいいから助けると思って買うだけ買って!という感じ。

 続いて、荒畑駅から南へ。荒畑駅の南西エリアは現在「御器所×丁目」という地名になっていることからも分かるように、もともと御器所の中心地区でした。
 ちなみに地下鉄御器所駅周辺は、昔の地図では「石佛」という名の集落。村域の中央だったので役場があったものの(その流れで昭和区役所が御器所駅前に置かれたか?)、人家の少ないところだったようです。

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 一・二丁目界隈には北山本町以上にシブさ充満のこんな通りがあるのだが、3年前に歩いたことがあるので今回はパス。四丁目にある村の鎮守、八幡神社へ。

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 境内は狭いながらも、緑に包まれたいい神社。今はやりのパワースポット。由緒書によると、
*熱田神宮鬼門除け鎮護の大神として置かれた
*熱田神宮の祭礼に使う土器を調進する地であったことが地名の由来
とのこと。この日は例祭だったようで、続々と参拝客が来てました。
 神社から南東へ数百メートル。永金町一丁目にあるココが本日最大の目的地。

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 名古屋保育福祉専門学校です。といっても、別にこの学校に用があったわけではない。古い地図を見ると、この場所に「愛知郡役所」の地図記号が記されていたので、今はどうなっているのか確認に来てみたわけです。
 郡役所とは郡を統括する役所のことで、明治から大正末年まで存在しました。平成の大合併で郡の名前すら消えてしまう例が後を絶ちませんが、昔は地方自治の一制度として機能していました。地名マニアのわたくしは郡制や郡役所跡地にも大変興味がありまして、あちこち回っているとごくごくたま~に、奇跡的に残っている郡役所の建物に遭遇することもあります。蛇足ですが、僕が子供の頃には地元の揖斐川町に、旧揖斐郡役所の建物が残っていました(もっとも、それが郡役所だったことを認識したのは最近ですけど)。
 さすがに名古屋市内なのでなんにも期待していなかったけど、予想に反してとんでもない遺構が!

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 なんと、郡役所の石垣の一部!

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 また御丁寧に、石垣の一部を台座にしたモニュメントまで、専門学校の同窓会によって建てられているし。碑文によると

大正7年、当時愛知郡役所は熱田市場町にあったが、同年に御器所村へ移転した。その移転先が現在の本学である。その郡役所議事堂の遺跡として残っているのが、本学駐車場の間知(けんち)の石垣であり、石は、蒲郡の幡豆町から出る幡豆石である。(原文ママ)

 しかも幡豆石とは。幡豆石についてはアイツアブログをご参照ください(→●□)。
 しかし、こんなドマイナーなものをちゃんと保存しておいてくれるなんて、なんて意識の高い専門学校だ!
(まさ)

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◎旧自治体徘徊シリーズ
2007.09.24 愛知郡八幡村→●□
2008.02.03 西春日井郡楠村→●□
2008.04.17 愛知郡金城村→●□
名古屋雑 | Comments(5) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0078

2008年10月18日
 岡崎の井田で発見した、額田の住宅建設業者のカンバン。

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 デザイン的には特にどうということはありませんが、地図に注目。

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 「1号線」はもちろん国道1号、「インター」は岡崎インターのこと。このインターの表現が、オバQの弟O次郎の毛みたいだ。
 また、インターの左には「白バイ」の文字が。昔はここに交通取締りの白バイが常駐していたのだろうか?
 あと、現在はトイザラスがあるところに書かれている「グランドヒル」なる施設はなんなのか?知ってる人いたらご一報ください。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

サンプルズ

2008年10月17日
 先週の金曜日、某誌の取材で久しぶりに下呂に行ったら、新規施設が誕生していた。

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 物件名は「ギャラリー『食の館』」。下呂の飲食店52店の名物料理が一同に会した衝撃のフードコート!…なわけはなく、下呂の飲食店52店の名物料理の「食品サンプル」(飲食店の入口のショーケースに飾ってあるロウ細工)が総覧できる施設です。バラエティに富んだサンプル群が作られたのはもちろん、日本最大の食品サンプル産地である郡上八幡。
 これはある意味、待望の施設ですよ。下呂というとガイドブックに載せる飲食系が弱いという通説があり、某M誌ではいつもラフレイアウト作りに苦労させられたものだが、これを見に行けば取り上げる店の目星が付けられる。かも。しかし52店分も並ぶとなかなか壮観で目移りする。かな?
 場所は、不老柿で有名な「たけ川」の向いあたりです。

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 これはサンプルではなく、昼に食べた菅田庵のトマト丼。
(まさ)
飛騨雑 | Comments(2) | Trackback(0)

山のくだもの

2008年10月16日
 先日、巌立峡の取材の帰りに立ち寄った道の駅で、1パック6個入りで100円のアケビを見つけ、こりゃ珍しいやとその場で買って食べた。アケビを食べた記憶なんて、はるか遠い昔のことで(というか、今までに食べたことってあったっけ?)、どんな味なのかも覚えてない。近所のスーパーはもちろん、木に生っている姿だって、この辺りでは見かけないからだ。 
 そんなアケビに久しく出会って、買わないわけがない。その場で開けて食べてみると、売店の女性の「完熟だよ~」の言葉通り、ほのかな甘みが広がった。味は、ナタデココをどろっとさせたような味、葛湯をゼリー状に固まらせた味のほうが近いかな。つまりは、白砂糖の味がするのだ。イチゴやミカンのような甘酸っぱさはないが、喉がとても渇いていたら、きっと美味しく味わえると思う。
 ただ、アケビは種が非常に多いのが難点。実よりはるかにタネのほうが多く、カエルの卵のように実とタネがくっついているから、スイカのタネように一粒ずつ取り除けない。だから、スプーンできれい残らずタネを取り除かないとスイカを食べられない人には、アケビはきっと受けいられないだろう。
 さらに見た目も良くない。先ほど、カエルの卵なんて書いてしまったが、その姿形はでっかいイモムシそっくり。触り心地も似ているのだ。当然、気持ち悪いなぁと思ってしまう。黙っていればいいものの、言わずにおれない性質なので、イモムシみたいだなぁと言いながら食べた。 
 それでも、このアケビが気に入ってしまい、もう1パック追加で買ってしまった。自分が食べるというより、この珍しい山の果物を誰か他の人にも味わってもらいたいと思ったから。押し付けがましいこと、このうえない。

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木通、通草と書いて、あけび。
食べもの | Comments(0) | Trackback(0)

馬走る秋

2008年10月14日
 実は大脇梯子獅子の日の午前中は、東浦町緒川の入海神社で行われた「おまんと」という神事を見物に行ってました。1日2つ、祭りをハシゴ。
 おまんとは、境内に設けた馬場をホンモノの馬が疾走し、それに飛びついて一緒に走るというもの。「馬の塔」が訛ったらしい。衣浦湾両岸の各所で行われています。

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 こ、怖ぇ~。撮るのもけっこう怖い。砂も飛んでくるし。草競馬と闘牛がいっしょになったようなもんで、これも見ていてかなり面白いです。

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 いただいたお神酒は、やはり地元緒川の酒蔵・野村酒造の「幸娘」。
(まさ)

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大脇の梯子獅子

2008年10月13日
 先の予告どおり、日曜日は豊明市の大脇神明社で行われた梯子獅子を見物してきました。大脇は伊勢湾岸道豊明ICのすぐ北にある集落で、現在の町名は栄町。旧豊明町は愛知郡ですが、南半分はもとは知多郡に属しており、神社の近くには知多四国の一番札所があります(なのでカテゴリも知多雑)。
 午前中が晴れていたのに、始まる午後からはまたも天気が悪くなり、僕の腕では大変難しい撮影条件になってしまった。

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 同じ梯子獅子とはいえ、知多市朝倉のほうとはけっこう雰囲気が違います。まず驚いたのは櫓の規模。朝倉よりでかくて高い!櫓の下には舞台が設けられ、その前には見物席が設けられています。境内が朝倉牟山神社の数倍あり、観客は食事をしたり酒を飲んだりしながら、梯子獅子や獅子舞・演舞を観覧するという趣向(朝倉はスタンディング)。昔ながらの村芝居的風情が実にいい!

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 ここもやっぱり怖ぇ~。大脇は演題を記した「メクリ」と解説アナウンス付き。梯子獅子にも「藤下がり」「波打ち」「たねまき」の三種類があることがわかった。

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 演目が終わって演者が挨拶に立つたび、客席からはおひねりが飛んできます。見ていると、おひねり作りは地域の子供たちの役目で、演舞中に客席で作り、周囲に配っていました。
 午後遅くにいったん家に帰り(重原までは23号バイパスでわずか10分なので)、夜もう一回見に来ると、昼よりすごい観客の数でびっくりした。

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 豊明ってただの郊外住宅都市のイメージしかなかったけど、こんな素晴らしい雰囲気の祭りが続いているなんて、なかなかいい町ではないか。見直した。保存会会長の挨拶では「後継者も少なくて…」と言っていたけれど、都市化のおかげか祭りに参加する子供の数もやたらと多いし、奥三河や北遠州より希望は持てるんではないでしょうか。

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 袖から獅子舞に見入る子どもたち。う~ん、希望のある光景だ!
(まさ)

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刈谷駅前ここ数年の今昔~南口編

2008年10月12日
 「みなくる刈谷」の名前が出たところで、刈谷駅南口付近の現況など。
 地元の人以外はなんのことか分からないと思うので簡単に説明すると、「みなくる刈谷」とは、刈谷駅南口の再開発事業で建設される複合ビルのことです。数ヶ月前、とある仕事で名古屋の建設業者に聞いたところでは、「名古屋圏ではもはや残り少なくなっちゃった(建設業界にとっての)ビッグプロジェクトのひとつ」らしい。

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 南口駅前ロータリーを潰して、みなくると駅の連絡通路などを建設中。左奥が名鉄イン刈谷。右側のカーブした建物がみなくるの一部。

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 ここには岐阜県東濃地方が拠点のスーパーチェーン、バローが入ります。一月ほど前の新聞に、従業員募集の大広告が折り込まれてました。
 しかし近年のバローの勢いは凄まじい。刈谷店は、碧海エリアでは安城に次いで2店目。地元の揖斐川町にも7月にできたばっかりだし(5kmほどのところに池田店があるというのに)。岐阜発といっても、僕は西濃出身なので、東濃系のバローにシンパシーはまったく感じません。
 すぐそばにあるアピタや、重原のドミー(西尾が発祥地。つまり純西三河系)と、三つ巴の激しい客争奪バトルが展開されるのだろうか ! ? どうでもいいけど。
 さて、刈谷駅南口といえば、やはり触れずにおけないのが名鉄イン刈谷。

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 この2点は06年1月に撮影したものです。この少し前、姉歯系ということが判明して世間を賑わしました。いや~、すでに懐かしい。この日はまさに取り壊し開始日で、右の写真に写っているのはマスコミの方々。

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 でもってこちらはその半年後。合同庁舎側からアピタ方面を見ており、手前右がホテル跡地、白いのは刈谷の老舗、太田商事のビル。
 もうひとむかし前の刈谷駅南口の様子を知りたい方は、図書館に行って「西三河今昔写真集」(樹林舎)を参照してください。
(まさ)

◎北口の最近の今昔はこちら→●□
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カンバンの手帖ブログ版0077

2008年10月11日
 近所のネタ続きです。碧海地域に引っ越してきてから、ずーっと気になっているカンバン。

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 刈谷市東部の半城土(はじょうど)という町に入るところで、必ず立っているのがこれ。天理教の「ようこそお帰り」カンバン(本部のある天理市でよく見かける)の類似品かと思った。

 写真は刈谷東高校角の半城土町交差点ですが、ここから猿渡川を渡って刈谷市街に向かうと、地元で悪名高い下重原町交差点に出ます。ここの交差点、北からの道が左折優先という異常な構造で、直進と右折がなぜか同じレーンのため、しょっちゅう渋滞を引き起こす。アイシンに勤める人が東刈谷や安城方面に帰るのには少しは都合いいんだろうけど、刈谷市図書館や駅南の合同庁舎に行く人にとってはうっとおしいことこのうえない。バローも入る「みなくる刈谷」が南口に完成すると、更なる渋滞は必至。みなくる刈谷、さらなる渋滞。
 市の道路関係部署は何を考えてこんな交差点にしたのか?やはり企業優先ってことなのでしょうか…。ここだけでなく、刈谷には交通量が多いくせに慣れていないと走りにくい道が多いからキライだ。
 地元の人以外にはなんのことだか分からない話題でした(いつもか)。
(まさ)
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幟はためくCHIRYU

2008年10月09日
 先日、ウチの近所をブラブラしていたら、猿渡川の堤防でこんな幟を発見した。

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 「池鯉鮒散歩みち協議会」なる団体が設置したもの。猿渡川はホント、特にどうとも言えない地味な川で、先に紹介した半田の矢勝川(→●□)のような季節の見ものもない。しかし、碧海台地のひろびろ感を味わうには手頃で、なかなかいいところに目を付けたものだ(エラソーな言い方)。
 ただ、幟をこの一本しか見ておらず、協議会がこの後どうするつもりなのかよくわかんないけど。

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 こんな感じで、歩きやすい道が川沿いに続いております。軽トラが通った痕跡があるけど、普段はまず車が入ってこない。新幹線の築堤に柵がなく、しかもどういうわけかかなり低いところを通っているので、新幹線の撮影には絶好のロケーション。プロに撮ってほしいなあ(発表する媒体はないでしょうけど)。
 もうひとつ、知立市内のあちこち(主に民家)で最近よく見かける幟。

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 突っ込みどころ満載!だいたい、みんなでなにをやろうってんだ。
 知立市のサイトを見たら、市のキャッチコピーが「輝くまち、みんなの知立」(市民なのに初めて知った)。それに引っ掛けた何かなのか?大村秀章議員のポスターと並んで出ているところもあったので自民党関連のものか、あるいは知立市議会関連のものか。知っている人がいたら教えてください。
(まさ)
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着物でおでかけ

2008年10月08日
 絞り染めで知られる有松では、開村400年を記念して様々な催しが行われています。着物でおでかけしたかったワタシは、10月5日の「有松で着物を着て楽しもう」イベントに参加してきました。参加といっても、町をそぞろ歩きするだけ。かなり自由なイベントで、着付けの予約をしたものの、着付け会場がどこにあるのか関係者も把握していない状態。大丈夫か!と、いささか不安になりましたが、着物を着たら気分が晴れました。

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 着付け料金は1,000円。ワタシは松坂屋で購入した洗えるポリエステル着物と、古着の刺し子風の帯を持ってきたので、それを着せてもらう。着物好きの友人は、現代風の着物を着て合流する予定でしたが、雨でやむなくレンタルに変更。絣柄のウール着物(単衣)と絞りの帯を選び、半襟も絞り柄だったので、有松・鳴海絞りを粋に着こなす見本のようなスタイルに仕上がり、道行く人が目を止めていました。
 普段は外観だけしか見ることのできない竹田邸(有松・鳴海絞りの開祖、竹田庄九郎の旧家)も公開され、縁側に座ってくつろいだり、離れの茶室でお抹茶をいただいたりしてのんびり過ごす。旧東海道から少し離れた場所にある有松天満社へ行き、本殿へ続く長い階段を上がる。ただ、それだけなのに、着物を着ていると楽しいんだなぁ。
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時代劇のワンシーンみたい

 しかも、見ず知らずのいろんな人から、かわいいねぇ、ステキだねぇ、若いっていいねぇと、声を掛けられる。たとえお世辞だとしても飛び跳ねたくなるほど嬉しい。アマチュアカメラマンから「写真を撮らせてください」と言われたのも初めての体験。3つのカメラがこちらに向けられ、シャッターがいっせいに切られる。モデルみたいで、なかなか面白いもんです。
 旧東海道の間の宿として栄えた有松は、もともと風情のある町並みだけど、着物で歩くとさらに楽しめるから不思議。着物マジックを味わった一日でした。
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朝倉の梯子獅子

2008年10月06日
 日曜日は天気も悪い中、知多市新知の牟山神社(名鉄朝倉駅から3分)で行われた「朝倉の梯子獅子」を見に行ってきました。愛知県でもっともアクロバティックな神事と言われているものです。僕が言ってるだけだが。

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 境内に組まれた櫓の上で、二人組の若者が獅子舞を奉納するというもの。知多市のHPには舞のクローズアップしか載ってないのでどんだけのものかと思っていたら、実際に見ると想像以上の高さでびっくり。揖斐川町消防団北方分団が毎年出初でやっている階梯操法を凌ぐ高さだ(たとえが分かりにくい)。しかも、上で動く度にけっこう揺れている。こりゃやっている方も怖かろう。

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 櫓の上で肩車。怖ぇ~。

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 櫓の上で逆さ吊り(何かの罰ではありません)。怖ぇ~。
 スピードの常滑祭り(→●□)、パワーの亀崎潮干祭り(→●□)、奇妙な豊浜鯛祭り(→●□)、そして恐怖の梯子獅子。これだけ並べてみると、知多の漁民ってけっこう荒っぽいことがわかります。
 12日にも豊明の大脇で梯子獅子があるらしいので、天気がよければ見に行く予定。

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●□お 知 ら せ□●
◎I toursブログを更新しました→●□
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上重原のヒガンバナ群生地

2008年10月04日
 しつこいついでにもう一発、彼岸花(どんだけこの花が好きなんだ)。重原にもけっこういい風情の彼岸花群生地があるんです。

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 丘の斜面に咲き乱れる彼岸花。もちろん自生です。矢勝川ほどではないが、占有面積はけっこう広いんではないでしょうか。このあたりでは、地元の人が自分ち用の畑を作っています。
 遠くから見るとこんな感じ。

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 う~ん、いかにも碧海な感じ。
 「碧海台地」と呼ばれる西三河西南部は、低い丘陵の上に集落が形成されていることが多く、僕が住む重原もそのひとつ。そして、丘の斜面や丘の端では畑が作られている例が多いのも特徴。こうした地理的特性が如実に現れたところにヒガンバナが群生しているわけで、これを「碧海な感じ」と言わずしてなんと言う。
 碧海的といわれても原住民の方々はなんとも言いようがないでしょうが…。
 しかしこういうタイトルだと、いかにも天然記念物みたいでいいですね。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

市川のヒガンバナ群生地

2008年10月03日
 しつこいがもう一発、彼岸花。新城市のうち、旧新城市域の東の外れに、市川という集落があります。旧新城はだいたいどこも開けたところに集落がありますが、ここは豊川左岸の県道から山に少し分け入ったどん詰まりにあり、隠れ里のような趣のところ。擂鉢状の土地の斜面に民家が点在し、高低差がかなりある点が特徴。こういうところ、天竜川流域には多いけれど三河では珍しい。

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 こんな感じ。よく知られた行事に、盆に行われる「市川の鍋づる万灯」がありますが、同日、同じ新城の川路で「火おんどり」も行われ、ほとんどの見物客やカメラマンはそっちへ行っちゃいます(ハデで絵になるから→●□)。
 で秋になると、村の入口から上へと登っていく道沿いに彼岸花が咲きまくります。

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 さらにもう一枚。

081003-3.jpg (撮影はすべて2004年9月)

 最近行ってないのでシーズンの現状がどうなのか知らないけど、東三河以外ではさほどメジャーなスポットではないと思います(東三河でもそんなにメジャーじゃないか)。ちなみに僕は大学生の時、東三河におけるヒガンバナの植生を研究をしていた市野教授の授業で知りました。
 今日の矢勝川堤防は大半が枯れてたので、市川ももう咲き終わってるかな?ヒマなカップルや東三河が好きで好きでしょうがないという変わった人は、来年にでも行ってみてください。
 でもって、この集落にも例によってHINOMIが!…ないので、防火がらみでこんなブツを。

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 山火事防止カンバンwith吸殻入れ&HIGANBANA。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

湖畔の紅

2008年10月02日
 彼岸花は土手や畦に咲くものと思っていたら、こんなところにも咲くのかと。浜松市平松、浜名湖の奥部(別名庄内湖)にて一週間前に撮影。

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 数本が身を寄せ合うこの咲き方がなんとも淋しいというか…。矢勝川とはえらい違いだ。
 でも僕は、知多より遠州の方が好き。個人的な見解ですが、浜名湖は秋がベストシーズン。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

紅一色

2008年10月01日
 今日、知多での仕事の合間に、半田の矢勝川の彼岸花を見に行ってきました。矢勝川は新美南吉の生家や記念館(→●□)近くを流れるいかにも知多的な地味な川(ホメ言葉)なんですが、秋になると堤防の法面2kmにわたって彼岸花が一面を覆い、新聞やテレビで季節ネタとして毎年かならず出てくる知多の有名スポット。実は日曜日にも行ったんだけど、天気が悪かったので再訪。

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 一面の紅色に、唖然。これはすごい。すごいけど、凄すぎるというか、いささか異様。
 
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 異様ではあるけれど、南側は刈り入れ前の田圃と岩滑(やなべ)の集落、北側は丘陵地に広がる阿久比町植大(うえだい)の集落が眺められ、それはまさしく知多半島の一典型といえる風景。知多らしさを味わいながら(これを知多らしいと思う人がどれだけいるかわかりませんが)未舗装の堤防道路を歩くのは、なかなか心地よいです。
 上手く歩けば、新美南吉記念館→矢勝川堤防→南吉生家→岩滑集落と黒鍬街道→記念館といういい感じの周遊コースが完成するのですが、そこは“投げっ放し”が常套の半田市、あと一歩の工夫とアナウンスが足りねえんだなあ。
 しかし紅一色と書くと、大学時代、先輩に緑一色を振り込んだことを思い出す。
(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)
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