陸の孤島寸前

2008年09月30日
 今日、岐阜での仕事の打ち合わせのあと実家に寄ろうとしたところ、村(揖斐川町瑞岩寺区→●□)に通じる県道が土砂崩れのため通行止めになってた。

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 幸い、村への道はもう一本あるので事なきを得たが(ていうか、村へ通じる道は2本しかない)、リアルな土砂災害で道が寸断されるなんて、ウチの地元の山村っぷりを久々に実感した次第です。
 この土嚢の背後には小屋があったのだが、あっさり流されてしまったらしい。右手にあった、廃業したあられ工場の排水処理施設も壊滅。幸い集落からは200mくらい離れているが、他にも小屋1軒、田圃数枚に被害。
 大正12年生まれのウチの爺さんによると、村始まって以来の大規模土砂災害とのこと。この池田山は地盤が堅く滅多なことで崩れないと聞かされていたんだが…。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0076

2008年09月29日
 去年の冬に撮ったもの。矢作川沿いの旧小原村日面にて発見。床屋のカンバンに描かれた超強烈なおっさんキャラ。

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 どっちが散髪前でどっちが散髪後なんだ!
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

野田村の秋

2008年09月28日
 稲刈りシーズンもピークを迎え、ウチの実家でも今日明日あたりで刈りたいと父が言っておりました。天気が悪いのでできるかどうか…。
 すでに20日前の撮影ですが、渥美半島は田原市街の西どなり、野田地区(旧渥美郡野田村)での稲刈りの様子。普通に稲刈りの風景なんだけど、どこか違和感が。

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 同じく野田の別の田んぼの写真と比較してみると…
 
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 上の写真、ハザが異様に低い!下の写真のハザは、三河遠州では一般的なものです。
 ほぼ1年前の記事にも書いたが(→●□)、ハザとは稲を干すための台のこと。上の写真のハザだと、垂れ下がった稲が地面につきそうな勢い。なんで?干すのも脱穀するのも、そんなに楽になるように思えないんだが…。
 後ろに見える農家の方に話を聞きたかったのですが、時間がなかったのと、そもそもコンバインが稼動してたらうるさくてとても話なんかできないので(それ以前に忙しくて相手なんぞしてられないだろう)、撮るだけ撮って帰ってきました。
 この後にお会いした野田の元先生に聞くと、「いや~、こういうのはここのお宅だけでしょう。珍しいから僕も朝、撮ってきちゃった」だって。
 このハザの秘密を知ってる人がいたらご一報ください。

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 野田には海もあります。三河湾に面した馬草港にて。港といっても大した港湾設備はありません。昔は野田村の特産「アカマルみそ」(→●□)の積出港として賑わったらしいけど、今は係留されている漁船もほんのわずか。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0075

2008年09月26日
 東浦の石浜で発見した大工のカンバン。ていうか、知多半島でよく見かけるものです。

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 これぞ昔ながらの大工さん!サザエさんのキャラか!
 しかもイラストの右下には(R)マークって…。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

涙、なみだの安城落語会

2008年09月25日
 落語を見てからというもの、人に会えば落語の話ばかりしている。周りから新たな情報をいただくことも多く、本日見に行った安城落語会は、馴染みのカフェのオーナーさんから教えていただいた。
 この安城落語会、今回でなんと122回目。落語を聞きたいけれど遠方まで行くのは大変、ならば地元に落語家を呼んでしまおうと、落語が大好きな世話人が周囲の落語好きを巻き込んで始めたのがきっかけだ。以来、昭和53年から年に4回ずつ口演を行い、今日に至る。今まで出演した噺家は、志ん朝、小さん、米朝、文枝、談志、小三治・・・と錚々たる顔ぶれ。これほどの噺家を呼べたのは、落語を見たい、その一途で熱い想いがあってのことだと思う。会場を寺の本堂にしたのも良かったのだろう。
 122回目となる秋の落語会は柳家さん喬、喬太郎の親子会。会場は毎度お馴染みの光徳寺の本堂だ。本堂に座布団が敷き詰められ、約200人の観客が詰め掛ける。上野の鈴本演芸場ほど高齢ではないが、夫婦か仲間で来たとみられる中高年層がほとんど。なかには第一回からの皆勤賞組もいたかもしれない。席はぎゅうぎゅう詰めで、足を伸ばすなんて横着はできない。腰痛持ちの方にはいささか辛い席ではあるが、窓際の席には椅子席も用意されている。
 高座は煌びやかな仏壇の前に用意され、仏壇を隠すように高座の後ろに金屏風が立つ。両脇には紙で作った紅白の花飾りが吊り下げられ、南無妙法蓮華経と書かれた行灯も。その独特な飾り付けを、柳家喬太郎が「商店街の飾りですか?」と突いていた。
 
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 開演の午後6時半になると心地よい出囃子が鳴り始める。前座は九番弟子の柳家小ぞうが務め、題目は『初天神』。「あれ買ってこれ買って」としつこくねだる子どもと父親の噺だ。次は三番弟子の柳家喬太郎。題目は『初音の鼓』。ポンと鼓を叩くと、側にいる者に狐が憑き、コンと鳴くという実にバカバカしい話だが、喬太郎の表情が可笑しい。
 師匠、柳家さん喬は『寝床』を語る。義太夫語りが趣味の旦那が自ら会を催すが、上手いと思っているのは本人だけ。実際は“義太熱”なる高熱でうなされるほど強烈で、長屋に住んでいる豆腐屋も提灯屋もせんべい屋も、苦しい口実をこしらえて欠席しようとする。が、そうは問屋が卸さない。「嫌なら嫌って言やぁいいんだ」とすねる旦那に対し、「そうですか」とあっさり引き下がる番頭。すると旦那は「「おい、ちょっと待て、おまえは“そうでしょうけれども”という言葉を知らぬのか」と諭す。その後は旦那にまんまとしてやられるのだ。
 と、前半の話も面白いが、さん喬、喬太郎、二人の語りが冴えてきたのは仲入り後の後半。喬太郎は現代落語「夜の慣用句」で、部下に疎まれる課長を演ずる。「おいっ、中村っ」と部下を呼び捨てし、ビールを注げと遠回しに伝える嫌味な課長が板に付いている。座右の銘を聞くのが口癖で、部下は部下で妙ちきりんなことわざを言う。そこでも笑えるのだが、それ以上に、ポンと押したらピューッと風のように飛んでいってしまうような、喬太郎の軽々しい振る舞いがいい。もしや、この課長って実際の喬太郎そのものなんじゃない?とも思えるのだ。
 その後に続く、さん喬の噺は人情噺『子別れ』。ぼそぼそと語るさん喬の語り口。そうか、喬太郎の軽すぎるトークは、師匠を際立たせるための策だったのかと後から気付く。さん喬は不意を付いた突っ込み芸が上手い。そして、噺に入るまで、噺に入ってからの声色遣いは同一人物とは思えないほどだ。
  『子別れ』は、上・中・下の三部に分かれる長い噺だ。酒癖の悪い旦那と貞淑な妻、無邪気な子ども“カメ”の3人が主要な登場人物。噺は亭主と離縁する“中”から始まる。数年後にカメと再会した旦那は、酒を断ち、女とも別れ、棟梁として真面目に働いている。可愛いカメに「お父ちゃん」と呼ばれると、旦那は愛しくてたまらなくなる。母親とつつましく暮らしている様子をカメから聞き、感傷的になる旦那。旦那はたまらず小遣いを渡した・・・。と、噺はカメが鎹となって、元の鞘に収まるというめでたい結末だ。
 落としどころもあるが、この噺の聞きどころは涙を誘う場面だった。とくにカメのセリフが泣かせる。「おっ母ちゃん、お父ちゃん」と、嘘偽りのない純粋な言葉に胸が熱くなるのだ。ワタシの斜めに座っていた七十歳くらいのオジチャンは、何度も眼鏡を外して目頭を押さえていた。時にはタオルで顔を覆っている。涙もろい方だったのか、気がつくとオジチャンは声を押し殺して号泣していた。見まいと思っても、オジチャンの小刻みに震える姿が視界に入ってくる。さん喬の涙声と、オジチャンの涙に、もらい泣きしてしまった。しかしながら、オジチャン、何か思い当たることがあったのだろうか。
 さん喬は昭和23年生まれ。ということはワタシの父親とほぼ変わらない。それなのに、カメを演じていると5歳くらいの子どもに見えるから恐ろしい。衣装も化粧も何一つ変えていないのに、話芸だけで子どもになったり、母親になったり、父親になったり。オジチャンを含めた大勢の観客の涙を誘った、さん喬の語り。やっぱり落語は凄い。
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ザ・長良川鵜飼

2008年09月23日
 昨日、鵜飼を見物してきました。岐阜生まれなのに、かつ仕事で何回か鵜飼の紹介原稿を書いているのに、実際に見るのは初めて。今回は、仕事仲間のカメラマンM山氏の主宰で、仕事関係のメンツ総勢20名で舟を貸し切っての乗船です。

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 うん、なかなか面白いものでした。
 とか言いつつ、実はけっこう酔っ払っていたので、なーんか最後までフワフワしてたというか、夢見心地というか…。水上で揺れる篝火の催眠効果でイイ感じ?次に乗るときはなるべく酒は控えて、もう少し見ることに専念したいものです。
 そんな中、今回最も笑ったのは、ガイドブック制作経験もある元A社のM崎さんが船頭の兄さんに発したブッ飛び質問。「鵜はなんの魚をとるんですかあ~?」。って、岐阜をナメとんのか!

 乗って初めて分かったことをいくつか。6時半過ぎに長良橋南詰の乗船場を出発してから7時45分の鵜飼開始まで、船はどこを漂っているのか?と思ったら、出発してすぐ、橋の上流側の中洲に係留されました。

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 その間、乗客は石がゴロゴロ転がる中州に下り立つことができるわけです。中には花火を始める家族連れのグループも。ひとり乗り遅れたM松さんは、あとから単独で、ここまで舟で送ってもらってました。そんなサービスがあるとは。遅れても安心だし、逆に遅れてくるとカッコよく登場できて喝采を浴びることうけあい。
 中州にズラッと並んだ鵜飼舟に混じって、こんな舟もスタンバイ。

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          ↑颯爽と乗り込む元A社のS田

 トイレ舟です。なるほど、これは安心。ちなみに名前は「楽市丸」。ナゼこの名を?
 (まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(3) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0014

2008年09月22日
 ただの火の見櫓マニアと思われているワタクシですが、元はといえばHINOMIよりも、消防倉庫に対する興味の方が強かったのです。あと公民館とかバスの待合室とか農協倉庫とか。HINOMIも学術的な価値が全く認められてませんが、地域の公共系小型古建築など、もっと顧みられておりません。
 で、旧鳳来町上吉田で昨日撮影した消防倉庫がこちら。

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 壁と窓の横板といい、観音開きの格納庫扉といい、寄棟の屋根といい、実に安定感のある美しい建築。だと、僕は思うんですけどね…。
 この鬼瓦にあたる瓦の装飾がまた見事。

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 何かを屠る虎。

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 波濤に飛び込む龍のような不気味な顔の鳥。

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 鳩?鷲?何をしているんだ。
 かなり前の記事(→●□)で、このすぐ近くの黄柳野(つげの)集落にある土蔵の屋根にあしらわれた飾りを紹介したことがあるが、鳳来か新城かこのあたりに昔、絶対名を馳せた瓦職人がいるに違いない。と、僕は思うんですけどね…。
 HINOMIも含めて、こういう昔のデザインをどう研究し体系化すればいいのか?それが目下の悩み。実にどうでもいい。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

運動会に飛び入り参加

2008年09月21日
 台風一過の秋晴れの土曜日。岡崎市の山の中にある鳥川小学校で行われた、鳥川地区運動会の取材に行ってきた。全校児童8名。子どもよりも大人のほうが圧倒的に多く、競技に参加するとティッシュや洗剤などの景品が付く。まさに村を挙げての大イベントだ。
 運動場は直線距離で50メートル走れないほど小さい。その小さな運動場で、綱が運動場からはみ出しそうな綱引き、いつ終わるのか不安になるジャンケンゲームなど、ほのぼのとした競技が繰り広げられた。
 そのなかの競技にまさか参加することになるとは思いもしなかった。ゴム状のボールを二人で持って走る「大玉運び」の女性の出場者が3人足りないという。一人、二人と決まり、三人目を探していた先生と目が合い、「出ませんか?」と声を掛けられた。嬉しかった。参加したかったからだ。で、白組に入ったら、アンカーだった。
 ほのぼの運動会といえども、アンカーは緊張する。相手役がノリノリのオジサンだったから、これはヘマをしてはあかんと思い、彼にどうしたらボールを落とさず走れるかアドバイスを受けた。オジサンの話によれば、ワタシが内側を走り、小さなボールを片手で持って、大きなボールを二人で挟むようにして走るといいらしい。で、言われるがままに走って、テープを切りました!

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 さて、感動したのが児童による一輪車の演技。器用に乗り回して運動場を駆けめぐり、下級生と上級生が手をつないでの演技には心を打たれた。団体での演技の後、個人技も披露し、失敗しても「もう一度やります!」と手を挙げて再挑戦する。その真っ直ぐな姿を見ていたら、不覚にもうるっときてしまった。別の場所で撮影していたダンナも「泣けてくるっ」と感動した様子。これが自分の子どもの運動会だったら、どうなるんだろ。果たしてそんな時が来るのか分からないけれど、ちょっと楽しみだ。
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0074

2008年09月20日
 9/10に発売された春夏秋冬叢書「そう」20号の連動ネタ。「残したい日本の音風景100選」の取材で行った、遠州灘沿岸の舞阪海岸です。

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 この浜に出るには、後ろに見える浜名バイパスのガードをくぐるんですが、そのガードのところに出されているカンバン。男の子が驚きすぎ。

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 今時、目の玉の飛び出るマンガってのもなかなかないと思うが…。誰が描いたんだろう。
 舞阪からもう一発、飛び出し注意のカンバン。裸足の男の子がスネオヘアー。

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 いやしかし、こういうカンバンって誰が絵を描くんでしょうね…。

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         080919-2.jpg 「は、鼻もそんな形!?」
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

元気婆ちゃん

2008年09月19日
 一緒に東海道を旅した婆ちゃんは強烈な個性の持ち主だ。八十歳近くまで現役で働いた、根っからの仕事人間。会えば機関銃のように喋り倒し、元気を吸い取られる。聞いている方はぐったりだが、婆ちゃんは話したことで精気が漲り、ますます元気になっていく。で、婆ちゃんのことを“元気婆ちゃん”とも呼んでいた。
 
 果物が大好物で、果物なしでは生きていけない。朝昼晩、必ず食べないと調子が出ないらしく、「果物を食べ続けているから健康でいられる」と豪語する。体に悪いわけではないから、あながち間違ってはないんだろう。毎日食べるから、果物は美味しいものしか選ばない。安いものは買わないし、買う時は「ここからここまで全部くれ」と大人買い。江戸っ子も黙るほど気風がいい。そんな婆ちゃんを果物屋が放っておくわけがない。婆ちゃんの好みを熟知し、旨い果物が入れば知らせてくれる。たぶん、果物の目利きになれるんじゃないかなぁ。
 食べ物への執着心も強い。舌が肥えているのとはちょっと違い、婆ちゃんの旨さの尺度は好みに合うか合わないか。一度、いつもの回転寿司ではなく、オープンしたばかりの回転寿司に誘ったら、「焼きホタテがない」と後からしつこく嫌味を言われた。その代わり、旨いものを食べたときの反応は分かりやすい。「旨いっ!」と必ず大きな声で言う。それが面白くて、この反応見たさにお土産を持っていくこともあった。
 口癖もたくさんある。その一つが「力をつけなあかん」。一週間に寿司、寿司、焼肉、寿司、ウナギと、力付けすぎなんじゃない?と心配になるほど極端な食べ方もすることも。まっ、これはたまたま婆ちゃん家に立ち寄る人が重なったからだけど、よく続けて食べられるもんだ。朝っぱらから肉を焼いてビールと一緒に食べることもあるらしく、まさに豪快という言葉がぴったりはまる。
 婆ちゃんが女らしく見えるのは花と接している時だ。果物と同じくらい花好きで、花を咲かせる技は天下一品。枯れそうな花だって、婆ちゃんの手にかかればスッと首を持ち上げ、元気に咲く。挿し木をして増やすのも上手いから、どんどん花は増えていき、婆ちゃんの庭はいつだって花でいっぱいだ。
 それから、自分に厳しい人で、決めたことは必ずやり通す。毎朝、毎晩、20分くらいのオリジナル体操をする。床に寝転がって足を上下に動かす足上げ体操は結構ハード。そうやって自分でコントロールしているから、婆ちゃん扱いされるのを嫌う。決して「疲れた」を口にしないし、ワタシが少しでも歩く速度を緩めると「先に行け」という。「心は二十歳だよ」、これも口癖だったが、確かに体力はあった。
 
 そんな元気婆ちゃんが急に弱音を吐くようになった。病気じゃなく精神的にまいってしまった感じだ。ご飯を食べなくなったから腕が細くなり、力も出なくなった。悪循環だ。体操も休みがちになり、横になっていることがほとんど。日に日に元気婆ちゃんが、おばあさんの顔になっていく。この前、会いにいったら、「婆ちゃんはオバケや」と言っていた。たまに不思議なことを口にするけど、それは今に限ったことじゃない。客観的に今の自分の状態を見て、そんなことを言ったのではないかと思う。眠いとウソを付く婆ちゃんを起こして無理やり話をしていたら、やることがないから退屈だという。仕事もしたいと言っていた。
 気弱になっている婆ちゃんをムリして動かすと怒られるかもしれないが、どうしても蒲郡にあるクスノキを見せたい。あの大きなクスノキを見たら、少しは気分が晴れるんじゃないかと思う。
 

そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

談志の凄さ

2008年09月17日
 寄席で落語の面白さを再認識すると、落語という世界を教えてくれた名著の著者、談志と談春の落語が聞きたくなる。調べてみると、8月末に開催される博多の「天神落語会 夢三夜物語」に二人の名があった。年内の公演はこの日を逃すと、いつになるか分からない。とはいえ、博多は遠い。すっ飛ばして行ける距離じゃない。席料は大したことないけれど、交通費に金がかかりすぎると、ギリギリまで迷っていた。公演3日前。運良く、チケットが取れたら行こうと心に決めたら、本当に運良く、前から6列目と8列目のかなりいい席が取れてしまった。飛行機で行けばいいものの(ダンナが少し前のブログで触れているが)、車中泊というかなり無茶な方法で行くことになった。
 「天神落語会 夢三夜物語スペシャル」は今年で7回目。今回は一夜追加になり、初日に笑福亭仁鶴、二日目に立川談志&談春、三日目に桂文珍、四日目に三遊亭小遊三&春風亭昇太の超豪華メンバーが揃った。落語ファンにとっては、まさに夢のような日々だ。会場は博多の都心部にあるエルガーラホール8階。約700人収容の大ホールに椅子がずらっと並べられ、東京上野の鈴本演芸場とは異なる、広々とした空間が用意されていた。観客も20代から80、90代と幅広い。若い女性の一人客も多く、寄席とは違う雰囲気だった。
 
談春の古典落語
 まず、談志の弟子、談春が高座に上がる。彼は高座姿が美しいといわれている。その通り、高座に現れた談春はすっと背筋が伸びていて、本で見るよりも柔和な顔立ちのいい男だ。現在、43歳。脂が乗り切ったいい時期だ。初めて耳にする談春の声はワタシの好みの声だった。声はよく通り、聞きやすい。男性にしては声が高いほうだろう。
 最初の噺は、泥酔した亭主と貞淑な妻を描いた『替わり目』。酔っ払いの亭主を演じると、談春の顔は赤ら顔になり、妻を演じると元に戻る。酒も呑んでないのに顔が赤くなるって凄くないか?談春は酔っ払いの亭主、落ち着き払った亭主、強気な妻など声色を使い分ける。噺家にとっては当たり前かもしれないが、上野で見た落語家よりも上手いと思う。二つ目の『おしくら』は、東海道を旅する3人の男衆が夜の女を買う噺。東北弁訛りの女役がはまっている。これが正統派の古典落語なのか。もう少し聞いていたかった。

談志の話芸  
 談春が話を終えると、いそいそと談志が登場する。談志は談春の半分くらい、小さくて細い。そして談春と違い、マイクを通して伝わる声は掠れていた。癌で声帯を悪くしたとは知っていたが、まさかこれほど掠れているとは思わなかった。会場が一瞬にして静まり返る。ワタシは初めて耳にするが、もしかしたら、いつもにまして掠れていたのかもしれない。そんな会場の張り詰めた雰囲気を察知したのか、談志はいきなり「ワン」と客席に向かって吠えた。完全に不意を付かれた観客は呆気に取られ、氷が溶けるように緊迫していた空気が緩んで、笑いの渦へと変わっていった。この人は優しい。その時に何となく感じた談志の第一印象だ。「すいませんね、こんな声で。後ろの人、聞こえてますか?」と、その後も談志は客席を気遣った。
 談志噺は現代の話が絡み合い、フレッド・アステア、和田誠、映画通でなければ分からない話も幾つか登場する。こんなマニアックな話ばかり続くのかなぁと思い始めた矢先、「こんなマニアックな話が続くと困りますね」と、こちらの思っていたことを見透かしたようなセリフを言ってのける。その後も北京オリンピックや他の落語家の話やらいろんな話をして、「いつになったら落語を始めるのかと皆さん思っておられるでしょう。安心してください。ちゃんと落語をやりますから」と、場の空気から観客の心を瞬時に読みとって、的確なタイミングで返した。
 噺は現代から江戸へ遡り、粗忽な殿様と家来の田中三太夫の噺が始まる。これは『松曳き』という噺で、談志の弟子、志らく曰く、粗忽噺のなかで最も高度な噺だという。家来の三太夫が自分の姉が亡くなったのに、殿様の姉君が亡くなったと間違った報告をしてしまい、殿様は悲しみにくれる。ところが、実は殿様には姉君はいなかったというオチ。こうやって書いてしまうと面白くも何ともないように思えるが、実際に生で噺を聞くと全く別物になるから不思議だ。顔の動きだけでなく、腰を浮かして右へ左へと体を動かし、全身で表現する。途中で喉を潤すために白湯を飲み、「白湯を飲むタイミングが難しいんですよ」と、話が脱線するが、きちんと元に戻ってくる。その場の流れも空気もすべて、談志に操られていたような感じだった。気が付けば、声が掠れていることなんて全く忘れていた。
 
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 聞き終えたダンナは放心状態で、「すげぇわ」の一言。あまりに感動しすぎたワタシとダンナは、落語に行く前に博多ラーメンを食べたくせに、ビール(ワタシだけ)とおでん、モツ煮をつまみながら、立川談志、談春の話芸について語った。
 噺家にとって声は不可欠。けれど談志師匠にはそれを必要としない技がある。よく分からないのだけど、ふっとその役が談志の体に宿る感じがするんだなぁ。落語の素人にはまだ分からないことばかり。9月には隣の安城市の落語会に、11月には志の輔の落語を見に行く予定を立てた。いろんな噺家の落語を聞いて、再び談志の落語を見たい。ムリして博多まで行って本当によかった。
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初めての寄席

2008年09月16日
 『赤めだか』と『人生、成り行き~談志一代記』の二冊を読んで、落語を見なくては!と強迫観念に近い思いに駆られたワタシ。8月中旬に仕事で東京に行くことになったので、早速、スケジュールに寄席を組み込んで見に行ってきた。
 東京に古くからある寄席は、創業年の順に上げると、上野の鈴本演芸場、新宿の末廣亭、池袋の池袋演芸場、浅草の浅草演芸ホールの4ヶ所。ここはいつだって落語が楽しめるステキな場所だ。どの寄席でも昼と夜の部があり、休憩を挟んで大体4時間くらい。4時間ぶっ続けで落語をやるのではなく、落語を中心に色物(いろもの)と呼ばれる漫才やものまね、マジックなどの大衆演芸も見ることができる。10人以上の大衆演芸が大体2,500円くらいで見れるんだから、これはかなりお値打ちだと思うんだけど、いかがでしょうか。

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 さて、ワタシが選んだ場所は上野の鈴本演芸場。木造家屋の末廣亭にも惹かれたのだけど、後の予定を考えると鈴本のほうが好都合だったので、こちらの昼の部に行くことに。席は全席自由の当日券のみなので(団体は予約可)、開演の15分くらい前に着くように向かう。平日の昼間だからよっぽど混雑しないだろうと思ったら、座席は白髪交じりの男女でいっぱい。高座には若い噺家が上がっている。時間を間違えたか?と一瞬思ったが、すぐにこれが前座なんだと気が付いた。
 前から15番目くらいの中央列に空席を見つけ、「すみません」と声をかけて立ってもらう。列と列の間は狭く、足が極端に長かったり、横幅が極端に広かったりする人には、しんどい造りだ。座席には備え付けのテーブルがあり、周りを見渡すとビールや袋菓子が置いてある。場内は映画館や劇場のように暗くなく、煌々と明るい。決してムーディーではなく、下町の商店街に似た明るさだ。これが寄席なんだ。寄席独特のローカルな雰囲気に、テンションが上がった。
 
 8月中席の昼の部のプログラムは、マジック、落語、糸繰り、落語、落語、三味線漫談、落語、太神楽曲芸、漫才、落語、ものまね、落語の12席。落語は順を追うごとにレベルが上がっていく。強烈だったのは、前半最後に登場した林家しん平の「骸骨かっぽれ」。羽織から骸骨柄のスーツに着替え、場内が暗くなると踊り出す。骸骨柄だけが闇に浮かび、その踊りはシモネタ満載。中高年層、とくにオバちゃんらがキャッと言いながら喜んでいた。
 落語以外の色物芸も凄い。芸以上にキャラクターが個性的なのだ。瀬川瑛子を思わせるマジック女史は、容姿に似合わない甲高い声と「○○でしょ」のブリッコ口調に鳥肌が立ちながらも、そのアンバランスさが可笑しい。人形繰りで登場したニューマリオネットの老夫婦は、二人が醸しだす異様な雰囲気に呑まれそうになる。80本以上の糸を操る、その芸は凄いが、小さい操り人形(50cmくらい)を足下で披露するから前列しか見えない。それでも笑えるのだ。漫才のあしたひろし順子ペアは、大助花子の花子を、もっと強烈にした順子が凄かった。ドレスの柄は跳び箱柄。寸胴に近い体格だから、似合ってしまうのだ。ものまね芸の江戸家子猫は声帯模写という芸を披露する。祖父、父と代々受け継がれた芸で、そんじょそこらの動物芸とは桁が違う。客の要望にこたえてゾウやキリン、パンダの物真似をし、最後は得意の野鳥、ウグイスの鳴き声で締めてくれた。
 
 寄席は当たり外れが多いといわれているそうだが、その日のトリは三遊亭圓歌。落語協会会長も務めた三代目三遊亭圓歌師匠だった。もちろん、そのことを知ったのは家に帰ってからだが、高座姿や語り口から、格が違うことが一目で分かる。トリの持ち時間は30分。師匠の実の両親、義父母、前妻の義父母の、嘘か本当か分からない現実味あふれた話が繰り広げられた。後から聞けば、これは圓歌の十八番『中沢家の人々』の一部分で、初めて聞いたワタシでさえ涙が出るほど面白かったから、ファンにはたまらない噺だったはずだ。
 自分のジジババたちの振る舞いを際どい話を交えながら、面白おかしく話す。観客は、まさにワシ&ワタシこそがジジババです、という人たちばかり。一つ間違えば反感を買いそうな話もあるが、そこは上手に笑いで落とす。ジジイババアと言いながらも、圓歌師匠の噺には愛がある。何だかものすごく感動してしまい、最後は笑い泣き状態だった。
 寄席の後、浴衣姿に黒い帽子を目深にかぶった粋なお爺さんが演芸場から歩いてきた。恰好いいなぁと見ていたら、三遊亭圓歌師匠じゃありませんか!一緒に写真を撮らせてください!サインください!と声を掛けようとしたのだけど、東京の人々はマナーが恐ろしく良く、誰一人として声を掛けない。そこで、後姿だけこっそり撮らせてもらった。圓歌師匠はゲタを鳴らしながら、颯爽と歩いていく。一体、どこに行くんだろう。よしっ、後を付けてみようとダンナと二人でそろりそろりと付いていくと、路地を曲がり、また路地を曲がり、さらに細い路地を曲がり・・・。すっと消えた先は、町中のパチンコ屋。粋やっ!
 寄席に、落語に、三遊亭圓歌師匠に惚れた一日でした。

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まずは名著紹介

2008年09月16日
 NHK朝の連続ドラマ「ちりとてちん」も面白かったけれど、チケット入手までは心を動かされなかったワタシ。それなのに、一冊の本によって、落語の世界へ踏み出すことになろうとは思いもしませんでした。
 本のタイトルは『赤めだか』。著者は立川談志の弟子、立川談春。彼が真打ちになるまでを描いた青春記のようなエッセイなんだけど、師匠の談志の話はもちろん、落語界の裏話も満載。好みにもよりますが、自信をもって薦められる名著です。その次に読むならと薦められた、立川談志のインタビュー本『人生、成り行き』は、談志に、落語に、なぜもっと早い時期に興味を持たなかったのだろうと悔やむほど深い内容で、こちらもオススメ。

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●『赤めだか』 扶桑社 1,400円
●『人生、成り行き~談志一代記~』 新潮社 1,470円
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タウンサインの研究0010

2008年09月14日
 先日、余っていた青春18きっぷを消費するため、ひさびさに掛川方面へ行ってみました。掛川城と、大日本報徳社(二宮金次郎思想の実践団体)の拠点があることで有名な町です。

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 遠州もフィールドにしていると言えども、天竜川より東は、ここ10年すっかり疎遠。たまに行くと、特に東海道沿線の町々の変貌ぶりに愕然とさせられます。僕が大学の頃から静岡県はスクラップ&ビルド&区画整理事業が大好き。町づくりも、やるならチマチマやらずに一気にやっちまえ、てな感じです。これも「やらまいか精神」というのだろうか?その感覚にはどうもイマイチ馴染めませんが…。
 ところが掛川は、新幹線の駅ができてから発展が旧市街の反対側にシフトされたせいか、旧態依然とした町並みが残っています。掛川中心部は4年ぶりぐらいだが、昼間人口が少なくてガランとした退屈な風情が、相変わらず好もしくて懐かしい。
 そんな町のタウンフラッグ。

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 町のシンボル、掛川城をモチーフにした2種類。まあ普通。特にどうということはありません。
 しかし、旧東海道筋にある商店街「連雀(れんじゃく)名店街」に行くと、期待どおりのブツが残っておりました。アーケードの下にずらっと吊り下がる電光サインです。

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 やはり日本の古びた商店街にはこれがなくっちゃ。「連雀」と「名店街」の間にあしらわれたマークは、こういうデザイン。

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 連雀ってことで、スズメ。どこかの和菓子屋のロゴみたい(祭りの紋かも)。これぞ日本風だ。出来合いのイラストを使った旗よりよっぽどいいと思うんだけど。
 タウンサインもずいぶん撮りためているんだけど、正直なところしょーもないもんばっかりで、ここで紹介するほどレベルの高いものはあんまりないのです。デザイナーと商店街の関係者は、もう少し研究してから旗やカンバンを作るべきである。って、何の提言だ。
(まさ)
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蘇鉄の花

2008年09月13日
 先日、時間が空いたのでふらっと知多四国の地蔵寺に行ったところ(ふらっと行くようなところでもないが)、寺の人が参拝客に「是非これを見て行ってくれ」とおっしゃるので、本堂に上がって裏庭へ。すると、こんな珍花が咲いていた。

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 ソテツの花、だそうです。住職も、何十年も住職をやっているが花が咲いたのを見たのは初めてとのこと。花、なのか?
 キャベツの皮を剥いていったら中心に現れるモノみたいだ。
 下が地蔵寺。知多市最南端の大草にあります。

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 しかし、くるりのニューシングルのカップリング、小田和正と共演した「ばらの花」はいい。
(まさ)
知多雑 | Comments(1) | Trackback(0)

郷土の英雄

2008年09月10日
 先週、取材で美濃市に行ったところ、美濃市出身の競輪選手にしてオリンピックの銅メダリスト、永井清史選手(S1・88期)の祝賀タレ幕が市役所に掲げられているのを目撃。

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 堂々、庁舎の真ん中に垂れ下がっているヤツです(右の小さいのは北方領土返還スローガン)。どうでもいいけどこの庁舎、適度に汚れていい風合いになってますね。
 さらに、永井選手の生地である美濃市西部の大矢田を通りがかったところ、交差点角のサークルKのフェンスにも横断幕が。

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 「二八会」「おしどり会」ってなんだ?地元の同年会とか婦人会か。
 さらにさらに、写真を撮るため金華山展望台に登ったところ、眼下に小さく見える岐阜市役所庁舎にも横断幕が。

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 もちろん岐阜競輪場にもタレ幕が出ています。高橋尚子以来の英雄誕生に沸く岐阜県。いや~、実にめでたい。
 しかし!肝心の銅メダルを取ったレースだが、僕はまだ映像を見てないんだよな~。当日と翌朝、ずっとニュースを見てたけど、まったく取り上げられてなかった。競輪をナメとんのか!
 しかししかし、山岸正教選手(S2・京都・81期)のブログを読んだところ、競輪(日本自転車振興会?)がスポンサーになっている番組ですら取り上げられなかったというから、マスコミに対する政治力が日自振にはまったくなかったということでもあるらしい。驚き呆れ、怒りすら覚える。ついでにいうと、元プロ競輪選手の石井雅史選手(神奈川・72期)がパラリンピックでメダルを取ったことを、なぜ競輪のオフィシャルサイトは紹介しないのだろうか?見識が低すぎるよ。

 当の永井クンは明日からの一宮オールスターで本業の競輪に復帰します。開催中に一度は見に行かねば。でも長欠明けだし、永井からの車券を買うかどうかはメンバー次第。そこはシビアに。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

オオハマニアック2題

2008年09月08日
 碧南の大浜地区で発見した珍品をふたつ。

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 町の中心に架かる湊橋を渡って南に200mばかりいくと、このような建物があります。これは「千代泉」という銘柄を作っていた磯貝酒造場(→●□)の酒蔵跡の一部。
 少し前、この界隈をウロウロしていたら、この蔵跡の前で蔵の人に遭遇し、往時の話を少し聞けました(上の建物は洗米場だったそうです)。その際、敷地内でこんな珍品を撮影させてもらった。

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 「千代泉」と蔵元の名前が入った酒ケース。超貴重品!末永く保存していただきたいものです。

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 つづいてこちらは、湊橋のたもとにある大浜のランドマーク物件、旧大浜警察署、の裏側。裏はけっこう草ボウボウ。碧海エリアでは非常に珍しく貴重な洋館風建築だけど、この有様では公開どころか保存にもさほど熱意はないらしい。西三河では一番好きな町なんだけど、もうひと押し何かが足りない碧南市。
 まあそれは仕方ないとして、裏にこんな珍品が転がしてありました。

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 矢作橋の親柱。って、ナゼこんなところに?碧南の矢作川に古くから架かる橋って、棚尾橋、中畑橋、上塚橋の3つじゃなかったっけ?
 まだまだ碧南には謎が多い。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0073

2008年09月07日
 先月行った八百津で撮ったもの。カンバンというか、カンバンに貼られた貼り紙ですが。

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 アイスクリーム売ってるらしいです。なぜわざわざそんな貼り紙をする必要があるのか?答えは、こんな店だから。

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 なんと、アイスクリームを売っているのは書店さん!そりゃ、貼り紙でもしておかないとわからんわな。
 田舎に行くと、多角経営というか、本業の本だけでなく全く関係ない商品を扱っている書店にときどき出くわします。稲武には、なぜか薬局を併業している強烈な書店もあるし(「西三河今昔写真集」作ったときにお世話になりましたが)。
 そして店先にはこういう自販機も。

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 以前、岡崎市宮石の雑貨屋で発見したもの(→●□)とは別の業者?の古銭自販機。今回も買いませんでしたが。
(まさ)
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御無沙汰奥三河

2008年09月06日
 去年後半から今年の1月にかけてあれだけ行きまくった奥三河に、「火の見櫓暮情」が終わったとたんパタッと足を運ぶことがなくなってしまった。これだけガソリン代が高くなると、奥三河すら気軽に行くことがはばかられます(ガソリン代といえば、知多の東浦で160円を割るガソリン屋が出現しております)。
 一昨日、取材のリサーチのため、半年ぶりに、ようやく、奥三河に行きました。いよいよ稲刈りシーズン突入ということで、あちこちで稲刈り機がグォングォンうなる音が聞こています。
 奥三河の稲刈り見物スポット(?)として有名なのは、旧鳳来町の「四谷千枚田」→●□。愛知県最大の棚田ということでよく媒体にも取り上げられる(僕も3回くらい書いた)メジャー物件ですが、同じ鳳来町でもうひとつ、四谷ほど大規模でもないけど好ロケーションのマイナー棚田があります。それは、愛郷地区の島田の棚田。豊川沿いに走る国道257号の、さらに西の谷筋を走る県道沿いの小集落です。
 稲穂が実る時期に来たのは初めて。

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 マイナーながら写真を撮りに来る人が少しはいるみたいで、地元のオッサンに「おう、写真家かい?」と声を掛けられた。けっして写真家ではないのに「そうっす」と返事をするわたくし(面倒だから)。
 この棚田の先にある峠を越えて、国道257号へと下ってゆく途中の恩原という集落でも、小棚田が見られます。

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 小棚田&消防車庫隣接の便所。渋い取り合わせ。
 古い駅舎とかマイナーな神社仏閣に行くと、こういう木造やモルタルの便所が残ってて、気が触れたら…じゃない気が向いたら撮っています。廃墟マニアや団地萌え、工場萌え、HINOMIの次は、古便所写真集ってのはどうかな?版元はINAX出版ってことで。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0072

2008年09月04日
 アイツアブログ連動ネタ。
 酒の町、広島県西条の西国街道沿いで発見した、HINOMIST必見の超絶品。

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 戦前のホーロー製消防信号板(半鐘の鳴らし方を記したもの)。左の隅にはワンポイントでHINOMIが!火の見櫓が描かれたホーローカンバンなんて初めて見た。

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 見張り台は円形。屋根部分が惜しいことに錆びて欠損しているけど、よく見ると避雷針らしき突起物が描かれています。
 これが貼られている場所もなかなか凄い。

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 街道沿いの古い家にくっついた木造消防器具庫。観音開きの扉には、これとは別にもう一枚、ホーロー製の消防信号板が取り付けられています。中を覗くと椀用(手漕ぎ)ポンプも…。
 立ち並ぶ酒蔵群といい、このカンバンといい、古いものが気取らず普通に佇んでいる、実にいい町です。
(まさ)

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◎ウチのHPより、三河遠州火の見櫓集成→●□
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長府ニオケル三河勤皇ノ士

2008年09月03日
 まだ旅話。
 周防大島から西へ移動して、下関の長府という美しい城下町を散策していたところ、功山寺という古刹の境内でこんなものに遭遇しました。

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 「萬骨塔」なる忠魂塔、というか忠魂塚。てっぺんに石塔が乗っかった大きな土饅頭の下部を、都道府県名や人物名を刻んだ石で固めてあるという、他では見たことのないシロモノ。

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 案内板によると、桂弥一という人物が全国各地から石を取り寄せて作った、有名無名の勤皇の士の慰霊塔だそうな。建造は昭和8年。なんというか、いっぷう変わったものを作ったもんだ。
 地元のものがないかと探したら、ありました。

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 左は田原の偉人、渡辺崋山の名が刻まれた石。
 右は刈谷の偉人、松本奎堂(けいどう)の名が刻まれた石。尊皇攘夷の志士として活躍した刈谷藩士らしい。これを寄贈したのは「財団法人刈谷士族会」。昭和初期にはこういう団体が存在してたんだなあ。まだあったりして。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0071

2008年09月01日
 さらに周防大島探索は続く。
 島の反対側に回り油宇という集落に出たら、あまりにもいいところなので愕然としました。

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 小さな峠を越えたところで遭遇した、眼下に広がる家並と海。三方が山、南向きが湾。そして正面には小さな島。
 見た瞬間、あ、ここはパーフェクト!と思いました。うまく説明するのは難しいが、山と海の配置や、適度な平地と適度に密集する民家が、絵として完璧。美しい集落景観はいくらでもあるけど、ここまで絶対的な安定感のある集落は、そうはありません。HINOMIもあるし。

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 特に、港の東側にそびえる小山がいい按配です。まるで衛兵。地形的な安定が集落の平穏さを醸し出しているようです。
 で、そんな油宇の集落で発見したカンバン。

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 な、なんかシュールだな…。
(まさ)

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