ハードトウフ

2008年07月31日
 え~、話は石川県に戻ります。
 今回の石川行きは、東海北陸道白鳥IC→R158→福井県大野市→R157→白山麓というルートを選択。僕は全通したばかりの東海北陸道を完走して、砺波平野から石川入りしたかったのだが、白山麓が大好きな嫁の強い要望に応えて、この道筋にしたのだ。地図をご覧になれば、いかにマニアックなルートか分かっていただけると思います。
 嫁は大学卒業後、白山麓の河内村に拠点を置く「山女」という地域雑誌で4年間仕事をしており、白山麓エリアは勝手知ったる土地。毎回、白山麓エリアに突入すると顔が突如輝きを放ち、「雪の日にここで事故った」「ここで弁当を食べた」と、思い出をペラペラ語りだす。よほど楽しい日々だったんだろう。
 そんなわけで、この地域のほとんどの店、ほとんどの集落、ほとんどの著名人を取材したんじゃないかという勢いで、どこに行っても顔見知りがいます。今回まず立ち寄ったのはその中のひとつ、白峰という最も山奥の村にある豆腐屋、山下ミツ商店。

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 白峰の特産品、「堅豆腐」を製造販売するお店です。堅豆腐とは、豆腐に重石を乗せて水を出し、堅くした豆腐のこと。豆腐好きの僕としては見逃せない一品なのだが、これまでタイミングが合わず毎回食べ損ねており、今回ようやく初食いとなりました。

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 時節柄、家まで持ち帰るのは困難だし、かといって白い豆腐を何も付けずに一丁ここで食い切る自信はない。そこで購入したのは、この醤油で味付けしたバージョンです。
 封を開け、早速箸を差し込むと、堅っ!まさしく名前のとおり。歯ごたえももちろんハード。大ゲサにいうとザク、ザクッという感じ(大ゲサ過ぎるか)。豆腐自体も、醤油の味付けもともに美味く、結局ほとんど一人で一丁を食いきってしまいました。う~ん、さすがに腹にくる。

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 これに加えて、中にご飯の詰まった「焼いなり」と豆乳アイスも食べた。焼いなり、マジうめえ(ライターと思えない表現力だが)。いやホント、一食の価値あり。
 店内に並んだ商品の中には、わが隣町・三河高浜の名店「おとうふ工房いしかわ」の「きらず揚げ」というスナック菓子も置いてありました。なんでまた西三河の商品が?と思って店の人に聞くと、友達だとのこと。いや~、いろいろ繋がるもんだな。
 ちなみに、僕が食べた木綿豆腐の中では、いしかわの「心」がベストです(もうワンランク上の商品もあるが、家計の都合で購入したことがない)。

 あとどうでもいいですけど、タイトルは小島麻由美の名曲「ハードバップ」と掛けております。
(まさ)
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ラジオにゲスト出演

2008年07月30日
 本日昼、豊橋周辺でのみ聴取可能のコミュニティ局、エフエム豊橋の生放送にゲスト出演させてもらいました。
 呼んでくれたのは、東田にある地酒・日本酒専門店「天に月、地に山」の津谷さん。さる場所で知り合ったのですが、居酒屋店主なのになぜか「ゴゴイチゴ」という番組のパーソナリティを務めておられ(経緯を聞くのを忘れてた)、その中のコーナーに呼んでいただいたのです。
 登場したのは「異業種交流会」という20分ほどのコーナーで、拙著「火の見櫓暮情」をもとにHINOMI話を多少語りつつ、自分の仕事(ライター業)のこと踏み込んでゆくという内容。行く前はかなり緊張していたのだが、本番では津谷さんの進行が絶妙で、焦って余計なことを口走ることもなく、なんとか事なきを得た…という感じです。
 いやしかし、珍しい経験ができて楽しかったです、なんて、終わった後だからこんな余裕のあることも言えるが、今思うとなに喋ったか断片的にしか思い出せん。

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 考えてみれば僕の声が電波に乗るのって、小学校四年生のとき岐阜放送で、小学生が自分の作文を朗読する番組に選ばれて出演して以来だ(その時は録音だった)。
 作文のタイトルと内容は今でも覚えている。「妹三大やなところ」というタイトルで、小学生の兄妹のちょっとした揉め事を面白おかしく書き、最後は「そんな妹だけど、僕は大好きです」みたいな小学生らしからぬテクニカルな(大人ウケを狙った)オチだった。狙い通り先生にはウケて出演者に抜擢され、親は喜んで番組を録音したまではいいが、ネタにした妹は大激怒で、放送後に大喧嘩したっけな。
 この件で、人に読ませる文章は書き方に細心の注意を払わねばならないことを学んだものです。

 てなわけで津谷先輩(同じ大学出身で、かつ同じ西濃出身)、ありがとうございました。
(まさ)
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金沢大荒れ

2008年07月29日
 27、28と、また金沢に行ってきました。今回は白山市(旧松任市)で開催された和太鼓野外イベント「白山国際太鼓エクスタジア2008」の見物が主目的。主催者のひとつである浅野太鼓(老舗の太鼓屋)に、特に嫁がお世話になっている関係で、結婚した年から毎年見続けており、今回ではや5回目です。
 昼頃、金沢に着いたら今にも雨が降り出しそうな天気。会場に先行する嫁といったん別れ金沢競馬場で時間を潰していたら、レース途中で激しい雷雨が。

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 こんな程度では競馬は中止にならないけど、せっかくの野外ライブが屋内に変更かあ~。
 ところが、トータルでマイナス1000円ほど主催者に納めたのち会場の松任へ向かったところ、夕方になって突如青空が!

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 開催関係者の祈りが通じたんでしょう。エクスタジアは無事、屋外で開催されました。夜風も心地よく、出演者も選りすぐりで、実にいいライブでした。
 ところがところが、翌日はまたも荒れ模様。金沢の東山(観光ポイントのひとつ)にある「あうん堂」という古本屋軒カフェに嫁が行きたがっていたので向かったところ、東山界隈がえらいことに。

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 なんと、町の中を流れる浅野川が大雨で氾濫し、一部が床下浸水、一帯に避難指示が出される大騒ぎ。行った頃には、とりあえず水は引いていたもののあたり一面ぐちゃぐちゃの泥だらけ。警察や消防が警戒にあたるなか住民総出で清掃作業に追われており、当の店も営業している場合じゃない、と。商品は大丈夫だったのだろうか。
 そういえば揖斐川町消防団に所属していた何年か前、土石流災害の復旧にも参加したっけなあ。あのときは土嚢作りと土嚢運びがキツかった。
 状況が落ち着き始めた昼過ぎ、東山にある「宮田」という老舗の麩屋へ行ってみました。店の前の道がまだドロドロの状態なのに店の人は快く対応してくれ、「もう、あっという間に水が堤防を乗り越えて入り込んできてぇ~(金沢弁は語尾を上げ伸ばす)」と、氾濫の様子を語ってくれました。激ウマ生麩を試食しながら、ふんふんと聞くわれわれ。いやホント、こんなときに来てすいません。
 金沢東山の皆様、災害お見舞い申しあげます。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

のぎやん0004

2008年07月28日
 前々回の「三谷温泉ロープウェー」の続き。起点側(温泉街側)の乃木山駅跡はどうなってんのかというと、こんな具合。

080727-1.jpg (すべて2006年7月撮影)

 発着点のコンクリートの台座が、建物の下から顔を出しております。しかし、駅跡のこんな遺構より、この上にある建物のほうがスゴイ。

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 …なんだこりゃ。メチャクチャ近寄りがたいオーラを放つ「秘仏寺」なる寺(鳥居があるけど寺)。周囲には十二支の顔をした仏像(楳図かずおの「14歳」に出てくるチキンジョージみたいなヤツとか)が並んでいたりするし。なんなんだ~。
 古い寺院建築でよく見る「相輪」がてっぺんに乗っかってるドーム状の建物は、プラネタリウムの跡。昔ここはプラネタリウムや遊園地のあるレジャーランドだったそうです。
 そしてすぐそばには、乃木山の名前の由来となったこのお方が!

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 これまで三河山間部での発見事例をたびたび紹介している、乃木希典将軍像です。建造は大正9年。そもそも三谷の観光開発は、この乃木像建立がきっかけだったとか。

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 風化もほとんど見られず、精緻で実に美しい。立派な台座付きだし。他の乃木像と比べれば、これが格上の存在感であることがわかるでしょう。
 弘法山に登ったヒマなマニアの方には、乃木山も絶対チェックすることをおすすめします。三谷のよさは、二つあわせて初めてわかる。
(まさ)
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◎のぎやんシリーズ 
 0001豊田市林添町→●□
 0002豊田市(旧旭町)杉本→●□
 0003東栄町中設楽→●□
東三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

「私は負けない」

2008年07月26日
 取材が予定通りに終わったので、青春18切符を使って、新居町の手筒花火を見に行ってきた。昨晩は珍しく眠れず、栄養ドリンクでも飲まないと乗り切れんなぁという体調だったけれど、花火以上に、どうしても会いたい人がいたのだ。
 その人は、5年前に某取材で知り合ったトキさん。非常に気丈な人で、記憶力もずばぬけていて、昔のことも今のことも、いろんな話を聞かせてくれた。取材の後も何度か顔を出し、夕飯をご馳走になったこともあれば、友達やダンナ、私の婆ちゃんを連れて遊びに行ったこともあった。筆まめな方で、いつもびっしりと言葉を並べた葉書を送ってくれ、今年も暑中見舞いが届いた。ここ2年ほど顔を出してない。私の婆ちゃんが少し元気がないこともあって、何だか無性にトキさんに会いたくなったのだ。
 87歳になったトキさんは昔と変わらず、しゃんとしていた。今年はとかく悲しいことが続いたそうだが、その悲しみも乗り越えていらした。「呆け防止のためにね、趣味を持ってね、月4回、お寺に行ってるの」「年上の人とばかり付き合ってちゃあかん、自分より若い人と付き合うとね、引っ張ってもらえるの」と、トキさんなりの歳のとりかた、若さを保つ極意を教えてくれた。
 祭りの前後、一時間くらい話をしていただろうか。トキさんは、「私は負けないの」と自ら言い聞かせるように何度か口にした。歳をとると弱くなりがちな気持ちに、負けまいとする強さ。そういえば、昔は「私は男みたいなの」とも言っていたっけ。帰り際、トキさんは「若いパワーをもらった」と手を握りながら言ってたけれど、頑張ろうと元気をもらったのは私のほうだ。会いに行って、ほんとよかった。

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遠州雑 | Comments(4) | Trackback(0)

蒲郡の廃ロープウェイ跡

2008年07月26日
 マイナー観光リフトで、以前取材したネタを思い出した。蒲郡にむかしロープウェーがあり、その跡を探索したことがあります。
 その名は「三谷温泉ロープウェー」。ラグーナ蒲郡の西に三谷温泉という一昔前風の温泉街があり(泊まったことはないが、岐阜方面の一部の人には夜遊びポイントとしてなぜか知られている)、温泉街と裏にそびえる弘法山を結んでいました。温泉街自体が「乃木山」という小高い山の上にあるため、ほぼ平行移動するだけのものだったようです。運行は昭和32年から50年まで。当時の様子と経緯を知りたいヒマな方は、拙著「浜道紀行」か、樹林舎「東三河今昔写真集」(→●□)をご覧ください。

080726-1.jpg(すべて2006年7月撮影)

 弘法山というのは、山頂に弘法さんの巨大像が建てられたことから付いた名です。上の写真のように、山のてっぺんから三河湾を拝んでおられる姿を、市内各所から見ることができます。

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 間近で見る御尊顔は、ちょっとコワイ。
 この像は昭和13年、蒲郡の観光開発の父である滝信四郎という実業家の寄進によるもの。山頂からの眺望と弘法さんの参拝は三谷観光の目玉で、昔はそれなりに賑わったらしい。昭和46年岐阜生まれの筆者は、三谷が賑わってた時代なんぞ知る由もないですけど。
 この弘法さんの真下に、ロープウェー弘法山駅の遺構が見られます。

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 なにかよくわからないけど、ここにゴンドラが停車しました。下は駅跡の全景。

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 眺めはけっこういい。下に見えるのは三谷市街地、海浮かぶ島は竹島、奥は三ヶ根山。三ヶ根山にもロープウェイがあり、そちらについても「浜道紀行」「東三河今昔写真集」そして「西三河今昔写真集」に掲載しています(どんだけロープウェーが好きな編集者なんだ)。
 展望台のようになっていますが、ここが再整備されたのは06年(05年だったかも)とけっこう最近のこと。これによって多少は人が来るようになったみたいですが、周辺は魚類の慰霊塔や売店跡などがあっていまだB級感プンプン。訪れるマニアの期待を裏切りません。
 なお、展望台の名前は「ラバーズヒル」。う~ん…東三河だしまあいいか。

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 ここで鍵をかけた(マニアックな)カップルは結ばれる、という風説はまだ聞かんのう。夜景を眺めてロマンチックな気分になって、さあ、ちょっと休みにでも行こうか…と振り返ると弘法さんのあの顔が!
(まさ)
東三河雑 | Comments(6) | Trackback(0)

リフトで滝へ

2008年07月24日
 暑さ極まる今日この頃。わが上重原では毎年恒の盆踊りの練習がいよいよ本日から始まりました。太鼓の音に導かれて公民館まで見に行ったら、子どもと主婦がけっこう参加していてびっくり。重原の夏、ニッポンの夏、てな感じで、実にいい町だ。

 さて、今週の月曜(祝日)、とある取材で養老の滝へ行ってきました。西濃出身のくせに通算わずか3回目。しかも今年に入ってはや2回目です。
 先の経験で、駐車場から滝まではけっこう距離があるうえ登り坂も急なことは知っていました。で今回選んだルートは、売店の尽きたところから滝の手前までを結ぶリフト。4/16日の記事(→●□)でカンバンだけ紹介しましたが、それからしてB級の香りが強烈に漂ってきて、一度は乗らねばと思っていたのです。
 ちなみにわたくしリフトはけっこう好きでして、滋賀県木之本町の「賤ヶ岳リフト」とか、島根県美保関町の「関の五本松リフト」とか、マイナー観光地のマイナーリフトにちょくちょく乗っております。40年代チックな観光地にリフトはよく似合う。
 このリフト、正式には「養老観光リフト」といい、昭和44年の開通。全長222m・高低差88mを3分17秒で結び、値段は片道400円、往復700円、営業時間9~17時。と、とりあえず観光ガイド的なデータだけお知らせしておいて、イザ乗車。

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 起点は、環境省の名水百選にも選ばれている養老神社菊水泉のすぐ上。駐車場からここまですでに10分くらい歩かされます。ちなみに駅名は「掬水泉」駅。駅のスピーカーからはなぜかラジオが流れており、周囲にポリネシアの音楽が響くというシュールさ。たまたま民族音楽の番組だったが、これが演歌番組だったらB級さ倍増だっただろう。

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 薄暗い窓口で片道料金払って乗り場に行くと、リフトのロープがカラカラと回転する音が。う~ん、実にいい。リフトの静かな作動音って大好き!心の音風景百選に認定だ(なんだそれ)。ちなみに客は、祖母と孫らしきのが前に1組3人いただけ。

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                 ↑筆者のB級趣味に付き合わされるアマゴンスキーことカメラマンKさん
 中ほどまで登ったところで後ろを振り向くと、雄大な「濃尾平野を一望!」(byカンバン)。ていうか、木に遮られて半望。まあでも、晴れてたら眺めはかなりいいでしょう。しかしこうして見ると、養老の滝ってけっこう山の上の方にあるんだなあ。

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 もう少し乗っていたいところだけど終点に到着。こちらは「養老の滝」駅。色あせたビニールの万国旗がまたいい味を出しています。今なぜか脚光を浴びている「秘境駅」の一種だよ、こりゃ。どうしてこれを(もしくは掬水泉駅を)「中部の駅百選」に認定しなかったんだろう。
 下りたらすぐ滝かと思いきや、なぜかここからしばしの下り道。楽は楽だがどうにも中途半端な…。3分ほど歩いて、養老の滝に到着。

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 意外と観光客がいて驚き。定番スポットは侮れない。
 てなわけで、ヒマなカップルやヒマな乗り物マニアは、一回は乗っておいてもいいんじゃないでしょうか。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

蓮だらけ

2008年07月23日
 日曜、とある取材で羽島へ少年サッカーチームの試合を見物したその帰り道、木曽川沿いを南下して久しぶりに旧立田村を通りました。立田と言えばハス。今は収穫を控えた時期で、無数の巨大な蓮の葉が、村一面を埋め尽くしております。

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 一面の蓮の葉の間から、ところどころ蓮の花が顔を出すこの光景は、何度見ても不思議だ。あまりの暑さに朦朧とするうち、気がつくと気味の悪い浄土に迷い込んでいたかのような。
 よくわからないのは、普通に道を走っていたら蓮の花なんてどこでも見れるのに、観光蓮畑がいくつか存在すること。なぜ?
(まさ)
尾張雑 | Comments(1) | Trackback(0)

タウンサインの研究0006

2008年07月22日
 先にポニョ祭り、じゃない鯛祭りが行われた南知多町豊浜の旧メインストリート。

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 奥の方に小さくHINOMIが写りこんでおりますが(名古屋市亀井製作所・昭和26年製)それは置いといて、右端に見える街灯に注目。

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 地名の表記がなくても一目で豊浜のものと分かる、秀逸なデザインの街灯カバーです。なぜ切り絵調なのかはよくわからんが。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

巨鯛、陸を駆ける

2008年07月20日
 昨日、南知多町の豊浜ポニョ祭り、じゃない豊浜鯛祭りを見に行ってきました。本当は海中徒御をする今日のほうが面白そうだったんだが、諸々の都合で昨日に。

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 これは豊浜の津島神社の祭礼で、巨大な鯛の神輿を担いで練り歩くというのが最大の見どころ。鯛が大きいとは聞いていたけど、予想を上回るデカさ!圧倒。先日のカネニ味噌の仕込桶ぐらい大きい(分かりにくい比較ですけど)。
 炎天下の中を大人数で担ぎ、必死に駆け回る様は、勇壮というかシュール。

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 もう、なんの光景なのかよくわからない。
 来年は海の中を泳ぐポニョ、じゃない鯛を見に行き鯛と思います。
(まさ)
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

大浜旧名所、杉治醸造蔵群その後

2008年07月18日
 6/3のブログ(→●□)で、碧南市大浜にあるカネニ味噌の蔵が取り壊されるらしいと書きましたが、一昨日再訪したところ、8割方ぶっ壊されてました(カネニみそについては筆者のHPをご参照ください→●□)。

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 う~ん、ショック。
 地元で聞いたところによると、跡地にはスーパーができるそうです。スーパーもそろそろ飽和状態じゃないの?僕の地元の揖斐川町にも先日ついにバローができたけど、開店2日目というのにだだっ広い駐車場がけっこう空いてて、肩透かしだったもんなあ。って、揖斐川「町」と碧南「市」を同列に語るのも失礼な話ですが。
 まだ取り壊されていない蔵も一棟あり、人が誰もいなかったんでコソッと覗かしてもらった。

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 なんじゃこのデカい桶は!写真ではわかりにくいけど、ホントのけぞるほどの大きさです。岡崎のカクキューやまるやで見た桶の数倍の容積があるんじゃないか?モンゴルのゲル以上。確実に住める!時代が時代なら集合住宅に転用もできたんじゃないか。
 図書館で戦前に発酵いや発行された「大浜町誌」を見たらカネニに関する記述があり、当時は大きさ日本一の桶として名を馳せたそうです。
 これも廃棄してしまうんだろうか。ひとつぐらいは碧南市に寄贈して、どこかに展示してほしいものです。置ける場所があるかどうかは知らんけど。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

宙を漕ぐ

2008年07月17日
 先週の土曜日、眺望スポットの取材で各務原の伊木山(ライン大橋のちょい下流)に行ったところ、山の中腹でこのようなアミューズメントスポットを発見しました。

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 「サイクルモノレール」。おお、B級の匂いがプンプンするぞ!
 周辺は「伊木の森」と名付けられた公園になってて、テニスコートやフィールドアスレチックなどがあるのだが、広い範囲に施設が点在しているのか、この施設だけがポツンとある感じ。駐車場も空いてるし、管理の方には悪いけどなんとも言えない寂れ感が漂っております。
 一人一回100円という格安さに惹かれて、いい大人2人して乗ってみることにしました。

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 嬉々として体験乗車に挑む女性取材記者。
 出発前、管理のおじさんが「意外とスリルあるんだよ」と言ってたけど、またまた、こんな子どもの乗り物で…と侮っていたら、これが結構高くて、本当に「意外と」スリルがあった。
 しかもまた、眺めがメチャクチャいい。

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 背後には木曽川に犬山城、そして県境の山並み。さらに眼下には各務原のニンジン畑。いやいや、遊具だからってこれはバカにできない!穴場のビュースポットだ!ヒマなカップルやヒマな乗り物マニアの方は、一回は乗ってもいいんじゃないでしょうか。
 なお、このサイクルモノレールは土日祝のみの営業。場所がマイナーすぎるので一日にどんだけも客はおらんだろう、と思いきや、なぜかこの日はウチらも含め10分間に3組もの客がありました。う~ん、底知れぬ各務原。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

木に登る

2008年07月16日
 木に登りました。
 子どもの頃は公園の木に登ってよく遊んでいたけれど、たぶんそれ以来じゃないかしらん。
 
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  その木は、人や鳥、小動物などのあらゆるものを包み込むような優しさに満ちあふれていて、木の精が住んでいてもおかしくないな、と真面目に思える巨木でした。夕涼みをするお婆さん、老犬の散歩をするおじちゃんが訪れて、「子どもの頃はよく登って遊んだよ」と思い出話を聞かせてくれる。見れば見るほど魅力的な木で、登ってみたいなぁという思いがむくむくと湧き上がってきました。
  とはいえ、私も大人の女性。登りたいという気持ちを抑えて、眺めるだけに留めていると、近所に住む人が通りがかり、「登っていいよ。子どもの頃は頂上まで登れたんだよ」と、声を掛けてくれるじゃないですか。心の内を見透かされたような恥ずかしさはあったけれど、こういう機会は有り難く頂戴するに限る。お言葉に甘えて、登らせていただきました。
 ロッククライミングの基本、三点確保を意識しながら、枝に捕まらないようよじ登る。4mくらいの高さまで登って、幹に寄りかかった。子どもの頃に登った木はこんなに大きくなかったよなぁと、昔を思い出す。さわさわと揺れる葉の音に耳を澄ませながら、しばらくぼーっとしていた。今、流行りのツリーハウスの心地よさは、これに似ているんだろうか。頭が冴えてきて、インスピレーションがどんどん沸くような感じがする。ここで原稿を書いたら、はかどるだろうなぁ。
 木に登るべからず、とは書いてなかったけれど、たぶん登ってもいいのは地元の人たちだけなんだろう。どうぞ、と快く声を掛けて下さった地元の皆さん、ありがとうございます。

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そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

古いほうへの偽装

2008年07月14日
 3/27の記事(→●□)で、宮崎県にある吉都線えびの駅の写真を載せましたが、実家で昔のアルバムを見ていたところ、8年前に撮影したえびの駅の写真を発見しました。
 まず、今年3月に撮影した写真。
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 ※クリックすると大きく表示されます

 つづいて00年3月に撮影した写真。テキトーに接写したのでぼやけてますが。
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 なんと、改札の手すりが鉄製に!
 ネットで調べてみたところ、この翌年に「美しい夏キリシマ」という映画のロケがこの駅で行われ、戦中という設定に基づき、木製に取り替えたらしい。で、ロケ終了後、地元の要望でロケ状態のままに残されたようです。これを偽装なんて言ったら地元の人に怒られるかな。この場合、いい方への「改装」ってことで。某名鉄も見習ってほしいものだ。
 でもこの映画知らなかった。戦争映画らしい。見たい気もするし、そうでない気も…。戦争をテーマにしたローカル色の濃い映画といえば、いつぞや見た「早●きの●」(豊橋が舞台)を思い出すが、あれにはガクっとさせられたからなあ。豊橋の皆様には悪いけど…。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

回る絹姫

2008年07月12日
 今日、揖斐の実家からもっとも近くにある回転寿司屋「丸忠」大野店に行ったら、メニューの中に「絹姫サーモン」の握りがあって驚いた。

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 絹姫サーモンとは、設楽町にある愛知県淡水養殖漁業協同組合が作った「バイテク淡水魚」(アイツアブログに少し書いた→●□)。
 昨年、その漁協を訪れ、誕生の経緯や出荷されるところを取材し、担当者が「まだ限定された地域でしか流通していないけど、これから販路を広げていくよ」と力強く語っていたのですが、ついに大手回転寿司チェーンに進出したのかと、感慨深くいただきました。いや、揖斐郡で設楽の魚が食えるってのもすごいなあと(絹姫サーモンなんて揖斐郡民の誰も知らないだろう)。
 値段は一皿390円と、けっこういい値段。キングサーモンのようにべたっとした脂乗りがなく舌触りはけっこうさっぱり。でも味は濃く、歯ごたえもしっかりで、ウマイ。これを読んでる岐阜の人、一度お試しください。
(まさ)
食べもの | Comments(2) | Trackback(0)

紫蘇夫婦

2008年07月11日
 今日の昼食。

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 手前は、奈良の月ヶ瀬で買ったオニギリ用シソの葉を巻いた「シソの葉にぎり」(そのまんま)。嫁の名誉のために書いておくと、形がグチャグチャなのは僕が握ったからです。少々すっぱいけど、なかなかうまい。
 そして上に見える紫色の液体は、嫁が作ったシソジュース。僕の実家で飲んだシソジュースに感銘を受けた彼女が、知立のJAふれあい市場で大量にシソの葉を買ってきて、大量に作りおきしてあるのだ。
 台所で魔女のようにグツグツ煮ていた時は何ができるか心配だったけど、飲んでみたらこれがまたうまいんですわ。酸味と甘味の絡み合い。これにレモン汁を数滴垂らすとさらにうまい。寝起きに飲むと目が覚める(酸っぱさで)。
 今、ウチへ遊びに来るともれなく飲めます。お試しください。
(まさ)
食べもの | Comments(1) | Trackback(0)

HINOMI in the park

2008年07月10日
 一昨日に書いた紺屋海道に行く前、旧大野街道の道筋を探して不審者のように徘徊していたら、亀崎の新居町でこんなものに遭遇した。

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                       ↑
 公園というにはあまりにショボい空地の中にあるのは…HINOMIの頭 !? う~ん、まさかこんな姿に出会うとは。防火の神のお導きか。
 滑り台や鉄棒と一緒に並んでいるということは、遊具として再利用されているということか。しかしどうやって遊ぶんだ。

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 火の見櫓の先端部分がじっくり眺められることはそうそうないので、貴重といえば貴重。しかし凝ってる。どこのヤツだったんだろう?
 ちなみに半田市内では、旧状を留めたHINOMIには今のところお目にかかっていません。かろうじて上部を切断したものに、乙川新町でお目にかかったくらい。って、まだ調査してるんですわ…。

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◎HP「火の見櫓暮情補遺編」はダラダラと製作中/三河遠州火の見櫓集成●□
「火の見櫓暮情」発売中→春夏秋冬叢書
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

タウンサインの研究0005

2008年07月09日
 先週、愛知県図書館に調べ物に行った帰り名駅まで歩き、その途中で見つけたもの。

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 名古屋随一のシブい商店街として名高い、円頓寺商店街。ここにもタウンフラッグがズラリ。

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 あしらわれているのは、商店街の名前にもなっている地域のシンボル円頓寺の鐘つき堂?それとも四間道ぞいの土蔵?屋根の下の鐘っぽいデザインは「円」の字でしょうか。オリジナリティの高い、好感の持てるデザインです。
 しかし僕としてはそれよりも、旗の上にある50年代チックな電光式カンバンのほうがなんか気になる。こちら側はローマ字で「ENDOJI」ですが、裏を見ると…

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 カタカナで「エンドージ」。ー(音引)がいい!日本酒では酒の名前にフリガナを打つとき「チョーヨ」(長譽/岡崎の丸石醸造)や「ホーライセン」(蓬莱泉/設楽の関谷醸造)のように「ウ」を「ー」にするのが一般的ですが、商店街でもこのようにするとは。ついでにいうと、店名の「西アサヒ」に、メニュー名の「タマゴサンド」も効いています。
 円頓寺のシブさは、こういう細かい部分まで行き届いた配慮によって醸し出されている…ということではないですね。
 円頓寺のアーケードは、江川線を挟んで東が「円頓寺商店街」、西が「円頓寺本町」に二分されていますが、タウンフラッグのデザインはどちらも同じ。異なるのは、アーケードの入口に付けられた文字のデザイン。

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 こちらは東側(五条橋側)の「円頓寺商店街」。時代の判別が困難な楷書体を使用。

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 でもってこっちは西側(名駅に近いほう)の「円頓寺本町」。名古屋の今を丹念に記録している友人のブログによると、今年の春に改装されてこの書体になったらしい。商店街組合の気合を感じます。
 ところでコレなんという書体なのか知ってる人いたら教えて。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(1) | Trackback(0)

紺屋海道

2008年07月08日
 天気のよかった土曜日、ふらっと半田の「紺屋海道」を歩いてきました。半田の中心部近くにそう呼ばれる古い道筋があり、観光ポイントとして市が売り出しているスポットです。
 観光協会でもらったチラシによると、紺屋海道とは・・・

●上半田地区(堀崎町周辺)にある道のことで、江戸時代の上半田のメインストリート
●名前の由来はよくわからない。本来の街道ルートも不明。謎を秘めた道
●半田出身の童話作家・新美南吉(→●□)も歩いた

 なんとなくそそられます。これまで一部分ををかすめたことはあるんですが、地図に載ってる全ルートを歩いたことはなく、今回がほぼ初めて。

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 起点は、名鉄河和線住吉町駅から国道247号を東へ数百メートルのところ。ここ数年、すっかり半田のランドマークとして定着した「赤レンガ建物(旧カブトビール工場)」の、国道を挟んで反対側が海道の入口になります。車の場合、このそばにある中日ハウジングセンターと観光兼用の駐車場に停めておくと便利。

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 紺屋海道と呼ばれる区間は約600メートル。建て込んだ家並の間にうねうねと続く、知多半島特有の「里道」という感じ。途中には秋葉山の常夜燈があったり、蔵があったり、渋い商店があったりします。上の写真が海道のハイライト。
 あまりの暑さに朦朧としながら歩いてみた感想は…いや~、よくこの道を売り出そうなんて思いついたなあ。
 決してつまらなくはないし、好きな人は好きだろうとは思うんだけど、上の写真のポイント以外どうにも地味で…。だいたい、こういう雰囲気の道なら知多半島のどこにでもあるじゃん!東浦の緒川とか、阿久比の植大とか、美浜町の奥田とかさ。
 でも、僕が言いたいのは「こんなところを観光地として紹介するなよ~」というツッコミではなく、こんなところでもちゃんとした名称とちょっとしたエピソードさえあれば、どうにでも売り出すことはできる!ということです。つまり名付けたもん勝ちってこと。
 半田の場合、観光地としてのベースがあるから、こういう微妙なものも取り上げやすい側面はありますが、町の活性化のヒントと言えるんじゃないでしょうか…って、誰に向けての提言なんだ。
 ただ、紺屋海道にしろカブトビールにしろ、ほったらかしというか後のフォローがイマイチな気がしなくもないけど(予算の関係もあるだろうからね)。

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 オマケ。紺屋海道沿いにある酒屋にて。亀崎の酒蔵・伊東合資会社(→●□)が7~8年前まで醸造していた「敷嶋」の行灯型カンバンです(銘柄は安城の神杉酒造に委譲され現在も一部地域で販売)。数ある酒カンバンでもこれが特に好きで。
 廻船で栄えた町にある「土佐屋」ってのも気になる。チラシにもなにか解説がほしいよね。
(まさ)
知多雑 | Comments(1) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0067

2008年07月07日
 高野山奥の院の入口で見かけたガイドマップカンバン。

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 マンガチックなキャラが高野山の雰囲気と全然合っていないんだけど。じっくり見るとさらに驚きが。

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 スポーツに、キャンプに興じる仏たちの姿が!これぞまさに極楽浄土!これで役場職員と警察官まで仏だったら非難ゴウゴウだったろうな。
(まさ)
西日本 | Comments(0) | Trackback(0)

東大寺に法隆寺

2008年07月06日
 柳生から国道369号を走っていくと、自動的に奈良市街へ出ました。
 奈良にやって来たのは、正倉院を見たかったからです。正確には、正倉院に収められている楽器を。というのも少し前、主に嫁がお世話になっている太鼓専門誌の仕事で「和楽器のルーツをまとめる」というのがあったので。その多くは奈良時代頃に中国から伝わり正倉院に収められているということが分かり、原稿は終わったけど現物を見てみたいな、と。
 正倉院が一般公開されていないのは知ってるので、奈良国立博物館ならあるだろうと思って行きました。すると!年に一度の特別展示のときだけしか正倉院モノは公開されない、と。あー、歴史系とガイド系の両方を仕事にしているというのに、基礎からできてねえ~。
 あまりのマヌケさに愕然とし、さっさと撤収しようと思ったんだけど、せっかくなので東大寺だけ見てゆくことに。しかしデカい。

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 大仏さんを拝んだあとは、法隆寺へ。少し前「平成の玉虫厨子」の製作ドキュメント映画を見たので、新旧の実物を見ようと思ってのことです。

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 夢殿です。展示館で見た玉虫厨子は、新旧とも素晴らしかった。
 東大寺も法隆寺も、小学校の修学旅行で来て以来、25年ぶりです。どちらもあまり覚えていません。おぼろげな記憶を辿ると、東大寺ではクラスの人気者くんちゃん(男)が外国人観光客に「ハロ~!ナンタラカンタラ!」と英語で話しかけて皆の喝采を浴びていたこと、法隆寺では、門前の土産物屋で「太子餅」という漉し餡の餅に「太子」という焼印を押しただけのドシンプルな和菓子を買ったこと、それくらいしか浮かんでこないなあ。
 旅行から帰ったあと、全員が「修学旅行記」を書いたのだが、僕はこの執筆に並々ならぬ執念を燃やしたことの方が記憶に残っています。確か原稿用紙99枚というクラスでダントツの枚数を書き上げ、しかも笑わせるために面白おかしく書いたもんだから、先生にも同級生にもバカウケして鼻高々だったっけな。
 今こういう仕事をしているのは、あの時の成功体験?が大きく影響しているのだろうか、と奈良の古寺を巡ってしみじみ思いました。
 ていうか、あれよりウケた原稿ってこれまで書いてないんじゃないか?う~ん…。

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月に柳

2008年07月05日
 6/28・29と行って来た、奈良&高野山のこと。
 昨日書いたとおり、この旅行で最初に訪れたのは奈良県の東端にある旧月ヶ瀬村(現在は奈良市)。名阪国道が工事渋滞していたので、途中で適当に降りて下道を走っていくと、そのまま月ヶ瀬に着いてしまった。最初、ここに行こうとはまったく考えてなかったのに。
 月ヶ瀬は、東海圏域の人にはほとんど馴染みのない土地ですが、古くから梅園で有名なところです。名阪国道からもJR関西線からも外れており、僕も来たのは初めて。

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 さすが梅の里。村の中心には老舗の梅干屋が2軒並んでいます。手前の「福田本店」で購入した甘露梅(梅干の果肉をを甘酢で漬け込んだシソの葉でくるんだもの)を、ここ数日オヤツとして食べております。

 月ヶ瀬から県道をさらに西へ進むと、今度は剣豪・野牛十べえ、じゃない柳生十兵衛のふるさととして知られる、奈良市柳生地区に突入。この人物に特に思い入れはありませんが、せっかく来たので「柳生藩家老屋敷」という、ローテンションな雰囲気の観光施設を見物していきました。

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 家老屋敷から眺める柳生の里。
 月ヶ瀬とか柳生とか、昔はこういう地味度の高い土地に初めて来ると楽しくてしょうがなかったんだけど、今回は特に感動も興奮もナシ。なんか、関西圏の田舎がイマイチ僕の趣味に合わない気がするのはなぜだ。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0066

2008年07月04日
 そろそろ奈良紀行の本編に行きたいところですが、まだ先送り。とりあえず、今回の旅で最初に立ち寄った奈良県旧月ヶ瀬村(三重県との県境近く)にて発見した一品を。商品名は不明ですが、東芝のカンバンです。

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 新しい時代の新しい味覚を生み出す、新しい機械。四次元ポケットから出てきたふうな…。昭和40年代末期的な書体とイラストはパーフェクト!そして、「新しい」キャッチコピーとともに、「月瀬村」と2桁の電話番号が記載されているのが、またなんとも。
(まさ)

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カンバンの手帖ブログ版0065

2008年07月03日
 奈良の話はまだ先送りしまして、また手っ取り早くカンバンネタ。岡崎市伊賀町の電車通り沿いにある金物店の軒に掲げられた、超レア物件。

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 刃物の銘柄を木で作り上げた、実に見事な一品。老朽化で脱落していない時のこれを見たかった~。
(まさ)

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