白山麓から届いた写真集

2008年05月30日
 枡野正博さんという写真家の写真集を購入した。ブログのコメントに金沢の亀鳴屋について触れてあり、見たとたんに欲しくなったからだ。枡野さんとは直接お会いしたことはないけれど、以前働いていた白山麓のタウン誌「山女」にも掲載されていたし(私が愛知に戻ってから)、尊敬するライターさんの詩集にも載っていたし、仲良くしていただいたデザイナーさんも何度か彼の名を口にしていた。
 今日、その写真集が郵便で届いた。絵のような文字で、“知竜市”と書いてあり、わざと間違えたんじゃないかと思うほど、やけにしっくり馴染んでいた。
 仕事を中断して封を開ける。花が咲こうとする瞬間、朝露で濡れた葉、夕陽に照らされた山々。写真を撮る人にしてみたら、よくある対象かもしれない。でも、枡野さんの写真は、どれも見たことがない色の連続だった。燃えるような赤、白鳥がシルエットになったオレンジ色の風景。絵の具で描いたようにも見えた。一枚一枚の写真には何の説明もないけれど、桝野さんの驚きや感動が凝縮されていた。座ってゆっくり見るつもりだったのに、台所に寄りかかったまま、最後まで見てしまった。
 何気ない風景を、こんなに美しいと感じられる枡野さんは、人生を二倍も三倍も楽しんでらっしゃるなぁと思わずにいられなかった。
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装丁もステキ。牛首紬かしらん。
※牛首紬(うしくびつむぎ)。白山麓に伝わる織物 

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桝野正博写真集「あめつちのしづかなる日」 3500円
 
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笠松競馬裁判における中日VS読売

2008年05月30日
 昨日岐阜地裁で、笠松競馬場の地主の一部が、貸与している土地の明け渡しを岐阜県競馬組合に求めた裁判の判決があり、競馬組合が敗訴するという困った結果になりました。

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 広大な笠松競馬の敷地は98%が借地という、全国の公営レース場では珍しい形態。実際に競馬場に行くとコースの内側には畑や墓地まであり、「借りもんなんだなあ」と実感できます。競馬組合はとうぜん地主に賃貸料を払っているのですが、その賃貸料が合意に至らなかったので、地主側が裁判を起こしたらしい。競馬組合は控訴したものの、上でも負けると明け渡さなければいけなくなり、その時点で笠松競馬はオシマイです。
 すべての公営ギャンブル場の存続を願う筆者としては、判決に憤る以前に、売上げが苦しいことがわかっててなぜ地主側は裁判を起すのか?という点が最大の疑問。金に困っているのか、感情のもつれか、なんか他に裏があるのか…。だいたい廃止になれば賃貸料も払われないじゃん!もっとも、競馬場跡地にマンションでも建てればもっと儲かるかもしれんけど(木曽川堤防脇にマンションが建てられるかどうかは知らんが)。

 この裁判の結果についてはさっき読売新聞で読んだばかりなのだが、読売は明らかに「判決は妥当」の観点から記事を書いています。
 文中にはこんな一節が。

判決はこのような状況(筆者注:売上げ減少、廃止提言のこと)を踏まえ、「地方財政など社会への貢献も、その役割をすでに果たし終えたという評価もなし得なくもない」と、存続自体に疑問を投げかけた。

 公営ギャンブルの存在意義は「地方財政への寄与」のみとしか捉えていない、極めて見識の低い判決文(そう思ってる人が少なからずいることは分かっているけど)。そして記事のオチは「廃止を含めた現実的な対応を検討すべき時期に来ていると言えよう」。これを機に一気に廃止まで持っていこうよ、という論調で、まあたぶん、記者もバクチ嫌いなんでしょう。
 このほか、喜びの原告と沈痛な面持ちの笠松町長(競馬組合会長)の写真を並べて載せてみたり、勝訴側の「判決を聞いて仏も神もあると思い、ありがたかった」というコメントを紹介してみたり、競馬自体のマイナスイメージを喚起するような紙面が作られています。さほどの大事件でもないのに、こういう写真をわざわざ使う意味がわからん。読売が廃止論を唱えるのは別にいいが(よくないが)、ここまでする必要はないんじゃないの?

 気になったので中日新聞も読んだら、こちらは「生活どうなる」という見出しで、競馬業界で生活している人がいることを思い出させてくれる記事を掲載していました。「伝統ある笠松をなくすわけにはいかない」という馬主の力強いコメントも。
 否定的でないのは、中日スポーツとの関係(笠松競馬の広告や予想記事など)もあると思いますが、苦しい現実があり経営改革の必要性を唱えながらも、一気に廃止にまで結びつける論調ではありません。公平性や中立性がどうとかより、理解ある記者が中日にいることに好感が持てます。

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 とにかく、和解・存続を切に願います。昨年末から今年年頭にかけて何度か取材でお邪魔させていただき(→●□)、現場の方々の頑張りを目の当たりにしているだけに、よりそう思います。頑張れ、笠松競馬!
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(2) | Trackback(0)

元ネタ?

2008年05月29日
 東海環状道を走ると、瀬戸市に入ったところでこんな案内標識に出くわします。

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 高速道路の市町村界標識にしては、漫画チックなイラスト。好き嫌いはさておき、やけに頭に残る一品です。
 で先日、売店がないので滅多に入らない「せと赤津PA」にたまたま入ったところ、トイレの入口でこんな陶板を発見。

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 標識と同じだ!横にも何枚か陶板が貼り付けてあるが、この中から標識のイラストを選んだんだろうか?
 う~ん、どうでもいい。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

消えたジーパン

2008年05月28日
 昨晩から、私のジーパンが行方不明になっている。うちは角部屋の二階だからか、タオルやTシャツやら、いろんなものが飛んでいく。アメリカ旅行中には物干し竿が飛ばされていて、一階の共有地に落ちていた。まさか物干し竿が飛ぶなんて考えられず、泥棒でも入ったのではと疑ったものだ。
 昨日も風が強かった。なのに、きちんと止めずにベランダに干しておいたのがいけなかった。ただ、いつもなら、親切な方が郵便受けにタオルをたたんで置いてくれたり、フェンスにかけておいてくれたりと、すべて回収できていた。今朝、毎日のように掃除にやってくる管理人さんに聞いてみたけれど、何の手がかりもえられなかった。うちは目の前が線路なので、電車に踏まれたのだろうか。でも、それならジーパンの切れ端くらい落ちていてもよさそうなものだ。けっこう、気に入っていたジーパンだから、ショックは大きい。ジーパンと一緒に、バスタオルとトイレマットも飛ばされたのだけど、ジーパン以外はフェンスにかけられていて、無事だった。草むらに隠れているはずもなく、どこを探していいのか分からない。ひょっとして、誰か履いていたりして・・・。ダンナはもう諦めなさいというけれど、ひょっこり出てくるような気がしてならない。お願いだから、出てきてほしい。
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珍問屋0002

2008年05月28日
 日曜日、一宮市萩原の「第42回チンドン祭」に行って来ました。昨年初めて見て衝撃を受け、2年連続の見物。今年は嫁が取材で動きまわっています。

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 通りの幅が狭い昔ながらの商店街は、去年と同じく大盛況。富山のコンクール(→●□)にも出ていたメジャーなチンドン屋が多数来演し、相変わらず面白い!ただ、規模のデカい富山のコンクールと違って年齢層が若干高めで、凝ったチンドン芸よりも、キミマロ的なギャグのほうがバカウケしていた。

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 店先で宣伝するチンドン屋より、商品の物色に一生懸命なオバチャンたち。これが本来の姿か。
(まさ)
尾張雑 | Comments(1) | Trackback(0)

纏 on the HINOMI

2008年05月26日
 「火の見櫓暮情」御購入者からのコメントに気をよくして(単純)、HIMONIの話題を。ていうか、まだチェックしているのか、とツッコミが入りそうですが。
 昨日、大垣市近郊の神戸町柳瀬字柳原で撮影したHINOMI。神戸町は火の見櫓の残存率が非常に高い地域。ついでにいうと、かつては消防団活動も非常に熱心な地域として、近隣の団にまでウワサが(操法大会に向けての訓練が非常に厳しいとかなんとか)広まっておりました。

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 西濃のスタンダードである三本脚櫓。これの屋根をよーく見ると…

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 なんと、避雷針部分の飾りが纏(まとい)の形に!纏とは昔の「消防組」のシンボルで、近代までの火災現場や、椀用(手押し)ポンプ操法の賑やかしなどに使われていたものです。
 三河・西遠州では1基も見かけなかった意匠。神戸町内でも唯一です。それにしても凝り性の職人か消防団員がいたもんだ。
(まさ)

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岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

麦の大地

2008年05月24日
 今、知立郊外の広大な畑地帯は、小麦で一面黄金色です。碧海台地のベストシーズンはいつか?と聞かれたら、他所からやって来た僕は初夏と答えます。

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 いつか知立を離れたら、この季節をいちばん思い出すような気がする。
(まさ)
西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0060&HINOMI

2008年05月23日
 昨日紹介した薬局から歩いて5分ほどのところに、東山茶屋街という金沢きっての観光名所があります。

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 こういうとこね。
 で、この茶屋街の西に並行する通りで、こんなとんでもないホーローカンバンを発見!

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 上は「油断大敵 火の用心 大日本消防協会石川県支部 金沢消防組」。下は「押売物貰厳禁 玉川警察署」。戦前モノが民家に普通に貼られているとは…。いやもう、金沢凄すぎる。
 驚くのはこれだけではない!すぐそばの大通りにはなんとHINOMIが!

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 これは火の見櫓マニアの間では有名で、現存する日本最古の鉄製火の見櫓(のひとつと思われるもの)。「大正13年製造」を示す銘板付きで、国の登録文化財にまでなっています。戦時中に鉄材供出しなかったのか。
 こりゃもう、凄いを通り越して「どうなってんのこの町?」って感じです。
(まさ)

 
北信越 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0059

2008年05月22日
 昨日紹介したビニール製品店のカンバンのすぐそばには、こんなとんでもないモノも。

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 近代日本の都市景観の象徴ともいえる、ガス灯式カンバン。近江町市場から南へ数百メートルのところにある薬局です。
 明治・大正期の古写真ではよく見るけど、資料館や博物館ではなく、こんな町中の店先に現存していようとは!

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 しかもこの店構えで現役の薬局ってんだから。金沢、すごすぎる。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0058

2008年05月21日
 午後、岡崎に行ったついでに大樹寺近くの威光醸造(→●□)に行ったら、2月末日で酒造りを中止していたことが判明。またひとつ愛知から酒蔵が消えてしまった。やめるらしいという噂を市内の酒屋から聞いていたので「やっぱりか」という感じだが、残念なことです。

 え~、本文は日本酒とも岡崎ともまったく関係ありません。GWに金沢市街で発見した、ビニール製品の店のカンバン。

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 イラストがむちゃくちゃシブい。シマシマのテントも味わいがあるけど、なんといっても雨の中を歩く後姿のシルエットが秀逸!なんという文学的なデザインか。

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 親子というより「異人さんに連れられて行っちゃった」という感じですね。手仕事・伝統工芸の町金沢は、カンバンのデザインレベルも高い。
(まさ)
北信越 | Comments(2) | Trackback(0)

昭和&テディ

2008年05月20日
 先の書き込みのとおり、日曜は高山へ。取材等でだいたい年に3回は高山に行くのですが、今年は早くも3回目です。
 日曜は太鼓の前に「高山昭和館」をチェック。某ガイドブックで取り上げるよう編集&取材指示しながらも、実際にはまだ見たことがなかった施設。

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 想像通りの施設でしたが、客の食いつきもけっこうよく、内容的にはそれなりに面白いです。
 カンバン系の展示物に掘り出し物がないかと思ったのだが、これぞというモノは多くなかった。東海地方のブツに絞るとかすればもう少し深みのある施設になると思うのだが、民俗資料館ではないし、そこまで要求するのも無理か。
 しかし一品、東三河フリークには見逃せないものを発見。

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 昨年、第60回大会を迎えた渥美半島駅伝の45年前のポスター。周囲とは脈絡なく貼ってありました。しかしなぜここに?
 あと、GW明けの取材では、何度もリライトしてるのに一度も中を見ていなかった「飛騨高山テディベアエコビレッジ」へ、初めて行くことができました。ここはいい。実にいい。高山の癒しはさるぼぼかテディに尽きる。

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 あと、太鼓のあと晩飯に食べた「弱尊」のカレーはうまかった。
(まさ)

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今宵も太鼓三昧

2008年05月19日
  さて、少しはリアルタイムの話もしなければ。今日は、高山市街から少し離れた高台にある飛騨・世界生活文化センターで開催された、『飛騨高山全国和太鼓 夢の頂上響演』を観てきました。今年で3回目を迎える恒例のイベントで、6つの団体が参加。今回は和太鼓界のトッププレイヤー、林英哲氏&英哲風雲の会も招き、太鼓ファンにとっては、垂涎の的の公演となりました。
 公演は三部構成で、午後13時から17時過ぎまでという長丁場。ちゃんと見続けていられるか心配でしたが、高山市内の高校生や社会人グループ、三重県熊野や福井のベテラン、沖縄のエイサーを踊る若者たちなどなど、個性あふれるメンツばかりで、瞬く間に時間が過ぎていきました。
 『たいころじい』(和太鼓専門誌)で紹介するので、あまり詳しく紹介できませんが、やはり英哲氏はすごかった!なぜ、平気な顔して大太鼓を30分以上も打ち続けられるのか。とても50過ぎの体には見えません。英哲氏が描く音の世界は、私が簡単に理解できるようなものじゃない。でも、心を打たれるのはなぜなんだろう。英哲氏の太鼓は、エイヤッ、と力任せに叩く太鼓とは、まったく異なる世界です。(まり)
音楽・舞台・落語 | Comments(0) | Trackback(0)

初めての東京消防庁

2008年05月18日
 翌朝は東京消防庁へ。取材は昼からだったので午前中は時間があったのです。神田の古書店街に寄りたかったので御茶の水駅で下車。消防庁までそう遠くなかったので、いつものようにテクテク歩いて向かいました。
 目的はダンナの本『火の見櫓暮情』のPR(半分は消防庁を覗いてみたいという興味に駆られてですが)。三遠南信の火の見櫓という限られた地域でのネタですが、意外に火の見櫓ファンが多いことを知り、これなら東京でも売れるんではないかと、淡い期待を抱いたわけです。以前、消防博物館に行った時も売店に本が置いてあったし、可能性は大。ならば、試してみるしかない!
 広報課の担当者は、アポイントもなしにやってきた素性のあやしい女の訪問に、半ば迷惑そうな面持ちでした。たしかに電話の一本でもかけて来るのが正しいと思う。しかし、その場で断られる確立は高い。電話口で断られるくらいなら、直接会って話したほうがいいやという強引な考えのもと、突撃訪問することにしたのでした。
 一つの強みは(強みってこともないか)、 昨日、消防博物館に行った際、東京消防庁へ直接行ったほうが話が早いと言われたこと。本の説明と、どうしてここに来たのかという理由を話すと、担当者もやっと理解を示してくれました。どうやら、少し行き違いがあったようで、私に消防庁へ行ったほうがいいと言った人は、消防博物館と同じ階にある四谷消防署員だったらしい。やはり、本の依頼については博物館が担当しているらしく、消防博物館へ電話をかけてくれました。広報課の方が著書の説明をしてくださった後、博物館の館長さんと電話で話すことに。穏やかそうな方で、ちょっと緊張がほぐれました。売店を工事する予定があるので、希望にこたえられないかもしれないと言われましたが、「私も火の見櫓好きですよ」の館長さんの言葉は、励みになったなぁ。嬉しくて、見本誌も渡してきました。
 残念ながら博物館での販売は叶わなかったけれど、こういう本が出版されたぞと知らせることはできたはず(強引ではあるが)。館長さんにも見本誌を渡すことができたし、たぶんこの先、消防庁に行くチャンスなんてないだろうし。実は神田の建築専門書店にも依頼したんだけど、委託料の関係で叶わず。まぁ、そうトントン拍子に進むわけないか。
 全国の火の見櫓ファンの方、火の見櫓に愛着を感じている方、ぜひ『火の見櫓暮情』をご一読ください!

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東京雑 | Comments(1) | Trackback(0)

東京の夜は続く

2008年05月18日
 友人と飯田橋で合流し、向かった先は神楽坂。神楽坂初の私にはとにかく見るものすべてが目新しく、ほぉ~だの、はぁ~だの、大興奮! 毘沙門天へ向かう坂道には飲食店や和雑貨ショップがぎっしり並び、そこから幅数メートルの狭い路地が何本も交差しているのです。路地好きにとってはたまらない。石畳の路地を行くと、小さな看板を下げる料亭や旅館があり、まさに京都の先斗町を思わせる風情でした。東京通の友人Hさんの話によれば、作家が執筆活動の場として利用した一見さんお断りの店もあるらしい。とにかく、歩くだけでも楽しめるのです。
 どこで食べようか品定めしていると、一軒のBARを発見。こういう場所に慣れているHさんが、「お酒飲んでいこっか」と提案してくれて、「神喜屋(ミキヤ)」というBARに入ることに。入口は、茶室のにじり口に似た、頭を下げて戸をまたぐスタイルで、壁には昭和初期の邦画が映り、かつての花街らしい三味線と民謡のBGMが流れる。それと相反するようにカウンターにはウイスキーやバーボンのボトルがあふれんばかりに置かれ、ダンディーなマスターが一人。まだ早い時間だったので、客は私たち二人だけだったんだけど、どんな人が訪れるんだろう。大いに興味をそそられる渋い店でした。
 飲みたいカクテルのイメージを伝えてくれれば、そのようにお作りしますよといわれ、一杯目は炭酸入りのフレッシュで爽やかな感じに。場の雰囲気とお酒に、はやくも酔いが回りはじめ、シャンとしなくちゃと何度思ったことか。しっかり覚えているのは二杯目のカクテルがまさに求めていた味だったこと。レモンとミントが香る甘酸っぱい味で、あの味は忘れられない。しかしながら、空腹に二杯のカクテルはきつかった(強くないので)。
 清算をお願いすると、二人合わせて7000円強!思わず仰け反りそうになりましたが、たぶんこれくらいは普通なんだろうなぁ。マスターの前で、高い!という顔だけはしないよう気を付け、平気な顔で支払いました。
 その後、Hさん馴染みの店「神楽坂 けん」へ。靴を脱いで上がるスタイルで、厨房を囲んで掘り炬燵式のカウンターとテーブル席が二つ三つ。小さな店なのにカウンター以外は満席。料理は和とフレンチがミックスされた独創的な味わいで、この組み合わせはなに?!と、一つ一つに驚きがある。しかも、どれもマネできない旨さ!なんやかんやとお酒も頼み、気が付けば周りのお客さんの姿がない。時間が経つのを忘れてしまう居心地のいい店でした。
 こちらも先ほどのBARと変わらぬ価格だったけれど、たまにはいいのです。神楽坂の初デビューなんだから。眉カットしてきて良かった!と改めて思ったのでした。

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奥の料亭が“ホン書き旅館”と呼ばれた「和可菜」。
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)

回し者ではありません

2008年05月17日
 “毎日更新”を目標に、せっせと書き連ねているダンナに対して、こちらは久しぶりの更新。かれこれ二週間前の話になりますが、GW前半は太鼓の取材で一人東京へ出掛けておりました。太鼓にどっぷり浸かっていたおかげで、いつもの3倍くらいテンションが高かったワタシ。数々の初体験をしてまいりました。
 まずはメイクアップ体験。取材先の昭島から猛ダッシュで四谷に向かい、四谷三丁目にある消防博物館で無謀な依頼をした後、友人と落ち合うまでの2時間をどう過ごそうか歩いていると、「かづきれいこ東京サロン」を発見!彼女をメイクアップの神と崇拝しているわけではないが、名の知れたサロンであることは一目で分かった。ここが地元名古屋なら通り過ぎていた。でも、ここは東京なのだ。外に置かれたパンフレットに目を通し、立ち止まること数分。目に付いたのは、「眉のお手入れ講座 1000円」だった。最近、メイクやスキンケアについて悩むことが多く、大いに心が揺れる内容である。とくに眉カットは苦手中の苦手。上手に描けないし、まぁこんなもんかでいつも済ましている。でも、予約が必要だろう、田舎者なんて相手にしてくれないわ、と、一歩踏み出せずにいた。
 近くの公民館でトイレを借り、スッキリした頭でもう一度考える。眉カット、やっぱりしたい。「ここは東京だ、よし行ってみよう」と納得させ、店の前まで引き返し、ビルの2階にある受付へ行った。
 おどおどした突然の客にもかかわらず、にこやかな笑顔で迎えてくれたスタッフ。眉カットしたい旨を告げると、講師の手が空いているかどうか確認してくれ、すぐに対応してくれた。断っておくが、かづきれいこ本人が来てくれるわけではない。彼女の指導を受けたスタッフがカットしてくれるのだ。
 受付と同じフロアの窓側のイスに案内される。スタッフの方は40~50歳くらい。どんな眉がいいですか?と聞かれたが、咄嗟に思いつかなかったので、「似合う眉にしてください」と伝えた。髪を切る時もそうだが、ほぼお任せすることにしている。その方が楽だし、どんなスタイルになるか楽しみだからだ。私がメイクに不慣れなことを知った彼女は、描きやすい眉にしましょうと気を遣ってくれる。眉カットの後は化粧直しもしてくれるそうで、血流マッサージなるものもしてくれた。メイク中はメガネを外していたので視界はぼんやり(いつもはコンタクトで、この日に限ってメガネをしていた)。「ちょっと頬が上がりましたよ」といわれるが、鏡に映った自分の顔が見えないので、曖昧な返事をする。「今日は誰かに会う予定があります?」と聞かれ、夜、女友達と会いますと伝えると、その場にあったメイクにしてくださった。
 眉もきれいに整えられ、何となくきれいになったような気がする。スタッフの方の対応も気持ちがよく、完全に浮かれていた私は、使用したイエローベースのファンデーションとオリーブブラウンのアイライナー、そしてフェイスパウダーまで買ってしまったのでした。
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 イエローベースのファンデーション、かなり伸びがいいです。(注意:回し者ではありません)
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カンバンの手帖ブログ版0057

2008年05月17日
 先の亀崎潮干祭りのとき、亀崎で見つけた2品。
 まずは町のタバコ屋さん。怪獣?

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 漢字で書くと「富権」。富田権三郎(テキトー)あたりの略でしょうか。
 続いては、謎の標語。

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 ???
 ネットで拾った情報によると、この標語を生んだのは半田生まれの哲学者・教育者の森信三という方。唐突過ぎて意味がわからん!もしかして半田市民にとってはお馴染みのフレーズなのかもしれませんが…。
 森信三はほかに「人生二度なし」という名言も残したらしい。うん、まあ、確かに。
(まさ)

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◎またI toursブログを更新しました。金沢ネタです→●□

◎中日本高速道路の「高速日和」というサイトに、マニアックな記事を寄稿しております→●□
 1ページ目の道標やマニアックな古標識はワタクシの撮影。ちなみに道標は金山総合駅南西、「徐」は旧鳳来町川合、「SCHOOL」は豊田市松平、青白反転の地名案内標識は大府市街にて撮影したもの。
知多雑 | Comments(0) | Trackback(0)

4周年、ブラボー!

2008年05月15日
 5月15日は結婚記念日。半田市星崎町にある茉莉花(ジャスミン)で、ディナーをいただきました。おいしかった~。前菜からスープ、魚料理、肉料理、デザートと、すべてにおいて大満足の味でした。「おいしいね~」と何度言ったことか。オーナーはワインアドバイザーでもあるので、料理に合うワインも出してくれるんです。電車と徒歩で向かったので、飲酒運転の心配は無用。私はシャンパン、白ワイン、赤ワイン、デザートワインが付くコースを、ダンナはシャンパンのみ注文しし(弱いので)、5,250円のコース料理をいただきました。
 料理はチャイニーズ&フレンチを取り入れたフルコース。脂も控えめ、味も薄すぎず濃すぎず、ワインがさらに雰囲気&味を良くしてくれます。平日木曜はお客さんも少なく、オーナー自ら、ワインについて説明もしてくださいました。
 あ~、まだ酔ってます。ステキな結婚記念日でした。                 
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結婚記念日なんです、と伝えたら、アニバーサリーとチョコソースで描いてくれました。ステキ!
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マルコ&ジージョ

2008年05月14日
 I toursブログ連動ネタ。笠松の味噌屋「わた久」で撮影させてもらった、カルピスの販促用シール2つ。

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 母をたずねて三千里。カルピスに乗ってアルゼンチンへ?僕も一度は行ってみたい!しかしこのデザイン、2世代前の巨人のマスコット(バットに乗って飛んでゆくボールのアレ)を思い出す。

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 トッポジージョだっけ?動きとか声とかかすかに覚えているけど、どんな番組だったのかまったく思い出せん。左の七三のお兄さん、誰?

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PON POKO PON

2008年05月14日
 昨日の夜、久々に焼肉を食って胃が重い。

 一昨日の昼、時間がなかったので久々にインスタントラーメンを作って食べました。豊橋・菰口町のパレマルシェでずいぶん前に購入した超ローカルなヤツ。

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 小坂井の豊川放水路河畔近くにある山本製粉というメーカーの「ポンポコラーメン」。なんとも東三河的な味わい深いネーミング。
 キャラとキャッチがこれまたなんとも味わい深い。

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 豊橋っ子の友人に聞くと、一人は昔から存在を知っていたようだが、一人は初めて見たと言ってました。豊橋の人にどれだけ浸透しているだろうか?HPによると、大正5年に創業し、戦前から製麺業もやっているという老舗メーカーのようですが…。いっぺん取材してみたい。
 ちなみに味は、昔ながらのインスタントラーメン、といった感じでした。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0056

2008年05月11日
 尾張織物産地の一角を占める、旧木曽川町玉ノ井で発見したカンバン。昭和40年代のダンディズム。

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 牛乳を飲んでるポーズにしか見えないんだが…。

(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

亀崎潮干祭り

2008年05月09日
 今年のGWは、29日の荘川テンカラ釣りから7日の飛騨高山取材まで、2人とも仕事&遊びで大変目まぐるしい日々でした。いろいろ話題はありますが、とりあえず4日に半田の亀崎で行われた潮干祭り(取材2割・趣味8割)の模様を。
 春に知多半島各地で行われる山車祭りの大トリを飾るこの祭り、格上の存在で国の無形文化財に指定されています。GW中日ということもあり、観光客、アマチュアカメラマンでかなりの人出。また、前日の竹鼻に続いて暑い!
 最大の見どころは、5台の山車の海中徒行です。

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 海中徒行といえば、昨年10/29のブログ(→●□)で書いた蒲郡市三谷の「三谷祭り」を思い出します。あちらはかなり沖まで山車を曳いていくのだが、亀崎の方は上の写真のとおり、海中というより波打ち際近くを進みます。
 絵的には大したことないですが、生で見るとなかなかの迫力。山車が柔らかい砂に埋もれてしまい、大人数で押しても引いてもなかなか動かない。なので、沖へ行ってしまうともっと大変なことになるでしょう。最大の見どころは山車が海の中を進む光景よりむしろ、このときの男達のパワープレーだ!

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 町内の人間だけではびくともしないもんで、他町の若衆が召集され、手伝いに走る。こういうシーンは他の山車祭りではあまり見た覚えがありません。
 あと、山車の装飾の豪華さもウリ。特に彫刻には目を見張るものが多い。中でも一番気に入ったのがこちら。

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 「オイ、あいつなにやってんだ?」「どうせまた盗み食いだろ」

(まさ)

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竹鼻祭り

2008年05月03日
 あ~暑い。
 本日は地元の知立祭りでしたが、そちらには目もくれず羽島の竹鼻祭り&竹鼻別院の藤まつりに行きました。来年、岐阜方面での媒体で使おうと思っての撮影です。
 竹鼻は羽島市の中心市街地で、昨秋、商店街の取材でかなりじっくり歩き回ったところ。先の「なまずまつり(→●□)」もけっこうな人出でしたが、今日も大にぎわいです。
 竹鼻祭りには6台の山車が出ます。山車祭りといえば、先日常滑祭り(→●□)を見に行ったばかり。港町で気性が荒いあちらは、若衆がずっとハイテンションで見てるほうも圧倒されたけど、竹鼻は周囲を田園に囲まれた土地ということもあってか、全体的にまったりムード。いかにも岐阜らしいというか。山車の曳行も、中年が中心です。

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 昨年取材でお世話になった「わたこ」(フトン屋)の前を、ゆっくり曲がる山車。何をしているかというと、屋根が引っ掛からないように、サスマタみたいな道具で電線を押し上げているところ。一昨年見た知立祭りでも、同じような道具で電線を押し上げてたな。
 6台中、2台はからくり人形を搭載。あとの4台は「手踊り」というのを道々披露します。これがまた、まったりムードにさらに拍車をかける。スピーカーから流れる聞いたことのない演歌に合わせて、日舞?のような踊りを披露するもので、なんというか、地域文化祭での発表みたいな…。伝統芸能としてはなんとも評価のしようがないが、まあ、のんびりした羽島の風土に合ってて、いいんじゃないかな?
 しかし、山車自体は素晴らしい!高山祭の屋台を思い起こさせる絢爛豪華な装飾や精緻な彫刻には驚いた。なかでも気に入ったのは、宮町の山車のこの彫刻。

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 「エサくれ!エサ!」

 あと、竹鼻別院のフジ。実家から40分ぐらいで来れるのに見たのは初めて(地元といえば、淡墨桜も見たことないわ)。

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 しかし暑かった。
(まさ)
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急いで玉で吸え!0002

2008年05月02日
 ※前日のブログからお読みください。

 で、帰国の前々日、夜のホーチミンシティをウロウロしていたところ、手に持ったベルのようなモノを鳴らしながら自転車に乗って通りを走る男たちがいることに気が付きました。あれはなにかと尋ねると(誰に尋ねたか忘れたが)、流しのマッサージ師だというではないか。
 日本ではせいぜい、立ち寄り温泉の休憩室でマッサージチェアに座るぐらいしかしない僕ですが、旅先ならではの積極さと、あまりに身体が弱っていたのとで、一人をつかまえてマッサージしてもらうことにしました。
 町の真ん中で呼び止めたので、マッサージ場所はどこかのアパートの廊下。彼はタタキの床におもむろにビニールシートを敷き、うつ伏せになれと指示します。

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 床の固さは多少気になるけれど、マッサージ自体は気持ちいい。あ~、病んだ身体に染みる~。ご覧のとおりロケーションの怪しさと裏腹に、けっこうリラックスしてました。
 ところが、この軽いマッサージは文字どおり前戯にすぎなかった!
 ひとしきり身体をほぐした後、彼は手を止め、おもむろに黒いカバンをゴソゴソやり始める。次は道具か。目を閉じて待っていると、突然、背中に何かの感触が…。
 嫁は「ええっ?」とか言いながらカメラを構えています。なんだなんだ?と思ったら、背中を何かが噛み付きはじめた!エッ?エッ?エエ~ッ!?何これ何これ?痛熱い感触が背中じゅうに広がってゆき、そしてついに嫁は大爆笑!いったい何が起きているんだ!
 嫁にデジカメのディスプレーを見せてもらうと…

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 な、なんじゃこりゃあ!?噛み付いているのは…小瓶?

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 どうやら小瓶の中に火を入れて真空状態にし、その力で皮膚を引っ張るというマッサージらしい。これをしている間、彼は臀部のマッサージ。痛いのと熱いのと気持いいのが渾然一体となって身体じゅうを包み、もう「アッ、アッア~」という喘ぎ声しか出てきませんよ。
 そんな僕に彼は一言。「No Ah!」(アーとか言うな!)。そんなこと言われても。
 10数分後、ようやく小瓶が外されると、背中はこんな惨状に!

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 ひぇ~。気持わりぃ~。この背中のハム色水玉、一ヶ月近く消えませんでした。
 帰国後調べたところ、これは「吸玉(すいだま)療法」というそうです。肌に刺激を与えることで血行をよくし、コリをほぐす等いろいろな効果があるんだとか。
 ウチの爺さんによると、シベリア抑留から日本に戻ってきて間もない昭和20年代、弱った身体を回復させるべく、地元で有名な垂井町の鍼灸院に行き、これをよくやってもらったといいます。「スイフクベ(吸い瓢=ヒョウタン)」とも言うらしい。
 効果はあったのかなかったのか、まあ、なんとなくよくなったような感じ。でも面白かったので、翌晩も彼に頼み、にしやんの目の前でコレをやってもらいました。
 ホーチミンに滞在しているにしやんは彼と再会したようで、彼は我々のことを覚えていたよ、とのこと。今度行ったら、必ずまたやってもらいます。

 醜い写真をお見せしたので、最後はキレイな海の写真を。ベトナム中部のムイネー村にて。
椀型の船に乗り沖に出る地元の漁師。

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(まさ)
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急いで玉で吸え!0001

2008年05月01日
 嫁の友人でベトナムが好きで好きでしょうがないというカメラウーマン・にしやんが、ベトナムを愛するあまり本当にベトナムに移住して早2ヶ月がすぎました。メールやブログによると、ようやく棲家が決まったようです。
 いくら好きとは言え、本当に移住してしまうなんて尊敬に値しますが、それに至るまではいろいろと葛藤もあったようです。同じく友人のライター兼編集者“乙女”Kさんが作っている豊橋ローカルのオシャレ雑誌「fratto」で、彼女のベトナム移住コラムが最新刊から連載されており、それによると、無謀な娘の移住計画について話し合う父と母の間で「あいつは死んだと思えっ!」というセリフが交わされたとか。いや~、まさしく名言!生きて帰ってこいよ!

 てなわけで、今さらですが昨年6月に行ったベトナムの話。最近ちょい疲れ気味で、しばしば思い出すベトナムのマッサージ師のこと。
 昨年のブログで書いたとおり、この旅行は肉体的にけっこうハードな旅でした。中国との国境に近いSAPA=サパという山岳地帯の町(高速道路ではありません)に行ったとき、はしゃぎすぎか食べ物のせいか、夫婦そろって体調を崩してしまったのです。
 高熱と腹痛でフラフラゲリゲリになり、2人とも丸2日、ホテルのベッドで唸っているという有様。なんとか体調は回復し、先行していたにしやんの待つホーチミンシティには辿り着けたものの、僕の方は口ぜんたいにブヨブヨのヘルペスができてしまった。これがまた醜くて、ベトナム人も気の毒そうな顔で「あんた、大丈夫かん?」「なんか塗るといいぞん」(←なぜか三河弁)だの言われる始末。あまりにひどいので、女性のパンツのようなカラフルマスクを付けて顔を隠し、ほとんど変質者のような風貌で彷徨していたのでした。

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 写真はいつもの女性取材記者。こういう派手なマスクです。バイクの排気ガスがひどく、女性はみな付けているのだ。女はいいが男がするとマジヤバイ。ちなみに撮影場所はハノイ中央郵便局。

 つづく。
(まさ)
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