職人技 on the 壁0002

2008年02月29日
 設楽町の山奥、寒狭川(豊川)の最上流にある宇連(うれ)という集落にて。10軒もないような小さな集落なんですが(だけどHINOMIはあるんだが)、ここには山村の景観にとけこんだ実に美しい土蔵がいくつも残っていて、土蔵マニアにはたまりません。
 そんな宇連の土蔵群の中から、秀逸な壁のあしらいを2つ。

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 陶板の壁飾り。なんか魔除け効果のありそうな中国の神か何か?細部の作りこみ方が凄い。

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 この蔵の正面。入口の上には家紋があしらわれています。入口の石段前の未舗装ぐあいもいい!

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 タイルのドットが美しい、火事除け(たぶん)の○水マーク。漆喰のものはよくあるけど、これにタイルを使うとは。

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 よく見ると、建物中心の白壁と石壁の境目や、小窓の枠にもタイルが!職人が遊んでる、いや楽しんで建てたことが窺えますね。

 昭和30年代の山村風景を思い起こさせるこの集落の中は、また後日紹介します。
 (まさ)
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小公園のブルース

2008年02月28日
 先週半ば、久々に西尾に行ったら(嫁オススメのお好み焼きを食いに行った)、市街地ド真ん中の本町交差点角に、公園が整備されていました。

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 「井桁屋公園」といいます。公園ができる前、ここにはこんな建物が建ってました。

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(2005.11撮影)
 三河のデパート第一号といわれ、戦前に幡豆郡民の注目を一身に集めた旧井桁屋百貨店です。西三河に残る数少ない近代建築だったんですが、道路拡幅に伴い、2006年初めごろだったかに取り壊されてしまいました。チラッと聞いた地元のウワサでは、保存の動きもけっこう活発だったのに、なぜか強硬に取り壊しを叫ぶ某エライさんがいたとかなんとか…。
 ここには特産の抹茶をイメージした、緑色のポストが設置されております。最近ニュースネタにもなったので知ってる人も多いでしょう。いや~、しかし、なんというか…。南海ホークスかよ、と。

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↑クライアント宛の請求書を投函する女性記者(ヤラセ)。
 ポストだけかと思ってたら、こんな抹茶モノまでありました。茶せん型の手洗い場。

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 まあ、これはちょっとカワイイかな。

 西尾本町界隈はいい店やシブい路地もけっこうあるので、再開発事業完成後にはにぎわいが取り戻されることを祈ります。
(まさ)
西三河雑 | Comments(4) | Trackback(0)

地産地消系夫婦

2008年02月27日
 たまには趣向を変えて、ある晩のウチの食卓など…。

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 数日前ですが、味噌煮込みきしめんを食べたときの写真です。
 きしめんは、安城市和泉にある「丈山の里」というメーカーのもの。和泉地区は手延べそうめんの産地で、大小の製麺業者が集まっています。西三河によくあるうどん屋「いずみ庵」チェーンもここの経営。
 味噌は、碧南市大浜にある「カネニ味噌」。マイナー蔵元ですが、西三河の田舎の八百屋にたまに置いてあります。
 これぞまさに西三河煮込み。いや、もっと狭い「碧海煮込み」だ!

 ちなみに他のものはというと、
酒…名古屋・山田の金虎酒造(→●□
その前にあるぐいのみ…福岡の高取焼
箸…京都・花園の「おはし工房」でオーダーメイド
鉄製レンゲと唐辛子入れ…ベトナムの田舎の日用品店で購入
漬け物皿…大分の小鹿田焼
その後ろのぐいのみ…南信濃村八重河内の陶芸館で購入
 土鍋と小皿は不明。野菜類はウチの実家産です。

 美味かったけど、こうして書き並べるとなんともマニアックな食卓だなあ。
(まさ)

●□ お 知 ら せ □●
◎I toursブログを更新しました→●□
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楠村を歩く

2008年02月23日
 昭和の大合併前に存在した町村の徘徊シリーズ第2弾(誰も覚えていないと思うが第1弾は9/24の八幡村→●□)。今回は名古屋市北区の最北辺、庄内川の北にある西春日井郡楠(くすのき)村です。
 旧楠村の範囲は、北区の川北全域。明治39年の成立以来町制施行はされず、昭和30年にいきなり名古屋市に編入されました。現代のこの地区で世間に認知されているものといえば、なんといっても名古屋高速と東名阪の楠ジャンクションでしょう。僕もそれ以外知らんし、通過したことしかない。いわば名古屋の辺境?辺境ライター高野秀行さんの行くところとはえらいスケールが小さいが…。
 で、今回の目的は前の八幡村と同様、やってるのかやってないのかわからん酒蔵の現況確認であります。訪問は先週の火曜日。

 村の入口は名鉄小牧線の味鋺(あじま)駅ですが、諸般の事情でJR新守山駅から守山区瀬古地区を徒歩で横断し、水分橋を渡って楠へ。

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 庄内川越しに見る名駅のビル群。こうしてみると、真ん中の四角いドデカビルが景観的にいかに目障りかよくわかります。あれは決して名古屋のランドマークではなく、一民間企業の支配力の象徴にすぎない。
 マルジュウという晒(さらし)工場を横目に見つつ、堤防下の旧街道(=県道名古屋犬山線の旧道)を歩いて地味な家並を進んでゆくと、やがて交差する道に美しい商店街のアーチが。

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 前にも書きましたが、名古屋にはこういう商店街アーチが本当に多い。名古屋の町歩きの楽しさは、コレに遭遇することと言っても過言ではありません(過言か)。一度ぜんぶ調査したいなあ。って、これも前に書いたな。

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 とはいえ、商店街自体は特に気を引くような店もなく、至って地味。一斉休業日だったのでまあしょうがないか。とりあえず、くるりのアルバムジャケットみたいに撮ってみました。
 商店街通りとの交差点より北側は、地味な家並が一転、旧家が点在し昔の「村」を彷彿とさせる古い家並になります。そしてその中に、今回の目的地を発見。

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 「曲水宴(キョクスイエン)」という銘柄の蔵元、双葉酒造。ネットで探すと、現存リストにまだ名前が挙がっていたりするのですが、曲水宴という酒も、小売店用のカンバンも見たことがありません。通りに面した塀や母屋はよく旧状をとどめているものの、敷地の一部は駐車場になってたりして、どうも酒は作っていないような風情。ただ、シャッターの下りた玄関先に「双葉酒造株式会社」の表札だけは掲げられていました。
 通行人や立ち寄った名古屋楠郵便局の局長などに聞いてみたところ、ずいぶん昔に酒造りはやめたはず、とのコメント。通りの向かいに「大坂屋」という屋号の小売部があり、酒造りをやめた後も普通の酒屋として営業していたようだが、それもいつの間にか閉店してしまったらしい(大坂屋の店舗とカンバンは現存)。「昔はよく買いに行ってたんだけどねえ」とは、近所のオバちゃんの弁。ただ、このオバちゃんによると、名駅のデパートで今も売ってるという話を聞いたことがあるそうで、いずれ確認に行かねばならん。
 蔵元に話を聞こうと裏に回ってみましたが不在のようで、詳しい話は聞けずじまい。そのうち再訪しようと思います。

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 蔵の横のシブい路地。奥へと進むとシブい塀も。

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 先のオバちゃんの話では、味鋺のあたりは豪農が多かったらしい。大正時代の地図を見てみると、楠村は味鋺と如意の2集落のほかはほぼ田圃だったようで、今やその面影はどこにもありません。かつて田圃が広がっていたであろう一帯は、大団地の市営西あじま荘をはじめ、隙間なく宅地化されています。
 その西あじま荘前のバス停から市バスに乗って栄方面に出て、もう一軒、清水町の「白龍酒造」の現存を確認してから、この日は帰りました。どうでもいいいけど、味鋺を平仮名で書くと「失踪日記」の吾妻ひでおを思い出す。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(3) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0011

2008年02月22日
 碧南市新川地区にて。辻に建つお堂。

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 小さいながらも立派な瓦屋根なのは、さすが瓦産地といったところでしょうか。その屋根の傾斜にいるのはコイツだ!

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 頭は河童みたいだけど、亀。目もと口元に愛嬌がある、かな?あと肌のブツブツが、リアルっつーかなんつーか…。さすが瓦産地です。
 以前、高浜の瓦組合で入手した「三州鬼瓦総合カタログ2000年版」によると、こういう屋根の上の陶製動物(もしくは植物、波など)は「棟飾り」というそうです。しかし棟飾りの亀って、昨年9/19のブログ(→●□)でも書いたけど、どうしてこう顔が凄いんだ?
 商品カタログでなくて、こういう細部の見方を教えてくれるガイド本を、高浜市のかわら美術館は作ってくれないものか(あそこは考古メインだから…)
(まさ)
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0049

2008年02月20日
 明智で発見したカンバン。平成一桁時代の遺物。

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 この「新首都は東京から東濃へ」というデキの悪いダジャレのようなカンバンは、岐阜県民にはお馴染みのものです。
 90年代前半、首都機能移転の必要性が声高に喧伝されていましたが、その候補地として、北関東や三遠南信などとともに名乗りを上げたのが、東濃地方でした。今から考えるとまったくのお笑い草なんだけど、確か週刊金曜日だったかに「東濃地方への首都機能移転と引き換えに、核燃料処理施設を設置する動きがある」などと報じられたりしもして、県は本気なのか!?と危惧したものです。瑞浪の北部では核処理施設誘致反対カンバンも出てたし。
 で、このカンバンはその頃、県内のいたるところで見られるようになったものです。垂れ幕や横断幕もあり、県内の土建屋に出回ってました。それこそ揖斐や池田など西濃の小さい土建屋の事務所にまで掲示されまくってて、危惧を通り越して笑わせてもらいました。やっぱ岐阜は土建王国・自民王国やて~(岐阜弁)、と。
 
 こういうカンバンは、古き悪しき90年代の地域遺産として、末永くそのままにしておいてほしいもんです。…って、まさかまだやる気じゃあるまいな?
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

天然とらふぐ三昧

2008年02月19日
 日曜日は知多半島の佐宗(さそう)という料理旅館で、天然とらふぐ料理をたらふくいただきました。てっちり、てっさ、 てっぴ(とらふぐ皮のサラダ)、 とらふぐの焼きもの、 とらふぐの唐揚、とらふぐ雑炊・・・と、ふぐのフルコース!淡白で上品な白身は、刺身にすればプリッとした歯ごたえがあり、焼いたり揚げたりすればふわりと柔らかく、鍋にすれば身はふっくら、甘みも感じられる。
 少し前、NHKの『ちりとてちん』で草若師匠を演じる渡瀬恒彦が「地獄八景亡者戯(じごくばっけいもうじゃのたわむれ)」を好演し、
 「・・・今まで命が惜しかったさかいに、ふぐをよう食わなんだ。ふぐに当たって死んだらよかろう。それが良かろうっちゅうんで、ふぐにふぐを買いにやりまして、ふぐに料理してふぐに食べて、ふぐに当たって、ふぐに冥土へ来てしもた・・・」
 そのくだりでもフグが登場していましたが、死ぬ前にふぐを食べたいという気持ち、分かるなぁ。調理方法によって味わいや食感が千変万化する(ちょっといいすぎか)高級魚、とらふぐ。皮もコリコリしていて旨いし、シメの雑炊の旨さは格別だった。お腹が痛いのにお代わりしてしまうほどの美味しさ。あの独特なトロミは、ふぐのコラーゲンだろうか。
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↑一人分ずつ、お皿に盛り付けられる

 私が初めてフグを食べたのは、2006年11月、太鼓の取材で下関に行った時。下関駅からバスで15分ほどのところに、ふぐで有名な唐戸市場があり、早起きして向かったっけ。休日だったこともあり、市場は大賑わい。目移りしそうなほど店があり、各店の前には水揚げされた魚のほか、てっさや唐揚げ、握り寿司が発砲スチロール製の小皿に並べられていた。ふぐ目当ての観光客が群がり、私も一緒になってふぐを食べた。自宅で仕事中のダンナに、「ふぐの刺身や!ふぐの唐揚げや!」と、逐一報告して嫌がられたのも覚えてるくらい、大興奮。あの時は味わうというより、ふぐを食べたという感動でいっぱいになっていたような気がする。
 あれから1年半、まさか料理旅館で天然とらふぐ料理のフルコースが食べられるなんて思いもしなかった。値段は公表できないが、すべてダンナのご両親&おじいさんにご馳走になり、大変贅沢なひとときを過ごすことができました。野菜やお米もいただいてばかり。いつか、お互いの両親を「今日はまかせて」と、招待したいものです。(まり)

南知多の魚と温泉 「佐宗」
愛知県知多郡南知多町大字内海字小枡149-1
TEL:0569-62-0254
料理、旨いです。夏はアナゴがおすすめだそう。
知多雑 | Comments(2) | Trackback(0)

明智大正村の現況

2008年02月17日
 昨日、嫁の取材に同行して東濃の串原まで行ったついでに、久々に大正村の明智へ足を伸ばしてみました。
 恥ずかしながらは明智はまともに歩いたことがない。初めて行ったのは国鉄明知線が廃止になる年の昭和60年で、このときは乗って帰ってきただけ。2回目は10年前、瑞浪から陶(日本一の狛犬のある町)まで歩き、陶から東鉄バスで明智に出て、列車の待ち時間の夕方にふら~っとしただけ。そのあと車で1回だけ通過して、それっきりでした。

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 町のシンボル、大正村役場。

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 1時間近くブラブラしたんだけど、なんかこう、パッとしないというか…。確かに僕好みの、中途半端に古い町並みが旧街道沿いに残ってはいるのだが、これを観光地というのはキツイぞ!
 これなら断然、恵那郡のもうひとつの町並み系観光地である岩村のほうが、歩いていて面白い。明智は、古い建物を再利用した施設を見せるのが主だが、岩村は、「女城主」の蔵元・岩村醸造(→●□)とカステラで有名な松浦軒の二大老舗をはじめ、地元の店が頑張っています。やっぱり今の町並み系観光地には、地場産品の買い物ができる場所は必須でしょう。
 明智にはそれが完全に欠落しています。町の中に一軒、いい味噌屋や和菓子屋でもあればずいぶん違ってきてたでしょうが…。
 大正村が発足したのが昭和60年。バブル前は施設重視でもよかったんだろうけど、その後、観光客のニーズを読み切れず、時代に乗り遅れてこうなってしまった、というのが今の大正村ではないでしょうか。頑張って盛り返してほしいものですが、恵那市に合併され行政の指導力が減退した今となっては、地元商店主あたりから突出したリーダーが出現しないかぎり現状打開は難しいかなあ。
 最後にオマケ。こういうところは芸が細かい。

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 昔の梯子型HINOMI。町の中に5本も復元されてた。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

恋のアーケード0003

2008年02月16日
 JR岐阜駅前に、アーケードマニアなら一度は訪れたい素晴らしいアーケード街があります。先日、用事があって岐阜に行った際、時間つぶしで久々に歩いてみました。産業観光ブログ「I tours」系のネタなんだけど、業界の歴史や動向をよく知らないので、こちらで紹介します。

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 ここが異境の入口。そこらへんのアーケード街では考えられないデカい文字に誘われて中に入ってみると…

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 服、服、服!中高年向けの服屋のみがアーケード街の中にずらり!
 ここは衣料品の問屋街。岐阜駅前は繊維問屋の町として、地元と業界では有名なのです。名古屋にも都心に長者町繊維問屋街というのがありますが、こちらは全面アーケード街で、インパクトは名古屋のそれを遙かに凌駕しています。

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 人がほとんどいないのは商店街だからではなく、業者向けだからでしょうか。とにかくマネキンが多い。人よりも確実にマネキンのほうが多い。おそらくマネキン密度は日本一。
 しかしいつの時間帯が一番にぎわうのだろうか?その時を狙って一度行ってみたいものです。

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 中へ中へと入り込んでゆくとバージンロード、じゃないカーペットが延々と。たぶん、服をかけてコロコロ転がすヤツ(なんていうのか知らん)が通行しやすいようにだと思います。

 小学生のころ読まされた岐阜県内の学校用社会科副読本に、繊維問屋街の記述がありました。確かこんな内容だった。
「九州あたりのあるお父さんが、このあたりの工場かどこかに出稼ぎでやって来て、正月に里帰りしたとき『岐阜はファッションの町だから』ということで、お母さんにワンピース、ボクにジャンパーを買ってきてくれて、お母さんは目に涙を浮かべていました…。」
とかなんとか。子供心に、ちょっと作りすぎてねえ?とか思ったもんでした。

 なお、繊維問屋街の概要や歴史については、(社)岐阜ファッション産業連合会のホームページに詳しいので、そちらをご覧ください。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(4) | Trackback(0)

ザ・プレイルーム

2008年02月15日
 豊田市の南東端に位置する農村集落の畝部西町にて。

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 特にどうということもない地味な倉庫です(どうでもいいけどこの横にはHINOMIがあったりします)。

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 シブいけど、まあ特にどうということもない木の戸です。が、入口の上のほうをよく見てみると…。

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 ゆ、遊技室?どう見ても倉庫なのに?昔この中でどんな遊技が行われていたんだ!?
 「遊戯」だったら不純ぽいけど、いちおう「遊技」ですから。
(まさ)
西三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

三河田口駅跡の現況

2008年02月14日
 先々週、富山村へ行ったついでに三河田口駅跡に立ち寄ってみました。
 三河田口駅は、旧鳳来町にある飯田線本長篠駅から通じていた豊鉄田口線(田口鉄道)の終点です。昭和43年に廃止されてから40年近く経つのにいまだ駅舎が残っているので、その筋のマニアには有名です。

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 1年ほど前はまだなんとか持ちこたえていたのですが、ついに半分が無残にも倒壊!ちなみに2003年夏の駅跡はこちら(→●□)。
 思い起こせば僕がここへ初めて来たのは、大学1年生だった18年前。サークルで田口線廃線跡ツアーを企画したら、マニアックなサークルだったので賛同者が続出し、女子も含めて総勢7人で歩いたのでした。ちなみにツアータイトルは「私を廃線跡に連れてって」。う~ん、時代を感じるのぉ(今や鉄子ですから)。
 本長篠~玖老勢間と、三河海老~滝上間を歩き、滝上(四谷千枚田の入口にある集落)から設楽町中心部の田口までバス。田口の町は山の中腹に位置しており、田口から谷底にある三河田口駅まで徒歩で30分。その頃の三河田口駅は駅舎内にも余裕で入ることができ、改札の上には確かほとんどかすれかかった看板も掲げられていました。
 そんでもってあの頃は設楽ダム建設がまだ本決まりじゃなくて、中日新聞の東三河版で識者インタビューが連載されていたっけな。妙に公平感を出そうとしていた連載で、いかにも地元財界に気を使いすぎの中日らしかったような覚えがあるが。

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 三河田口駅跡から廃線跡を下流へ辿ると、1~2キロ先にトンネルがあります。ここらあたりがダムサイトの建設予定地。当然、駅跡も水没します。

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 斜面の木立に続く簡易階段が、いよいよ着工が近いことを物語っています。
 駅跡やダムサイト周辺は人家がまったくないけど、ダムによって水没する集落もあります。
地元民じゃないので賛否についてどうこういう気はありませんが、自分の実家が沈んでしまう人の気持ちを考えると、立ち退きを伴う全ての公共事業に賛同する気にはなれません(どうこう言ってるようなもんか)。
 うちの実家のある揖斐川町はかの有名な徳山ダムに近いこともあって、小学生の頃から水没や移転にまつわる話をチラホラ耳にしたけれど、いい気のしないものばっかりだったもんなあ。
(まさ)
東三河雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0048

2008年02月13日
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 落ち葉スキーの後は岡崎市内へ出て、伊賀八幡宮へ行ってみました。松平家の祈願所で、境内の建造物が国の重文に指定されているチョー有名神社ですが、参拝は初めて。拝殿が工事中でしたが、なかなかいい神社です。

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 鳥居の向こうの随身門の前には、文化財社寺でよく見かける高札型カンバンが。いつもならこんなもん撮影しないのだが、HINOMIの絡みで防火系のブツに目が行くようになってしまった。
 で、こいつをよーく見てみると…。

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 なんと、他の寺の案内板を防火カンバンに流用!リサイクルする姿勢はよろしいのですが、なぜこんなテキトーな消し方を?
(まさ)

●□ お 知 ら せ □●
◎I toursブログを更新しました→●□
◎春夏秋冬叢書のHPに「火の見櫓暮情」のページがアップされました→●□
西三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

はしゃぐ女

2008年02月12日
 2月10日、岡崎の恵田小学校で“落ち葉スキー”を体験してきました。落ち葉スキーとは、雪の代わりに松の枯れ葉を敷いた傾斜を、ストックを持たずにスキー板のみで滑るもので、毎年のようにマスコミが取材に来る名物行事。今年は開場50周年を記念して、「落ち葉スキーフェスティバル」が催され、地域の方が中心になって盛り上げていました。
 前日に今年初の積雪があったのに、わざわざ雪をどけて整備した落ち葉スキー場。コースは上級、中級、初級の3段階。最大で40メートルほどの距離です。板は長いものから短いものまであり、昔ながらの竹スキーもありました。
 ダンナの取材に付いてきた私は、長靴&時代遅れのスキー帽をかぶり、朝から滑る気満々。張り切って「これは難しいよ」と言われた竹スキーを選び、中級コースをトライ。最初から上手くいくはずはないと思っていたものの、甘かった。すってーんと尻を打ったり、前からつんのめったりで、いい大人が全身泥まみれ。周りの男性陣もさすがに掛ける言葉が見つからないのか、沈黙。三度チャレンジして三度とも転び、結局、一度たりともゴールまで辿りけませんでした。かつてのスキー&スノボー経験は何だったのか。
 ここで諦めておけばいいのに、スキーがダメならソリだと、半ばやけくそ気味でソリに乗る。ソリなら大丈夫だろうと、自信もありました。ところがどっこい、久しくソリなんて乗ってませんから、両足をどうしたらいいのか分からない。「足が引っかかるから両足ともソリに乗せて」といわれるがままにして滑ると、思った以上にスピードが出て、キャアッといってる間にひっくり返り、またしても泥まみれ。実は、スキーでもソリでも転ばずにゴールまで滑りきると景品がもらえるので頑張ってたのですが、まったくもってお話になりませんでした。スキー経験のないダンナも、もちろんたどりつけず、二人して泥だらけ。帰りにパスタでも食べようと話していましたが、オシャレな店に入れる状態でなく、安いうどん屋に変更になりました。
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 さて、このイベントでかなり面白かったのが、WATARUさんという地元の方のショータイム。選曲は演歌、浪曲、ムード歌謡・・・と渋いですが、声が良く、マイペースに歌い続ける姿が好感度大。全体から醸し出される雰囲気や身のこなし、お肌を見る限り、20代から30代の青年団の方が歌っているもんだと思ってました。ところが、彼の歌を熱心に聞いている方に話をうかがうと、なんと60代というではありませんか。本業は画家だというし、一体どういう人なの?朝からのテンションが持続していたこともあって、思い切って事務局に頼むと、ショータイム後に話ができることに。メイクを取った後の彼は、確かに30代ではなかったけれども、目がきれいで、鼻が高く、かなり美形。話をするとますます面白い方で、「今度、遊びにきてください」と言われちゃいました。もう少しあたたかくなったら行ってみようっと。(まり)
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Cafe Bank of 大野

2008年02月10日
♪無限んん~ ループのぉぉ~ HINOMI旅ぃぃぃ~

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も、先週で原稿作成および校正はとりあえず終了となりました。やれやれ。発売は3月中旬になるそうですんで、また告知します。
 上の写真は先週水曜日、単行本用のラスト取材の帰りに発見した、旧鳳来町大野にあるHINOMIでございます。この期に及んで東三河でまだ見落としていたHINOMIがあるとは…。いやもう、恐るべしHINOMIワールド。

 三河大野は鳳来寺山の東山麓に位置し、鳳来寺山と遠州秋葉山(防火の神様)を結ぶ江戸時代の参詣街道「秋葉街道」の宿場町として栄えました。なかなか雰囲気のいい町並みが残っており、東三河では二川宿にも匹敵する渋い町だと思います。渋いんだけど、目玉になるような観光施設が何もないので、今まで観光ガイドなど大手媒体にはにはほとんど相手にされなかった町でした。
 そんな大野に昨年、ついに待望の目玉施設が誕生!大野町で異彩を放つ近代建築を利用したカフェ「鳳来館」です。

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 この建物は大正14年、大野銀行として建てられたもの。戦後、東海銀行、東三信用組合を経て、平成18年まで豊川信金大野出張所として使用されていました。銀行閉店に伴って地元有志の手に渡り、カフェ兼ギャラリーとして再生されました。下のように内部もなかなかいい感じです。

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 まあ、施設ができても町自体の認知度がまだ全然なので、観光客よりも地元の中高年で賑わうような状態だとは思いますが…。今後の発展に期待したいところ。これまでに三河大野駅を含めいいブツをずいぶん取り壊したので、いささか遅きに失した感がなくもないけど、これを機に町並み保存の気運が盛り上がって、ついでにHINOMIも永年保存してくれい。

三河大野の町並みや、銀行時代の鳳来館についてはホームページをご覧ください。
国道151号・103話→●□/104話→●□/105話→●□


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美術珈琲 鳳来館
10:00~20:00、月曜休
ちなみに館長は、門谷地区に工房を構える鳳来硯職人、名倉鳳山さん

(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0047

2008年02月09日
 かつての富山村役場が建てたウェルカムカンバン(なんだそのジャンル)は、どれもまったく手直しがされないまま、今も何食わぬ顔で来訪者を出迎えています。「合併?知るか」ってな感じ。

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 飯田線大嵐駅前のカンバン。静岡県にありながら(しかも今や浜松市だぜ!)利用者のほぼ100%は愛知県に用がある、ということでマニアには有名な駅です。合併して変わっていたのは、大嵐駅と村の再奥部の漆島地区を結ぶ村営バス路線に、停留所板が設置されていたこと。従来の豊根村営バスのバス停板とまったく同じ仕様でした。

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 旧役場近くに立ってるヤツ。この堂々たる「ミニ村」の文字!

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 下部には村の全図も取り付けられています。公共施設のみならず、全商店と全事業所、そして急斜面の階段道路も掲載されているという非常に便利な一品。下界でよく見かける、広告屋の設置した非常にわかりづらい商店街マップなんぞとは比べ物にならない「作品」ですなあ~。

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 下に描かれたチェッカーフラッグ柄の鳥がなんなのかよくわかりませんが。背後の山上には富山小中学校が見えています。

 あと、久々にHPのほうも更新しましたんで、こちらもご覧ください本家カンバンの手帖ギャラリー(→●□)です。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

トミヤマニアック

2008年02月08日
 間に嫁の書き込みが三連発で入りましたが、2/3のブログの続き。実はその日最大の目的地は豊根ではなく、富山でした。豊根村に合併するまでは「日本一のミニ村」「本土で人口最小の自治体」を謳った、あの富山村です。

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 豊根村役場からでも車で約1時間かかるという、僻地の中の僻地、キングオブ僻地!富山の場合、僻地と書いても蔑称に感じないところがすごい!山深いが懐も深い、そんな村です。どのあたりが懐深いかって、村の中をウロウロして写真撮ってても、警戒心むき出しの目つきで凝視されたりしないこと。最近は田舎でも(むしろ田舎ほど?)不審者監視の目が厳しく、僕も浜松市天竜区の某集落で「警察に通報するぞ」と村人に脅されたことがありました。ここではそんなことは、たぶんないでしょう。まあ、物好きの来訪に慣れていることもあろうが。
 三遠南信フリークを自称する僕も、さすがに富山にはそう簡単に足を運ぶことは難しく、今回でたぶんまだ6回目、「東三河今昔写真集」(樹林舎)の取材以来3年ぶりです。で、今回は何しに行ったかというと、そりゃもう、HINOMIに決まってるっすよ!
 諸般の事情で、豊橋の春夏秋冬叢書から出るHINOMI本の発刊が少しだけ伸びたので、こうなりゃダメ押しで行ったるか!と、半ばヤケクソ。豊根にはまともな火の見櫓がなかったので、富山もたぶんないだろうと思って行ったんだけど…。

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 う~ん、ありやがった…。しかも3基も。
 見つけたからには仕方ないので、原稿を一本書いて差し替えることにしました。
 なお、この写真のHINOMIは旧役場のチョイ上にあるもの。ヒマな人はぜひ富山に行って探してみてください。
 富山は昭和31年の佐久間ダム建設でかなりの家が水没したんですが、役場支所で飛び込み取材すると(アポなしなのに対応が超丁寧&気さくで、懐が深いわ)、なんと水没集落のものと思われるHINOMIの半鐘を保管していることが判明。うちひとつを見せてもらったが、昭和2年製でした。戦時中の鉄材供出を免れた貴重な一品です。
 平野部では家庭製品はもちろん、銅像、火の見櫓、半鐘、寺の梵鐘まで徹底的に鉄材が集められたそうですが、奥三河の別の地域でG-SANに聞いた話では、北設楽郡の山奥では鉄材供出なんか行われなかった、とか。確かに、誰がわざわざ町まで運ぶんだ、って話で。これもたぶん、そのおかげで生き残ったんでしょう。
 この半鐘の写真は3月発刊の単行本に掲載します。

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 でもってこちらは、水没した河内という集落の跡地。というか、この川底の泥の下に村がありました。なぜか県道から川に下りられる歩道が付けられていた。一見、川の真ん中まで行けそうだけど、泥はグチャグチャで、一歩足を入れれば埋もれること必至。

 合併で「ミニ村」の看板は下ろしましたが、いいところであることに変わりはありませんでした。愛知県民なら死ぬまでに一度は足を運ぶことをお勧めします。
(まさ)
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病院が嫌いなわけ

2008年02月07日
 どうにも咳が止まらなく、このままでは仕事に支障がでるので、病院に行ってきた。受付は19時まで。15分ほどオーバーしそうだったので、取材から帰る途中、電話で症状を伝えて診察していただけるか尋ねてみると、「気をつけて来てください」とのこと。渋滞を回避して、19時20分に到着すると、看護婦さんが待ってましたといわんばかりに外に出てきた。待合室には誰もいない。早く帰りたかったのか、「診察しながら熱を測りましょう」と体温計を渡され、慌てて椅子に座る。症状を伝えると、医師は喉を見て、お腹に聴診器を当てると、コレとコレとコレの薬を出しましょうと、二分もしない間に終了してしまった。昔は、背中にも聴診器を当てたはずだし、横になってお腹を押したり、じっくり顔色を見たりしたもんだけどなぁ。ここの若い医師は、パソコンから目を離さず、私の顔は横目でチラリと見るだけ。疲れてるかもしれんが、体をこちらに向けようよ~。
 子どもの頃、よく通っていた(学校みたいだが)病院の先生は、本当に話好きな人だった。「お~、どうしたマリちゃん」と、真っ直ぐ私の顔を見てくれ、たどたどしい話を聞いてくれたし、関係ないことも話をしてくれた。一人一人じっくり見る先生だったから、待ち時間は相当長かったが、病院に行くだけでケロリと治ったもんだ。あれこそ医師のなせる技だよ。
 知立に住んで4年目になるが、そんな先生とは出会っていない。なので、ますます病院に行くのが億劫になる。「熱はないようだしインフルエンザじゃなさそうだね、軽い気管支炎かねぇ」で終わり、クスリの説明も薬局任せ。頭と腕はいいかもしれんが、患者の顔を見て、もう少し話をしてほしいもんです(まり)。
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シュガーケース

2008年02月06日
今日で三つ目。某雑誌の特集が雑貨で、取材に行くとついつい買ってしまう。
こちらは安城の雑貨屋さんで購入したシュガーケース。フタとスプーンのチープな感じがカワイイすぎる。
先日行った店では、目薬として使われていた昔のガラス瓶に惹かれてしまった。スポイト部分もガラスでできていて、それを一輪挿しの花瓶にしてしまうセンスがたまらない。ちょっと時間がなくって買えなかったけれど、もう一度見たら、きっと買ってしまうなぁ。(まり)
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ジャムやドレッシングを入れてもいいねぇ
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豊川工業高校三連覇!

2008年02月05日
 昨日行われた名岐駅伝で、宿敵の佐久長聖を抑え、豊川工業高校が優勝を勝ち取りました。よくやった、豊川工業っ!
 名岐駅伝は全国高校駅伝2位(昨年末)の佐久長聖との激戦になるだろうと予想していたので、応援に行く気満々だったのですが、前日から体調を崩して断念。渋々テレビ観戦することにしたものの、テレビ欄を見れば、深夜1時から2時と短縮されたうえに夜遅くに放映され、別府大分毎日マラソンが生中継という高校駅伝ファンとしては納得のいかない扱いに、そりゃないでしょ~と言いたくなりました。中日新聞社主催なのに生中継されてないなんておかしい。せめてラジオ中継してはいかがでしょうか。何でも昭和5年から開催されている中部地区最古の駅伝のようだし、地元のテレビ局よ、もっと頑張ってくれ。
 と、なんだかんだいいましたが、中継はやっぱり見たい。昨晩、再び体調が悪化し(夜、遊びに出かけたせい)、家に帰るなり薬を飲んで布団に入ったものの、時間が迫るにつれて目は冴えてくるばかり。一緒に出掛けたダンナは、久々の飲み会(壮行会)でテンションが上がったのか、原稿書きを再開。寝室まで聞こえてくるキーを叩く音の様子では、かなりノッテいるよう。体調とは裏腹に、見たい気持ちは抑え切れず、オヤジを恐れる子どもじゃあないが、ダンナに見つからないよう、そっと寝室からリビングに移動し、テレビの電源を付けました。部屋の照明を落とし、音量を下げ、毛布に包まりながら静かに観ること15分。テレビに映るのは一般の部のランナーばかりで、高校生の出る気配が全くない。あれ?と思いつつ、名岐駅伝では高校生は2区からのスタートになるので、3区まで諦めずに見ていたのだけど、高校生について触れようともしない。万全の体調なら粘れましたが、ちょっとムリでした。あの後、高校生は映ったのだろうか。最後まで観た方がいらしたら、ぜひ教えてほしいです。
 そんなわけで、今朝の新聞で豊川工業のアンカーがカラーで紹介されているのを見た時は感動しきりでした。記事によると、佐久長聖がじりじりと追い上げ、最後はなんと20メートルまで迫っていたという。両校の熾烈な戦い、目の前で見たかった!体調を整えられなかったことが悔やまれます。でも、この結果に、今日は大いに励まされました。どうにもしんどくて、こなせるかどうか不安だった取材も、彼らも頑張ったんだからと何とかクリアし、今ではブログを書けるくらい復活(周囲にうつした可能性も高いですが)。中日新聞社主催なので中日新聞のほうが詳しかろうと途中で朝刊を購入し、読売(※)と中日両記者の熱い文面を何度も読み返す楽しさといったらない。豊川工業陸上部への思いはなかなか冷めません!(まり)

周りに中日ファンが多いので一言付け加えますと、読売を購読している理由は文化欄が面白いからで、巨人ファンだからではありません(まさ)
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豊根雪之景

2008年02月03日
 関東では本日、雪らしいですね。青梅マラソンや花月園競輪(横浜市)も雪で中止になったようです。こっちでも降るかと思ったけど、降りませんなあ~。
 さて一昨日、豊根村に行ったら、久々に東三河の雪景色を拝むことができました。東三河歴18年のわたくしですが、東三河で雪景色を見たことはこれまで片手ほどしかありません。。

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 役場から北へ10キロほどの明金という集落です。日当たりが悪いところだけ残っているという感じ。

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 さらに北へ進んで、長野県との県境に近い粟世というところ。廃校になってしまった三沢小学校の校庭は雑草&足跡のない雪。子供もいないとこうなってしまう。

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 大菅というところ。枯れた田んぼに、稲を干す「ハザ」。なんとも荒涼とした風景です。お~さぶ。
 それでもまあ、岐阜に比べりゃ大したことはない。たまには本格的な積雪を見に北の方へ行きたいと思う今日この頃ですが、嫁は石川県在住経験があるのに寒さが苦手なので…。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0046

2008年02月02日
 全てのホーロー看板マニア垂涎の一枚!大垣市街北部で発見した、ホーロー看板屋のカンバン。

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 太閤通といえば名駅の西あたり。まだやってんのかなあ?取材させてほしい!

 ホーロー(琺瑯)看板というのは、表面に釉薬をかけてコーティングしているため、色落ちも錆もなく永年に品質維持される看板のことです(光沢のある陶磁器と同じ原理)。ブリキ製だと日光に当ると褪色してしまいます。
 いわゆる「カンバンマニア」の大多数は、ホーロー製のものをターゲットにしているようです。僕は地域性が出ていさえすれば、ホーローだろうがブリキだろうが木製だろうがなんでもいいというタイプ。う~ん、実にどうでもいい。
(まさ)
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