現代版、音二郎現る

2007年12月31日
 さてさて、遅くなりましたが東京に行ったワケを書かねば年は越せません。実は三谷幸喜作・演出の「恐れを知らぬ川上音二郎一座」のチケットを入手していたのです。日比谷の芸術座が、シアタークリエとして再スタートを切ったこけらおとしで、千秋楽も狙っていた待望の公演。だからどうしても外せなかったのです。結局、千秋楽は取れませんでしたが、入手できずに悔し涙を流す人がいるなか、取れたこと自体がメデタイこと。私は夜行バスで、金沢の友人は飛行機で東京に向かい、今回は友人4人で観にいってきました。
 有楽町駅から徒歩5分、NHKでも紹介されていた “女性にやさしい”劇場は、オープンしたばかりの清潔感が漂っていました。611人収容の小ぢんまりとした客席は、舞台との距離が近く、後ろの席でも楽しめるよう設計されてました。東宝の女性支配人こだわりのスルーできるトイレ(入り口と出口が別)にも入り、劇場限定のチーズケーキも購入しました。
 開演は午後6時半。巨匠、堺正章が講釈師として舞台に上がり、いよいよ芝居の幕開け。役者の表情を見たいがために、コンタクトの上にメガネを掛け、友人の手元にはオペラグラス。身を乗り出しての万全の体勢で、のぞみました。
 芝居の内容をざっと説明すると、川上音二郎とは明治期の俳優、芸人で、社会風刺を歌ったオッペケペー節で名を知らしめた人気者。27歳の時に一座を結成し、ニューヨーク、ワシントン、ロンドン、ロシア、フランスと海外にも進出した、まさに恐れを知らぬ人だったらしい。劇中では、シェークスピアの「ヴェニスの商人」を一夜漬けで演じたという実話をもとに、三谷さんの手腕で面白おかしく膨らませ、ここが山場になってきます。前半では川上音二郎と妻の貞、一座の変遷を、3分間ドラマのように小気味良く紹介し、後半は芝居の稽古、本番という流れで、いつもの三谷ワールドに染めていました。
 主演、音二郎を演じるのは適当ぶりが板に付いているユースケサンタマリア。妻の貞奴は常盤貴子。その周りを堺正章、戸田恵子、堺雅人(新撰組総長の山南さん役)、浅野和之、堀内敬子ら舞台人が固めています。前回の「コンフィダント絆」にも出演した堀内敬子さんは、津軽弁なまりが激しいオナゴになりきり、これがまた似合うしカワイイ!歌舞伎の女形を演じた浅野さんは、立ち振る舞いを見ているだけで笑え、音二郎の愛人、ホイットモア夫人を演じた瀬戸カトリーヌは、英語なまりの日本語が抜群!舞台中盤、瀬戸カトリーヌが客席に現れ、「サクサクの~雷おこし(違ったかも)いかがですか~」と売り子に扮し、ボックス席の観客に「座席の後ろに紙袋があります。金髪のカツラをつけてアメリカ人になりきってください!」と予想外のフリが。私と友人は、なんてウラヤマシと見つめておりました。
 今回は客席も舞台として使用し、何度、役者が通ったことか。役者の匂いを間近で感じたかった~。休憩をはさみ、すべてが終わったのは22時。約3時間もの劇を2ヶ月間も演じ続けていた役者の方々は凄い!ちょっとマチャアキの声が掠れすぎて聞こえ辛かったのが残念でしたが、疲れがピークに達していたのでしょう。ユースケはユースケそのままでしたが、大ぼら吹きの音二郎役にはピッタリ。ヴェニスの商人のアントーニオを演じた今井朋彦さんは、セリフがなくても存在感がありました。舞台人だけで固めずに、新しい舞台人を育てていくその手腕。観客をも巻き込んだ、こけらおとしにふさわしい、お芝居でした。(まり)
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安城東尾町マイナー建築群 & HINOMI

2007年12月29日
 今年もいよいよ大詰めが近づき、残すところ競輪グランプリだけになってしまいましたが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。昨年は引退レースの吉岡からつい同情車券を買ってしまうという競輪人生最大のミスを犯してしまったので、今年はなんとかしたいもんですが…こう東の選手ばっかでは食指が動かん。とりあえず、中部から唯一出場の小嶋からってことで。

 そんなことはどうでもよくて、今年後半は本の企画で調査・取材することになった火の見櫓に悩まされる毎日でした。まだ作業は終わってなくて、昨夜も夢に見てうなされました。いったい今年、何本のHINOMIを見て、撮影したのか。
 今、リストを見てみたら280本近いことが判明!ぜんぶ倒壊してしまえ。
 そんな僕が見た三河・遠州のHINOMIで、もっともいいロケーションに立つのはこいつだ!

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 安城市東部に位置する東尾町のHINOMI!東尾町は区名で、行政上は安城市安城町の東尾町区。安城市歴史博物館の北側一帯の集落です。
 僕の写真では好ロケーションということがあまり伝わらないですけど、東尾町の集落内を横断する細い道が二又に分かれるところに、高層のHINOMIがすっくと立っています。下には古い小屋と地蔵。田舎におけるHINOMIはこうあるべきだという例のごとし。安城の歴博にお越しの際は、ぜひ見に行かれることをおすすめします。
 で、この東尾町というのがまた、碧海の農村らしい実に渋い集落。家並や路地の入り組み方の味わい深さは、碧海エリア屈指ではないか。自分の中では豊田市駒場町(旧碧海郡高岡村)に匹敵します!わかんねっての。
 昭和の古建築がやたらと残っているのも素晴らしい。

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 HINOMIの脇に建つ集会所か倉庫。渋い。

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 村の真ん中にある二階建ての東尾町公民館。渋い。建物正面には庭があり、横には講堂と思われる建物も付随するという、なかなか立派なもの。

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 そして農業倉庫。付近にJAが見当たらないので、農協のものではなくて個人農場のものかも。屋根から小さく突き出した二本の通気口もまたポイントが高い。

 この手のマイナー公共建築に文化財的価値が見出されるにはもう30年ほどかかると思いますが、末永く生き延びてほしいものです。
(まさ)
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豊川工業高校の熱戦!

2007年12月27日
 天皇誕生日の12月23日は全国高校駅伝の開催日。ワケあって(後ほど説明します)前日から東京にいた私は、どこで駅伝を観戦するかがネックになっていた。録画はしたものの、駅伝を録画で観るほどつまらんものはない。東京で合流した友達に「駅伝を見たいから2時間ほど別行動させてくれ」とワガママをいうと、彼女は埼玉の友人と池袋で会う約束を取り付けてくれ、さらに池袋駅前に電気屋があるとの情報も仕入れてくれたので、彼女がランチをしている間、私は電機屋で観戦することにした。
 クリスマスに向けて、電機屋店の前ではシャンパンの試飲販売が激戦中。小さいカップに注がれたシャンパンをサッと飲み干し、まずはヤ●ダ電機2階の液晶・プラズマテレビ前へ向かった。駅伝と同時にフィギュアスケートも放送されていて、解説者の声が聞き取りにくいが、文句はいえない。テレビに近づき、豊川工業高校の紺色のユニホームを見つけた。なんて控えめな色なんだ。フルマラソンと同じ42.195kmを、7人でつないで走る駅伝の、最長区間1区を走るのは、朝早くから練習に励んでいたMくんだった。12時半のピストルの合図でスタートし、47人のランナーが前へ前へと位置取りをする。Mくんは周囲に押されつつも集団から抜け出し、トップグループへ。3位という好スタートに驚きつつ、留学生なんかに負けるな!と応援にも力が入った。広島県立世羅高校と山梨学院大学附属高校の留学生の二人がアップで映る。その後方で丸刈りのMくんがいいリズムで走っていた。家の中なら大声上げて応援していただろう。フロアをぐるぐる回りながら、Mくんの走りを見続けること30分。私がまったく値札を見ていないことに気が付いているはずだが、店員が「価格をお調べしましょうか」と、にこやかに声を掛けてくる。今、観戦中です!と言いたいところだが、ここは丁寧に断る。とはいえ、いささか居心地が悪くなった。1区から2区へタスキが渡されたのを見届けると、次は隣のビ●クカメラのテレビコーナーへ移動した。
 こちらはヤ●ダ電機よりも通度が狭く、人があふれている。これは都合がいい。3区の8.1075kmはここで観戦することにした。豊川はまだ3位をキープしている。よっしゃ、この調子や!少しずつ観戦のコツを覚えたので、今度は100mほど離れた「さくら●」へ移動。ここで4区を観戦するも、客が少なすぎで怪しまれたので、再び階段を駆け下りてビ●クカメラへ。同じ客と思われないようコートを脱いでみた。電機屋を梯子するのにも疲れ、ここでラストまで観ようと覚悟を決める。店員の目が届かない死角を探し、テレビは小さいが壁に寄りかかれる場所で、観戦することにした。
 駅伝はどこでどんでん返しがくるかわからない。1区でトップを走っていた世羅高校の姿は見えなかった。時計はすでに2時を回る。5区、6区、7区と、上位をキープする豊川のランナーたち。拳を握り締めながら睨むように画面を見ていると、夜明け前から練習に励んでいた彼らの姿が浮かんできた。友達から連絡があり、「まだ動けない」と伝えると、ビ●クカメラまで来てくれるとのこと(THANKS)。石川県在住の彼女も一緒になって応援してくれ、ラストのトラックでの競り合いでは思わず声を出していた。すみません、ビ●クカメラさん。
 結果は5位。4位の埼玉栄とは僅差。くうっ。しかしながら昨年に引き続き連続入賞とは凄い!しかも女子の豊川高校も7位に入ったのだ。すごいぞ、豊川、愛知県!最後まで見事な走りを見せてくれた豊川工業高校のランナー、ブラボー!
(まり)
 
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新舞子Haaaan!!!

2007年12月26日
 なんだこのデキの悪い駄洒落。
 先週半ば、新舞子の友人宅にお招きにあずかり、ついでに界隈を案内つきで散策してきました。新舞子というと中途半端な雰囲気の駅前ぐらいしか印象にないのだが(新舞子マリンパークは行ったことない)、じっくり歩くと意外に知多らしいシブさがあって、知多再発見ってカンジで。
 私は決して鉄道マニアではないんですけど、新舞子周辺はなかなかの好撮影地で、散策途中に電車が通過するとついついカメラを向けてしまいます。

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 新舞子マリンパークのはずれから、対岸の海岸べりを疾走する名鉄電車。僕の腕と機材では限界なので、誰かプロにここから撮ってほしいもんだ。

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 日長-新舞子間を流れるなんとも知多らしい小ぶりな川を渡る名鉄電車。どのへんが知多らしいのかと聞かれると説明が難しいが…。

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 新舞子と日長の境界あたりまでくると、いかにも知多の農村という風情。集落には「左 電車のり場へ四町(=約400m)」と刻まれたマニアックな道標も。知多には知多四国の絡みで明治・大正期に建立された道標がやたらと多いです。

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 で、この道標の行き着く先が新舞子駅、じゃなくて隣のマイナーな日長駅。

 そういえば同じく先週半ば金山駅で、「知多四国八十八か所めぐりにカモーン!」と、袈裟懸けの坊さんがビラ配ってて驚いた。来年開創200年らしいです。
 来年は寺でも巡るか。
(まさ)
知多雑 | Comments(3) | Trackback(0)

イブに餅つき

2007年12月24日
 え~、本日はお日柄もよく、岐阜の実家にかえってモチをついてきました。何十年も前から欠かさず行っている、ウチの年中行事です。つきあがったばかりのモチをその場でちぎり、砂糖をまぶして食べるのが、子どもの頃からの暮れの楽しみ。これに勝るモチの食い方はない!
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餅米を蒸す。嫁の父&母上も来てくれました。

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モチを濡らし、かえす嫁。「餅つきは信頼関係だ!」と杵を振るう僕の親父。やはり、長年連れ添った母ちゃんのほうがやりやすいよう。
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杵を振り下ろす嫁。後ろでホレホレと声をかける嫁の父上。
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餅つき総監督の爺ちゃん。餅米の蒸し具合、つき具合を見てくれます。
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 粉をまぶして、棒で伸ばして、四角に切る。この先、当分モチが主食となります。
 しかし!食べるのに一生懸命で、正月のお鏡さん(鏡餅のちっちゃいヤツ)を作るのを忘れてた。なので両親は年末にもう一回つくらしい。過疎地の祭りのように一時期廃止されかかったこともありますが、今後も継続していきたいと考えております。
 そうそう、クリスマスイブなのでケーキも作りました。見てくれは悪いが味は良かった!
(まさ&まり)
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カンバンの手帖ブログ版0044

2007年12月23日
 眠い。眠いのでお手軽シリーズ。今日、旧額田町樫山の県道沿いで発見した珍キャラ。

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 まあ、かわいいっちゃかわいいんだけど…。なぜ工務店にこのキャラ?そして口の形はナニ?
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

BARSAN & HINOMI 0002

2007年12月21日
 この間の日曜日は、渥美半島のド真ん中の、田原市加治というド農村で、例によってHINOMIをきっかけにBARSANから地元ネタを聞きとり調査していました。

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 こちらの婆さんは、R259沿いにある道の駅「田原めっくんはうす」へ農作物を出してきた帰り。基本的に農家の人は控えめだけど、自分が作った農作物に関しては別。「ウチで作った(orこの村で採れる)野菜はうまい!」が常套句です。
 で、いきなり声を掛けてきた僕のような怪しい男となぜか意気投合し、大根、ニンジン、ジャガイモ、ミカンを大量にくださいました。たった10分ちょっとしか喋ってないのに、われながら、さすが「年寄りキラー」の異名を持つだけのことはあります。

 自転車の荷台に、野菜を積むための青いプラ籠が見えますが、これがなかなかマニアックな一品。その昔、死んだGEESANとブロッコリー作りに精を出して田原で一番の生産高を上げたそうで(田原で一番ということはすなわち、日本でも屈指)、表彰の副賞としてもらったんだとか。

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 すげえ~。
(まさ)
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がんばれ、陸上部!

2007年12月20日
 全国高校駅伝10年連続出場という輝かしい記録を更新中の豊川工業高校陸上部。先週、今週と引き続き、彼らの朝練を見学させていただいた。練習開始は7時からだが、その30分前から各自トレーニングに励んでいた。顔を合わせば「おはようございます!」と大きな声で挨拶してくれ、質問をすれば丁寧に話をしてくれる。自分が決めた目標に向かって、ひたむきに頑張る彼らの姿を見ていたら、眠いとか寒いとか甘っちょろいこと言ってられない!
 全国高校駅伝は12月23日(日)。女子は10時20分、男子は12時30分スタート。女子はお隣の豊川高校の陸上部が出場するので、豊川は高校野球ばりに盛り上がるだろうな。ガンバレ!愛知県代表、陸上部のみなさん!応援してます!
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手作りのトンボにも目標が書いてある。
豊川工業高校陸上部の記事は来年3月に発刊される「そう」を見てください。(まり)

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大集合!

2007年12月17日
 昨日、渥美半島へ行ったら、やたらと改造バイクで暴走するバカ者たちを見かけました。このクソ寒いのに元気なこっちゃ、と思いつつ、伊良湖の恋路ヶ浜駐車場へ行くと…

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 なんとそいつら、駐車場に大集結!その数およそ100台!なんの集まりだ!しかし、見苦しい連中もこれだけ集まるとさすがに圧巻です。
 騒音はひどいけど、意外と信号を守っていたのには笑った。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

BARSAN & HINOMI

2007年12月15日
 岐阜出身の僕は、常に傍観者の立場として愛する三河・遠州を冷静に観察することを心がけておりますが、余所者ゆえ微妙な気質はなかなか分かり得ない部分があります。

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 先日、豊橋市街外縁部の牟呂という地区へ、例によってHINOMIの写真を撮影に行ったとき、HINOMIの下でタマネギの植え付けをしていた地元のBARSANに取材、というか雑談、というかいつの間にか一方的に婆さんの思い出話を聞かされ(そうなるとだいたい戦争の話)、流れで、同じ豊橋でも地区によって気質がずいぶん違う、というような話になりました。
 婆さんはもともと、豊橋南部の丘陵地にある植田の生まれで、戦後、海辺の牟呂に嫁いできました。
 今でこそ大規模区画整理によってただのベッドタウンと化してしまった牟呂ですが、昔は、冬は漁(海苔養殖とアサリ漁)、夏は畑作でガンガンに儲かったという土地。漁師というのはたいがい開放的かつ豪快で、豊漁ならばまとまった現金収入が多いので金遣いも豪快な傾向があるといいます。そんな漁師町の牟呂は、婆さん曰く「荒ぼったい」。
 対する植田は、同様に今ではただのベッドタウンですが、昔は純農村。婆さん曰く、ここの人は自己主張もなく、おとなしい気質だったといいます。農民は種を蒔いてから収穫するまで長い、つまり長期的な見通しを持たねばならないので、おのずと慎重な性格になるんでしょう。
 牟呂と植田は直線でだいたい5キロしかありません。たったこれだけの距離しかないのに気質が違うというのは、豊橋もなかなか奥が深い(ような気がする)。

 ちなみに、かなり差し障りがあるのでどこかは伏せますが、牟呂よりもう少し海に近い某地区は、半農半漁じゃなくてほぼ漁村だったため、荒ぼったさは牟呂の比じゃなかったとか。結局その地区は、昭和40年代の三河港開発に際して莫大な補償金を貰って漁業権を放棄させられたんだけど、荒ぼったいゆえに大金で身を持ち崩した人も多かったといいます。離漁後、住民の何人かは鰻の養殖に手を出して、一時は牟呂の人が羨むくらい儲かったらしいが、それも今やほとんど滅亡状態。
 ある意味、開発の犠牲と言えなくもないですが、まあ、言っちゃなんだが気質が災いしたという面も否定はできません。

 で、その婆さん、植田から牟呂にやって来てはや60年。今やとっくに「荒ぼったい」牟呂気質になっちゃったと、マシンガントークで僕に話します。

「在所に帰って久しぶりに知り合いに会うと、あんた変わったのん、と言われるんだわ。そんでワシが、ほんなん、どこかが変わっただかん、と聞くと、そういうこと聞くこと自体が変わったのん、って。ひゃひゃひゃ」

 間違いなく婆さんの持ちネタ!十八番のネタを持ってる年寄りの話ほど面白いものはない。まあ、たまに意味のないリピートもあるけど。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

あの月に手が届けば

2007年12月13日
 日曜、友人のカメラマンNさんの母君の在所だとかいう、旧佐久間町相月というところに行ってきました。何しに?例によって火の見櫓を探しにっすよ!
 相月は飯田線の駅もあるので、北遠奥地の小集落にしては割と名が知れていると思います。ただし、駅から集落の中心までは山を巻くように歩いて20分ほどかかり、電車に乗っていては見えません。知らない人はヤフーの地図で調べてください。どうでもいいですが相月駅は待合室の横幅がなぜか広くて、二人連れで駅ネしやすいところです。カップル野宿にオススメ!(誰がそんなことやるんだ)
 相月の特徴は、独特な地形にあります。山奥は山奥なんだけど、擂鉢の底から中腹にかけて家と茶畑が広がっている感じで、あまりほかにはない雰囲気。閉ざされてるんだけど開けてる、みたいな。上から降り注ぐ太陽の光がじわじわと底から溜まってゆく、みたいな。まったく意味がわからんけど。
 なお伝承も残ってないし地名と月とは特に関係ないみたいです。タイトルと本文もまったく関係ないです。
 
 相月の戸数はたぶん30軒ほど。そんなところに火の見櫓があるのか!?できればあってほしくない(最近はかなり食傷気味で、ないとホッとする始末)と思いつつ山を巻いて車で登ってゆくと…

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 いや~ん、あるじゃないの。これまで相月には3回ほど来ているのに、一度たりとも存在に気付かなかった。しかも形がまた妙ちきりん。相当数見て回ってるけど、これはかなりイレギュラーな部類です。登ったところでどんだけ見えるというのか。
 そこらへんを歩いていた爺さんを捕まえて聞いたら、「もうずいぶん前からあるねえ。そう、10年は経ってるね」。僕の予想では、最低でも40年は経ってるはずなんだが…。年寄りの話は面白いけど、時間と距離の感覚だけはほとんど当てにならないので、フィールドワークの際には注意が必要です。
 火の見の後ろに建ってるのはこれ。

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 公民館ですが、元は小学校の校舎だったもの(先の爺さん談)。つまりここは、小学校の跡地を公民館と消防器具庫に転用したわけです。
 火の見の横から擂鉢の上へと続く道をぐんぐん登ってゆくと、やがて山の上に開かれた集落に出ます。そこの名は「小相月」。英語にすればリトル相月。山の上には、楽園のように茶畑が広がっていました。楽園といっても道はここで行き止まりなんだけど。

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 爺さんによると、ここにも小型の火の見櫓、というか半鐘をぶら下げただけの台があるそうで、いい加減にしてくれと思ったんだけど、それらしきものは見つからず。犬も吼えて鬱陶しいし、面倒くさいからまあいいわ、とちゃんと探さずに下山しました。
 いやホント、相月はいいところです。
(まさ)
遠州雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0043

2007年12月12日
 前回の電話ボックスに関連して、公衆電話のカンバンです。江南の宮田という県境の町で見つけたもの。

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 普段特になんとも思わない公衆電話ですが、コレ一枚あるとなかなか渋い佇まいに。

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 色遣い、文字の配置、文字の大きさと、文字を文字ではなく絵のような感覚で扱ったデザインですね。

 僕が生涯で一番公衆電話を使ったのは、K土出版社に在籍していた98年末から01年でしょうか。既にケータイは持ってたけど、清算がめんどくさいのでもっぱら公衆電話を使って、「そちらの学校に古写真は保存されてませんか?」「そちらの資料館で保管されている古写真を見せてもらえませんか?」などと、現地入りしてから闇雲な取材依頼をしまくってました。で、ありますよと言われれば、ほんじゃ今から行きま~す、と。
 会社への連絡用には、コレクトコールカード(っていうんだっけ?)という、登録番号にしかかからない専用のテレカを持たされてて、一日の取材が終わったら最寄の公衆電話から報告(というか報告すべき上司自身が出張ばかりでほとんどいなかったので、経理のおばさんと雑談)の電話を入れてました。
 そんな公衆電話のヘビーユーザーだった僕が、全国で一番印象に残っている公衆電話というと…別にナシ。
(まさ)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

PON PON PON

2007年12月11日
 三回続けて縦長のハコっぽいものですが。豊明の沓掛小学校前に放置されていた、昔の電話ボックス。

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 昭和29年に誕生しハコがクリーム色で屋根が赤かったので「丹頂鶴」と呼ばれた、とかいわれるタイプのものです(ネットから拾った情報)。30代半ばのワタクシはこいつが現役だったのを見たことがありません。むかし、飯田線の池場駅前になぜか残っていたのを見たような覚えはあるが。
 中を覗いてみると…

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 おお~、電話のかけ方と料金を記したシールが!電話が切れそうになるとポンポンポンという音がします、って、どんな音だったんだ。聞いてみてえ!
 さらにマニアックなことに、ハコの外にはこんなプレートまで。

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 今はなき「東区赤萩町1丁目」に、「国鉄宿舎内」のダブルパンチ!手持ちの古い名古屋市区分地図を見ると、桜通線車道駅の南北あたり(現在の地名では筒井3丁目の夕日と葵3丁目の夕日)のようです。
 しかし、なんでこんなもんが豊明の外れに転がってるのか?
(まさ)
尾張雑 | Comments(2) | Trackback(0)

金を入れれば金が出る

2007年12月10日
 もう一発、自販機ネタ。岡崎の最北部、宮石町で発見した一品(火の見櫓を撮影していた間に嫁が見つけました)。

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 庇には「こどものくに」の文字。幡豆か?形状は細長の見慣れぬもの。何かと思ってよく見てみると…

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 売られているのはコイン!右から順に、外国のコイン、古銭、古紙幣。コインは100円、お札は200円!高いか安いかわからん!
 筐体に描かれた文字や絵もまた微妙で、「いたづらしないでね」の文字に、芝生で遊ぶ?にせバックスバニー。いつも思うんだけど、こういうものをデザインするデザイナーとかイラストレーターってのは、どういう人たちなんだろう。取材してみてえ!
 なお、この機械を管理する店のオバチャンによると、「まだ出るよ」とのこと。ホントかいな。コイン類には興味ないので買いませんでしたが(信用しないわけじゃないが)。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

出るまで回せ

2007年12月09日
 設楽町の小松という集落で発見した一品。現役商店の軒先に置いてあったもの。

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 一見なにかよく分からなかったが、どうやらジュースの自販機らしい。ハンドル式自販機…とでもいうんでしょうか?岐阜の田舎育ちの僕も、さすがにこれは見たことがないぞ。

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 ハンドルをグルグル回すと下の穴から商品が出てくる(もちろん今は出てこないけど)。ガチャガチャのジュース版だ!
 夜中でも煌々と灯る今の電気式自販機より、エコな感じでいいっすね。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

風邪に饂飩

2007年12月07日
 引き続き体調不良。僕は季節の変わり目にたいそう弱く、毎年2回は必ず風邪をひくのですが、今シーズンもひいてしまった。寝込んだのはベトナム以来半年ぶり。まあ、あの時よりかましか…。
 嫁の書き込みのとおり胃腸風邪ということで、一日以上まったく食欲ナシ。今日の午後になってずいぶん回復してきて、夜にはうどんを食いました。嫁の作ってくれた美味いうどんが弱った胃と心に染みます。
 ところでウチのうどんに使っているダシ汁は、これがベースになっています。

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 右側の「プロだし」。石川県の鶴来という町(現在は白山市)にある蔵元「吉田醸造店」の商品です。これはオススメ。夏には素麺にもよい!先日、ぜんまいざむらいを演じに金沢まで行ったついでに、補充のためわざわざ買いに足を伸ばしたほど。
 鶴来は小さい町なのだが醸造業が非常に盛んで、酒蔵2軒(「菊姫」と「萬歳楽」)に味噌・醤油蔵が3軒、おまけに麹元まであります。石川県はそばどころなので、ダシ醤油のレベルも高いのかも。
(まさ)
食べもの | Comments(4) | Trackback(0)

病院へ

2007年12月05日
 ピンクの小粒、あなどれません。朝、急激にお腹が痛みはじめ、取材に出掛ける寸前までトイレにこもるはめになりました。そんな状態なのに、一軒目の取材先でケーキを6個もいただき、二軒目でパン屋の一押しのクロワッサンを自ら食べ、三軒目ではカプチーノをご馳走に。もちろん、帰宅したとたん、トイレへダッシュです。でも、ワタシ以上にひどそうだったのが旦那でした。昨日はあんなに唐揚げを食べていたのに、朝も昼も食べられず、熱もあったので、病院へ連れて行くと、流行りの胃腸風邪と診断されました。きっと、かぼちゃスープに誘発されたんだろうなぁ。いろんな意味で胃が痛みます。
そのほか | Comments(1) | Trackback(0)

腹の調子が悪い

2007年12月05日
 朝から腹の具合が悪い。くだしているわけではないのだが、胃が気持ち悪い。打ち合わせ中も、腹がゴロゴロッと悲鳴をあげていて、いまいち気がのらなかった。
 原因はかぼちゃスープ、だと思う。大量に作りすぎたのだ。スープが好きで、日曜の夜にスクナかぼちゃ(甘味があり美味)をベースに、薩摩芋も一本加えたスペシャルかぼちゃスープを作った。旦那から「いつも以上にうまい」との好評をいただき、満足していた。とはいえ、鍋いっぱいのスープはなかなか減らない。
 で、三日目の今朝もあたためて食べた。ん?昨日と何か違うと思った。それなのに、寝不足の寝起きだから口の中がまずいのだろうと解釈し、仕事が一息ついた旦那にもスープをよそった。すると、「酸っぱくない?」と旦那。やはり、何かおかしかったのだ。
 ん?と思ったスープを持っていくワタシもどうかと思うが、酸っぱいと感じたなら止めればいいのに、きれいに平らげる旦那も変わっている。ということで、二人とも腹の具合がおかしい。旦那に限っては「腹減った~」と、夕飯の唐揚げをガッツリ食べていたから、快方に向かっている感じだが、ワタシはお腹がまるで減らない。夕飯も軽く食べて、お茶もたくさん飲んで、リンゴをかじったりしているが、本調子でない。いっそのこと悪玉菌を流してしまえと、ピンクの小粒コーラックを一粒だけ飲んでみたが、いまのところ変化なし。朝、スッキリと治ってるといいんだけど。
 しかし、寒いからといって、台所に出しっぱなしにするのは危険ですね。しばらく、スープ作りはやめておこう。
食べもの | Comments(0) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0009

2007年12月04日
 もう一発ドラゴン桜ネタ。11/18の記事(→●□)で出した蒲郡の永向寺という地味な寺の山門

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 の屋根の上で、波間を泳ぐドラゴン。

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 胴体が千切れているけど元気だ!しかしウロコの作りこみ方がすごい。

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 顔はこんなの。
 オチはとくになし!
(まさ) 
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

TIGER & DRAGON & HINOMI

2007年12月03日
♪俺の、俺の、俺の話を聞けぇ~
(クレイジーケンバンド「タイガー&ドラゴン」)

 まあ、こんなどうでもいい小ネタのことなんか誰も聞いてくれなくてもいいんだけど…。
 え~、国道151号沿いにある旧鳳来町井代という小さい集落に、二つの灯籠が仲良く並んで立っています(そして横にはまた火の見櫓が!)。

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 それらの灯籠には左に竜、右に虎が彫り込まれています。建立は江戸時代後期。名もなき石工の手による、知られざる名品。まずは竜から。

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 どんどん目がよくなるマジカルアイか!(あれホントによくなるの?)どこに竜がいるのかよくわからんのでアップにしてみると…。

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 初期中日ドラゴンズのペットマークみたいな竜が浮かび上がって来ました。つづいて虎。

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 10数年前に流行ったウォーリーを探せか!どこに虎がいるのかよくわからんのでアップにしてみると…。

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 表面が風化してすでにネコのようです。しかしよく見るとヒゲまでちゃんと分かるようになってて、さすが職人技on the face。
 なお、今年の中日対阪神戦について特にコメントするようなことはないっす。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0042

2007年12月02日
 天竜川沿いの旧龍山村、現在の浜松市天竜区龍山町瀬尻というところで見つけたカンバン。

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 う~ん、昭和のアイテム。サザエさんの時代か!電話詐欺やネット詐欺が全盛のこの時代、押し売りなんてまだ生き残っているんだろうか。
 ちなみにこのあたりでほかにも二ケ所、押し売りお断りのカンバンを見かけました。押し売りに悩む村、龍山。
 僕が中学生の頃だったか、実家に北海道珍味の女性訪問販売員が来たのが、僕が最後に見た押し売りらしき人だったなあ。しかも20戸ほどしかないウチの集落でちょうど葬式が出たところで、村じゅうバタバタ忙しいさなかという実に間の悪いタイミングだった。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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