八楽石モノ二題

2007年09月29日
 最近、東三河の山間部で見つけた中で、地味な石モノをふたつ。

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 新城外れの塩沢という集落にある農家へ、新城産ブドウの話を聞きに行った際、集落の外れで見つけたもの。ヘの字に結んだ口が作り出す表情と、胸の前で合わせた手の立体感が秀逸な一品です。
 明治42(あるいは43)年の建立で、台座部分に「牛馬安全」とあるので馬頭観音の一種ですが、仏のサイドに書かれた「日吉馬車追連中」「川路馬車追連中」の文字がポイント高い。日吉、川路はいずれも新城市内の地名で、古い街道筋にあたり、馬車追の数も多かったんだろう。

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 こちらは旧作手村の相月という集落にある白鳥神社にあった、狛犬マニア垂涎の逸品!(僕は違います)見事な、ヘタウマ狛犬!そんなこと言ったらバチが当たるかしらん。「●氏子牛馬●●」(●は判読不能)の文字が、前足の間の平たい部分に読み取れます。

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 横から見るとこんな具合。いちおうシッポも見えるが。
 余談ですが、作手村内の神社はなぜかほとんどが白鳥神社。なぜ?
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0034

2007年09月27日
 長野県境に近い旧稲武町大野瀬で発見したカンバン。設楽町に昔あったらしい、名倉釣堀センターのものです。

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 上部両サイドに微妙な顔の魚が描かれているので、アップにしてみました。

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 ははは。
 魚といえば、産業観光ブログを魚ネタで2日続けてアップしたので、そちらもご覧ください(その告知がしたかっただけ)。
http://itours.jp/nucleus/itourswritern.php
(まさ)
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たぶん流行らないであろうローカル食0002

2007年09月26日
 なんてタイトルをつけると地元の人にちょっと失礼ですが。先々週、伊那谷の平谷村に取材に行った際、出された一品。

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 ぴりぴり芋、というそうです。平谷で栽培されている小さいジャガイモ(平谷イモ)で作る料理なんだが、なんでそう呼ぶのかは不明。食べても別にピリピリしません。
 作り方は、皮付きの小芋をサラダ油で炒めた後、酒・味醂・醤油で味付けして煎るだけ。フツーに晩の食卓に載っていそうな、簡単にして素朴な郷土料理。平谷では昔、来客があったときにこれを作って出したそうです。
 ホントごく普通の家庭料理なんだけど、これが…うまい!甘辛いタレと弾けそうな薄皮、それに芋のホクホク感が見事にマッチング。病み付きになりそうなうまさだ!
 うまいにゃうまいんだけど、あまりに家庭的すぎて、これがヒットするかと言えばちょっと…。まあ、村でも大々的に売り出そうという気はないみたい。それ以前に、売り出そうにも平谷に飲食店は指折り数えられるほどしかないんだが。
 これを食べたのは国道418号沿い、平谷から売木に向かう途中にある十郎太という店。80の婆ちゃんが切り盛りしており、炭火焼アマゴ&五平餅+素朴な山里料理を食べさせてくれます。ここで定食を食べると自動的にぴりぴり芋がついてきます。
 ちなみに、村ごとで形や味が違うと言われている五平餅は、平谷ではネギ味噌味ダレとのこと。

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 こちらは十郎太の外観。

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 まるで民家。ていうか完全に民家。食事をする場所は神棚の前の居間兼座敷。カンバンは道路の反対側に出ています。
 ここはプライベートでもまた行きたいっす。
(まさ)
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恋のアーケード0002

2007年09月25日
 久々に西三河ネタ。少し出すのが遅れてしまったが、ここ2ヶ月の間に、刈谷市東陽町商店街の歩道アーケードの北側部分が撤去されてしまった。閉店、更地化が進んでいた東陽町が、ますますさっぱりしてしまい寂しい限り。
 
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 樹林舎の「西三河今昔写真集」を編集した人間なのに同位置対比じゃなくて恐縮です。下は昨年5月に撮影した東陽町商店街で、上の写真とは逆方向を向いています。

 東陽町といっても、刈谷の人以外で東陽町がどこか分かる人なんていないと思いますが。JR刈谷駅と名鉄刈谷市駅の間、県道知立東浦線の両側で、豊田自動織機・豊田暴食いや紡織・愛知製鋼の工場街の正門付近になります。確か、戦前にこれらの工場ができてから発展した町だったと思う。昔は通勤帰りの客で賑わったが、今は典型的な、衰退する地方の商店街になっちゃってます。もっとも西三河人でない僕は賑わってた頃を知らないんだけど。
 上の写真の右に見える長屋風のビルは、昭和35年に建てられた「刈谷名店街ビル」。1Fが店舗、2Fが店舗経営者の住宅、3・4Fが県営住宅という、当時は流行の先端?だったらしい。しかし今ではすっかり昭和レトロ物件に!
 広小路界隈も含めて、昔の風情を一掃する勢いで変貌を続ける刈谷市中心部。市街地活性化を諦めた感がありありだが、市と住民はこの町をいったいどうしたいんだろうか?
(まさ)
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八幡村を歩く

2007年09月24日
 自分のHPの「酒カンバンの旅」を久々に更新したので、酒の小ネタ。
 地酒といえば田舎のイメージがありますが、名古屋市内にも10の現役酒蔵が残っています。どれも普段ほとんど耳にしない銘柄で、唯一、大高の「神の井」と戸田の「常盤」の行灯型カンバンを時々目にする程度。
 で先日、そんなマイナー酒蔵のひとつを訪ねて、というか本当にやっているのかどうか確認するために、名古屋の辺地を歩いてみました。今回のターゲットは牛立町にある「八束穂」です。
 銘柄以前に牛立町がどこにあるのか、名古屋市民でも知ってる人がどれだけいるか疑問ですが、金山駅から南西約1.5kmのところ、八熊通と新幹線が交差する西側に位置しています。八幡小学校の校区になり、もとは尾頭橋や八熊を含む愛知郡八幡村の中心部だったところ。大正10年に名古屋市に編入されており、今の住民にここが八幡村だったことを話しても、村時代の思い出を持つ人はまあいないでしょう。

 金山駅南口から西へ歩いて、ますは尾頭橋商店街へ。この界隈、大正時代の地図を見ると既に市街地を示す斜線が描かれており、古くから発展していたことが窺えます。下之一色への路面電車もこの通りを走っていたらしい。

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 そして通りの真ん中には商店街アーチが。名古屋市内はこういうアーチの残存率が非常に高く、逆に名古屋以外の中小都市のほうが撤去されている場合が多い。いずれ完全調査したいものです。
 八熊通りへと出て、新幹線&臨港線をくぐり、八幡小学校のあたりから牛立町の家並へ突入。幹線道路の喧騒とは一線を画し、古いタイプの家が残る静かな住宅地。けっこう大きい家が何軒も見られます。表札はかなりの割合で「大矢」。大矢一族の支配地なのか?
 小学校の南には、村名の起源と思われる八幡神社が鎮座しています。

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 町名とつながりがあるのかないのかわからんが、この社の眷属は牛。大正の御大典(天皇の即位)を記念して建造されたもの。寄進者の名前には大矢姓がズラリ。

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 さらに町の中へと分け入ってゆくと、やがて電柱に「八束穂」のカンバンを発見。それに従い細い道へと入れば、こんなところに酒蔵が!

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 酒蔵の立地場所のイメージを覆す、古い住宅地のど真ん中。格子戸のある本宅に隣接し、昭和50年代風情の2階建てタイル張り小ビルが建ち、この建物の裏に古い蔵がチラリと見えます。
 蔵の名前は村の名前と同じ「八幡屋本店」。ネットで調べた情報では「八束穂酒造」という名前だったんだが…。酒造部門と小売部門とで屋号が違う場合もあるのでどっちが正しいというわけでもないが、たぶん地元では「八幡屋」の名が通っていると思われます。
 店を外からのぞいてみるとどうも一升瓶しか売ってないようで、買って話を聞くのはちょっと無理がありそうなのと(一升瓶なんか買ったら飲むのに1年以上かかる)、そもそも人がいなさそうだったんで、とりあえず偵察だけして立ち去りました。う~ん、まさに不審者。

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 このあとは、牛立町の最寄り駅になる地下鉄日比野駅まで15分ばかり歩き、おとなしく仕事先へ向かいました。
 昭和の大合併前に存在した町村の徘徊シリーズは、また気が向いたらやります。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0033

2007年09月21日
 羽島中心部の竹鼻商店街で見つけた一品。その笑顔で「値引きしないわよ」なんて、厳しい姉ちゃんだ。

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 この類似品で、滋賀県の長浜では「堀マケン堂」という強烈な名前の衣料品店を見たことがあります。
(まさ)
岐阜中部・西濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

渋皮煮がマロングラッセに

2007年09月20日
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 嫁ぎ先で「こんな美味しいものがあるなんて!」と感動したものの一つが、栗の渋皮煮。栗といえば、小布施の「栗かのこ」が大好物だったが、いまや渋皮煮を栗菓子ベスト1に選んでもいいくらい。ほっこりした食感、上品な甘さ。できたての温かい状態も、冷蔵庫で冷やしたものも旨いのです。
 昨年か一昨年に初めて作った時は、少し甘味が足りなかったものの、渋皮煮と堂々といえる出来栄えだった。で、二回目の今年。砂糖の分量さえ間違えなければ失敗しなかったのに、3割と3倍を間違えてしまったのである。
 栗は800gあったから800×3で2400g。家にある白砂糖と三温糖をあわせても1500gしかなかったが、まぁ少なくても(十分多いのだが)問題なかろうと、わざわざ買いに走らなかったのがせめてもの救い。出来上がった渋皮煮は大量の砂糖のせいで妙にツヤがあり、中までしっかり砂糖が染みこんでいた。何かいい案はないか・・・。そこで思いついたのがマロングラッセ。冷蔵庫にしまってあったオレンジリキュールを入れてみた。渋皮煮ではないが、マロングラッセとしてなら、まぁ食べられる。
 昨日、お茶のお稽古に持っていったら、「おいしいよ」と喜んでいただけた。しかしながら、大量に栗のシロップができてしまった。捨てるには惜しいので瓶に入れたが、どうしましょ。
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 栗渋で染めてみた。ピンク色できれいだが、あの柔らかいシャツの手ざわりがなくなっている。しかもムラができていて、とても外には着ていけない。素人がやるもんじゃないね。
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食べもの | Comments(0) | Trackback(0)

職人技 on the 屋根0003

2007年09月19日
 いろいろ書きたいことが溜まっているのだが、なんだか疲れて頭が回らないので埋め草的なシリーズで。
 旅行前に、某仕事の打ち合わせで美濃加茂に行った際、中山道太田宿で発見したブツ。

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 旧太田宿本陣門(本当に門だけしか残っていない)の屋根の四隅に据えられた、気狂い亀のうちのふたつ。目がイっちゃってる。まさに狂気の職人技。怖ぇ~。
 もうひとつ、脇本陣林家住宅の門に据えられた、獅子?禿頭のサイドからぴょこんと飛び出た毛?がエンゼルの羽のごとし。

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 久々に訪れた太田宿には、蕎麦屋や休憩施設ができてたりして、観光客誘致のためのいろいろをいろいろしているみたい。でも何かが足りないのか、イマイチ食指が動かん町だ。
(まさ)
中濃・東濃雑 | Comments(0) | Trackback(0)

ORWA2007

2007年09月18日
 先にメジャーリーグの話が出ましたが、6日から13日までアメリカに行ってきました。今回は6月3日のブログで見送った友人K氏を現地へ激励に出向くのが主目的。ベトナムに行ったばかりだというのに贅沢な話だが、通訳とドライバー付き(氏は国際免許を持っていった)で海外を回る機会なんてそうそうあるもんじゃないんで、無理して。
 最初はシアトル往復のつもりだったんだけど、1ヶ月前に予約しようとした時点で既にほぼ満席だったので、シアトルから南へ400キロほどのところにあるオレゴン州のポートランドという町への往復になった。ポートランドで合流して、レンタカーで寄道しながら北上し、シアトルで氏と別れてアムトラックでポートランドに戻る、という行程です。遊んでばっかなのもアレなんで、嫁が調査&依頼して、2か所で在アメリカの和太鼓チームやワークショップの取材を入れてみたりもしました。
 ルートは以下のとおり。どこかはグーグルマップででも調べてください。アストリアまではオレゴン州、あとはワシントン州です

6 ポートランド
7 ポートランド→ティラムック→キャノンビーチ→アストリア
8 アストリア→ロングビュー→ベルビュー→エドモンズ
9 エドモンズ→ポートギャンブル→ベインブリッジアイランド→タコマ
10 タコマ→シアトル
11 シアトル→ポートランド
12 ポートランド→13日本

 旅の詳細はおいおい…。
 とりあえずアメリカ的な田舎の風景を一枚だけアップ。

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 コロンビア川河口近くの山の上から見たイナカな景色。う~ん、住んでみてえ(1週間ぐらいなら)。

 あ、関係各位、K氏はいつもの調子でまあ元気でした。
(まさ)
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イチロー!!

2007年09月15日
約一週間のアメリカ旅行から帰ってきました。ワインにチーズに和太鼓にと、刺激的な毎日を過ごしていましたが、一番盛り上がったのが旦那の夢、メジャーリーグの観戦。緑の芝生がきれいで、観客席との距離が近く、草野球的な雰囲気がありました。日本のようにテーマ曲を歌うような応援団はなく、皆それぞれに応援しているのがいい!特にイチロー人気は凄かった!「イーチロー」と日本のイントネーションとは違う呼び方でコールが湧き上がり、イチローの出番でないのに「イーチロー」とガラガラ声で叫んでいるアメリカ人もいました。満塁ホームランを2回も打たれても、喉が痛くなるくらい楽しめたメジャーリーグ。最高でした!
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マリナーズのホームグラウンド、セーフコフィールド。シアトルに大手スーパー「SAFE WAY」があったので、てっきりそこがスポンサーになっているのかと思っていたら、地元の保険会社セーフコが由来でした。
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イチローのヒットで二塁にいたランナーが三塁へ回り、一塁から二塁へ盗塁を目指すイチロー。残念ながら次のバッターがアウトになり、盗塁王の姿を拝見することはできませんでした。しっかし、キュッと引き締まった形のいいお尻をしているなぁ。
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マリナーズのヒーロー、イチローの打順は一番。イチローが塁に出るだけで大歓声!
(まり)
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夏から秋へ

2007年09月06日
海だ、プールだ、カキ氷だ~!と、今年は実に夏らしい日々を過ごしました。さて、ここで溜まりにたまった夏のスイーツを一挙紹介しちゃいましょ。

石川県白山市にある萬歳楽(小堀酒造店)の大吟醸酒粕ジェラート。ふわっと酒の香りが鼻をくすぐります。日本料理のデザートに合う上品な味で、食べるほどに美味しいと思える大人の味。ちなみに後ろに映っている雑誌は、白山麓の情報誌「山女」。ここで大学卒業後、働いておりました。
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豊田市駅の近くにあるあづま屋のかき氷。安くて、庶民的な店です。手前は金時。氷をくずさないと小豆に辿りつけないので、ちょっと食べにくい。後ろはオレンジヨーグルト。女子中学生、高校生に人気でした。
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常滑の大蔵餅のかき氷。とにかくでっかい!氷がサラサラしていて美味しいのだけど、食べ切れん!
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碧南市役所近くにある小豆屋さんのアイスぜんざい。一つ250円という安手頃な価格で、今年は3回食べた。テイクアウトオンリーです。
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明日からアメリカへ行くので、和カフェへ行こうと地元知立にある萬屋。冷房が効きすぎてないところが良い。お店の方の感じも良く、落ち着いたいい店です。
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それでは、しばらくアメリカへ行ってまいります~。
(まり)
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職人技 on the 屋根0002

2007年09月05日
 だいぶ前に、屋根に取り付けられた亀と鷲を紹介しましたが、その第2弾。遠州は湖西市の外れにある太田公民館の屋根に見つけた一品。

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 真ん中の「公」の文字はもちろん公民館の意味。「公」の字を屋根瓦にあしらったものはよくあるけど、その周囲に、ここまでゴテゴテに装飾したものは珍しいと思う(公民館の瓦の場合ね)。ブツブツの穴が空いているものはなんなんだ?レンコンか?湖西はレンコンの産地ではないけど。

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 もうひとつ。こちらは三ヶ日の大崎にある、公民館付設の旧消防倉庫。消防のマークを支えるようにして胡坐をかいているのは、鬼か?河童か?消防となんの関係が?
 遠州にはいい消防倉庫が多く残っているのでよく撮影するのだが、こういう意匠は他に例を見ません。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

サウスワード

2007年09月03日
 平成の大合併騒ぎもぼちぼち収まりを見せ、愛西市や北名古屋市などという間抜けな新市名にもようやく慣れて来たかな、というこの頃です(慣れても間抜けさに変わりはないんだが)。しかし、いまだにしっくりこないところもある。それは、今年の4月に政令指定都市となり区制を敷いた浜松市!

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(2007.04.01撮影)
 
 遠州灘から長野県境まで、かなりの過疎地を含む広大な市域は、合併前の12市町村を東南西北白発中…じゃない、東・南・西・北・浜北・天竜・中の7区に再編分割されています。行政サイドも、旧浜松市をどういうふうに割るかにはかなり頭を悩ませたことと思うが、中でも核となる町を持たない南区と東区は、いかにも行政の都合で線引きした感が強い。区内を回っていても「なんかなあ…」と思ってしまいます。
 大雑把に東海道線の南側一帯を区域とする南区は、遠州灘沿岸の砂地地帯をとりあえずひとまとめにしとけ、って感じか?ここは、起伏のない土地に、大団地もしくは畑の中の集落が点在する区で、なんとも言えずダラーっとした雰囲気が漂っています。いや、決して悪い意味ではなく、遠州という土地のひとつの典型を味わえる長閑な一帯で僕は好きなんだけど、ここが「区」ってのがどうにもしっくりこん。
 そんな浜松市南区の典型的風景?です。

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 新橋(にっぱし)町に残る木造の農協倉庫。渋い。

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 同じく新橋町の集落内道路。防風用でもある高い生垣は、遠州の民家の特徴。東三河の平野部でもちょくちょく見かけます。

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 天竜川と遠州灘に面した、旧河輪村の役場跡に立つ記念碑。この村は昭和26年に浜松市に合併。ちなみに南区を「昭和の大合併」以前の町村名に置き換えると、河輪村、芳川村、白脇村、新津村、飯田村、五島村…って、村ばっかり。
 このように地味な区ですが、南区には中田島大砂丘という東海地方最大の砂丘があることを付け加えて、フォローとしておきます。
(まさ)
遠州雑 | Comments(0) | Trackback(0)

三途川競艇

2007年09月02日
 でもってイベント明けの月曜も東京にとどまり、一日お遊び。昼過ぎまで東京ミッドタウンと六本木ヒルズで田舎者的にブラブラして、午後に余った中途半端な時間、前から気になっていた江戸川競艇に行ってみた。結婚してからというもの公営ギャンブルから遠ざかる日々を送っており、未訪の場を開拓するのは久しぶり。ちなみに僕の専門は競輪でして、結婚前に福島県のいわき平競輪場で全国50場制覇しております(競艇は11/24場、オートは5/6場、地方競馬は8/26場、JRAは2/8場。アホだねアホ)。
 なんで江戸川競艇が気になっていたかというと、全国24場で唯一、川を利用したコースだと聞いていたからです。普通の競艇場は、湖や海の一部を仕切ったり、新たに造成したりして「プール」状になっています。それが川ってどういうこと?全国一の難コースだともいい、あまりの走りづらさにこの場への斡旋拒否をする選手もいるとか。そこまで選手に嫌われる場ってどんなんなんだ。
 あとここは、最上位級の選手が集まるSGというグレードのレースが特殊コースゆえに全然開催されず、どんな場なのかほとんど情報が入ってこない。都内にあるというのに!同じく23区内にある平和島競艇(未訪)は大きいレースをしょちゅうやっているのに、この差はなんなんだ。
 てなわけで、長年の謎を探るべく江戸川区に足を伸ばしてみました。

 六本木ヒルズ最寄の六本木駅から地下鉄を乗り継いで、都内でも東のはずれの方に位置する西葛西駅へ。そこから無料バスに15分ほど揺られて、やって来ました江戸川競艇場。

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 周囲は普通の住宅地。スタンドも外観だけ見ると、少し小さくて古いかなという程度で、特にどうということはありません。
 しかし!スタンドの中を通り抜けてコースに出てみると…。

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 えーっ、ホントに川じゃん!なんだこりゃ!衝撃のあまり、そんな台詞が思わず口を衝いて出てしまった。
 僕もかなり多くの公営ギャンブル場を回ったけど、中に入って心底驚いたのは、かつて阪急ブレーブスの本拠地だった西宮球場のグランドに組み立てバンクを設置してレースする西宮競輪とここぐらいだ。西宮は廃止されちゃったけど。
 このコース、素人目にも一目でわかるほど、狭い。浜名湖や蒲郡の広い水面を見慣れている目にはあまりにも窮屈。そして屋外の観戦スペースは、堤防の上と、階段状になってる堤防の法面。まるで河川敷のグラウンドで草野球を観戦するかのような風情だ。対岸では土手に座って見物している人もいる。この「草競馬」ならぬ「草競艇」的な雰囲気!昭和だよ昭和。とんでもない場が残っていたものだ。
 なおこの川は江戸川でなく、荒川の支流の中川です。対岸に見える高架橋は、首都高中央環状線。この高架橋がまた、江戸川競艇の異質なムードを演出している。

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 こんな具合に、堤防を挟んでコースとスタンドが配置されている。コースも狭いが観覧スペースも狭い。こりゃ、入場者が多くなるSGなんか開催できんわな、と納得。

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 スタンドと堤防の間はこんな感じ。センターラインが見えるけど、非開催日は普通の堤防道路として通行できるらしい。これも凄い。廃止になった島根県の益田競馬場も、スタンドとコースの間に道路が通っていたことを思い出すなあ。

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 レースとレースの合間には、下流のほうから3艘ほどの漁船がやってきた。開催中なのにシジミ漁が!?と一瞬愕然としたけど、よく見たらこれは、川に浮いている舟券等のゴミをレースの妨げにならないよう救い上げているのであった。殺伐としたギャンブル場になんという長閑さ!本当にここは東京なのか。

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 さて、レースの方もまた、噂に聞いていた通り特殊。僕が今まで見た場は2マークのかなり後方にピットが設けられており、「レース開始!」のアナウンスとともにボートがピットを離れ、好位置を取る争いをする。ところがここのピットは、2マークの真横。飛び出したボートは一瞬で2マークに到達するため、位置取り争いをする間もなく、枠番通りの進入になってしまう。
 これが面白みを妨げているのかどうか、競艇素人の僕にはなんとも言えないけど。
 なお戦績は2戦2敗。1000円ほどを川に流しました。しかし!同行した嫁が公営ギャンブル初当たり!しかも三連単7千円の配当を2点買いで引っ掛けた。100円しか買ってなかったけど、今日のメシ代は取り戻した。めでたしめでたし。
(まさ)
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打つひとびと

2007年09月01日
 先週の土・日(嫁は金曜から)、東京の青山劇場・こどもの城で行われた日本有数規模の和太鼓イベント「TAIKO JAPAN 2007」に取材兼手伝いで行ってきました。

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 このイベントは、全国選抜のチーム&ソリストによるコンテスト/10あまりのワークショップ/和太鼓コンサートの3部からなっており、僕は一応、ワークショップの撮影という名目での参加です。イベントの主催団体のひとつである浅野太鼓文化研究所(石川県白山市)が発行する専門誌「たいころじい」に嫁が石川県在住時代から関わっており、そのツテで。
 昔は太鼓はおろか邦楽全般、もっと言えば舞台芸術自体まったく興味がなかったんだけど、嫁と出会ったおかげで未知の世界の扉を開くことができました。彼女と出会ってなければ和太鼓のステージなんて一生見ることもなかったでしょう。いや~、結婚てすばらしいもんですね(なんだそりゃ)。

 ワークショップの撮影といってもそんなにキツキツではなく、時間が空いたときにはコンテストのステージを見ることができました。しかも舞台袖から!袖で出番を待つ出演者たちの緊張した表情をごく間近で見られたのは、けっこう刺激になった。なんせ普段、弛緩しきった日々を送っているので。
 和太鼓を見始めて3年もたつと、演奏の良し悪しもほんの少しは(ほんの少しね)わかるようになってきます。空き時間に見ることが出来た演奏の中で、一番迫力があってビンビンきたのは、ソロの部の塩原良さんという太鼓打ちの演奏。こりゃ上位入賞するだろうなと思っていたら、優勝してしまった。この方、住んでいるのが伊那谷の高森町で、知ってる土地だけに、一方的に親近感を覚えます。ちなみにソロの部2位は、松平(豊田)の簗瀬和重さんという方。超地元!近いのでいずれ彼の所属するチーム「松平わ太鼓」の演奏を聞きにいかねばならん。

 ワークショップの方は、太鼓やってる人向け、素人向け、親子連れ向けの3パターンで、それぞれ業界では超メジャーなプロの方々による指導・講演でした。どういうわけか参加者は、老若あわせて女性の率が非常に高く、男女比が8:2。中には9:1の割合というところもあった。なぜに和太鼓はこうも女性を惹き付けるのか?謎だ。
 人が教えてもらっているのを見ているだけというのは、さすがに1時間もすると飽きてくるんだけど、参加者の皆さんの真面目な表情を見れたのはけっこう刺激になりました。なんせ普段、不真面目な毎日を送っているので(この仕事の後に競艇行ったりしてるし)。
 中でも感嘆したのは、東京打撃団というプロチームの若者たちの、子供や素人への教え方の上手さ。彼ら、保育士としてでも食っていけるんじゃないか?

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 上の写真は予約なしで参加できたワークショップで、東京打撃団の指導による素人のための和太鼓講習会。参加者はホントにド素人なんだけど、これだけ人数が集まって桶太鼓を叩くと、素人でもけっこう迫力があります。演奏を終えた後、皆がスポーツのあとみたいに爽やかな笑顔だったのが印象的。
 真ん中で指導してるのは東京打撃団の方。この人、打ってるときの表情がサイコー。喜劇俳優としても食ってけそうな感じだ。
 東京打撃団の舞台はまだ見る機会に恵まれていないので、これも一度見てみたいが。彼は本番の舞台でも七変化の顔で楽しそうに打っているんだろうか。

 あと、土曜の夜に行われた「小口大八&御諏訪太鼓」のステージも見させていただいたが、これは僕が今まで見た和太鼓の舞台でベスト3というほど素晴らしかった。
 小口大八さんは85歳にして現役の打ち手。腹の底からの奇声を発し、一心不乱に打つ様は、まさに鬼気迫るという感じで、とても85歳という歳には見えない。いや、この歳だからこそ出せる迫力なのか。とにかく凄い爺さん。ほぼ神の領域におられました。
 こういう人の演奏を聴くと、生きなきゃ、て思いますわ。
(まさ)
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