ショウはショウにしてショウなり

2007年08月31日
池下駅近くの某割烹料理屋のご主人の座右の銘。
筆ペンでサラサラッと「商は笑にして勝なり」と書いてくださった。
語呂がいい。響きがいい。そして勢いがある。
何となく捨てがたくて、その紙を頂いてきた。
書もたしなんだご主人の字は迷いがなく、力強い。
二十歳で料理人として仕事をはじめ、61歳で自分の店を持ち、現在72歳。
「まだ駆け出しです」とさらりといえるのは、やはり年の功だろうか。
久々に出会った尊敬できる料理人だった。
スポンサーサイト
そのほか | Comments(0) | Trackback(0)

東京のカフェ

2007年08月29日
夏の恒例行事となった東京国際和太鼓コンテストのスタッフとして、金曜から東京に行っておりました。コンテスト開催中は遊ぶ時間など全くないのだけど、その前後に埼玉の友人と会うのが楽しみで、今年は代々木駅近くのカフェでまったり過ごしました。
070828-2.jpg

周りに新宿のタカシマヤやドコモビルがそびえる大都会のなか、縁側のある古い民家を利用したカフェは、かなり異色の存在。引き戸を開けると玄関があり、靴を脱いで上がろうとすると「そのままでどうぞ」と案内されました。白の塗り壁に、ダークブラウンのテーブルとイスを合わせ、苔玉がさりげなく飾られている。外の風景がゆがんで見える昔のガラス窓の向こうには、庭で育てているゴーヤがぶらんと下がっていて、その生りように目を引かれました。
器やインテリアに特別こだわっているわけではないんだけど、何でもない普通の感じがいい。フードメニューは食べきれないほどボリュームがあって美味しかった。新幹線の時間さえ気にしなければ閉店までいただろうなぁ。テーブルでお金を払い、帰りに線香花火をお土産にいただきました。ちょっと嬉しい。新宿&代々木にお立ち寄りの際はぜひ。かなりおすすめです。
070828-1.jpg

DADA CAFE(ダダ カフェ)
渋谷区千駄ヶ谷5-23-10 11:30~23:00 日曜休み
東京雑 | Comments(0) | Trackback(0)

陶に昇り龍

2007年08月27日
 嫁は金曜日から、僕は土曜日からさる仕事で東京に行ってて、さっき帰ってきました。その話はおいおい書くとして、とりあえず今日は手っ取り早く埋め草的な話題を。
 金曜日の午後、御津町の赤根という地味な集落を徘徊していて、村はずれにある萩原神社で見つけた逸品。大昔の中日のペットマークの原型か?

070827-1.jpg

 この見事な龍は、こんな物にデザインされています。陶器です。

070827-4.jpg

 龍もハデだが周りの意匠もまたドハデ。名もなき職人の卓越した技に驚嘆…ということもあるけど、東三河におけるヤンキー文化のルーツを垣間見た思いだ!むかし東京発行のメジャーな雑誌に「暴走族発祥の地が豊橋」「全国でも有数の在豊橋暴走族に直撃取材」というような記事が掲載されてたっけなあ…。
 真ん中に「用水」、上部に「奉納」とあり、背面には昭和3年11月に西方(愛知御津駅付近の集落)の今泉六一なる人が寄進したことが記されています。用水といってもなんのこっちゃわからんと思いますが、全体像はこんな感じ。

070827-3.jpg

 防火用として、樋づたいに流れ落ちてくる雨水を溜めておくものだと思います。
 防火用の甕?は神社・仏閣にたまに見るけど、こういう意匠を凝らした陶製の立派なものは今まであんまり気が付かなかった。常滑のやきもの散歩道ぞいにある無住の寺にも同じく陶製の用水甕?が置かれていたが、あちらは戦後作だったし。カンバンは戦後でもぜんぜんOKだが、石モノ土モノはせめて昭和初期でないと食指が動かないワタクシ。
 あ、どうでもいいけど、僕は中日ファンではありません。
(まさ)
東三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

海のオアシス

2007年08月23日
 三重県鳥羽市浦村町の牡蠣は全国で最もはやく出荷される産地です。生の浦(おおのうら)湾にはヒノキの間伐材で作った筏が幾つも浮かび、その下には出荷を控えた牡蠣貝の束が吊り下げられています。水中の様子を覗くと、小エビや海藻が付着した牡蠣貝のまわりに、クロダイやフグなどの魚が集まっていました。太平洋と伊勢湾が交じり合うここは食料となるプランクトンが豊富であるうえ、牡蠣貝の束がガードとなって小さな魚たちを守ってくれるのです。牡蠣貝の束は珊瑚の代わりとなって、海の生き物たちの憩いの場、オアシスになっていました。
 浦村の牡蠣の出荷は9月末から始まります。
070823-1.jpg

牡蠣貝の種を付けた帆立の貝殻を吊るす、垂下式という方法。
070823-2.jpg

(まり)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

部屋を這う蟹

2007年08月23日
 今年は、たぶん生まれて初めてお盆中に家族旅行した。行き先は福井。宿泊した三国(いつのまにか坂井市に!)の「入船」という宿の客室にて。

070822-1.jpg

 いや~、畳業界もいろいろ工夫してるんだなあ。
(まさ)
北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

羽釜炊きのところてん

2007年08月22日
犬山市の商店街リサーチのために町中をうろついていたら、ところてん屋さんを見つけました。名鉄犬山口駅から犬山城方面へ向かって徒歩10分、ういろうで知られる大野屋の斜め向かいにある「小松屋」という店です。蒟蒻も販売していますが、珍しいのは羽釜炊きのところてん。テングサと呼ばれる海藻をこの羽釜でグラグラ煮て溶かし、細かい網で漉した煮汁を固めてところてん突きで突きます。
070821-2.jpg

本来、ところてんはこのような順序で作るものですが、最近では寒天を溶かして作るという横着な業者もいるようです。見た目では分かりにくいですが、食べてみればその違いは明らか。横着な寒天は食べている途中にプチッと切れてしまってコシがない。小松屋さんのところてんは噛んで食べられます。
070820-4.jpg

070821-3.jpg

ちなみに、テングサの異名「心太(こころぶと)」を「こころてい」と呼び、それがさらに変化して「ところてん」となったそう。でも、ちょっとムリがありゃしないかしら。
(まり)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

プチ撮影会

2007年08月22日
一宮せんい団地の一角に、1階が木の家具を扱う「木工房すえひろ」、2階の一角に「木の音(konon)」という小さなカフェがあります。先週の土曜の夕方に立ち寄り、ちょうどお客さんが出られた後だったので、プチ撮影会をしました。被写体はカウンターの窓際に飾られていた草花たち。
070820-10.jpg
緑を入れると涼しげ。
070820-7.jpg
このフォルム、好き。
070820-6.jpg
香水かビーズが入っていた小瓶かなぁ。
070820-8.jpg
清見オレンジとグレープフルーツのソーダ。桃はおまけ。
070820-9.jpg
手編みのかご。さくらんぼが2個入るサイズ。
070820-11.jpg
100円プラスでオヤツセットが付く。今日は黒糖のカステラとチーズクッキー。
(まり)
尾張雑 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0032

2007年08月17日
 店名や所在地を書くと差し障りがあるかもしれないので伏せますが、下伊那地方のとある理髪店にて。

070816-1.jpg

1、「いま」っていつよ?
2、このネズミたちとショートカットの関係は?
3、消さないのか、消せないのか?
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(1) | Trackback(0)

たぶん流行らないであろうローカル食

2007年08月12日
 3日続けての伊那谷ネタです。
 行政関係者との下伊那郡南部ツアーで、泰阜村にある民間の宿泊・飲食施設「左京の宿」というところで昼食をとった際、お通しにこんなもんが出てきた。

070812-1.jpg

 塩もみしたキュウリとイカ。信州で御飯の付け合わせと言えば漬け物なのに、何故イカが出てくるんだ。「何ですかこりゃ?」と聞くと、地元在住の同行の5人は「えっ、知らないの?」と逆に驚かれた。
 名前はそのまんま「塩イカ」というそうです。伊那谷では毎日のように普通に食卓に並ぶとのこと。スーパーに行くと、これ用のイカの丸ごと塩漬けが売ってるらしい。あまりに庶民的すぎて、よそ者には知られていない郷土食。う~ん、伊那谷は奥が深い。
 味は、僕にはちょっと塩辛すぎた。まあ、そんなに積極的に食べようと思うものでもないです。地元の人も別に売り出そうという気もないみたいだし。

070812-2.jpg

 こちらが「左京の宿」。今年の6月にオープンしたばかり。JR温田駅から車で10分ほど登った、左京大橋の近くの県道1号旧道沿いにあります。大正時代に建てられた村内の古民家を移築したもの。ご立派な外観。
 そして玄関にはこんな逸品が。

070812-3.jpg

 終戦直後ものと思われる納税袋!貴重!けど、渋い店の雰囲気にはイマイチ合わない気がしなくもないが。袋には標語川柳が2つも書いてある。

「立ち直る 国も郷土も 税一つ」
「納税を 笑顔ですませて 日本晴」

 笑顔で税金を払えるかっての。
(まさ) 
伊那谷雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0031

2007年08月11日
 でもってこちらは、田本駅の対岸にある下條村の国道151号沿いで発見したカンバン。これは意外と消費者のハートをグッと掴む名コピーじゃない?

070811-1.jpg

 下條村は飯田市と境界を接していながら、飯田市街までは車で30~40分と、行くのに意外とかかります。近くに生活必需品がそこそこ揃う店があるのは、村の存続にも関わる大事なことなのです。
 またこの村は、過疎地にしては珍しく定住化のための政策が意外と(と言ったら失礼か)功を奏し人口が微増しているらしいんだが、こういう店の存在も意外と定住者増加の要因のひとつかも。

 070811-2.jpg

 これがその、意外と何でも揃う店。「国道151号151話」の取材のときに数回立ち寄ったことがあるけど、実際、それなりに何でも揃います。ちなみに「ひさわ」は地名で、漢字で書くと「陽皐」。
 あと、中京圏の人には意外と知られていないですが、この村は峰竜太の出身地。峰竜太は出身村への思い入れが意外と(意外でもないか)強いらしく、村の入口にある歓迎カンバンにも彼のイラストが使われていたり、村内に道祖神を寄進したりしています。
(まさ)
伊那谷雑 | Comments(0) | Trackback(0)

資源としての秘境駅

2007年08月10日
 今週アタマ、取材で行政関係者と下伊那郡南部を回る機会があり、飯田線のいくつかの駅にも立ち寄りました。下は、小和田、金野と並ぶ「飯田線三大秘境駅」(※勝手に選定)のひとつとして一部マニアに名高い、田本駅です。

070810-1.jpg

 崖にへばりつくようにムリヤリ作られたホーム、線路のすぐ真下は天竜川、集落から駅に行くには山道を数十分歩かねばならないという、まさに秘境駅の中の秘境駅。なんでまたこんなところに駅を?と、初めて降りた人は疑問を抱かずにはいられないでしょう。
 駅名のもととなった泰阜村田本集落は、駅からも飯田線の電車からも見えない、数百メートル上にあります。歩くのが当たり前だった昔は、村の人が飯田方面に出るのによく利用されたのだろうが、村を縦貫する県道1号が完璧に整備された今となっては、ここで乗り降りする地元民は皆無だと思われます。

 僕がこの駅で初めて乗降したのは、大学時代の92年秋。当時は木造の渋い駅舎だった平岡駅に5連泊で駅ネして、下伊那郡南部の郵便局、いや集落を虱潰しに歩き回ったときのことでした。
 うち1日が大雨に降られ、阿南高校の女子高生らとともに(交流したわけではないが)温田駅で長いこと雨宿り。彼女らは雨で運転見合わせの電車を待つ間、なぜか甲斐バンドの「テレフォンノイローゼ」を合唱し、なんちゅうシブイ女の子たちだ!と感動したものです。駅舎に響くあの歌声は今でも忘れられない。
 夕方になって雨が上がったので、駅でボケっとしてても仕方がないと、歩いて隣の田本駅に行くことにしました。坂道が続く県道1号をダラダラ歩いて30分ほどで田本の集落へ。そこから、駅へのアクセス道路とは思えない完全な山道へ。落ち葉と岩の続く貧弱な道、というか筋は、雨で滑りやすくなってたので慎重に下り、20分ほどで谷底にある田本駅に着きました。
 すでに薄暗く、完全な静寂に包まれた山の中の駅はけっこう不気味です。そして待合室には、意外なことに人の姿が。あまりに意外だったのでビクっとしてしまった。その彼は、いかにもな感じの鉄道マニアの高校生。いかにもな感じはお互い様だけどさ。ときどきスピーカーから不意に聞こえてくる「ただいま運転を見合わせており…」というJRの無線案内を聞きつつ、マニアックな話題で微妙に盛り上がり、時間を潰しました。電車は確か1時間以上遅れて、完全に真っ暗になるまで駅に取り残されたっけなあ。
 
 その後、3回か4回この駅で乗降し、最後に行ったのは96年の秋。大学時代から付き合っていた彼女と別れ、それを引きずりながら最初に勤務した競輪新聞社を社長と一悶着あって辞め、気分転換に北海道を自転車で回ったら道東はあまりに荒涼としすぎててもっとダウナーになり、途中で宿泊した湧別町のライダーハウスの経営者と同宿者がけっこうやな感じでますますダウナーになり、それで予定を切り上げて北海道を立ち去り、やっぱ僕には三遠南信がいいんだわとリハビリのつもりで伊那谷に来て、歩き回って疲れたので一日ゴロゴロしようと朝から晩までこの駅で寝てた、のでした。あー暗。ちなみにその後、さらにリハビリのつもりで九州に行って毎日各地の競輪場を回って当然のように負け続け、まさにあの96年は人として最低の時代だった…。

 というように、個人的に非常に思い入れの強い田本駅ですが、今ではなぜか、マニアでない素人の旅行者、金と時間のある団塊の世代などにも注目を集めているらしいです。そしてなんと行政も、下伊那郡南部で数少ない(常設の)観光資源として期待を寄せています。何が驚くかって、泰阜村の最新の観光パンフにも、観光ポイントとして写真入りで紹介されている。なんて時代だ!
 ただ、今回同行した観光行政の関係者は、やはり今までの「施設」とはちょっと毛色が違う物件なので、「こりゃすごい駅だ」と感心しつつも、こんなものが本当に観光資源になるんかいな、と半信半疑だった。そりゃそうでしょう。まず第一に、こんな駅に観光客がやって来ても金の落としようがないもんな。
 僕個人としては、財政難に喘ぐ村をPRする一助になるのなら、売り出すお手伝いをしたいという気持ちはあります。だが、秘境駅の秘境駅たる由縁はやはり人の気配がないこと。なので、特に何もせずに放っておき、問い合わせがあったときだけ丁寧な対応をすることさえ心掛けておけばいいんじゃないのか、というのが正直なところです。金をかけてPRとか整備とかしなくても、こういうものは誰かが勝手に宣伝してくれるし。

 最後に田本駅をもうワンカット。
070810-2.jpg

 最初に行ったときに会ったオタク高校生以来、一度もこの駅で人を見たことがありませんでしたが、なんと今日は人が!何かと思ったら、電車で各駅を回って清掃する、たぶん子会社のおじさん。次の電車で他の駅へ向かうため忙しく掃除しておられ、ほとんど話せなかったけど、貴重な遭遇でした。
 なお今回は、対岸まで車で来て、橋を渡って20分ばかり歩いて往復しただけという、とんでもなく邪道な訪問でした。でも伊那谷の山道はやっぱり楽しい。昔の感覚が甦ってくる。今年の秋は嫁を連れて、久々にに歩いて回ろうかしらん。

 あと、伊那谷ネタを「I TOURS」の方にもアップしたのでご覧ください。
http://itours.jp/nucleus/itourswritern.php

(まさ)
伊那谷雑 | Comments(3) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0030

2007年08月08日
 最近カンバンばっかりでどうにも気合が入ってない風情ですが(しょせん埋め草)。国道301と362が交わるところにある三ヶ日農協には、屋上にこんなモノが乗っかっています。

070808-2.jpg

 柿か!?いや、三ヶ日なのでみかんに決まってる。でも角度によっては柿っぽいがなあ…。照明があるけど、夜にこのあたりを走ることはほとんどないので、ライトアップ状態は見たことない。高い位置にありすぎて目立たないような気もするけど。
 建物の側面にはこんなカンバンも。

070808-3.jpg

 三ヶ日みかんオリジナルキャラ、ミカちゃん入りです。この子の人形を隣接するAコープで発見したんだが、その画像は柿のいや下記のアドレスへ。産業観光サイト「I-tours」のブログを久々に更新。
http://itours.jp/nucleus/itourswritern.php?itemid=191
(まさ)
遠州雑 | Comments(1) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0029

2007年08月08日
 先週、石川県へTuesdaysのライブ&白山太鼓エクスタジア&醤油購入(&酒カンバン撮影)に行ったときにみつけたブツ。

070808-1.jpg

 刈谷とか宇都宮とか不祥事連発で近頃評判が悪いけど、ウチは真っ当警察ですから!
 ということではなく、漢字にすると「松任」です。今は合併して白山市になっちゃったが、この新市の核となったのが松任市。昔は北国街道の宿場町、今は金沢の郊外に位置するベッドタウン的な機能を果たしつつ、地酒や味噌・醤油蔵が点在し、主に嫁がお世話になっている和太鼓製造の超老舗「浅野太鼓店」もある、実に渋い町です。
 ちょっと前の郵便局のキャッチコピー「真っ向サービス」とも韻が同じだなあ。
(まさ)

北信越 | Comments(0) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0028

2007年08月04日
 知立の弘法通りで発見した昔の鍛冶屋のカンバン。カンバンというか、庇の下の土壁っぽいところに、ジカにペンキか何かで描かれている。

070804-1.jpg

 「御刃物処」の文字が効いています。
 この通りに仏壇屋は何軒もあるが、現役の鍛冶屋は皆無。そもそも現役の鍛冶屋というものには滅多にお目にかかりませんが…。このへんでは岡崎の井田あたり(電車通り)で一軒見かけたことがある。
 昔の弘法さんの縁日の時には、近郷近在の善男善女で繁盛したんでしょうか。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)

FP 1961/2005

2007年08月03日
 先週、某ガイドブックの取材、というか勝手知ったる土地なのでほとんど道案内役として渥美半島へ行ったとき、恋路ヶ浜の土産・飲食店のひとつでカキ氷を食ってるときに発見した珍品。

070803-2.jpg

 なんと(なんとと言うほどでもないか)、今はなき伊良湖フラワーパークの写真入り置時計!これは貴重!
 伊良湖フラワーパークは豊鉄が経営し、長らく渥美半島観光の目玉施設として君臨してきた物件だったんだけど、時代の波に逆らえず平成17年3月に閉園。ちなみにオープンは昭和36年で、渥美町史によると当初は「渥美フラワーセンター」を名乗っていたとのこと。
 僕は伊良湖FPには、10年ほど前に一度だけ行ったことがあります。当時勤めていた編プロで、観光ガイドに載せるために資料請求したらパンフと一緒にタダ券も送られてきたので、即自分のものにして遊びに行ったのだった。その時の先方担当者が、サークルの2つ先輩で渥美半島出身のF氏。それはまあどうでもいいけど。今どうしておられるのか。
 でその時のFPの印象はというと…それがほとんど覚えていない。時計に写っている大花壇は広告や雑誌やパンフではよく見ていたけど、行ったときに見た覚えがない。写真も撮らなかった。う~ん、今から考えると不覚だ。
 なお跡地は現在、更地になっております。
 FPの閉園でもって渥美半島の観光産業の落日を憂う向きもありましょうが、さほど観光に依存している地域でもないので、地域経済に与える影響は大したことないような気もする。それよりも、年々衰えてるように見える豊鉄の体力の方が気になります。
(まさ)
東三河雑 | Comments(2) | Trackback(0)

カンバンの手帖ブログ版0027

2007年08月03日
 先日、西尾の老舗抹茶メーカー「あいや西条園」に行ったとき撮影。駐車場のカンバンですが。

070803-1.jpg

 このマークなんなのかなあと考えていたところ、店の人が「茶畑をデザインしたもの」と教えてくれた。ほぉ~。一瞬、梅かと思った。そういえばブルトレの「みずほ」のヘッドマークもこんなんだったなあ。
 「あいや」という屋号もお茶屋にしては変化球だなあと思っていたら、これはもともと製茶ではなく製藍業を中心としてスタートしたことに由来する名前、とのこと。明治21年杉田商店として開業し、のちに稲荷山茶園公園(矢作川左岸にある)周辺を開墾して明治41年から茶栽培を始めたそうな。ほぉ~。あと西条は、西尾城の別名「西条城」から。そんな別名があることすら知らんかった。
 工場内にある展示室も見せてもらったが、めぼしい古カンバンはなかった。まあ醸造業者ではないから仕方ないか。
(まさ)
西三河雑 | Comments(0) | Trackback(0)
 | HOME |