FC2ブログ
  •  結婚以来14年半暮らした重原の地から、今朝、引っ越します。なにかと生活しやすく、どこに行くにも便利で、気候温暖で、のんびりした風情。そんな素晴らしい町で、素晴らしい日々を送ることができました。知立、碧海、西三河での思い出は語り尽くせませんが、退居まであと一時間半しなかいのでいずれまた。ありがとう。さようなら~。 えー、引っ越しますけどブログは続けます。(まさ&まり)... 続きを読む
  •  先日、久しぶりに女性取材記者とのセットで幸田方面での取材があり、そのあとは別行動だったので取材先最寄りの三ヶ根駅で落としてもらい電車に乗りました。駅前の道はちょくちょく通るのですが駅を利用したことはほとんどなく、最後にここで乗り降りしたのはもしかするとまだ国鉄だった昭和60年代かも。 30年前とまったく何も変わりのない様子です。開業は昭和42年。以前「西三河今昔写真集」(樹林舎)という古写真集を作った... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」61号連動ネタ。 前回の記事のように山麓に点在する神社だけ行っててもしょうがないので、なにかネタはないかと「字歌山を含む幸田南西部の山の塊」の周囲をぐるぐる回ってみました。 北(野場方面)からだとこう見えます。南から見るよりも山の形が美しい(実は三年前にもここから田んぼと山を眺めている→●□)。 南東(深溝方面)からはこのような風景。ポコンポコンポコンとなだらかな頂が連なっている... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」61号連動ネタ。 そんなわけで「歌山」の麓を通る国道23号岡崎バイパスの桐山インター付近を何度も徘徊していたのですが、この時期は筆柿の畑のほかにはこれといった見どころもなく、とりあえず地元の氏神を押さえるくらいしかありません。ネタに困った時の神頼み? まずは桐山の八幡社へ。 ここでは「豊国尋常小学校石塔」というブツを発見。記念碑のようですが碑文はなく、なんのための石なのかさっぱり... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」61号が発売中です。今号のキーワードは「歌」。私は例によって「地名探訪」「三遠南信産××育」を、女性取材記者(まり)は岡崎名誉市民の岩槻三江(→●□)が作った西尾の「茶摘歌」と、田原の巴江神社の「木遣歌」を担当しております。 今回の地名探訪で取り上げたのは、幸田町の歌山。地元の人ですら「どこそれ?」というような地名なので、読者で分かる人は一人もいないのではないでしょうか。これまでさ... 続きを読む
  •  先日、仕事で高浜に行った帰り、市域南端の高浜川べりに10月1日にオープンした競艇の場外舟券売り場「ボートレースチケットショップ高浜」を視察(?)しに行ってみました。西三河で公営競技が打てる施設が登場したのは、昭和28年(1953)に岡崎競馬場が廃止されて以来なんと65年ぶり(→●□、あと「岡崎ルネサンス」の私の担当記事も参照)。 西三河はなんとなくギャンブル人口が多そうなのに、これほど長期にわたり空白地帯だっ... 続きを読む
  •  先日、とある取材で幸田町を徘徊した際、R23バイパスとR248が交差するあたりにある「幸田文化広場」へ気まぐれに行ってみました。小高い丘に造成された公園で、たぶん昭和50年代に豊かな財力を発揮して整備されたのでしょう。いくらでも土地がある町なんだから、もっと平たい場所に作ればよさそうなものだが…。 その頂上には、手品を成功させたマジシャンがキメのポーズをとってる風の展望台が。右の手には幸田町の町章もあしら... 続きを読む
  •  春夏秋冬叢書「そう」60号連動ネタ。犬頭神社は、豊川市千両町(宝飯郡)のほか、岡崎市宮地町(碧海郡)にもあります。 犬が鼻から上質の白い絹糸を吐き出し、それが特産品として貢進された…という伝説の元ネタ(?)は、平安時代末期の説話集「今昔物語集」に載っている一編なのですが、その話の書き出しは「昔、三河の□□郡の郡司に本妻と第二夫人がいて…」というもの。原典でも□□郡は伏字になっているので、どっちが本家かは... 続きを読む
  •  先日、岡崎のシティプロモーションサイト「岡崎ルネサンス」内のコンテンツ「“○にナル”岡崎まちものがたり」に、北野廃寺についての紹介記事を書きました。そこでは文字数の制限もあって、史跡の概要と9/16に開催されるイベントの紹介くらいしかできなかったので、書ききれなかったネタを。 北野廃寺は愛知環状鉄道北野桝塚駅の近くにある古代の巨大寺院の跡で、昭和4年に国の史跡に指定されています。明治の終わり頃からたびた... 続きを読む
  •  高浜の土管を出したついでに、常滑にならって(→●□/●□/●□/●□)これまで収集した刻印を…。 前の記事の土管は「日本陶管」。高浜本町通りの南のほうの坂道の両側(現青木町7・8丁目)に昭和50年代まであった工場です。操業していた頃は日本陶管の隣にもう一社あり、その坂は高浜の土管生産の中心という意味を込めて「土管坂」と呼ばれていました。現在、工場跡地は住宅地になっており、往時の面影はありません。 なお、日本... 続きを読む

MARUKA-DO

----------------------
東海地方を縦横無尽、
全国各地に神出鬼没の
取材・執筆・編集事務所。
----------------------
まさ…岐阜・揖斐川町出身
まり…愛知・尾張地方出身
2003~2019愛知県知立市在住
2019~岐阜県揖斐川町在住

カレンダー

08 | 2019/09 | 10
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

月別アーカイブ

全記事表示リンク