可児エ・ウェスト

2016年12月29日
 2週間ほど前、およそ3年ぶりに可児市方面へ行ったついでに可児駅に立ち寄ってみたら、何やら駅で工事が行われており唖然。

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 おお、ここの駅舎もJR東海お得意のどうでもいい橋上駅に建て替えか…。

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 と思ったら早とちりで、なんと古い駅舎はそのままで東西自由通路を作るらしい!JR東海の意向ではなく市の独自事業と思うが(違ったらスイマセン)、こういう形で駅舎が存続するのはJR東海の駅では初めてではないだろうか(あったらスイマセン)。供用開始は平成29年度末予定とのこと。

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 大正7年築の地味な駅舎で微妙にパッとしない感もありますが、とりあえず生き永らえたことを喜びたい。

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 ついでに可児市の中心地区である広見の市街地も初めて歩いてみました。昔ながらの商店が連なってはいるけれど比較的と小規模で、近隣の御嵩、八百津、川辺などと似たり寄ったりな感じ。可児というと、昭和57年に市制施行したころ名古屋のベッドタウンとして県内一の人口急増を誇ったことを思い出しますが、玄関駅や中心市街地は可児郡可児町時代の風情で好もしく思えます。
(まさ)

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情緒ユニオン

2016年12月14日
 もう一発、東濃西部ネタ。
 陶と土岐市に行った日には、多治見の市之倉にもおりました。市之倉といえばさかづき美術館と幸兵衛窯(人間国宝加藤卓男の生家)で知られていますが、今回はそれら有名施設には目もくれず、こちらの物件を仕事の合間にチェック。

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 市之倉陶磁器会館です。「鄙には稀な」と形容したくなるモダンな現代建築。丹下健三とか有名な建築家の影響を受けてそうなデザインですが(あるいは本当に有名建築家の作品だったりして?)、誰か解説してくれないだろうか。
 それにしても、陶磁器産地なのに外壁にタイルを使わないとは!

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 と思ったら、玄関のドアの押し手部分が織部(?)でした。 
 考えてみると、昭和に建てられた同業組合系の建造物にはなかなか味わい深いものが多いように思います。多治見だと他にはこんな施設が。

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 徳利産地の高田にある「旧高田陶磁器工業組合」は、外壁に複数の種類のタイルをまとい、ショーウィンドウも備えた好物件。現在はギャラリー・喫茶・駄菓子屋が入り、たかた・おなだオリベストリート(→●□)の散策拠点として活用されています。

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 多治見市北部の丘陵地を切り開いた旭ヶ丘地区にある「多治見美濃焼卸センター協同組合」。昭和50年の築で、いかにも卸団地にありそうな風情の建物にさほど妙味はありませんが、外壁はにシブい風合いのタイルがびっしり。そして、エントランスロビーにはこんな名品が。

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 人間国宝加藤卓男作の陶壁です。タイトルは「陶燿の譜」。ちなみに我が地元の知立市役所にも加藤卓男の陶壁があります(→●□)。
 西濃とは違ってイケイケ気質の多治見なら、こういった地味ネタをピックアップする地域おこし事業をやってくれそうであります。
(まさ)
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THE 停車場

2016年12月13日
 陶に行った日には、久し振りに土岐市駅にも立ち寄ってみました。

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 土岐市駅は、東濃5市の玄関駅でいちばんサッパリした雰囲気の駅&駅前です(個人の感想)。ここに初めて降り立った昭和末期はもう少しゴチャッと賑わった風情だったように覚えているのだが…。
 ちなみに昭和末期になぜ土岐市駅に降り立ったかというと、鉄道ジャーナル社時代の「旅と鉄道」誌への投稿ネタにしようと東濃鉄道の廃線跡を探索しにやってきたのでした。そしてそれは見事に掲載された。

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 南に伸びる「駅前中央通り」である。

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 東に伸びる「共栄会通り」である。うーむ、特に書くことがない。
 こんな感じでサッパリした駅前界隈をひととおりチェックできて気持ちがサッパリし、駅前から立ち去って国道19号方面に行こうとすると、駅のすぐ東側でこのような踏切名称に遭遇。 

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 その名も停車場踏切だ!なんと大雑把な。東濃鉄道駄知線が走っていたころには側線が何本も伸びており、この踏切あたりも駅構内ぽい感じだった名残りであろうか。
(まさ)
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昭和陶

2016年12月12日
 11月中旬以降の超多忙とその反動によるPC拒絶で、当ブログ開設以来もっとも長い空白ができてしまいました(2011年の網膜剥離手術の時もこんなには空かなかったのに)。ぼちぼち復活を…。
 先月半ば、とある取材でまた東濃方面に行きまして、久し振りに瑞浪市南部の陶(すえ)地区の中心部、猿爪(ましづめ)に足を踏み入れました。

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 旧愛知県小原村と境界を接する山あいの地に忽然と現れる町場です。陶という地名が示すとおり美濃焼エリアの一角を占める窯業の町なのですが、取材先の地元の人に聞いたところによると、最盛期に56軒あった業者が今では8軒しかないとのこと。僕がここに初めて来たのは20年前ですが、そのころと比べと確かにちょっとアレな感じで…。

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 しかし現役商店はまだまだ多く、ストリートも上の写真の新町と、この本町の二本あり。特に本町にはシブい食料品店やシブい金物屋などが軒を連ね、なかなかの風情です。
 この新町と本町の間に「洞川」という小さな川が流れているのだが、この川に架かる小さな橋に窯業地らしい逸品を発見。

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 昭和橋の親柱に取り付けられた陶製銘板だ!下流側の親柱には「昭和十三年九月竣工」の銘板もありました。なんというか、字の上手な窯元の人がササッと走り書きしたような字が味わい深い。

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 あと昭和といえば、陶を含む瑞浪南部でやたらとこの昭和チックな「挙手人形」に遭遇した。しかもキレイに塗装されてて…。
(まさ)
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国鉄時代の跨線橋のブルース0002

2016年09月01日
 仕事のついでに酷暑の中を徘徊した前日もレジャーで郡上方面におりまして、5歳児連れで長良川鉄道に乗ってみました。乗車区間は美濃白鳥から郡上八幡までで、僕は20数年ぶり。5歳児は、国鉄からの転換路線は初めてになります…ってどうでもいいですが。
 久々の郡上八幡駅はほぼ越美南線時代の状態を留めており、文化財級。と思ったら、いつの間にか登録有形文化財になっていました。駅舎もいいですが、ここは木造の跨線橋が特に素晴らしい。

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 山間部の盲腸線の途中駅という地味な立場ながら、この重厚感は幹線級ではなかろうか。

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 ぶっとい筋交に板張りの床である。

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 この風情は、腰の曲がった年寄りもしくはマニア予備軍の幼児がよく似合うのである。昭和の野球帽をかぶった昭和な少年が、昭和の建造物に違和感なく溶け込んでおります。
 先日の北岡崎駅(→●□)は特に感想がないようだった5歳児も、ここは何か心に響くものがあったようで、眺めまわしながらギシギシ音を響かせて階段や通路を歩いて雰囲気を堪能していました。このような文化的価値が高いものに敏感な豊かな感性が育まれているようで、親の教育の賜物と言えましょう。

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「どうでもいいですよ、おとうさん」

 まあ、すぐに飽きたのであった。

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 オマケ。跨線橋ではないですが、少し南にある大矢駅(旧美濃下川駅)にはこのように極乙な横断通路も生きております。
(まさ)
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