熊野古道大日越における道路としての見どころ

2017年10月18日
 前回最後のカンバンで触れた熊野古道の「大日越」は、メジャーな道だけあってさすがに雰囲気がよく歩いてて心地よかったですが、マニアとして道そのものも楽しめました。というのはこのルート、大自然の中のトレッキングコースというわけでは全然なく、旅行者が歩きやすいよう人の手が入っている(もちろん昔の人の)ことがところどころでわかるからです。

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 年季の入った階段である。

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 美しいつづら折れである。

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 豪快な掘り割りである。

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 尾根近くの斜面に開かれた、安心感のある平坦な道である。右は磨崖仏。
 こうした昔の道路建設の痕跡は他の古街道でも見られますが、往来が盛んで整備も行き届いている熊野古道では元の形状がよくわかるので、観察に適しているといえます。などと言いつつ、僕が大日越の他にまともに歩いた熊野古道の区間は熊野市街近くの松本峠くらいなので、全体的にどれほどのものかはよく知りませんが…。

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 ちなみに西側の登り口の起点の湯峰温泉は、狭い谷あいに宿が連なるシブい温泉。湯の温度が高く、散歩しているだけで熱気がまとわりついてくるほど。わたくし、実は温泉にさほど興味はないのですが(汗が流せりゃ湯なんざなんでもいいというタイプ)、この温泉は雰囲気込みでなかなかの好印象でした。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0356

2017年10月14日
 その旧本宮町、旧熊野川町で発見したカンバンをいくつか。

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 瀞郵便局付近から北山川を2キロほど下った下地集落(旧熊野川町)の、国道169号旧道沿いに残るバイパス建設促進アピールカンバン、の残骸。バイパスが開通したので不要になったものだが、なぜ全部撤去しないのか?

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 このカンバンが残されている場所。下のトラス橋が旧道、上の高架橋が新道になります。

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 旧熊野川町の役場があった日足集落で発見したカンバン。熊野川流域でいくつか見かけたが、道路標識まがいの形状、アピール文言の内容、誰に対しての訴えかけなのか、そしてVマークを背景にしたウサギ、すべてが謎。

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 雄大な熊野川と日足集落を眺めながらこのカンバンの意味を考えてみたが、何も思い浮かばないのであった。

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 旧本宮町の湯峰温泉近くで見つけた熊野古道の色褪せた案内板。日本最古の温泉ともいわれ湯垢離の参詣者でにぎわった湯峰温泉から熊野本宮大社に続く「大日越」の登り口にあります。昭和57年に文化庁の助成金で本宮町が設置したもののようですが、この時は熊野古道ではなく「熊野道」という呼称だったらしい。いつから熊野古道になったんだろう?
(まさ)
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Nikkei ポスタルアーキテクチュア

2017年10月13日
 今回の一泊二日の熊野取材では仕事の前後に郵便局をいくつか回ることができたのですが、先の瀞局のみならず和歌山県内はナイスな局舎のオンパレードで感涙ものでありました。
 旧東海郵政局管内では90年代初頭からも局舎の建て替えがものすごい勢いで進み、今や見るべき局舎建築はほとんど残っていない有様ですが(三河で見るべき局舎はもはや段嶺郵便局と作手大和田郵便局ぐらい)、旧近畿郵政局は東海ほど徹底しなかったのでしょうか?それとも奥地すぎて中央の目が行き届かなかった?

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 九重局(新宮市熊野川町)。高床の上に切妻と寄棟のハイブリッド木造建築。この局の近くには、廃校になった木造校舎を活用したブックカフェもあります(→●□)。

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 請川局(田辺市本宮町)。こちらはダブル切妻の二階建て。子亀オン親亀のよう。

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 湯峰局(田辺市本宮町)。横長の建物に傾斜の緩い屋根という取り合わせが、昭和40年代のモダンという感じ。壁にびっしり蔓草が這っているのも味わい深い。

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 敷屋簡易郵便局(新宮市熊野川町)。もと特定局。石積みの上に左右非対称な平屋建築。シブい、シブすぎる!
 こんなにいい局舎ばかりに遭遇すると、温泉とか熊野古道とか渓谷とかは二の次で郵便局だけをめぐっていたくなったのでした(仕事はどうした)。
(まさ)
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ポスタルモンキー

2017年10月12日
 旧紀和町からこの日の目的地である熊野本宮大社へは、国道311号→169号→168号を乗り継げばすんなり行けるところでしたが、せっかくこんな奥地まで来たことだし、往復10kmほど寄り道して瀞八丁に行ってみました。



 このあたりは三重・和歌山・奈良の県境が錯綜しているうえに和歌山県の飛び地もあるところで、紀和から瀞八丁に行くには三重→和歌山→奈良→和歌山→奈良と4回も県境を越えなくてはなりません。悪路で容易に行けない場所かと思っていましたが、いつのまにかトンネルと高架橋の連続するバイパスが完成しており、紀和町板屋から20分くらいで到着。

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 現地には、もと旅館を改装したという飲食店(この日はやっていなかった)と、

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 反転スペースのあるバス停と、あと駐在所しかないのに、

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 郵便局があって驚いた。局名は「瀞郵便局」。こんな場所によくもまあ特定局が簡易局化もされずに残っていたものだと感心しきり。僕がこれまで行った郵便局では五指に入る秘境度です。
 で、貯金して風景印を押してもらって局を出てくると、局舎の裏でギャッギャッと猿の声が!

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 猿に遭遇した郵便局は31年間回っててさすがに初めて。「マニアは帰れコノヤロー」とでも言われているようで、とっとと退散したのでした。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0353

2017年09月12日
 その竹生島で見かけたカンバン各種。

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 竹生島にならまだ在庫がありそうだ。

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 拝観券売り場を抜けると、巡拝者を描いたこんな誘導カンバンがお出迎え。威厳のある文字とあいまってこの味わい。

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 おちょぼ口がまた何ともキュートで…。どうでもいいですが、ここは西国三十三観音の札所なのに、白衣の上の羽織に「南無大師遍(照金剛)」と書かれているのが気になる。

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 階段を登り切ると、そこにも巡礼者の誘導カンバンが。こちらは現代風スタイル(ただし昭和40~50年代の)で、飛び出す絵本的な二次元立体。名品。
 こういう地形的に隔絶した土地というのは、デザイン史の面でも貴重なひとむかし前のカンバンが残りやすいようですね。こういう場所は積極的に保全を図るべきだと、私は市井の研究者として提言したいのであります。

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「どうでもいいですよ、おとうさん」

 竹生島の名物アトラクション、瓦投げを楽しむ6歳児。
(まさ)
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