近代四日市の遺品2題

2016年02月06日
 4歳児とさまよう公園シリーズ。
 あすなろう鉄道と一番街商店が幼児の心をいまひとつ掴まないままでは申し訳ないので、身体を動かしていただくべく、アーケードの近くにある諏訪公園に行ってみました。するとここにもマニアックなものを発見。

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 おお、見事な記念碑だ。しかも登れるようになっている。4歳児も思わず駆け出して登り始めた!

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 なんの碑かと思って刻まれた文字を見て驚いた。昭和9年に建立された「五箇条の御誓文」だったのである。かつて同じものを半田の乙川白山公園で見つけてたまげたことがありましたが(→●□)、あれとほぼ同じ形状なので二重の驚きです。
 五箇条の御誓文は「明治天皇が宣布した明治新政の五個条の基本的国是」(広辞苑第一版第十八刷)で、以下が細長い五角柱に刻まれています。

広く会議を興し万機公論に決すべし
上下心を一にして盛に経綸を行なうべし
智識を世界に求め大に皇基を振基すべし
宣武一途庶民に至る迄各其志を遂げ人心をして倦まさらしめんことを要す
旧来の陋智を破り天地の公道に基くべし


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 菊の御紋の下には勾玉で囲った「弥栄」「あな明けおけ」「あな面白」「あな手伸し」「天晴」の文字も。乙川の御誓文碑は一部が劣化していましたが、こちらは状態が素晴らしい。これが岡崎製だったら原稿ネタ一本確保!というところだけど、製造者銘は見当たらず。

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 園内には「すわ交流館」という見事な近代建築のもと図書館もありました。テラコッタに覆われた建物じたいもさることながら、正面上部にあしらわれたレリーフが目を引いた。

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 なんだかソ連ぽいのである。2588はなにかと思えば、起工年の皇紀2588年(昭和3年)とのこと。
 またもやマニア物件チェックに夢中になり4歳児には申し訳ない限りですが、遊具で遊んで芝生で父とおすもうをとって隣接の諏訪神社でおみくじを引いたら彼も満足したようで、あとはおとなしく帰ったのでした。 
(まさ)
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恋のアーケード0035/タウンサインの研究0064

2016年02月03日
 そんなわけで駄々こね4歳児をなだめすかし、昼食を求めて近鉄四日市駅前のアーケード商店街へ。四日市はけっこう疎くて(四日市競輪場にはよく行ったが…)、アーケードの中に突入するのは初めて。
 ここのアーケード街は一本道ではなく、メインストリートの「一番街」を軸に縦横に張り巡らされており、なかなか規模がデカくて面白い。

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 入口で出迎えてくれるのは四日市のキャラ「こにゅうどうくん」だ!

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 アーケードにもこにゅうどうくんがズラリ!これだけ並ぶとなかなか凄いが、4歳児は別に興をそそられないらしい。着ぐるみがウロウロしていれば子供の心もつかむのだろうけど。
 こにゅうどうくんは市制100周年の1997年に登場した市のキャラです。当時はまだローカルキャラブームが訪れておらず、四日市競輪でもらったパンフレットかグッズにあしらわれているのを見て「へぇ~」と思った覚えがあります。一過性のものかと思いきや意外にも成長し、今や商店街を賑やかすまでになるとは感慨深い。

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 一番街に交わるスワマエ商店街には、こにゅうどうくんと独自キャラのエビスさんが共存しておりました。

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 一番街と並走し、やや閑散としている三番街商店街はこにゅどうくんではなく「イチ・ニノ・3」というフラッグが吊り下げられており、落語家の立川三四楼を思い出した。
 もうすこし時間をかけて全ての通りを巡りたかったのですが、4歳児の忍耐が限界に達したのでサヨウナラ。
(まさ)

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1冊更新しました。
0207駅の社会史(原田勝正)→●□
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明日は檜になれるやら

2016年02月01日
 1月半ば、近鉄特急に乗りたがる4歳児の希望をかなえるため、四日市に行ってみました。ただ四日市まで往復するだけではアホらしいので、行ったついでにナローゲージの内部線も乗ることに。22年ぶりです。

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 行ってびっくり、近鉄から分離されて「四日市あすなろう鉄道」になっているではないか。いったいいつの間に?と思ったら去年の4月からという。いやーちっとも知らなかった。
 ちょっと引っ掛かりを覚える社名と駅名ではありますが、このご時世に生き残っただけでもよしとせねばなるまい。

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 狭い車内に遅い速度の路線はとても2016年とは思えない昭和さで、鉄道好きならずとも楽しめる路線と思うのですが、意外にも4歳児にはそれほど面白くなかったようです。幼児は新幹線やパノラマスーパーや近鉄特急など速い列車がお好みのようで…。
 終点の内部で折り返し待ちが20分あったのもテンションを下げさせたらしく、四日市に戻ったとたん「特急に乗ってもう帰る~!」と改札の外で漫画みたいにひっくり返って足をばたばたさせやがった。当初は八王子線にも乗るつもりだったのに、こうなってはどうしようもない。とりあえず駅前の一番街商店街までなんとか引っ張っていき、昼飯を食わせて落ち着かせたのでした。
 しかし内部線ごときでこんな調子では、距離の長い北勢線は無理だろう…。

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 終点の内部駅では、近所に住んでてよく電車を見に来るという母子連れに遭遇。よく利用するのか聞くと「ほとんど乗らないですヨ~。鉄道マニアが乗ってるのはよく見ますけどね~、ハハハハ」。
 そんなわけでコソコソと内部を後にしたのだった。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0321

2015年12月11日
 東紀州シリーズの最後に、例によってカンバンネタ。

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 紀北町島原。倉庫に貼り付けられたシブいカンバン群だけど、右端のメナードふれ愛ステーションのものが、なぜここにあるのか謎。「ご用命承ります。お気軽に当取次店へ」って、どこに気軽に言えばいいんだ?

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 紀伊長島の干物屋さん。発泡スチロールを見事に有効活用!この地方独特の立派な注連飾りとの対比がまたなんとも。

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 これも紀伊長島にて。まだ生きておったか、松阪競輪の旧キャラ!今の牛のキャラ「マック」ももう登場から20年近く経つと思うが、僕が競輪に手を染めた時はまだ彼(名前は知らん)がかろうじて現役だったので、松阪から遠く離れたこんなところで再会できるとは実に感慨深い。ふと、高岸豊治さん(三重・28期)を思い出した。

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 尾鷲の三木里の海岸にて。「2.大声で応援を呼ぶ」ときの明るい表情が気になるぞ!あと人工呼吸のところに「30:2」とだけ書かれても何のことだかわからんぞ!

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 尾鷲市街にて。雰囲気は軽いけど入りにくそう…。
(まさ)
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墓地ビュー0003

2015年12月10日
 今回の東紀州行では、ちょこっとだけ熊野古道を辿りました。熊野古道というと、一般的にはこんなイメージではないかと思います。

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 熊野市の波田須駅から徒歩30分くらいで登り口まで行ける「大泊峠コース」。大定番の杉木立と石畳道です。
 大泊峠はいちおう取材のプチ散策だったのですが、こことは別に、空き時間の暇つぶしに尾鷲市街地にちかい「馬越峠コース」の南口にも行ってみました。

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 暇つぶしといってもガッツリ歩く時間も気力もないので、車で通れるところをサーッと通っただけですが。この道も、宅地整備される以前は上の写真みたいな雰囲気だったんじゃないかなと想像します。
 で、この道を軽自動車でノロノロ下って行ったら、自動的に墓地の中に入って行くので驚いた。

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 見晴らしのよい高台に開かれた墓地の真ん中を、熊野古道が突っ切っているのである!なんという味わい深い街道!ここにこそ熊野古道の神髄があるのではないだろうか(オオゲサ)。
 この坂を下りきると、右手に尾鷲神社をかすめ、渋いけどこれといったポイントがない上級者向けの市街地に突入します(→●□)。

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 渋いけどこれといったポイントがなくて観光系媒体向けの写真を撮るのに難儀する、尾鷲市街の全貌。二枚目の写真の近くから撮影。ここからだと、深い入り江と高い山に挟まれたわずかの平地に家が密集しておる様がよくわかります。やっと山を越えたと思ったら目の前にはまた険しい山がでーんと立ちはだかっており、昔の旅人はげんなりしたんじゃないだろうか。「今日はもうヤメ!」ってな感じで逗留した人で尾鷲の町が賑わった、と。
(まさ)
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