山里の水路のブルース0002

2017年10月01日
 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。
 無の付く小字は奥三河には意外と少なく、鳳来の余無行、津具の水無、東栄町振草古戸の無双礼の三か所だけです。その無双礼は、花祭で知られる古戸の中心部から県道80号東栄稲武線を津具方面へ2kmほど進んだところになります。

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 こういうところ。地味すぎてどうしたもんかと…。無双礼の文字だけ見ると「国士無双」とか「池上無双」といった派手な言葉が思い起こされますが、おそらく無+双礼(崩落地を意味するゾレの当て字)と思われます。
 こんなところでも何かしらはあるもんで、無双礼では山の中に伸びる水路に目を奪われました。また例によって共感を得られにくそうな話ですが…。

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 シブい、シブすぎる!以前、同じ東栄町内の川角でも水路に惹かれたことを書きましたが(→●□)、こういう味わい深い水路を見ると源流まで辿ってみたくなりますよネ!ならない?
 その水路脇には、またなんとも味わい深い巨石があり、その上に石塔も見えます。

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 何かと思えばこの水路の竣工記念碑なのでした。遠目には墓石かと思った。形といいサイズといい、こんな墓っぽい記念碑にはあまりお目にかかったことがありません。台座部分には関係者の名前がズラっと書き連ねられており、また側面には開削年も刻まれているのですが、コケがびっしり映えてて明治時代の「明」という文字しか判読できず。
(まさ)

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シークレット田んぼ

2017年09月29日
 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。
 前回も少し触れましたが、女性取材記者が無知押の元住人の方から聞いてきた話によると、かつて無知押への道はけっこう往来があったといいます。というのは、無知押からさらに奥へと進んで峠を越えたところに三都橋(栗島)の人が開いた新田があり、そこに行くために頻繁に使われていた道だというのです。



 その地は落目(おちめ)といいます。現在は、県道365号から分岐する町道が通じていますが、この道ができるまでは無知押経由の険しい山越え道を歩いて行くしかありませんでした。

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 本来ならばこの道を歩いて落目に行ってみたいところですが、そんなことをやっていると一日潰れてしまうし、そもそも今回の企画(無の付く地名)とは趣旨がぜんぜん違うので、無知押の先の登り道を確認だけして下山し、車で行ってみました。

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 栗島から裏谷方面へ3kmほど進むと、落目への道が分岐しています。それにしても落目とは縁起の悪い。地名でネガティブなことはいつもならば言いませんが、ここは昔から人が住んでいないところなので…。
 ところどころ落石もある悪路を何分か登っていくと突然視界が開け、そこに広がる光景に驚嘆。

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 なんだこの広い荒地は!

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 耕作放棄地の真ん中を草に覆われそうな舗装道路が伸び、廃集落さながら。しかしもとから民家はないので、設楽ダム建設で全戸移転した集落で味わう寂寥感とはちょっと異質で、なんともいえない辺境感が漂っています。

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 設楽町史によると、ここは耕地の少ない三都橋の人が天正三年(1575)に開墾したと伝わり、山奥すぎて新田を開いたことがバレず年貢の徴収を免れた「隠田」と言われているそうな。地元の人の話ではほんの数年前まで米が作られていたとのこと。
 水田が広がっている風景を見たかった…。
(まさ)

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無知押の古道遺産

2017年09月25日
 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。
 無知押についてはその後、女性取材記者が単独で設楽町へフォロー取材に行った際にもと住人の方に出会うことができました。で、その方に話を伺ったところ、前回とは別のルートでアクセスできる道があり、むしろそっちの方がいい道だということが判明(前回記事の地図の赤ライン)。
 ということで女性取材記者は「もう一回行きたい」と言い出しまして、前回からわずか二週間後に無知押再訪となりました。今回は平日で、6歳児は保育園に行っているので二人だけです。いやはや、ドーモ…。

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 赤ルートの入口はこちら。この小さなカンバンが目印です。何度もこの県道を通っているのにちっとも気が付かなかった。
 実際のところ、前回の青ルートより傾斜が緩く、確かに歩きやすい。また、沿道にはいくつか見どころもありました。

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 無名の滝である。シブい、シブすぎる!元住民の方に「ぜひ見て!」とオススメされたそうです。

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 石垣で補強された道路である。なんでも無知押からさらに上に登ったところに栗島の人が開いた広大な水田があり、牛に荷車を曳かせて耕作に通っていたらしい。この補強と道幅がそれを証明しています。

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 そして沢に架かる丸木橋である。上の石垣といいこの橋の残骸といい、道路マニアにはたまらない遺構ばかり。今回ばかりは嫁の執念に感謝したのでありました。

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 で、青ルートと同じくゆっくり歩いて30分ほどで無知押に到着。いやー、こんなところにまさか二度も来ようとは。聞いた話では、このすぐ先の「加根押(かねおし)」という小字にも一軒家があったとのこと。ものすごくそそられるので、いずれまた来ることになるでしょう(女性取材記者は特に廃集落に執着があるわけではないので、たぶん一人で)。
 なお、この杉林は移住後に植林されたもので、昔は山に木はほとんど生えておらず、下の行戸集落まで見下ろせたようです。
(まさ)

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なつのおやこたんけんたい0002

2017年09月23日
 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。
 地名探訪で取り上げた設楽町三都橋の小字「無知押(むちおし)」は、文章が女性取材記者、写真はわたくしが担当し、チョー久々に夫婦合作となりました。いやはや、ドーモ…。
 無知押の場所は、国道420号の折立の三差路(赤沢弁財天の霊泉のところ)から県道365号に入り、旧三都橋小学校をすぎたところにある行戸集落の上の、山の中になります。



 事前に設楽町史を参照したところ、どうやら昔は一軒だけ家があり、子授けと安産に御利益のある「無知押坊主」なる祠があったらしい。上の地形図で十字のアイコンのところ、オレンジ色の小さい四角が無知押の一軒家の跡なのですが、今も道が通じているのか非常に怪しい感じです。
 しかし、一度下見にいったとき行戸で出会ったお婆さんに聞くと「もう何十年も行ったことないけど、道はまだあるはずだぞん」と言うではでないですか。

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 ならば行くしかないってんで、後日、家族そろって無知押を目指すことにしました。
 なんでまたこんなところに6歳児を付き合わせたかというと、過疎地の現状を体感させ、かつ男の子らしい冒険心を養おうという教育方針によるものである。…ということでは全然なくて、前の晩に友人家族らと裏谷の「きららの里」のコテージに泊まり、午後3時ごろまで奥三河で遊んで解散した帰りだったからです。せっかく設楽の山奥に来てるんだし、出直すとガソリン代もかかるんで…。

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 県道365号沿いに立つカンバンの左側から山道に突入。すぐに道は険しくなりますが、6歳児はときどきすべり落ちそうになりながらも果敢に進んでいきます。冒険心を刺激されるのか、意外なほど楽しそう。
 距離は大したことないのですが、けっこう急な斜面と子供の足ということで30分くらいかかって、ようやく無知押に到着。

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 そこで我々一家が目にしたのは、落石で無残にも破壊された「無知押坊主」の跡でした。大人なら一瞬ぎょっとする光景ですが、6歳児はまったく動じず。

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 そして、昭和44年まで人が住んでいたという廃屋にも6歳児は興味津々で、遺物を探したりスマホで写真撮ったり存分に楽しんだのでした。この両親にしてこの子あり。
(まさ)

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ちなみに、無知押へのアクセスルートは二つあり、今日紹介したのは青ルートです。

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ノーマウス、ノーヘアー、ノーヒップ

2017年09月22日
 春夏秋冬叢書「そう」56号連動ネタ。宝飯エリアで撮影した無地名をまとめて。これといって話が広がらないところばかりで…。
 まずは蒲郡市拾石町の口無シ。



 主に田んぼと拾石川しかありません。ところが現地へ行ってみると、名鉄蒲郡線の北側の堤防に美しい桜並木が!

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 しかし、秋に発刊される雑誌に桜の写真は載せられないのであった…。



 続きまして、蒲郡市三谷町の毛無。インパクトのある地名ですが、主に畑と溜め池しかありません。

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 ところが現地に行ってみると以外にもいい雰囲気。三谷の町から1キロほど離れた高台に位置し、見ようによっては高原の避暑地にも思えなくもない。本宿と蒲郡を結ぶ鉢地坂トンネルの道を「新箱根」と呼んだのに対抗して、ここを「新芦ノ湖」と呼んでリゾート開発しようという動きもあった…という話はないです。

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 南向きの眺めもなかなかよいのであった。
 あともうひとつ、豊川市為当町の尻無。ここは三河の無地名では非常に珍しい例で、人家が建て込んでいます。



 ここで凄いのは、Mapionに記されている黄色のラインの県道373号金野豊川線→●□

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 非常に狭い道で、なんと音羽川の橋から為当町交差点まで普通車での通り抜けは不可能!僕は軽自動車でムリヤリ突破しましたが、それでもミラーを折り畳んでギリギリ。こんな県道なのに通行不能を示す標識や案内はナシ。精度の低い昔のカーナビだと誘導しそうで怖い。
 尻無に興味を覚えて行ってみようと思われた奇特な方は、お気を付けください。
(まさ)
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