小二宮

2017年04月23日
 先日、幸田町六栗(幸田駅の西側)を通りかかった際に未見の八幡宮に立ち寄ってみたところ、鳥居の横に二宮金次郎像を発見。学校でない場所に金次郎像が建つ例はたまにあります(こことか→●□)。

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 昭和9年に寄進されたもので、台座には「立身斎家而以守国土」とあります。ただ、台座の割に像がかなり小ぶりです。もしかすると以前は銅像で戦時中に供出されて、戦後に石像を再建したのかもしれません。小さい金次郎像も例があり、個人購買者向けに製造されたタイプではという話もどこかで聞いたような気が…。

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 ここにはこのような「五輪記念」の幟立ても。背面に昭和39年と建立年が刻まれていたので、東京オリンピックのときに建造されたのでしょう。
 そういえば先週放映されたNHK連ドラ「ひよっこ」で、茨城の村で村民による聖火リレーが開催されたという回がありましたが、六栗でもなにか独自の記念イベントが行われたのかもしれません。
(まさ)
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三面モンキー

2017年04月14日
 三猿といえば、下野庚申堂の少し前に行った蒲郡市三谷の八剣神社でも三猿像に遭遇しました。

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 拝殿の東側に、昔の工場みたいなセメント製(?)の巨大な塀があります。最初は、この神社らしからぬ風情の建造物に目を奪われました。

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 で、塀をじっくり観察しようと思って近付いてみると、その端に何やら石造物が。

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 これがなんと三猿なのでした。なんでまたこのような場所に…。

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 よく見ると、見ザル言わザル聞かザルが背中合わせになった一体の像です。しかも塀の幅にピッタリの小ぶりなサイズ。塀とセットで作ったとしか思えません。
 この下のほうに取り付けてあった銘板によると塀の建造は昭和12年で、60人ほどの奉献者の末尾に「石匠 今井元治」という名が見えます。この人が、塀を建てたついでに自作の三猿像を奉納したのでしょうか。
(まさ)
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名作モンキー

2017年04月11日
 その旧福岡町下野には「下野庚申堂」という有名物件があり、そちらもついでに見物に行ってみました。

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 案内板によると創建は鎌倉時代、堂内に祀られる秘仏の青面金剛は行基の作。鳥居の横には新愛知新聞社制定の「岐阜県十名所」に選出されたことを記念する昭和二年製の標柱が立っています。新愛知は中日の前身で、岐阜県十名所はたしか読者投票で決められたもの。愛知県版もあり、他所でも同様の標柱を見た覚えがあります。
 有名物件豊富な岐阜県下でベストテンにランクイン(組織票説も…)するほど昔は参拝客がとても多かった、という話をかつて地元の人に聞いた覚えがありますが、今は静かなものです。北恵那鉄道でやって来た参拝客は、谷底にある美濃下野駅から河岸段丘上のここまでゾロゾロ歩いてきたのでしょうか。
 で、本堂の前にはこのような名品が。

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 セメント像の三猿だ!製作者銘および建造年は見当たらず。雰囲気からすると十名所選定の頃に造られたように思いますが。

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 気に入ったので顔のアップも。体毛の作り込みの細さに職人技がうかがえます。

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 でもって三猿の反対側には眼光鋭い鶏も(詳しくは知らないが青面金剛には猿と鶏が付き物らしい)。脇の子はエサをついばんでいます。猿ともどもリアルな造形および情景描写なのは、写実主義の作者だったからでしょうか。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0347

2017年04月10日
 先月半ば、とある取材で中津川の福岡地区に行きまして、取材後の空き時間に北恵那鉄道(中津町~下付知・昭和53年廃止)の美濃下野駅跡をチェックしてみました。

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 駅前通り。この橋の向こうの右側に駅があったようです。いっぽう左側には、このようなブツを発見。

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 北恵那鉄道株式会社が設置したカンバンだ!社名は廃止翌年に「北恵那交通」に変更しているので、おそらく廃止直後のものと思われます。

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 で、何が危険かというと、カンバンの向こうに付知川支流の柏原川に架かる鉄橋の残骸があるのでした。
 まさ)
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THE 整列

2017年04月07日
 春夏秋冬叢書「そう」54号連動ネタ。
 三河遠州の産物と他地域の産物の意外な結びつきを探る自主企画「三遠南信産××育」、今号は幡豆蒲郡あたりで生産されている麻綱が、多治見の高田で生産されている酒徳利・焼酎徳利の「飾りの紐」として使われているという話題を発掘して記事にしました。

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 コレです。主に土産用の酒徳利・焼酎徳利は全国シェアのほとんどを高田焼が占めており、飾りでくっついている手提げ紐の主要供給地が実は幡蒲(のあるメーカー)である、と。
 今までさんざん誰からも顧みられないようなものに目を付けてきた私ですが、これはもう究極レベル?取材させてもらった窯元の成宝園さんも「知らなかった…ていうか、どこ産かなんて考えたこともなかった」と言っておられた。

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 こちらの窯元は昭和11年の創業。今は型から起こして成形していますがかつてはロクロで成形しており、創業者の成瀬教造氏は「ロクロびきの最後の名人」と呼ばれたほどの人物だったとか。教造翁は、最盛期には一升徳利を1日300~350本も作っていたというから驚異的です。で、昭和58年に「多治見市人間文化財第1号」に認定されたとのこと。すごいい名前の制度だ。

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それにしても、天日の下にズラっと焼成前の徳利が並ぶ光景は美しい。

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 うーむ、天日干しでなくても並んでいるだけで美しい。こちらではオーソドックスな徳利だけなく、醤油差しや変わった形のものまで、自在に容器を作っているそうです。
(まさ)

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