タウンサインの研究0071

2017年05月22日
 四日市のあと、亀山を経て松阪へ。四日市駅同様、松阪駅も国鉄チックな駅舎が健在です。ここはキヨスクと駅弁屋もまだ生き残っており、四日市以上に国鉄臭が強くていいですね。

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 駅前に建っているモニュメントは「駅鈴」。松阪出身の国学者で鈴マニアの本居宣長が浜田藩主の松平康定から贈られたものを模しており、松阪のシンボルとなっています。
 松阪人にとってどれほど鈴がシンボリックな存在かというと、中心商店街名称からも窺えます。

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 松阪駅から伊勢街道の日野町交差点に通じる商店街組織「松阪市駅前通り商店街振興組合」の愛称が「ベルタウン」なのである!駅鈴の存在を知らない人には、なんのことだかわからないという…。
 ただ、詳しくは調べていないけれど愛称の歴史はけっこう古いようで、昭和的な語感と商店街の風情に齟齬感がないというか、チャラチャラした感じがしないように思います。
 そう肯定的に捉えられるのは、公式ロゴの味わいによるところも大きいのではないか。

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 シブい、シブすぎる!

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 ベルタウンには個別店舗のほかに集合店舗もあります。 定礎石などをチェックしてこなかったので正確な築年はわかりませんが、昭和50年代モノと見た。

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 シブすぎて、ため息のベルが鳴るのであった(古い)。
 他にもアイテムが豊富な松阪は、東海地方最強の極渋シティじゃないかと個人的には思っています。
(まさ)
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カンバンの手帖ブログ版0350

2017年05月16日
 その閑散としたJR四日市駅前には、いったい誰が見るのか、市街地地図があります。

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 パッと見た感じけっこう古いもののようです。いまどきこういうタイプの駅前地図も珍しいですが、人通りの極端に少ない駅前広場なので、撤去を免れて残っちゃったのでしょうか。
 近付いてじっくり見ると、昭和40、50年代風情の明朝体が使用されていました。

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 なんだか中国っぽい書体だな…と思ったら、枠の下のほうに中国語が書いてあります。ナゼ?クリックで拡大してご覧ください。

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 また、地図上に記された施設名等にも中国語表記が併記されています。国鉄四日市駅は「国家鉄路四日市站」、四日市市役所は「四日市市政府」とあり、なんだか大陸的な香りが…。
 四日市市のHPを見ると、昭和55年に天津市と姉妹都市提携を結んでおり、その記念で設置したのではないかと推測しますが、どうか。

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 あと四日市といえば、JRと近鉄を一直線で結ぶ無駄にだだっ広い「中央通り」も旧社会主義国的な風情でいいですね(行ったことないけど)。

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 地味な写真が連続したので、アーケード商店街(→●□)の中に突如現れて通行人を驚かせる大入道&こにゅうどうくんの写真でも。
(まさ)
三重雑 | Comments(0) | Trackback(0)

国鉄の匂い~四日市駅編

2017年05月15日
 GW前、久し振りに三重県方面で取材がありまして、JRで西進する途上、時間調整も兼ねて四日市駅で途中下車してみました。四日市市街には2~3年に一度くらい来ていますが、JR四日市駅は23年ぶりになります。

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 23年前の記憶そのまんま、国鉄臭がプンプン漂う駅舎が健在でなにより。この愛想のかけらもない駅舎といい、閑散とした駅前の雰囲気といい、旧社会主義国の地方駅のような雰囲気が漂っています(行ったことないけど)。
 平成も間もなく終わろうとしているこの時代にこの風情は極めて貴重と思い、この機会にじっくり見物。

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 駅舎に面するホームはありませんが、改札前スペースのムダな広さの殺風景さかげんがたまらない!

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 天井が高くてムダに開放的なコンコース!そびえ立つ二本の柱はシックな風合いのタイル貼り!

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 二階には喫茶店の跡が!

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 レンタサイクル置き場兼受付になっている一階の奥の待合所は、木張りのベンチとステンレスの荷物置台が今も現役!
 四日市の鉄道遺産といえば、四日市駅から港へ伸びている専用線の末広橋梁(可動橋)が国の重要文化財に指定されていますが、この駅舎なんぞは登録文化財級と言ってもいいでしょう。祈・永年保存。JR東海がひょんな気を起こしませんように…。
(まさ)
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スーパービュー桶り子

2017年05月14日
 では、肝心の桶狭間の戦いの舞台の眺望はどうか?ってんで、緑区と豊明の境にある「おけはざま山」にも行ってみました。

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 これが「おけはざま山」である。義元はこのへんで休んでいる時、信長に急襲されたとか。麓には市が整備した「桶狭間古戦場公園」があり、意外にもこの日は自分以外にも観光客が二組ほどいました。

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 その頂上からの眺めである。This is ザ・緑区、といった感じで実に味わい深い。この味わいがわかるようになれば大人である。

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 消化不良なので、おけはざま山の北西にある周辺の最高峰、標高54mの高根山にも行ってみました。今川方の松井宗信が陣を構えた場所とか。山頂には日清・日露の戦没者慰霊のために創建された有松神社があります。

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 まあまあ絶景で、とりあえず満足したのであった。
(まさ)
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砦ビュー比較論

2017年05月12日
 わざわざ登った鷲津砦からは眺望がまったく楽しめなかったので、他の桶狭間の戦い関連史跡からの眺望はどんなものかと思い、ついでに回ってみました。

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 鷲津砦から南東へ700mほどのところにある丸根砦。ここも鷲津砦と同じく、今川方の鳴海城-大高城のラインを分断するため信長が築いたもの。住宅地の中にポッコリと丸い小山がそびえており、素人目には鷲津砦よりもわかりやすい。入口に「!」マークの標識があるのもそそります。

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 頂上は広場になっており、丸根砦慰霊奉仕会なる団体が建立した「丸根砦殉難烈士之碑」が建っています。周囲はが木が生い茂り眺望がきかず、木立の隙間から南西方向がかろうじて見えるのみ。

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 といっても森の里団地しか見えないのですが。
 わたくし、分厚く切ったカステラのような森の里団地は異形感が強くてけっこう好きで、東海道本線で大高付近を通過する時はつい眺めてしまいます。

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 砦の中腹を一周する遊歩道(?)からの眺めはもう少しいい。けどなんか地味。正面は南生協病院。

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 大高の二つの砦に続いては、鳴海駅の北東にある善照寺砦跡へ。これも信長により築かれた砦で、桶狭間の戦いの前に信長方の兵が集結したとかなんとか。
 自然あふれる先の二つの砦とは全く異なり完全に住宅地で、砦跡も子供が遊べる公園に整備されています。隅には昭和9年に建立されたかなり立派な「鳴海絞開祖三浦之碑」が建っており、石モノマニアとしては砦どうこうよりもそっちのほうが気になるところ。

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 公園の隅には小さい展望台が設けられており、いちおう有松・桶狭間方面が眺められます。名古屋郊なので景観が地味なのは致し方ない…。近隣だと、千句塚公園(→●□)や滝の水公園(→●□)からの眺望のほうがいい。
(まさ)
名古屋雑 | Comments(0) | Trackback(0)
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