リアル農村芝居

2017年11月20日
 先週の土曜日、高棚で開催された「八日薬師」の村芝居を見物に行ってきました。八日薬師は薬師寺(無住)の縁日で、隣接する「芝居小屋」で催される演芸大会が目玉です。

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 右の建物が芝居小屋「薬師座」で、大正14年の建築。神社の境内にこういう芝居小屋、農村舞台の類があるのはよく見かけますが、寺に隣接するのは珍しい例かも。
 これが建てられる以前の明治時代中期から高棚では八日薬師に村人による芝居が行われており、ときどき中断を挟みながら今に至るまで公演が続けられているとか。先月の安城取材で高棚の人に聞いたところ、この建物は耐震等の関係で残念ながら今年の公演を最後に取り壊されるそうな。

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 3時すぎに小学生の演劇で開幕すると、デンソーやJA職員など地元の事業所も参加する「町内芸能ショー」、演歌歌手の歌謡ショーと続きます。
 その日は天気もよく、会場は高棚の村人たちで大賑わい。芝居小屋の風情も最高。取り壊しが惜しい…。

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 日が暮れる頃、幕がいったん下ります。年季の入ったこの幕もいい。

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 そして5時半頃からメインプログラム、地元住民による演劇が上演されたのでした。劇の内容についてはノーコメントですが、いやー、楽しそうでいいですネ!

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 境内の大地蔵サンも村人たちの楽しげな様子を微笑んで見ておられました。この行事、来年は新しく建設される建物での開催とのことです。
(まさ)

◎おしらせ
この高棚大地蔵も出てくる記事を、地元メディアKATCHのサイトに書きました→●□
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カンバンの手帖ブログ版0359

2017年11月18日
 先日、とある取材で瑞浪市北部に行ったついでに、10年ぶりで細久手に行ってみました。中山道の江戸から48番目の宿場町です。

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 もしかしたら中山道の中でもっとも建物が少ない宿場町では?と思ってしまいますが…。道の右に写っているのは瑞浪市コミュニティーバスの仲町バス停ですが、ここまで仲町っぽくない仲町も珍しい。
 そんな細久手を久し振りに歩いてみたら、顔ハメ看板の町と化していて驚いた。

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 旅人である。

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 儒学者である。

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 そして仏サンである。画題がぜんぶシブい。見つけたのは全部で5種類。子供を連れてきていたら一枚残さず顔ハメさせて遊ぶところです。
 古びた感じがするのでけっこう年季が入っているのかと思いきや、細久手長寿クラブという団体が2015年に設置したもののようです。ベニヤに市販の塗料で描いたものを外に置きっぱなしだから…。

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 顔ハメだけではなんなのでブリキの古カンバンも。「なにをやってもはかゞしくない方 瑞浪の漢方 服部仁慶堂」。瑞浪駅前に現存の薬局のようです。「はかばかしくない」という日本語がいいですネ!
(まさ)
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さらば徳倉建設社員寮

2017年11月16日
 長らく重原のランドマーク建造物として親しまれてきた(?)「徳倉建設社員寮」が、先月下旬、ついに取り壊されました。

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(2017.08.20)

 徳倉建設社員寮は、名鉄三河線重原駅の南に建っていた鉄筋4階建て。階段部分の出っ張りが特徴でした。建築年は知りませんが、雰囲気からしておそらく昭和40年代後半から50年代初頭のものと思われます。聞いた話だと徳倉建設は、明治時代に三河一色で初めて鰻の養殖を行った徳倉六兵衛が興した建設会社がルーツ…とかなんとか(誤情報だったらスイマセン)。
 で、8月下旬に工事が始まって10月半ばに建物が撤去されたのですが…

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(2017.10.24)

 あれ、消えたと思ったのに?しかも横に増築された?

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(2017.08.06)

 どういうことかというと、社員寮の後ろに同じ形をした「マインシュロス」という集合住宅があるのでした。そばを流れる長篠川の流路の関係か、二棟が並行ではなくV字型に建てられており、ちょっと不思議な感じでした。
(まさ)

◎さらば知立&刈谷の昭和遺産シリーズ
さらば麗人街→●□
さらばいとう温泉→●□
さらば第一劇場→●□
さらば知立庵→●□
さらば日出屋酒店→●□
さらば三河線連絡線→●□
さらば旧知立駅の遺構→●□
さらば銀座センター→●□
さらば名店街ビル→●□
さらば尾三国境三連橋→●□
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安城に架ける橋~後編

2017年11月13日
 前回の比蘇橋、桜林橋から三百メートルほど下流へ行くと、鹿乗川に合流します。岡崎市の北野学区のあたりに発し、矢作地区、桜井地区を経て西尾市の米津橋あたりから矢作川と並流して最終的には上塚橋付近で矢作川に注ぎます。碧海台地の小河川の典型ともいうべき地味な川ですが、気にして眺めているうち、次第に深い味わいを感じられるようになってくるような、そんな川(テキトー)。
 その鹿乗川の桜井地区に架かる橋がまたシブい。

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 まずは姫小川町の「姫樋橋」。島田市の大井川に架かる「蓬莱橋」のミニチュアのごとし。

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 もうすぐ平成も30年になろうというのに木橋が生き残っているなんて!と一瞬目を疑ってしまいますが、親柱には「平成7年2月吉日竣工」とあります。前後の道の雰囲気からすると以前からこの場所に橋が架かっていたと思われ、新設ではなく架け替えたのでしょう。

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 続いて東町の「秋葉歩道橋」。インスタにもアップしました→●□。こちらの親柱にも同年同月の記載あり。

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 かつてコンクリートの三本脚の幅だったものを、架け替えに際して二本脚分に狭めたようです。
 昔はこのような簡素な橋はけっこうあちこちにあり、僕もこれまでにいくつか目撃しています。この二つの橋がなぜ木で架け替えたのかは分かりませんが…。

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 さらにこのような例も。秋葉歩道橋の上にある「大橋」は、幅も広く欄干も堅牢っぽく造ってあるのにこの橋脚。銘板には「昭和32年5月改築」とあります。このようなコンクリート丸太の橋脚は、高度成長期初期における農業地帯の橋梁のスタンダードなのかもしれません。もう、まとめて登録文化財にしちゃっても…。
 橋の場所はこちら→●□
(まさ)
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安城に架ける橋~中編

2017年11月10日
 サクライさんの名前が出たところで、次は桜井の橋。
 前回の県道299号クラスのマイナー路線ですが、県道293号桜井岡崎線というのがあります。県道44号(岡崎西尾線)の桜井町印内交差点と東岡崎駅付近の明大寺町交差点を結んでいます(美矢井橋~岡崎市土井町は県道78号と重複)。
 矢作川を挟んで安城市と岡崎市に分かれているこの県道、岡崎市側は幹線道路の様相を呈しているのに対し、安城市側はなかなかの地味っぷりで、特に桜井町内は二車線化すらされていない有様。

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 しかし、そのおかげで味わい深い橋が二つも残っています。しかも連続で!
 西三河の連続橋といえば、2014年11月に廃止された刈谷・大府市境の刈谷橋&境橋が思い出されます(→●□●□)。あちらよりサイズが小さいけれど、周囲の景観とあいまって甲乙つけがたい風情です。

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 西側は「比蘇橋」。川の名前は堀内川か?背後に見えるのは国史跡の二子古墳。

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 東側は「桜林橋」。川は西鹿乗川。隣り合っているのに欄干のデザインが異なっており、昔の土木技師の遊び心を感じます。
 この二つの橋、親柱の銘板が全て脱落しています。長らく気になっていたのですが(さりとて市の土木課あたりにわざわざ電話して聞くほどのことでもなく)、資料漁りでアンフォーレに行ったついでに昭和8年発行の「桜井村史」を参照したところ載っており、橋梁名が判明しました。
 比蘇は、橋のすぐ南にある桜井神社のある場所が「比蘇山」と呼ばれることから、また桜林は、桜井神社の住所が「字桜林」であることから…ということらしい。

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 橋の間の堤防から見る新幹線と矢作川橋梁もなかなか…。
 前回と同じように、県道293号の地図を作ってみました→●□ ※スマホでは表示されないみたい?PCでご覧ください。
 ちなみに、県道桜井岡崎線の前身は「県道桜井羽根線」で、戦前の地図をトレースすると抹茶色のルートで岡崎駅の南に通じていたようです。
(まさ)
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